雨上がりの午後 蒼闇の部屋



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蒼闇の部屋


「何故……貴方は鬼となってはくれなかったの?」
 暗闇の中、焔を灯したような紅い瞳で……涙に濡れたその瞳で、弦琉丸を見詰めながら紗都はそう云った。
 その身に流れる鬼の血筋故であったのだろうか。虐げられし一族の無念が長の娘である紗都を依り代と選んだのであろうか。鬼魂の岩に封じられし鬼の魂を受け、紗都は鬼と――人を喰らいし鬼と成り果てていた。
 鬼を援ける一族の者でありし弦琉丸は、だがしかし、鬼を滅ぼさんとして長年離れていた生まれ故郷の地に立っていた。

 二人の間を、暫し静寂だけが流れる。
 弦琉丸はただ紗都の瞳を見詰めた。何も云わず、ただ苦悩と悲しみを湛えたその目で紗都を見詰めていた。
 鬼を援けるべき黒の一族の者で在りながら、紗都に想いを寄せ続けながら……しかし、それでも弦琉丸が鬼を滅ぼす事を、紗都に立ちはだかる事を選んだ事に紗都は深い悲しみを覚えていた。
 だが、紗都への想いを抱えたままに、苦悩と葛藤を抱えながら、それでも己の信ずる道を進もうとしているのであろう弦琉丸を、紗都は責め続ける気にはなれなかった。
 紗都は己の頬を伝う涙を拭った弦琉丸の手をその両の手で包み……そして、その細い指を弦琉丸の無骨な指に絡ませる。
「もう……行きなさい。私と――鬼と居ることが知れたなら……本当に貴方も朱の呪いを受ける事になるわよ。」
 紗都は、弦琉丸の手を柔らかく包むその両の手とは裏腹な、突き放すような堅い物云いで言葉を投げると、目を伏せ……絡ませた指を解き身を引いた。

 ――否、引こうとした。だが、引こうとしたその背に弦琉丸の左の腕が回されていた。紗都は、はっとして弦琉丸の顔を見上げようとし……しかし思い止まる。
「……何のつもり?」
 目を伏せまま、不意の同様を隠そうと堅い物言いを崩さずに紗都は云った。だが、速まった胸の鼓動は隠すべくもなかった。
「――紗都。」
 そして、己の名を呼ぶ弦琉丸の声に、背に回された腕に籠る力に……紗都は顔を上げ弦琉丸の眼を見遣った。見上げた弦琉丸の眼は、ただ真っ直ぐに紗都の瞳を見詰めていた。
 深い悲しみを湛えた弦琉丸のその瞳の奥に、その悲しみの奥に、己への深い想いがある事を紗都は見て取った。
 弦琉丸の想いに気付いておらぬ訳ではなかった。だが、どれ程の想いを以って弦琉丸が在ったのか。

 紗都が鬼である事も。
 数多の者を手に掛けた事も。
 弦琉丸の父を、母を手に掛けたのだという事も。
 その全てを悲しみとして抱え、紗都の悲しみを己が悲しみとして抱え、それを尚受け入れ紗都を愛する弦琉丸のその想い。
 不意に……紗都はその想いの深さを理解していた。

 紗都の右頬を、弦琉丸の手が慈しむかのように撫でた。弦琉丸の瞳には紗都への想いが――今迄、押し殺し表に出すまいとしていた紗都への想いが浮かんでいた。
 そして、二人は暫し見詰め合い……やがて、弦琉丸は紗都に顔を寄せる。
 紗都はそっと目を閉じて……。
 口付けと共に、弦琉丸の想いを受け入れた。
 右の腕で紗都の腰を抱き寄せ、弦琉丸は柔らかな唇に口付けた。右頬を撫でていた左の手で紗都の頭を抑えるように掻き抱いた。
 弦琉丸は紗都の頬の涙を唇で拭い……そして、再び、口付ける。幾年月を思い続け、留め続けていたその想いのままに紗都をきつく抱き締め、激しく求めた。
 何時しか、身を任せていた紗都も弦琉丸の背に回した腕に力を込め、その唇に応えていた。
 二人は、長い、長い口付けを交わした。
 ……唇を離したその時、息が上がる程に長い口付けを。
 視線が絡む。
 二人の息遣いだけが、その静かな部屋に響いていた。
 弦琉丸の手がゆっくりと紗都の胸元に向う。その両手が着物を掴み胸元を押し開いた時……紗都は顔を背けながら目を伏せた。

 ――月の光が。
 暗い部屋に差し込んだ月の光が。
 紗都の肌を白く照らしていた。
 その肌は月明かりに照らされて、白く、透き通る程に白く美しかった。
 ――その美しさに。
 弦琉丸は目を細め、暫し息をする事すら忘れて見入っていた。 

 弦琉丸の右の手が。
 首筋から胸元へと、ゆっくりその肌をなぞって行く。
 その肌に始めて触れる男の指の感触に紗都は震えた。その震えは畏れであり……そして、悦びであった。
 己の身の内に湧き上がったその感情に紗都は思わず恥らいを覚え、弦琉丸の手を振り払おうとする。だが、はだけられた着物が腕を邪魔し思うように腕を動かす事をさせぬ。
 紗都の乳房をを弦琉丸の手が包み荒々しく掴むと、紗都は我知らず熱を帯び始めた息を漏らす。その吐息さえ貪ろうとするかの如く、弦琉丸は激しく紗都の唇を求める。
 紗都の身を弦琉丸が抱き寄せると紗都は軽く抵抗するように身をよじり……しかし、弦琉丸の腕に力が加わるとその身を預け弦琉丸の肩に頬を寄せた。二人の耳元を、互いの熱を増した荒い吐息が打つ。
 紗都の耳に弦琉丸の唇が触れる。弦琉丸はそのまま紗都の耳朶を口に含み舌で弄ぶ。舌の動きに合わせるかの様に紗都は小さく身を震わせた。
 腕の中で細い体は熱を増して行く。息遣いは堪えるかのような途切れ途切れに。
 紗都の様子に弦琉丸は愛しさと昂ぶるものを覚え、口に含んだ耳朶に歯を立てる。紗都は一層強く身を震わせ……堪え切れず声を漏らした。次第に紗都の体からは力が抜け、弦琉丸に凭れ掛かる。
 弦琉丸の腕が紗都の背に回り帯を解いて行く。紗都は僅かな身じろぎで抵抗ともならぬ、抵抗を見せる。
 衣擦れの音を静かな部屋に響かせて帯が落ちる。
 柔らかく、だが力強く愛しい者を抱き締めながら、弦琉丸はゆっくりと膝を突き……畳に紗都の身を横たえた。

 ――漏れ入る月の明かりが紗都の体を照らす。
 赤く上気し始めた紗都の体は白い光に映えた。
 大きく上下するその胸に、その乳房に、弦琉丸はそっと左の手を置き、そこから腹へと撫でて行った。弦琉丸の手の動きに、紗都は腕を上げようとするが、着物に絡め取られそれも叶わず、小刻みに身を震わせるのみだった。
 己の手の動きに敏感に応える紗都の様子を存分に味わうと、弦琉丸は紗都に身を寄せる。細められた紗都の瞳が弦琉丸を見詰める。二人は暫し見詰め合い……弦琉丸は紗都に口付ける。
 弦琉丸が顔を離すと、ようやく着物から抜かれた紗都の腕が弦琉丸の首に絡み引き寄せる。二人は再び口付けて……舌を絡ませた。
 確かめ合うような長い口付けの後、弦琉丸は赤く色付いて行く紗都の肌に舌を這わせる。首筋から胸元、そして乳房へと。
 紗都の腕に力が篭る。弦琉丸は右手で紗都の左手を取ると指を絡ませる。左手は乳房を、そして腋から横腹へとを愛撫する。次第に左手は腰へと、そして太腿と下がり……やがて探るように紗都の秘所へと辿り着く。弦琉丸の無骨な指はなぞる様に其処を撫で上げて行き、次第に奥へと分け入って行く。
 紗都の唇からは堪えきれぬ声が甘く漏れて……
「……感じて……おるのか?」
 問うた弦琉丸の声に、紗都はきつく目を閉じ顔を背け、唇を噛んだ。既に赤味を帯びていた頬は更に赤味を増す。その様子に弦琉丸は愛しさを覚え、絡めてていた指を解くと、頬をそして髪を撫でた。
「紗都……行くぞ。」
 其の言葉に紗都は弦琉丸の瞳を見詰め小さく頷くいた……



 ――束の間のまどろみの後。
 弦琉丸は己の腕を枕に身を横たえる紗都を抱き寄せ口付けた。弦琉丸が唇を離すと、紗都は弦琉丸の首に腕を絡ませ再び口付ける。
 再び唇を離すと、二人は見詰め合う。
「――紗都。俺が必ず……お前を救ってみせる。」
 其の言葉に紗都は微笑みながら頷き……二人は互いのを抱き寄せてきつく抱き締め合った。

 やがて、弦琉丸は立ち上がり、紗都に脱ぎ捨てられた着物を掛け肌を隠した。そして紗都に背を向け歩き出す。
「弦琉丸……。」
 呼ぶ紗都の声に弦琉丸は振り向き頷いて、微笑みを――彼がこれ迄見せた事のなかった微笑みを見せ頷いて……再び歩き出す。

 弦琉丸が己の命を以ってさえ紗都を救わんとしていた事をこの時紗都は知らずにいた。
 やがて、寄り添い黄泉路を歩み行く事となる事も。