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  ~第四十六章~


地底に広がる巨大な鍾乳洞を利用した謁見の間に、続々と穢れの者どもが沸き出してくる。
連中にとっては、複雑に入り組む枝道も、勝手を知りつくした我が家の廊下に等しいのだろう。
ありとあらゆる経路を使って、主君を護るべく殺到する様子は正しく、兵隊アリそのものだった。

 「よもや、残滓――壊れた玩具の分際で、神魔覚醒まで行うとは思わなかったわ。
  腐っても房姫の生まれ変わり、ということか」

鈴鹿御前は翼を閃かせて天井近くまで垂直上昇すると、陸続と押し寄せる兵士たちに
向かって、声を張り上げた。

 「聞け! 我が忠実なる下僕たちよ!
  我らを殲滅せんとする最大の宿敵は、今、我らが母の胎内にある。
  これは、我らの滅びを意味しているのか?
  否! 絶体絶命の危機ではない。寧ろ、最高の好機である!
  今こそ、我らの前に立ちはだかる愚鈍な者どもを血祭りに上げ、
  その骨肉を食らい付くし、その血を一滴残らず絞り出してやれ!
  奴等の鮮血で染め上げられた装束を絶望の旗印として、
  安穏な日々を送る衆生どもに、穢れ果てた世界の黎明を知らしめようぞ!」

城内に囂々と、穢れの者どもの怒号が轟く。
その轟音は謁見の間に響き渡り、凄まじい重圧となって、真紅たちの頭上に降り注いだ。
深淵の闇――
地の底から甦った穢れの者どもには、この冷たい洞窟が母の胎内を意味するのだろう。
押し寄せる骸骨どもの眼窩が、赤い光を宿した。

敵は、無尽蔵。
対するは、たった八人の犬士。

 「まともに戦っていたら、キリが無いのだわ。速攻で、鈴鹿御前を斃すわよ」
 「だけど、ああも縦横無尽に飛び回られてちゃあ、攻撃を当て難いってばぁ」
 「それでも今は、冥鳴で撃墜してもらうしかありませんわ」
 「……気軽に言ってくれちゃってぇ」

やれやれ、と苦笑を漏らして、水銀燈は肩を竦めた。
けれど、雪華綺晶の言うとおりで、現状では、それしか無い。
対空戦闘のために、蒼星石と金糸雀をこちらに引き抜けば、
負傷して動けないジュンの護衛が手薄になる。
鈴鹿御前を斃すのは勿論だが、ジュンを死なせる訳にもいかないのだ。

 「これで……墜ちなさいよぉ――!」

水銀燈が両腕で構えた神刀の穂先から、黒龍変化した冥鳴が迸る。
空を切り裂き、瞬きを一度する間に、鈴鹿御前に肉迫した。

 「ふふっ……そんな直線的な攻撃、当たるものか」

目にも留まらぬ高速にも拘わらず、鈴鹿御前は軽口を叩きながら、難なく躱した。
しかも、冥鳴が天井を穿ち、大小の石礫を真紅たちに降り撒いたから堪らない。
頭上に腕を掲げて瓦礫の直撃を避ける水銀燈に、急降下してきた鈴鹿御前の凶刃が迫った。

 「お前は、少しばかり目障りだな。真っ先に始末してくれる」

降り注ぐ石塊に注意を振り向け過ぎていた水銀燈は、ほんの一瞬、対応に遅れた。
戦場では、一秒にも満たない刹那が、生と死を分かつ。
そんな事は、水銀燈も熟知していた。解っていたのに、動けなかった。

 「っ! このぉ」

水銀燈が薙刀を構えるより早く、鈴鹿御前が振り抜いた龍剣『緋后』から、
衝撃波『龍の鉤爪』が放たれた。距離が近すぎる。回避が間に合わない!

背中の傷は、蘇生した際に塞がっているというのに、
巴に斬られたときの痛みを思い出したのか、ズキッと疼いた。
散々に背中を引き裂かれて、今度は、お腹を引き裂かれるなんて冗談じゃない。
なんとか活路を開くため、水銀燈が足掻こうとした矢先――

 「銀ちゃんは、傷つけさせないっ!」

薔薇水晶が割って入り、龍の鉤爪を、玄武変化した圧鎧で受け止めた。
純白の甲冑には、傷ひとつ付いていない。
薔薇水晶は、両手の小太刀を巧みに操り、鈴鹿御前に斬りかかった。

突然の妨害が入ったことで、水銀燈を斬るべく突進していた鈴鹿御前は、
舌打ちして、再び飛翔を試みた。
ここで薔薇水晶と鍔迫り合いを演じても、真紅と雪華綺晶の攻撃を浴びてしまう。
間合いを開けて、龍の鉤爪による間接攻撃で畳み掛ける方が上策と判断したのだった。

敵前での方向転換。それは、かなりの危険を伴う行為である。
そして勿論、水銀燈は、指を銜えて好機を看過したりしない。

 「見逃がすワケないでしょぉ!」

鋭く振り抜いた薙刀の切っ先が、鈴鹿御前の赤い翼を捕らえた。
手応えは充分。だが、浅い。
切断するには僅かに及ばず、鈴鹿御前の体勢を崩しただけだった。
しかし、地面に引きずり降ろしたのは、非常に大きな成果だ。

 「今よ、雪華綺晶! 飛ばれる前に、ケリを付けるわよ」
 「ええ!」

間髪を入れずに、真紅と雪華綺晶――神器の所有者である二人が、同時に斬りかかる。
鈴鹿御前は左右の剣で二人の攻撃を凌いでいるものの、出来ることは、そこまで。
とてもではないが、反撃に転じる余裕など無かった。
飛翔しようにも、水銀燈に斬られた翼の損傷が酷くて、安定した姿勢を取れない。
仮に、巧く飛び上がれたところで、姿勢を保てなければ同じこと。
水銀燈の冥鳴に撃ち落とされるのがオチだった。

穢れの者どもも、何とかして鈴鹿御前の救援に向かおうと突撃を敢行するが、
鉄壁の防御装甲を纏って小太刀を駆使する薔薇水晶と、麒麟に姿を変えた獄狗、
白虎変化した縁辺流を縦横無尽に駆け巡らせる雛苺に、悉く撃退されていた。

これだけの味方が周りにいながら、孤立無援に陥っているとは、何たる茶番だろうか。
鈴鹿御前は、焦燥感を募らせた。
このままでは、埒が開かない。いいや……明らかに、圧され始めている。
この状況を打開するには、どうすべき? どうしたら良い?
真紅と雪華綺晶の連携攻撃を受け流しながら、鈴鹿御前は周辺に目を走らせ、
利用できそうなモノを探した。

 (! あれは――)

鈴鹿御前の視界に、鉄砲足軽の小隊が飛び込んできた。
折良く、こちらに向けて、一斉射撃を加えようとしている。

 (丁度よいわ。法理衣に護られている真紅には、無力だが……)

雪華綺晶や、水銀燈、雛苺の牽制は出来る。
この内の誰かを護ろうとして、薔薇水晶と真紅が、動きを止めることも期待できた。
その間に一旦、離脱。体勢を立て直すしかない。

 「!? みんなっ! 鉄砲隊に狙われてるのーっ!」

僅かに早く、雛苺が鉄砲を構えた足軽の一団に気づいた。
直後、鉄砲の炸裂音が、洞窟の壁に反響して、独特の唸りに変わる。
銃弾を防ぐために、真紅と薔薇水晶が前面に躍り出て、雛苺と水銀燈を庇った。
雪華綺晶は、獄狗が身を挺して護衛している。
だが、これで鈴鹿御前に攻撃をする者は皆無となってしまった。

その隙を衝いて、後方に大きく飛び退き、水銀燈の冥鳴を警戒しながら飛翔した。
けれど、その警戒は杞憂だった。
怖れていた冥鳴の砲撃は、鉄砲隊の方に向けられていたのだ。
ただの一撃で、鉄砲足軽は全滅していた。

 (まずは予定どおりか。しかし……少々、拙いな)

幸いにして追撃は無かったものの、神器で斬られた翼の傷は修復できず、
上空で安定した姿勢を保つ事に、意識の半分以上を費やさねばならなかった。

 (流石に、纏めて相手するのは厳しいか。やはり、各個撃破していかないと)

戦況を見回すが、旗色は悪い。数で圧し切れるだろうと高を括っていたが、
犬士たちは進化した精霊を巧みに操って、穢れの軍団を凌駕しつつあった。
進化したところで所詮は精霊、と侮っていたことが、不利な現状を招いていた。

犬士たちの戦意は揚がっている。まずは、これを削ぐことだ。
では、戦意喪失させるには、どうすべきか。
眼下で繰り広げられている激戦に視線を彷徨わせていた鈴鹿御前は、
恰好の獲物を捉えて、瞳を妖しく輝かせた。

 「いい解決策を思いついたわ。使えるぞ、あの男!」

嬉々として鈴鹿御前が向かったのは、心身共に深い傷を負って横たわる青年、
桜田ジュンの元だった。犬士たちが彼を護ろうとしている事は解っていた。
滑空してくる鈴鹿御前に気付いて、ベジータがトンファーを構えて迎撃を試みる。

 「てめぇ! こっから先へは――」
 「邪魔だっ! 控えよ、下郎!」

果敢にも立ちはだかったベジータの横面に、鈴鹿御前の強烈な蹴りが食い込んだ。
そのまま、頚も折れよと言わんばかりの勢いで、蹴り飛ばす。
彼が信奉する、人が脆弱な心の支えとすべく生み出した宗教という名の偶像は、
現実の暴力に対して全くの無力だった。
所詮、人の世は力によって左右される。より筋力が上回っている方が勝ち、
より強大な権力を握った者が、弱者を支配するのである。

もんどり打って、軽い脳震盪を起こしているベジータには目もくれず、
鈴鹿御前はジュンの脇に立って、剣の切っ先を、彼の喉に宛った。

 「はあっははは! そこまでだ、犬士ども! 
  即座に抵抗を止めねば、この男を殺すぞ」

声を張り上げた鈴鹿御前に、穢れの者どもと、八人の視線が向けられる。
そして、状況を把握した瞬間、犬士たちは悔しげに歯噛みして、
穢れの兵士たちは、カタカタと顎の骨を鳴らして嗤った。
特に、ジュンの護衛に回っていた蒼星石、翠星石、金糸雀の三人は、酷く表情を歪めている。
役目を全うできなかったのだから、当然だろう。
彼女たちは、混戦によって視野狭窄に陥っていた自分たちの迂闊さを悔やんだ。

 「見下げ果てたヤツです! 恥を知りやがれですっ」
 「そんな卑劣な策に頼らなければ、勝機を見出せないのかしらっ!」
 「おやおや。自分らの失態を棚に上げて、責任転嫁か?」

鈴鹿御前は、人質を取ることに、何の罪悪感も抱いていなかった。
寧ろ、人質の為に抵抗を諦める者たちを、軽蔑すらしていた。
卑怯と喚き、負け犬の遠吠えしか出来ない、汚らわしい偽善者どもだ、と。
八つ裂きにして、業火で焼き尽くしても、まだ嫌悪感は拭えないだろう。

 「どうするのだ? わたしは、どちらでも構わぬぞ。お前たちが選ぶことだ」

喉に宛われた切っ先が、ジュンの肌に浅く食い込み、一筋の流血を生み出した。
人質の価値は、最終的に生きてさえいれば変わらない。
幾ら痛めつけようとも、死なない程度に留めておけば――

交渉を有利に進めるために、人質の指や耳を斬り落とす事は、常套手段である。
鈴鹿御前は、左手の龍剣『緋后』を振るって、蒼星石ら三人を遠ざけた。

 「決心が付かないのであれば、わたしが契機を作ってやろう。
  とりあえず、この男の耳でも、削ぎ落としてみるかな。その次は、鼻だ」
 「っ! 待ちなさ――」
 「ふざ……けるな、よ」

真紅が最後まで言葉を紡ぎ出す寸前、鈴鹿御前のすぐ側で、苦しげな男の声が発せられた。
それは、ジュンが発した呻きだった。

 「僕は……みんなの足手まといには、ならないっ!」

言うが早いか、ジュンは突きつけられていた剣を払い除けて、半身を起こし、
鈴鹿御前の両脚に組みついた。
そして、素早く脇差しを抜くと、鈴鹿御前の腹に突き立てた。

 「っくぁ! 小癪な真似をっ!」
 「今だっ! 僕が抑え込んでいる間に、早く……こいつを斬れっ」
 「図に乗るな! 死に損ないがっ」

鈴鹿御前は、左手の剣を、ジュンの右脇腹から左脇腹へと剣を貫き通した。
途端、ジュンはカッと目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
見る間に、彼の表情から血の気が引き、青ざめていく。
剣を引き抜くと、脚にしがみついているジュンの腕から、力が抜けていった。
鈴鹿御前はジュンをふりほどき、蹴り倒した。

 「ジュンっ!!」

今にも精霊を放ちそうな剣幕で、蒼星石が駆け寄ってくるのに気づいて、
鈴鹿御前は上空へ逃れようと、傷ついた翼を羽ばたかせた。

だが、彼女の足が床から離れる直前、異変が生じた。
翼の付け根部分が、メキメキと妙な音を立て始めたのだ。
鈴鹿御前は不意に襲ってきた激痛に、端正な顔を歪め、苦悶した。

 「な、なんだ……これはっ?! ぐうぁあぁっ!」

剣を投げ捨て、両腕を掻き抱いて激痛に堪える鈴鹿御前の胸裏に、
聞き覚えのある声が響いた。
それは、完全に融合して、人格が消滅した筈の存在――

 「と……もえ……かっ。何故……今頃になって、お前が?!」
 『彼は、わたしが殺させない! たとえ貴女でも、それだけは許さないから』

巴の意志に反応して、翼の軋みは尚一層、激しくなっていく。

 「ぐぁっ……そ、そうか……神器で斬りつけられて…………自我を、
  取り戻したのだな。房姫の、退魔の力……つくづく、忌々しいわ」
 『もう、貴女には同調できない。わたしも、めぐも――」
 『今はもう、貴女の言葉を信じられない。貴女を主とは、認められないわ』
 「ま、待て……巴っ! めぐっ! やめろっ! やめろやめろやめろっ!
  そんな事をしたら、わたしはっ!!」

ブチブチブチッ……と、翼の根元が裂け始めた。

 「いやっ! わたしは……また、残滓に……壊れた人形には、なりたくないっ!
  元どおりになるまで、十八年も! 十八年もかかったのに!
  お願いっ! もうやめてっ! やめてえぇ――――っ!!!」

鈴鹿御前は両手で金髪を掻き乱して、狼狽え、絶叫した。
だが、懇願も虚しく、巴とめぐの化身だった赤い両翼は、
決別の証となるブチッという音を立てて、鈴鹿御前の背中から千切れ飛んだ。

 「ああああああああぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!!」

鈴鹿御前は、人間とも獣とも取れない叫喚を上げた。
穢れの者どもに、動揺が走る。その動揺は、忽ち、戦意喪失へと繋がった。
足軽や武将たちから、積極的な攻撃が止んだ。

彼女の元を離れた翼は、それぞれ別の方へと飛び去りながら、赤い蛍へと変わった。
巴は、蒼星石の方へ。そして……めぐは、水銀燈の方へ。

 「待って! 巴! めぐ! わたしを置いて行かないでえっ!」

謁見の間に、鈴鹿御前の哀しい声が響く。
彼女は、泣いていた。それは、壊れた人形に戻ってしまった哀しみ故の涙か。
それとも、同じ御魂を共有していた者達に離反された、屈辱の悔し涙か。

だが、二人の御魂は一度も止まることなく、想いを馳せる者の元へ向かい続ける。
巴の御魂は、蒼星石が差し伸べた掌に舞い降りた。

 『蒼星石…………こんな姿で、ごめんなさい。だけど……どうしても、
  貴女に話しておきたい事が有ったから』
 「……なんだい? ぜひ、聞かせて欲しいな」
 『もう、あまり時間がないから、手っ取り早く言うね。
  わたしは彼を救うため……彼の命を、この世に繋ぎ止めるために、
  これから、彼と同化するわ』

ジュンの魂と同化すると言うことは、巴の人格が、ジュンの中で消滅する、と言うこと。
もう二度と、こうして言葉を交わすことも出来なくなる、と言うこと。
蒼星石は、一粒の涙を零した。
けれど、巴を引き留めようとはしなかった。

 「巴…………お願い。ジュンを、助けてあげて」

それしか言えない。逆の立場だったら、自分も巴と同じ事をしたし、
引き留められても、絶対に止めたりしないと解っていたから。
一人の男を愛した女同士、敵対していても、気脈を通じる部分は多々あったのだ。

 『任せておいて。だから……これからは彼の事を、お願いね』
 「解った。ボクは、彼の中で眠る巴も含めて、彼を愛して行くから」
 『……ありがとう。蒼星石』

巴の御魂は、蒼星石の掌からフワリと飛び立ち、彼女の目の前で、一旦停止した。

 『そうそう。言い忘れていたから、遺言代わりに伝えておくわ』
 「ん?」
 『わたしはね、蒼星石。貴女のこと、殺したいほど憎んでいたわ。
  でも…………嫌いじゃなかった。矛盾しているけど、ホントの事よ』
 「多分、ボクも同じだったよ。本気で斬ろうとした時もあったけど、
  ジュンに対するキミの想いが、どれだけ強いか判ってからは、
  不思議と、憎みきれなかったんだ。
  キミを見ていると、ボクの心を鏡に映して、眺めている気分だった」

まるで微笑むかのように小さく揺れて、巴はジュンの元へと飛んでいった。
遠ざかる赤い蛍を見詰める蒼星石の瞳から、哀悼の雫が溢れ、流れた。

 「さよなら……鏡の中の、もう一人のボク」

周囲の景色が涙に滲んでぼやける中で、彼女の赤い輝きだけは、ハッキリと見えていた。
いつまでも、いつまでも――


時を同じくして、めぐもまた、水銀燈との再会を果たしていた。
水銀燈は、めぐの御魂が辿り着く前から泣き出して、ぐしゃぐしゃな顔になっている。

 『なぁに、水銀燈……ひどい顔ね。折角、また会えたのに』
 「ご、ごめん、めぐ。でも……私っ」
 『別に、謝らなくても良いわよ。私も、身体が有ったら、きっと泣いてたから』

めぐの御魂は、涙に濡れた水銀燈の頬に、二度、三度と触れた。
慰めるように、そっと優しく。

 『水銀燈には、何度も悲しい想いをさせちゃうね。
  謝らなきゃいけないのは、私の方よ。ホントに、ごめんね』
 「い、良いのよぉ。めぐの為なら、私は、どんな労も厭わないから」
 『私のため……かぁ』

めぐは、溜息を吐いた様な間を空けて、再び話し始めた。

 『ねえ、水銀燈。私のために生きるのは、今日で終わりにしてよ。
  これからは、自分の為に生きるべきだと、私は思うわ』
 「めぐ……貴女、まさか」
 『ええ。私は、このまま成仏しちゃおうかなぁ……なぁんて、考えてるの』
 「そんなっ!」

絶句する水銀燈。
めぐも、黙り込んだ水銀燈に掛ける言葉を探して、口を噤んでいた。
その沈黙を破ったのは、水銀燈だった。
ひとつ、しゃくりあげると――

 「めぐ。私……今日から、自分らしく生きるわぁ」
 『ホントに?』
 「本当よぉ。だからねぇ、こうするのよ」

水銀燈は、めぐの御魂を素早く捕まえると、口に含んで呑み込んでしまった。

 『きゃー?! 水銀燈っ! なんて事をするのよっ!』
 「うふふふ……こうすれば、めぐと私は、いつでも一緒に居られるでしょぉ?」
 『それは、そうだけど…………強引よ』
 「言ったでしょ、私らしくって。この方が、私らしいと思わなぁい?」

暫しの沈黙の後、めぐは諦めたように、水銀燈の胸中で「やれやれ」と呟いた。

 『参った。私の負けよ、水銀燈。これからも、よろしくね。それと……』
 「なぁに?」
 『……ありがとう。ホントは、私も……』
 「お礼を言われる筋合いじゃないわぁ。私らしく生きた結果よ」

言って、水銀燈は清々しい表情を、真紅に向けた。
もう、迷いも絶望もない。闘って、勝って、これからもずっと生きていくこと。
たったそれだけの事が、今は、最も崇高な目標に思えた。

 「正真正銘、最後の決闘よ。覚悟は良い、真紅ぅ?」
 「当然でしょう。この戦いは、私の手で終わらせるわ。必ず、ね」
 「でしたら、神器の所有者として、最後までお手伝いしますわ」

真紅の両脇に、水銀燈と雪華綺晶が並び、得物を構えた。
三人の真正面には、跪き、項垂れたままの鈴鹿御前が居る。
彼女は、自分に向けられた敵意を感じ取ったらしく、涙に濡れた瞳で真紅を睨みつけた。

 「わたしは……まだ闘える! 壊れた人形なんかじゃないっ!」

鈴鹿御前は、取り落としていた二振りの剣を握って、ゆるゆると立ち上がった。
彼女の前面に、どこからともなく現れた近衛兵の一団が陣取り、護りを固めた。

 「水銀燈、雪華綺晶。精霊による援護を、お願い」
 「言われなくとも、準備は済んでるわよぉ」
 「私も、いつでも構いませんわ」
 「だったら、今すぐに、よ」

その一言を合図に、真紅は鈴鹿御前に向かって走り出した。
真紅の右隣を冥鳴が追い越し、左隣を麒麟と化した獄狗が駆け抜け、
立ちはだかる穢れの近衛兵を薙ぎ倒し、粉砕していった。
僅かな残りなど、法理衣に護られた真紅の敵ではない。
駆け抜けながら斬り伏せ、真紅は、鈴鹿御前との距離を一気に縮めた。

 「覚悟なさい、鈴鹿御前っ!」
 「真紅ぅ――っ!!」

両者は、ほぼ同時に剣を突きだしていた。
 
 
  =第四十七章につづく