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  ~第十七章~


隣接する狼漸藩との連絡が途絶えて、桜田藩から何度か早馬が送られたらしい。
しかし、誰一人として戻ってこず、急遽、國境に派遣する調査隊を編成中だという。
隊の規模にもよるが、出立は恐らく、夕刻になるだろう。

町中は忽ち、昨夜の喧噪との関連を疑う噂で持ちきりとなった。
往来を行き交う人々の顔には、不安の色が、ありありと浮かんでいる。
明日は我が身と思えば、至極当然の反応と言えよう。

六人の犬士たちは直ちに町に繰り出し、分散して詳細な情報を集めた。
当初は、妙な尾鰭が付いた噂話だけしか聞けなかったものの、時間が経ち、
狼漸藩からの避難民が増えるに連れ、非常に気になる単語が人口に膾炙し始めた。
そして――


 「みんな、集まったわね」

日も暮れゆく頃、予め決めておいた集合時間に、六人が顔を揃えた。
誰の表情も、暗い。
柴崎家の居間は、さながら通夜の席みたいに静まり返っていた。

 「穢れの者どもの仕業らしいね、やっぱり」
 「避難してきた人たちは、誰もが死人の軍勢に襲われたと言ってたわぁ」
 「真紅の命を狙うと同時に、いよいよ侵略を始めやがったです」

蒼星石も、水銀燈も、翠星石も、考えていることは同じ。
死人の軍勢……鬼祖軍団は、瞬く間に領内の城ばかりか、村々を襲い始めたらしい。
狼漸藩の武将や軍勢は勇敢に立ち向かったものの、悉く敗れ去ったのだ。
退魔の能力を持たない人々では、穢れの軍団に敵う筈がなかった。

 「ここも……対岸の火事じゃないよね」
 「また、多くの命が失われて、穢れの力が強まったかしら」

薔薇水晶と金糸雀も、不吉な未来を、思い浮かべていた。
近い将来、ヤツらの魔手は必ず、この桜田藩にも及ぶ。
桜田藩だけに留まらず、この島国ばかりか、瞬く間に世界をも呑み込むだろう。
今の内に食い止めなければ、もう、誰も対抗できなくなってしまう。

 「今、私たちがすべき事は、残る二人の同志を捜すことなのだわ」
 「それも、可及的速やかに……よねぇ」
 「鈴鹿御前を斃すため、ボクたち八犬士の力を結集しなければね」
 「金糸雀は、房姫の御魂が飛び去った方角を知らねぇのです?」
 「そこ迄は判らないかしら。村から離れることが少なかったから……」

知識は書物を読めば吸収できるが、実在の人脈となれば、訳が違う。
旅人がもたらす風聞など過去の記録だ。情報源としての正確さに欠ける。
足繁く方々を歩き回らなければ、最新の人脈情報を形成する事など出来なかった。

何の手懸かりもなく、全国を探し回ることになるのだろうか?
となると、手分けして効率よく探す方が良いかも知れない。
しかし、それは各個撃破されてしまう危険も孕んでいた。
そもそも、暢気に全国行脚している時間は無い。

重い空気が、場に広がり始めた矢先、室内に控えめな声が響いた。

 「それらしい話なら…………聞いたこと……あるよ」
 「ふへっ? ホントです、薔薇しぃ?」
 「ちょっと……それ、詳しく話してくれないかな」
 「……うん。お姉ちゃんを探す旅の途中で……聞いた噂」

ここから二つの國境を越えた町で、聖女の噂を耳にしたと、薔薇水晶は語った。
藩を、丸々ひとつ跨がなければならない。歩けば片道、三日は要するだろう。
それに、聖女の噂とやらの信憑性も、定かではない。

 「薔薇水晶。貴女は、その女性に会ってみたの?」

真紅の問いかけに、薔薇水晶は、力無く頚を横に振った。

 「ちらっ……と、眼にしただけ」
 「それでも、充分すぎる手懸かりだよ。どんな感じの人だったのさ?」
 「年格好は、私たちと……同じくらい。浅黄色の髪が、印象的だったよ」

それだけの情報では、なんとも言えない。あまり他人を疑いたくはないが、
そういった詐欺商売が世の中に罷り通っているのも事実だ。

 「その女の人の、実績なんかは解らないのかしら?」
 「……えっと……確か、土地や人の浄化……みたいなコトしてた」
 「評判の方は、どうだったです?」

薔薇水晶は「結構、繁盛してたみたい」と付け加えた。

 「私たちと同年代でぇ、不浄を祓う聖女――とは、因縁めいてるわねぇ」
 「そうね。会ってみる価値は、ありそうなのだわ」
 「行くと決まれば、直ぐにでも準備を始めるかしら」

金糸雀は元気に立ち上がると、工房へと脚を向けた。
時間のある内に、銃弾を補充しておかなければならない。

 「出発は、明日の早朝でいいかしら?」
 「ええ、いいわ。今夜は、しっかり休息を取っておきましょう」
 「どれだけ休ませて貰えるかは、ヤツら次第だけどね」
 「だったら、腹ごしらえもしておくですよ。蒼星石、手伝うです」

翠星石に促されて、蒼星石は「はいはい」と機嫌良く呟き、袖を捲った。




深夜の工房で、金糸雀は独り、溶かした鉛を鋳型に流し込んで弾頭を拵えていた。
鉛は融点が低いうえに、柔らかくて加工しやすい。
薬莢に黒色火薬の他、数種の火薬を詰めて、出来たばかりの弾頭を取りつけていく。
暴発しないように気をつけながら、慎重に――

 「ひい、ふう、み…………よしっと。結構、出来たかしら」

最近、随分と乱射してたからなぁ……と回想していると、真紅が顔を見せた。

 「まだ起きていたの? 明日は早いのよ。休んだ方が良いわよ」
 「ありがとうかしら。でも、カナは銃弾が無いと、足手まといになるから」
 「何を馬鹿なこと言っているの? 弾が無くたって、貴女は精霊を使えるわ。
  それに――」
 「――それに?」
 「誰も、貴女を足手まといだなんて思わないわ。
  だって、心から信頼しあえる、大切な仲間ですもの」
 「……そう言ってもらえると……とっても嬉しいかしら」

はにかんで、金糸雀は顔を背けた。
出会ってから二日と経っていないのに、そこまで信頼してくれるなんて……。
犬士の御魂が、互いに惹かれ合い、一つに纏まろうとしているのだろうか。
そう考えたとき、金糸雀の胸に、さっ……と暗い影が落ちた。

 「ねえ……真紅」
 「なぁに? もしかして、手伝って欲しい、と?」
 「え、あ……それも有るかしら。でも――」
 「遠慮は無用よ。何をしたら良いの?」
 「……じゃあ、折角だから弾の退魔処理をお願いするかしら」

本当は真紅に話があったのだが、成り行き上、手伝って貰う事にした。
二人で並行した方が、より多くの弾丸を製作できるし、話をする時間も作れる。
暫く、黙々と作業を続けていた金糸雀は、折を見て真紅に声を掛けた。

 「あのね、真紅。少し、話したい事があるかしら」

緊張を隠しきれていない、硬い口調。
ただならない気配に、小刀で弾頭に念仏を刻み込んでいた真紅の手が止まる。
真紅は顔を上げて、真っ直ぐに金糸雀を見据えた。

 「何なの? 話してみなさいな」
 「えっと……御魂について……かしら」

何を言いたいのだろう。金糸雀の真意を理解できず、真紅は頚を傾げた。
金糸雀は、きょとんとする真紅に険しい表情を向けて、低い声で訊ねた。

 「真紅…………貴女は、カナやみんなを、殺すことが出来るかしら?」
 「はぁ? 意味が――解らないわ」

どうして私が、みんなを殺さなければならないの?
真紅は、金糸雀の本心を探ろうとして、彼女の瞳を凝視し続けた。
金糸雀の瞳も、揺るぎなく、真紅を見詰め返している。
それは、ウソを吐く者の眼差しでは無かった。

 「こんな時に、悪い冗談は止めてちょうだい」
 「冗談なんかじゃないかしら。残念だけれど」
 「な――っ!」

つい激昂して、強い口調になってしまいそうになるのを、真紅は懸命に堪えた。
努めて冷静を装い、穏やかに詰問する。

 「……どういう事なの? 納得のいく説明をして」
 「全ては、鈴鹿御前を斃すためかしら」
 「そんな事、みんなで協力すれば良いだけの話じゃない?」
 「ダメよ。それだけでは……ダメなの」

金糸雀は悲しげに呟いて、小さく頭を振った。声が震えている。
この娘は、なにを知っているのだろうか。
真紅は固唾を呑んで、金糸雀の言葉が続けられるのを待った。

 「鈴鹿御前や、穢れの元凶を祓うには、房姫の復活が不可欠かしら」
 「房姫が転生した存在が、私なのでしょう? だったら、問題ないわ」
 「確かに、そう言ったかしら。でもね……真紅は房姫であり、房姫じゃないの。
  表現が悪いけれど、房姫の残滓かしら」

――房姫が、七つの御魂を失った存在が……私。
真紅は、なぜ金糸雀が『自分たちを殺せるか?』と訊ねたのか、その理由を悟った。


 「私が全ての御魂を吸収して、房姫として真の転生を遂げなければ、
  勝ち目は無い――と?」

頷いて肯定する金糸雀の両肩を掴んで、真紅は力一杯、握り締めた。

 「本当に、それ以外の解決策は無いの?
  鈴鹿御前を斃す方法なんて、探せば他にも見つかるわよね?
  ねえ、そうでしょう? そうだと言ってよ、金糸雀っ!」
 「……そんな方法があるなら、カナが教えて欲しいかしら」 

冗談めかして朗らかに笑う金糸雀の顔が、真紅の瞳には、とても痛々しく映った。




――この事、あの娘たちには、内緒にしておいてちょうだい。
金糸雀と約束を交わして、真紅は寝室に戻った。
みんな疲れているのか、雑魚寝なのに、ぐっすりと眠っている。

真紅は、皆を起こさない様に気を配りながら、部屋の中央に敷かれた布団に
身を滑り込ませた。自分だけ布団で眠ることには、ちょっと抵抗がある。
けれど、彼女たちの気遣いを無下にするのも、同じくらい気が引けた。

 (私には、こんな事をしてもらう義理なんて、ない)

いつか、この娘たちの命を奪わなければならない……かも知れない。
鈴鹿御前を打ち破り、穢れの元凶を祓うために。
だからと言って、それが自分に与えられた運命なのだと割り切るなんて出来なかった。
叶うならば、誰一人として失いたくない。誰にも死んで欲しくない。

翠星石が行方知れずになった時の、蒼星石の悲痛な姿が、頭に浮かぶ。
あんなに辛く悲しい思いは、もうしたくないし、誰にもさせたくなかった。

 (もう寝なきゃ。今は、休むことだけを考えるのよ、真紅)

自分に言い聞かせて、瞼を閉じる。
気持ちが掻き乱されて、布団に潜り込んでも一向に睡魔が訪れなかった。
先程、金糸雀に聞いた話が脳裏で渦巻き、悶々として眠れない。
本当に、他に方法は無いの?
考えるのは、そのことばかり。

寝返りを打って、重い溜息を吐き、何気なく瞼を開く。
すると、水銀燈と眼が合って、真紅はビクッと身体を震わせた。


月明かりの差し込む薄暗闇の中で、水銀燈は妖しく微笑んだ。
いつから見られていたのだろう。
鬱々と悩む姿を観察されていたかと思うと、真紅は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

 「……眠れないのぉ?」
 「ちょっと、ね。緊張してるのかも知れないわ」
 「へぇ。神経の図太い貴女にしては、珍しいわねぇ」

失礼ね、と不満そうに囁きながらも、真紅は知らず知らずの内に口元を綻ばせていた。
軽口を叩き合うだけなのに、不思議と気が安らぐ。
それが【仁】の御魂が持つ、慈愛の力なのかも知れない。

だが、他人を慈しむ気持ちなら、自分だって持っている。
わざわざ、水銀燈の御魂を奪わずとも、人を愛することが出来る筈だ。
他の娘たちだって同じ。無理に御魂を融合する必要なんてない。

 (そうよ。もしかしたら――そこに解決法があるのかも)

真紅は、曇天の空に、一筋の光明を見出した気がした。
八つの御魂が、ひとつに融合する。
言い換えれば、ひとつの目標に向かって協力すること。
真紅は微笑みを浮かべて、布団の中から、水銀燈に手を差し伸べた。

 「ありがとう、水銀燈。貴女が居てくれて、本当に良かった」
 「? なによぉ、いきなり……気持ち悪ぅい」

怪訝な顔をしながらも、水銀燈は真紅の手を、しっかりと握った。




穏やかな日差しが降り注ぐ神社の境内に、子供達の歓声が木霊する。
そこは、一切の邪気を感じさせない、清浄な空間。
人々に聖女と称えられる娘は、子供達の輪に混じって、無邪気に戯れていた。


♪かーごめ、かごめ、かーごのなーかのとーりーはー♪


娘の育ての親である老神官は、社の中で童謡を聞きながら、彼女の姿を眺めていた。
彼――結菱一葉は、齢八十を数える好々爺である。
二十年前の戦乱を生き延び、あの娘に出会ったのが、八年前。
当時、娘は養父母の元で虐待され続けていた。
雑用を押しつけられ、貧しい食事と衣服しか与えられず……。
と言って、十歳の少女が独りで生きて行けるほど、世間の風は温かくない。
偶然にも仕事で訪れた彼が見つけた時には、栄養失調で明日をも知れぬ状態だった。


 「あれから八年か……早いものだな」

――籠の中の鳥。
一葉が、奉納された米一俵を養父母に渡して身柄を引き受けるまで、
彼女は正に、籠の鳥だった。
そんな生活環境だったから、当然、教育など身につける暇は無い。
この八年で、読み書き算盤と、ある程度の教育は施してきたものの、
同年代の娘と比べれば、どうしても言動に幼さが目立った。 

 「雛苺。ちょっと、こちらに来なさい」

一葉が呼びかけて手招きすると、娘は袿の袖と緋袴を風に靡かせ、小走りに近づいてきた。

 「うゅ? お父さま、ヒナにご用なのー?」

にこにこと元気な笑みを浮かべる雛苺につられて、一葉も相好を崩した。
死にかけて、人形のように横たわっていた八年前と比べれば、見違えたものだ。
神職に就くための修行によって、常人を凌駕する浄化の力も、開花しつつある。

 「左手を出しなさい」
 「? はい、なのー」

不思議そうに頸を傾げつつ、雛苺は一葉に左手を差し出した。
手の甲には、青黒い真円の痣が浮き上がっている。
それが、何かは解らない。養父母の虐待によって、出来たものかも知れない。
一葉は優しい仕種で、手にしていた布きれを、雛苺の掌に巻きつけた。

 「この布は、いつも巻いていなければ駄目だと言っているだろう?」
 「でも、ご用するとき邪魔なのー。洗い物して濡れると、気持ち悪いのよ」
 「それはそうだ。しかしな、そういう傷に嫌悪感を募らせる人々も居るのだよ」
 「? ヒナは、見られたって気にしないの。恥ずかしくないのー」

無邪気な娘に微笑みを向けながら、一葉は微かに吐息した。
自分本位なところが、いかにも子供らしい。
立派に独り立ちするまでには、まだまだ教育が必要みたいだ。
これは当分、死ねないな……と、苦笑せずにはいられなかった。

 「あ~! お父さま、酷いのー。ヒナのこと、馬鹿にしてるのね!」
 「おお、すまんすまん。笑ったりして悪かった」
 「……反省が感じられないの」
 「それは困ったな。では……これなら、どうかな?」

頬を膨らませて拗ねる雛苺に、彼は神棚から苺大福を持ってきて、差し出した。
清められた境内に、雛苺の元気な歓声が響きわたる。
振り返った子供達も、歓声を上げながら、一斉に彼の元へ駆け寄ってきた。


  =第十八章につづく