放課後 *** 放課後―― 俺と女は特に寄り道もせずに真直ぐ家に帰る。登校時に比べれば、幾分か楽に帰れる ……はずだったのだが…… *** 「あー、疲れた……」 「ふう…ようやく今日の授業が終ったか…」 教室には俺と友だけが残っていた 今ごろクラスメイトは部活に励んだり、習い事に行ったり、寄り道をしたり…真直ぐ家に帰宅したり… 特に部活動もしない俺は寄り道もせず、真直ぐ帰宅するタイプだ けれど、高校生になってから俺は皆が教室から出ていくのを待っていた 何故かと言うと、女と帰るからにはできるだけ人ごみを避けないといけないからだ だから、放課後になっても、教室から人がいなくなるのを待ってから隣のクラスで同じように待機してる女と合流してから帰る 友は何故いるかと言うと、待ってる間暇だろうから、と単に付き合ってくれてるだけだ 別に友のためになることは殆どないのに、俺に付き合って女と帰るまでの時間まで一緒にいてくれる 俺もいい友達を持ったと思う *** 「お、男ぉ…い、一緒に帰るぞぉ……」 女が教室のドアから半分顔を出したような状態で俺に声をかけた 「お。女ちゃんが来たみたいだな。じゃあ俺はお暇させてもらうかね」 「ああ。じゃあな、友」 友は女の姿を見た後、座っていた机から離れるとそのまま後ろ手で手を振りながら教室から出ていった 女は友が教室から出た後、俺以外誰もいない教室を見回してから、俺の所まで小走りでやってきた 「………ん」 そして、俺の背中に隠れるようにくっつく 「もうクラスには俺と女しかいないんだが」 誰もいないと分かっていても、屋上以外では警戒してしまうらしい それと、もう一つの理由―― 「男の背中にくっついてるのが一番落ち着く」 と、言う事だそうだ 「わかったわかった…ほら、帰るぞ」 「うむ」 俺と女はもう誰もいない教室を後にした *** 「あらら…雨とか聞いてないぞ…」 下駄箱で靴を履き替え、校舎から出ようとする時にはもう雨が降っていた 教室で待っている時から雲行きが怪しかったとはいえ、降ってくるとは… 俺はあいにく傘は持っていなかった。 このまま雨が止むまで待つか?しかし、とても雨が止みそうな気配は無い どうしたものかと思っていると 「…一応、折り畳み傘なら持ってるが」 女は鞄の中から可愛らしい柄の折り畳み傘が出てきた だが、とても二人が入れそうにない大きさである事が一目見てわかった 「まいったな……」 思わず俺は呟いた。このまま無理矢理この傘に入っても雨に濡れるのは分かりきったことだ そうなると女が風邪を引いてしまうかもしれない。それは避けたかった かといって、家に傘を取りに行くとしても、女を置いていくわけにもいかなかった 女も同じ事で悩んでいるのか、少し思案しているようだった しばらくして、女が声を発した 「……よし、ならこうしよう」 *** 女の案はすばらしく合理的で、奇抜な考えだったかもしれない 「どうだ、男。これなら濡れるのも少なくて済むだろう?」 周りに誰もいないせいか、女は何時も通りのはっきりした声で、少し意気揚揚と俺に話し掛ける 「確かにな…でもさ、これは人に見られたら少し恥ずかしいのだが」 俺は帰り道に誰もいないことに感謝した 「何を言う。これなら雨にも濡れにくく、私も男にくっついていられる。一石二鳥というやつだ」 女は今の状態をすごく喜んでいるようだ 「…だからって、お前が傘と俺の鞄持つ代わりに俺が女をおんぶするって…」 俺の発した言葉通り、俺は女をおんぶしていた 女は自分の鞄を背負い、俺の首に腕を絡めながら、俺の鞄と折り畳み傘を持っていた これが、女が思案した結論だったらしい 「……たまには、雨と言うのもいいものだな」 そう言いながら女は俺にぴったりとくっつき、時折頬擦りしてきたりする ノーガード状態の俺にそういう攻撃はあまりに酷いと思うんだが *** 「…ふう。ほら、家についたぞ」 俺は女の家の前に来ていた。雨も大分マシになってきてる これなら走って帰っても大して濡れずに済みそうだ。そんなことを考えていたのだが 「…………」 女は降りようとしなかった 「…着いたぞ、って」 俺は女を促すようにもう一度言う 「明日は土曜日だな」 女は意味ありげに呟いた 「…ああ、そうだが」 俺は女が言いたい事が何となくわかる気がした 「今日、両親がいなくて寂しい」 女はぎゅっと抱きしめなおした 「………」 「………」 二人の間に、少し沈黙の時間が流れた 「…とりあえず降りろ。このままじゃ家に入れないだろ」 「うむ…」 女はようやく俺の背中から降りた *** 「……ふう。で、家に入って何でまたおんぶしてくれと?」 俺は玄関で靴を脱いだ時、部屋までおんぶで連れて行ってくれ、と女にせがまれた そして今、女をおんぶして、女の部屋がある二階に向かっているというわけだ 「心地よかったからだ」 どうやら女はおんぶが気にいったらしい 「…まあ、女はまだ軽いからいいけどさ…」 俺はそのまま女の部屋に入った後、女を下ろした 「ふむ。とりあえず、コーヒーでも入れてくるとしよう。少し待っていてくれ、男」 「ん。わかった」 女は鞄を適当に置くと部屋から出ていった 俺は女の部屋を何気なく見渡した後、なんとなく色々見てみることにした すると、俺は勉強机の上に本が一冊置かれているのを見つけた 教科書にしてはやけに分厚く、まるで参考書のような大きさの本 俺はその本が気になり、手にとってみた ――『対人恐怖症を克服しよう』 そんな題名の本だった 「……いつの間に、こんな本を…」 本の表紙を眺めた後、本を開けようとしたその時 「コーヒーが入ったぞ、男」 女が二人分のコーヒーを持ってきてくれた そして女がテーブルにコーヒーを置いた時、俺が本を持っていることに気づいたらしい 「ぁ……」 女の表情がしまった、と言わんばかりの表情に変わった 「…お前なりにがんばってたんだな」 俺は、女がこんな本を買ったなんて聞いたことがなかった。こっそりと勉強していたのだろう 「…あまり、男に迷惑をかけたくなかったからな」 女は少し俯き加減に、静かに答えた 「…そうか。その気持ちだけでも嬉しい」 俺は手に持っていた本をそっと勉強机に置くと、ベッドの上に座った 「……くっついても、いいか?」 女はまだ立ったまま、俺に聞いてくる 「今更断りいれなくても…いつものことだ」 「…うむ」 女は俺の隣に座ると、俺にしなだれかかるようにくっついた それを俺は何時ものように優しく受け止めた 〜END〜