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  ~第十三章~


宿の一室で、蒼星石は今日も、床に臥せている。
湯治場での戦闘を終えて、早二日。
翠星石に続き、ジュンまで失った悲しみで、蒼星石はすっかり鬱ぎ込んでいた。
そんな彼女を引きずるようにして、近くの大きな町に移動してきたのだが、
町中の賑わいも、蒼星石の悲しみを紛らすことは出来なかった。

 「蒼星石、入るわよ。食事を持ってきたわ」

部屋の障子がスッ……と開き、膳を持って、真紅が部屋を訪れる。
けれど、蒼星石は半身を起こそうともしない。
ただ、仰向けに寝転がったまま、気のない眼差しで、茫然と天井を眺めているだけだった。

 「起きなさい、蒼星石。少しは食べないと、身体に悪いわ」
 「……食べたくない」

そう言って、蒼星石は顔を背けてしまう。眼の下には、うっすらと隈が浮かんでいる。
眠れないのは、空腹も影響しているのではないだろうか。
真紅は溜息を吐いて、枕元に膳を置いた。

 「しっかりなさい、蒼星石。貴女が行かないで、誰が彼を救い出すというの?」
 「だけど、ボクは……力を失ってしまった。もう……戦えないよ」
 「水銀燈と薔薇水晶が、刀匠を探してくれているのだわ。
  精霊までは無理でしょうけど、きっと、貴女の手に馴染む剣が手に入る筈よ」

解ってないね。蒼星石は、涙声でそう言った。
確かに、戦い続けるには『力』の象徴とも言うべき、武器が必要不可欠だ。
武器の性能が高ければ高いほど、有利に戦うことだって出来よう。
けれども、蒼星石にとっては闘う上で、得物や精霊より重要な物があった。


――誰かを護りたいという想い。誰かのために、尽力を惜しまない気持ち。


その原動力が有ればこそ、蒼星石は今まで、戦い続けてこられたのだ。
今は、それが失われて、心にぽっかりと穴が開いている。
目的を無くした想いは、まるで、糸が切れて頼りなく宙を彷徨う凧のようだった。

 「それでも、貴女は戦い続けなければならないのよ。御魂を宿す犬士として」

そう告げても、蒼星石は何の反応も示さなかった。
真紅は無言で、部屋を後にした。暫くは、静観する他ない。
それに、蒼星石ばかりに、かかりっきりでも居られなかった。
冷たいようだが、真紅たちにも犬士としての役目があるのだ。

玄関の踊り場を横切ろうとした所で、真紅は刀匠探しから戻った水銀燈たちと合流した。
二人の冴えない表情を見れば、結果は容易に推測できる。

 「あまり、首尾は良くなかったらしいわね」
 「折れた刀を見本として置いてきたけれど、ちょっと時間が要るって言われたわぁ」
 「仕方ないわ。通常の刀と違って、精霊を込めないといけないもの」
 「技量は、充分に高い職人だったわよぉ。実際、精霊についても造詣が深かったしぃ」
 「でも……なんか……妙なこと言ってた」

妙なこととは、なんだろう? 真紅は頸を傾げ、視線で、薔薇水晶に先を促した。

 「煉飛火と、蒼星石の契約……まだ切れてないって」
 「でも、煉飛火は、めぐに――」
 「奪われたというより、あの妖刀に閉じ込められた可能性が高いらしいわぁ」
 「それなら、精霊を取り戻せるかも知れないのね!」

職人の話では、そういう事らしいと、水銀燈は答えた。
その為の呪符を構築するのに、数日を要するらしい。
巧くいく保証は無いが、それでも、僅かながら希望が見えた気がした。

 「新たな剣が鍛えあがるまで、その職人を警護した方が良さそうね」
 「同感。穢れの者に察知されたら、間違いなく殺されるわよぉ」
 「じゃあ、私……今から、警護してくる」
 「頼むわね、薔薇水晶」
 「こうなったら、あの子にも工房に泊まり込みで警護させないとねぇ。
  寝てばかりなんて許さないわ。引きずってでも連れてってやるんだからぁ」

水銀燈は軽やかに階段を駆け昇り、声も掛けずに、蒼星石の部屋へ踏み込んだ。
少し遅れて、真紅も続く。
だが、階段を昇っている途中で、水銀燈の怒声が聞こえた。
なんだか、尋常ではない雰囲気だ。

 「ちょっと! 何をしているの?」

真紅が部屋に踏み込んだのと、胸倉を掴まれた蒼星石が水銀燈に張り倒されたのは、ほぼ同時。
頬を撲たれた蒼星石は、布団の上に倒れ伏した。
水銀燈は、蒼星石の上に馬乗りになって、更に殴りつけようとする。

 「やめなさい、水銀燈っ! やめてっ!」

真紅は小柄な身体で、懸命に水銀燈にしがみつき、蒼星石から引き剥がした。
されるがままに、グッタリと横たわる蒼星石。
そんな彼女を、水銀燈は憎々しげに睨み付けていた。

 「水銀燈っ! どういうつもりなの?」
 「どうもこうも……言ったでしょぉ。引きずってでも連れて行くって。
  大体、気に入らないのよ! いつまでも、ウジウジと……」
 「でも、それは――」
 「仕方ないって言うの? はん! 冗談じゃないわ!
  護るべき人が居なきゃ、戦えない? 甘ったれるんじゃないわよ!
  じゃあ、なぁに? 私たちは、共に戦い、護るにも値しない存在ってワケぇ?」
 「そ…………それは」

蒼星石はビクリと肩を震わせて、言葉に詰まった。
反論しないことで、更に水銀燈の怒りを買うというのに。

 「私たちには、協力を渋って、尽力を惜しむの? ふざけんじゃないわよぉ!
  ひとりで悲劇の主人公を演じちゃってさ、バッカじゃないのぉ?!」
 「……水銀燈……もう良いから」

真紅が腕の力を抜くと、水銀燈は畳に座り込んで、ぽろぽろと悔し涙を流した。

 「私なんか……もしかしたら……」

めぐを、この手に掛けなければならないのに。
子供の頃から、大の親友だった彼女を、この手で殺す事になるかも知れないのに。
叶うことなら、何もかも捨て去って、逃げ出したいくらいなのに。

 「もう良いのよ、水銀燈」
 「真紅……真紅ぅ……」

水銀燈は、真紅の腰にしがみついて、声を殺し泣き続けた。



水銀燈が泣き疲れて落ち着くのを見計らって、蒼星石は、沈鬱な表情で口を開いた。

 「ごめん……水銀燈。ボクは甘え過ぎてたよ。みんなに、辛い想いをさせてしまった。
  本当に、すまないと思ってる」
 「……良いのよぉ。私の方こそ、殴ったりして、ごめんなさぁい」
 「気にしないで。お陰で、目を覚まさせて貰ったから。寧ろ、お礼を言わなきゃね」

蒼星石は水銀燈の隣に移動して、彼女の肩を優しく抱擁した。

 「ありがとう、水銀燈。ボクは、もう迷わないよ。何があっても――」
 「もう……おばかさぁん。気づくのが遅すぎるわよ」
 「ふふっ……でも、良かった。雨降って地固まる……ってね」

二人の背中をポンポンと叩いて、真紅は彼女たちを促した。

 「さあ、忙しくなるわよ。なんとしても、蒼星石の剣を完成させるのだわ」
 「泊まり込みで警護って話を、職人さんに通しておかないとね」 
 「どうせならぁ、私たちも泊まり込んだ方が手堅いし、宿代の節約になるんじゃなぁい?」
 「貴女、頭いいわね! 早速、刀匠の元へ向かうのだわ」

とりあえず、泊まり込む事を承諾して貰うため、三人は工房へ足を運んだ。


そこは自宅兼作業場といった感じの、こじんまりした平長屋だった。
廊下で繋がった母屋の方は、道場でも開いているのか、ちょっとだけ広い。
柴崎と表札の掛かった門をくぐり、工房へ行くと、入り口に薔薇水晶が立っていた。

 「今のところ……異常ないよ。みんなも警備に?」
 「ちょっと、職人さんに話を付けにきたのよ」
 「お爺さんなら……中に居るよ。蒼ちゃんのこと……待ってるから」
 「ボクを?」

煉飛火について、なにか訊きたいことが有るのだろうか。
蒼星石は工房の木戸を叩いて、徐に開いた。
薄暗い工房は、物凄い熱気が立ちこめている。直ぐに、額に汗が滲み出してきた。
そんな中に、禿頭の老人がこちらに背を向け、どっしりと腰を下ろしている。
場の空気に飲まれ、気後れした蒼星石は、怖々と老人の背中に声を掛けた。

 「あの~、失礼します。あなたが、柴崎さんですか?」
 「……むう? お主か、この剣を使っていたのは」

柴崎老人は、振り返りもせず、手にしていた剣を掲げて問いかけた。
確かに、蒼星石が長年、愛用してきた剣だ。
マツという刀匠のお婆さんに、鍛えてもらった一振りだった。

 「はい。でも、それがなにか?」

問い返す蒼星石に、柴崎老人は、ふ……と柔らかく笑って、やっと振り返った。
だが、その表情が忽ち驚愕に変わる。わなわなと口を震わせ、何かを喋ろうと苦戦している。
そして、漸く喉から絞り出された言葉は、聞いたこともない人物の名前だった。

 「か……かずき……か?」
 「違うわ。この娘は蒼星石。私たちの、かけがえのない同志よ」

いつの間にか、蒼星石の後ろには真紅たちが立っていた。




それから、真紅たちは柴崎老人から、様々な話を聞いた。
かずき……とは、亡くなった息子の名前だと言う。
蒼星石の面差しが、なんとなく似ていたのだと、老人は自らの未練を恥じらい陳謝した。

 「それで、ボクが貰った剣は、どういう由縁があるんですか」
 「それを語るには、まず妖刀『國久(くにひさ)』について、説明せねばならん」
 「妖刀『國久』って、めぐが持っていた刀よねぇ」
 「その名前を、なぜ貴方が知っているのかしらね、柴崎さん」
 「簡単な理由じゃよ」

柴崎老人は肩を揺すらせて、前歯の間から空気の漏れるような笑い声をあげた。
暫く笑い続け、徐に咳き込む。
小刻みな咳を振り切るように、大きく咳払いをして、説明を再会した。

 「妖刀『國久』は、儂が鍛えた刀なのじゃからな」
 「う……そ!」
 「そんな、お爺さんが?」
 「ちょっとちょっとぉ! それ、本当なのぉ?!」
 「真実でしょうね。ウソを吐いたところで、柴崎さんには何の得もないのだわ」

真紅の言葉に、皆は口を噤んだ。言われてみれば、その通りだ。
寧ろ、あんな禍々しい物を世に送り出したとあれば、厳罰に処されかねない。
それを、敢えて公言したのは、並々ならぬ覚悟をしたからだろう。

 「あの刀を鍛えたのは、丁度……かずきの四十九日が開けた時じゃった」

柴崎老人は、遠くを眺める様な視線で、思い出を語り始めた。
愛する一人息子を失った悲しみを誤魔化そうと、酒に溺れ、狂気を宿したこと。
そんな生活に疲れて、妻マツまでが、家を出てしまったこと。
誰にも支えられず、誰に頼られることも無く、自堕落な生活を続けたこと。
そして、ある日……頭の中に、闇の眷属の声が聞こえたこと。

 ――忘れたければ、全ての憎悪と怨念を、刀に打ち込んでしまえば良い。
    息子を救えなかったのは、周囲の人間が手助けしてくれなかったせい。
    その怨嗟と悲嘆を、一振りの刀に凝縮してしまえ。

それからは朝な夕な工房に籠もり、一心不乱に刀を鍛え続けた。

 「そうして誕生したのが、あの妖刀『國久』なのじゃよ。
  あの刀には、儂の醜い感情が、埋め込まれておるのじゃ」
 「そんな事があったなんて、俄には信じられない話なのだわ」
 「でも、事実だよ。そして何の因果か、ボクはお婆さんに――
  柴崎さんの奥さんと出会って、煉飛火を刻印して貰ったんだ」
 「その通りじゃよ。そして、この刻印には、こうも記されている」

柴崎老人は、蒼星石の折れた剣の刻印を眺めて、皆に詠んで聞かせた。

 「この剣は、夫、柴崎元治が鍛えし妖刀『國久』を屠る為に生み出されたり。
  我が願いが成就することを、切に願って――柴崎マツ。
  妻は、心血を注いでこの剣を鍛えて……精魂尽き果て、死んだのじゃろう?」 

柴崎老人の眼差しが、蒼星石に向けられる。
それは、全てを悟りきった瞳。
蒼星石は徐に、頚を縦に振った。
煉飛火の刻印を終えると同時に倒れ、そのまま、帰らぬ人となったお婆さん。
枯れ木の様に窶れてしまったお婆さんの姿を思いだして、蒼星石の目頭は熱くなった。

柴崎老人は「気に病む事はない」と、蒼星石を労った。
刀匠、殊に精霊を扱う職人の場合、刀を鍛えるのは命を削る事なのだと言う。
そこまでしなければ、本当に優れた刀剣は産まれないのだ……と。

 「本当に、何の因果かのう……。まるで妻が、娘たちを連れて帰った気分じゃよ」
 「こぉんな、じゃじゃ馬娘ばかりで満足できるなら良いけどねぇ」
 「じゃじゃ馬は貴女だけよ、水銀燈」
 「あらぁ……面白い冗談ねぇ、真紅ぅ~」
 「二人とも……うるさい」

薔薇水晶にピシャリと注意を受けて、しょげ返る二人。
そんな賑やかな娘たちを見て、柴崎老人は口元を綻ばせた。

 「とにかく、因縁あってここに集ったのであれば、儂も協力を惜しまぬ。
  じゃから……君たちには、必ずや妖刀『國久』を葬って欲しいのじゃ。
  全てを奪わんとする醜い怨恨の塊を、君たちの力で砕いてくれ。頼む!」

深々と頭を垂れる柴崎老人に、真紅は「勿論!」と、力強く断言した。
――その為に、私は神剣を授かったのだから。

 「きっと、あの刀を砕いて見せるわ」
 「おお……本当かね? 頼まれてくれるのかね?」
 「任せて下さい。ボクたちが、必ず……」
 「まぁ、そうまで頭を下げられちゃあ、無下に断るなんて出来ないわよねぇ」
 「そう言うこと。安心……していい」

柴崎老人は、ありがとう! と頭を下げながら、一人一人と握手をしていった。




その日から、四人の犬士と柴崎老人は、ひとつ屋根の下で暮らし始めた。
柴崎老人は寝食も忘れて、工房に籠もり、ひたすらに蒼星石の刀を鍛え続ける。
荒行とも見える、その過酷な作業は、実に三日間にも及んだ。

その晩、工房でウトウトと居眠りをしている柴崎老人を目にして、蒼星石は肩を揺らした。

 「お爺さん……少し、横になった方がいいですよ」
 「んっ! お、おお……いかんいかん。うっかり眠ってしまったか」
 「あまり、無茶しなくても――」
 「そうはいかんよ。刀を鍛えるのは、子供を育てる事に等しいのじゃ。
  手を抜いては立派に育たん。注意を怠れば、歪んでしまう」

でも――と反論しようとする蒼星石を、柴崎老人は掌で制した。
そして、徐に頚を振る。
儂の、気の済むようにさせてくれ。
柴崎老人の瞳が、そう語っていた。

 「……解りました。けど、あまり無理はしないで下さいね」
 「ありがとう、かず……蒼星石。やれやれ……どうにも、いかんな」
 「かずき、でも良いですよ。今だけは――」

柴崎老人は、自分の未練がましさを隠すように、くるりと蒼星石に背を向けた。
けれど、一言――

 「……ありがとう、かずき」

老人の肩が小刻みに震えだしたのを、蒼星石は見て見ぬ振りして、その場を立ち去った。


 =第十四章につづく