『冥界無情プロローグ 1』


──────此処は、何処だ。
目覚めた男の前に広がるのは、無限の闇。
自分の身体さえ見えぬ、隔絶された暗黒の空間。
自分の身体。
そう、彼はたしかに死んだ筈だった。
絶命に至る激痛。
己の上げた断末魔。
果たせなかった約束。
その無念と絶望。
そう、彼には現世への執着があった。
妄執があった。
死んでも死に切れぬ程の。
その強い意志がありながら、それでも彼は死の運命に敗北した。
それなのに、何故。
或いは、誰なのか。
今、こうして思考を巡らせているのは。

──────不様だな、死に切れぬ魂というものは。

その声は、突然聞こえた。
或いは、頭に響いてきた。
老若男女、そのいずれでもなく──────いずれでもあるような声。

──────諦めて、早く選ぶがいい。
──────極楽か地獄か、己の神が用意したと盲信するこの先の世界を。
──────人か畜生か、花か虫か。来世への輪廻転生の道を。
──────全ての穢れもしがらみも、その魂の全てが浄化された静寂と安寧の地を。

示された三つの選択肢。
だが。
「ふざけるな! 俺は必ず生きて戻る…………俺のままで!」
彼が選ぶのは、拒絶。
前進も、未来も、安息も選ぶ事無く。
あさましく、見苦しく、しがみついた。
今、この自分に。
過去に結んだ絆と、その約束に。

──────愚かな。

残された言葉は、冷笑と嘲り。
そしてそれきり、彼の周囲から全ての音が消え失せた。


それから、数年が過ぎた。
それとも、数百年。
若しくは、数万年。
ひょっとすると、数億年。
気が狂う程の永遠の孤独の後に。

──────問おう、答えは出たか? 選ぶがいい。

またもや響いた、闇からの声。
悠久の牢獄から救い出す、解放を示す言葉。示された三つの選択肢。
安らぎの手を差し伸べる、助けの導きに。
「答えは同じだ。俺は必ず戻る…………約束を果たす為に!」
彼の意識は、消えない。
彼の意志は、折れない。
彼の魂は、砕けない。
その魂の奥底に刻んだ約束を果たすまでは。

──────愚かな。

残された言葉は、冷笑と嘲り。
そしてそれきり、彼の周囲から全ての音が消え失せた。


そのやりとりが、数回続いた。
それとも、数百回。
若しくは、数万回。
ひょっとすると、数億回。
気が狂う程の恒久の無為の果てに。
それでもなお。
彼の意識は、消えない。
彼の意志は、折れない。
彼の魂は、砕けない。
その魂の奥底に刻んだ約束を果たすまでは。

──────選ぶがいい。

響いた闇からの声。

──────前進か。
──────転生か。
──────安息か。

「答えは同じだ。俺は…………」

──────それとも、闘争か。

示された四番目の選択肢。
それは、悪魔の誘い。
希望を餌にした、絶望の罠。
だが、一つだけ言える事は。
彼は自分の運命に挑む、最後の機会を手に入れたという事だった。


                              <了>

『冥界無情プロローグ 2』



「「「はい! 皆さん注目!」」」
「「「それじゃ人数も集まったので、そろそろ始めたいと思いまーす」」」
「「「御存知の通り、皆さんは既に死んじゃってます。亡者です。悲しいですねー、辛いですねー」」」
「「「でも! なんとここでビッグニュース! この中で一人だけ、たった一人だけ生き返るチャンスがありまーす!」」」
「「「勿論、時間も場所もお望み通りですよー? 此処はあらゆる時間と空間、次元の交差点ですからね! 特別サービスです!」」」
「「「ルールは簡単! 今から皆さんには殺し合いをしてもらいまーす。っていうか、死んでるのに殺し合い、っていうのも変な話ですけど、要は戦って最後まで残った人が勝ち! その人だけ現世に戻れまーす!」」」
「「「え? 負けたらどうなるのかって? さぁ、どうなるんでしょうね?」」」
「「「まぁ細かい事はいいじゃないですか。参加したくない人はこのまま回れ右して、天国でも地獄でも、転生でも虚無の世界でも、好きなところへどうぞー!」」」
「「「…………あらー、やっぱりほとんど残るんですね。毎回毎回、魔人ってやつらはほんとに諦めが悪いですー。あ、褒めてるんですよ?」」」
「「「え? さっきから喋ってるお前らは何者なんだ? ですって? 私たちはただの進行役ですからお気になさらずー」」」
「「「というわけで皆さん、生き返りたかったら死ぬ気でがんばってくださいねー! …………あ、もう死んでますけどね」」」


                              <了>
最終更新:2012年05月05日 22:39