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第9話

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第9話 偽りの世界で毒蛇は嗤う

今回予告

 たとえどれだけ明るい人間であろうと、必ず心には深い闇を抱えている。ある者はその闇に付け込み傷を抉り、あるいはその闇を植え付けることで弄ぶ。それに深い意味などない。奴は自身の快楽のために、そうしているのだから。
 行方知らずとなった隠者を救うべく、一行は敵地へと乗り込む。そこで待ち受けているものは――
アリアンロッド・アルカナ第九話
『偽りの世界で毒蛇は嗤う』
 忌むべき幻影が君を待つ!

登場人物

PC


アルカナを司るPC関係者

  • シユウ・セイエン(ヒューリン、男性、27歳)
 みんな大好き変態秀才錬金術師。残念なイケメン筆頭。『隠者』のアルカナを司っている。
 かつての師の敵である『女帝』のもとへと乗り込むが、返り討ちにあって触手責めに。

  • グレイ(ドゥアン(天翼族)、男性、年齢不詳)
 砂嵐リーダー。アルカナの一人、『死神』。シユウが囚われた異空間への入口を抉じ開け、それの維持に努める。
 機械音痴という新たな萌え属性が追加された。薄い本に気付いているが、収入が大きいために黙認しているようだ。

  • ササメ・ユウナギ(エルダナーン、女性、検閲により削除)
 敏腕メイド長。アルカナの一人、『戦車』。シユウが囚われた異空間への入口を抉じ開け、それの維持に努める。
 何やら魔族の血が流れているのではないかという噂がある。

  • リム(魔族、女性、年齢不詳)
 ルクスの元に夜這いをかけた姿を現したアルカナ。『魔術師』を司る。姿があざとい。
 本人いわく、「あたし、とってもあたまがいいよ」とのこと。異空間の入口の維持を手伝った。手伝った……?

フラグが着実に立てられている奴ら

  • レイシャ(ヴァーナ(兎族)、女性、16歳)
 『女教皇』を司るクーデレ美少女。弓と隠密行動を得意としている。
 アステールに心中を打ち明け、単身で滅ぼされた故郷へと赴く。

  • アステール(ヒューリン、男性、20歳)
 『星』を司るイケメン水使い。明るい性格だが、少し空気が読めないところも。
 ワケアリな様子のレイシャを信じて送り出した。後にアルカナフォースに協力すべく合流した。

今回の仕事の同行者

  • イズモ・ソ=バー(エクスマキナ、女性、稼働7年)
 シユウをご主人サマと慕うエクスマキナの少女。その割に主たる彼に暴力を振るっている。
 そば派。うどんとは犬猿の仲。

  • リーゼロッテ(ヒューリン、女性、15歳)
 砂嵐のマネージャー。罠探知や解除、ドロップ品の判定などで活躍する。
 ミラお姉ちゃんなら、トラップくらい余裕だよね。

  • ダイチ・ケルヴィン(ヒューリン、男性、22歳)
 ここにいるぞ

  • ユージェン(魔族、男性、年齢不詳)
 焼きそばの屋台を開いているアラストル。鉄板とコテがよく似合う。
 彼の作る焼きそばは、魔族をも魅了する。

  • バンバン(フィルボル、女性、15歳)
 アマルの住人で、シユウが生産した商品の配達を行っている少女。プリースト/バートル。
 乗っているのはバイクではなく鎧竜である。

  • カブ(竜、オス、15歳)
 ボディにYAMAHAと書かれた鎧竜。何故か「漢カワサキ」と鳴く。

  • クエノン(ヒューリン、男性、48歳)
 筋骨隆々とした、チンピラ風の男。かつて、ヴォルトやカイツと共に冒険をしていた。
 強面だが、繊細な旋律を奏でるフルーティスト。癒される。

  • ミラ?(?、女性、?)
 ミラの夢の中に出てきた女性。本人曰く、ミラは自分のことでもあるという。三人までいるらしい。
 物語の鍵を握る重要キャラだが、お茶目さが色々な方向に振りきれている。でも戦闘力が高い。
 巨乳なお姉さん。


その他

  • シンク・スピリア(フィルボル、女性、34歳)
 フィールの母親。登場するや否や我が子の後頭部に魔導銃をゼロ距離で突きつける凄い人。
 色々と探って得た情報から、ササメを警戒するようにフィールに伝える。

  • ヒアー・スピリア(フィルボル、女性、22歳)
 フィールの腹違いの姉。スピリア家の神官としての仕事とシンクの手伝いを両立させている。
 スピリア家の仕事でヴァンスターへと向かった。仕事(イベント)

  • カイツ・レガイン(ドゥアン(有角族)、男性、57歳)
 デザートイーグルの店主。かつてはヴォルト、クエノンと共に旅をしていた。
 ルクスの剣について、何か思うところがあったようだ。そして案の定……

  • エメラル=アルジェ(ヒューリン、女性、)
 アレックスの妹さん。兄想いの優しい妹だが、危うく某┌(┌ ^o^)┐の毒牙にかかりそうになった。
 神殿に通い始めて、順調に成長中。なお、幻影の中でもガチなスキル構成だった模様。

  • ヴォルト・ウェーバー(ヒューリン、男性、)
 ルクスの父で、凄腕のグラディエーター。カイツ、クエノンと共に旅をしていた。リムとも関わりがあるようだ。
 幻影の中で現れ、ルクスにアルカナの力に飲み込まれないように叱咤激励し、消えていった。

  • マカロン・エクレール(ドゥアン(天翼族)、女性、29歳)
 商会の本店でメイド達を指導する、純粋で可憐なか弱い乙女。かつてコーネリアスと旅をしていたことがある。
 コーネリアスの幻影の中で登場し、頭からサンドワームに食われたり、我慢できなくなって彼を押し倒したりと色々と暴走していた。

  • ミラ??(?、女性、?)
 ミラの内に眠るもうひとつの人格。幻影の中で彼女を惑わそうとする。
 彼女と何処となく似た雰囲気だが、性格は極めて残虐。人を分解するのが好きらしい。
 ロリで貧乳。

  • ???(?、男性、?)
 一行の道中に現れた謎の少年。何かを忠告するが、その意図は不明。


敵対者

  • ヴェレーナ(魔族、女性、年齢不詳)
 邪教団を統べる女魔族。『女帝』のアルカナを司る。
 他者を痛めつけること、またもがき苦しんでいるのを見るのを何よりの快楽としている。

  • ラスヴェート(ヒューリン、男性、28歳)
 『太陽』のアルカナを司る男性。幻影の中で現れ、鬼畜眼鏡っぷりを披露。

  • クリュエ(エルダナーン、女性、年齢不詳)
 『月』のアルカナを司る少女。幻影の中で現れ、相変わらずのヤバい意味での純粋さを披露。


セッションまとめ

OPENING PHASE 1

 今でも時々、当時のことをふと思い出すことがある。あれは俺が未だ修行中の錬金術師であった時のことだ。師匠は錬金術の知識を教示するのは勿論、身寄りのない俺を男手ひとつで育ててくれた。謂わば、俺にとっては師でもあり親でもあった。
 いつものように、師匠と共にフィールドワークに出ていた時のことだったか。そんな日常の中で、親を奪われたのは。未踏の地域に足を踏み入れ、そこで素材の選別をしている時に奴は現れた。それが魔族であることは解った。だが、異様な力を持っていた。師匠と共に立ち向かったが、俺は何ひとつ出来なかった。恐怖で足がすくんでいた。何も出来ない俺の目の前で、師匠は嬲り殺しにされた。
 俺も殺される――そう覚悟した時だったか。奴はニタリと笑っていた。俺を殺すのは簡単だった筈だ。だが、奴はしなかった。恐らく、俺が畏れ慄き、苦しんでいる様を眺める為だろう。そして、既に事切れていた師匠を弄ぶのに飽きたのか、奴は立ち去っていった。その時俺は、ただただ呆然とするしか出来なかった。
 その場に残されたのは、師匠の亡骸と一枚のカード。それが、俺のアルカナとの出会いだった。

「あー。戦闘中に何思い出してるんだか、俺は」
 やれやれ、とヒューリンの青年は嘆息を漏らした。彼の周囲には、多くの中位魔族や魔獣の死骸が転がっており、何れも脳天を撃ち抜かれる形で絶命している。だが、青年も無事ではなく、大型の錬金銃を杖代わりにやっと立っているという有様だ。まだ戦いは終わっていない。いや、此処に来てから今まで、休む間もなく戦いを余儀なくされている。
「悪趣味な幻影に惑わされるとは。俺としたことが、しくったかなぁこれは」
 このような目に遭っているのは、仇討ちという執念に囚われた自分の軽率な行動によるものだ。一時の感情に囚われるなんて、らしくない。今更後悔したところで遅いが、シユウ・セイエンはそう独りごちた。仇を討ったところで、自分の師はもう戻ってこない。だが、そんなことさえも忘れさせるほど、『女帝』という存在は心の底を掻き乱すかのような忌まわしい存在だった。そう、自らの手で完膚なきまでに叩きのめし、苦しみを与えたいと思うほどに。
 外部との連絡を取ろうにも、魔術的な力によりそれが妨害されている。恐らくは、この空間自体も外界とは切り離されているのだろう。シユウは、己の愚かさに自嘲的な笑みを浮かべる。ハッキリ言って、状況は絶望的だ。手負いの状況で、未だ敵を倒し終わっていない。だが、此処で斃れるわけにはいかない。自分には帰るべき場所があり、待っている人達がいるからだ。懐からポーションを取りだすと、それを一気に流し込む。気休め程度にしかならないが、もう一息なら戦える。今、この場にいる魔獣達を駆逐する程度には。勿論、倒しきって終わるわけではない。それを気にする余裕が無いのは、彼自身がその身を持ってよく理解していた。
 まあいい、抗えるところまで抗ってやるさ。シユウは乱暴にポーションの瓶を投げ捨てると、新手の魔獣の群れに向けて錬金銃を構える。そんな彼の様子を、楽しげに見つめる影があった。しかし、若き錬金術師は、その影に気付くことは無かった。彼の意識が奪われ、再び目覚めるまでは――

OPENING PHASE 2

 時は少し遡る。アレックスはポメロの一件を終えて、自宅へと戻っていた。妹のエメラルと談笑していた。神殿での勉強が順調なこと。レベル5相当まで成長できたこと。どういうわけか、二人組を作る時に沢山の人が自分に殺到すること。妹のスキル構成がガチなこと。こんな日常が続けばいい。アレックスがそう思っていた時だった。エメラルが一冊の本を差し出してきた。
「この前、砂嵐のシェラザードさんが布教活動がどうのこうのって言って、こんな本を貰ったんだけど。その、最近って男の子同士でこんなことするの?」
 エメラルに手渡された本には、あられもない姿にされた二人の美青年の絵が描かれていた。何処となく中性的で整った顔立ちの赤髪のヒューリンの青年と、絹糸を思わせるかのような艶やかな銀髪と黒の翼を持つオルニスの青年。銀髪の青年が赤髪の青年を自身の方へと抱きよせ、妖しげな微笑を浮かべながら見つめている。一方、迫られている方の青年は羞恥からなのか、あるいは陶酔からなのか薄らと顔を赤めており、銀髪の青年へと顔を向けながらも視線だけは悩ましげに逸らしている。案の定というかなんというか。端の方には『FOR ADULT ONLY』の注意書き。薄い本には他にも色々な種類があるようで、首輪と手錠で拘束されたケイネスの青年と、嗜虐的な笑みを浮かべながら青年の顎を指で持ち上げている、ヒューリンの青年が書かれたもの。舌を絡ませ合っている、素っ裸のフィルボルの少年達が描かれたもの。相方の猫耳を甘噛みしているアウリクの少年が描かれたもの。臆病そうなヒューリンの少年を誘惑するかのように白衣をはだけさせ、俺に診察してほしいのかいと言わんばかりの眼鏡をかけたネヴァーフの男性が描かれたもの。それだけなら良いのだが、全員が非常に身近な何処か――自らが所属している自警団で見たような顔立ちであった。何でここが長いのかという突っ込みは受け付けない。
 数秒の静寂の後、アレックスの刀に電撃が迸った。
「ちょっとシェラザード殺してくる」
 近所のコンビニへ歯磨き粉を買いに、あるいはお隣の奥さんにお醤油を借りに行くノリで放たれた言葉。口調は軽いものの、アレックスを支配しているのはかつて暗殺組織に身を置いていた時の血に塗れた感情だった。無理もない。自分の愛する妹が腐れる魔物の毒牙にかかり、腐りに腐りきった道を歩まされようとしていたのだから。純粋で健全な妹はもういない。あの腐り神を粛清するには充分過ぎる理由だった。
 ちょっと落ち着いてよ兄さん。エメラルが必死に止めることで事なきを得る。アレックスとしては落ちついていられないのだが、
「うん、私もちょっと男の子同士はどうかと思うから……」
「それならいいけど、あまり変な人と付き合わないようにな」
(正直、結構ドキドキするけどね)
 衝動を抑えつつも、妹との会話を再開するアレックス。外に出ることが多いため、家族と触れあう時間は貴重であり、大切にしたいのだ。何気ない会話をしていると、気になる内容の話を聞く。それは、エメラルが勉学のために通っている神殿で、最近新しく入ってきたという子供がいるのだという。その子供というのがまだ年端もいかないエルダナーンの幼女で、ピンクを基調にした衣装に身を包んでいるらしい。それだけならいいのだが、少し変わった性格をしていて、周囲から孤立しているのだという。そんな彼女のことが気になり、エメラルは何とかアプローチをかけているようだが、それもなかなか上手くいかないようだ。
 私に力が足りないのかな。そう落胆するエメラル。いつも寂しそうにしているので、何としてでもその子の力になってあげたいのだという。一応、そのエルダナーンの幼女にも保護者はいるようだが、それでも近い年齢の身として、友達になりたいようだ。アレックスはそんなエメラルの熱意に感心しつつも、自分としてはお前の身に何かがあっては困るから程々になと念を押すのだった。

 幼女と保護者。この二人は対峙したことのある相手『月』と『太陽』――なのだが、アレックスの中でこの二人がその者達であるということに繋がることは無かった。

OPENING PHASE 3

 ポメロの一件を終えた日。二度とあんな惨事に巻き込むまい。そう心に誓いつつ、大切なファミリアであるポメロのジール君を抱きしめながら、コーネリアスは帰路についていた。
「こんばんは、少しいいかしら」
 暫く歩いていると、済んだ声と共にアウリラの少女が屋根から降り立たった。コーネリアスとレイシャは、同郷の関係にある。かつてはルディオン山脈東部の麓にある小さな集落で暮らしていたのだ。物質的には豊かではないが、精神的にはそれなりに充実した生活をしていたのは覚えている。だが、今はもうその集落は無い。何者かによって、自分達の全ては奪われてしまったのだ。
 レイシャはコーネリアスに問いかけた。貴方は、私達の故郷を滅ぼした相手についてどう思っているの、と。それにコーネリアスは、特に復讐しようとは考えていない、生きていられたのだから復讐という感情には囚われず、今を生きることを考えるということを伝える。彼の答えに対し、レイシャは頷きつつも、自らの手で故郷を滅ぼした何者かを討つ決意は変わらないということを伝える。
 今思い返してみると、当時の記憶は曖昧なものである。ただ、凄惨なものであったことだけは覚えている。あまりにも凄惨故に、本能が記憶を呼び起こすことを抑えているのかもしれない。しかし、何か解れば今後の役に立つであろうし、レイシャの力にもなれる。コーネリアスは当時のことをゆっくりと顧み始めた。

 七、八年前のことだったか。コーネリアスとレイシャが里のはずれへと遊びに行った時のことだ。
 大人達からは立ち入ってはいけないと言われていた場所だ。しかし、子供というのは好奇心旺盛な物で、駄目だと禁止されたことはやってみたくなるものである。当然彼らも例外ではなく、その禁じられた場所へと足を踏み入れていった。
 洞窟の奥には、二枚のカードが置いてあった。どちらにも何処かしら神秘的な絵が描かれていた。ひとつには、白と黒の柱の間で、一人の神聖な雰囲気を纏った若い女性が本を持って佇んでいる姿が描かれている。そして、もうひとつ。こちらには一人の天使が二つの杯を持ち、片方からもう片方へと水を移している姿が描かれている。それぞれのカードには、『Ⅱ THE HIGH PRIESTESS』『ⅩⅣ TEMPERANCE』の文字も刻まれていたのも覚えている。
 一体このカードは何なのか。そう思索していると、洞窟の外から悲鳴が聞こえてきた。何が起きたのか、振りかえろうとしたが――

 そこで記憶は途絶えていた。いや、心の内の防衛本能が、鮮明に思い出すことを拒否したのだ。
 レイシャが心配そうに声をかけてくる。かなり顔色が悪いらしい。とりあえず大丈夫だとコーネリアスは取り繕う。とその時。
「お腹空いたでし! お腹空いたでし!」
「あー、腹減ったなぁ。お、コーネリアスじゃん。ちょうどいいし、皆で飯にしようぜ。うどんでも食いに行くか」
 頭に水妖精を乗せた、空気の読めない男が現れる。
「ちょっと、今日は二人で」
「いーからいーから、皆で食った方が美味いって♪」
 色々と気になることもあったが、彼の登場で有耶無耶になってしまった。コーネリアスとレイシャはため息をつきつつも、三人+ファミリア二匹で少し遅めの夕食を取るのだった。

OPENING PHASE 4

 夜も遅い時間。閉店したデザートイーグルに、屈強な男達が集まっていた。ルクス、カイツ、クエノンの三人だ。三人は杯を酌み交わしながら、過去話やポメロ事件など、会話に華を咲かせていた。
「それにしても、ルクス。良い身体になったな。やっぱり日頃から頑張っているんだな。ヴォルトの奴には及ばないが……」
 カイツは杯を片手に豪快に笑い飛ばしながら、ルクスの腹筋に指を這わせた。カイツの太く大きな指の感触が伝わってくる。今はこうして酒場の店主をやっているが、彼が歴戦の神官戦士であることはよく知っている。ふざけつつも、しっかりとこちらの力量を測ってくれているのはよく解った。
「どれどれ、俺にも触らせてくれよ。なるほど、逞しいな。だがまだまだといったところか」
 今度はクエノンがルクスの腕に指を這わせてくる。大柄で強面、そしてそれに恥じない肉付きをしているが、不思議とクエノンの指触りは繊細だ。初対面の時、カルカンドの酒場でチンピラを締めている辺りなかなかの実力者であることは解る。それでいて驚かされるのが、恵まれた肉体を持ちながらも、本業は吟遊詩人であるということだ。なるほど、それならばこの繊細な手つきも理解できる。
「あのー、くすぐったいんだが……それに気持ち悪い」
 ルクスは素直に感想を述べた。こちらを評価してくれているのは嬉しいのだが、大の男二人にベタベタと身体を触られていると、何とも言えない気分になってくる。それに、二人の評価の通り、まだまだヴォルト――親父には及ばない。自分自身でもよく解っている。もっと力をつけねば。勿論、それは物理的なものに限ったことではない。ルクスはより強くなることを誓うのだった。
 かつて共に旅をしていたというヴォルト、カイツ、クエノン。その頃の話を聞きながら酒を煽っていると、二人から気になる話を聞く。それは、カイツがルクスが旅に出る時に渡した剣についてである。それがアルカナに関係するモノであることは、今までの旅で知ることはあった。事実、今までの旅で杯、金貨、杖も手に入れたが、これらと剣が強く共鳴したことがあるのだ。四つを集めることで、アルカナの一人が目覚めるという話も聞いていた。だが、結局はそれまでだ。たまに四つのアイテムが共鳴することはあるとはいえ、その状態からは何の進展もない。
「今日はもう寝ろ、ルクス。今解らないことを考えても仕方ないだろ」
「ああ、そうするよ」
「明日も早いんだろ? 俺に出来ることがあれば、協力してやる。あ、力仕事は勘弁な」
 解らないことを今考えても仕方が無いか。明日に備えて寝ることにしよう。歴戦の冒険者であるクエノンも協力してくれるというのだから心強い。ルクスは二人に別れを告げると、寝床に就くことにした。

 夜中。ルクスは何者かの気配を感じて目を覚ました。その気配の正体は声を発したため、すぐに姿を捉えることは出来た。出来たのだが――
「こんばんは、ルクスくん」
 一言で言えばあざとい。そんな出で立ちの少女だ。尤も、彼女が人間ではないことはすぐに解った。頭から生えた猫耳からはアウリクを思わせるが、背中に生えた蝙蝠のような翼と、まるでそれが別の生き物であるかのようにふりふりと動く、先端が尖った尻尾。露出の多い少女に思わず一瞬ドキッとするルクスであったが、すぐに枕元の剣を掴もうとする。迂闊だった。今この場にいるのは、人間ではない――だが、自分だけで戦えるのか。
 しかし、少女は警戒するルクスを畏れる様子もなく、危害は加えないから大丈夫だよと彼を諭した。事実、殺気はまるで感じられない。ルクスは一息つくと、警戒を解いた。ただ、気になることがある。剣、杖、金貨、杯の四つが、少女の登場で以前よりも強く共鳴しているのだ。
「お前はいったい何者だ」
「わたしはリムちゃん。『魔術師』のアルカナだよん」
 にぱーっとあざt……可愛らしい笑みを浮かべて、少女リムは自己紹介をした。そして、パンツの中をごそごそと漁り、一枚のカードを差し出す。そこには、現物としてある剣、杖、金貨、杯の四つと共に一人の若い男の絵が描かれており、『Ⅰ THE MAGICIAN』の文字も刻まれていた。
 そういえば、少し前にグレイから聞いていた『魔術師』のアルカナの話。この少女がそうだというのだろうか。だとすると、あまりにもユルユルでおバカっぽい――しかし、この少女から発せられる気は、並の中位魔族などとは比べ物にならないほど強く、自分やミラが持っているものに近しい何かを感じることから、事実のようだ。
 だが不可解だ。何故、そんなに強い力を持っていながらわざわざ力を分散して眠っていたのか。ルクスはリムに対してその真意を尋ねることにした。
 リム曰く、彼女はかつてヴォルトと旅をしていたのだという。自分の父親が魔族とパーティを組んでいたこと自体も驚きだが、この魔族もまた「面白そうだから」という理由でヴォルトについていたらしい。しかし、長い旅の間で段々飽きてきたらしく、リムは自分の力を四つに分けて各地に分散させたようだ。そのうちのひとつが、父親から託された剣である。
「うーん、ヴォルトさんほどじゃないけど、ルクス君も気持ちよさそう」
「あのバカ親父……何やったんだ……」
 ルクスは思わず頭を抱えた。リムの意味深な発言、そこに変な意味は無いのだが、その言葉の足りなさが原因で、後にルクスはあらぬ疑いをかけられることとなった。

OPENING PHASE 5

 フィールは外回りの仕事を任されていた。ディアマンテ商会の使用人を募集するためのチラシ配りである。そこには、『週休二日制』『有給あり』『学歴不問』『未経験者も大歓迎』『やる気さえあればOK』『福利厚生も充実』『オフの時は楽しいイベントもあり』『アットホームで笑顔の絶えない職場です』『とても可愛いメイドさんが優しく指導』といったことが書かれている。当然、肩を組みながら目が死んでいる満面の笑顔を浮かべた従業員の集合写真も載っている。役満どころでは済まない。拾われた身とはいえ、とんでもない場所で働いていたのだと、フィールは改めて痛感した。
 後頭部に金属質な感触を覚える。この感触に記憶があった。恐る恐る振りかえると、そこには見覚えのある女性の姿があった。
「お、お母様!?」
「なかなか感覚が研ぎ澄まされてきたじゃない! もう、嬉しくてこのまま引き金を引いちゃいそうだわ」
「そんなことしたら死んでしまいますわ!」
 変な方向にぶっ飛んだキャラ。間違いない、母であるシンクだ。我が子に魔導銃をゼロ距離で突き付けるような人だ。忘れるはずもない。ルネスに療養に行った時も、やたらとスタイリッシュでエレガントなガンアクションで突撃してきたのだ。どうして忘れられようか。今やパーティの戦術の要となっている機先を制す技術も母シンクに教わったものであるが、よく特訓の段階でハチの巣にされなかったものだ。
 何故こんなところにと尋ねると、裏仕事の関係でメアンダールを訪れたという。今回は何とヒアーも協力しているようだ。暫くすると一冊の本を抱えたヒアーが現れる。その本には、何処かで見たような男の絵が描かれており、帯には「そう、そのまま飲み込んで……僕のクラウ・ソラス」などと書かれていたが、フィールはそれを見なかったことにした。ルネスでの一件で敵対はしたが、彼女は比較的自分に理解があり、今は特に事を構えるようなことは無い。え、兄? 妹より優れた兄なんて存在しないわ!
 シンク曰く、気になる情報を仕入れたらしい。それは、フィールが勤めているディアマンテ商会……のメイド長についてだ。
「あのメイド長、ササメ・ユウナギさんと言ったかしら。私の方で色々と探ってみたんだけど、何か色々とヤバそうなのよ」
 あのメイド長のヤバさは知っている。そう言おうと思ったが、それ以上に深刻な情報がシンクの口から発せられた。あの人は人間でありながらも、人間を超越した何かを秘めている。それはアルカナの存在から察することは出来るのだが、それ以外に彼女からは人間以外の「ニオイ」――特に、魔族やそれに準ずる何かの力が感じられるという。本職はウォーロードであり、魔術や識別などについては疎い故、完全な根拠は無い。ただ、シンク曰く長年の経験で培ってきた勘だという。勘というモノは時折、あらゆる計算をも凌駕する。フィールは今まで、時折ササメが意味深なことを言っていたことを思い出した。
 私に何かがあった時は、その時はお願い――
 まさかそんな筈は。フィールの脳裏を嫌な予感が一瞬過る。だが――
「たとえどんな答えがあっても、あの人は私を受け入れてくれたのは間違いありませんわ」
 答えは決まっている。どんな残酷な現実が突き付けられようとも、自分はそれを受け入れるつもりだ。それだけ、あの人のことを思っているのだから。
 シンクはフィールの答えに満足したのか、覚悟があるならばこれ以上は何も言うことはないと告げる。おかしなことを聞いてごめんなさいと一言言うと、これから別の仕事があるからとその場から去って行った。その場にはヒアーが残されたが、ヒアーもどうでもいい気になる情報を持っているようで、それをフィールへと伝える。
「私も気になることがあって。あのお兄様……じゃなくてゴミムシが失踪したみたいですわ」
「ふーん。気まずくなったんじゃないかしら」
 ディアスロンドの実家から、サイトとかいうゴミムシがいなくなったのだという。部屋には、「探さないでください。サイト」と書かれた紙が残されていたらしい。兄の方はぶっちゃけどうでもいいのだが、もしかしたらまた何か邪魔しに来るかもしれない。フィールは忘れない程度に頭の片隅に兄……ゴミムシの存在を置いておくのだった。
「そうでしたわ! これからヴァンスターでイベンt……お仕事があるんでしたわ! あの重大なイベンt……お仕事、失敗するわけにはまいりませんわ!」
 ヒアーの去り際に、一枚のチラシのような物が落ちるのをフィールは発見した。そこには、一人の青年がもう一人の青年を顎クイしている絵が描かれていた。これも何処かで見たような人物の絵だった。腐ってやがる、遅すぎたんだ。去っていくヒアーの背中を見ながら、フィールは砂嵐とヴァンスター帝国の未来を案じるのだった。

OPENING PHASE 6

 ミラは夢を見ていた。そして、毎度のことながら例の謎の女性が現れる。
「チョリーッス。あー、胸でかいと肩凝ってつれーわー」
 キャラが安定していないのと、胸のサイズについて煽ってくる白々しさも毎度のことである。重い何かを背負っているのは間違いないのだろうが、元々お茶目な性格なのかもしれない。ミラはただ、そんな彼女に対して素っ気なく反応するのだった。
「そうそう。隠者のことについて、気になることがあるんでした」
 それは、現在行方を晦ましているという『隠者』――変態錬金術師シユウについてだ。何やら、この女性は彼の行方について知っているようで、それをミラへと告げる。どうやら、生きてはいるが非常に危険な状態にあるらしい。
「薄い本が出そうな展開ですよ、もう」
 ワケの解らないことを言っているが、あまり時間の猶予は無さそうだ。ミラは謎の女性に対して、シユウが何処にいるのかを尋ねる。答えはすぐに得ることが出来た。彼は今、此処とは別の擬似的に作り出された空間に囚われているようだ。何やら魔術的な力で作り出された場所にいるようで、それ故にこちらから気配を察知することが難しいのだという。
 命が無事であること、そして場所を確認できたのは大きい。それならば明日にやることは決まっている。勿論、過酷な戦いが待ち受けているのは間違いないだろう。それでもやらなければならない。
 変態錬金術師を救いだすということは決まったが、ミラにはまだ確認しなければならないことがあった。それは、夢の中で語りかけてくる、(胸のサイズ以外が)自分とよく似たこの女の存在についてだ。敵対する素振りは見せないものの、何処か色々と引っかかるところがある。
「あなたは一体何者なの?」
 前々から思っていた疑問をぶつけてみる。
「私はあなたであって、あなたは私でもある。あなたのミラという名前。それは私の名前でもある。このミラという名は、何処か遠い世界で運命の力を司る女神達のものね。三人纏めての名前がそうみたいだけど」
「三人?」
「うん。それで、何か気付いたことない? 今この場には、私とあなた二人しかいない。でも」
 謎の女性曰く、もう一人ミラとよく似た雰囲気を持つ存在がいるという。
「今までの戦いで、妙な破壊衝動に駆られたことは無いかしら」
 グレイにも忠告されたことがあった。アルカナの本能とは別に、自分の内に眠るもう一つの人格。傷だらけになった時にその人格が目覚めたことがあった。この謎の女性曰く、その人格が残りの一人らしい。
 そして、そのもう一人のミラとも言える残忍な存在についての危険性を忠告する。確かに、破壊衝動に身をゆだねたあの時だ。今までに感じたことのない快感が湧きあがってきたのを覚えている。それだけならまだ良いのだが、もしアルカナの本能とそれが同時に発現してしまったらどうなるのか。謎の女性はそれをミラに指摘した。
「まあ、そりゃもうイキそうなくらい気持ちよくなれるし、上手く扱えばあなたの助けにはなるだろうけど……下手すれば自分の身を滅ぼすどころか、あなたの大切なものまで壊してしまうかもしれない。それはしっかりと心に留めておいてね。あなたがこれから戦おうとする相手は、恐らくあなたの弱いところに付け込んでくるから」
「大丈夫よ。絶対にそんなことにはならないから」
 絶対に負けるものか。今いる場所を失わないためにも、どんな敵が立ちはだかろうと立ち向かうつもりだ。ミラは謎の女性に対してそう告げる。
「あはは、その意気だよミラちゃん。胸小さいけど、なかなかの度胸じゃない!」
 こいつは何で一言多いのか。若干のウザさを思いつつも、この女は自分のことを思ってくれているのだなとミラは認識する。
「あ、そうそう。今回のお仕事だけど、私もちょっとだけお手伝いするね。ほんの一時的だけど、私と同等の力を扱えるようにしてあげるから、んじゃそういうわけでよろしく~」
 そう言って、謎の女性はゆっくりと消えていった。

OPENING PHASE 7

 ゴルフォード王国。アルディオン大陸の南東部に位置する国家だ。戦乱のアルディオンに於いて、赤竜王国レイウォールや白竜王国グラスウェルズには劣るものの、七大国のひとつとして名を馳せる大国である。
 そんなゴルフォードは錬金術が発展しており、その卓越した技術で高い国家水準を保っている。各地には数多の錬金術に関わる工場が築かれており、様々な錬金術製品が製造されている。しかしその一方で、非正規の工場もいくらか存在しており、劣悪で過酷な環境で働かされている者達もいる。度々問題になっているが、国の対応がなかなか追いついていないのが現状だ。
「こんな水じゃうどんを茹でられないドーン」
「こんな水じゃそばを茹でられマセン」
 ……働かされている者達もいる。
 ゴルフォード辺境の名もなき工場。辺境に位置するためか長い間放置されており、今日もエクスマキナ達が休む間もなく過酷な労働を強いられていた。
「適当にサボるドーン」
「適当にサボりマス」
 ……強いられていた。
 度々この手の工場は問題となっているのだが、その立地条件からか調査が手つかずであった。故に、管理者たちもそれを利用してか、労働者のエクスマキナ達を奴隷のように扱っていた。どうせバレるはずがない。利用するだけ利用して、使い捨てればいいだけだ。
 だが――
「調査の時間だオラァ!」
 錬金銃を携えた一人のヒューリンの青年が、扉を蹴破って入り込んできた。彼は工場に入るや否や、見張りの警備兵やゴーレムを次々と練金銃で撃ち抜いていく。
 見つかる筈がないと思っていた管理者達は青年の突然の襲撃に対応できずにいた。何とか迎撃しようとグレネードを投げ込んだものもいるのだが――
「ああ、グレネードか……」
 青年はグレネードを投擲してきた警備兵に本気で哀れむかのような視線を向けつつ、手にした練金銃でそれを撃ち落とした。
「君、悪いこと言わないからリビルドしよう。同業者である俺はよく解るんだ」
 青年はそう言うとすぐに反撃に移る。グレネードのゴミ加減に絶望していた警備兵は、あっさりと青年によって撃ちとられてしまった。
 見たところ、ゴルフォードの人間ではないらしい。調査と言っていたからついにこの辺境の違法な工場の存在が明るみになったようだ。誰だかは解らないが、この男についていけば、過酷(?)な労働環境から解放されるかもしれない。エクスマキナ達は各々の仕事を投げ出すと、青年のもとへと駆け寄って行った。
「此処から出しやがれドーン」
「此処から出しやがれデス」
 しかし青年は近くに設置してあった製造機械に魅入っていた。まるで新しい玩具を買って貰った子供のように、彼の瞳は爛々と輝いており、頼んでもいないのに何やら説明を始めてしまう。
「うわ、この機械ってあれだろ!?凄いなあ違法な工場とはいえこんなものを保管していたのか流石はゴルフォードいやはや素晴らしいこの機械は錬金術が確立されてから数十年後当時の製造業の発展の為に考案されたもので特に金属類の元素転換を行う際に人の手で行うよりもより効率的に作業を行えるとして注目されたものだ今でこそこれよりも優れた錬金機械はいくらでも存在しているが錬金術の発展の背景を顧みるにこれの歴史的価値は計り知れないやはり――(中略)――いやはや人の力とは素晴らしい無限の可能性を秘めた錬金術というもの作りだしたのだからしかしこのアルディオンでは錬金術が戦争に使われているのだから嘆かわしいああなんということか――(中略)――そもそも錬金術というものは――というわけだ諸君」
 説明が終わったところで、エクスマキナ達の方へと向き直る青年。未だ興奮が収まっていないようで、フンスフンスと鼻息を漏らしている。ちょっと変わった人間なのかもしれない。
「エクスマキナ。エリンディルでは殆ど見たことがない種族、実に興味深い。君達のことをもっと俺に教えてほしい。この目でもっと見て、この手でもっと触ってみたい。身体の隅々まで調べてみたい。だから着いてきてくれ(こんなところにいては危ない。外に船を用意してあるから、ゴルフォードから、いやアルディオンから脱出しよう)」
 ――これが、気持ちの悪い錬金術師シユウ・セイエンと、麺類をこよなく愛する謎の美少女エクスマキナ達との、運命的な出会いだった。

 そう言えばそんなことあったドーン。なんかキモかったドーン。
 サヌキはそんなことを思い出しながら、今日はもう人が来ないだろうと閉店の準備を始めようとしていた。すると、アマルの街の住人であるユージェンとバンバンが、騎竜のカブを連れてやってきた。どうやら、あちらも焼きそば屋の屋台を閉じたようだ。
「サヌキちゃん、うどんちょうだい。二人前で」
「三人前だって。ボクのカブも食べたいって言ってるし」
「カワサキか……」
 三人前のうどんを調理しながら、彼女達は明日のことについて話始めた。シユウが行方不明になったことはユージェンとバンバンにも知れ渡っていたようだ。二人もまた、彼を救いだしたいと思っているようで、その決意をサヌキへと打ち明ける。
「シユウさんは俺のような魔族でも受け入れてくれたし、ちょっと前にやってきたワケの解らない不審者一行も受け入れてくれたんだ」
「ボクも元々はよそ者だったんだけど、このバイk……騎竜のカブと行き倒れているところを、シユウさんがポーションで救ってくれたんだ」
「カワサキか……」
 魔族や妖魔といった邪悪な存在や、国外からやってきたよそ者を受け入れて、小規模ではあるが街一つを作り上げて束ねている辺り、シユウが如何にカリスマ性に長け、多くの人から愛されているのだろう。
 ちょっと変わったところはあるけど、面白い奴だったドーン。過酷な労働環境で適当にサボ……こき使われていたところを救いに来てくれた時は、ようやくうどんが作れるドーンと嬉しかったものだ。アルディオンからエリンディルへと渡る船の中で、他の麺類と軽いリアルファイトになり散り散りになったが、なんだかんだいってシユウには世話になったと思っている。
「そういうわけだし、シユウさんのために俺達も明日は一肌脱ぐよ」
「そうだね、ボクも暫くは配達の仕事なさそうだし、あまり力になれるか解らないけど協力させてもらうね。カブもそれでいいかな?」
「漢カワサキ」
 二人+一匹の協力者がいるなら、シユウを救いだすのも捗るだろう。そして、いずれそばとの決着も付けなければならないドーン。サヌキはそう胸に誓うのだった。

OPENING PHASE 8

 集合時間だというのに、ルクスが姿を現さなかった。シユウを早速救いだしに行かねばならないとう一大事に、真面目な彼が寝坊など有り得るのだろうか。もしかしたら、彼の身に何かが起きたのかもしれない。不安を覚えながら、ミラ達はルクス宅へと向かう。
 一方、ルクスは非常によろしくない状況にあった。昨日のアレは夢ではなく現実であった。そして今。ルクスに抱きつくような形で、魔族の少女が同じ布団に入って眠っているのだ。振りほどこうとするも、なかなか出来ない。この華奢な身体にどれだけの力が備わっているのか、少女は彼の身体をガッチリとホールドしているのだ。身体に当たる柔らかい感触や、少女特有の甘い香りもまた、ルクスを焦らせていたというのもあるだろう。
「待て、すぐ開けるから鍵を壊すな!」
 そんなルクスの声も空しく、ミラはすぐにピッキングを始めてしまう。普段の罠解除のヘッポコっぷりは何処へ行ったのか、一瞬にして鍵は解除された。そして――ミラ達は絶句した。彼女達の目に飛び込んできたのは、露出の多い――ほぼ下着姿といってもいいような衣装の少女がルクスの腰の上に乗っかっているという光景だった。少女の年齢は十代前半から半ばといったところ。異性と寝るのにはあまりにも早すぎるし、同意のもとでも許されない、そのようなことをすれば社会的に問題になるような年頃である。
 ルクスは自分でも何をどうすればいいのか解らなかった。ただこれだけは言える。非常にまずい状況であるということを。このままでは自分の威厳が失墜してしまうどころか、神殿へとしょっぴかれてもおかしくない。どうすりゃいいんだ。だが、ルクスが必死に解決策を探ろうとしているのを嘲笑うかのように、魔族の少女がフロストプリズム級の台詞を吐いた。
「ふみゃあ、もう朝~? えへへ、おはよ、ルクスくん。温かくて気持ち良かったね」(訳:おはようございます、ルクスさん。温かい布団の中で寝たけど、気持ち良かったです)
 目をごしごしと擦りながら、リムはとても可愛らしい笑顔を見せた。それとは対象的に、ルクスの表情は完全に凍り付いた。なんてこと言いやがるんだこいつは。
「ルクスさん、不潔……」
 フィールはまるでゴミでも見るかのような視線をルクスに向け、
「なあ、ルクス。俺はお前のことを友達だとは思っている。……うん、でも近づくな」
 アレックスはニッコリとほほ笑んでフォローしながらも、最後は真顔で締めた。
 当然と言えば当然の反応である。ポメロをつついたり、うどんのことしか考えていない者もいたが、今のルクスにとってはそんな二人の態度もまた、つらいものがあった。
 世の中腐ってやがる。今まで何度も思ってきたことだが、今現在よりもこの言葉がこれ程相応しい状況はなかっただろう。しかし、そんな彼を余所に魔族の少女は追い打ちをかけるかのような発言をする。
「うー、でもちょっと痛かったかな。だって、ルクスくんあんなに激しいんだもん」(訳:ルクスさんは寝相が悪いので、少し寝苦しかったです)
「お前はいちいち誤解を招くようなことを言うなぁっ!」
 頭の悪い発言をする魔族の娘に対し、ルクスは思わず喚いた。普段の彼の真面目さも幸いしてか、何とか今回は誤解を解くことには成功したことを此処に記しておく。

 人数が集まったところで、ミラ一行とリア充達は早速ミーティング兼朝食を始めた。朝食は勿論、うどんである。サヌキは今朝も元気に、貴重な水資源を惜しみなく使っていた。大丈夫なのかキルディア共和国。
 イズモからの連絡によると、ついにシユウの行方が解ったのだというが、その場所が少々厄介なところらしい。場所はメアンダールからそう遠くない古びた遺跡だと言うが、詳しくは現地にて話すという。切り際にイズモはサヌキに向けて一言言った。
「うどん、気に入らないけどてめえも黙って来やがれデス」
「うどん美味しいドーン」
 毎度のことながら会話が噛み合っていないようにも聞こえるが、それは了承の返事であることは、誰もが解っていることである。
 こちらのやるべきことは決まっている。一方、アステールとレイシャの二人は、自分達も協力はしたいが、やるべきことがあるらしい。アステールは懐から数枚のカードを取りだした。それは彼らが持っているアルカナとは異なり、金貨や剣といったものが描かれている。
 彼らはマイナーアルカナの調査を続けるようだ。どうやら、マイナーアルカナという仮初の力を分け与えているのは一人ではないらしい。その辺りの調査を続け、可能ならばその存在を斃すと言ったところだという。
「あ、そうだ。出掛ける前に、お前達の装備を貸してくれよ。俺の新しい力を見せてやる」
 一体何をしようとするのか。彼のことだから、変なことはしないだろう。とりあえず信頼できる相手の為、ミラ達は各々の装備をアステールに差し出した。すると、彼は懐から針を取りだすと、自らの指先に突き刺した。
「っ……」
 チクリとする痛みに顔を歪めるアステール。彼の白い指先から、ポタポタと赤い血液が流れ出る。装備品に赤い雫が落ちると、その個所にミラ達が今までに見たことのない奇妙な紋章が現れ、淡い光を放った。
 ルーンという技術だ。エルダがかつて使っていた技術で、魔術や物品にそれに応じた特殊な文字を組み込むことで、それらの力をより大きく引き出すというものだ。彼はその技術を使い、ミラ達の装備品を丹念に強化していった。
「ところでさっきからムスッとしてるけど、うどん嫌いなの?」
 何処か様子のおかしいレイシャに対して尋ねるフィール。レイシャは何処か不機嫌そうで、ちらちらとアステールを見ては、嘆息を漏らしている。その態度は、余程鈍感な者でもない限り容易く察することのできるものであった。
「ああ、こいつはちょっぴり恥ずかしがり屋なだけだよ。色気はねえけど、結構可愛いところがあいだだだだだだだ」
 足を思い切り踏まれたためか、アステールは悲鳴を上げる。
「いえ、そんなことないわ。美味しいうどんね、ありがとう」
 何事もなかったかのように、レイシャは心配をしてくれたフィールとうどんを作ってくれたサヌキに礼を言う。
(あー、はいはい。勝手にやってなさいよ!)
 フィールは思った。バーストルビーを調達しておこう、と。

「ごちそうさまでした」
 メアンダールの水を大量に消費した後、ミラ達は出発することにした。アステールとレイシャの二人に一時の別れを告げると、知らされた場所へと向けて歩き始めた。
「やあ、君達。ちょっといいかな」
 その道中で、一人の少年が声をかけてきた。一言で言い表せば美少年である。ややウェーブのかかった金髪に、ルビーのような赤い瞳。十歳前後の出で立ちで、表情もまた未だ多くを知らぬ純粋な少年そのものである。幼いながらもバードを生業としているのか竪琴を持っており、それを奏でながら少年は言葉を続ける。
「ちょっとした警告だよ。力のある冒険者の皆さんなら大丈夫だと思うけど、だからこそ聞いてほしいんだ。怖い怖い魔族のお話さ」
 朗々と歌うかのように、竪琴の演奏をしながら、少年は更に説明を続けた。
「心をかき乱してくる魔族は珍しくない。でも、そいつは力を持つ者に特に強く反応して襲ってくるんだって。それもとてもとても卑劣なやり方、その者が持つ弱いところを抉るかのように、えげつない幻影を見せつけてくる」
 誰もが大切な物や失いたくない物を持っているが、少年曰くその魔族とやらはそれを壊すかのような幻影を見せてくるらしい。
「まあ、己の弱さに付け込まれないように、気をつけた方がいいよ」
 意味深な言葉だ。一体どういうことなのか、少年に対して聞き直そうと振りかえる。しかし、彼の姿は何処かへと消えてしまっていた。気になるところはあるが、立ち止まってはいられない。ミラ達は何かしら引っかかるモノを覚えながらも、歩みを進めた。

OPENING PHASE 9

 一行が去った後。アステールとレイシャは、一旦宿へと戻っていた。食後のちょっとした一息を過ごしたら出発するつもりだが、二人の間には何処かしら重苦しい雰囲気が漂っていた。
(やっべー、気まずい。何なんだろうな、何か会話が進まねえっつーか)
 確かに、二人の距離は縮まっていた。二人きりの時にディープキスどころか、チュロスゲームをする程までには。尤も、流石に大衆の前ではやらないようだが――
「もしかして、さっきの怒ってる?」
 朝食時にレイシャを軽くからかってしまったことを、アステールは後悔していた。どうも、昨晩辺りから彼女の機嫌が悪いような気がする。何か悪いことをしてしまったのか、それより過去にやってきたちょっとしたからかいもまずかったのだろうか――
「いえ、別に」
「そ、そうか。でもごめんな。ほら、オレ達ってなかなかバカやれないからさ、ちょっと冗談で気を紛らわせようと思って」
 いらぬ弁明だとは解っていたが、謝らずにはいられなかった。アステールの性格もあってか、無言のまま時間が流れて行くのはどうも耐えがたいものがあった。仕方がないので、何とか無理矢理話題を切り出してみることにする。
「えっとさ、これから色々あるかもしれねえけど、落ち着いたらさ」
「……」
「一緒に住もうぜ。いや、ほら、冒険者としてじゃなくてさ、庭付きの白い家を建てて、大きな犬を飼うんだ……って、やっぱそんなこと言ってられねえ……かな?」
 いきなり話をすっ飛ばしすぎでし!ほんとデリカシー無いでし!と、アステールの頭の上の水妖精シズクが、彼の頭をポカポカと叩く。彼は無言でシズクを叩き落とした。
 頭をポリポリと掻きながら俯くアステール。積極的になったとはいえ、まだまだ照れがある様子。だが、そんな彼に対し、レイシャは身を乗り出して口づけをした。
「……これが、私の答えだから」
「え、あ、あ?」
 突然の不意打ちに面食らってしまったのか、アステールは思わず黙ってしまう。レイシャもまた、恥じらいからか顔を俯かせてしまう。
 ほんとなんなんだこいつら。

「あの、ちょっとお願いあるの。少し、私に時間をくれないかしら。一週間くらいでいいから滅ぼされた故郷に足を運んでみたいの。みんなのお墓も、里を出てから手入れ出来てないから」
 アステールは此処でレイシャの過去の境遇を思い出す。こうして共に過ごしていると忘れがちだが、自分以上に重い過去を抱えているのだ。当然、許可はするつもりだ。大切なパートナーの願いだ、どうして断れようか。だが、それでお不安だった。このまま彼女を一人にしてしまっていいのか。根拠は無いが、何故か胸騒ぎがした。
「おい、だったらオレもいかせてくれよ」
「これは私の問題なの。だから、あなたはあの人達の力になってあげて」
「お前がいいたいことも解るよ。でもさ、もしものことがあったらどうすんだ」
「お願い……」
「解った。でもこれだけは約束してくれ。絶対に帰ってこい。お前がいなくなったら、オレは!」
「バカ」
 頬を赤らめて俯くレイシャ。そこには普段の凛とした色はなく、かけがえのない生涯の伴侶にだけ見せる、女の顔であった。
「悪かったな、バカで。バカだから、こんなことでしか想いを伝えらんねえんだよ」
 恥じらいからか声が震えていた。だが、そこまで彼女のことが好きでたまらなかった。アステールはお返しと言わんばかりにレイシャの顎を持ち上げると、彼女の口元に力強く接吻をする。恥じらいからか、ぴくんと身体を震わせるレイシャ。舌と舌が絡み合い、淫靡な水音が部屋の中に響き渡る。唾液と唾液が混じり合い、お互いの熱い吐息が興奮を高めていく。
 長い接吻が終わり、二人の唇が離れると、粘り気のある透明の糸を引いた。
「……いいか?」
「ん……」
 アステールの問いに、レイシャは恥じらいながらも頷いた。旅立ち前のほんのひと時。アステールはレイシャの衣服に手をかけ、ややぎこちない動きで脱がせていく。
 なお当セッションは全年齢を対象としておりますので、教育に悪い誰得で過激な描写は致しません。

MIDDLE PHASE 1

 イズモによる連絡で示された場所へと辿り着くと、そこには砂嵐の精鋭達とアマルの街の住人、
ルクスに動向を願い出たクエノン、フィールの上司であるササメ、そしてグレイの姿があった。
「よく来てくれたな。隠者の行方が解った。結論から言うと、このすぐ近くに捕らえられている」
「ならばすぐにでも行きましょう」
「待て、焦るなミラ」
 逸るミラをグレイは手で制止した。
「肝心の『隠者』だが、魔術的な空間に捕らえられているようでな」
 グレイの言葉で、ミラは夢の中で出会った女の話を思い出した。彼女の言葉とほぼ一致している。シユウの作りだした『あるかなしーかー・はいぱーいずもたん』の力によって解ったというのもあるのだろうが、今までの冒険において、彼女の言葉は助けになっていると同時に、展開が的中しているという奇妙なところがあった。
 グレイは一見何も無い、遺跡の行き止まりの壁に向けて手を翳した。すると、そこに薄らと魔法陣が現れ、黒い靄のようなものが方陣を中心に立ち込めた。どうやら、この先に隠者が囚われているという。現れた入口からは複数体の魔獣が飛び出し、その場にいる者達に襲い掛かった。しかし、魔獣達は悉く、ササメの二振りのデッキブラシにより原型を失うほどにまで叩きのめされた。
「魔物がこうして出てくるのよね。強さ自体はゴミみたいなものだけど、キリがないのよ~」
 それは貴女が強すぎるからでは?
 まるで虫を叩くかのごとく魔獣を一瞬にして絶命させたササメに対して、その場にいた誰もが心の中で突っ込まずにはいられなかった。
「あんた達が此処に入れば、シユウとやらをすぐに救えるんじゃないか? あんた達なら、俺達よりも確実に強いし」
「それがだな」
 アレックスの意見に頷きつつも、グレイは翳していた手を降ろす。すると、開いていた異空間への入口が跡形もなく消え去ってしまった。グレイ曰く、シユウが囚われている異空間の入口は非常に不安定で、それを維持し続けなければならないという。また、空間の維持にはかなりの消耗をするようで、実力者と思われる筈のグレイが短時間空間をこじ開けていただけで、額に汗を浮かべていた。
「俺だけでも維持するのが精一杯なのだ。この奇妙な機械でなんとかなるとは思ったが……」
 グレイはそう言って、ちらりと『あるかなしーかー・はいぱーいずもたん』の方を見る。
「グレイさんは触れないでクダサイ。この前もぷちいずもたんの件で大変なことになったんデス」
「あの時はすまなかった。いずれ、機械音痴は治さねばならんな」
 グレイの意外な一面が明らかになった瞬間であった。
 それはさておき。
「さて。隠者を救うための作戦を開始するが、まずは役割を決めたい」
 大まかな方針は、ササメとグレイ、そして昨晩ルクスに夜這いをかけたリムが入口を維持している間に、アルカナフォースの者達と一部の協力者達が異空間へと突入し、シユウを救いだすというものだ。内部に潜む魔獣の存在も放置できないが、コーネリアスが現れる敵を分析した結果、この場に留まる砂嵐やアマルの住人達でも充分に対応できるため、後顧の憂いは無いようだ。

「それじゃあ、久々にあたしも行くよ。罠があったら、あたしに任せて。あと、ドロップ品の選定も得意だから」
 砂嵐にて、マネージャーとして活躍するリーゼロッテ。

「私も同行させてもらおう。追撃は私に任せてくれ」
 かつてアレックスと共に暗殺組織に属しており、今は砂嵐の一員となっているダイチ。

「俺も協力させてもらうぞ。あ、力仕事は勘弁してくれよ。見た目の通り華奢で繊細なんだ」
 ヴォルトがかつてパーティを組んでいたという強面吟遊詩人クエノン。

「そんじゃ、俺も一肌脱ぎますかね。美味しい美味しい焼きそばを皆に振舞ってあげよう」
 鉄板とコテが似合う魔族ユージェン。

「シユウさんにはお世話になったしね。何処まで力になれるか解らないけど、ボク達も協力するよ」
「漢カワサキ」
 移動魔術を得意とする、アマルの街の配達員バンバン&カブ。

「おい、うどん。不本意デスガ、ご主人サマを救うためデス。てめえに協力してやるデス」
 そば。

 かなりの大所帯となったメンツを見て、グレイは申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまないな。俺の戦いに、あまり多くの者を巻き込みたくは無かった。不甲斐ない俺を許してほしい」
「あらあら、そう言うこといったら皆に失礼よ~? だって、もう皆覚悟は決めているんでしょう」
 空間から現れる中位魔族の群れを消し炭にしながら、ササメはミラ達に尋ねた。その問いに対して、愚問と言わんばかりにミラ達は頷く。一度アルカナに関わってから、過酷な戦いには何度も身を置いてきたのだ。今更考えは変わらない。不退転の決意を以て、ミラ達は異空間の入口へと足を踏み入れた。

MIDDLE PHASE 2

 身体が鉛のように重い。無数の魔獣や中位魔族を撃ち殺してきたが、やはり数が多すぎた。戦いの中で気を失っていたようだ。混濁した意識が少しずつ回復していく。五感は失われていないことから、どうやらまだ生きてはいるようだ。だが、様子がおかしい。
「くぅっ、これは……!?」
 シユウは自分の身体が何者かによって捕らえられていることを悟る。ぬめりを帯びた気色の悪い感覚が肌を舐め回している。四肢には毒々しい色を帯びた触手が巻きついており、目前にもまるで彼を品定めするかのように、複数の触手がしゅるしゅると不規則な動きを見せている。
 彼は触手を引き千切ろうとするも触手は彼の四肢をがっちりと拘束している故に無駄な抵抗でしかなく、全く意味をなさない。体力を消耗していたというのもあるのだが、触手に拘束者の抵抗力を弱める作用がある影響なのか、力が全く入らないのだ。
「あらあらあら、お目覚めかしら錬金術師さん」
 シユウの視界に入ってきたのは、一人の女の姿だった。一言で言い表せば美女だ。病的なまでに妖しさを帯びた青白い肌に、毒々しくも気高さを孕む紫色の頭髪。人ならざる者の異質の美しさがそこにはあった。だが、美しさの中にはおぞましい何かが潜んでいるのをシユウは見逃さなかった。そうだ、忘れるはずもない。この女こそ、自分の師を惨殺し弄んだ敵だ。彼は女帝――ヴェレーナに対し、憎悪の視線を向ける。
 しかし、彼の視線すらも気にした様子もなく、自らの指を舐めまわしながら、女帝は愉しげにシユウを見上げる。
「良い眺めねえ。見ているだけでゾクゾクしちゃう。ほんと間抜けよねえ、仇討ちのつもりで乗り込んだのに、こんなになっちゃうなんて」
「てめえ……!」
 触手により動けぬ我が身の情けなさが腹立たしい。やり場のない苛立ちを覚えながらも、シユウは仇敵に弱みを見せまいと己を強く保とうとする。
「あの素敵な幻影はどうだったかしら? 心を込めた私のおもてなしよ」
「くっ……!! 最低だな。悪趣味なモノ見せやがって……」
 挑発するような口調のヴェレーナに対し、シユウは悪態づく。
 この空間に入った時だ。この女帝の力によるものなのかは解らないのだが――、シユウはかつて自分が師匠と共にフィールドワークに赴いていた時、女帝ヴェレーナの襲撃により師匠を惨殺された時の記憶を掘り出され、その幻影を見せつけられた。それなりの年月が経過しているとはいえ、それは彼の心の闇を表に出すことで、精神的な苦痛をシユウへと与えていた。すぐに幻影だと気付くことは出来たが、トラウマを掘り起こされたことによる動揺は決して小さなものではなかった。
「この性根の腐りきったゲスが……!」
「ゲスですって? もう、最高の誉め言葉よ! ねえ、もっと聞かせてくれないかしら? 貴方の無念そうな叫び。ああっ、聞いているだけでイッちゃうわ」
 抵抗できない状態の憎々しげな表情さえも、ヴェレーナにとっては自身の悦びのひとつに過ぎないのだ。本来、魔族は人間の負の感情を好むと云うが、特にこのヴェレーナという女魔族にはそれがより顕著に表れていた。他者の苦しむ様を見るだけで、ヴェレーナは何かを感じてしまう。特に、信頼し合う者同士が傷つけ合っている様を見た時は、エクスタシーにも似た感覚で、思わずイッてしまう。
 外道にして嗜虐的。それが、このヴェレーナという女魔族の性質だった。だから、自らが捕らえている人間が強い意志で抗っていると、より痛めつけたくなるのだ。ヴェレーナはシユウをより痛めつけ、そして堕とすために、彼を責める為の触手の数を一気に増加させる。
「くっ、なん……だ……これ、ぅぁあ……あぁっ」
 触手はシユウの胸部を撫でるかのように、じゅるじゅると淫らな音を立てながら蹂躙を始めた。無数の触手はシユウの上衣を肌蹴させ、露わになった身体を休む間もなく穢していく。苦痛とも不快感とも言えぬ奇妙な感覚に、思わず声が出てしまう。いっそのこと、このまま身を委ねてしまいたい。そんな考えが一瞬彼の脳裏を過る。
「うふふ、随分と良い声じゃない? どうかしら、男の身で、こうやって全身を弄られる気分は」
「最低の……っん、気分……ぐぅ……だな……うぅっ」
 抵抗しようとするも、艶かしい吐息が漏れてしまう。それだけではない。どういうわけか、時運の意思と反するかのように、触手が身体を這うたびに身体がビクビクと痙攣をするようになってきた。
「うぅっ……俺は……絶対に……てめえなんかに……ぅぁ……ぐっ!?」
 意思を強く保とうとするシユウに対し、一部の触手からドロドロとした液が放たれる。白濁色のそれは脈動するかのように、びゅるびゅると彼の身体を汚していく。白濁液の生温い感触とそれが放つ刺激臭に、シユウは一瞬意識が遠のきそうになる。
「結構頑張るのねえ。こんなドロドロの汁塗れになっちゃって……。素敵よ、錬金術師さん」
 まだ本気を出していないのか。女帝は余裕に満ちた表情で、白濁液に塗れたシユウの姿を見る。
「俺は……まだ……」
 シユウは息を荒げながらも、淫らな動きを見せる触手に対して抵抗をしようとする。だが、自分でも少しずつ余裕が失われていくのが解る。もし、此処から女帝が本気を出したら自分はどうなってしまうのか。この無数の触手により、肉体を汚され、精神を破壊されてしまうかもしれない。想像するだけで背筋が凍りつくかのような感覚に見舞われる。
「あら。そんなこと言ってるけど、身体は正直みたいよ。ほら、こんなに喜んじゃって」
 追い打ちをかけるかのように、シユウの太股を触手が這い上がり、下腹部へと到達する。突然の責めに、シユウは身体を大きく痙攣させる。一瞬ではあるが、性的快楽にも似た感覚を覚えてしまったことを、脳内で否定する。
 絶対にこのまま委ねてはならない。気を強く保とうとするが、シユウは段々と自分の身体の感覚が失われ、堕ちそうになっていくことに気付く。露わになった上半身は触手より分泌された粘液に塗れ、顔面から胸元に多くかけられた白濁液の臭気が、シユウの意識をより遠ざけ始める。
 しかし、此処で堕としてしまうのは面白くない。そう言わんばかりに、ヴェレーナは一際太い触手を出現させる。それはまるで蛇が鎌首を擡げるかのようにシユウの眼前へと迫り――
「ぐぶぅっ!?」
 容赦なくシユウの口へと入り込んでいく。噛み千切ろうとしてもまるで歯が立たず、喉の奥への侵入を許してしまう。呼吸さえままならない状況になり、シユウは苦痛に顔を歪める。
「あらあらあら、苦しそうねえ。ちょっと間抜けな絵面だけど……いいわよ、その表情。もっとつらそうな顔を見せて。それで、私をイかせてぇっ……!」
 指を咥え、太股を擦り合わせつつ、女帝はシユウの体内の蹂躙も始めた。青白い肌を仄かに紅潮させ、恍惚とした表情を見せながら、とどめと言わんばかりに、ヴェレーナは触手の数を増やしていく。
「がぁっ……ぐ……っ……はぁっ……」
 何とか空気を取り入れることに精一杯の為、身体を這う触手が齎す快楽への抵抗が疎かになっていく。内部でも粘液をぶちまけられたのか、口元からはだらだらと白濁液が流れ出ている。その様は何処か煽情的でもあった。ヴェレーナは艶かしい吐息を漏らしながら、更にシユウの凌辱を続けて行く。
(すまない……俺はもう……ダメだ……)
 早くこの屈辱的な敗北から解放されたかった。それで、少しでも気が楽になるのであれば――
 身体の外側だけではなく、体内まで蹂躙され、シユウの精神状態は既に限界であった。もう、全てを委ねてしまった方が楽になれるのかもしれない。堕ちまいと必死に抗うシユウだったが、無情にも彼の意識は、快楽という本能のままに遠のいていった。

 多分セーフ。

MIDDLE PHASE 3

 空間に足を踏み入れるや否や、同行していた筈の者達の気配が途切れる。それと同時に、明らかに敵意のある存在がミラ達の前に立ちはだかった。襲い掛かってきたのは、不定形の黒い影としか形容の出来ない存在であった。供として連れているパイモンやセイレーンと比較すると、明らかに異質である。
 対峙するや否や、正体不明の影は、耳障りな旋律を奏で始めた。呪歌に酷似したそれは、ミラ達に重圧を与えてくる。だが、音波による衝撃波を含んだそれはルクスにより庇われ、彼もまた持ち前の気力で重圧を打ち消す。音波によるダメージも然したるものではなく、フィールが展開した魔術障壁により完全に無効化された。
 コーネリアスは敵の特徴を分析しようとするも、それは叶わなかった。敵の識別に長ける彼でさえも不可解な敵というより、この敵自体が「正体不明」であり、如何なる存在であるかを知ること自体を否定しているのだ。知力に優れた彼でさえ識別不能な敵に対しミラ達は不安を覚えるが、此処で退くわけにはいかない。
 正体不明の影は魔力で痛覚を直接的に刺激するという、シャーマンの呪術にも似た攻撃を行ってくる。あらゆる防御を貫く忌むべき白昼夢は、痛覚だけではなく、一行の心の奥を引っ掻き回すかの如く襲い掛かった。直接的な打撃こそ然したるものではないが、過去のトラウマなどを直接刺激する攻撃。実に卑劣で忌々しい戦い方だ。
 しかし、多くの修羅場を乗り越えてきたミラ達にとって、正体不明の影は敵ではなかった。確かに規格外の存在ではあるが、彼女達の攻撃は着実に正体不明の影を傷つけていった。異様なまでの回避能力と再生能力を持っていたとはいえ、確固たる決意を乗せたミラの双刃は確実に闇を捕らえ、それを斬り払うたびに蓄積されていった一行のトラウマは打ち払われていった。
 この程度の妨害では、私達は止められない――
 うどん、ルクス、アレックスが取り巻きのセイレーンとパイモンを倒している間に、ミラは再生能力が弱り切っていた正体不明の影を、二つの刃で切り裂いた。

 刃が影を完全に消し去ると、それと同時に辺りで何かが砕けたかのような感覚に見舞われる。すると、そこには先程気配を絶った同行者達の姿があった。彼らには異変がないようで、何かに襲われたというような様子もない。どうやら、先程の影は、特殊な力を持つ者達にのみ襲い掛かってきたようだ。
 正体も気になるところだが、今は詮索をしている時ではない。一刻も早く、『隠者』を救出せねばならない。そのためには、この異空間を着実に踏破していく必要があるだろう。そのために、これだけの大所帯で来たのだ。
 だが、当然敵もタダでは通してくれないらしい。何が何でも、こちらの心の弱いところを抉り出したいらしい。直接的に手を下すわけでなく、このような卑劣な手段を取っている辺り、器が知れている。どんな幻だろうと、必ず乗り越えて見せようじゃないか。


MIDDLE PHASE 4

 敵は早速、幻影を見せつけてきた。幻影だとは解っているが、妙なリアリティがある。まるで、近い将来にそれが起きるかのような、あるいは過去にそのようなことがあったかのような、そのような奇妙な現実感を孕んで、一行へと襲いかかってきた。

※個別の幻影シーンについて
 GMの文章力及び表現力が色々と乙っているため、皆さんの満足いくように描写できていない可能性が高いですが何卒ご了承くださいませ。


Q.あなたにとって、失いたくないモノは何ですか?

  • ミラの場合
A.今いる場所
 ミラにとって、今の居場所『砂嵐』やアルカナフォースは、とても居心地の良いものであった。身寄りのない自分を引き取ってくれたグレイには感謝しているし、多くのイケメン達に囲まれ、個性的な仲間達とは楽しく過ごせている。
 何気ない、一介の冒険者としては当り前のような日常。傍から見れば、何でもない平凡なものに見えるかもしれない。それでも、そんな平凡で何気ないからこそ、その中で小さな幸せを見つけていくことが楽しいのだ。当り前の日常。これがいつまでも続けばいい。ミラはそんな風に思っていた。

 だが、それは何の前触れもなく、突然終わりを告げた。

「……これは一体」
 此処が何処なのかは解らない。だが、大きな戦いがあったというのだけは解る。周囲の建造物は打ち壊されており、至る所から火の手が上がっている。
 血まみれになって倒れている、『砂嵐』の者達。その殆どが、最早動かぬ肉塊と化している。誰もが何かに恐怖、あるいは絶望を覚えたかのような表情をしており、気のせいなのだろうか、それがミラへと向けられている。
 それだけではない。
「ミラ姉さん、何で」
「説明してくれ、ミラ」
「嘘だろ、ミラ」
「どういうことなんですか、ミラさん」
「ミラと一緒にうどんをもっと食べたかったドーン……」
 アルカナフォースの者達もまた、瀕死で地に倒れながらもミラへと視線を向けている。そこにはかつての友好的なものはなく、ただ裏切り者へ対する疑問や絶望といったものしか見られない。
「違う、私は……」
 否定しようとするも、誰もそれに答えようとはしない。ミラへと怨嗟の声を上げていた者たちは既に事切れていた。
 何が起こっているのか解らない。何故このようなことになっているのか。誰かいないのか。ミラは取り乱しそうになりながらも辺りを探索する。
 暫く走り回っていると、背後から声をかけられる。
「何故……だ……ミラ……」
 そこには、全身から血を流しているグレイの姿があった。最早瀕死の状態で、やっとのことで立っていると有様だった。そして、彼の背後には――
「クスクス……」
 ミラと何処か似ている姿の少女の姿があった。まるでこの地獄のような状況を楽しんでいるのか、クスクスと笑い声を漏らしている。少女の全身は血に汚れており、特に両手からは夥しい量の血が滴っている。それが、彼女自身のものではないことはすぐに解った。
 常人ならば、彼女を前に茫然としていただろう。だが、ミラはすぐにこれが幻だということを思い出し、自身に似た少女へと斬りかかっていた。
「悪趣味な幻影ね……」
 ミラの刃が少女を斬ると同時に、地獄のような光景は一瞬にして霧散した。だが、依然として幻影は続いているようで、先程までの何気ない日常が取り戻されていた。
 そうだ。これこそが自分の居場所だ。これを失わないためにも、立ち止まるワケにはいかない。

  • フィールの場合
A.自分自身の存在
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