恙虫病、Scrub Typhus(草原熱)


"***"に入る言葉は、写真の"刺し口"です。
頭痛、発熱、リンパ節腫脹、皮疹、刺し口の症状が揃っており、地域性、季節性も考えて診断は、恙虫病です。確定診断のため、鹿児島県環境保険センター(鹿児島市城山町)にてつつが虫抗体検査を行ってもらいました。SRLやKMLなどの商業ベースではでは、現在の所 Kato, Karp, Gilliamの標準株の抗体検査しか行ってもらえませんが、Kawasaki, Kuroki の新型株の抗体検査も可能です。1回目(11/27)の検査では、判定が困難であったため、2回目(12/11)の検査を行い、血清学的につつが虫病陽性と診断しました。Multiple Reactiveであり、血清型の特定には、初期のリケッチア血症の時期の血清でPCR診断することが必要です。

恙虫病、Scrub Typhus(草原熱)

日本の恙虫病、東南アジアのscrub typhus は、Orientia ( formerly Rickettsia ) tsutsugamushi を病原体とする急性熱性疾患である。この病原体は、リケッチアの一種であり、偏性寄生性で人への感染は媒介動物(ベクター)である恙虫に刺されることによる。(Orientia 属と Rickettsia属の類似点と相違点は表1を参照 )
表1
(疫学)恙虫病は古くから新潟県の信濃川、阿賀野川、山形県の最上川、秋田県の雄物川流域に、夏期(7-9月)に発生する、致命率の高い、急性の熱性・発疹性疾患の一地方病として知られていた。媒介動物は、アカツツガムシLeptotrombidium akamushi であり、"古典的恙虫病"と言われる。
 その後、恙虫病は東南アジアをはじめとして西はパキスタン地方、北はロシア極東から朝鮮半島、中国など広く東半球に分布する広域感染症であることが明らかにされた。東南アジアでは、草原熱 scrub typhus と呼ばれ、L. delienseが媒介動物であり、第二次世界大戦、ベトナム戦争に際して、両軍兵士に数万人の患者と多数の死者を出した。  
 恙虫病は、減少の一途をたどっていたが、1986年に急激に増加し、群馬、富山、宮崎、鹿児島の各県に多数の患者が秋から冬(9-12月)に発生している。古典的恙虫病に比べ一般に軽症であり、タテツツガムシL. scutellare, フトゲツツガムシ L. pallidum によって媒介されるなど"古典的恙虫病"とは異なり、"新型恙虫病"と呼ばれる。(図1)

 ツツガムシは、Orientia tsutsugamushi のリザーバー及びベクターであり、経卵垂直伝播によって次の世代へ伝えられるが、卵→幼虫→若虫→成虫という変態のサイクルを通して保有される。この変態の過程で、ツツガムシは卵からかえった幼虫の時期に一度だけ、宿主を刺してその組織液を吸い、その後は地表や土中で生活する。ツツガムシは、野ネズミやヒトの呼気中のCO2で興奮状態になりそれらに付着する。  
 免疫血清学的には標準型とされるGilliam, Karp, Katoの3型は、古典的、新型とも共通して認められるが、新型には特異的なKawasaki型とKuroki型の2型があり、これらは、マウスに対して弱毒性である。マウスに対する強毒及び弱毒性は、必ずしも臨床像とは一致しない。  
 Kato型の株は過去に多数分離されたが、現在は殆ど分離されなくなっており、Kato型の株を媒介すると考えられているアカツツガムシが現在殆ど見出されなくなったことに関連していると考えられている。Shimokoshi 株は、1984年に新潟県下の患者さんから分離された1例のみで、その後は、血清学的な疫学調査で、秋田、福島、新潟地方で散発的に数例認められている。
 血清型(serotype)と国内での地理的分布をおおざっぱに見ると新潟から東北地方の本州北部は、Gilliam型と Karp型が殆どで、南九州や東海地方の温暖な地域では、Kawasaki型とKuroki型が多く見られる。Gilliam型と Karp型は、フトゲツツガムシの分布する地域に見られ、Kawasaki型とKuroki型は、タテツツガムシが棲息する地域に見られる。地理的分布は厳密ではなく、分布する媒介ツツガムシの種の差異による相関が強いと思われている。混合して見られる地域もあるが、鹿児島・宮崎では、Kawasaki型とKuroki型が多い。(表2)
表2
(病態)  有毒ツツガムシの刺咬によって皮膚に浸入したOrientia tsutsugamushi は、局所で小血管内皮細胞やマクロファージに侵入あるいは貪食され、細胞内で増殖し、周囲に細胞浸潤を伴って局所の炎症病変を形成する。刺咬部の中心は、次第に壊死となって水疱を形成し、ついで潰瘍となり、約7-10日後には黒褐色の痂皮で覆われる。これが、刺し口である。  
 この間にリケッチアは局所のリンパ節に達し、さらに血行性に全身に広がり、微少血管炎ないし血管周囲炎により全身諸臓器の障害を起こす。この血管病変が高度な場合には播種性血管内凝固症候群(DIC)を起こす。急性期におけるリケッチア血症とこれに伴う単球、白血球、血管内皮細胞などからのサイトカイン産生が病態を形成すると考えられる。
 剖検例で見られる臓器障害は、肝臓ではグリソン鞘への細胞浸潤。肺では、浮腫・充血など間質性肺炎。心臓では、心筋の膨化、間質の細胞浸潤。脳では、脳幹部を中心にミクログリア性小結節形成が見られる。

(臨床)  ツツガムシの刺咬後、6-18日(多くは10-12日)で臨床症状は見られる。発熱、頭痛などで急激に発症する。頭痛、悪寒、全身倦怠感、食欲不振、筋肉痛、関節痛などの消化器症状も比較的多い。咽頭発赤、粘膜充血も約半数で認められる。
 発熱は急激に38-39℃に達し、自然経過で1−2週間弛張した後、徐々に解熱する。発疹は経5mm前後の紅斑状、丘疹性で2-5病日に出現する。部位は胸・背部、腹部に初発し、顔面・四肢に広がる。5日程度で褪色し消退する。重症例では出血性となる。
 刺し口は、ツツガムシの刺咬部にできる径5-10mm、黒色痂皮で覆われ、周囲に発赤、軽度の腫脹・膨隆を認める潰瘍であり、臨床診断の決め手となる重要な所見である。四肢以外にも通常の診察では発見しがたい腋窩、鼡径部、陰部などにできることも多いので慎重な診察が必要である。
 刺し口の局所リンパ節腫脹はしばしば見られる。ときに軽度の圧痛を伴うが化膿はしない。全身のリンパ節腫脹も見られる。肝脾腫の多くは軽度である。中枢神経症状としては、頭痛の他、項部硬直など髄膜刺激症状が見られる。重症例では脳炎の症状として失見当識、混迷、昏睡などの意識障害やけいれんを認める。
 循環器症状では、重症例では末梢血管抵抗の減弱や心筋障害によって血圧低下を起こす。
 呼吸器症状では稀に咳嗽があるが、重症例では間質性肺炎や胸膜炎を合併する。

 ちなみに、ベトナム南部でscrub typhusに罹患した87名の兵士の報告(Ann. Internal Med.1973;79.26-30) によれば、発熱と頭痛は全員に認められ、刺し口を認めたのは、36/74(49%)。皮疹を認めたのは、たったの30/87(34%)。リンパ節腫張は、74/84(85%)と高頻度であった。誤診の多くは、伝染性単核球症であった。
 未治療患者の致死率は、0-30%の幅で報告されており、死因の多くは、心不全、循環虚脱、肺炎と報告されている。

(診断)  Weil-Felix反応は、sennsitivityが低く、現在は、用いられなくなっている。間接免疫蛍光抗体法( indirect immunofluorescence test:IF法)と間接免疫酵素抗体法( indirect immunoperoxidase test:IP法)が特異的血清診断として最も確実である。IP法の標本は、光学顕微鏡にて観察することができるため、発展途上国でも利用されている。判定は、単一血清の場合は80倍以上、ペア血清の場合には4倍以上の上昇の時、陽性とする。また、IgG, IgM の両抗体価の高い場合は初感染、IgGのみが高い場合には再感染の可能性がある。
 PCR (polmerase chain reaction )は、特異性、感度ともに高く、少量の急性期患者の血液からOrientia tsutsugamushi のDNAを検出でき、検査に要する期間も短いので病原診断として優れている。特にリケッチア血症があり、抗体上昇以前の急性期に陽性となるので、早期診断の目的で利用価値が高い。(Labo. DATA) CRP陽性、GOT,GPTの軽度から中等度の上昇。LDHの中等度上昇。アルブミン尿は、しばしば認められる。血清アルブミン低下、γグロブリンの上昇、BUNの上昇は重症例に認められる。DICが合併例すると、FDPの上昇などが認められるようになる。

(治療)  The Cochrane Library-2000 Issue 2 によれば、doxycycline(200mg 分2 for 7-15days)とtetracycline(25mg/kg/day 分4)は、同等に効果有りとされている。
 MandellやHarrisonなどの教科書も参考にすると次にchloramphenicol (50mg/kg/day 分4) を勧めている。タイ北部には、自然にdoxycyclineやchloramphenicolに抵抗性を持つ株も発見されており、それに対してciprofloxacin や azithromycin が有効であったとする報告もなされている。
 日本では、ミノマイシンを100mg を2回、経口もしくは点滴静注する治療が用いられる。治療開始後24-48時間ですみやかに解熱が得られることは多く、症状が比較的はやく軽減したとしても、リケッチアは直ちに殺菌されるのではないので、薬剤投与は、7-14日間継続する方がよい。
 ペニシリン系、セフェム系、アミノグリコシド系の抗生剤は全く無効である。


                                  2001/01/19 能勢裕久

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最終更新:2006年09月18日 15:38