雨上がりの午後 麦藁帽子



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麦藁帽子


 ――遠い夏。
 まだ幼かった頃。
 酷く暑かった日の夕暮れ時。
 川沿いに広がる草原には、風が吹いていて。
 日が傾き、遊び疲れて座り込み、それでも帰ろうとしないメイが彼の肩に頭を預けうとうととし始めた頃、ようやくギルバートはメイを背におぶって家路へと足を向けた。
 あちこちを転々と旅歩く祖父に連れられてギルバートがこの村にやって来たのは、半年程前の事だっただろうか。いつもは、一月も同じ所に留まるれば長いほうだという旅暮らしであったが、祖父にしては珍しく、ここには腰を落ち着けていた。
 村には取り立ててこれといったものも無く、ギルバートには祖父が留まる理由も無さそうに思えた。しかし、それを疑問に思いながらも彼はそれを祖父に尋ねる事はしなかった。
 それを尋ね、そろそろ此処を出るか、という出立を決めるいつもの祖父の言葉を聞く事になるのを恐れたからだった。

 ――今になって思えば、あえて祖父はあの村に留まっていてくれたのだろう。旅から旅への暮らしで友達と遊ぶなどと言う事を知らぬギルバートが、此処に来て初めてメイという遊び友達を見つけた。
 早くに身寄りを亡くしたというメイも、やはり寂しさを感じながら過ごして来たようであり、それもあっての事か、幾つか年下のこの少女とは気が合った。メイの話を聞かせると、祖父は落ち着いた笑みを浮かべ頷いていたものだった。祖父は楽しげなギルバートの様子に、すぐにこの村を離れる事を忍びなく思ってくれたのではないだろうか。

 しかし二日前、とうとう祖父の口からこの村を立つ事を告げられた。
 そして、雨模様であった昨日一日、その事をメイに伝えるべきか、伝えるとしたらどう伝えるのかと思い悩んで過ごし、結局何の答えも出せぬままに、雨も上がり晴れ渡った今日、いつものように連れだって遊び場としている河原に赴いたのだった。

 ギルバートの背中で彼の肩に顔を預けてたままに、眠りに落ちそうな途切れ途切れの声で、メイはギルバートに話しかけ続けた。
 出会った時の事。
 遊び歩いた山や野原、今日も赴いた河原。
 木に登って眺めた景色、兎を追って森に迷い込んだ事。
 村でいたずらをして逃げ回り、結局捕まって大目玉をもらった事。
 くすくすと漏らすような笑いであったり、苦笑いであったり、声を立てての笑いであったり。
 半年ばかり間の出来事は、いずれも楽しく思い出せるものばかりだった。
 それでも、やがて話も尽きて。

 ギルバートの肩に顔を預けたまま、うとうととした声でメイがぽつりと言葉を漏らした。
 ――伝えようか否かと迷い、それでも何も言えなかった。けれど……メイには分かっていたのだった。
 メイの漏らした言葉にギルバートは頷き、きっとな、と答える。
 ――その時。
 吹き付けていた風は不意に強く、メイの被っていた麦藁帽子をさらって行った。
 麦藁帽子は風に舞い高く遠く――
 そして、川面に落ち下流へと流れて行った。

 ……そして、今、ひとつの麦藁帽子を手に。
 ギルバートはそんな事を思い出していた。遠く幼いあの頃の、あの日の事を。
 あれから時は巡り、祖父も既にこの世には亡く、ギルバートはその後を継ぐように一人旅を続けていた。
 当て所無く、という訳ではなく。そう、あの少女に再び出会うために。
 立ち寄ったかつての村ではその姿を見つける事は出来なかった。
 ただ、それでも村の者達はあの少女をはっきりと覚えていた。
 ――ああ、あの子か。
 尋ねた誰しもが、懐かしい面影を、活発なあの姿を思い出し、笑みを浮かべながらそう言った。
 そして一年程。
 人づてにその行方を探し、そしてやっと、この村の教会に身を置くメイを探し出した。
 ――これをあいつに持って行ったら、あいつはどんな顔をするだろう。
 ギルバートは麦藁帽子を手にそんな事を思う。
 思わず、ふ、と笑みが込み上げた。
 瞼に浮かんだのは、そう、夏に咲く向日葵のような。
 メイの、あの笑顔だったから。