雨上がりの午後
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雨上がりの午後
ja
2005-09-22T20:35:34+09:00
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蒼闇の部屋
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*蒼闇の部屋
「何故……貴方は鬼となってはくれなかったの?」
暗闇の中、焔を灯したような紅い瞳で……涙に濡れたその瞳で、弦琉丸を見詰めながら紗都はそう云った。
その身に流れる鬼の血筋故であったのだろうか。虐げられし一族の無念が長の娘である紗都を依り代と選んだのであろうか。鬼魂の岩に封じられし鬼の魂を受け、紗都は鬼と――人を喰らいし鬼と成り果てていた。
鬼を援ける一族の者でありし弦琉丸は、だがしかし、鬼を滅ぼさんとして長年離れていた生まれ故郷の地に立っていた。
二人の間を、暫し静寂だけが流れる。
弦琉丸はただ紗都の瞳を見詰めた。何も云わず、ただ苦悩と悲しみを湛えたその目で紗都を見詰めていた。
鬼を援けるべき黒の一族の者で在りながら、紗都に想いを寄せ続けながら……しかし、それでも弦琉丸が鬼を滅ぼす事を、紗都に立ちはだかる事を選んだ事に紗都は深い悲しみを覚えていた。
だが、紗都への想いを抱えたままに、苦悩と葛藤を抱えながら、それでも己の信ずる道を進もうとしているのであろう弦琉丸を、紗都は責め続ける気にはなれなかった。
紗都は己の頬を伝う涙を拭った弦琉丸の手をその両の手で包み……そして、その細い指を弦琉丸の無骨な指に絡ませる。
「もう……行きなさい。私と――鬼と居ることが知れたなら……本当に貴方も朱の呪いを受ける事になるわよ。」
紗都は、弦琉丸の手を柔らかく包むその両の手とは裏腹な、突き放すような堅い物云いで言葉を投げると、目を伏せ……絡ませた指を解き身を引いた。
――否、引こうとした。だが、引こうとしたその背に弦琉丸の左の腕が回されていた。紗都は、はっとして弦琉丸の顔を見上げようとし……しかし思い止まる。
「……何のつもり?」
目を伏せまま、不意の同様を隠そうと堅い物言いを崩さずに紗都は云った。だが、速まった胸の鼓動は隠すべくもなかった。
「――紗都。」
そして、己の名を呼ぶ弦琉丸の声に、背に回された腕に籠る力に……紗都は顔を上げ弦琉丸の眼を見遣った。見上げた弦琉丸の眼は、ただ真っ直ぐに紗都の瞳を見詰めていた。
深い悲しみを湛えた弦琉丸のその瞳の奥に、その悲しみの奥に、己への深い想いがある事を紗都は見て取った。
弦琉丸の想いに気付いておらぬ訳ではなかった。だが、どれ程の想いを以って弦琉丸が在ったの
2005-09-22T20:35:34+09:00
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after image
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*after image
遠く、遠く。
澄んだ空の向こうを雲が流れて行く。
新緑の草原は、なだらかな起伏を見せながら遥か地平までどこまでも続いている。
そよ風に揺られ、囁くかのような微かなざわめきを響かせている大きな木。その木陰でグレンが目を覚ました時、目に入って来たのはそんな見知らぬ風景だった。
身を起こし、木に背中をもたれる。
どこだろう。
何故、ここにいるのだろう。
そんな思いが浮かぶ。
普通なら、ここでそれを不安に思いそうなものだ。
けれど、この場所が感じさせてくれるのは懐かしさにも似た安らぎで、それが彼を包んでくれているように思える。
そんな安らぎに浸ろうとしていた時。
「おはよう、ねぼすけさん。」
――その声に。
思わず、はっと振り返ったそこには。
飾らない笑顔で、でも、その瞳はどこかいたずらっぽさをたたえていて。
ずっと、ずっと、心に思い描いていた姿。
鼓動が跳ねる。
湧き上がる想い。
口を開くが、その想いは言葉にならず――涙が溢れていた。
「――ローズ?」
伸ばした手で、確かめるようにその頬に触れながら、やっと漏れた言葉。
「私以外の誰かにでも見えるかい?」
少し皮肉混じりな、けれど暖かいその口調で返ってきたその言葉に、彼は涙を流したままで笑顔を作って首を振る。そして、身を寄せ、彼女をきつく抱き締めた。
「私の事、恨んでるかい?」
「いや……そう言うなら、僕も君に謝らなくきゃいけない。」
少し落とした声の彼女の問いに、彼は頭を振ってそう言う。
「あんたは、するべき事をしただけだろう。誤る事なんて無いさ。」
「うん……君も悔やまないで。仕方がなかったんだよ。」
「……ありがとよ。」
「うん。」
しばしの間、幾年月の想いを確かめるかのように彼はそのまま彼女を抱き締めていた。彼の背には、やんわりと彼女の腕が回されている。
「……君に渡したい物があるんだ。」
そう言って彼はゆっくりと抱擁を解くと、ポケットからそれを取り出した。
銀のペンダント。
年経て、その色は少しくすんでいた。
「ちょっと、古ぼけちゃったけど……受け取ってくれるかい?」
何も言わず、
2005-07-18T11:06:47+09:00
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明日へ
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/26.html
*明日へ
「メイ、早く…っ!乗り遅れるぞ。」
[ギルバートはメイの手をしっかり握り、砂浜に向かって走り出した。私はギルに遅れをとらないように足を動かした。私の走る遅さに悪戯っぽく笑みを浮かべると、ギルは無言で私を背負った。]
ギル、いいよ。走れるよ。
[メイはギルバートの背の上で必死にもがいた。]
「暴れるなよな。転ばないように背負ってるのに、落ちたら洒落にならない。」
[ギルバートは一瞬歩を止めると、メイの頬にそっと口づけした。私は恥ずかしさの余り、ギルバートの背の上に居る事を忘れてた。ギルバートは優しく微笑むと、再び走り出した。私は彼に寄り掛かりながら、いつもより高い視点で目に入ってくる景色を眺めていた。鮮やかな緑色の葉をつけ、空に向かって生える木々は、柔らかな風を感じていた。]
この島ともお別れなんだね…。
[メイはそっと呟く――物寂しげな表情で。私の表情を見ずとも、声の調子から心を感じとったギルバートは、少し息を切らせながら口を開いた。]
「そうだな…。でも、俺は淋しくないぜ。メイと一緒だからな。」
[深い森を抜け綺麗な砂が広がる地に辿り着くと、ギルバートは歩を緩めてメイを下ろした。そして私を真っ直ぐみつめながら言葉を続けた。]
「メイ、俺はお前を愛してる。俺についてきてくれるか…?」
[メイはギルバートの言葉に黙って頷くと、小さく笑みを浮かべながら彼の頬に口づけをした。彼は私を抱きしめると、今度は私の唇に優しく口づけした。そして、手を差し延べる――]
「行こう、メイ。」
[メイはギルバートの手をしっかり握り、救助船へと向かった。それは今日…陽が昇ってる頃、この島に辿り着いた。何故、この島に辿り着いたのか…それは誰にも分からなかった。救助隊員はギルバートとメイを船内に誘導すると二人に名を聞いた。ギルバートは先に自分の名を伝えると、私の顔を優しくみつめた。私は彼をみつめ返した後、救助隊員にこう伝えた。]
私は、メイ…
メイ・バルバロッサ―――と。
[ギルバートはメイを強く抱きしめた。月明かりが二人を照らす。]
ねぇ、ギル。
これからどこに行くの…?
「さぁな。どこへ行こうと、俺たちは離れないよ。ずっと…ずっと一緒だ。」
[二人はその後、一言も言
2005-07-16T20:30:03+09:00
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Angel's Night ―天使達の夕べ―
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*Angel's Night ―天使達の夕べ―
闇を裂くように翻る白光。
それは月を照り返して映える、真白き羽ばたく翼。
光を塗りつぶすように滑る黒刃。
それは夜よりもなお深き、漆黒の夜を駆ける翼。
見上げて少女は訊ねた。
「ねぇ、どこへ向かっているの?」
「どこがいい?」
歩きながら少年は、問い返した。
「どこがいい……って、どこか目的地とかあるんじゃないの?」
「そんなものはない。」
事も無げに言い放つ少年。
「ちょ……え、何よそれは。
どこか目的地があるから、歩いてるんじゃないわけ?」
「ない、目的地など無用だからな。」
「信じらんないわ、あたしには黙ってついてこいとか言ってるくせに!」
追い抜いて振り向き、憤慨する少女。
少年は、そんな少女を気にも止めぬかのように、そのままのペースで横を通り過ぎ
「お前と一緒に行くならば、目的地などどうだっていい。
お前が横にいるから、それでな。」
通り過ぎた所で、むんずと後ろ衿を掴んだ。
「そ……ぐえっ。
ちょ、ぎゃああああ。」
引きずられるように慌てて歩き出す少女。掴む手から解放され、少年の隣を歩く。
「な、なんてことすんのよもう!」
「口元がにやけているぞ。」
「うっ……」
一瞬反論の言葉が頭に浮かぶが、にやついた口からその言葉を発する気にはなれずに。
「うるさいっ、嬉しくて悪いかっ。」
「悪くない。
……正直なやつめ。」
少しだけ、口元に笑みを乗せる少年。
そんな少年にかなわずに、嬉しいけどそれでも抗いたい少女は。
「あ、あたしは―――!」
ふいに立ち止まった少年の唇に唇を塞がれて。
結局何も言えずに、ただ少年の手を包み込むように握っただけだった。
腕に少女を、温もりと匂いと心を抱いて。
風より夜より早く、夜を駆け羽ばたく翼。
共にあれば、他には何もいらない。
共にいれば、なんだって越え、どこへだって行ける。
「は……き、きゃああぁぁぁっ!?」
渦巻く風の音に負けじと、叫ぶ少女。
はりあげた声は、風の音に負けぬためか、絶叫ゆえか。
「なんだ?」
「な……なんだじゃないわよっ!
な、なんで飛んでるのよぉっ!?」
少年の腕の中。
見上げるまでもなく、視線と同じ高さに、青い空
2005-07-16T19:44:13+09:00
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engage
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/23.html
*engage
***第一章 ナサニエルの想い
知っているさ。彼女の気持ちが奴に傾いていることなんて、とうの昔に。
二人の間に俺が入る場所などないのさ。
だが、諦め切れなかった。
恋破れても、彼女への想いが途切れることはなかった。
だからせめて、この想いだけでも、彼女の傍においておきたかった。
「だから、受け取って欲しいんだ、この指輪を。」
俺はソフィーの手にそっと指輪を握らせた。
これは俺がカテリーナにプロポーズするときに渡そうとしていたダイヤの指輪。
彼女にこれを渡すことは叶わなかったが、
これは俺の彼女への想いのカタチだと思い、俺はこの指輪を持ち続けていた。
「ナサ、これはナサが恋人にあげようとしたものなんでしょ?
私なんかに渡してはダメよ。」
彼女は困ったような顔でそういった。俺は彼女を見つめて言った。
「俺はカテリーナを愛していた。
そして確かに、君をはじめて見たとき、俺は君にカテリーナの姿を重ねた。
だが、今はカテリーナの代わりとしてのソフィーでなく、
ソフィー自身を愛している。それに、指輪をこのままにしておくより、
君に渡したほうがきっと彼女も喜んでくれると思うんだ。」
「ナサ、でも、私は…ギルのことを、選んだのよ?」
「いいんだ。君の想いが誰に向かっているかは知っている。
ただ、君を愛している俺がいるということを覚えておいて欲しいんだ。
ただ、それだけなんだよ。」
そう言って俺は指輪ごと彼女の小さな手をぎゅっと握った――
***第二章 ギルバートの嫉妬
洞窟の中ではソフィーが寝息を立てていた。
いつもの光景だ。そして、俺はいつものように眠っている彼女の左手を握る。
……いつもと何かが違った。
彼女の左手の薬指には小さなダイヤが光っていた。
そしてそれはどう見てもエンゲージリングにしか見えなかった。
「ナサニエル…」
彼女にそんなものを送る奴など一人しか考えられなかった。
ナサニエルからソフィーへ、何かの約束が送られていたのだ。
「あいつはまだ、あきらめていないんだな…
あいつは、彼女に自分の刻印を刻むことで、いまだに俺を脅かす。」
もう完全に勝利しているはずなのに、俺はなぜか奴が怖かった。
いつか、彼女は俺から攫われるかもしれない。そんな不安に、俺は怯えた。
2005-07-16T20:10:35+09:00
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何時かの誓いへ
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/22.html
*何時かの誓いへ
――煌々と篝火が照らす岩肌。
祠の中、弦琉丸は朗々と何事かを唱え続けていた。滝のように流れる汗に髪は縺れ、その顔には憔悴の色が有々と浮かんでいる。
長きに渡る詠唱を終え……弦琉丸は眼前に有るものを見据えた。
其処に鎮座するもの。注連縄にて括られた……一つの大きな岩であった。
そう、里の石工が残した最後の鬼魂の岩であった。
祠には、ぱちぱちと篝火の爆ぜる音と……゙唸るように重い音が響き渡っていた。
その音は重く……唸るようであり、呻くようでもあった。その音に籠っているのはこの世の全てを呪うような怨嗟であった。
それは岩から発するものであった。
――そこに縛られた鬼魂の呻きであった。
真っ直ぐに岩を見据えていた弦琉丸は、やがて手にした錫杖を振り翳し……裂帛の気合と共に錫杖にて岩を突いた。
途端、篝火は激しく燃え上がり――ぱきり、という祠に響く乾いた音と共に岩は真っ二に割れ……重く響く音と共に両片が左右に倒れた。
――例え、今一度封じたとて鬼魂がこの世に留まる限り……我らが呪われし定めは繰り返されるだけであろう――
嘗て。
まだ少年の頃の弦琉丸を前に、里長はそう云った。
長の一族――蒼の一族には色濃く鬼の血が流れていた。それ故、その一族の者は鬼魂をその身に受け易くあり、封が解ける度、一族の誰かしかが鬼と――嘗て彼らがそうであった荒ぶるものへと変じていた。
――この呪われし定めを断ち切る為には……鬼魂をこの世から消し去る以外に無いのであろう――
里長はそうも云った。
だが、如何なる手立てを用いたとて、それは今まで叶わぬ事であった。
その手立てを探す事を、長は弦琉丸に託したのであった。そして、弦琉丸はそれを必ずや果たさんと誓った。
そう、長は予感していたのだ。
いずれ、我が娘が鬼と化すであろう事を。
――鬼が封じられし、その時。
鬼の存在がもたらしたこの世の歪が、黄泉への――彼岸への道を開くのだと言う。
そして、その時こそが、鬼魂を黄泉へと送り返す唯一の機会であった。
呪われし定めを断ち切る事の出来る唯一の機会であった。
激しく燃え……そして、炎の弱まり燃えさしとなった篝火がうっすらと赤く照らす祠の中。
祠には静寂が降りていた。
2005-07-18T11:51:47+09:00
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彼方
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/21.html
*彼方
(――さて、と。)
喧騒の中、ケネスは席を立ち、一人歩いて行く。
(――ふむ。全て異常無し、と。)
一機の宇宙船の最終チェックを終え、ケネスは軽く息を吐いた。
村へと戻る航路設定をされた船。
村を襲う災害が収まった頃に、この船の事が皆に知らされる手筈になっている。
自分のポカで見落としがあっても大丈夫なよう、メッセージを残す。
それを見れば、セシリアが再チェックしてくれるだろう。
――あの時。
ステーション外周パトルール中の事故。彼がその左腕と左目を失い、いくつかの臓器に損傷を負ったその後。
彼が目を覚ましたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
異性人によって治療を施され、その後取引を提案された。
その話によれば、彼らの星では病が蔓延しており、特効薬はなく、かなりの死者を出しているのだという。だが、しかし、地球人はその病に耐性を持ち、そのために地球人の身体、生活のデータを取り、治療薬の研究に協力を願いたいというのだ。
そちらのメリットはあなた達の生命の安全だ、と彼らは言った。
村の含まれる広い範囲で大規模な地殻変動が起こる可能性が高いという。それを避けられることをメリットと考えて欲しい、と。
そんな話だった。
保障はあるのか? と問うてみれば、「保障はない」との言葉が返って来た。ただ、口頭での約束だ、と。
二つ返事でOKを出した。下手に保障があるなどという者よりは信頼できると思えた。
幾つかの条件があった。
事故で失われた彼の体を補うための機械は地球の技術レベルに見合わないため、データ採取後もケネスは彼らの星で暮らす事。これは、ケネスの体には定期的なメンテナンスと診療が必要なためでもある、と。
活動を隠密裏に行えるよう、作戦行動に支障をきたさないために暗示による作戦行動用人格を持つ事。これは、本来のケネス自身が望まぬ行動をさせるような事はない、と。
隠密に行動する理由は、地球人が彼らの文明と接するにはまだ早いと判断したためだとの事だった。幾日かを彼らと過ごしただけで、ケネスにもそれは実感できた。
そして、今。
予定通りとは行かなかったが、巨人の力技でどうにか全員を連れ出す事が出来た。
皆、しばらくここで生活して、そのうち村に帰れる事だろ
2005-07-18T11:19:03+09:00
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悠久の果てまでも
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/20.html
*悠久の果てまでも
ハーヴェイは一人、小高い丘に生えた大樹に背をもたれ、星を舞う空を眺めていた。
……追い続け、探し続け、幾星霜を重ねただろう。
当て所無く、当て所無く、ただ彷徨い続け、求め続けた。
果てしなき放浪。
何の当ても無く、しかし、ただ求めた。求めずにはいられなかった。
だが、ついぞ探し出せず、年月を経る毎、彼の心は擦り切れて行った。
人には寿命がある。
その身は何時か朽ちる時が来る。
だが、もし、その身が滅びぬならばどうだろう。
永遠なる生。
――それでも。
その心にも寿命があるのかも知れない。
人の心は、その体の寿命を越えて生きるようには作られていないのかも知れない。
彼の心がその動きを止めてから、どれ程の月日が流れただろう。
朝靄に煙る日の出も、風に揺れる木々のざわめきも、波の運ぶ潮騒も、響き渡るような歌も。
……彼の心に届く事を忘れて久しかった。
何を感じる事も無く、ただ、遥か昔の想いのままに彷徨う亡霊に過ぎなかった。
天空で出会った一人の娘。
己でも解らぬままに、彼の心は止めていた鼓動を再び打ち始めたかのように動き出していた。放っておく事ができなかった。娘が姿を消す度、追わずにはいられなかった。
戸惑いの中で見た、その娘の瞳。
――ただ、真っ直ぐな瞳。
それが、彼の心に息吹を吹き込んだものだった。
そう、忘れえぬ……
ハーヴェイは、そっと目を閉じた。
――遥かなる時の彼方。
まだ、神々がその姿を地上に現していた頃。
その男は、女神フレイアに仕える娘と恋に落ちた。
共に時を過ごし、言葉を重ね、触れ合い、その仲を深めて行った。
やがて、彼はその娘を妻とするべくフレイアに申し入れた。
だが、フレイアは娘がその許を離れる事を許さなかった。
諦めず、幾度か彼は女神の許に出向いて申し入れた。
しかし、フレイアの答えは変わらなかった。
失意の中、それでも諦める事の出来ぬ彼に近寄る者があった。
――邪悪にして気紛れなる神、ロキ。
ロキは彼に言ったのだ。
女神イドゥンの管理する黄金の林檎を盗み出す事が出来たならば、娘を彼の妻と出来るよう力を貸してやろう、と。
彼は迷
2005-07-18T11:28:03+09:00
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忘れえぬ想い
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/19.html
*忘れえぬ想い
まぶしい春の日差しの降り注ぐ昼下がり、グレンは酒場を訪れた。
軽く軋みを立てる扉を開く。
人影もなく静まり返った酒場。
――ついこの間まで、賑やかな声が聞こえていたというのに。
騒ぎの収まった翌朝、メイは姿を消していた。
鼻歌交じりに酒を注ぐローズマリーの姿も、気持ちの良い程の飲みっ振りでグラスを空けるキャロルの姿も。
本を読みふけり、顔を合わすと議論に興じていたハーヴェイとラッセルも。
危なっかしげだが一生懸命なニーナの声と物音も。
リックとウェンディ。微笑ましい双子たちも。
毎日決まった時間に訪れるアーヴァインも。
いつもの席でうたた寝をしているデボラの姿もなく。
今は静かに。
――そう、とても静かに。
静寂だけが彼を迎えるだけだった。
外から入ってきた彼の目が酒場の中の明るさに慣れてくると、そこには目を引かれる物があった。
部屋の真ん中にある、大き目の円卓。
その上には、いくつものグラスが並べられていた。それぞれに酒が注がれ、萎れかけた花が添えられている。
そして、飲み干されたグラスがひとつだけ。
……きっと、あの男なりの手向けなのだろう。
目を閉じる。
去来するいくつもの思い。
とても長い時を。
ほんの少しでしかない筈の、とても長い時をそうして過ごして。
溜息と共に目を開ける。
――もう、二度と戻る事のない日々を胸にしまい込んで。
彼はゆっくりと扉を閉め、酒場を後にした。
空は青く澄みきって。
陽は大地にまぶしい光を注いでいる。
ポケットから取り出した彼の手に握られた何かが、陽の光を返した。
銀のペンダント。
飾りっ気のない、質素な造りの。
旅の細工師が村に訪れた時、散々悩んだ末に買ったものだった。
……それを渡したかった人は、もう、いない。
ぽっかりと穴のあいたような胸を、柔らかな日差しと、優しい風が撫でて行く。
騒ぎで滞っていた種蒔きは昨日ようやく終えることが出来た。この陽気なら、今年はきっと豊作に恵まれるだろう。物心付いた時から土を耕し空を眺めていた彼にはそれが判った。
そして、今までそうしてきたように、これからもこの村で土を耕し暮らして行くのだろう……
2005-07-18T11:01:29+09:00
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紅き夜の向こうへ
https://w.atwiki.jp/wiki4_ameagari/pages/18.html
*紅き夜の向こうへ
――ハーヴェイは佇んでいた。
暗い、暗い、海の方に目をやりながら。
「ハーヴェイ、貴方は救われた……?」
メイの言葉が思い出される。
……答える事の出来なかったその言葉が。
メイの手の温もりを感じながら、死を迎えようとしていたその時。
ハーヴェイは、己が人狼であったのだとようやく理解した。死の際に抜け落ちて行った何か。「それ」が抜け落ちた時、彼の脳裏に記憶が浮かび上がった。それまで認識する事の出来なかった「それ」の見た記憶が。
そう。「それ」が目覚めた時には、ハーヴェイの意識は眠り、暗く翳っていた筈の視界は鮮やかな色彩を取り戻し……「それ」の思うままに、アーヴァインを、そしてヘンリエッタをその手に掛けていたのだった。
二人の無残な姿が、叫びが、脳裏に浮かび上がる。
生きていれば、償う事も出来たのかも知れない。
生きていれば、逃げるために死を選ぶ事も出来たのかも知れない。
けれど。
もう、償う事も出来なくて。
もう、逃げる事も出来なくて。
「ネリーの傍に…居てあげてね。
ネリーは本当に…貴方を愛してるから……。
ネリーから愛とは何か、教えて貰えるといいね。」
その言葉を思い出す。
しかし……
もう、誰かの傍にいる事は出来ないだろう。
愛する事も、愛される事も、許す事は出来ないだろう。
そう。
自分自身を許す事は決して出来ないだろう。
人を殺めてしまったから。
……否。
その行為への愉悦を。
その手が、その心が覚えてしまっていたから。
そんな己を許す事が出来ないから。
もう、大切だと思う人の許にいる事は出来なかった。
もう、己を責める事しか出来なかった。
……それでも。
その胸にある想いを消し去る事は出来なかった。
だから。
ずっと、一人で海を眺めていた。
――その時。
――視界が暗く翳り、歪む。
くっくっく、と。
上品で、けれど厭らしい……そして何より楽しげな笑い声。
身の内に込み上げる言い知れぬ感触――ざらついた、寒気を伴う怖気のようなそれに、ハーヴェイはおこりにかかったようにその身を曲げ、振るわせた。
【――良いのだよ? 思い悩まずとも。】
優し
2005-07-18T12:09:55+09:00
1121656195