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  ~第二十四章~


――お姉ちゃん、ですって?
水銀燈は眉を顰めて、背後を振り返った。
そこには口元を手で覆って、隻眼を見開いた薔薇水晶の姿。
彼女の唇から言葉は続かず、愕然とした面持ちで、敵将を凝視するのみだった。

 「この女……雪華綺晶は、ホントに薔薇しぃの姉さんなのぉ?」
 「……うん。多分……そう」
 「多分、かぁ。見分けが難しいわねぇ」

顔立ちは、翠星石と蒼星石の双子姉妹に及ばずとも、よく似ている。
しかし、巴と蒼星石の様に、他人の空似と言う可能性も考えられた。

 (なにか、身体的な特徴でも残っていたら良かったんだけどぉ)

ふと、思いついて、水銀燈は雪華綺晶の左手を取り、手の甲を調べた。
薔薇水晶の姉だからと言って、八犬士の一人だとは限らない。
しかし、同志であるなら、薔薇水晶の姉でなくとも命を助ける理由にはなる。

だが、期待に反して、雪華綺晶の左手に青黒い痣は無かった。
当然と言えば、当然だろう。
もしも彼女が八犬士だったなら、鬼祖軍団の四天王を、務めている筈がない。
それ以前に、鈴鹿御前に殺されている。

ともあれ、肉親かも知れない人物を、薔薇水晶の眼前で殺す訳にもいくまい。
尋問すれば、鬼祖軍団や鈴鹿御前について有益な情報が得られるかもしれない。


それに、めぐの事も――


未練だと言うことは解っている。
めぐは鈴鹿御前の御魂を宿して産まれ、水銀燈は房姫の御魂を宿して産まれた。
次に出会ったときが、決着を付ける時だと、めぐは言っていたけれど……
出来ることなら、戦いたくなんかない。
四天王である雪華綺晶なら、めぐの予定を……留守になる時を知っているだろう。

 「ねぇ、薔薇しぃ。何か、捕縛する物を探してきてくれなぁい?」
 「……どうして?」
 「勿論、雪華綺晶を捕虜にする為よ。いろいろと話を訊きたいからぁ」
 「解った。探してくる」

公私混同でもいい。薔薇水晶のためと偽ったって構わない。
自身の感情を満たすためならば、仲間であっても利用するつもりだった。

 「す……水……銀燈」

薔薇水晶と入れ替わりに、蒼星石が、水銀燈の背後に立った。
控えめに掛けられた声には、僅かながら、緊張の色が感じられる。
ここまで来て、返事をしない訳にはいかない。
水銀燈は意を決すると、毅然と立ち上がり、蒼星石と差し向かいで話し合った。

 「蒼ちゃん……昨夜の事は――」
 「言わないで、水銀燈。謝らなきゃいけないのは、ボクの方だよ」
 「で、でもぉ」
 「めぐと、キミの間柄を知っていながら、ボクは酷い事を言ってしまった。
  姉さんやジュンの件で悲しんでいるボクを、キミは支えてくれたのに。
  それなのに、ボクは――キミを、侮辱してしまった」

――ボクには、あんな事を言う資格なんか無かったんだ。
深々と頭を下げる蒼星石の髪を、水銀燈の温かい手が、さらり……と撫でた。
ゆっくりと……何度も、何度も。
水銀燈は、蒼星石の美しい髪を慈しんだ。

 「あ、あの……す、水銀燈?」
 「……頭を、上げなさいな」
 「う、うん」

戸惑いながら頭を上げた蒼星石の肩を、水銀燈は、両腕で優しく包み込んだ。
それが【仁】の御魂の力による包容力なのかは解らない。
水銀燈は、込み上げる愛しさのままに、蒼星石の頭を撫でた。

 「ありがとぉ。その気持ちだけで、私は充分よぉ」
 「だけど、ボクは――」
 「お馬鹿さぁん。何度も言わせないの。私なら、もう平気だからぁ」
 「……うん。……ごめん」
 「だからぁ、謝らなくたって良いんだってばぁ」

蒼星石は、水銀燈の肩に額を寄せて、静かに涙を流した。
そして水銀燈も、蒼星石の髪に顔を寄せて、そっと頬ずりした。

めぐの事は、まだ割り切れていないけれど――
今は、みんなの元に帰れる事が嬉しかった。
心から喜びたかった。

だって、私たちは……ひとつの御魂から生まれた、大切な姉妹なんだから。


蒼星石と仲直りの儀式を済ませた水銀燈は、歩み寄って来る人影を認めた。
雛苺と、結菱老人である。二人とも、どうにか無事だったらしい。
水銀燈は、蒼星石の肩を掴んで、そっと引き剥がした。

 「無事だったのねぇ、ヒナちゃぁん。それに、結菱さんも」
 「この怪我で、果たして無事と呼べるかどうかは微妙だがな」
 「なんだか、ヒナの知らない内に終わってたのー」
 「それはねぇ、蒼ちゃんが、お化けを追い払ってくれたからよぉ」

微笑んで、水銀燈は蒼星石を、二人の方に向き直らせた。
蒼星石は涙の跡が無いか確かめるように、指先で頬を擦った。

 「彼女が雛苺で、あちらが結菱さんよ。よく、二人を助けてくれたわ。
  ヒナちゃんはねぇ、私たちの同志。七人目の犬士なのよぉ」
 「本当に?! あ、あの……そ、蒼星石です。よろしく」
 「こちらこそ、よろしく頼みますぞ」
 「ヒナも、よろしくなの~」

蒼星石が左手を雛苺に翳すと、痣に【信】の文字が浮かび上がる。
彼女に倣って差し出された雛苺の手にも【孝】の字が輝いた。
それを見て、蒼星石の口元が綻ぶ。

 「良かった。会えて嬉しいよ、雛苺」
 「えへへ~。ヒナも、お友達が増えて、嬉しいの~」
 「ヒナちゃんはね、土地や呪術の浄化が出来るのよ。
  真紅の蠱毒についても、きっと――」
 「なるほど、試す価値は大いに有るね。薔薇しぃが戻ったら、急いで引き返そう」

蒼星石が言った丁度その時、薔薇水晶が荒縄を手に、戻ってきた。




手足をキツく縛り上げた雪華綺晶を白馬に乗せると、一行は直ちに出発した。
一分一秒でも早く、真紅の元に行かなければならない。
蠱毒は、確実に真紅を蝕み続けているのだ。
急がなければ、たとえ毒を消したとしても、重度の障害を残しかねなかった。


古刹に到着すると、翠星石が喜び勇んで飛び出してきた。
馬の嘶きを聞きつけて、蒼星石たちが戻った事を察したらしい。
一行の中に水銀燈の姿を見つけると、喜色満面となり、
雛苺と結菱老人、雪華綺晶を見て、眉根を顰めた。

 「誰です、この連中は?」
 「詳しい説明は、あとで、ゆっくりとするわぁ」
 「それよりも、姉さん。真紅の容態は?」
 「相変わらずです。金糸雀も、打つ手が無くて悩んでるですよ」
 「着いた早々で悪いけれど、ヒナちゃんと結菱さんに診て貰いましょぉ」

頷いて、翠星石は雛苺と結菱老人を招き入れた。
水銀燈たちも、気を失っている雪華綺晶を馬から降ろして、古刹に運び込んだ。
真紅を診るなり、結菱老人の眉間に、深い縦皺が刻み込まれた。

 「これは、いかんな……危険な状態だ。雛苺、直ちに浄めを行うぞ」
 「はいなの、お父さま」

蠱毒の存在を看破した結菱老人と雛苺は、即座に儀式を始めた。
雛苺は両手を真紅の身体の上に置いて、瞼を閉じ、意識を集中していく。

 「……縁辺流、お願いするの」

雛苺の両手が、白い輝きを放つ。
それは瞬く間に、真紅の中へ吸い込まれていった。



真紅は、夢の中で巨大なムカデに絡みつかれて、身動き一つ取れずにいた。
それでも、かなりマシになった方だ。
最初は、ゴキブリやゴミムシの様な小さな虫までが身体中を這い回っていた。
モゾモゾと髪を掻き分け、隙を見せれば口の中や、耳や鼻にまで侵入してくる
虫のおぞましさに、気が狂いそうになったほどである。
それらが消えたのは神剣の加護によるものだが、真紅は知る由も無かった。

巨大ムカデの締めつけは、徐々に強くなっている。
胸や腹部を圧迫されて、とても息苦しい。内臓が破裂しそうだ。
虫に身体を這い回られる精神的な苦痛と、現在の肉体的な苦痛。
どちらも、いい加減、御免こうむりたかった。

そう思った直後、不意に締め上げがキツくなる。関節がメキ……と鳴った。
かなり呼吸しづらい。このまま、窒息してしまうのだろうか?
救いの無い妄想が、思考を支配しかけた時、真紅は、純白の光に包まれていた。

 (この、温かい光は……?)

正体は判らなかったけれど、苦しみ悶えるムカデの様子から、
自分に害を及ぼす光ではない事は、理解できた。
やがて、巨大ムカデは力尽きて、細かい粒子となって崩れ去った。

縛めを解かれた真紅の耳に、自分の名を呼ぶ声が、ハッキリと聞こえた。
水銀燈が、翠星石と蒼星石が、金糸雀が、薔薇水晶が、自分の名を呼んでいる。


 ――行かなければ!

真紅は、みんなの声がする方向へ歩き始めた。
確かな足取りで、一歩ずつ――




一同が見守る中、真紅の瞼が、ゆっくりと開かれた。
寝惚けた表情のまま、幾度か瞬きを繰り返す。
そして、ぽつりと呟いた。

 「みんなの声が、聞こえたのだわ」

彼女を見下ろす誰の表情も、感激の気持ちを如実に表していた。
真紅は、凝り固まった身体を億劫そうに起こし、隣にいる水銀燈に訊ねた。

 「私は、どうなっていたの?」
 「貴女は、大ムカデに蠱毒を打ち込まれた上に、のりの襲撃を受けたのよぉ」
 「そして今まで、昏々と眠り続けていたんだよ」
 「このまま死んじまうんじゃねぇかと、ヒヤヒヤさせられたです」
 「目覚めて良かったけれど、一応、検診しておくかしら」

金糸雀の問診を受け、脈拍などの検査を受けながら、
真紅は新しい顔ぶれを、無言で観察していた。
言葉を選びつつ、傍らに座る蒼星石と、水銀燈に質問を浴びせる。

 「あの方たちは、誰なの?」
 「あちらは、結菱さん。彼女……雛苺のお養父さんだそうだよ」
 「ヒナちゃんは、私たちが探していた噂の聖女さんよぉ。
  予想してたとおり、彼女もまた、犬士だったわ」
 「真紅を蝕んでいたムカデの毒を、浄化してくれたのも彼女さ」
 「そうだったの。本当に、ありがとう。貴女のお陰で助かったのだわ」

真紅が会釈をして微笑みかけると、雛苺は、はにかんで顔を背けた。

次に真紅が目を向けたのは、部屋の隅だった。
そこには束縛された雪華綺晶が、横たえられている。
薔薇水晶は、彼女の隣に正座して、じい……っと顔を見詰めていた。

 「あの女性は? なぜ、縛り上げているの?」
 「……それはねぇ、彼女が鬼祖軍団の四天王だからよ」
 「な、なんですとぉ?!」

脇で聞き耳を立てていた翠星石が、素っ頓狂な声を上げた。
結菱老人の怪我を治療していた金糸雀も、驚愕のあまり目を見開いている。

 「銀ちゃんっ! なんで、そんなヤツを連れてきたですかっ」
 「姉さんがそう思うのも、無理ないけど……ちゃんと、理由があるんだよ」
 「どんな? 是非とも教えて欲しいものだわ」
 「彼女はね、薔薇しぃの姉さんかも知れないのよぉ」

水銀燈の一言で、みんなの目が、薔薇水晶と雪華綺晶に向けられた。
幼少の頃に生き別れて、やっと再会してみれば敵同士。
しかも、場合によっては薔薇水晶の前で、雪華綺晶を斬らなければならない。
そんな悲しい偶然が、果たして起こっていいものだろうか?
誰もが、沈鬱な心持ちになった。

薔薇水晶もまた、雪華綺晶の右眼を覆った眼帯を凝視して、思い悩んでいた。
この女性が姉かどうか確かめたければ、この眼帯を外してみればいい。
もしも、本当に姉であれば、右眼には幼い日に見たモノが隠されている筈だ。

正直、確かめるのが怖い。
けれど、薔薇水晶は戦慄く腕を、雪華綺晶の眼帯へと伸ばしていた。




――同じ頃、彼は、暗い闇から呼び戻されようとしていた。
彼が横たえられた壮麗な祭壇の前では、笹塚が護摩を焚き、祈祷している。

その儀式を、少し離れた所から見詰める、三人の娘たち。
のりと、めぐ。そして、巴の身体を借り受けている鈴鹿御前である。

朗々と続いていた祈祷が終わり、笹塚は印を切って奇声を発した。
その途端、彼――桜田ジュンの双眸が、カッ! と見開かれる。
銃弾に穿たれた彼の胸には、最早、傷は無い。
ジュンは半身を起こして、茫然と周囲の景色を眺め回した。

 「ここは……何処だ? 俺は、なぜ……こんな所に居る?」

彼の口調は、桜田ジュンのそれではなかった。
鷹揚で、年齢以上に落ち着き、威厳に満ちた雰囲気を醸し出している。

 「恐れながら、貴方様は、御自身の事を憶えておいでか?」
 「俺自身のこと? ふん……当然であろう」

ジュンは、祭壇の上から笹塚を見下し、威風堂々と名乗った。

 「俺の名は、木曽義仲。征夷大将軍にすら任命された男だ」
 「勿論、存じ上げておりますとも。
  貴方様に、是非、お引き合わせたき御方がございます」
 「ほぉう? 誰だ、それは?」

義仲が問うと、笹塚は恭しく一礼して、祭壇から引き下がった。
笹塚と共に、のり、めぐの両名も儀式の間から退場する。
鈴鹿御前は、瞼を閉じ、自らの内に眠る彼女を呼び起こした。

 (さあ、巴。今こそ、約束を果たそう。愛しい人の元へ行くがよい)

その途端、人格が入れ替わり、鈴鹿御前は巴として覚醒した。
巴の視線が、祭壇に座る男性を捉える。
彼女の心臓が、胸を突き破らんばかりに、はしたなく躍動した。

何を言えば良いのだろう? 咄嗟に言葉が出ない。
変わりに、巴は足を踏み出していた。
一歩。二歩。だんだんと、その間隔が狭まっていく。
巴は全力で祭壇に走り寄って、彼の身体をきつく抱き締めた。

 「義仲さまっ! 判りますか、わたしが?」
 「お前は……巴? 巴なのか!?」
 「そうです! 巴です!」

二人は、互いの魂が放つ、懐かしい波長を感じていた。
姿は変わろうとも、その輝きは不変。

 「お会いしたかった。ずっと……この日を待ちわびていました」
 「……俺もだ。お前に、会いたかった」
 「ああ…………嬉しいです」

失われていた年月を取り戻すかの様に、固く抱擁しあう二人。
あの頃の様に見つめ合い――
貪るような、口付けを交わすのだった。


  =第二十五章につづく