雨上がりの午後
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雨上がりの午後
ja
2005-11-13T10:02:39+09:00
1131843759
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another short story
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/16.html
*&color(#ff9933){another short story}
&color(#ffcc66){他の人が書いたSS。かなりお気に入り。}
#ref(http://www4.atwiki.jp/ameagari/?cmd=upload&act=open&page=another+short+story&file=whiteturus.jpg)
+[[忘れえぬ想い]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/348村 【メイは天然記念物村】 エピローグにて 作 tarkn}
+[[after image]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/348村 【メイは天然記念物村】 その後 作 tarkn}
+[[彼方]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/370村 【地上から射出村】 エピローグにて 作 tarkn}
+[[悠久の果てまでも]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/460村 【天空から蹴落とし村】 エピローグにて 作 tarkn}
+[[Angel's Night ―天使達の夕べ―]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/460村 【天空から蹴落とし村】 その後 作 suzukiri}
+[[engage]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/577村 【楽園の瑕】 その後 作 sora}
+[[麦藁帽子]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/569村 【消え行く村―序章―】 その後 作 tarkn}
+[[何時かの誓いへ]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/623村 【逢魔が刻の咎無村】 終の宴にて 作 tarkn}
+[[紅き夜の向こうへ]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/655村 【Pacific lagoon 】 エピローグにて 作 tarkn}
+[[蒼闇の部屋]] &color(#ffcc66){人狼審問B1/623村 【逢魔が刻の咎無村】 その後 作 tarkn}
2005-11-13T10:02:39+09:00
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蒼闇の部屋
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/28.html
*蒼闇の部屋
「何故……貴方は鬼となってはくれなかったの?」
暗闇の中、焔を灯したような紅い瞳で……涙に濡れたその瞳で、弦琉丸を見詰めながら紗都はそう云った。
その身に流れる鬼の血筋故であったのだろうか。虐げられし一族の無念が長の娘である紗都を依り代と選んだのであろうか。鬼魂の岩に封じられし鬼の魂を受け、紗都は鬼と――人を喰らいし鬼と成り果てていた。
鬼を援ける一族の者でありし弦琉丸は、だがしかし、鬼を滅ぼさんとして長年離れていた生まれ故郷の地に立っていた。
二人の間を、暫し静寂だけが流れる。
弦琉丸はただ紗都の瞳を見詰めた。何も云わず、ただ苦悩と悲しみを湛えたその目で紗都を見詰めていた。
鬼を援けるべき黒の一族の者で在りながら、紗都に想いを寄せ続けながら……しかし、それでも弦琉丸が鬼を滅ぼす事を、紗都に立ちはだかる事を選んだ事に紗都は深い悲しみを覚えていた。
だが、紗都への想いを抱えたままに、苦悩と葛藤を抱えながら、それでも己の信ずる道を進もうとしているのであろう弦琉丸を、紗都は責め続ける気にはなれなかった。
紗都は己の頬を伝う涙を拭った弦琉丸の手をその両の手で包み……そして、その細い指を弦琉丸の無骨な指に絡ませる。
「もう……行きなさい。私と――鬼と居ることが知れたなら……本当に貴方も朱の呪いを受ける事になるわよ。」
紗都は、弦琉丸の手を柔らかく包むその両の手とは裏腹な、突き放すような堅い物云いで言葉を投げると、目を伏せ……絡ませた指を解き身を引いた。
――否、引こうとした。だが、引こうとしたその背に弦琉丸の左の腕が回されていた。紗都は、はっとして弦琉丸の顔を見上げようとし……しかし思い止まる。
「……何のつもり?」
目を伏せまま、不意の同様を隠そうと堅い物言いを崩さずに紗都は云った。だが、速まった胸の鼓動は隠すべくもなかった。
「――紗都。」
そして、己の名を呼ぶ弦琉丸の声に、背に回された腕に籠る力に……紗都は顔を上げ弦琉丸の眼を見遣った。見上げた弦琉丸の眼は、ただ真っ直ぐに紗都の瞳を見詰めていた。
深い悲しみを湛えた弦琉丸のその瞳の奥に、その悲しみの奥に、己への深い想いがある事を紗都は見て取った。
弦琉丸の想いに気付いておらぬ訳ではなかった。だが、どれ程の想いを以って弦琉丸が在ったのか。
紗都が鬼である事も。
数多の者を手に掛けた事も。
弦琉丸の父を、母を手に掛けたのだという事も。
その全てを悲しみとして抱え、紗都の悲しみを己が悲しみとして抱え、それを尚受け入れ紗都を愛する弦琉丸のその想い。
不意に……紗都はその想いの深さを理解していた。
紗都の右頬を、弦琉丸の手が慈しむかのように撫でた。弦琉丸の瞳には紗都への想いが――今迄、押し殺し表に出すまいとしていた紗都への想いが浮かんでいた。
そして、二人は暫し見詰め合い……やがて、弦琉丸は紗都に顔を寄せる。
紗都はそっと目を閉じて……。
口付けと共に、弦琉丸の想いを受け入れた。
右の腕で紗都の腰を抱き寄せ、弦琉丸は柔らかな唇に口付けた。右頬を撫でていた左の手で紗都の頭を抑えるように掻き抱いた。
弦琉丸は紗都の頬の涙を唇で拭い……そして、再び、口付ける。幾年月を思い続け、留め続けていたその想いのままに紗都をきつく抱き締め、激しく求めた。
何時しか、身を任せていた紗都も弦琉丸の背に回した腕に力を込め、その唇に応えていた。
二人は、長い、長い口付けを交わした。
……唇を離したその時、息が上がる程に長い口付けを。
視線が絡む。
二人の息遣いだけが、その静かな部屋に響いていた。
弦琉丸の手がゆっくりと紗都の胸元に向う。その両手が着物を掴み胸元を押し開いた時……紗都は顔を背けながら目を伏せた。
――月の光が。
暗い部屋に差し込んだ月の光が。
紗都の肌を白く照らしていた。
その肌は月明かりに照らされて、白く、透き通る程に白く美しかった。
――その美しさに。
弦琉丸は目を細め、暫し息をする事すら忘れて見入っていた。
弦琉丸の右の手が。
首筋から胸元へと、ゆっくりその肌をなぞって行く。
その肌に始めて触れる男の指の感触に紗都は震えた。その震えは畏れであり……そして、悦びであった。
己の身の内に湧き上がったその感情に紗都は思わず恥らいを覚え、弦琉丸の手を振り払おうとする。だが、はだけられた着物が腕を邪魔し思うように腕を動かす事をさせぬ。
紗都の乳房をを弦琉丸の手が包み荒々しく掴むと、紗都は我知らず熱を帯び始めた息を漏らす。その吐息さえ貪ろうとするかの如く、弦琉丸は激しく紗都の唇を求める。
紗都の身を弦琉丸が抱き寄せると紗都は軽く抵抗するように身をよじり……しかし、弦琉丸の腕に力が加わるとその身を預け弦琉丸の肩に頬を寄せた。二人の耳元を、互いの熱を増した荒い吐息が打つ。
紗都の耳に弦琉丸の唇が触れる。弦琉丸はそのまま紗都の耳朶を口に含み舌で弄ぶ。舌の動きに合わせるかの様に紗都は小さく身を震わせた。
腕の中で細い体は熱を増して行く。息遣いは堪えるかのような途切れ途切れに。
紗都の様子に弦琉丸は愛しさと昂ぶるものを覚え、口に含んだ耳朶に歯を立てる。紗都は一層強く身を震わせ……堪え切れず声を漏らした。次第に紗都の体からは力が抜け、弦琉丸に凭れ掛かる。
弦琉丸の腕が紗都の背に回り帯を解いて行く。紗都は僅かな身じろぎで抵抗ともならぬ、抵抗を見せる。
衣擦れの音を静かな部屋に響かせて帯が落ちる。
柔らかく、だが力強く愛しい者を抱き締めながら、弦琉丸はゆっくりと膝を突き……畳に紗都の身を横たえた。
――漏れ入る月の明かりが紗都の体を照らす。
赤く上気し始めた紗都の体は白い光に映えた。
大きく上下するその胸に、その乳房に、弦琉丸はそっと左の手を置き、そこから腹へと撫でて行った。弦琉丸の手の動きに、紗都は腕を上げようとするが、着物に絡め取られそれも叶わず、小刻みに身を震わせるのみだった。
己の手の動きに敏感に応える紗都の様子を存分に味わうと、弦琉丸は紗都に身を寄せる。細められた紗都の瞳が弦琉丸を見詰める。二人は暫し見詰め合い……弦琉丸は紗都に口付ける。
弦琉丸が顔を離すと、ようやく着物から抜かれた紗都の腕が弦琉丸の首に絡み引き寄せる。二人は再び口付けて……舌を絡ませた。
確かめ合うような長い口付けの後、弦琉丸は赤く色付いて行く紗都の肌に舌を這わせる。首筋から胸元、そして乳房へと。
紗都の腕に力が篭る。弦琉丸は右手で紗都の左手を取ると指を絡ませる。左手は乳房を、そして腋から横腹へとを愛撫する。次第に左手は腰へと、そして太腿と下がり……やがて探るように紗都の秘所へと辿り着く。弦琉丸の無骨な指はなぞる様に其処を撫で上げて行き、次第に奥へと分け入って行く。
紗都の唇からは堪えきれぬ声が甘く漏れて……
「……感じて……おるのか?」
問うた弦琉丸の声に、紗都はきつく目を閉じ顔を背け、唇を噛んだ。既に赤味を帯びていた頬は更に赤味を増す。その様子に弦琉丸は愛しさを覚え、絡めてていた指を解くと、頬をそして髪を撫でた。
「紗都……行くぞ。」
其の言葉に紗都は弦琉丸の瞳を見詰め小さく頷くいた……
――束の間のまどろみの後。
弦琉丸は己の腕を枕に身を横たえる紗都を抱き寄せ口付けた。弦琉丸が唇を離すと、紗都は弦琉丸の首に腕を絡ませ再び口付ける。
再び唇を離すと、二人は見詰め合う。
「――紗都。俺が必ず……お前を救ってみせる。」
其の言葉に紗都は微笑みながら頷き……二人は互いのを抱き寄せてきつく抱き締め合った。
やがて、弦琉丸は立ち上がり、紗都に脱ぎ捨てられた着物を掛け肌を隠した。そして紗都に背を向け歩き出す。
「弦琉丸……。」
呼ぶ紗都の声に弦琉丸は振り向き頷いて、微笑みを――彼がこれ迄見せた事のなかった微笑みを見せ頷いて……再び歩き出す。
弦琉丸が己の命を以ってさえ紗都を救わんとしていた事をこの時紗都は知らずにいた。
やがて、寄り添い黄泉路を歩み行く事となる事も。
2005-09-22T20:35:34+09:00
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紅き夜の向こうへ
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/18.html
*紅き夜の向こうへ
――ハーヴェイは佇んでいた。
暗い、暗い、海の方に目をやりながら。
「ハーヴェイ、貴方は救われた……?」
メイの言葉が思い出される。
……答える事の出来なかったその言葉が。
メイの手の温もりを感じながら、死を迎えようとしていたその時。
ハーヴェイは、己が人狼であったのだとようやく理解した。死の際に抜け落ちて行った何か。「それ」が抜け落ちた時、彼の脳裏に記憶が浮かび上がった。それまで認識する事の出来なかった「それ」の見た記憶が。
そう。「それ」が目覚めた時には、ハーヴェイの意識は眠り、暗く翳っていた筈の視界は鮮やかな色彩を取り戻し……「それ」の思うままに、アーヴァインを、そしてヘンリエッタをその手に掛けていたのだった。
二人の無残な姿が、叫びが、脳裏に浮かび上がる。
生きていれば、償う事も出来たのかも知れない。
生きていれば、逃げるために死を選ぶ事も出来たのかも知れない。
けれど。
もう、償う事も出来なくて。
もう、逃げる事も出来なくて。
「ネリーの傍に…居てあげてね。
ネリーは本当に…貴方を愛してるから……。
ネリーから愛とは何か、教えて貰えるといいね。」
その言葉を思い出す。
しかし……
もう、誰かの傍にいる事は出来ないだろう。
愛する事も、愛される事も、許す事は出来ないだろう。
そう。
自分自身を許す事は決して出来ないだろう。
人を殺めてしまったから。
……否。
その行為への愉悦を。
その手が、その心が覚えてしまっていたから。
そんな己を許す事が出来ないから。
もう、大切だと思う人の許にいる事は出来なかった。
もう、己を責める事しか出来なかった。
……それでも。
その胸にある想いを消し去る事は出来なかった。
だから。
ずっと、一人で海を眺めていた。
――その時。
――視界が暗く翳り、歪む。
くっくっく、と。
上品で、けれど厭らしい……そして何より楽しげな笑い声。
身の内に込み上げる言い知れぬ感触――ざらついた、寒気を伴う怖気のようなそれに、ハーヴェイはおこりにかかったようにその身を曲げ、振るわせた。
【――良いのだよ? 思い悩まずとも。】
優しげな、声。
あの時……メイの手で命を終えた時……体から抜け落ちた筈の「それ」が、再びハーヴェイの内に巣食っていた。
【君が、本当は何をしたいのか。私が教えてあげよう。】
優しさと厭らしさを兼ね備えたその声が。
【君は……欲しいのだよ。あの娘を。そう、あのメイという娘を。あの髪も、あの柔らかな肌も。あの温もりも、瞳の輝きも。あの真っ直ぐな心も。その全て手に入れたいのだよ。己だけのものにしたいのだよ。】
――声が。
ハーヴェイの心に染み……蝕んで行く。
否定しようとする――しかし、声にはならない。
【良いのだよ? その思いのままで。】
笑い声。
くっくっく、と軽やかに、しかし纏わりつくような笑い声。
――視界は色を失い黒ずんで行く。
【君は今まで……ずっと自分を抑えて生きてきたのだろう? でも……もう、良いんだよ。】
ハーヴェイの心の襞をねっとりと撫で上げるように、言葉は続く。
そして、ゆっくりと。
……そう、ゆっくりと。
意識は闇に飲まれてゆく。
【――さあ、行こうか。】
その言葉に――その誘惑にハーヴェイは頷き……彼の意識は闇に堕ちて行った……。
――暗い夜に潮騒だけが響く。
「明日も逢えるよね。」
そう、ナサニエルに言って、意識を失った筈のメイが目を覚ましたのは海の見える砂浜だった。
そう、そこはギルバートの眠る所であった。
――何時の間に此処に来ていたのだろうか。
メイは、そんな事をぼんやりと思いながら身を起こした。
目を瞑り、静かな潮騒に暫し耳を傾けた。
……何故だろう。先程まであんなにも昂ぶっていたというのに、今、メイの心は静かに、そして澄んでいた。
――ふと、振り向く。
そこには。
茶色の髪をした青年が立っていた。
そう。
この砂浜で永久の眠りに就いている筈のハーヴェイが。
少し不思議そうな顔をして……メイは、ふと微笑んだ。
「――メイ。迎えに来たよ。」
微笑みを返しながら、ハーヴェイは口を開いた。にっこりと、優しげな微笑みを浮かべながら。
メイの顔に、驚きと……期待が浮かぶ。
「ギルの所へ……行けるの? ギルに会えるの?」
幾分、声を震わせながらそう言ったメイの言葉にハーヴェイは頷いた。その顔に、優しげな笑みを浮かべたままで。そして、ハーヴェイはメイに歩み寄り……メイの頬にそっと手を触れた。
「会えるよ。君がギルバートさんと同じ所に行けるのなら、ね。」
「え?」
ハーヴェイの言葉と、そこに混じった僅かなからかうような調子にメイは眉をひそめた。
――その刹那。
痛烈な痛みに、メイは思わず声にならぬ叫びを上げ、身をくの字に折り膝をつく。
痛みを訴えたそこは右目だった。反射的に右目を庇おうと上げた両の手は何かを掴んでいた。
それは、腕であった。
そう、それはハーヴェイの左腕であった。
頬に触れていたハーヴェイの左手の人差し指が……メイの右目に差し入れられていた。
――笑い声が。
くっくっく、という、上品で、けれど厭らしい、愉悦を帯びた笑い声が。
ハーヴェイの喉から漏れていた。
「人を殺めた君が……真実を語り、勇気を持ち私を人狼だと言い放った彼と同じ所へ行けるならね。」
くっくっく、という、抑えたような、だが抑え切れぬような笑い声が。
「行けると思うのかい? 君が。主の御許へ行けるなどと思うのかい? その血塗られた手で。……君には……狭き門を潜る資格は残ってはいないさ。」
――笑い声が。
抑えなければ、呵々とした大笑になっているであろう、笑い声が。
右目に走る激痛……しかし、その痛みよりもメイの心を打ちのめしたのはハーヴェイの言葉であった。会いたいと焦がれたギルバートに再び会う事が出来ない、痛みよりもその事がメイを打ちのめした。
……ああ。
私は悦びを禁じ得なかった。
苦痛に歪み。
打ちひしがれた。
その娘の表情に。
行かせはしないよ。
そう。
行かせはしないよ。
君を。
あの男の許に。
――否。
誰の許へも。
そう、君は。
私だけのものだから。
片方だけ開けられた。
苛む苦痛に耐えながら私を見ている、その君の瞳を。
そこに混じった絶望を。
愛しく、愛しく思いながら。
私は、そう呟いた。
その愛おしさを限りに込めて。
赤い、赤い血を流すその右の目に口付ける。
ああ。
その、血の甘さ。
涙の零れるような程の愛おしさが、身の内を巡る。
その、愛しい者の。
狂おしい程の。
血の甘さに。
その目に口付けたままに。
そっと、指を動かし。
そっと、舌を動かす。
その動きに合わせ君の上げる叫びが。
私の胸元に叩きつけるように響いて。
その声に、私は恍惚をすら覚える。
ああ、君は。
メイ、君は。
求めているんだね。
だから、私を喜ばせようと。
そんなにも素敵な声を、私の胸に響かせてくれるんだね。
ゆっくりと。ゆっくりと。
君の眼窩を、指で、舌で探って行く。
――やがて。
血の甘さを。暖かさを。
胸に響くその声を。
存分に味わって、私は唇を離す。
崩れ落ちそうになる君の身を、右の腕できつく抱き寄せ。
私は口を開けた。
舌に転がしたそれを、左の指で抓み。
静かな夜の帳の下へと掲げる。
ああ。
月の光を受け輝く様の何と美しい事か。
私は、うっとりと。
静寂の中、夜の闇の中、美しく月の光を返すそれを見上げていた。
そう。
君の右の瞳を。
その美しさを目に焼き付けると、私は再び、君の瞳を口に含む。
胸に抱いた君が荒い息をつく事を感じながら。
私は、それを飲み込んだ。
喉を通るその感触に、我知らず、悦びに身を振るわせていた。
ああ。
ああ、これで。
私だけのものだよ。
身を震わせ、荒い息を吐く君をきつく抱き締め。
私はまた、君の右目に口付けた。
ぽっかりと空洞となったその瞼の奥に舌を差し入れた。
私の舌が撫で上げる度に、君はその身を小さく振るわせる。
まるで。
そう、まるでこの行為への悦びを示すかのように。
その様子に、私は昂ぶりを覚える。
歓喜が込み上げる。
――唇を離す。
左手を頬に添え、君の顔を私に向けさせる。
眉根を僅かに寄せて、目を細めて、唇を少し開いて。
その顔は、更なる悦びを求めるかのようで。
私は、胸を突く愛おしさに。
はやる想いを押え付けながら。
ゆっくりと唇を重ねた。
貪るようにその柔らかさを味わうと。
私はその唇に、つぷり、と牙を立てていた。
君の血の甘さも味わえるように。
けれど、喰い破ってしまわぬように、そっと。
牙を突き立てた。
そして私は己の唇を噛み裂いて。
私は自らの血を君の口へと流し込む。
血は、舌と共に絡み。
いつしか、抗う事を諦めて。
君は交じり合ったその血を飲み込み……己の中へと受け入れた。
――唇を離す。
赤い糸が、私たちの唇を繋いでいた。
君の口の端には、赤く血の筋が流れていて。
その姿は、一層に美しさを増したようで。
私の胸は震えた。
首筋に。
そして、服を裂き、胸元に。
私は口付け、牙を突き立てる。
その白い肌を穿ち、赤く染めて行く。
傷を穿つ度に上がる君の声が。
私の情念に火を灯して行くようで。
昏い歓喜を呼び覚ますかのようで。
君の身を。
小さく振るえる君のその体を。
そっと砂浜に横たえた。
はだけられたその肌に。
口の端から。
首筋から。
胸元から。
乳房から。
流れ、筋を引いた、鮮やかなその血の赤さは。
白い肌に咲かせた薔薇のようで。
――荒い呼吸の音が静寂の夜に響いている。
それは、私の音であったのか。
それとも、君の音であったのか。
荒い呼吸は、何時しか重なって。
君の瞳が――片方だけになった君の瞳が、私の瞳を見詰めて。
薄く開けられた瞼の奥から。
そう。
何かを訴えかけるかのように。
君の瞳は私の瞳を見詰めていた。
……むのなら……してくれていい。
貴方が本当にそれを望むのなら……そうしてくれて良い。
……ああ。
言葉にはならずとも。
君の瞳はその想いを私に伝えてくれる。
君は、望んでくれるのかい?
本当に、君は望んでくれるのかい?
君のその願いに。
私は、心の内に厳かなるものさえも覚え。
君の身を跨ぎ。
跪いた。
視線を絡めたままに。
君が小さく頷いたから。
私はそっと、君の胸に両の手を置いた。
しっとりと血に濡れたその温かな肌に。
とくん、とくん、と。
君の鼓動が響いて来て。
私の鼓動と重なった。
――私は。
私は、その鼓動を確かめようと。
君の胸を裂き。
ぱきりぱきりと音を立てて。
君の胸を開いて行った。
音の度、君は声にもならぬ声を上げ、弾けるように身悶えて。
やがて、その胸から、赤く脈打つ君の命が顔を見せた時。
君は目を開け、私を見詰め。
その身を震わせ。
――その頬を涙の雫で濡らしていた。
その涙の美しさに。思わず心を奪われながら。
私は、脈打つ君の命に口付けた。
私の鼓動と重なっていた君の胸の音は。
やがて少しずつ、その動きをゆっくりと。
少しずつ、力を失って。
私は君の心臓に口付けながら。
やがて来る、その時を待った。
――ふと。
私の頭に何かが触れる。
優しく私の髪を撫でるそれは。
君の温かな手の感触。
君の手は、もう一度、君の思いを私に伝える。
貴方が本当にそれを望むのなら……そうしてくれて良い。
君の手が、私にそう伝える。
……月明かりだけが照らす夜。
いつしか、君の手はその動きを止め。
君の命がその脈動を終えようとしたその時。
私は。
君の命を喰い破り。
溢れる温かな血と共に。
ゆっくりと飲み込んだ。
……涙が流れた。
涙は止め処なく私の頬を流れ……君の顔を濡らして行く。
……ああ。
俺は……君を手に入れたのだろうか。
君を……失ったのだろうか。
――気が付けば。
俺は我知らず、嗚咽を漏らしていた。
これは……喜び故であろうか。
それとも……悲しみなのであろうか。
……メイ。君は……
君の身を抱き起こし、きつく抱き締めた。
まだ残っている、君の温かさを感じながら。
力を無くした……命を無くした……俺が殺した……君の温かさを感じながら。
俺は……。
君の体を抱き締めたまま。
ばきりばきりと音を立て。
己の左の胸を開く。
確かな脈動を伝えるそれを。
掴み、引き千切り。
君の頭上へと掲げ。
握り潰した。
鮮血が、君を染める。
そして、俺は両腕で君を包み。
強く、強く、抱き締める。
脈打つ命を失った体は、急速に命を失い。
視界は黒く黒く染まって行く。
――行こう。
行こう、メイ。
俺たちが行くべき場所へ。
俺がお前を連れて行こう。
……月明かりだけが照らす夜の帳の下。
潮騒だけが響く静かな夜。
赤く染まった二つの影を。
ただ。
……月だけが照らしていた。
2005-07-18T12:09:55+09:00
1121656195
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何時かの誓いへ
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/22.html
*何時かの誓いへ
――煌々と篝火が照らす岩肌。
祠の中、弦琉丸は朗々と何事かを唱え続けていた。滝のように流れる汗に髪は縺れ、その顔には憔悴の色が有々と浮かんでいる。
長きに渡る詠唱を終え……弦琉丸は眼前に有るものを見据えた。
其処に鎮座するもの。注連縄にて括られた……一つの大きな岩であった。
そう、里の石工が残した最後の鬼魂の岩であった。
祠には、ぱちぱちと篝火の爆ぜる音と……゙唸るように重い音が響き渡っていた。
その音は重く……唸るようであり、呻くようでもあった。その音に籠っているのはこの世の全てを呪うような怨嗟であった。
それは岩から発するものであった。
――そこに縛られた鬼魂の呻きであった。
真っ直ぐに岩を見据えていた弦琉丸は、やがて手にした錫杖を振り翳し……裂帛の気合と共に錫杖にて岩を突いた。
途端、篝火は激しく燃え上がり――ぱきり、という祠に響く乾いた音と共に岩は真っ二に割れ……重く響く音と共に両片が左右に倒れた。
――例え、今一度封じたとて鬼魂がこの世に留まる限り……我らが呪われし定めは繰り返されるだけであろう――
嘗て。
まだ少年の頃の弦琉丸を前に、里長はそう云った。
長の一族――蒼の一族には色濃く鬼の血が流れていた。それ故、その一族の者は鬼魂をその身に受け易くあり、封が解ける度、一族の誰かしかが鬼と――嘗て彼らがそうであった荒ぶるものへと変じていた。
――この呪われし定めを断ち切る為には……鬼魂をこの世から消し去る以外に無いのであろう――
里長はそうも云った。
だが、如何なる手立てを用いたとて、それは今まで叶わぬ事であった。
その手立てを探す事を、長は弦琉丸に託したのであった。そして、弦琉丸はそれを必ずや果たさんと誓った。
そう、長は予感していたのだ。
いずれ、我が娘が鬼と化すであろう事を。
――鬼が封じられし、その時。
鬼の存在がもたらしたこの世の歪が、黄泉への――彼岸への道を開くのだと言う。
そして、その時こそが、鬼魂を黄泉へと送り返す唯一の機会であった。
呪われし定めを断ち切る事の出来る唯一の機会であった。
激しく燃え……そして、炎の弱まり燃えさしとなった篝火がうっすらと赤く照らす祠の中。
祠には静寂が降りていた。割れた岩は、もはや微かな音さえも漏らしてはいなかった。
――音を立てて。
弦琉丸は錫杖を地に突き、両の手で掴み崩れんとするその身を支えた。だがしかし、支えきれずによろめき、岩肌へと背を預け……そのまま崩れるように座り込んだ。
静寂が流れる。
鬼の気配は遠く。
――否。
既に感じるのはその残滓のみ。
そう、鬼はこの地を離れ、黄泉へと還って行った。
――これで……終わったか。
己に課した全ての役を終えてそう呟いた弦琉丸は、穏やかな表情を見せていた。
何時かの日の誓いと……想いをその胸に抱いて。
そして、最後に一つ大きく息を吐いて……弦琉丸は永の眠りに就いた。
2005-07-18T11:51:47+09:00
1121655107
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麦藁帽子
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/17.html
*麦藁帽子
――遠い夏。
まだ幼かった頃。
酷く暑かった日の夕暮れ時。
川沿いに広がる草原には、風が吹いていて。
日が傾き、遊び疲れて座り込み、それでも帰ろうとしないメイが彼の肩に頭を預けうとうととし始めた頃、ようやくギルバートはメイを背におぶって家路へと足を向けた。
あちこちを転々と旅歩く祖父に連れられてギルバートがこの村にやって来たのは、半年程前の事だっただろうか。いつもは、一月も同じ所に留まるれば長いほうだという旅暮らしであったが、祖父にしては珍しく、ここには腰を落ち着けていた。
村には取り立ててこれといったものも無く、ギルバートには祖父が留まる理由も無さそうに思えた。しかし、それを疑問に思いながらも彼はそれを祖父に尋ねる事はしなかった。
それを尋ね、そろそろ此処を出るか、という出立を決めるいつもの祖父の言葉を聞く事になるのを恐れたからだった。
――今になって思えば、あえて祖父はあの村に留まっていてくれたのだろう。旅から旅への暮らしで友達と遊ぶなどと言う事を知らぬギルバートが、此処に来て初めてメイという遊び友達を見つけた。
早くに身寄りを亡くしたというメイも、やはり寂しさを感じながら過ごして来たようであり、それもあっての事か、幾つか年下のこの少女とは気が合った。メイの話を聞かせると、祖父は落ち着いた笑みを浮かべ頷いていたものだった。祖父は楽しげなギルバートの様子に、すぐにこの村を離れる事を忍びなく思ってくれたのではないだろうか。
しかし二日前、とうとう祖父の口からこの村を立つ事を告げられた。
そして、雨模様であった昨日一日、その事をメイに伝えるべきか、伝えるとしたらどう伝えるのかと思い悩んで過ごし、結局何の答えも出せぬままに、雨も上がり晴れ渡った今日、いつものように連れだって遊び場としている河原に赴いたのだった。
ギルバートの背中で彼の肩に顔を預けてたままに、眠りに落ちそうな途切れ途切れの声で、メイはギルバートに話しかけ続けた。
出会った時の事。
遊び歩いた山や野原、今日も赴いた河原。
木に登って眺めた景色、兎を追って森に迷い込んだ事。
村でいたずらをして逃げ回り、結局捕まって大目玉をもらった事。
くすくすと漏らすような笑いであったり、苦笑いであったり、声を立てての笑いであったり。
半年ばかり間の出来事は、いずれも楽しく思い出せるものばかりだった。
それでも、やがて話も尽きて。
ギルバートの肩に顔を預けたまま、うとうととした声でメイがぽつりと言葉を漏らした。
――伝えようか否かと迷い、それでも何も言えなかった。けれど……メイには分かっていたのだった。
メイの漏らした言葉にギルバートは頷き、きっとな、と答える。
――その時。
吹き付けていた風は不意に強く、メイの被っていた麦藁帽子をさらって行った。
麦藁帽子は風に舞い高く遠く――
そして、川面に落ち下流へと流れて行った。
……そして、今、ひとつの麦藁帽子を手に。
ギルバートはそんな事を思い出していた。遠く幼いあの頃の、あの日の事を。
あれから時は巡り、祖父も既にこの世には亡く、ギルバートはその後を継ぐように一人旅を続けていた。
当て所無く、という訳ではなく。そう、あの少女に再び出会うために。
立ち寄ったかつての村ではその姿を見つける事は出来なかった。
ただ、それでも村の者達はあの少女をはっきりと覚えていた。
――ああ、あの子か。
尋ねた誰しもが、懐かしい面影を、活発なあの姿を思い出し、笑みを浮かべながらそう言った。
そして一年程。
人づてにその行方を探し、そしてやっと、この村の教会に身を置くメイを探し出した。
――これをあいつに持って行ったら、あいつはどんな顔をするだろう。
ギルバートは麦藁帽子を手にそんな事を思う。
思わず、ふ、と笑みが込み上げた。
瞼に浮かんだのは、そう、夏に咲く向日葵のような。
メイの、あの笑顔だったから。
2005-07-18T11:38:50+09:00
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悠久の果てまでも
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*悠久の果てまでも
ハーヴェイは一人、小高い丘に生えた大樹に背をもたれ、星を舞う空を眺めていた。
……追い続け、探し続け、幾星霜を重ねただろう。
当て所無く、当て所無く、ただ彷徨い続け、求め続けた。
果てしなき放浪。
何の当ても無く、しかし、ただ求めた。求めずにはいられなかった。
だが、ついぞ探し出せず、年月を経る毎、彼の心は擦り切れて行った。
人には寿命がある。
その身は何時か朽ちる時が来る。
だが、もし、その身が滅びぬならばどうだろう。
永遠なる生。
――それでも。
その心にも寿命があるのかも知れない。
人の心は、その体の寿命を越えて生きるようには作られていないのかも知れない。
彼の心がその動きを止めてから、どれ程の月日が流れただろう。
朝靄に煙る日の出も、風に揺れる木々のざわめきも、波の運ぶ潮騒も、響き渡るような歌も。
……彼の心に届く事を忘れて久しかった。
何を感じる事も無く、ただ、遥か昔の想いのままに彷徨う亡霊に過ぎなかった。
天空で出会った一人の娘。
己でも解らぬままに、彼の心は止めていた鼓動を再び打ち始めたかのように動き出していた。放っておく事ができなかった。娘が姿を消す度、追わずにはいられなかった。
戸惑いの中で見た、その娘の瞳。
――ただ、真っ直ぐな瞳。
それが、彼の心に息吹を吹き込んだものだった。
そう、忘れえぬ……
ハーヴェイは、そっと目を閉じた。
――遥かなる時の彼方。
まだ、神々がその姿を地上に現していた頃。
その男は、女神フレイアに仕える娘と恋に落ちた。
共に時を過ごし、言葉を重ね、触れ合い、その仲を深めて行った。
やがて、彼はその娘を妻とするべくフレイアに申し入れた。
だが、フレイアは娘がその許を離れる事を許さなかった。
諦めず、幾度か彼は女神の許に出向いて申し入れた。
しかし、フレイアの答えは変わらなかった。
失意の中、それでも諦める事の出来ぬ彼に近寄る者があった。
――邪悪にして気紛れなる神、ロキ。
ロキは彼に言ったのだ。
女神イドゥンの管理する黄金の林檎を盗み出す事が出来たならば、娘を彼の妻と出来るよう力を貸してやろう、と。
彼は迷いながらもロキの言葉を信じ、イドゥンの許へと忍び込んだ。
辺りを見計らい、その木の下に辿り着く。そして、その実を手にした。
神々がその若々しさを保つために食するというその林檎を。
そして、立ち去ろうとする彼を、しかし、見咎める者が居た。
それは、女神フレイアであった。
彼は知らずにいた。
フレイアがここを訪れる事を、ロキは知っていた事を。
フレイアは彼に何故に黄金の林檎を欲したのかと問うた。
観念し全てを告げた彼に、フレイアはその咎への罰を言い渡した。
ひとつ。彼を放逐する事。
ひとつ。娘を放逐する事。
ひとつ。彼と娘に終わらぬ命を与える事。
ひとつ。娘の記憶を消し去る事。
フレイアの告げたその罰を聞き、疑問に思った彼は聞いた。
終わらぬ命は罰となるのか、と。
それは身を持って知る事となるでしょう――フレイアは彼にそう答えた。
それが、放浪の始まりだった
……そして、幾星霜。
当て所無く、ただ、求め続け、探し続けた。
果てしなき放浪の中、時は彼の心を磨り減らして行った。
そう、彼は終わらぬ生の意味を正しく身を持って知って行った。
だが――ついに巡り会ったのだった。
果てしなく捜し求めた、その真っ直ぐな瞳の娘に。
――女神フレイアは言った。
お前に黄金の林檎を与えましょう。娘を探し出しそれを与えた時にこそ、お前の罪を許しましょう、と。
再び巡り会った娘は、しかし、林檎を口にする事を選ばなかった。
彼は、しかし、それでも良かった。
とうに息絶えていたと思えていた彼の心に、年経た亡霊であっただけの彼に息吹を吹き込んだのは、遠い思い出ではなく、此処にこうしてあるこの娘だったのだから。
思い出の中の姿ではなく、彼は辿り着いた。
だから、娘が――その心が何処にあろうとも、彼は己の心を娘の元に置くだろう。
これからも終わらぬ生を過ごすとしても。
彼はその想いを、その温もりを、その真っ直ぐな瞳を胸に抱えて行くならば……それはきっと、もう彼の心を凍らせる事は無いだろう。
彼は待つだろう。
いつでも、いつまででも。
その心を娘の傍らに置くだろう。
終わらぬ生のその果てまででさえも。
2005-07-18T11:28:03+09:00
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彼方
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*彼方
(――さて、と。)
喧騒の中、ケネスは席を立ち、一人歩いて行く。
(――ふむ。全て異常無し、と。)
一機の宇宙船の最終チェックを終え、ケネスは軽く息を吐いた。
村へと戻る航路設定をされた船。
村を襲う災害が収まった頃に、この船の事が皆に知らされる手筈になっている。
自分のポカで見落としがあっても大丈夫なよう、メッセージを残す。
それを見れば、セシリアが再チェックしてくれるだろう。
――あの時。
ステーション外周パトルール中の事故。彼がその左腕と左目を失い、いくつかの臓器に損傷を負ったその後。
彼が目を覚ましたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
異性人によって治療を施され、その後取引を提案された。
その話によれば、彼らの星では病が蔓延しており、特効薬はなく、かなりの死者を出しているのだという。だが、しかし、地球人はその病に耐性を持ち、そのために地球人の身体、生活のデータを取り、治療薬の研究に協力を願いたいというのだ。
そちらのメリットはあなた達の生命の安全だ、と彼らは言った。
村の含まれる広い範囲で大規模な地殻変動が起こる可能性が高いという。それを避けられることをメリットと考えて欲しい、と。
そんな話だった。
保障はあるのか? と問うてみれば、「保障はない」との言葉が返って来た。ただ、口頭での約束だ、と。
二つ返事でOKを出した。下手に保障があるなどという者よりは信頼できると思えた。
幾つかの条件があった。
事故で失われた彼の体を補うための機械は地球の技術レベルに見合わないため、データ採取後もケネスは彼らの星で暮らす事。これは、ケネスの体には定期的なメンテナンスと診療が必要なためでもある、と。
活動を隠密裏に行えるよう、作戦行動に支障をきたさないために暗示による作戦行動用人格を持つ事。これは、本来のケネス自身が望まぬ行動をさせるような事はない、と。
隠密に行動する理由は、地球人が彼らの文明と接するにはまだ早いと判断したためだとの事だった。幾日かを彼らと過ごしただけで、ケネスにもそれは実感できた。
そして、今。
予定通りとは行かなかったが、巨人の力技でどうにか全員を連れ出す事が出来た。
皆、しばらくここで生活して、そのうち村に帰れる事だろう。
この出来事を思い出さぬように暗示をかけられて、ではあるけれど。
そして、一人の男の事も。
(ナサニエル、ローズを頼む。泣かせるようなことはしないでやってくれよ。……ローズ、幸せにな。寄り添う事は出来ぬとて、もう触れる事も出来ぬとて、俺は……)
既に、次の任務は決まっている。
賑やかな声に背を向けて、ケネスは小型艇に乗り込んだ。
2005-07-18T11:19:03+09:00
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after image
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/27.html
*after image
遠く、遠く。
澄んだ空の向こうを雲が流れて行く。
新緑の草原は、なだらかな起伏を見せながら遥か地平までどこまでも続いている。
そよ風に揺られ、囁くかのような微かなざわめきを響かせている大きな木。その木陰でグレンが目を覚ました時、目に入って来たのはそんな見知らぬ風景だった。
身を起こし、木に背中をもたれる。
どこだろう。
何故、ここにいるのだろう。
そんな思いが浮かぶ。
普通なら、ここでそれを不安に思いそうなものだ。
けれど、この場所が感じさせてくれるのは懐かしさにも似た安らぎで、それが彼を包んでくれているように思える。
そんな安らぎに浸ろうとしていた時。
「おはよう、ねぼすけさん。」
――その声に。
思わず、はっと振り返ったそこには。
飾らない笑顔で、でも、その瞳はどこかいたずらっぽさをたたえていて。
ずっと、ずっと、心に思い描いていた姿。
鼓動が跳ねる。
湧き上がる想い。
口を開くが、その想いは言葉にならず――涙が溢れていた。
「――ローズ?」
伸ばした手で、確かめるようにその頬に触れながら、やっと漏れた言葉。
「私以外の誰かにでも見えるかい?」
少し皮肉混じりな、けれど暖かいその口調で返ってきたその言葉に、彼は涙を流したままで笑顔を作って首を振る。そして、身を寄せ、彼女をきつく抱き締めた。
「私の事、恨んでるかい?」
「いや……そう言うなら、僕も君に謝らなくきゃいけない。」
少し落とした声の彼女の問いに、彼は頭を振ってそう言う。
「あんたは、するべき事をしただけだろう。誤る事なんて無いさ。」
「うん……君も悔やまないで。仕方がなかったんだよ。」
「……ありがとよ。」
「うん。」
しばしの間、幾年月の想いを確かめるかのように彼はそのまま彼女を抱き締めていた。彼の背には、やんわりと彼女の腕が回されている。
「……君に渡したい物があるんだ。」
そう言って彼はゆっくりと抱擁を解くと、ポケットからそれを取り出した。
銀のペンダント。
年経て、その色は少しくすんでいた。
「ちょっと、古ぼけちゃったけど……受け取ってくれるかい?」
何も言わず、彼女は小さく頷いて、彼のほうに少し首を傾ける。そして彼は胸の高鳴りを覚えながらその首にそれをそっとかける。
「どうだい?」
彼女は微笑んで聞いてみせる。
「あ、うん。」
「なんだい、こういう時はお世辞のひとつも言うもんだよ?」
「あ――うん、綺麗だ。」
何の芸もないその言葉に、彼女は思わず吹き出し、くっくっく、と抑えた笑い声を立てた。
「あんたねえ……まあ、あんたらしいって言やあ、あんたらしいけどさ。」
ひとしきり笑うと、彼女は何と言おうか迷っていた彼を真っ直ぐ見詰める。
「ありがと。」
その彼女の言葉に、彼は小さく笑って頷いた。
「さて、じゃあ行こうか。」
彼女が見やった先、遠く、遠くには。
幾つもの人影。
それは小さく、はっきりとは見えないけれど。
でも、間違いなく判る、遠いいつかの日々の姿。
頷きあって、二人は歩き出して。
そして、帰って行く。
遠い、遠い。
いつかの日々へと。
2005-07-18T11:06:47+09:00
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忘れえぬ想い
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/19.html
*忘れえぬ想い
まぶしい春の日差しの降り注ぐ昼下がり、グレンは酒場を訪れた。
軽く軋みを立てる扉を開く。
人影もなく静まり返った酒場。
――ついこの間まで、賑やかな声が聞こえていたというのに。
騒ぎの収まった翌朝、メイは姿を消していた。
鼻歌交じりに酒を注ぐローズマリーの姿も、気持ちの良い程の飲みっ振りでグラスを空けるキャロルの姿も。
本を読みふけり、顔を合わすと議論に興じていたハーヴェイとラッセルも。
危なっかしげだが一生懸命なニーナの声と物音も。
リックとウェンディ。微笑ましい双子たちも。
毎日決まった時間に訪れるアーヴァインも。
いつもの席でうたた寝をしているデボラの姿もなく。
今は静かに。
――そう、とても静かに。
静寂だけが彼を迎えるだけだった。
外から入ってきた彼の目が酒場の中の明るさに慣れてくると、そこには目を引かれる物があった。
部屋の真ん中にある、大き目の円卓。
その上には、いくつものグラスが並べられていた。それぞれに酒が注がれ、萎れかけた花が添えられている。
そして、飲み干されたグラスがひとつだけ。
……きっと、あの男なりの手向けなのだろう。
目を閉じる。
去来するいくつもの思い。
とても長い時を。
ほんの少しでしかない筈の、とても長い時をそうして過ごして。
溜息と共に目を開ける。
――もう、二度と戻る事のない日々を胸にしまい込んで。
彼はゆっくりと扉を閉め、酒場を後にした。
空は青く澄みきって。
陽は大地にまぶしい光を注いでいる。
ポケットから取り出した彼の手に握られた何かが、陽の光を返した。
銀のペンダント。
飾りっ気のない、質素な造りの。
旅の細工師が村に訪れた時、散々悩んだ末に買ったものだった。
……それを渡したかった人は、もう、いない。
ぽっかりと穴のあいたような胸を、柔らかな日差しと、優しい風が撫でて行く。
騒ぎで滞っていた種蒔きは昨日ようやく終えることが出来た。この陽気なら、今年はきっと豊作に恵まれるだろう。物心付いた時から土を耕し空を眺めていた彼にはそれが判った。
そして、今までそうしてきたように、これからもこの村で土を耕し暮らして行くのだろう……
……やがて、時は巡り。
今、天に召される床にある彼の胸に置かれた手には、あのペンダントが握られている。
――静かに。
そう、とても静かに。
今、彼の生涯はその終わりを迎えようとしていた。
あの頃のままの想いと。
忘れえぬ面影を胸に抱いて。
2005-07-18T11:01:29+09:00
1121652089
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my short story
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&color(#99cc99){人狼審問で気まぐれに書いてる。}
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2005-07-17T08:54:36+09:00
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