静間千景(しずま ちかげ)


『現世への執着』

自分が何故死んだかを理解していない。
現世での自分の『死』が何であったかを、その目で知らなければならないという妄執に取り憑かれている。

キャラクター設定

高校3年生。新潟に近い片田舎で育った少女。
髪は肩に掛かる程度のショートカット。大人しめの、落ち着いた印象を持たせる顔立ち。
何事にも真面目に取り組み、運動神経や知能もそれなりに高い、いわゆる優等生タイプではあるものの、
特殊な出自や経験を持つわけではなく、基本的なスペックは、一般的な女子高生の域を出ない。
しかしパニックに陥る事は少なく、少女相応の頭脳ながら、冷静な状況判断で戦うことができる。

魔人学園ではないごく普通の高校に通っていたが、1年の中頃に突如魔人能力に覚醒。
何らかの無意識的な制約によるものと思われる重度の内臓疾患により、2年間の入院生活を送っていた。
退院の日に、原因不明の理由で死に、何もわからないうちに冥界へと送られている。

常に死の存在を認識していた入院生活故に、理不尽に与えられた自身の『死』に対する執着は絶対であり、
ごく普通の少女の外見とは裏腹に、内面の妄執は既に悪霊や怨霊の域へと達している。
追い詰められたギリギリの状況下では、手段を選ばないその悪意と無謀が脅威となる。

武装として、入院時の生活用具一式を詰めたトランクケースを持ち運ぶ。
着替え、タオル、ノート、筆記用具、洗面用具、食器などが収納されており、
自身の魔人能力によって、実質的にそれらすべてを凶器として活用する。

特殊能力『グラスコフィン』

触れた物体をガラス化する。
ガラス化した物体は高い透明度を誇り、実際のガラス同様の強度や性質を持つ。
実体を持つ対象であれば、生物や液体のガラス化も可能。
能力解除も任意で行えるが、もう一度ガラス化するためには、再び接触しなければならない。
非常にコントロール性に優れた能力で、能力の適用範囲を精密に決定できる。

ガラス化の速度は、例えば相手の拳に触れた場合、拳程度の範囲ならば一瞬。
拳を起点として腕一本にガラス化を進行させる場合は、おおよそ3秒程度の接触を要し、
全身をガラス化させるためには、さらに10秒程度の接触が必要。
能力内容は非公開。

プロローグSS

窓から吹き込む風が頬をさらりと撫でて、開け放たれた廊下へと抜けていく。
すっかり殺風景になってしまった病室の空間を目一杯使って舞う薄いカーテンは、
2年も居座った邪魔者の退去をこれ見よがしに歓迎しているように見えて、
私は少しだけ不愉快な気になったものだった。

部屋いっぱいに溢れていた着替えや私物は、意外にもトランクケース一つで収まる大きさだったらしい。
2年暮らしたこの部屋に残す物も未練もなく、私はこの大きなトランク一つだけを抱えて退院していく。

――「ありがとうございました」、と簡潔に頭を下げて、
口々に別れや祝いの言葉を述べる看護師や医師の間を抜ける。

「良かった。本当に良かった。
 静間さんが強く生きる意志を持ってくれたからこそ、あの状態から持ち直したんだ」

私の執刀を担当した医師が、手を握って、力強く言葉を投げかけてくる。
いい先生だ。私が魔人だって事も知ってるはずなのに。

「いいえ、先生の手術のお陰です。ありがとうございます。
 本当に、いつも……感謝しています」

本当に、生きよう、と思ったことはあっただろうか……と、少しだけ疑問に思う。
ずっと覚悟をし続けてきたような気がする。
死の恐怖はとっくの昔に通り越して、重い枷のような重圧を受け入れていた。

けれど――今はその枷がない。
正面入口を出て見える舗装道路も、私にとっては何故か妙にフワフワしていて、
絵画の向こうのように現実味のない景色に思えたのだった。

「ありがとう」

白い建物を振り返って、聞こえないよう呟いた感謝の言葉すらも、やっぱりふわりとしたものに感じて――
もう一度その言葉を、噛み締めるように囁く。

時計を見る。電車の出る時刻まで10分もない事に気づいて、私は小走りに駅へと駆ける。



自宅へ向かう下り電車は人影もまばらで、先頭車両には私一人が座っている。
乗客の頭に遮られない夕陽の光は、西の窓から差し込んで、紅いフォーカスをかけて車内を包む。

私は、何の気なしに、荷物からコンパクトケースを取り出していた。
誰かからのお見舞いにもらった、安物の化粧セットだ。
特に理由はなかったけれど、鏡が見たかった。

丸い瞳。肩にかかる程度の、少し濡れたように房の纏まった黒髪。
髪は少し伸びすぎてしまったな。
死んだおばあちゃんは、今の私でも美人だと褒めてくれるだろうか。
白い病室ではない空間に私の顔があるのは、やはりどこか不思議な気分だった。

「ああ、そうか」

一人座る車両の中で、小さな鏡に映る自分を見ながら……
私は知らず知らずのうちに、そう呟いていた。

「……化粧が、できるんだ」

それに気づいた時、鏡の中に映る女の子の口元が少しだけ笑ったように見えた。
……そうだ。授業はどうしよう。学年も違う。
まだ覚えてくれている友達はいるだろうか。隣の席のあの子はどうなっているのか。
クラブはもう、魔人用のものにしか入れないんだろうな。
もし家に帰ったら、まずはお気に入りのスカートを出してもらおう。
ずっと麻痺して、何かに堰き止められていた思考が、次から次へと押し寄せてくる。

きしむブレーキの音。ゆっくりと電車が停まる。
夕暮れのホームに降り立つと……屋根の細い隙間から、綺麗な月の灯りが私を見下ろしている。

(人生か)

私は、夜空に変わりつつある空を見上げて、
少し冷たく綺麗になった風が吹きこんでくるのを感じて―――

(ほんとうに良い日だ)

そう思った。

――


――――――――

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「……続き? そう、言ってなかったかな」

酸鼻を極めるありさまが地平の果てまで広がり、
苦痛と怨嗟だけが満ちる異形の世界……地獄。
その惨状の中で、少女の声の調子は、あくまでも落ち着いたものである。

「続きなんてないよ」

ふ、と微かに笑って、少女は空を見上げた。
ただ黒い。文字通り『底なし』、果てなき地獄の黒さ。

「いや、違うか。続きはある、のかな……けど私は知らない。
 どうして私がこんなところにいるのか。何が起こって私が『死んだ』のか、なにも」

一人の亡者を見下ろして、ただただ淡々と言葉を紡ぎ続ける少女。
会話をしているのか、あるいは独り言なのだろうか。自身の存在理由を確認するように。

「私は私がどうして死んだのかを知らないといけない。
 なんでもいい。病状があの時急に悪化したとか、線路に落ちて電車に轢かれたとか、
 通り魔か何かに殺されたとか、それとも、ただ単純に心臓が止まって、死んだとか」

「どれも考えたくない、酷い結末だけど――私は自分の『死』が欲しいの。
 どんな風に私の人生が終わったのかをこの目で、この目で見たい。
 もしそれが確かめられるなら、もう一度地獄に戻ってもいい」

その声はあくまで落ち着いており、まるで子供に言い聞かせるように穏やかな口調にすら聞こえる。
……しかし。

「だから、ねぇ」

「『そんな連中はいくらでもいる』とか『くだらない理由』だとか」

「私の執着を否定する人には……あなたみたいに、こうしなくちゃならない。
 ごめんね。悪いとは思ってるの。でも今の私にとっては――
 あの『死』だけが、きっと私の人生のすべてだから」

カン、という、澄み渡った硬質な音が響く。
少女が亡者を蹴ったようにも見えたが、亡者の肉が立てる音では到底ない。

「だから……だから」

カン、カン、と音が続く。

「絶対に生き返らなきゃ。絶対に」

カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン――

「絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に
 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に――ああ、左腕の方も砕けちゃった。
 ……でも、大丈夫だよね。もう死んでるもんね。
 ここは責め苦を受けるところだから、体がどんなになってもいつか再生するんでしょう?」

「頭と内臓だけ残して砕け散ったら、どう再生するのかも興味あるけど」

少女の足元にはただ細かなガラスの破片だけが散っており、キラキラと光を反射している。
触れた対象を『ガラス』に変化させる。それだけが少女の魔人能力。『グラスコフィン』。

精巧なオブジェのごとく、ただの透明な像と化して横たわる亡者は――
やはり全身がガラスに変化しており、もはや動く気配はない。
ただ例外として、首から上と……透けた肉体を通して、生身の臓器だけが拍動している状態だ。

「これで、私の話は終わり。もう行かなくちゃ」

哀れな亡者を見下ろして、首にかかった髪を指で払う。
濡れたような黒髪が一房、中指に絡みつくのが分かった。
けれど地獄には、それを確認できる小さな鏡も、きっとないのだろう。

「……人生」

亡者をその場に置き去りにしたまま、少女は再び歩き出す。
自分の目的を確認するために。失った何かを、失ったままにしないために。

「人生を、取り戻すんだ……」


無情の冥界に彷徨う、妄執の少女。
名は静間千景という。


                               <了>

MPおよびGKスタンス

キャラ 能力 SS ボーナス 増減 仕様
2 2 3 7 ドM


最終更新:2012年06月01日 22:39