花咲雷鳴の闘い・1(by 花咲雷鳴)


今回のトーナメントに参加表明をした花咲雷鳴であったが、現在、絶賛悩み中であった。
いかにして己が今回の戦いで勝利を収められるか、その方法について。
腕っ節でなんとかなると、そんな風に思って戦場へと身を投じた雷鳴であったのだが、
しかし、蓋を開けてみれば――


――――――


どうしようかなぁ……困ったなぁ……。
とりあえず生き返りたいからって、この大会?に参加したはいいけど……。
本物の魔人格闘家も参加しているんだよなぁ。
あのロダンって人、前にテレビで見た世界格闘大会の選手だよなぁ。
腕っ節に自信があったから参加したけれど、本物の格闘家相手じゃかなり辛いよなぁ。

あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
物騒な雰囲気の霊体たちのあいだをうろついて、落ち着かない魔人墓場をうろついて、
それで気分が晴れるはずもなし。

そもそも……はぁ、そりゃそうだよなぁ。みんな魔人だもんなぁ。
……魔人能力……かぁ。どうしよう。僕は戦闘で使える能力なんて持っていないし。
せめて刃物とか、何か武器になりそうなものでもあればなぁ。


――――――


雷鳴が悩むのも当然の話である。
蓋を開けてみれば、今回の戦いに参加する者達は一騎当千の強者揃い。
自慢の身体能力を歯牙にもかけないレベルの参加者もちらほらといる。
その上、雷鳴は、自身の能力が相手に危害を加える類のものであると気付いていないため、
それらの難敵を相手に無能力で立ち向かわねばならないと考えていた。
一体どうすれば――塞ぎこむ雷鳴の耳に、その時、ひとつの『音』が飛び込んできた。
聞き覚えのある、雷鳴にとって忘れようはずのない、音が――


――――――


どうしようか。とにかく隠れて不意打ちか。何か罠でも作ればいいのか。
でも、そんなものが通用するだろうか。ああ、困ったなぁ。

……いや!
駄目駄目、沈んでいないで、なんとか自分が勝てる手段を見つけよう。
僕は勝って、勝って、勝ち抜いて……どうか、あの子に。

――キャリン

あの子に、あの時、伝え切ることのできなかったこの気持ちを。
あぁ……会いたいなぁ。

――ギャリギャリン

……ん。
……えっ!?
思わず自分の耳を疑ったけれど、この音は、まさか。
まさか、あの子のことを思い出していたから聞こえた幻聴ってこともないよね?

――ギャギャギャギャリン

間違いない!
黒々した魔人墓場に幽かに響くこの音色。
恨み言や闘争の息吹を吐き出す霊体の群の奥から届くこの音。金属を削る不規則で甲高い音。

そんな。
どうして。
でも、間違いない。

走って、走って、思わず全力疾走なんかして。
音がどんどんと近づいてくる。もうすぐ、見えるはずの姿が……やっぱり!見えた!

そんな、どうして?
どうして、あの子がここにいるの?
ここは……魔人墓場なのに。ああ、もう、頭がこんがらがって、訳が分からない。

魔人墓場の中央、霊体たちの多くがうろついていた戦慄の泉から離れた端っこで、
僕に大会の説明をしたあの、比良坂っていったっけ。あの三兄弟に向かって……

墓場には似合わない、身動きのとりやすそうな軽装で、
闇に溶ける黒髪をポニーテールに結わってゆらゆら揺らし、
手に持った金属製のメモ帳に、鋭く尖ったペン先でガリガリと文字を刻みつけ、

甲高い掘削音と、ぱちぱちはじける火花を周囲に散らし、
その火花に視界を遮られないよう、度の入っていない眼鏡をかけて、
その火花を吸い込まないよう、薄手で丈の長いマフラーを深く巻きつけ、

嬉しそうに、楽しそうに、笑いながら、目をきらきらさせながら、
三兄弟に何かを聞いては、手元のメモ帳にはじける花を咲かせている……

ああ、なんで、どうして?
でも、ああ、やっぱり嬉しいよ。
何がなんだか分からないけど、嬉しいよ。また、君に、こうして会えて。


――――――


忘れられない音に導かれ、雷鳴が駆けつけた先に、
雷鳴の忘れられない人が、想い人が、初恋の人が――確かに、そこにいた。


花咲雷鳴の闘い・2(by 花咲雷鳴)



「これ、美味しいのでどうぞ!お話ありがとうございました!」

「「「それじゃあ好きにインタビューしちゃってくださいねー」」」

あの子が、楽しそうにお話をしている。
あぁ……やっぱり、この距離で見つめるのが落ち着くなぁ。
でも……今度ばかりは、もう見つめているだけじゃ駄目だ。
僕は決心したんだ。次こそあの子にこの気持ちを伝えようって。
その次が来たんだ。逃げるわけにはいかない。

前に、一歩を。

あの子の後姿が近づく。
いつもよりずっと近い距離だ。
最後に会ったのはいつだっけ。一年前?二年前?つい昨日のことのように思い出せる。

胸が苦しい。霊体なのに、
心臓が壊れそうなくらいどきどきして、息が吸えないくらい肺が縮こまってる。

前に、もう一歩。

あの子が、目の前に。
もう、声をかけるのに十分な距離だ。
ずっと追いかけていた後姿に、あの時から見失っていた後姿に、今日こそ……
僕はこの大会に参加したんだ。地獄に落ちるかもしれないんだ。今しかない。次はない。

「あ、あの……」

初恋の人が、僕の声で振り返った。
伊達眼鏡の奥で、きらきらした目を、こちらに向けて、不思議そうに、僕を見て……
おや、と、驚きの声と、

「青い鳥さんじゃないですか。お久しぶりです。こんにちは」

明るい笑顔を向けてきて、それだけで思わず耳が熱くなった。


――――――


「ええ、知っていましたよ。よく遠ーくからこちらを眺めていましたよね」

「あ、その、気付いていたんだ……」

「SPさんが教えてくれましたしね」


「ところで、君も……死んじゃったの?」

「はぇ?……ああ、はい。ふふふ……まあ、お蔭様でというべきでしょうか」

「お蔭様?」


「あなたもこのトーナメントに出場するんですか?」

「あ、う、うん」

「魔人能力同士のぶつかりあい……激しくなりそうですね!」


夢だろうか。それともここが天国だろうか。
ずっとお話をしたくて、それが怖くて、
自分の能力で遠くからそっと手を握ったり、こっそりデートしたり、そんな日々ばかり。
それが、こんなあっさり、こんな簡単に、夢が叶って。

ああ、簡単なんかじゃない。あれからずっと頑張って、その努力が実ったんだ。
いや、何を考えているんだ。僕は。ああ、もう、嬉しくて、よく分からないや。
君とこうしてお話できるなんて。
本当に幸せだ。こうしてずっとお話していたいや。

でも、僕はもう、立ち止まらない。今がチャンスなんだ。今しかないんだ。
神様か誰か知らないけれど、ありがとう。とにかくありがとう。こんなチャンスを。

「そ、それで!その……僕は、君に、ずっと伝えたかったことがあるんだ!」

今しかない。頑張れ。僕の勇気。

「何でしょう?」

君の目が、僕を見る。
喉がくっついて、声が出なくなりそう。膝がふわふわして、立っていられなくなりそう。
でも……もう時間なんてかけない。

「君の名前も知らないけれど、僕は君のことがずっと好きでした。
 僕の名前は花咲雷鳴といいます。
 家族には、裸繰埜家身割(らくりのやみさき)雷鳴って呼ばれています。どうか――」

これからずっと、よろしくお願いします――お互いに死んじゃっているけれど。


花咲雷鳴の闘い・3(by 花咲雷鳴)



広くて、寒いこの工場の倉庫の中。
ずらりと並んだマネキンたちが、出番を待って気をつけしている。
薄暗くて、物陰が多いこの建物の中、白い人形がぼんやりどこかを眺めているのは、
なんだか本当に、寂しくなる景色だ。
僕の、日常風景。

作業場とつながったこの広い倉庫を通り抜けて、端の小部屋に足を踏み入れる。
壊れたマネキンのパーツを積んでおく、このスペースが、僕の秘密の花園だ。

沢山のマネキンの足が、手が、明りとりから差し込む常夜灯の光で白く光っている。
ただいま。みんな。

うず高く積まれた手や足に、うずまるように、身を沈める。
プラスチックの冷たい手足に、確かな人肌のぬくもりを感じられる。
僕だけが分かる、僕だけの桃源郷。

みんな、喧嘩しなかった?
今日はデートできなくてごめんね。
ねぇ、君。今度、一緒に水族館に行こう。
君とは、動物園がいいかな。
君とは、やっぱり遊園地に……。
君とは、君とは、君とは、君とは……。

ああ……。

本当は分かってる。

やっぱり、こんなのはきっとおかしいことだよね。


――――――


……はぁ。
……言い切った。
……言い切った。思いの丈を、言い切った。
怖いけれど、まだ全身が痺れたみたいで、目の前が真っ白に霞んでいるけれど。
昔のことが、ぐるぐると頭の中を回って、こういうのを走馬灯って言うのかな。
ああ、意識が飛びそう。でも、駄目だ。目は閉じられない。
また、目を閉じている間に逃げられちゃいそうで。

僕の告白を聞いたあの子、あの子なんて呼ぶのもおかしいかな。
目の前にいる初恋の人は、なんと答えるだろうか。
恐る恐る、知らずに下がっていた目線を上げて、その顔を見る。

「へぇ……」

初恋の人は意外そうな、びっくりしたような、それと、ちょっとだけ照れたような表情で、
僕のことを見つめていた。くりんとした目が、まんまるになっていて……頬が熱くなる。

「少し、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え?あ、は、はい」

そして、そんなことを僕に訊いた。
僕の心臓、死んだ後のほうが、たぶんずっと働いているな。


――――――


「人に歴史ありって言いますよね」

「は、はい」

「花咲君は私の事をずっと見てきましたよね」

「う、うん……はい、何年も」

「六年です」

「あ、う、うん……覚えているん……だね」

「もちろんです。それでですけれど、
 それでも、花咲君は私のこと、知らないことばかりだと思うんです」

「あ……その、名前とか……」

「さがみさん、泣いていました。私、初めて見ました。辛かったです。
 でも、さがみさんは、自分のことは自分でやりました。だからいいです」

「さがみさん?」

「社はその辺、細かいことだって、気にしていませんでした。だからいいです。
 でも、オウワシに頼まれたんです。
 蹴飛ばせるようなら、病気のやつを蹴飛ばしたいって。誰でもいいからやってって」

「え……?」


――――――


目の前が、突然真っ暗になった。
彼女の靴が、僕の顔面を蹴り飛ばし、
首がもげそうになるくらいの衝撃と一緒に、僕は後ろへ吹き飛んでいた。


花咲雷鳴の闘い・4(by 花咲雷鳴)



なんで……?
何がなんだか分からない。なんとか、蹴っ飛ばされたことだけは分かったけれど。
よっぽど僕の顔がなんでって表情だったんだろうか、

「そりゃあ蹴れますよ。蹴りたいと望みましたから。奇跡と神通力の無駄遣いですけれど」

なんだか妙な説明をして、いやいや、僕が気になるのはそんなことじゃなくて……。
なんて言っていたっけ?人の名前が何個か出てきたような。誰のことかも分からない。

「だから言ったでしょう。人に歴史ありって。
 花咲君は知らないかもしれませんが、私には私の歴史がありました。
 だから、こんな風に、あなたの知らない理由で、あなたを蹴飛ばすこともあります。
 それでも、私のことが好きだなんて、言えるんですか?」

身体に力が入らない。指先ひとつ動かない。
うねうねする歪んだ視界の中で、彼女が僕にそう言った。
今しかない。頑張れ、僕の身体。
何のために身体を鍛えてきたんだ、僕は。
あんな寂しい思いはもう沢山だ。

「……好きです」

君のことはやっぱり、よく知らないけれど。
知らない名前が山ほど出てきて、何がなんだか分からないけど。
意味も分からず、蹴飛ばされたけど。
ああ、でも君が怒っているなら、君の友達に、僕が何かしたのかな。
君が怒っているところなんて、少ししか見たことがないし、いつも友達絡みだったっけ。
……ああ、やっぱり、思い出すのはいつも君のことばかり。
君がいなくて寂しい思いをしたことばかり。

何がなんだか分からないけど、お話できて、触れ合えて、こんなにも嬉しいんだもの。
恋は盲目、ままならないって、本当だね。
やっぱり僕は、君のことが好きなんだ。

「そう、ですか」

僕が、なんとか口にした言葉。どうにか彼女の耳に届いたらしい。
どうだろう。僕は、君と一緒なら、地獄だって、天国と変わらない。
だから、どうか。

「でも、実は私、魔人墓場へは取材に来ただけで、死んでいる訳ではないんですよ」

……え?

「今は現世で楽しく過ごしていますから……
 まあ、ほづみなんかは最近よく地獄に来ていちゃいちゃと……それなら蘇生させれば……
 ああ、地獄の方が肌に合うのかな……まったく、物騒ですねぇ……」

また知らない名前が……いや、それより、そんな、折角会えたのに、またお別れなの?

「そういう訳で、これからずっと、という花咲君のご希望には沿えません」


――――――


それが、僕の言葉に対する彼女の応え。
そんな、でも、でも、ああ、そんなことじゃ諦められない。
そうだ。まだ、この大会で優勝すれば蘇れるんだから。だから……。

「地獄に落とされるかもしれなくても、蘇りたいのですか」

君に想いを伝えたんだ。だから、その先を見なくちゃならない。
もう、僕は能力なしで想いを伝えられるんだ。能力なしで、君と触れ合いたい。

「……あなたの能力、もう、必要ないと?」

僕にはもう、この能力は必要ない。君とこうして喋れたのだから。
僕に必要なのは、もう、君だけだ。

「……えへへ。少し、照れますね」

だから、僕は大会に勝って、蘇って、君のところへ迎えにいくよ。

「……もうひとつ、訊いていいですか?」

なんでも、どうぞ。

「あなたの能力の名前を、教えてくれませんか」

僕の能力名……

「LOVE and PIECE」

僕の能力名を訊いて、どうするんだろう。
分からない。でも、ああ、君のその表情……

「らぶあんどぴーす……気に入りました」

とても、綺麗だ。

「気に入りました。とても私好みの能力名です。
 それじゃあ花咲君。ちょっとだけ、私からあなたに、プレゼントをします」

彼女は、嬉しそうに笑っていた。何だか分からないけれど、僕も嬉しくて笑った。
そして、彼女は僕に、手に持つメモ帳から、鋼鉄製のメモを4枚、取り外して差し出した。


花咲雷鳴の闘い・5(by 花咲雷鳴)



「このメモには、魔人能力を宿す力が備わっています」

彼女がそう、語り始めた。
そして彼女に蹴られて、ひっくり返って、大の字に寝転がっている僕の胸に、鉄板を置いた。

「あなたの心、見せてもらいました。能力はもう必要ないって、綺麗な決意でした」

まともに動くこともできない僕は、彼女の言葉を聞き続けることしかできない。
でも、ああ、それだけで凄く幸せだなぁ。

「でも実は私、魔人能力が大好きなんですよ。魔人能力が活躍する様を見るのが大好きです」

え、ちょっと、ちょっと待って……。

「だから、私に見せて下さいよ。あなたの決意が生み出す奇跡を。
 魔人能力に頼らずに、魔人能力以上に輝く、あなたの姿を」

え……あ、う、うん……見せるとも!

「1枚目のメモには、能力封印の力が宿っています。私が以前、コピーしておいたものです。
 これであなたの能力を封じます。決意の程を、見せて下さい」

もう、この能力は僕には必要ない。何も問題はないよ。

「2枚目のメモには、この地獄と現世をつなぐ動画送信能力が宿っています。
 こちらは私の取材用ですね。あなたの周囲を映せるので、是非活躍を見せて下さい。
 現世でも、もしかしたら、あなたに興味を持っている人が見ているかもしれませんよ」

君が見ていてくれるなら、それだけで十分だ。

「それで、3枚目のメモには、これらのメモがあなた以外に使えず、また、
 外部からの魔人能力の干渉を無効化する力が宿っています。
 他人に持っていかれてもご心配なく」

君からのプレゼント、他人になんか渡さないよ。

「最後の4枚目のメモですが、これには私の能力が宿っています」

君の……能力?
そういえば、さっき蹴っ飛ばしたときの力……君も魔人……?

「遠ーくからでも、見ていて気付かないものですかね……。まあ、いいです。
 私の能力は奇跡を願う人の思いを集めたり、見聞きしたりできる能力です。
 その集めた思いを使って奇跡を起こすこともできるんですが……
 まあ、その辺はあなたには無理でしょう。
 なので、相手の心が見える能力だと思ってください」

あ、そういえば、さっきから喋っていないのに会話が通じているのも……

「はい、私の能力です。
 あと、私の能力は魔人能力を強化する効果もあって、
 それでこのメモの力も強化されていますから、
 これだけは他にひとつ、能力をコピーすることも可能です」

能力をコピー……他の人の能力を?

「霊体からコピーできるほどの余力は残っていないので、
 戦場で出会った相手からコピーして見て下さい」

うん、わかったよ。

「これでプレゼントの説明は終わりですが、それと……最後にもうひとつ」

何かな?何でもどうぞ。

「こんなこと、他の誰にも聞かせられないことですし、多分一度しか言いません」

う、うん。

「……先ほどは友達に代わってあなたを思い切り蹴飛ばしましたけれど」

うん、まだ身体がぴくりとも動かないや。

「……あなたの能力のお陰で、
 私は素敵な物を見て、素敵な出会いをして、素敵な時を過ごせました」

……え?

「ありがとう」

…………うわあ。
……どうしよう。凄く嬉しいや。
彼女が僕に、笑ってくれた。

知らない人の名前ばかりが出てきて、知らない理由で蹴飛ばされて、
知らない理由で感謝されて、何が何だかさっぱり分からない。
人に歴史あり。本当にそうみたいだね。君の言っていることは半分も理解できなかった。
でも、君が好きだと改めて知るには十分だったよ。
訳が分からなくても、理不尽に感じても、それでも、こんなに嬉しいんだもの。

だから、僕も、僕からも、ありがとう。
きっと、蘇って、君のところへ迎えに行くよ。

「あ、まだ〆ないで下さい。メモの使い方を説明していませんでしたね」

えっ

花咲雷鳴の闘い・6(by 花咲雷鳴)


†††††††


夜も更けた時刻。
月明かりが黒々と影を映す、古びた日本家屋の縁側の奥、閉じられた障子戸の向こう側、
闇の帳に包まれた一室に、艶を含んだ吐息が篭っていた。

枕元にある灯りを落とした行灯と、しわのよった布団が、
障子戸越しのぼやけた月明かりに薄っすらと浮かび上がっている。
その布団の上、両手を頭上に拘束され、横たわる柔らかな曲線を描いた人影も、また――。

「あ、あの……どうして……?」

両手首に、痣など残らないよう優しく、しかし解けないよう巧みに為された拘束を感じつつ、
布団に横たわる少女は、やや震える声で、自分を拘束した相手を闇の先に見つめ、訊ねた。

「あれ?もしかして……嫌だった?嫌ならすぐに解くけど……」

闇に溶け込むように、少女の身体を覆うように揺らめく影が、
少女を拘束した張本人でありながら、相手の様子を気遣う声音を出した。
夜空に浮かぶ雲が風に流れたのか、月明かりがゆっくりと室内を撫で、
少女を覆う影の……顔辺りだろうか、きらりと眼鏡のレンズがその光を反射した。

「い、いいえ……嫌、というか……その……何で手を……縛って?」

「ああ、良かった。えっと、いつも攻められてばかりじゃ……って、そう思って。
 だから、今日はたっぷり攻めてあげるね」

「えぅっ!?せ、攻め!?あ、あの、じゃあ、もしかして……このまま……」

「こんな機会を待っていたんだよ……えへへ」

上の影が、どこからか鈍く銀色に光る鉄板を取り出し、少女の前へかざして見せた。
その時、雲が晴れ、白い月の光が丸窓から差し込み、言葉を交わすふたりの姿が浮き上がる。

腕を拘束され、布団に横たわる少女、逆砧(さかきぬた)れたいたぷた。
純情触手、姦崎姦(かんざきれいぷ)が呪いにより女体化した姿である。
その上に被さるように、鉄板を片手に、嬉しそうに微笑む少女、夢追中(ゆめさこかなめ)。
姦崎姦と長きに渡る純愛の末、異種族婚をした魔人少女である。
ふたりは今、まさに夫婦の営みを行わんとしてるところであった。

「このメモが能力を記録できるって知っているよね?
 さて、これには何が保存されているでしょう?……正解は姦君の『絶対性戯』でした!」

「わ、私の能力?」

「結婚式の時に記録しておいたんだ。
 このメモは能力を直接受ければ相手がどんなに離れていても能力を記録できるし、
 能力を受けなくても、社の気分次第だけれど、大体20m位の範囲に術者がいれば、
 メモを身に着けた状態で能力を記録したいーって念じれば記録できるから。
 あの時、社に格好良く飛び掛っていた姦君を見て、思わずコピーしちゃった」

「そ、それで……どうして……今……?」

「姦君の能力って対象制約に女性のみが付いているから、普段は使えなくって。
 それで!今日はちょうど姦君が女体化してるじゃないですかってことで!
 大丈夫だよ。私は姦君がどんな姿になっても、姦君の綺麗な心が見えるから」

夢追は眼鏡を外し、枕元の行灯脇に置くと、逆砧の顔へ、自分の顔を寄せた。

「キスはもう少し待ってて……姦君が元気な時にしちゃうと、
 私が攻めるどころじゃなくなっちゃうから……舌も動かない位になってから……えへへ」

「えっと、えっと……」

「触手の絶技、極限の性戯……いつものお返し、だよ」

逆砧の耳元へ囁くように前口上を述べ終えた夢追は、一度、身を起こし、

「よ、よろしくおねがいします……」

そう呟いた逆砧の上で、メモを掲げ、厳かに開戦の合図を告げた。


――『絶対性戯』!


その後、夜が明けるまで、
白い肌の上を鮮やかに滑る指先が奏でる、艶やかな音色が、聴こえ続けたという。


†††††††

花咲雷鳴の闘い・7(by 花咲雷鳴)


「ごちそうさまでしたぁーっ!!!」

「えっ」

メモの使い方を説明すると言って、何か精神統一を始めたと思ったら、突然大声を出す彼女。
どうかしたのかな?また、僕には分からない何かだろうか。

「テキストベースで状況を送ってきたと思ったら何ですかまったく!
 わざわざ暗がりで!上にいるのが姦崎君だと思わせる叙述トリックですか!
 あとどんな姿になってもって、それはむしろ触手の姿の時に言えって突っ込み待ちですか!
 仲良しですね本当に!羨ましい!」

な、なんだかひとしきり激しい独り言……独り言なのかな?

「あ、ごめんなさい。ちょっとメモの能力説明について実例を探っていたら……
 かなめ……絶対に浮かれ過ぎてうっかり送信してきたよねこれ……
 え、ええと………………はい。あなたの活躍、見せて下さい」

え……あれ?説明は……うん、いいや。
見せるよ。僕が頑張るところを。君と会えて、お話できて、勇気をもらえた。
能力なんて無くたって、きっとどうにかしてみせる。

「花咲君の一回戦の対戦相手は確か科学者さんとアメーバさんでしたね。
 それを持っていれば、言葉の通じない相手でも、きっと心が伝わります。
 どうか……相手の心、知って見て下さい」

うん?……うん。

「あなたは能力が無くてもいいと言いましたね。
 ラブアンドピース……使えなくても、見せて下さい。それ以上のラブアンドピースを。
 きっと、それができればどうとでもなりますよ。地獄の沙汰もラブアンドピースです!」

うん。頑張るよ。

「それではもうそろそろ本番のお時間でしょうか……いってらっしゃい。
 私はあなたの戦いを、現世へ実況中継でもしていますから。どうぞ存分に」

きっと、優勝して、蘇ってみせるから。
……でも、その前に、僕からも訊きたいことがあるんだ。

「何でしょうか?」

君の名前を……教えてくれないかな。

「おお!名乗るのをすっかり忘れていましたね!」


――――――


さらりと結わえた黒髪をなびかせて。
にこりとひとつ、微笑んで。
彼女は歌うように、名乗りをあげた。

「ダンゲロス報道部より参りました、夢追中が四身のひとつ、佐倉光素と申します。
 地獄で起きる、魔人のバトル。是非とも取材をと現世から次元を超えてひとっとび。
 素敵な戦いを期待しておりますので、どうか選手の皆様、頑張ってください!」

ありがとう。さくらこうそさん。
僕の目標に名前がついた。
きっと、君の期待に応えられるよう、頑張ってみせるよ。


――さあ、闘いの始まりだ。


幕間SS『花咲雷鳴の闘い』<終わり>



花咲雷鳴の闘い・補足(by 花咲雷鳴)


選手の皆様、朝に死んだ方にはおはようございます。
昼に死んだ方にはこんにちは。夜に死んだ方にはこんばんは。
魔人同士の熾烈な闘いの取材にと、現世からやってまいりました、佐倉光素と申します。

本日は『ダンゲロスSS2~冥界無常~』の幕間SS『花咲雷鳴の闘い』について、
この場を借りて、さらりと補足説明をいたします。

選手の皆様は花咲選手と同じように、多数登場する人名が誰でどういう関係なのか、
過去に何があって、どうしてこんな事態になったのか、一切を把握することなく、
「何が何だかわからない」「でもそんな状態の花咲選手がどんな反応を示すかはわかった」、
それだけでいいとも思っておりますが、
「気になるんだよ!」という方も中にはいらっしゃるかもしれませんので、
そんな奇特な方がいらっしゃいましたら、ご参考に、お役立てください。


それでは人物について――
  • 花咲雷鳴
惚れっぽい男の子。幼い頃、後に夢追中と名乗る女の子に一目惚れし、魔人覚醒。
当初は自分の魔人能力が引き起こした事象を魔人能力であると認識されない秘匿効果があり、
雷鳴が能力を使用するたび、夢追中側では原因不明の身体機能不全が発生し問題化していた。
自分の能力を「好きな子の感覚を身近に保持する能力」程度にしか、未だ認識していない。

  • 夢追中
原因不明の病(雷鳴の魔人能力)と共に生きた魔人少女。
雷鳴の初恋の相手にして、雷鳴の能力による最初の犠牲者。魔人能力大好きっ子。
魔人能力コピーの力が宿ったメモを使い、大量の魔人能力を集めている。
雷鳴に能力により頭部を奪われ死亡した後、しばらく雷鳴がその頭部を保管し続けたため、
保管していた蘇生能力も効かず、享年16歳……でした。
でも死後1年以上経ってから、四つの魂に分かれて復活。
詳細はwikiで tp://www45.atwiki.jp/debutvselder/pages/98.html

  • さがみさん
夢追中のSP。雷鳴の魔人能力に付加されていた秘匿効果が雷鳴の心境変化と共に消失した際、
即座に夢追の死亡原因が雷鳴の能力であると把握アンド雷鳴殺害。
この時に夢追の頭部が魔人能力死亡解除により開放され、夢追の蘇生が可能となった。
夢追の頭部解放後、自分で殺した雷鳴を保管していた蘇生能力で蘇生し、その場を後に。

  • 社(やしろ)
夢追の親友。家。魔人能力コピーは社の能力。

  • オウワシ
夢追の親友。鳥。

  • 姦崎姦
生前の夢追の親友。触手。女体化する呪いにかかっており、時々女の子。
夢追が四つの魂に分かれて復活した際、そのうちのひとつ、奇魂の夢追中と結婚。

  • ほづみ
夢追の四つの魂の内の一つ。荒魂。奇魂以外は生前と別の名前を名乗っている。

  • 佐倉光素
夢追の四つの魂の内の一つ。和魂。私です。どうぞよろしく。
報道部らしく、情報伝達系の能力を色々多用しています。
四つの魂はそれぞれが独自行動をとっているので、普段はあまり干渉しませんが、
ときどきテレパス的なもので文字情報のみでだったり映像共有だったり、連絡も取ります。
でもそうすると大抵、他の魂からはいちゃいちゃ情報が届くんですよね……うう……。


と、大体登場した人物名の紹介はこんな感じです。

要するに、先の幕間SSは、
「雷鳴に一度殺された少女が地獄で雷鳴に再開して、仕返しに雷鳴を蹴っ飛ばした話」です。

以上で簡単ながら幕間SSの補足を終わりにしたいと思います。
どうぞ、選手の皆様、力の限り、素敵な魔人能力バトルを見せてください!期待しています!


<終>



怨みのスープ、あるいは地獄の永い責苦の合間にみた短いチャーシューメン――(by ロリバス)


これは、いつのできごとだろうか――

のれんをくぐり、店内に入る。

「……ィィィィ……ィィァラッスァァァッセェェェェェイイイィィィィッ!」

入店した客を出迎えるように溢れだす店員の咆哮と、ぶわ、っと、むせかえるような魚介類スープの芳香。
ともすればうるさく、ともすれば悪臭にも感じられるそれら。
だが、稽古帰りの空きっ腹にはどちらも心地よく響く。

今からここでラーメンを食べる、と考えると、不思議と背筋が伸びるようで。
気がつけば、『ザ――ザザッ』の右手は。
有るはずもない刀を抜くかのように右脇腹へと、添えられていた。
――単に、無意識に空いた腹を押さえただけかもしれないが。

『怨みのスープ、あるいは地獄の永い責苦の合間にみた短いチャーシューメン――』

「ラーメンを、食いに行くぞ」

いつもの稽古が終了した後、悪相の師範代は、相変わらずむすっとした顔でそんなことを言った。

「ラーメン、ですか?」
「珍しいね。空が食事に誘ってくるなんて」

私は美形の師範代と一緒になって疑問を返す。
稽古後に食事へ行くことは珍しくないが、大抵は美形の師範代の発案でだ。
いつも楽しいのか楽しくないのか分からない顔をして誘われる側の悪相の師範代から誘ってくるとは珍しい。

「……最近、凝っていてな」
「へえ、空が剣以外のものに凝るなんて以外だね」

美形の師範代の返しに思わずうなずきかけるが、ぎろっと悪相がさらに深くなった師範代に睨みつけられたのであわてて飲み込む。
私の焦りを見抜いてか、悪相の師範代はため息をつく。

「似合わんのは分かっている。だから、誘ったのだ。一人では、どうしてもな」

少し、困ったような表情。
師範代のそんな顔は珍しくて。
あ、こらえきれない、と私の口の端から笑いが飛び出てくるより速く。

「っぷ、あはははははははははははは!」

美形の師範代が爆笑していた。

「ねえ、聞いた?あの空が……あの空が……一人じゃはいれないからって……ぷ、くく」

瞬間、悪相の師範代の腕が閃く。

鬼無瀬時限流 印可「大薙舞刀」

「暮蛇蛙」と並ぶ悪相の師範代の得意技であり、決して笑われたから照れ隠しに使うような技ではない。

打つ方も打つ方なら、打たれる方も打たれる方。
美形の師範代は笑いながらも技を受け止めていた。

……もし、美形の師範代が笑いだすのがあと少しでも遅かったら、あの技は私に打ちこまれていたのか。
そう思うと、背筋がぞっと冷えるような思いだった。

「あはは、悪い悪い。そういうことなら付き合うよ。『ザザッザ―』も良いだろう?」

まあ、ともかく、色々有ったがそう言うわけで。
美形と悪相の2人の師範代に連れられて、私はラーメンを食べに来たのだった。

「俺は、ラーメンを……全と『ザザザッ、ザ―』はなににする?今日はおごるから好きなものを頼んでいいぞ」
「えっ、じゃ、じゃあ私はチャーシュー麺を!」

……まあ、言い訳をさせてもらうと私も育ち盛りの剣士なのだ。
好きなものを、と言われたら肉の誘惑には抗えないのである。

「……へぇ」

美形の師範代が静かに舌舐めずりをする。
おごりと言われればすぐ調子に乗りそうなこの人は、なぜかこの時は静かにあたりを見回し。

「僕も、ラーメンを」

麺類では一番安い、ラーメンを注文した。

「なるほど……空がハマるのも分かる気がするね」

食べても居ないのにそんな評価を下す美形の師範代。
私は首をかしげる。
悪相の師範代の方を見ると、彼はにやりと笑い。

「だろう」

とだけ答えていた。
どういうことかと問いを口にしようとした瞬間。

「お待たせしぁした!ラーメン2丁チャーシューメン1丁!」

注文していた品が運ばれてきた。
早い、と私は思う。
実際席に案内されるまで多少時間があったとは言え、その間に麺をゆでていても通常は運んでくるまで3分を切ることはないだろう。
ならばこれは、いかなることか。
……常識的に考えて、手抜きなんじゃないだろうか。

「空兄、ここ、大丈夫なんですよね……?」
「食えばわかる」

言うや否や、悪相の師範代はラーメンに箸をつっこみ食べ始めた。
私は不安げな視線を美形の師範代にも向けるが、彼も同じように一心不乱にラーメンを食べ始めていて。

「……いただきます」

不安はぬぐえないが、私もラーメンに向かうことにする。
透きとおったスープの中に輝く黄金色の麺。
実際対峙すれば、否応なしに期待感があおられる。
私は麺を一束箸で掴み口に運ぶ。

――――――ガッツリッ!
感じたのはまず衝撃。
腹に指向性の衝撃波を喰らったとも錯覚しかねない、ドスンと来る濃厚な味わい。
しかし

(……味のキレは……鈍っていない!)

魚介と塩からなる味付けは奇跡的な重さと鋭さを両立させている。

――――ズズズズズバッ!

気づけば私は、豪快に麺をすすり完食していた。
食べている最中のことは全く記憶に残っていない。
ただ、舌に残る味わいと、腹から伝わってくる重量だけがラーメンに対するこれでもか、という満足感を伝えてくるのみだ。

「――ごちそう、さまでした!」

パンと手を合わせて完食の挨拶をすると、横からぺしん。と師範代にたたかれた。

「な、何するんですか全兄!」
「……『ザッ―』もまだまだ修行が足りないねえ」
「……全くだ」

うんうん、とうなずく2人の師範代。
ちなみにもちろんラーメンの丼は空になっている。

「ちょ、ど、どういうことですか!?ラーメン食べただけじゃないですか!」
「そのラーメンを食べるだけ、が」
「まともに出来ていない、ってことさ」

疑問符を浮かべる私を見て、2人の師範代は再び大きくため息をつく。

……あの時は、
まさか、この時の疑問が解消される日が来るとは思っていなかった――

『ザッ、ザザザッ―――』
『ザ―――――――――――』


最終更新:2012年06月23日 20:45