舘椅子神奈(たていす かんな)


『現世への執着』

とある『二人の少女』に対する、果たせなかった願望の成就。

キャラクター設定

希望崎学園美術部所属の女生徒。AD1994生まれの享年18歳。
大工である父親の遺伝か、幼少より身軽かつ平衡感覚に優れ、また器用で工作を好んだ。
なかでも鉋による造形を得意とし、鉋の扱いでは父をも超え、右に出る者なし。

女性にしてはそこそこ長身。ストレートの黒髪は肩甲骨を少し越す程度の長さ。
整った顔とHカップの豊満な乳房の持ち主で、下着は身に着けない派。
成績は下の上程度だが体育と美術だけは良好で、また勉強以外の頭は割と切れる。

あまり隠そうとしていないが同性愛者であり、特に下が無毛の女性を溺愛する。
そうでない者は自ら愛用の鉋で瞬く間に剃毛する程の徹底ぶりであり、彼女はむしろ
この剃毛プレイにこそ最大の性的興奮を得ている節があり、若干サディスト気味である。

彼女の行動原理においては上記変態性欲が最優先事項として君臨しており、それゆえに
自分の『お誘い』を断る女子に強引に迫ることや、己の変態性欲を阻む男性を
実力で排除することも少なくない。

とはいえ、普段は賑やかで楽しい高校生活を謳歌しており、美術部の後輩の
女子たちからも、時折淀んだ目で舐めるような視線を向けてくることを除けば、
砕けた口調とサバサバとした性格から気のいい先輩として慕われている。



しかし、AD2012、ハルマゲドンを間近に控えたある日、彼女は命を落とす。
魂だけの存在となった彼女が生き返るチャンスを手にした時、願うこととは――――。

特殊能力『QWERTY-U』

鉋を生みだし、操る能力。物質生成+念動力のちからを併せ持つ。
鉋は舘椅子神奈のスカートの中とかからでてくる。たまになんか濡れてたりする。
鉋は舘椅子神奈の意思によって自由自在に動く。スピードも軌道も思うがまま。

鉋の質量や耐久、サイズなどは、一般的な鉋と同様である。
鉋を操作できる範囲は知覚しうる限り。一度に操作できる個数もまた知覚しうる限り。
鉋ひとつあたりが持つエネルギーは、50kg前後の物体を持ち上げられる程度である。
鉋にはたらく重力とかの自然法則は、神奈自身が理解できてないせいか無視されている。

プロローグSS

【ジ・エピローグ・オブ・ボーイ・ミーツ・ガール、
                   アンド・ザ・プロローグ・オブ・デッド・ガール】

 人っ子ひとり見あたらぬ広場を、秋風がひゅるりと吹き抜ける。
 普段ならば多くの生徒が放課後の憩いのひとときを過ごす、私立希望崎学園が誇る
 希望の泉広場も、ハルマゲドンを間近に控えた今は誰も利用していない。

「あーあ、つまんないわねー。部員のみんなはすぐ帰っちゃうし、穹ちゃんは
 生徒会の方に首ったけンなっちゃってるし……」

 よって、そのような常識的見地からすれば、秋風に黒髪をたなびかせ、
 独り言を呟きながら広場を横切るその少女――その胸は豊満であった――は、
 とてもじゃないが『普通』であるとは言い難かった。

 そして、その見識は正しい。
 舘椅子神奈は、奇人変人が跋扈するこの学園においても『普通』の生徒ではなかった。
 あるいは、『普通の嗜好』の持ち主ではなかった。

「……ん、なにあれ」

 神奈は目を細め、遥か前方で繰り広げられる奇妙な追いかけっこを注視した。
 片や、腰まで届く長髪を振り乱し、息を切らしながら全力疾走する少女。
 片や、その少女をゆっくりとした足取りで追う、炭と灰で構成された人型の物体。

「生物部の新作かなんかかしら。……や、それよりも――――」

 神奈には謎の物体は文字通り眼中になかった。
 その双眸に映されているのは、揺れる長髪、すらりと伸びる引き締まった脚、
 困惑の色を宿すつり目、そして、健康的な肢体を包むセーラー服――――。

「……美少女中学生……瑞々しいお年頃ですな……!」

 じゅるり、と滴る涎を飲み下し、神奈は行動を開始した。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はあっ……はあっ……! もう、なんなのよあいつ……!」

 生徒は誰もいないし、なんかよく分かんないやつに追いかけられるし、ああ、もう、
 ほんっと、サイアク――――!
 中学二年生の埴井葦菜は、己の艱難辛苦を呪っていた。

「ゲッ、あいつ、まだついてきてる!」

 葦菜はこの日、将来自分が入学するであろう学校――――私立希望崎学園を
 見学に訪れていた。
 そして校舎の前で同じく見学に来たという少女と別れて少し奥まで進んだところで、
 何故か全身を灰に覆われた謎の人型に追いかけられたのだった。

「ぜえ、ぜえ、こっちもそろそろ限界っ……!」

 幼さの残る輪郭を汗が伝う。かれこれ十数分は全速力で走っていた。
 疲労が体力を、焦燥が精神を苛み、少女の膝が折れるのも時間の問題かと思われた、
 その時であった。

「――――こっち!」

 校舎の間から、女声が葦菜に呼びかける。
 見ると、背の高い、綺麗な(まあ「あたし」以下だけど!)少女が手を振っている。
 ここの生徒なのだろう、希望崎の制服を身に着けている。

「よく分からないけど、追われてるんでしょ? 匿ったげる!」

 久し振りに会えた人間に対する安堵か、あるいは追いかけっこで疲弊した心が
 そうさせたか、葦菜は迷わず手招く少女の元へと駆け込んだ。
 少女の促すままに、葦菜は校舎の陰へと隠れる。

「…………」「…………」

 二人の少女が身を潜めること数分――――灰ずくめの物体は、てくてくとそこを
 通りすぎていった。

「――――ふう。行ったみたいだね」

「みたい……。ったく、あたしが何したってのよ……」

 さらに数分潜んだのち、ようやく少女たちは校舎の陰から陽の元へとまろびでた。
 安心感からその場にへたりこんだ葦菜は、改めて自分の危機を救ってくれた恩人の
 姿を見上げる。

「……ん、なあに? 私の顔になにかついてるかな?」

「いっ、いや、あのっ……、……助けてくれて、ありがとうございます」

 視線に気付いた少女からの問いかけに、慌てながらも葦菜は小さく礼を述べた。
 一方の少女はお礼の言葉ににっこりと微笑み、へたりこむ葦菜と目線を合わせるように
 自らもまた屈みこむ。両胸のたわわな果実がふよんと揺れる。

「いいっていいって! 私は舘椅子神奈っていうんだけど、あなたのお名前は?」

「えっと、埴井葦菜です」

「葦菜ちゃん、ね。カワイイ名前!」

 口を動かしつつ、自然な動作で神奈は葦菜の元へすっと手を伸ばす。

「お顔も髪も綺麗だし、すらっと長い脚も素敵っ♪ あ、その制服もしかして東中?」

 葦菜を口々にべた褒めながら、神奈はその顔を撫で、髪を梳き、脚に触れる。
 褒められて悪い気はしないながらも、初対面にしてこのような過剰なスキンシップを
 とる神奈に葦菜は困惑する。

「そう、ですけど……あのっ、ちょっ、やめてって……!」

 嫌がる葦菜の言葉にも耳を貸さず、神奈の接触はどんどんとエスカレートする。
 その手が制服の内側にも入りこまんとした時、ようやく葦菜は神奈の目がどろりと
 濁り、顔や吐息も熱を帯び、だらしなく開いた口から涎が垂れていることに気付いた。

「おっ、お礼はカラダで払ってくれればいいから……ハア、ハア……!」

 一難去ってまた一難。
 正体不明の物体に追いかけられた後は、助けてくれた美人にカラダを望まれていた。

「だいじょぶだって! 私、慣れてるから! 優しくするから!」「っ!?」

 神奈は葦菜を押し倒すと、なにやら自らのスカートを探り、中から鉋を取り出した。
 一般流通している木製の鉋とほとんどにおいて同じそれは、ただ一点、台の部分が
 何かの液体で濡れそぼり、焦げ茶色に変色しているという点において異なっていた。

「葦菜ちゃん、おけけ、濃い方? それとも薄い方?
 あっ、どっちでもいいよ! 私が綺麗にしてあげるからさ――――!」

 鉋から滴る粘液が葦菜の頬にぽたりと落ち、それまで絶句していた葦菜はやっとの
 ことで口を開く。

「 へ 、 変 態 だ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ ! ? 」

 少女の絶叫が秋空に響き渡った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「――――この声……!」

「はーきゅん?」

 唯一、少女の叫びに気付いた少年は、弾かれたように踵を返す。
 姉や他の少女たちのかける言葉を置き去り、走る。走る。走る――――。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「もーおーっ! 来るなっつってんでしょーっ!」

 十数分前の焼き直しであろうか――――埴井葦菜はまたも走っていた。
 今度彼女を追うは、地面から僅かに浮遊し、滑るように迫りくる濁った眼の少女。

「フィーヒヒヒ! 女子中学生と放課後ランデブー!」

 哄笑と共に追い縋る舘椅子神奈。
 彼女の空中浮遊のカラクリは、彼女の股間にセットされた鉋によるものだ。
 鉋は術者の少女を持ち上げ飛び、当の術者の少女は自分の重さにより鉋に秘部を
 押し付けるかたちとなり、過ぎてゆく足元にぽつぽつと雫を落としていた。

「ほらほら、もっと速く走らないと捕まえちゃうよー☆ あ、もしや期待してたり?」

「くっ……!」

 急きたてる神奈は、まるで戯れているかのようであった。
 明らかに舐められている悔しさに歯噛みしながらも、葦菜は足を止めることはない。

(逃げるなんて、あたしらしくないけどっ……でも、あたしの攻撃、効かないし!)

 葦菜が逃走を開始する前、彼女は自身を押し倒していた神奈を思い切り蹴飛ばした。
 埴井家に伝わる近接戦闘流派『埴井流格闘術』の使い手たる葦菜の蹴りをモロに
 受け、神奈は鼻血を垂らしながらも全く怯むことなく少女へ魔の手を伸ばし
 続けている。

「スカートを捲って……ぱんつを脱がせて……桃源郷で違法伐採……アー、いい……」

 極上の獲物を前にして過剰分泌され体内を駆け巡る血中変態性欲が
 アドレナリンめいて神奈のダメージを無に帰していることも勿論理由の一つでは
 あろうが、それ以外に、もうひとつ決定的な『差』が二人の間にあった。

(――――『人間』と『魔人』ってだけで、こんなに差があるの……!?)

 そう、埴井葦菜――――のちに魔人として希望崎学園に入学するこの少女は、
 AD2012のこの時点においては、未だ普通の人間であったのだ。
 人間と魔人の身体能力の差など、今更説明するまでのこともないだろう。

「っ――――、しまったっ……!」

 夢中で逃げていた葦菜は、学園の地理を把握する神奈に巧妙に誘導されていたことに
 気付けなかった。
 前方いっぱいに広がり行く手を塞ぐ校舎、そして左右には待ち構えていたかの如く
 鎌首を擡げた鉋が浮遊し、背後からは飛来する変態。

(どこかっ……逃げ場は……!)

 神奈がじりじりとにじり寄る中、葦菜は救いを求めて周囲を見渡す。
 唯一脱出できそうなところと言えば校舎の窓くらいのものだが、それも二階以降に
 のみ設けられており、人間の葦菜の跳躍力では届きはしないだろう。

 ――――絶体絶命か。

「さあさあ……観念しておねえさんに身も心も委ねるのだ……!」

「っ……!」

 神奈が葦菜に飛びかからんとした、まさにそのとき――――、

「やめるんだっ!!」

 校舎二階の窓ガラスを割りながら、幼さを残した、それでいてありったけの勇気が
 込められた声が、二人の耳に響いた。

「「 ――――! 」」

 声の主は葦菜と神奈の間に、葦菜に背を向け庇うようなかたちで着地する。
 ぶかつくパーカーとショートパンツという出で立ちの小さな救世主の後頭部で、
 可愛らしいポニーテールが印象的に揺れた。

「あ……あんた、さっきの……?」

「怪我はない?」

 降り立った一一は、首だけを軽く捻り、横顔を葦菜に向け問いかける。
 落下の際に割り砕いたガラスは、幸いにも一欠片とて葦菜を傷つけてはいなかった。
 葦菜がこくりと頷くと、一はにこりと微笑み、次いで正面へと向き直り、

「君は、僕が守るから……!」

 毅然とした眼差しで、空中に浮かぶ神奈を見据えた。

「フィーヒヒヒ! 僕っ子ボーイッシュ美少女の熱視線! たまらん!」

 対する神奈は身を捩り歓喜に震える。
 一は男性であるが、小さな背丈と少女と見紛うような容貌のせいか、葦菜も神奈も
 彼を女性と勘違いしていた。

「まずは君から先に食べようか、それとも二人いっしょに食べてしまおうか!
 あああ、どっちも捨て難い! 甘美な二択! いただきまあああああああすっ!!」

 しばしの逡巡も我慢の限界が訪れたか、神奈は奇声を発しながら一に飛びかかる!
 一は小さく油断なく構え、押し寄せる変質者を迎え撃つ。
 次の瞬間、二人は激突し、縺れ合って地面に倒れ込む――――。

「なっ……!」「むぎゅう……」「あっ……ん」

 その時――――何か超自然的なちからが働いたのだろうか。
 葦菜の目の前には、仰向けに倒れた一の顔面に神奈が騎乗するという退廃的な
 光景が広がっていた。
 一の顔はスカートの中にあるため窺えず、背を向ける神奈の腰が扇情的に揺らめく。

「はあっ……息が、かかって……っ」

 鉋の刺激によってしとどに濡れたそこに一の吐息がかけられ神奈は官能に喘ぐ。
 だが、やられっぱなしでは済まさない。彼女の本来の気性はSなのだ。
 ぴんと仰け反っていた背中を折り、一の下腹部へと上半身を寄せる。

「お返しにぃ――――♪」

 二つ巴になった神奈は淀む眼で一の桃源郷をロックオンし、右手に糸を引く鉋を構え、
 左手で一の穿くショートパンツとその下の布を纏めて掴む。
 一はこのまま剃毛されてしまうというのか!?

「御開帳ぉー! フィーヒヒヒ、アバーッ!?」

 掴むそれらを神奈は一息に下ろし――――吐血!
 一体何が起こったのか!? 一の股間には、何か罠が仕掛けてあったのか!?

 それはある意味で然り!
 神奈の目が捉えたのは、そこにあるはずのないもの――――『男』の象徴であった!

「あ……ありえないィ……なんでこんな可愛い女の子に……まさか、お、オゴーッ!」

 絶叫し、仰け反って頭を掻き毟る神奈。
 美少女を剃毛しようとしたらそこに剛直がある――しかもかなりのサイズだ――という
 状況に、頭がどうにかなりそうであった。

「えっ……な、何がどうなってるの……?」

 葦菜にとっては、一に跨る神奈が突然発狂したようにしか見えない。
 しかし、この展開が猶、危険極まりないものだということは分かる。
 あとしばらくもすれば、神奈の尻に潰された一が窒息してしまうやも知れぬのだ!

(なんとかしないと……でも、どうやって?)

 脳裏に浮かぶのは、埴井の家で見た、蜂使いの親族たちの姿。
 自分も魔人ならば、蜂使いならば、目の前の少女を助けられるのに――――。

(魔人に……蜂を、操る……今すぐ、魔人に……覚醒……!!)

 だが、望んで覚醒できるものであろうか。
 否。こころばかりがただ焦るのみ。

「スゥーッ! ハァーッ!」

 そうこうしている間に全身を使った呼吸により神奈の発狂も治まったようで、
 代わりに彼女の胸には邪悪なる決意があった。

「そうだ……きっとこの子は、わるい能力者に男にされてしまったに違いない……。
 この醜いブツをちょん切っちゃえば、絶対に元に戻るハズ……私は詳しいんだ……!」

 どす黒い焔が神奈の目に燈り、力強く鉋を握る右手が振り上げられる!
 その光景に、葦菜も(さすがに去勢とまでは読めなかったが)不穏な気配を察する。

「待っててね、僕っ子ちゃん……! おねえさんがその呪い、解いてあげる……!!」

 もがく一に拘束を抜け出す手立てはない。
 ――――すなわち、この場を打開できるのは自分だけ。

( どうすれば―――― ダメ―――― 魔人に―――― 助けなくちゃ―――― )

 極限まで追い詰められた脳が、葦菜に唐突に理解――――否、『認識』させた。

( あたしは あたしが あの子を ―――――――――――――――――― !! )

 魔人に『なりたい』ではなく『なっている』。
 蜂を『使いたい』のではなく『使える』。
 そして、目の前の少女を『助けたい』のではなく『助けられる』――――!

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 振り下ろされた狂気の鉋は、その目的を遂行することなく使い手ごと吹き飛ばされた。
 無防備な背後より、葦菜の強烈な飛び蹴りを受けたためだった。
 葦菜は攻撃の勢いのままに一を飛び越して着地し、守るように背中を向け直立する。

「あんた、怪我はない?」

「えっ……う、うん」

 起き上がった一は顔中を愛液でべとべとにしながらも外傷はなく、葦菜が顔半分で
 振り向くよりも一瞬早くショートパンツを穿き直していた。
 葦菜は安堵の表情を見せ、しかしすぐに顔をさっと赤くして前に向き直ると、

「こ、これで貸し借りはなしだからね! 元はこいつ、あたしを狙ってたんだから!」

 『魔人』埴井葦菜のビシッと真っ直ぐに伸ばした指と決断的な視線が神奈を射抜く。

「――――あんたの相手は、このあたしよ!!」

 対する神奈は、今度は狂喜の雄叫びを上げなかった。
 打って変わって冷やかな思考が、背中に受けたダメージと、目の前の少女の周囲に
 集まり出した蜂たちとを分析する。

(あの子……なるほど。たった今覚醒しちゃったワケ。となると、ちと分が悪いわね)

 相手は魔人二人、対する自分は一人でしかもコンディションも最早良好とは言えぬ。
 神奈は確かに狂人には違いなかろうが、それでも命あっての物種であることは
 理解していた。

「しかし美少女二人を見逃すのはやはり惜しい! 据え膳食わぬはなんとやらー!」

 理解しつつも、己が変態性欲に殉ぜずして何が変態魔人か!
 再びその場にふわりと浮かびあがると、両手に鉋を携え二人に急接近!
 葦菜と一は戦闘再開の緊張に身を強張らせ、

「フィーヒヒグワーッ!」

 構える二人を素通りし、神奈が校舎の壁に激突した。
 振り返った二人は、校舎の壁に顔面から突き刺さった神奈を見、次いで向き直り、
 この殺伐たるオブジェの造り手の姿を見た。

「あら~、葦菜ちゃん~。奇遇ね~。どうしたの、こんなとこで~?」

「し、紫苑姉さん!?」

 二人の前に現れたのは、希望崎学園三年・埴井紫苑であった。
 葦菜より四つ年上である紫苑は、葦菜が幼い頃は姉のように彼女の面倒を見ていた。
 物心ついた頃から葦菜はそれまでほど紫苑にひっつかなくなったが、心の中では
 今でも姉の如く慕っており、その気持ちは呼び方にも表れていた。

「少し待っててね~。用事がすんだら、危ないから一緒に帰りましょう~」

 紫苑はにこやかに笑みながら、つかつかと壁から生えた神奈の元へ歩み寄る。
 ちょうど壁の元へと辿り着いたのと同時に、神奈が首を引き抜き地に降り立った。

「……あー、お隣のクラスの埴井ちゃんね。なるほど、ご家族」

「舘椅子さん~、葦菜ちゃんにいじわるしちゃダメじゃない~」

 神奈は血混じりの唾液を吐き捨てると、再度状況判断を下す。
 ゆるくウェーブのかかった長髪。糸のように細められた目はその笑顔を
 より柔和なものにし、間延びした喋りや豊満な胸とあわせ、包み込むような母性を
 感じさせる。

 先刻己を吹っ飛ばしたこの少女は確かに強いだろう。だが、温厚そうなこの少女は
 明らかに闘争心に欠けており、ほとんど姉妹丼の可能性を見出しコンディションも
 重点された今の自分なら、きっと――――。

「私の家族をいじめる子には、おしおきしなきゃね~」

 紫苑の目がすうっと開かれる。
 途端、その場の三人は背筋が凍りつくような恐怖を覚えた。

 そう、この埴井紫苑は、普段は誰に対しても分け隔てなく優しく接する慈愛に満ちた
 少女である。
 ところが、ひとたび家族など自分の大切な存在を脅かされれば、静かながらも
 激しく燃え盛る『憤怒』の焔で万物を灰燼に帰す、怒るとすごく怖い人なのだ!

「ア、アイエエエ……こ、これはお互いに合意の上でのアレでして……」

「うふふ、嘘はダメよ~」

 神奈に迫る蜂たちの目が怪しくひかり――――――――。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「葦菜ちゃんも遂に魔人になったのですねっ! おめでとうございますっ!」

 明るい声と輝くような笑顔で、葦菜の従姉妹・埴井ホーネットが言った。
 葦菜の魔人覚醒の報を聞きつけたホーネットは彼女を自宅たる埴井養蜂場へ招き、
 お手製の蜂蜜菓子を振る舞いお祝いのパーティをしているのだった。

「いやー、私もお先に魔人になりましたが、あれは本当に良いものでした……♪」

 ほうっ……と、赤く染まった頬に手を当てうっとりと語るホーネット。
 ホーネットは数か月前――2012年8月8日――彼女の14歳の誕生日――に
 愛する蜂たちの針で処女喪失しようとしアナフィラキシー・ショックに陥り、
 激しい痛みとそれを上回る快楽の狭間で魔人として覚醒したのだった。

 なお、魔人一族である埴井家では、主に二つのパターンで魔人に覚醒する。
 生まれた時から既に魔人であるパターンと、生まれた時は魔人ではないが
 後天的に魔人覚醒するパターン。葦菜もホーネットも後者であった。

 そう言ってる間にも、ホーネットは葦菜に身振り手振りを交えて魔人覚醒時の
 あんなことやこんなことを話しているが――――。

「……葦菜ちゃん、聞いてますか?」

 己が初体験の話を熱っぽく艶っぽく語っていたホーネットは、
 ふと目の前の葦菜が、どこか上の空な様子でボーッとしていることに気付いた。

「えっ? えっと……ごめん、なんだっけ」

「もうっ! 別にいいですよーだ。その代わり、葦菜ちゃんの覚醒の時のお話を
 聞かせてください。確か、希望崎学園に見学に行かれたのですよね?」

 いきなり水を向けられ葦菜は困惑した。
 その話題は奇しくも、先程葦菜が黙考していた原因でもあった。

「あー……」

 そう、葦菜は希望崎学園に見学に行き、それから紫苑に連れられて帰って来たのだ。
 帰ってきたら魔人になっているのだから、なにかはあったのだろう。
 だが、申し訳ないことに――――。

「――――なんでか分かんないけど、あんま覚えてないのよね」

「えええーっ! なんですかそれー!」

 口を尖らせ抗議の視線を送るホーネットだったが、覚えていないものは仕方ない。
 というのも、紫苑が神奈に対してした『おしおき』のあまりの苛烈さに、葦菜の脳は
 それにまつわる記憶を頭の奥の方に封印してしまったのだ。
 故に葦菜がどれほど思い出そうと唸っても、掬い上がるのは断片的な枝葉末節のみ。

 ――――――――確か、希望崎学園を見学に行ったはずだったわね……。

 ――――そこで誰かに会ったような……。

 ちっちゃくて、おどおどしてて、それでいて花の綻ぶようにふにゃっと笑って……。

「……葦菜ちゃん、顔、赤いですよ?」

「っ!?」

 ホーネットの言葉に驚き顔に手をあててみると、確かに頬が熱く火照っている。
 おぼろげな記憶の中にいる“誰か”を思い出そうとすると、どうしてこう、変な
 気持ちになってしまうのか――――葦菜には、己の早鐘の正体が分からない。

 ただ、ひとつだけ思いだせたことがあった。

「……ホーネット、ゴム持ってる?」

「ふぇえっ!? えっと、私、蜂さん達とはいつも、その、生でっ……」

「そっちじゃないわよ色惚け! ヘアゴムよ! 大体つける必要ないでしょンなモン!」

 その言葉で合点がいったのか、真っ赤になったホーネットは棚を漁り、同じく
 真っ赤な顔をしている葦菜に、同じく真っ赤なヘアゴムを渡した。
 やがて葦菜の下ろされていた長い髪が、ボリュームのあるポニーテールへと変じる。

「おおーっ、ポニーテールも似合いますねっ! でも、いきなりどうしたんですか?」

「……別に、ただの気分転換よ」

 どこか素っ気なく言い放ちそっぽを向く葦菜だったが、その横顔は不思議な煌めきを
 湛えていて、まるで恋する乙女のようであったという――――。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あーあ。私ったらいつのまに死んじゃったのかしらねェ」

 そこは、時間も、場所も、何をも窺い知れぬ、とこしえの闇の空間であった。
 魂だけの存在になった舘椅子神奈は、最早数えることもままならぬ程の体感時間を
 生前の記憶を思い出すことに費やしていたが、一向に成果はなかった。

 神奈の記憶もまた、自身の脳が精神の崩壊を食い止めるために鍵をかけ封印していた。
 余程のことがない限りは、このトラウマが蘇ることはないだろう。

「まあいっかあ。思い出したところで、死んじゃった以上どうにもならんのだし」

 結局前向きなんだか後ろ向きなんだか分からないところへ落ち着き、次いで神奈は
 存在しない身体を捩り、消え果てた手で頭のあるべきところを思い描き、掻き毟った。

「でもこれだけは覚えてる! 美少女中学生! 僕っ子ボーイッシュ美少女!
 アアアアアアアア――――ッ! またとないチャンスだったのに! ガッデム!!」

 そう――――バステやカウンターは死ねば消えるが、十八年間、片時も離れず
 共に在った変態性欲は、死して猶、彼女の心に深く根を張っていた。

「いずれ、絶対に僕っ子ちゃんを呪いから解き放つ! そしてしかるのちに三人で
 仲良くタノシイことをする! 無論、おけけは剃るだけ剃る! ガンバルゾー!!」

 闇よりも深き黒の世界に、禍々しい絶叫が木霊した。            <終>

MPおよびGKスタンス

キャラ 能力 SS ボーナス 増減 仕様
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最終更新:2012年06月28日 11:50