雨上がりの午後 魂の叫び


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魂の叫び


村の東の外れに在る一本の細い道
―――其れは紗都にとって、十年前と今を繋ぐ大事な橋であった。
この道の先に、忘れられない…いや、忘れたくない想い出が在る。

其処は「鬼の隠れ里」と呼ばれた小さな里。

月が雲に隠れ、闇が村を覆う…。
しかし、紗都にはまるで陽が差し込んでる昼のように思えた。
蒼のもつ緋い瞳が、細い道を照らしてくれていたから。

里に辿り着くと、紗都は川に向かった。静まり返ってる里に、川のせせらぎが静かに響き渡る。
川の水に映し出された自分の姿をみて、彼女はそっと呟く。

「昔と…何も変わってない。いえ、一つだけ在るわ、斬鳩の心が……」

其の時、もう一つの姿が水面に映し出される。
其の人は、此処へ来る筈もなかった。記憶を失っているのだから……。

「何故、此処に…?」

微かな期待を胸に抱きながら、紗都は問う。其の人は何も答えない代わりに、彼女を抱きしめたのであった。
紗都は全てを理解した。
何故、この里に辿り着けたのか…何故、自分を抱きしめるのか……

「斬鳩、取り戻したんだね。」

無言で頷く斬鳩は小さく震えていた。紗都は彼の震えを止めるように、両腕を彼の背に回した。
雲の隙間から月の光が漏れる。そして、其の光は一つに重なった影を綺麗に照らしていた。

暫しの沈黙――そして、斬鳩は口を開く。

「俺は、お前を裏切ってたんだ。
十年前、共に池に身を投げ入れた時、俺は自分の命を引き換えに、お前を殺そうとしたんだ。
鬼の一族である紗都の命を…俺は奪おうとした。」

「そう…。」

紗都はただ一言、そう答えただけだった。
斬鳩の記憶が戻ったのが嬉しかった。
たとえ、斬鳩が自分を裏切ってたとしても、自分の存在を思い出してくれた事が、何より嬉しかった。

「許してくれとは言わない。ただ、此れだけは信じて欲しい。
今の紗都への気持ちに、嘘偽りは一つもない。待たせて悪かった。紗都、俺はお前を愛してる。」

二人の啜り泣く声が、川のせせらぎに混ざり合っていた。

「斬鳩、裏切らなかった事にしよう。たった一つだけ、その方法が在る。」

紗都は涙を拭うと、斬鳩から身を離しそっと呟いた。

「……?」

「私を…この忌まわしい血から解放するのよ、貴方の手でね。
私を救う為に…私を殺して…。そうすれば、十年前も貴方は私を救う為に殺そうとした事になるわ。」

斬鳩は驚いたような表情で紗都をみつめていた。

「何故、俺がお前を殺さないといけないんだ。それなら…俺はお前を裏切ったままでいい。
折角、お前を取り戻したのに、何故また失わないといけないんだ。」

「失う……?違うわ。貴方の心の中で、私は生き続ける。
私はもう…人を殺めたくない。自分の血が憎い…。私を救って……?」

紗都の瞳からは、一筋の光が漏れていた。其の時、斬鳩は悟った。
血を欲したいるように見えた十年前の彼女は、救いを求めていたのだと。
其の為に、白の一族である自分に縋っていたのだと……

斬鳩は紗都を強く抱きしめた。其の温もりを忘れないように…。そして、己の魂を彼女の中に埋めていった。
互いの想いを解放させると、斬鳩は白の魂を呼び出した。
そして、紗都をしっかりと見据える…。紗都もまた、蒼の魂を呼び出していた。

二つの鬼魂は、初めて一つに重なろうとしていた。
白は目の前に居る蒼を押し倒すと、彼女の上に跨り両腕を押さえた。
彼女の緋い瞳は真っ直ぐに彼を見つめていた。
其の瞳に吸い込まれないよう白は片手を解放すると、蒼の瞳を爪で潰した。
そして、斬鳩の姿を映さなくなった瞳の跡に、優しく唇を寄せた。

「白……いえ、斬鳩……もう貴方の姿は見えない。でも、心の瞳は今でも貴方を映しているわ。
愛してる…たとえ離れても…私の魂は、ずっと貴方の傍らに在るわ。」

白は彼女の言葉に、意が揺れ動くのが分かった。
蒼を…紗都を救う為に―――白は瞳を潰した手で蒼の口を塞ぐと、喉が引き裂かれる程大きな声で叫んだ。

「紗都…!!愛してる……今までも、今も…そして、此れからも……」

そして静かな里に、白の声と蒼の血が響き渡った。
蒼の首筋に牙を向け、彼女の首を身体から引き離した。
白は其れを慈しむように抱くと、大粒の涙を流した。

「これで、よかったのか…。俺は…・紗都を救えたのか……」

斬鳩は、変わり果てた彼女を抱きながら村へと歩を進めた。
俺がすべき事―――紗都の分まで生きる事。きっと、あいつは…其れを願っている。

斬鳩の心の中には、今でも彼女が眠っている―――美しき、蒼の魂が。