登校 *** 登校―― 普通の学生からすれば何の変哲もない、いたって普通とも言える行動 だが、俺と女の場合はこれだけでも一筋縄には行かないのだ *** 「いってきます」 俺は何時も通りに自分の家の出発した 普通の学生ならこのまま学校に向かうか、待ち合わせ場所でも決めて友達とか恋人とかと一緒に登校したりするのだろう だが、俺の場合は女の家に向かうことから始まる 決して女の家が学校に近いわけじゃない。それどころか俺の家より女の家の方が遠いぐらいだ だったら、先にも述べたように待ち合わせするなり、女が俺の家に寄る形を取ればいいだろうと思う者もいると思う だが、俺と女の場合はそうはいかない 「女、迎えにきたぞ」 俺はインターホンで家の中にいる女に俺が来た事を伝える そして数分後、女は家から出てきた。ドアから顔を覗かせ、周りを充分すぎるほど見回す 状況確認をしっかりした後、ドアから離れ、まるで吸い寄せられるように俺のところに走ってくる 「お、おはよう、男」 女は走ってきた後、俺に引っ付くようにして、周りを見回してる 「ほらほら、また鍵を閉め忘れてるぞ」 女は俺の所に来るのを優先しすぎたのか、玄関の鍵を閉めていなかった 「ああ、済まない。ついてきてくれ、男」 「わかった」 女は俺の背中にべったりとくっついている 「……よし。ちゃんと閉めたぞ」 ガチャン、と小気味よい音と共に女の家の鍵が閉まった 「だな。それじゃ行くか」 女が俺の背中にくっつくようになったまま俺と女は学校に向かった *** 「ぅ…お、男ぉ……」 登校中、ずっと女は周りをせわしく見ながら男にすがりつくようにして歩いている そして俺以外の人間を見つけるたび、いつもの冷静沈着な声が弱々しい声に変わるのだ 「大丈夫だから…俺がちゃんとついてるだろう?」 俺は女をなだめるようにしながら歩く。女は俺の背中にくっついて半ば引きずられるように歩いてる 端からすれば、女の挙動は少しおかしく見えるかもしれない だが、これが俺と女からすれば、これがいつもの登校なのだ 何故、こんな状態になるのか。それは女が昔経験した事にあった *** 女は小学四年生の頃、交通事故にあった。それも意識不明の重態で昏睡状態だった そして事故から五年後、女は意識を取り戻した。その時からだった 女に異変が起きたのは―― 女は事故以前までの知り合いと家族以外に、激しい人見知り状態になっていた 初めの方は、事故のショックなどが原因でパニックになっているのだろうと思われていた だが、現実は更に残酷であった ――対人恐怖症 医者から言い渡された、女の状態であった 症状の名前の通り、自分の元の面識がある者以外には人見知りよりも激しい反応、下手をすれば拒絶反応に近い状態だった それ以来、女は学校に行くのも帰るのも、日常生活においても、俺を頼るようになった 何故俺なのかと言うと、事故に遭う前に一番仲がよく、一番優しかったから、らしい そう言うわけで俺に付き合っている……と、言うのは今では半分事実、と言う感じである 何故なら、俺は女と…… 恋人として、付き合っているから―― *** 「お、男ぉ…ひ、人が増えてきた…」 女はガタガタと身を震わせて怯える。その様子が見なくても俺の背中に伝わってくる 背中にくっつくのは、この状態が女にとって一番安心するらしい 人が増えてるのは仕方ない。学校に向かう方面に駅も存在するからだ。 「ああ…大丈夫、大丈夫だ…」 俺は女の頭を撫で、なだめながら少しずつ、学校に近づいていった 「っ……」 女はなだめられてもずっと震えている だが、これでも随分とマシになったほうなのだ。昏睡状態から覚めた直後と来たら、医者が来た瞬間に身を引き、暴れてベッドから落ちそうになったぐらいである それに比べれば、こうやってついてきてるだけでも、進歩しているわけだ *** ようやく、俺と女は校門をくぐる 生徒はまだ少なめである。と、いうのも今は七時四十分。かなり早い方だと思う しかし、朝から学校から用事を言い渡されたりはしていない 俺なりに登校する人の数が少ない時間帯を狙っている そうしないといつまで経っても校舎に入れなくなるかもしれない 一度、下駄箱に集まる生徒に圧倒されて、結局始業前チャイムが鳴ってから靴を履き替えた事があるからだ 早く学校に来る分、起きるのも少し早くなったが、今の俺にはまったく苦にはならなかった 「……履き替えたか?」 俺は自分の靴を履き替えた後、女が靴を履き終えるのを待っていた 女は靴を履き替える間もせわしなく周りを見ているから、必然と時間がかかってしまう 「…うむ、履き替えたぞ」 今日は運良く一人も下駄箱に生徒がいなかったおかげか、しっかりとした口調で返してきた 「さて、それじゃ教室に行くか」 この時間帯なら、廊下も殆ど誰もいないだろう。 それでも女は俺の背中にくっつき、校舎の中に入っていくのだった 〜END〜