彼方
(――さて、と。)
喧騒の中、ケネスは席を立ち、一人歩いて行く。
(――ふむ。全て異常無し、と。)
一機の宇宙船の最終チェックを終え、ケネスは軽く息を吐いた。
村へと戻る航路設定をされた船。
村を襲う災害が収まった頃に、この船の事が皆に知らされる手筈になっている。
自分のポカで見落としがあっても大丈夫なよう、メッセージを残す。
それを見れば、セシリアが再チェックしてくれるだろう。
――あの時。
ステーション外周パトルール中の事故。彼がその左腕と左目を失い、いくつかの臓器に損傷を負ったその後。
彼が目を覚ましたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
異性人によって治療を施され、その後取引を提案された。
その話によれば、彼らの星では病が蔓延しており、特効薬はなく、かなりの死者を出しているのだという。だが、しかし、地球人はその病に耐性を持ち、そのために地球人の身体、生活のデータを取り、治療薬の研究に協力を願いたいというのだ。
そちらのメリットはあなた達の生命の安全だ、と彼らは言った。
村の含まれる広い範囲で大規模な地殻変動が起こる可能性が高いという。それを避けられることをメリットと考えて欲しい、と。
そんな話だった。
保障はあるのか? と問うてみれば、「保障はない」との言葉が返って来た。ただ、口頭での約束だ、と。
二つ返事でOKを出した。下手に保障があるなどという者よりは信頼できると思えた。
幾つかの条件があった。
事故で失われた彼の体を補うための機械は地球の技術レベルに見合わないため、データ採取後もケネスは彼らの星で暮らす事。これは、ケネスの体には定期的なメンテナンスと診療が必要なためでもある、と。
活動を隠密裏に行えるよう、作戦行動に支障をきたさないために暗示による作戦行動用人格を持つ事。これは、本来のケネス自身が望まぬ行動をさせるような事はない、と。
隠密に行動する理由は、地球人が彼らの文明と接するにはまだ早いと判断したためだとの事だった。幾日かを彼らと過ごしただけで、ケネスにもそれは実感できた。
そして、今。
予定通りとは行かなかったが、巨人の力技でどうにか全員を連れ出す事が出来た。
皆、しばらくここで生活して、そのうち村に帰れる事だろう。
この出来事を思い出さぬように暗示をかけられて、ではあるけれど。
そして、一人の男の事も。
(ナサニエル、ローズを頼む。泣かせるようなことはしないでやってくれよ。……ローズ、幸せにな。寄り添う事は出来ぬとて、もう触れる事も出来ぬとて、俺は……)
既に、次の任務は決まっている。
賑やかな声に背を向けて、ケネスは小型艇に乗り込んだ。
最終更新:2005年07月18日 11:19