9.  原告・第4準備書面


   平成20年(ワ)第77号事件
   京都地方裁判所
   第2民事部合議3C係 御 中

   原告ら   開地区自治連合会外10名
   被 告   宇治市

原告ら第4準備書面

   上記当事者間の頭書事件について、原告らは、以下のとおり、準備する。

   平成21年1月21日
   上記原告ら代理人
   弁護士  湯   川   二   郎
   弁護士  山   口       智

第1.原告らの地位 
   1.日本国際航空工業(昭和16年設立)は、会社設立と同時に、開簡易水道事業の経営を始め、その簡易水道を中心として会社設立の翌昭和17年以降順次社宅を建設して、同社宅(原告らの一部が居住する開町の社宅は昭和17年に完成した。)に開簡易水道の水を供給するようになった。このように開の社宅は開の水があるからこそ、そこに社宅が建てられたものであって、住居と開の水は一体のものであった。
   2 日本国際航空工業は、その後、日国工業株式会社(昭和21年)、新日国工業株式会社(昭和24年)、日産車体工機株式会社(昭和37年)、日産車体株式会社(昭和46年)と事業承継・商号変更を繰り返したが、開簡易水道事業を継続して経営してきた(別紙 日産車体の歴史)。その間(昭和36年の簡易水道事業廃止申請時までに)、開簡易水道事業の給水区域は、同社の社宅のみならず、その後新たに開発された開町、開ケ丘、一里丘の住宅地へと拡大されてきたものである。日産車体の社宅としてではなく開発された住宅地においては、宇治市水(府営水)が供給されても良かったのに、住民は開簡易水道の給水を受けることを選択した。
   3 そして、昭和53年に、宇治市、日産車体及び開自治会の合意によって、開簡易水道の給水区域に対する給水は、日産車体に代わり宇治市が、開浄水場を再度整備し直して、開の地下水を水源として給水することとなった。
   4 原告らの中には、①日本国際航空工業の従業員又はその家族・親戚としてその社宅(開町)に居住してきた者、②その社宅を買い受けて転居してきた者、③昭和40年代に開発された開ケ丘、一里丘の住宅地を購入して転居してきた者がいるところ、そのいずれのグループに属する原告も、昭和53年以前から開簡易水道から給水を受けてきたものであって、昭和53年に本件覚書(甲1)が締結された後に同覚書に基づいて開浄水施設から給水を受けてきたものである(別紙 開浄水場の水(開の水)飲用時期等について)。
   5 したがって、原告らは、開簡易水道事業の経緯及び本件覚書を自己の法律上の利益を基礎づける事実として主張しうる地位にある。
   被告の認否は甚だ漠然としており、以上の事実経過を正確に認識しているのかどうか甚だ曖昧であるので、以上の事実につき再度詳細に認否されたい。

第2.個人原告らに、①府営水=府営宇治浄水場からの水ではなく開浄水場からの水を、②府営水=天ヶ瀬ダム水ではなく井戸水を、③府営水=府営水道購入水ではなく現在飲んでいる水質の水を受ける権利を認めることは水道法・地方公営企業法に反するか  
   被告は、住民らの希望に応じて水源や水質の選択を認めることは地方公営企業法及び水道法の定める水道事業の性質と相容れない旨主張する。
   しかしながら、まず第一に原告らは、自分たちの希望で、現在給水を受けている水に代えて、それとは異なる水源や水質の選択を認めるように水道事業者に対して請求しているものではない。現在給水されている水源や水質の水を引き続き供給するように請求しているにすぎないから、水道事業者に対して過度の負担をかけるものではない。
   第二に、原告らは、①開浄水場からの水を府営水=府営宇治浄水場からの水に、②井戸水を府営水=天ヶ瀬ダム水に、又は③現在飲んでいる水質の水を府営水=府営水道購入水に切り替えることを絶対に拒否しているものではない。合理的な理由(たとえば、開浄水場の水源が枯渇した場合、開浄水場の維持管理に多額の費用を要する場合等)があるときは、給水の水源や水質を変更することを認めるものである。ところが、開浄水場の休止には合理的な理由がないとして原告らはその差止めを求めているのである。したがって、原告らの権利を認めることが公営企業としての経済性を発揮しつつ常時水を供給しなければならない水道事業と相容れないということはあり得ない。
   第三に、原告らの権利を認めたとしても、水道事業者の水源や浄水方法等の選択の裁量を否定することにはならない。逆に、水道事業者に水源や浄水方法等の選択の裁量を認めたとしても、水道事業者は自由に水源や浄水方法を変更できるものではなく(自由裁量の否定)、その裁量権行使には合理的な制限があるのであって、合理的な理由に基づいて変更するものでなければ、裁量の逸脱濫用に当たり違法となる。被告は「水道事業は地方公営企業法の適用を受けるから水道事業の効率的経済的な観点からの見直しは当然にあり得るものである(命題1)から、本県浄水場で浄水された水の供給を受ける権利を観念することはできない(命題2)」旨主張するが、原告らは命題1を否定するものではない。命題1から命題2は導けない、命題1と命題2は両立すると主張しているのである。すなわち、効率的経済的な観点に照らして合理的ではない水道事業の見直しは地方公営企業法に反するものであり、原告らはそのような裁量を逸脱濫用して違法な水道事業の見直しの差止めを請求する権利があると主張しているものである。原告らは、水道事業者に対して合理的な裁量権の行使を請求しているにすぎない。
   第四に、水道法は、全国的に様々な水事情(水量や水質)がある中で水道事業として最低限必要な枠組・レベルを定めた法律であって*1 、水道事業としての枠組・レベルに反することのない限り、給水契約の目的を水道水質基準に適合する水を常時供給することに加えてそれ以上の水質の水を供給することとすることは何ら水道法に反するものではない(小早川光郎・行政法(上)・弘文堂260頁)*2 。

*1宇治市水道事業中長期整備計画によれは、「全国的に全ての水道が達成すべきナショナルミニマム」である(甲3号証19頁)。それに対して、宇治市水道事業の基本理念は「宇治市住民のニーズに応じた多様な水準のシビル・ミニマム(ローカル・スタンダード)を達成すること」にある。
*2小早川は、「行政機関と関係者との間に成立した合意がその内容において、又は当該事項の処理方式ないし手続において、関連する立法の趣旨に抵触する場合は契約としての拘束力を生じ得ない。それ以外の場合にあっては、、行政機関と関係者との間の合意の効力の拘束力を排除する趣旨が関連の立法から導かれない以上は契約は行政機関を拘束し、行政機関が合意によって負担した義務を履行しないときは民事手続による履行強制が原則として認められるべきである」とする。なお、小早川は「給付作用における受益者の権利義務についての立法の規定は多くの場合、合意によって別段の定めをすることができないという意味で強行規定たる性質を持ち、それに反する合意には拘束力は認められない」とする。

   第五に、給水契約は給付行政の実現手法であるところ、需用者に対して効率的に良質のサービスを提供することを目的とするものであって、合理的な理由もなくそのサービス水準を低下させることは背理である。原告らはこれを求めているにすぎない。
   第六に、そもそも水道法は、国民生活に不可欠の水の供給サービスを、市町村の経営する水道事業として、市町村と国民との契約方式によることにしたのであって、法律が一律に給水契約の内容を定める方式や行政処分の方式を採用しなかった。加えて、水道法14条2項4号は、特定の者に対する不当な差別的取扱いを禁じているのであって、合理的な差別的取扱いは何ら法の禁ずるところではない。これまで述べてきたような開地区が宇治市水道給水区域に編入されることとなった歴史的地域事情に照らすならば、開浄水場の給水区域にある原告らが同浄水場からの給水の継続を求めることは何ら不当な差別的取扱いとなるものではない。
   第七に、被告は地方公共団体であり、憲法及び法令の規制に服しなければならない。地方公共団体が水道事業を行うに当たって、これを行政処分の方式で行うか契約方式によるかは立法政策の問題であって、水道法はこれを契約方式によることと定めた。仮に住民に対する給水事業が行政処分の方式によって行われるならば、本件浄水場の休止処分は抗告訴訟としてその取消訴訟や差止めの訴えの対象となるべきものである。それが認められるかどうかは、休止処分に裁量の逸脱濫用があって違法となるかどうかによって決される。ならば、契約方式による場合であっても、浄水場の休止による給水契約の変更に対しては民事訴訟が提起できるべきである。原告らの被保全権利を認めないということは、民事訴訟の余地を認めないということであって、不当という他はない。
よって、以上のいずれの見地に照らしても、給水契約の内容として原告らの権利を認めることは地方公営企業法及び水道法の定める水道事業の性質と相容れないものではない。

第3.裁量権の濫用について(予備的主張)
   1. 原告らは、これまで主張してきたとおり、原告ら開地区の住民は、被告より一般的な「水」の供給を受ける権利を有しているというだけに留まらず、「開浄水場からの水」又は「地下水」の供給を受ける権利を有しているのであるが、この入口論争を続けることは甚だ不毛な争いである。仮に、被告が原告らに対して負う債務の目的が一般的な「水」を供給する義務に過ぎないとしても、被告は何の制約も無しに自由に、地下水を水源とする開浄水場の水の供給に代えて、府営水の供給へ変更することが許されるものではないからである。地下水から府営水への切替に何らの合理性もないときは、かかる給水の切替は水道事業者の裁量を逸脱して著しく不合理であるから到底許されるものではない。
   2.すなわち、上述のとおり、被告のような水道事業者に、「特定の水」の供給をすべき義務はないと仮定した場合、いかなる水源の水をどのような方法で供給するかは水道事業者の裁量に委ねられていると一応言える。しかし、その裁量も無制限に認められるわけではなく、これまで供給してきた水と比較して水質の劣る水を供給するときは、需用者にその不利益を負担させるだけの、それを上回る必要性・合理性が必要である。水道事業が需用者から対価を得て行う公営企業であることに鑑みれば、サービスの低下はその甘受を強いるだけの合理性正当性が必要であると言うべきである。そして、その合理性正当性は、水道事業者によって十分に需要者に対して説明がなされなければならない(説明責任)。ところが、給水の変更にかかる合理性正当性がないとき(説明責任の履行のないときを含む)は、それはまさしく水道事業者の債務不履行であるから、需用者はその給水の変更を拒否する権利を有すると言うべきである。
   原告ら準備書面(平成20年7月15日)においても主張したが、宇治市水道事業中・長期整備計画(甲3)の冒頭1頁にも引用されているとおり、同計画は、厚生省の水道基本問題検討会報告「21世紀における水道及び水道行政のあり方」(平成11年)を踏まえたものとなっている。すなわち、同報告は、基本的視点として①需要者の視点、②自己責任原則、③健全な水環境を掲げ、水道行政のあり方として、全国的に全ての水道が達成すべき「ナショナル・ミニマム」に加えて、それぞれの地域ごとに需要者のニーズに応じた多様な水準の「シビル・ミニマム(ローカル・スタンダード)」を設定し、その達成へ行政が主導し牽引していく時代から、需要者である国民との対話を通じ、水道事業者が自らの意志と努力で方向を決めていく時代にふさわしい関係者の役割分担等を示し、具体的には、「安全に飲用できる水の供給を全ての水道で維持しつつ、需要者の選択に応じたおいしく飲用できる水の供給」ができるようにすることが水道事業者の役割として示した(甲20)。
   このように、どの水を供給すべきかという点における被告の裁量権は、上記宇治市水道事業中・長期計画から導かれる被告の役割に従って行使されるべきものといえる。すなわち、「安全に飲用できる水の供給を全ての水道で維持しつつ、需要者の選択に応じたおいしく飲用できる水の供給」を行えるように被告はどの水を供給すべきかについての裁量権を行使すべきなのである。
   3.本件の場合、①原告らが戦前から現在に至るまでの間、開水道施設によって地下水の供給を長年にわたって受けてきたという歴史的事実、②被告も個人原告らを含む住民による開簡易水道存続の強い要望を受けて、当初の市水道(府営水)への切替えの方針を撤回して、地下水の供給を継続するために市長斡旋案を示し、市議会もこれに応えて開簡易水道存続に関する請願を採択し、開浄水場建設のための予算を承認するなどして、原告ら住民に対して地下水(井戸水)を供給する約束を原告ら住民に対して果たしてきたということ、そして、③この三者三様の斡旋案をこれまで各自が履行してきた結果として、被告より原告らに対してこれまで長年にわたって地下水の供給が行われ、現在に至っているということといった歴史的事実からすれば、開簡易水道からの水の供給を行うことが「需要者の選択に応じたおいしく飲用できる水の供給」といえ、被告として役割を果たしたと言えるのである。逆に、開簡易水道からの水の供給を休止し、府営水へと切り替えることは、上記役割によって画される被告の裁量権の範囲を逸脱したものと言え、開浄水の水質が著しく悪化したりその水源が枯渇したなど、給水方法・水源を切り替えることに合理性正当性がない限り、違法と言うべきである。そして、本件では開浄水場を休止し、府営水へ切り替えるべき合理的理由がないことはこれまで主張してきたことである。
   従って、被告が行おうとしている府営水への切り替えは、被告の裁量権を逸脱したものとして違法と言うべきなのである。
   したがって、仮に被告の主張を前提としても、被告が開浄水場を休止(廃止)して府営水に切り替えなければならない合理性正当性があるのかどうかを本訴において速やかに審理されるべきである。
以 上

10. 原告・第5準備書面


   平成20年(ワ)第77号事件
   京都地方裁判所
   第2民事部合議3C係 御 中

   原告ら   開地区自治連合会外10名
   被 告   宇治市

原告ら第5準備書面

   上記当事者間の頭書事件について、原告らは、以下のとおり、準備する。

   平成21年3月4日
   上記原告ら代理人
   弁護士  湯   川   二   郎
   弁護士  山   口       智

第1 裁判所からの求釈明に対して
 前回、裁判所から「裁量の濫用というからには、その基本となる権利が必要なのではないか」との釈明を求められたので、以下に釈明する。
 原告らは、主位的に、「開浄水場で浄水された水の供給を受ける権利」があることに基づいて、被告の「休止決定」には何ら正当性はなく、裁量の問題としても裁量の逸脱濫用があることを主張するものである。
 しかし、それに加えて、原告らは給水契約の当事者として、水道事業者たる被告に対して、これまで歴史的に供給されてきた水源や浄水方法に基づく水の供給を合理的な理由なく府営水に変更されないよう請求する権利、すなわち瑕疵なき裁量権の行使を請求する権利があると予備的に主張するものである。
 被告は、「そもそも原告ら主張の権利が認められない以上、本件浄水場の休止が合理的裁量の範囲内であるかどうかを論じる余地はない」旨主張するが、原告らは、契約当事者として合理的な裁量権の行使を請求する権利があると考える。

第2 原告らの主張
原告らには、「開浄水場で浄水された水の供給を受ける権利」がある。それは、これまで原告らが繰り返し主張してきた、原告らと被告との間で歴史的に形成されてきた本件特有の特殊な給水契約に基づき認められる権利である 。この点で、そもそも給水契約は「需要家台帳または給水装置使用開始届によって成立する」もので、「覚書や市長の発言をもって給水契約が成立するものではない」とか、原告らにはもともと「特定の水の供給を受ける権利」などあり得ない旨の被告の主張は全くの筋違いである。原告らは一般的な給水契約における権利義務を論じているのではなく、原告らと被告との間に歴史的に形成されてきた本件特有の特殊な給水契約における権利義務を論じているのである。
そして、被告が主張する開浄水場休止決定の根拠は、いずれも事実に反し、あるいは十分な合理性を有さず、原告らとの給水契約の変更を正当化する事由に該当しないものである。これもこれまで詳述してきたとおりである。

第3 裁量論~「休止決定」には裁量の逸脱濫用があること
1. これに対して、被告は、いかなる水を供給するかは水道事業者の裁量であって、法律上何らの制限はない旨主張して議論をすり替えようとする。しかし、この論理が妥当するのは、せいぜい一般的な給水契約においてであって、本件のような歴史的経緯を踏まえて形成されてきた本件特有の特殊な給水契約には全く妥当し得ない。被告の主張は、開地区における水道の歴史、本件給水契約の特殊性をことさらに無視した論理のすり替え以外の何者でもない。
2. ところで、被告が強調する「裁量」という概念は、歴史的には「行政権の固有の権限」と観念され、行政機関(行政庁)の「裁量処分」に対しては裁判所の審査が排除されてきた(「裁量不審理原則」)。しかし、現行行政事件訴訟法は、このような旧憲法的観念・原則は否定した。しかし、なお、「行政庁の裁量処分については裁量権の範囲を超え、又はその濫用があった場合に限り裁判所はその処分を取り消すことができる」(行訴法30条)として、司法審査に一定の制約を課している。
現代行政における「裁量」領域の拡大の下で、「裁判所は、一方において行政行為における判断過程〔事実認定、事実認定の構成要件への当てはめ(要件の認定)、手続の選択、行為の選択、時の選択〕のそれぞれについて行政庁の一定限度の裁量を認めると同時に、〔その統制を〕なんらかの方法で図ろう」としてきた。その「一般的方式」が「裁量権の逸脱・濫用の統制」であった(塩野宏「行政法Ⅰ〔第四版〕」114頁、121頁以下 有斐閣2005年)。
まずは、行政機関が行った判断それ自体を対象として、それが事実に基づいてなされたかどうか、根拠法規の目的や平等原則、比例原則など法の一般原則に抵触していないかなどが主として審査されてきた。(塩野前掲書121頁以下、室井・芝池・浜川編「コンメンタール行政法Ⅱ 行政事件訴訟法・国家賠償法」323頁以下等)。
裁判所の「審査密度」を向上させる試みは、さらに行政決定の公正さを担保すべく手続や判断過程へのより立ち入った審査へと展開してきている(塩野前掲書127頁以下、前掲「コンメンタール」326頁以下、芝池・小早川・宇賀編「行政法の争点〔第3版〕」116頁以下等)。
3. このような「裁量権の逸脱と濫用の統制」論は、従来、ほとんど行政行為ないし行政処分をめぐって論じられてきたものであった。行政行為中心の伝統的行政法学は、行政の非権力的行為形式については、ほとんど留意してこなかったからである。
 しかし、法令によっては一義的に拘束され尽くしていない結果としての「行政機関の判断の余地」たる「行政裁量」は、行政行為以外の行為形式においても多様に存在している・このことは、今日では、既に「常識」となっている(芝池義一「行政法総論第4版」68頁以下 有斐閣2001年、塩野前掲書112頁等)。
4. 国や地方公共団体のなどの行政主体が私人あるいは他の行政主体との間において締結する契約(行政契約)についても、近時、「裁量権の逸脱・濫用」が問われ始めている(高松高判平12.9.28判例時報1751.81、最判平16.7.13民集58.5.1368等)。
 この手法については、一般的に、「公正さの確保」のため「民法上の契約法理の修正など適宜その補正」が「立法論および解釈論において必要」とされている(塩野前掲書175頁)。
5. ところで、被告の主張する「裁量」論は、いまだその根拠や内容が定かではない。せいぜいのところ、水道法が特に規定を置いていないから、水道事業者がいかなる水源からいかなる水を供給するかは、水道法の定める水質に関する規制を除いて自由である、ということに尽きるものと思われる。
たしかに水道法は、水源に関して特に規定していない。したがって、水道法のレベルにおいて、給水契約一般について論じるのであれば、被告の主張もあながち失当とは言えないであろう。
しかし、原告は給水契約一般を論じているのではなく、原告らと被告との間で歴史的に形成されてきた本件特有の特殊な給水契約について論じているのであり、かかる特殊な給水契約の変更事由としては全く筋違いの主張であって、まさしく失当と言わなければならない。
このことを再確認した上で、被告の主張につきなお何らかの正当性があるのかを検討しておくこととする。
(1) 被告は、まず「休止決定こそが地方公営企業法に適合する」と主張するので、地方公営企業法に照らして「休止決定」に合理性があるのか検討する。
これまでにも述べたとおり、給水単価は明らかに府営水よりも地下水の方が安いのである 。このことは、他ならぬ被告自らが作成・決定した「中長期整備計画」(平成14年3月)においても明確に指摘されているところである(「概要版」16頁)。高い府営水を必要以上に購入した上で「府営水に余裕がある」からといってこれに切り替えることは「経営の基本原則」として「経済性」を強く要求する地方公営企業法3条にむしろ違反するものであって違法である。
(2) 被告は、「施設の老朽化」も「休止決定」の一つの理由とする。しかし、「施設の老朽化」は、「中長期整備計画」においても全く問題とされていない。それどころか、被告は平成18年度予算に計上して開浄水場のために購入した取水ポンプですら、開浄水場には使用せずに他に流用までしているのであるから、開浄水場の「施設の老朽化」を口実とすることは禁反言則に反すると言うべきである。また、施設の更新費用の主張についても、極めて曖昧で恣意性が高い。このように被告の主張は、事実誤認どころか、故意に虚偽の事実を主張するものであって、到底許されるものではない。
(3) 被告の「休止決定」の当初よりの理由とされてきた「水質の悪化」も全く事実に反するものである。これもまた、「府営水への切替え」という政治目的のために遮二無二事実をねじ曲げる悪意に満ちた主張と断じざるを得ない。現に平成18年12月市議会建設水道常任委員会での審議(甲36)をはじめ、平成20年度宇治市議会の予算審議の過程で、この「情報」操作は、決定的とも言える影響を与えたものである。
(4) 開浄水場の「休止決定」は、被告自らが作成・決定した「中長期整備計画」をも無視したものであり、合理性は全くない。
同計画は、「今後の水道をどのように考え、どう行動していくかということを将来の水道局員に伝承するとともに、水道の姿を市民や議会などに対し、理解と協力を求めるためにも必要不可欠である」との「理念」のもとに、「目標年次、給水量等の基本事項を決定し、水道事業の将来に向けた『新たな目標』を設定」したものである(同計画『概要版』1頁)。
この「計画」では、開浄水場について「施設管理は比較的良好であるが、機械・電気設備においては法定耐用年数を超過している可能性もあるため、機能診断調査を実施する」と明記されている(同18頁)。しかし、「機能診断調査」は未だ実施すらされていない。
(5) ところで、行政の合理性・計画性を確保する上で、「行政計画」の果たす機能は極めて重要である。「今日、行政計画を重視する必要があるのは、それがもはや純粋に〔行政〕内部的なものではなく、公表され、国民に対する一定の法効果を有したり、あるいは説得・誘導等の事実上の力を及ぼすことが少なくないからである。」(芝池前掲書228頁)。
かかる観点からしても、「中長期整備計画」に明記されている「機能診断調査」もせず、「自己水源からの取水の安定性を確保する」という「基本方針」(前掲「概要版」28頁)をも全く無視して、何の根拠もないまま「施設の老朽化」と決めつけて、同計画にもない「休止決定」をするのは、著しく「中長期整備計画」と離れ、これに反するものであって、社会通念に照らしても著しく合理性を欠くことは明らかである。
(6) 以上の通り、被告による「休止決定」は、地方公営企業法に照らしても違法であるし、裁量の問題として検討しても全く合理性はなく、水道事業者としての裁量を著しく逸脱・濫用したものであって、違法のそしりを免れないものであることは明らかである。

以 上

10. 原告・第6準備書面




◎【休止差止請求訴訟】
本訴-訴状・答弁書?(1/16,7/9)
本訴-準備書面(7/15)
本訴-準備書面Ⅱ(9/4)
本訴-準備書面Ⅲ(10/7,12/26)
本訴-準備書面Ⅳ(1/21)     
最終更新:2009年06月01日 17:47