雨上がりの午後 何時かの誓いへ



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何時かの誓いへ


 ――煌々と篝火が照らす岩肌。
 祠の中、弦琉丸は朗々と何事かを唱え続けていた。滝のように流れる汗に髪は縺れ、その顔には憔悴の色が有々と浮かんでいる。
 長きに渡る詠唱を終え……弦琉丸は眼前に有るものを見据えた。
 其処に鎮座するもの。注連縄にて括られた……一つの大きな岩であった。
 そう、里の石工が残した最後の鬼魂の岩であった。

 祠には、ぱちぱちと篝火の爆ぜる音と……゙唸るように重い音が響き渡っていた。
 その音は重く……唸るようであり、呻くようでもあった。その音に籠っているのはこの世の全てを呪うような怨嗟であった。
 それは岩から発するものであった。
 ――そこに縛られた鬼魂の呻きであった。
 真っ直ぐに岩を見据えていた弦琉丸は、やがて手にした錫杖を振り翳し……裂帛の気合と共に錫杖にて岩を突いた。
 途端、篝火は激しく燃え上がり――ぱきり、という祠に響く乾いた音と共に岩は真っ二に割れ……重く響く音と共に両片が左右に倒れた。

 ――例え、今一度封じたとて鬼魂がこの世に留まる限り……我らが呪われし定めは繰り返されるだけであろう――
 嘗て。
 まだ少年の頃の弦琉丸を前に、里長はそう云った。
 長の一族――蒼の一族には色濃く鬼の血が流れていた。それ故、その一族の者は鬼魂をその身に受け易くあり、封が解ける度、一族の誰かしかが鬼と――嘗て彼らがそうであった荒ぶるものへと変じていた。
 ――この呪われし定めを断ち切る為には……鬼魂をこの世から消し去る以外に無いのであろう――
 里長はそうも云った。
 だが、如何なる手立てを用いたとて、それは今まで叶わぬ事であった。
 その手立てを探す事を、長は弦琉丸に託したのであった。そして、弦琉丸はそれを必ずや果たさんと誓った。

 そう、長は予感していたのだ。
 いずれ、我が娘が鬼と化すであろう事を。

 ――鬼が封じられし、その時。
 鬼の存在がもたらしたこの世の歪が、黄泉への――彼岸への道を開くのだと言う。
 そして、その時こそが、鬼魂を黄泉へと送り返す唯一の機会であった。
 呪われし定めを断ち切る事の出来る唯一の機会であった。

 激しく燃え……そして、炎の弱まり燃えさしとなった篝火がうっすらと赤く照らす祠の中。
 祠には静寂が降りていた。割れた岩は、もはや微かな音さえも漏らしてはいなかった。
 ――音を立てて。
 弦琉丸は錫杖を地に突き、両の手で掴み崩れんとするその身を支えた。だがしかし、支えきれずによろめき、岩肌へと背を預け……そのまま崩れるように座り込んだ。

 静寂が流れる。
 鬼の気配は遠く。
 ――否。
 既に感じるのはその残滓のみ。
 そう、鬼はこの地を離れ、黄泉へと還って行った。

 ――これで……終わったか。
 己に課した全ての役を終えてそう呟いた弦琉丸は、穏やかな表情を見せていた。
 何時かの日の誓いと……想いをその胸に抱いて。
 そして、最後に一つ大きく息を吐いて……弦琉丸は永の眠りに就いた。