無題(by 花咲雷鳴)


「ボクも素敵な恋ができますように」

パン、パンと、手を打つ乾いた音が辺りに響き、
そこに雨竜院畢(うりゅういん あめふり)の可愛らしい声が続いた。

現世――雨竜院雨雫(うりゅういん しずく)の死から二年の後。
畢は、兄の雨竜院雨弓(うりゅういん あゆみ)と共に、
希望崎学園からほど近い丘の上、坂道の突き当たりに建つ神社、ゆめさき神社にいた。

以前から縁結び・奇跡を望む人にご利益ありと言われるその神社の噂を聞いていた畢が、
この日、不意に「一緒にお参りに行こう」と雨弓を誘って、やってきたのであった。

時刻は昼下がり。
太陽が穏やかな光を大地へと注ぎ、木々に囲まれた神社の小さな拝殿と、
参拝者である畢と雨弓の足元に涼やかな影を形作っていた。

「祭神 ユメサキノミコト」等々、流れるような筆致で書かれた由緒書きの板の横、
畢は拝殿に向けて手を合わせ、お辞儀しながら、脇に立つ兄の様子をちらりと窺った。
雨弓は何を祈っているのか、目をつぶり、静かに拝殿に向かっていた。

「うん、それじゃあ行こう」

しばしの静寂の後、下げていた頭を上げた畢が、雨弓に声をかけた。

「そうだな、行くか」

閉じていた目を開け、畢へと視線を落とし、笑顔を作った雨弓が応え、
わずかな時間の参拝は終わりを迎えた。

体格の違う二人がゆっくりと歩調を合わせながら、帰路につく。

「お兄ちゃんは何をお祈りしたの?」

拝殿を後に、手入れされた枯山水の庭や茂る木々を横目に、畢が雨弓の顔を見上げた。
繋いだ手から伝わってくる、自分の手よりもずっと大きく厚いその感触を、
知らず、強く握っていた。

「優しい畢や金雨や、みんなが幸せになれますようにってな」

雨弓はにこりと笑い、手の中にある小さく柔らかい感触を、優しく握り返した。
その笑顔には、畢を心配させまいとする、雨弓の力強い心が映し出されていた。

「ウパちゃんもね!」

その表情に、ほっとした顔を見せた畢は、陽気に言うと、
繋いだ手とは逆の手に持つ傘をはしゃぐように振ってみせた。

「ああ、そうだな」

そんな畢を見て、雨弓も一層笑みを深くした。

朝、兄の様子がいつもと違う事に気付いた畢が思いついたのが、ここへの参拝であった。
隠してはいるが、恐らく兄は泣いていた。
兄が泣く理由など、死んだ雨雫の事以外では考えられない。
そう頭を働かせた畢は、なんとか気晴らしをさせられないかと考えた末、
参拝者の身に愉快な事を引き起こすと評判の神社を思い出し、雨弓を連れ出したのだ。
ついでに、何か自分にも恋のハプニングなど起こらないかという下心も軽く持ちつつ――

果たして畢に恋のハプニングが訪れるか、それは未来を待つしか知る術もないが、
少なくとも、畢の心遣いは雨弓の胸に届き、その心を晴らす事は叶ったらしい。

雨弓の笑顔に、どうやら作戦成功だと浮かれる畢と、
その様子を見守りながら、ゆっくりと歩く雨弓の二人の後姿が、
笑いあう賑やかな声を残して、木立の隙間へと消えていった。



――――――



――どうか、雨雫が安らかに眠れますように



「……仕方ありませんねえ」


――――――



そこは見上げるほどに天井の高い、巨大な洞窟であった。
足元や壁面、天井に至るまで蠢く肉の襞に覆われた、淫蕩の穴。
何の暗喩か、何とも趣味の悪い場所。流石は地獄。

色欲触手地獄の一角にて――。

辺りに揺らぐ触手の海原を泳ぐように、すいすいと歩く一人の影。
佐倉光素(さくら こうそ)は、迷いない足取りで洞窟の奥へと向かっていた。

光素の目的はこの地獄に堕ちた哀れな魂、雨雫である。
ゆめさき神社の祭神代理を務める光素が、雨雫の家族の願いを聞いて、やってきたのだ。

鼻を突くような獣臭、粘つくような湿気の満ちた薄闇の中を歩いていた光素は、
やや視界の開けた、コンサートホール程もある空間に出たところで、
ふと立ち止まり、周囲にちらりと目をやった。

肉の林の中、そこここで行われている靡の饗宴。
まったくお盛んなことで、と、すぐに興味を探し人へと戻す。
さて、雨雫さんは――

「おお!ヤッシーじゃないアルか!」

と、歩き出そうとした光素に掛かる声がひとつ。
ヤッシー?と、光素が声のした方向へ顔を向けると、

「なんだ、ヤッシーも地獄に堕ちたアルか?」

絡み合う触手の肉色に混ざり、艶やかな黒色が流れ出る箇所が一つ。
その黒いうねりの中心で、陽気そうに笑う傾国の美女が一人。
光素とは千年の後に縁を結ぶ相手、タマタマこと玉環(オク ファン)であった。


――――――



ざわめく触手のただなかで、蠢く穴の最奥で、
宙に吊られて喘ぎを零す、雨雫の肢体は其処にいた。

「ふぅん……あんまり気持ち良さそうに見えませんけどねぇ……」

「これはダメっぽくないアルか?」

全身を触手に絡められ、その目は何処を見ているか、
ぶつぶつと睦言を吐く雨雫の姿を見上げ、光素と玉環は思い思いのことを口にした。

何やら知り合いにそっくりだということで声をかけてきた玉環と、
旅は道連れ世は情け、地獄旅情も楽しかろ、そんな成り行きで二人連れになった光素は、
這い寄る触手の頭をぺちぺちと嗜めつつ歩を進め、
時に玉環の触手の力を借りて道を拓き、首尾よく雨雫を見つけるに至った。

「でも、これはこれで当人は平穏に過ごしてそうですねぇ……」

「こんな場所アル。正気でいた方が辛いかもしれないアルな」

さて、しかし、見つけたはいいが、雨雫の様子は既に正気を失っていた。
夢と現を取り違え、夢幻に生き、いや、夢幻に死に続ける雨雫をどうするべきか。
この後、何をするにせよ、雨雫は地獄で責め苦を受け続けることは決定事項。
それならばこのまま夢を見させていた方が当人にとっては安らかなのではないか。
――そんなことをさらりと考えた末、光素は、

「まあいいです。当初の予定通り、雨雫さんをちょいと運びましょう」

淡々と、雨雫を地獄へと引き戻すことを選んだ。

「まあ止めはしないアルが……アレをどうするアル?」

「取り敢えず頭をぶちっと潰します?肉体が再構成されればまた正気に戻るでしょうし」

「お、おおう……ヤッシーそっくりなのに大胆アルな……」

「まあ、冗談は置いておいて、
 こういった刺激への順応は刺激の無い環境へしばらく運べば大丈夫でしょう」

「冗談に聞こえなかったアルよ」

「まあまあ、タマタマさんの触手で雨雫さんを絡め取れます?」

「アイヨ、やってみるアル」

地獄の中にも関わらず、お気楽極楽、軽口三昧、叩き合い、
光素と玉環は雨雫を触手のうねりから開放した。

獲物を失った触手達が、寂しそうに、物足りなそうに、
うねうねと身をくねらせ、辺り一帯の壁面が波立つ。

そんなことはお構いなしと、光素は玉環からぐったりとした雨雫を引き受け、
さて、と、調子を整えるように声を出した。

「で、どうするアル?」

そして、玉環の言葉に、予定通りに作戦決行です、と光素は応えると――

「ちょっとこの魂の移動許可をもらってきますねー」

刺激の喪失からか、口を半開きにし、焦点の定まらない目を虚空に漂わせる雨雫を抱え、
光素は、お手伝いどうもーなどと言いつつ、すたこらと洞窟を歩き去っていった。

「――ふむ」

遠ざかる光素の背中を見送り、その姿が見えなくなってしばらくしてから――

「って、私は!?私もここから連れ出して欲しいアルよ!!ちょっと待つアル!!」

自分の置かれた状況を思い出した玉環は、慌ててその後を追っていった。



――――――



「そうだね。私の嫁も、私のことをよく蹴飛ばすかな」

「……そんなものでしょうか」

「ああ。だから、諦めるのはまだ早い。投げ出すのもまた、まだ早い」

「でも……僕は……」

百花が群れ咲き、大量の羽虫が騒々しい羽音を立てて飛び交う、虫花地獄。
一回戦で破れ、魂をこの戦場に束縛され、肉体を何度失おうと、
或は肉体を何処かに連れ去られようと、この場に復元され、そしてまた責め苦を受ける。
そんな亡者の一人となった花咲雷鳴は、
全身を地虫に齧られながら、同席の輩と話をしていた。

「進み続ける限り、いつかは到達できる。例えできなくとも――」

「……できなくとも?」

「君はまだ、無念を残し、残念に思っているのだろう?ならば――おや?」

花畑の中、一糸乱れぬ結跏趺坐。
雷鳴と同じく全身を虫に啄ばまれつつも、その眉は微動だにせず涼やかに。
明鏡止水の呈のまま、雷鳴と話をしていた人物は、不意に言葉を止めた。
視界の端に、こちらへと近づく一つの影を認めたからだ。
その影は明らかにこちらを目指す意思を持ち、颯々と花々を掻き分けやってくる。

「あれは夢追君……いや、佐倉君か」

近づく人物の姿を見て、瞑想的な姿勢を維持したままのその人物は呟いた。
雷鳴に恋のアドバイスをし、光素とも面識のあるこの男。
彼こそは、佐倉光素の生前の名と体、夢追中が活動していた迷宮探索同好会の名誉先輩。
希望崎学園地下迷宮に、数々の武勇伝を打ち立てた存在。

曰く、生徒会へ10万円貢いで、感謝の言葉だけを頂き返ってきた。
曰く、地下1Fでポイズンジャイアントパンダに襲われた。
曰く、1度の探索で1全滅は当たり前。時には3全滅も。
曰く、彼が全滅パーティーの救出に向かうと三次遭難パーティーが出る。
曰く、彼にとって帰還は全滅のし損ない。
曰く、帰還した際はハズレの紙を10枚所持していただけだった。
曰く、グッとガッツポーズしただけで全滅した。

彼こそは洞窟少年(ラッドケイバー)にして、
居るだけで周囲の人間を落ち着かせる、精神安定能力者。
火霊恰(ひのたま あたか)であった。

なぜ彼が地獄に?
もちろん、彼の嫁である苛烈なる魔法使い、大魔導師リィにより爆破(愛情表現)され、
地獄での放置プレイ真っ只中であるからだ。


――――――



「――とまあ、ほづみってば旦那と一緒に人を殺しては悦んでいて、それを惚気に……」

「佐倉君もなかなか激動の生活を送っているみたいだね」

「カレー先輩は……って、こんなところにいるくらいですしね。相変わらずみたいで」

「はは、でも最近は嫁も大人しくてね。まだ1000回ちょっとしか死んでいないよ」

「それは普通『しか』とは言いませんよ……リィちゃん、怖いですねぇ」

「そこが可愛いんだよ」

虫花地獄に突如として用意された野点傘の下、
赤い毛氈を被せた床几台に腰を掛け、光素と恰の二人が、
地獄と現世を股に掛ける、傍から聞けば碌でもない夫婦談義に花を咲かせていた。

「……ちょっと、いいかい?」

そこへ、恰の精神安定能力によって正気を取り戻した雨雫が口を挟んだ。

光素と同じ床几台に、所在なさげに座っていた雨雫は、
しばらく目の前で展開される呆れ返るような生活譚――

例えば、気分を盛り上げる為に無関係の少女を拉致し、
拷問をしながら愛を語らう夫婦の話や、

例えば、理不尽に夫を爆破し、
地獄へ堕として放置プレイを行う嫁の話を聞いていたが、
このままでは自分がなぜここにいるのか、一向に分かりそうになかったため、
痺れを切らしたのであった。

「ああ、雨雫さん。もう調子は戻りました?」

「あ、ああ。どうやら面倒を掛けたらしいな。すまない」

「いえ、こちらも訳アリで首を突っ込んでいるだけですし」

「そのことなんだが、なんで光素ちゃんは私を助けて、こんなところへ?」

光素が伊達眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせ、雨雫の方へ顔を寄せた。

「そうでしたそうでした!実はですね!雨雫さんにひとつお願いがあるんです!」

そして、待ってましたといわんばかりの勢いで、そんなことを口にした。
炯炯と輝く光素の眼光を受け、雨雫は思わず上体を反らしながら、

「……お願い?」

鸚鵡返しにそう応えると、光素は満足そうに頷き、芝居がかった口調で言葉を続けた。

「雨雫さんには、これから、ここで、ひとつ、野試合をして頂きたいのです」

雨雫達の頭の上、薄桃色に煙った地獄の空を覆うように広がる真っ赤な野点傘に、
彼岸桜の花弁がさらりさらりと降り注ぎ、流れていった。



――――――



地獄に堕ちてから、もう何度、絶望し、そして希望を持ったことだろう。
雨雫は光素の話を聞き、再び希望の光が胸を暖める、その温度を感じていた。

「とは言いましても、勝ったところで、はい蘇生、なんてことはありませんよ」

光素の念押しの言葉も、雨雫の心を冷ますことはない。
死後、二年を経てなお、自分を想ってくれていた雨弓。それに畢。
告げられたその事実が、嬉しかった。痛みを伴うくらいに。

「伝えることは伝えたので、お節介は済みましたけれども、ただ働きもなんですし」

駄賃として、魔人同士の戦いを見せて欲しいと、それが光素の要求であった。
雨雫を虫花地獄へと運んだ理由、それが雨雫を雷鳴と戦わせるためであったのだ。

「試合の様子は現世へ中継しますので、恋人に格好良いところを見せつけてください」

そして、雨雫の魂を奮い立たせる訳がもう一つ。
光素がその戦いを現世へ中継すると言い出した際、思わず雨雫が聞いたこと。

――雨弓君と話をすることはできないだろうか?

この問いに、光素は「うーん、まあ勝者特典として、それくらいはいいですかね」と、
その様に答えたのだ。
夢幻ではなく、もう一度、恋人と言葉を交わす。その為に。

「はい、こちらがレインコートに武傘、それにパチンコ玉と、持ち物は以上ですね」

雨雫は今一度武器を取り、地獄の戦場に立った。
傍らで静かに見守る恰の表情が、僅かに曇った事実に、気付くことなく。



***



雨雫へと野試合についての話をし、武器を渡し終えた光素は、
さて、ところで、と、隣の床几台に座る縮こまった影へ視線を向けた。

「で、いつまで黙っているつもりですか?」

光素の言葉に、それまで黙っていた影、雷鳴の肩がびくりと震えた。

「……絶対勝つって言って……でも、負けて……君に……会わす顔なんて」

「そもそも会わせる顔があると思っていたこと自体が驚きですけどね」

不思議そうに、思わず顔を上げて光素の方を見た雷鳴が、慌ててまた顔を逸らした。

「話は全て聞こえていましたよね?
 取り敢えず、メモ用紙は4枚、もう一度プレゼントします」

そんな雷鳴に構わず、光素は取り出した鉄板を4枚、床几台の上に並べた。

「今回は4枚とも私の能力と、能力コピーの力が篭められているだけですので、
 投擲用の武器にするにせよ、盾代わりに使うにせよ、雨雫さんの能力を使うにせよ、
 好きなようにしてください」

雷鳴は俯いたまま、

「野試合、期待していますよ」

手を伸ばし、鉄板を受け取った。

「やる気は、あるようですね。よかったよかった」

「……もう一回……やっていいのかな?」

「今度こそ、格好良いところを、私に見せてくださいよ」

「……うん……うん!今度こそ、絶対に!」

そして、光素と再び会ってから、初めて、その顔を上げた。



***


こうして、虫花地獄に、二人の戦士が揃い立つこととなった。
勝てど地獄、負けども地獄、救い無し。冥界無情の野試合の、地獄の舞台が整った。



それでは試合を記録する機材の準備がありますので、一旦現世へ――そう、光素が言い、
そろそろ灰から復活するから、私もそろそろ――そう、恰が言い、
虫花地獄に二人の戦士を残し、傍観者達は地獄を後にした。

虫花地獄を離れ、多くの地獄を横切り、
色欲触手地獄の前を通過する際、私も連れて行くアルーと聞こえてきた声を無視し、
光素と恰の二人は、静かに歩を進め――

「佐倉君は、どうしてあの二人の試合の準備を?」

地獄と現世の境、恰は、口を開いた。

「私が代理でお仕事している神社に、雨雫さんの恋人がお願いに来まして」

「なるほど」

「まあ、それを雨雫さんに伝えるくらいならいいかなあと、そんな感じですね」

「なるほど」

「まったく……仕方のないことですねえ……面倒事を引き受けちゃいましたよ」

「……佐倉君、顔が笑っているよ」

あれ?と、光素は慌てて自分の両頬を指先でぐにぐにと揉んだ。

「私、表情に出ちゃってました?迂闊でした」

「いや、私がポーカーフェイスの女の子を見慣れているからってだけかもね」

お嫁さん、いつもツンツンしてますからねえと光素が笑った。今度ははっきりと。
その笑顔に、恰は眉根を寄せて、君も困った子だねと溜息を吐いた。

「本当の理由は?」

「いやあ、大義名分ができたし、魔人能力鑑賞の機会にしちゃえ、と」

「そんなことだろうね」

「やっぱり、カレー先輩にはバレちゃってましたか。
 さっき、雨雫さんを私が焚き付けているときも、表情を曇らせてましたし」

恰が首をゆっくりと振った。

「トーナメントの進行役なら私もちらりと見かけたよ。
 あの三兄弟が、本当に、勝者に現世との交信を許可なんてしたのかな?」

光素が、悪戯っぽく、笑った。

「さすがカレー先輩ですね。ええ、もちろん、許可なんてもらっていません。
 さっきのアレは雨雫さんにやる気を出させるための、口からでまかせですよ」

「君もなかなか、酷い悪巧みをするね」

「本当のことを言っては、せっかくの魔人能力鑑賞のチャンスが潰れそうですし」

二人の会話が、徐々に地獄から遠ざかる。

「……それにしても、先輩もよくそこまで気がつきますねえ」

「悪巧みをいつもしているような、そんな表情は、見慣れているからね。
 まあ、できれば、私の思い違いであってくれたら良かったんだけれどね」

「ここは地獄、冥界ですよ。無情で当然じゃないですか」

二人の会話は聞こえなくなり、地獄には亡者の嘆きが木霊すのみとなった。
その嘆きに、虫花地獄で立ち尽くす二人の声が唱和する時も、そう遠い話ではない。



***



こうして、虫花地獄に、二人の戦士が残された。
勝てど地獄、負けども地獄、救い無し。無意味で無情の野試合の、地獄の舞台が整った。





Side 佐倉光素&花咲雷鳴&雨竜院雨雫 end.
Next 雨竜院雨雫 VS 花咲雷鳴 ~~野試合へ続く~~



時代劇的黒幕会談・幕間零れ話(by 花咲雷鳴)

冥界無情のトーナメント第一回戦が終了して、まもなく。
比良坂三兄弟と佐倉光素が、選手達の資料を肴に、絶賛ティーブレイクであった。

どの試合も激戦・熱戦・騒然であった地獄のトーナメント。
ああだこうだ、魔人能力がどうしたこうした、お喋りを楽しみ……
話題が色欲触手地獄に及んだ時、資料を見ていた三兄弟が、そういえばと切り出した。

「「「雨竜院雨雫選手の傘術奥義って前フリだけで見られませんでしたねー」」」

その発言に、光素がそういえば何か奥義があったらしいですねえと相槌を打った。
この会話が、後に花咲雷鳴を巻き込む、野試合へと発展したのであった。


~~時代劇的黒幕会談・幕間零れ話・プロローグ的一幕~~


「言われてみたら凄く気になってきましたよ……見てみたいですね!」

「「「でも雨竜院雨雫選手の試合終わっちゃいましたし」」」

「あ、でも、野試合ってシステムがあるんですよね?」

「「「まあありますけどー。でも誰と戦わせようっていうんです?」」」

「ほら、虫花の花咲選手はせっかくのコピー能力見せず仕舞いだったじゃないですか。
 どうせなら、見られなかった技と能力とを見るチャンス!ってことで」

「「「ああー、いいかもですねー!……ただ、地獄行き決定してる人達だし、
   やる気を出してくれますかねー?」」」

「花咲選手の方は、どうも私を憎からず思っているみたいでして……えへへ。
 ちょっと野試合期待してるねっ!なんて言えばやる気になると思いますよ」

「「「悪女だー!」」」

「なにをおっしゃる」

「「「でも雨竜院雨雫選手は現世に恋人がいますし、色仕掛けも効かないですよ?」」」

「あー、うーん……そっちはどうしましょう……何か……あ!ありました!」

「「「……書割?なんですかそれ?」」」

「ふっふっふ……これは私がお手伝いしている神社に安置している丸秘アイテム!
 私のメモ帳と同じく、人の強い願いを勝手に刻印できる優れものです!
 神社に来る人は大抵強いお願いを持ってきますからね。
 皆さんの特に大切な思い、重要な気持ち、秘めた心……
 ここ十年くらいの参拝者の『お願い』がばっちり刻まれているんですよ!」

「「「うわー、それ盗聴じゃないですか」」」

「これで集めた情報が私の取材時の貴重な交渉材料です(はぁと)」

「「「悪女ですねー!」」」

「いやでもこれを始めたのは私ではなくて、私の住居の社が勝手にやっていたのを、
 後から知って、ちょうどいいから私も使わせてもらおうって、尻馬に乗っただけで」

「「「責任転嫁に走るあたり一層悪女ですねー!」」」

「いいじゃないですかー……って、そうではなくて!話を戻しますと、
 これ、二千十四年の、ここ。雨雫選手の恋人のお願いがですね……」

「「「どれですかー?」」」


――どうか、雨雫が安らかに眠れますように



ティーテーブルの上に広げられた書割の、その一節。
四つの顔が、その短く刻まれた一文を、しばし黙って見つめ……
ほう、と光素が溜息を吐いた。

「雨雫選手が亡くなられて、二年後……未だ思ってくれる恋人、素敵ですねぇ」

三兄弟が、大仰な身振りで感動を表す光素に、にやりと笑いかけた。

「「「まだ恋人が見守っていますよって唆す作戦ですかー」」」

「恋人とまだ繋がりがある!って、そう思わせれば、やる気を出させることも……」

三兄弟は、ティーカップへと同時に手を伸ばすと、
精密機器のように揃った動作でお茶を啜り、
どうしましょうかねーお茶請けが欲しいところですねーと、光素へ視線を送る。
その視線を受け、光素が懐から包みを恭しく差し出す。

「お納めください……山吹色のお菓子にございます。
 こんがり焼いたスイートポテトですので、お茶請けに大変宜しいかと……」

三兄弟は黙って包みを受け取ると、書割へと視線を戻した。
光素もあわせて、書割の一節を改めて見下ろした。
沈黙、目線のやり取り、含み笑い……一通りのボディーランゲージを終え――

「まあ」
「恋人から」
「こんな風に頼まれてしまいましたし」
「「「これは頼みを聞かないといけないんじゃないですか?お姉さん!」」」

いかにもとってつけた、胡散臭い仕草で、三兄弟は笑い、

「……仕方ありませんねえ」

光素もまた、大げさに両手を広げて見せた。



「「「越後屋よ、お主も悪よのう」」」

「ふっふっふ……お代官様こそ」

雨竜院雨雫と花咲雷鳴の野試合が決まり、その直後。
戦慄の泉の片隅にて。
ビデオカメラを片手に上機嫌の佐倉光素へ、比良坂三兄弟が声を掛けていた。

「「「上手く焚き付けられたみたいですね!」」」

「そうですねぇ」

見られなかった技と能力を見るために、感興のためにのみ仕組まれた試合。
作戦が首尾よく運んだことに、三兄弟も光素も、悪巧みが成功したと笑ってみせる。

「魔人能力同士のバトル、楽しみです。ふふふ」

カメラのストラップを指先に通し、くるくると回して見せる、そんなご機嫌の光素へ、
三兄弟が、でも試合の様子は現世へ放送禁止ですよ、と釘を刺した。

「「「まあ――本当のところ、注意する必要もないですけどね!」」」

そう、付け足して。

「えー!?ちょっとくらいいいじゃない……必要ない?」

三兄弟への文句を途中まで出してから、光素は相手の言葉の真意を理解し、止めた。
ふむ、と光素は唸り、指先をくいと曲げ、回していたカメラを上空へと放り投げる。
無造作に放り出されたカメラはゆっくりと放物線を描き、暗い地獄の空を舞う。
笑顔を貼り付けたまま、光素はカメラを視線で追う。無言のまま。
そのままゆっくりと、カメラは地面に向かい加速していき――

「何のことでしょう?」

ぽすり、と、上向けた光素の掌に、静かに着地した。


~~時代劇的黒幕会談・幕間零れ話・エピローグ的一幕~~


「「「もう、ばらしちゃってもいいんじゃないですかー?」」」

「はて、何のことやら」

「「「お姉さん――だって、地獄から出れないじゃないですか」」」

「おやおや……うーん……おやおや」

「「「さっき、野試合の準備をしている所をずっと監視していたんですよー。
   地獄から抜け出すフリをして、その場で消えていましたよね?」」」

「ああ、見られていましたか。それじゃあ誤魔化してもしょうがないですねぇ。
 うーん、上手く騙せているつもりでしたけれど……」

「えー?そうですかー?」
「さっきの虫花地獄ではいきなり花見セット取り出して見せたじゃないですかー」
「その直後に撮影機材取ってくるから現世に行かないとなんて大嘘……」
「「「ばらそうとしてたとばっかり」」」

「あんな桜を見たら花見を思い出しちゃうじゃないですか!
 花見セットは不可抗力であって、ばらそうとした訳じゃないですよ。
 それに、他の亡者さん達は自分の事で手一杯ですから多分ばれてないですよ、多分」

「「「まあ私たちはどうでもいいんですけどねー。
   でも、何でそんな撮影のフリをしてるんですかー?手間かけて」」」

「ここに集まった方々は大概、現世に会いたい人がいる亡者さんでしょう?
 想い人に自分の姿を見せられるかもーって思わせられたら、都合がいいですから。
 今回の雨雫さんみたいに……ふふふ。試合が楽しみです」

「「「悪女だー!」」」

「そういう皆さんも、似たようなものでしょう?あ、それではそろそろ私は……」

雨竜院雨雫と花咲雷鳴の野試合が決まり、その直後。

「ああ、それと、私が現世と交流を持っていないって、それ。
 トーナメントの終わりに出す予定だった取って置きですから、
 まだ内緒にしておいてくださいね。あ、ここに美味しいお菓子がですね――」

戦慄の泉の片隅にて。

「「「いいですよー!その方が楽しそうですらねー!」」」


――花咲雷鳴の名簿を持っているあなた方には、もう私の目的も何もばれてるのかな?


言葉が届かぬ事を知らぬ雨竜院雨雫と、
想いが届かぬ事を知らぬ花咲雷鳴と、

「「「越後屋よ、お主も悪よのう」」」

「いえいえ、お代官様には及びませぬ……ふっふふふ」

二人にとって、冥界無情の鐘が鳴る。



<野試合幕間零れ話、END>


最終更新:2012年08月15日 23:19