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始まり場所の応対者」(2012/01/23 (月) 05:49:06) の最新版変更点

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 宇佐見蓮子は、言葉の意味と意図を理解していた。  先ほどまで蓮子は、「主催者」からの「殺し合い」の説明を聞いていた。限定された地域で行なわれる殺し合い。そこには決められたルールはあれど、参加者同士での反則はない。  冷たくこちらを煽る、楽しげにさえ聞こえた主催者の説明は、自分達が今から殺し合いをするのだということをしっかりと思い知らせてくれた。  殺し合いという、命を懸ける状況に半ば強制的に巻き込まれた蓮子は、しかし、  ……バトルロワイアル、ね。うん、いいじゃない。  口元に笑みを浮かべて、蝋燭の明かりに照らされた薄暗い室内を見渡していた。  バトルロワイアルという単語には聞き覚えがある。そして蓮子は、自身のおかれている状況に覚えがある。それは、  ……これ、バトロワ物における状況と一緒よねえ。  バトルロワイアル。それは、2000年代に流行った小説であり、映画や漫画にもなったヒット作だということを、蓮子は思い出す。作品そのものも大いに流行ったが、それと同様か以上に流行ったものがあったのだということも。  そして蓮子は知っている。当時、バトルロワイアルに影響を受けた作品群が多くの人の手によって創作されたことを。  2000年代には多くの創作がされ、様々なジャンルでそれは行われたという。一人の製作によるものであったり、複数人による製作であったりしたが、多くの場合ゲームの体制は変わらない。  それは、一つの空間に閉じ込められた人々が殺し合いを強制されるというもの。  懐かしいわね、と蓮子は思う。自分も昔、そういう作品を読み漁った時期があったわね、と。  それらの作品が流行ったのは大昔であっても、今の時代にそのような物がないわけではない。当時から長い時間が経過した現代でも、その手の創作は行なわれている。  漫画のキャラクターが殺し合いをするものもあれば、小説のキャラクターが殺し合いをするものも存在した。そんな作品に嵌っていることをメリーに話したときには、何故か半眼で見られたものだが、 「いやしかし、自分がそれに参加することになるなんてね」  仰々しいあの主催者は、既にガイダンスを済ませていると言っていた。だが蓮子が説明を聞いたのは、さっきが初めてだ。 「……バトルロワイアルでは、誰も彼も何の説明もなしに突然巻き込まれるパターンがほとんど。今の私みたいにね」  しかし、既にガイダンスまで済んでいるというならば、今回はそのパターンに当てはまらない。  仮初の命、という言葉を蓮子は思い出す。  つまり、このバトルロワイアルにおけるほとんどの参加者は、自分から望んで参加した者たちということだ。自分のような者は例外で、少数派なのだろう。  ならば、そのような殺し合いにおいて、参加者たちはどのように動くのか。  バトルロワイアルにおける登場人物には、いくつかの行動パターンが存在していると、蓮子は昔分析したことがある。  一つは、力を持つ、殺し合いを楽しみたい人物の取る行動だ。それは正面から殺し合いを挑んでいく、殺人者としての行動パターンを持つ。  一つは、力を持つ、殺し合いを止めたい人物の取る行動だ。彼らは自分と同じような考えの者達と協力し、殺し合いに参加している者を説得しながらチームを組み、最終的には主催者討伐を目指すという行動パターンを持つ。  そして、力のない人物の取る最初の行動パターンとは、 「とりあえず、チームを組もうと思うのがありがちなパターンよね」  この殺し合いが、積極的に殺し合いを楽しもうと思う者たちの集まるゲームというならばなおさらだ。力の無いものが生き残るのは、普通の殺し合いよりも難しい。  うんうん、と蓮子は二度頷く。 「そしてこの私も、力の無い一般人なのだった、と」  そういうわけで。 「そこの貴方――私と、チームを組まないかしら?」  目の前に佇む金髪の姿に向けて、蓮子は唐突にそう言った。   ■  フランドールは、言葉の意図がわからなかった。  意味が解らないのではない。言葉の内容だけを考えれば、相手の言葉はおかしなものではない。殺し合いという場においてチームを組んで行動するのは、力のある無しに関わらず、一種の常套手段ともいえる方法だからだ。  だが、  ……この私と、組まないかって?  おかしな話だ。よりにもよって、自分と組もうなどというのは。  吸血鬼という種族を、フランドールは思う。  幻想郷における吸血鬼は、種族としても、個人の名としても、有名なものだ。紅霧異変で広まった知名度は言うに及ばず、天狗の取材を受けたこともあるし、幻想郷縁起にも自分たちのことは載っているという。  だから、フランドールとレミリアという名前を知っている者は多い。人里の人畜無害な一般人ならともかく、このゲームに参加しているような人妖ならば、自分のことを知っている方が多数派だろうと、フランドールはそう考える。  そしてフランドールという吸血鬼は、危険で、おかしい妖怪だ。その認識は多くの人妖の共通認識であり――フランドール自身も、自覚していることだ。  だから、とフランドールは思う。こんな自分と一緒になろうなんて人がいるわけがない、と。身内の参加者を除けば、他には霊夢や魔理沙くらいか。いや、あの二人とは知り合いではあるが、二人だって自分とわざわざ組もうとは思わないだろう。  ……あの二人の場合、仲間なんて作らないで、出会い頭から喧嘩を振りまきそうだしね。  苦笑して思い、フランドールは相手を見た。  そんな自分のことを仲間にするなどという考えは、二つに絞れるだろうと、フランドールは思う。  それは、こちらが強大な力を持っていることを知っていて、しかし自分の力ならば釣り合いが取れるだろうと思っている強者の思考。  それは、こちらが強大な力を持っていることを知らず、だから知らずに声をかけてしまったという弱者の思考。  それ以外は思いつかない。強者であるならば、一目でこちらの魔力を感じ取れるだろうから、こちらの強さもわからず話しかけることは無いだろう。逆に弱者からすれば、こちらのことを知らなくても無理はない。吸血鬼がいくら有名だからといって、誰もが知っているというわけではないのだから。  ただ、一つだけあるとするなら、  ……私が強い力を持っている吸血鬼だと知っていて。そして自分が力のない弱者だと自覚しておきながら。それでも、私に声をかけてくれた人だった場合。  ありえない話だ。吸血鬼という種族の性格の傾向や、フランドールという個のことを知っているならば、決して思いつかない考えだ。  ならば目の前の相手は、こちらのことを知らずに声をかけてしまった弱者だ。咲夜や霊夢、魔理沙といった力のある知り合いに比べ、目の前の人間は、佇まいも感じる魔力や霊力も一般人のそれだ。人と会った経験の少ない自分にもわかるほどの、弱者だ。  馬鹿な話だ。話しかけた相手が積極的に殺し合いをしようと思っている殺人鬼だったら、一体どうするつもりだったのか。  そしてフランドールは思う。自分は殺し合いを楽しむためにこのゲームに参加して、殺せる機会があれば躊躇いなく殺そうとしているんだと。  この相手は、戦いにおいては明らかに素人だ。如何に自分が能力制限を受けていようとも、身体に魔力を込めて吸血鬼の身体能力を発揮すれば、すぐに殺すことのできる相手だ。  だからフランドールは右腕を振り上げながら言う。まずは一人目だと、そう思いながら、 「残念だったねお姉さん。私はチームを組むような弱い女の子じゃないの。私は凶暴な――」 「――吸血鬼、かしら?」 「――――」  振り上げた右腕を硬直させながら、フランドールの身体自体も停止した。     ■  ……今、この人はなんて――  フランドールの思考は疑問を形作る。この相手は、一体何を言ったのかと。  しかし人間は、フランドールの戸惑いを気にした様子も無く笑みを浮かべると、 「あら、テキトーに言ったんだけど当たってたかしら。吸血鬼ってメジャーネタだけど、まさか本当に出会えるなんてねえ」  ……ちょっと、待って。 「あ、貴方。私のこと、知ってるの? 知らないの?」 「私の記憶に間違いがなければ、私と貴方は初対面のはずだけど?」 「初対面でも、幻想郷の吸血鬼のことくらい知ってるんじゃ……」 「あら、やっぱりここは異世界ということでいいのよね。ということは今回の倶楽部活動は大成功ということかしら。メリーが隣にいないことを除けば、だけど」  ……本当にこの人は、私のことを知らないの?  飄々と言うこの相手には、一切動揺が見られない。どころか、余裕さえ感じることが出来る。さらには、 「もしかして貴方……幻想郷の、外の人なの?」 「ここは幻想郷って言うの? ならまあ、この世界の住民からしてみれば、所謂外の人ってことにはなるわね。……前からここに来るためのアプローチはかけていたんだけど、まさかこんな形で来ることになるとはねえ。あの子は大丈夫かしら」 「じゃ、じゃあなんで私のことを吸血鬼だってわかったの?」 「いやだって、明らかに人外じゃない、その羽」 「それはそうだけど……」  まさか、この羽だけで吸血鬼だということがわかったとでも言うのか。  そんなはずはないと、フランドールは思う。姉の蝙蝠のような羽ならともかく、自分の持つ特殊な羽でわかるはずがないと。だが、目の前の相手は、 「それにほら、ちょっとこの部屋不自然でしょ?」 「え、不自然って……」  言われ、周囲を見渡す。畳敷きの室内は薄暗く、少ししか光が差し込んでいないように思えた。だが違う。しっかりと室内を見てみれば、外からの光が入り込まないように、雨戸までが完全に締め切られていた。室内に光を供給するのは、部屋の真ん中に立てられた蝋燭の明かりだけだ。 「これって……」 「今が何時かはわからないけど……ここまで部屋を締め切ってわざわざ蝋燭を配置してるなんて、手が込んでるわよね? しかも、ランダムに転送されて誰が何処にいくかわからない以上、この部屋に誰かが飛ばされるなんて保証は無い。本当なら、いずれ溶けて消える蝋燭の照明を使うなんてナンセンスだわ」  彼女は帽子のつばを掴みながら、淡々と語る。 「なら、この部屋には特別な意味があると考えるべきだわ。例えば……日の光を浴びることができない参加者用に作られたとか、そういう理由がね。つまり、貴方はランダムではなく、狙ってこの部屋に飛ばされたのよ」  そして、 「日の光を浴びることができない理由なら、普通なら紫外線に弱い皮膚病だという線を疑うところだけど――折角の幻想世界なんだから、目の前の相手は吸血鬼なのだ、って説のほうが浪漫があるじゃない?」 「そんな理由で――」 「まあ、さっきも言ったけど適当よ適当。何もかも偶然だったっていうほうが可能性としては高いしね。ランダム転送って言っても、全く法則性のない転送ではなく、参加人数の分の転送箇所が最初から設定されていた可能性もあるわ。誰がどの箇所に飛ばされるかがわかっていなかったというだけでね。そうすれば蝋燭の照明にも説明がつく。さらに言えば、今がフツーに夜だって可能性もあるわね」  軽く、何事でもないというように肩を竦める彼女に対し、フランドールは、 「で、でも……私が吸血鬼だって、少しでも思ったんだよね? だったら、私を仲間に誘うなんておかしいじゃない。……私のこと、怖くないの?」 「怖さと面白さは表裏一体よ? 残念ながら私は闇に怯える古き良き人類じゃないの。現代の人類は、お化け屋敷できゃあきゃあと恐怖を楽しむものなのよ?」  ウインクさえしてみせる彼女を前に、フランドールは言葉を失う。  吸血鬼という存在に恐怖を覚えないことに、だけではない。この相手の行動全てに言葉を失ったのだ。  目の前の人間は、外の世界からやってきた人間。外来人だ。しかも幻想郷に来ているのだということすら把握する前に殺し合いごっこに巻き込まれ、さらには吸血鬼を前に飄々と持論を語ってもいる。  おかしな話だ。  どうしてこの人間はこんな行動が取れるのか。どうしてこの人間は恐怖していないのか。どうしてこの人間は惑っていないのか。  どうして、この人間は自分のような化け物の前で、 「どうして笑っていられるの……? こんな状況、途惑わないでいられるなんておかしいじゃない」  フランドールは知っている。幻想郷にやってきた外の人間は、慌て、戸惑い、混乱し、怯えながら外の世界に帰っていくと。  中には幻想郷になじみ、里に残る人もいるというが、大半の人間は未知の世界に恐怖するという。ましてや、幻想郷に来たという実感を得ないままに、こんなゲームに巻き込まれたならば、冷静でいられるはずがない。フランドールは、そう思う。  だが彼女は、口に乗せた笑みをさらに深い物とし、 「途惑う? 何言ってるのよ、こんな状況を前にそんなことをするわけないでしょう?」  直後、フランドールは見た。帽子のつばを弾き、もはや鮮明に見える彼女の顔を。  彼女は、笑みという言葉では表現できないほどの、喜の表情に覆われた顔を輝かせながら、 「夢にまで見た夢の世界にやってきて、しかもこんなゲームに参加できて、さらにはこんな素敵な幻想が目の前にいるのよ? そんなの――」  言われた。 「――そんなの、楽しくて楽しくて仕方がないに決まってるじゃない!」 「――――」  彼女は笑う。これ以上ないほどの楽しみを得たとでも言うように、瞳を輝かせて笑う。  フランドールは思う。こんな反応をする人間、今まで見たことも聞いたこともないと。力もないのに、私を怖がらない人間なんて、いるはずがないと。  しかし目の前の人間は、確かにこちらに笑顔を向け、仲間にならないかと誘ってくる。  だからフランドールは言う。小さな声で、何かを確かめるように、 「貴方は、怖くないの? 自分が殺されるかもしれないし、逆に誰かを殺さなきゃいけないかもしれないんだよ?」 「あら、だってこれはごっこ遊びの虚構の殺し合いなんでしょ? ゲームに影響されて殺し合いを始める人間なんて存在しない。逆もまた然りよ」 「不安じゃないの? 元の世界に戻れる保証なんてないんだよ?」 「先行き不明の未来に感じるのは不安ではなく期待よ? 帰り道が見つからないのなら、それを暴き出すことこそが私たちの愉しみなんだから」 「途惑わないの? ここは貴方の世界とは全く違う世界なんだよ?」 「見えなかったものが見えるようになっただけで、惑うはずもなければ立ち止まる理由も無いわ。見えないものを視て、夢を現実に変えることが私たちの目的なんだから」 「貴方は――」  思う。どうして、 「――どうして、そんなに楽しそうなの……?」 「当然よ。だって私は――秘められ封じられたモノを暴き出す、秘封倶楽部の宇佐見蓮子よ? この状況、楽しくなかったらなんだというのかしら」  彼女はそういうと、手をこちらへと差し出す。 「だからね吸血鬼さん。どうやら私の相棒はこのゲームには参加していないようで、知ってる人は誰もいないみたいなの。折角のゲームも、一人プレイじゃ楽しみ切るのは難しいわ。そんなの損でしょう?」  だから、 「一緒に遊ばない? 吸血鬼の仲間なんて、考えるだけでもワクワクするわ」  言い終わると人間――宇佐見蓮子は、そのまま手を差し伸べてくる。まるで、こちらが手を取ることを疑っていないかのように。  いいのかな、とフランドールは思う。  自分は、普通の吸血鬼以上に凶暴で、おかしな、狂った吸血鬼だというのに。  皆から狂った吸血鬼と言われ、おそらくは大半の参加者が、自分のことを危険視しているだろうというのに。  ……いいのかな。私なんかが一緒に遊んでも。 「……いいの? 私――狂った吸血鬼だよ?」 「大丈夫よ。相棒が言うには、私は大学一の変人で狂人らしいから。きっと釣り合いが取れると思うわ」  即答が来た。さらには、 「それに相棒曰く、貴方の目は気持ち悪い、らしいからねえ。並大抵の狂いっぷりじゃ私に勝つことは出来ないわよ」  謎の勝ち誇りを見せている蓮子に対し、フランドールは、 「……ふふ、は、っはははっ!」  思わず笑いを口からこぼした。その笑いで、フランドールは自分の中から目の前の人間を殺そうという気が消えていたのを悟る。  フランドールの反応に、蓮子は笑みを苦笑に変えると、 「ちょっとちょっと、いきなり人のことを笑うなんて酷い話ね。私、そんなにおかしかったかしら?」 「――ええ、おかしくておかしくておかしいわ。だって、そんなに楽しそうに私を遊びに誘ってくれた人間なんて、貴方が始めてだったんだもん」 「あら勿体無い。貴方と遊ぶのはとっても楽しそうなのに」 「そんなことを言ってくれたのも、貴方が始めてよ」  はは、とフランドールは息を吐く。己の目に浮かんだ涙を拭いながら、蓮子を見上げる。  フランドールの心は、笑みを得る。このゲーム、一人で遊ぶことになるかと思っていたけど、どうやらもっと楽しいことになりそうだと。  だからフランドールは、もはや笑みを内心ではなく、外界への表現としして形作ると、 「私、フランドール。フランドール・スカーレットよ。呼ぶときは、フランドールでいいわ」 「そう。じゃあ私のことも蓮子でいいわ。よろしくね、フラン」 「……蓮子って、人の話聞かないねって言われたことない?」 「よく言われるけど、よくわかったわね。おしまいには、貴方っておかしな人ねって言われるけど、失礼な話よね、全く」 「……いい性格してるよ、うん」  肩を落とすこちらを尻目に、蓮子は全く意に介さない表情を浮かべている。 「さて、まずはここがどこなのか確かめないとね。ちょっと、雨戸開けるわね」  そういうと蓮子は部屋の隅まで移動し、ゆっくりと一番端の戸を動かした。戸の間からは、緩やかな、自己主張をしない光が差し込んだ。 「――“6時7分12秒。場所、『F-5』博麗神社”、ね。……さっきの推理もあながち的外れでもなかったみたい」 「朝の6時? その程度の陽射しなら、少しくらいは浴びても大丈夫だよ?」 「細心の注意を払った配慮か、それとも全くの偶然か。後者だとは思うけど、前者だと思っていたほうが楽しげはあるかしら?」 「……というか蓮子、今何したの? 空を見て、何で時間と場所がわかったの?」 「空ではなく夜空、よ。ちゃんと“設定”してあったみたいだけど、この時間だとギリギリ有効範囲内ね。……人と妖怪が交じり合う殺し合いを、夜と朝が混じり合う時間の境界に始めるなんて、中々洒落てるじゃない」 「……蓮子って、結構電波?」 「子どもの頃から言われ続けてきたけど、幻想の存在に言われるとは思わなかったわねえ」  おいおい説明するわ、とだけ言うと、蓮子は戸を閉じてフランドールのところへと戻ってくる。 「とりあえず支給品のチェックでもしましょうか?」 「日傘の一本でも出てくるといいんだけど」 「日傘くらい、この家を探せば見つかると思うわよ? そんなものより、折角だから振るだけで炎が出る魔法の杖とかがほしいわね」 「随分と古典的だね……」  言い、蓮子はデイパックへと手を入れる。と、蓮子は、おや、というような顔を作る。 「フラン、貴方がそういうことを言うから本当に出てきたわよ」  そう言いながら、蓮子がデイパックから引き抜くのは、 「花……? ううん、傘?」 「花をかたどった傘、というわけでもなさそうね。文字通りの花傘、幻想的ね」 「ん、紙が張り付いてるよ?」 「どうやら説明書みたいね。何々、“紫外線も雨も弾幕も防げる万能傘の劣化品ですわ。銃弾も防げるかもだけど死んじゃったら御免なさいね? 私は一切の責任を取れませんわ” ……誰よこの説明文書いたの」 「うーん、心当たりがあるようなないような……」 「口調が随分とわざとらしいわねコレ……」 「しかもこの傘、随分長いよね。どうやってデイパックに入ってたんだろう……」 「というか劣化品って……オリジナルも存在してるのかしら」  言いながら、二人とも半眼で見詰め合う。 「ま、まあいいわ。じゃあこれはフランが持ってて」 「いいの? 蓮子の支給品でしょ?」 「協力するのに何言ってるのよ。それに、相棒ならともかく、私には日傘なんて似合わないしね」 「じゃ、じゃあ私の支給品を蓮子にあげるよ」  言葉より早く、フランドールは日傘を受け取る前に、自分のデイパックへと手を伸ばす。  似合いもせず慌ててるわねと、フランドールは内心で思いながら、デイパックへと手を突っ込む。 「んと……これも結構長い……と思ったけど短い? っと」 「へえ……これ、日本刀じゃない。所謂脇差ってやつかしら」  デイパックから抜き出したのは、確かにフランドールの言うとおり、最初は長く見え、しかし実際は短い刃だ。刃渡り30センチ程度に見えるそれは、 「ここまで短いと、刀というよりナイフの延長線上に見えるわね。まあ、戦うときの用途を考えれば似たようなものなのかもしれないけど」 「じゃあこれは……蓮子が持ってて」 「いいの? 吸血鬼が持てば、短くても恐ろしい武器になると思うわよ?」 「私は素手でも大丈夫だから。それで納得できないなら、自分の身ぐらい自分で守ってもらわなきゃ困るのよとか、そういう理由にしておいて」 「まあそれじゃ、そういうことで貰っておくわ」  軽い様子で言うと、蓮子は刀を受け取って、自分へのデイパックへと突っ込む。 「……なるほど。無尽蔵に物が入る不思議なデイパックかと思っていたけど、どうやらそうじゃないみたいね。デイパックに入らないような大きさの道具も入っているけど、一度取り出したらそれでおしまい、って感じかしら」  デイパックがどう見ても物理法則を無視していることも、蓮子の気にするところではないらしい。  ……本当におかしな人ね。 「それで、フランはどういう風に動こうと考えていたのかしら? それに合わせて私も動くわ」 「それはいいけど……蓮子は優勝とか考えてないの? いずれは私も殺そうと思ってたりするの?」 「私としては、ゲームを楽しめればそれで満足かしら。まあ、幻想郷無期限観光ペアパスポートでも発行してほしいという願いが無きにしも非ずだけど、わざわざゲームで優勝しなくても、頼めば許してくれそうだしね」 「そうなんだ……」 「で、フランのゲームプランは?」  改めて問われ、フランは言葉を詰まらせる。ええと、という前置きをした後に口を開くと、 「プランってほどじゃないけど……誰かに会ったらとりあえず殺していこうかな、なんて思ってたんだけど……」 「つまりサーチ&デストロイというわけね! ワクワクしてきたわ!」 「……うん、やっぱり蓮子はおかしい人だよ」  私の知ってる人間でもこうはいくまい。相棒とやらに気持ち悪がられてるのも、紛れも無い事実なのだろう。  そう考えたフランドールは、ふと、口を開く。 「ねえ。蓮子のいう相棒って、どんな人なの?」 「ん、そうねえ。なんというか……私には視えないモノが視えていて、放っておくとどこに行っちゃうかわからなくて、だけどいつも私の隣に居てくれて、まあその――私の大切な人、かな?」  そう言う蓮子の笑みは、フランドールには先ほどまでとは違うものに見えた。それも、見覚えのあるものだった。  先ほどまでの笑みは、未知の存在に挑む好奇心に溢れたもので、子どもが見せるような期待感の笑みだった。だが今蓮子が浮かべているのは、もっと別の、何かを見つめているような笑み。  それは例えば、姉妹や、家族に対するもののようで、 「……あ、そっか」 「なあにフラン、その笑いは」 「本当に、蓮子はその人のことが大切なんだね」  やはり笑みのまま言って、フランドールは苦笑する。  見覚えがあるはずだ。蓮子の浮かべているその笑みは、  ……お姉さまが、咲夜やパチュリーや美鈴や小悪魔や、皆のことを話すときと一緒の笑いだよね。  名簿を見て相棒の不在を確認している蓮子を見ながら、フランドールは自分の笑いが収まらないのを知る。  ゲームに参加している二人の身内は、今どうしているだろうか。  姉は誰とも組むことなく好き勝手に動きそうだけど、咲夜はそんな姉のフォローに回るんだろうか。  会ったら容赦はいらないわよ、なんて姉は言っていたけど、やっぱり手当たり次第に殺して回るんだろうか。  わからない。わからないが、そんなことを考えていると、不思議と笑みが強いものになる。  そんなフランドールの思考を知る筈もなく、蓮子は肩を竦めて言う。 「んー、やっぱりいないみたいね。まあ会場を見渡したときにいなかったんだから、当たり前だけど」 「あんな状況でもしっかりチェックしてたんだ?」 「そりゃそうよ。最優先事項よね」  あっさりと、恥ずかしげもなく言う蓮子を見て、フランドールはこう思う。  ……よかった。  蓮子の言うとおり、この始まりが意図的なものなのかそうでないのかは、参加者であるフランドールにはわからない。やはり蓮子の言うとおり、ただの偶然であると考えたほうが自然かもしれない。  だが、もしもこの始まりが誰かの意図によるものならば、  ……有り難うって、言わなきゃね。 「さて、それじゃあちょっと家の中を調べたら出発しましょうか。こういうゲームは始まりが肝心だから、素早く行動したほうがいいわね」 「……私としては、既に良い始まり方だけどね」 「何か言った?」 「ううん、なんにも」  収まらないままでいる笑みを自覚しながら、フランドールは一人思考を形作る。  ……このゲーム、とっても楽しいものになりそうね。  既に楽しみを得ている自分を解りながら、しかしフランドールはそう思うのだった。 【残り 34人】 【F-5 博麗神社 朝】 【フランドール・スカーレット】 [状態]:心身ともに健康 残り体力(100/100) [装備] 妖怪の花傘(風見幽香の花傘の劣化品) 《備考》 オリジナル通り弾幕も防げる物だが、強度は低下している模様 [道具]:オーブ×2、支給品一式 [思考・状況] 基本方針:出会ったものから殺す 1.宇佐見蓮子と行動する 【F-5 博麗神社 朝】 【宇佐見蓮子】 [状態]:絶好調 残り体力(100/100) [装備]:脇差 [道具]:オーブ×2、支給品一式 [思考・状況] 基本方針:ゲームを楽しむ 1.フランドールと行動する。 **ページをめくる(時系列順) Back:[[始まり場所の応対者]] Next:[[空飛ぶバカと見上げるサボリ魔]]
 宇佐見蓮子は、言葉の意味と意図を理解していた。  先ほどまで蓮子は、「主催者」からの「殺し合い」の説明を聞いていた。限定された地域で行なわれる殺し合い。そこには決められたルールはあれど、参加者同士での反則はない。  冷たくこちらを煽る、楽しげにさえ聞こえた主催者の説明は、自分達が今から殺し合いをするのだということをしっかりと思い知らせてくれた。  殺し合いという、命を懸ける状況に半ば強制的に巻き込まれた蓮子は、しかし、  ……バトルロワイアル、ね。うん、いいじゃない。  口元に笑みを浮かべて、蝋燭の明かりに照らされた薄暗い室内を見渡していた。  バトルロワイアルという単語には聞き覚えがある。そして蓮子は、自身のおかれている状況に覚えがある。それは、  ……これ、バトロワ物における状況と一緒よねえ。  バトルロワイアル。それは、2000年代に流行った小説であり、映画や漫画にもなったヒット作だということを、蓮子は思い出す。作品そのものも大いに流行ったが、それと同様か以上に流行ったものがあったのだということも。  そして蓮子は知っている。当時、バトルロワイアルに影響を受けた作品群が多くの人の手によって創作されたことを。  2000年代には多くの創作がされ、様々なジャンルでそれは行われたという。一人の製作によるものであったり、複数人による製作であったりしたが、多くの場合ゲームの体制は変わらない。  それは、一つの空間に閉じ込められた人々が殺し合いを強制されるというもの。  懐かしいわね、と蓮子は思う。自分も昔、そういう作品を読み漁った時期があったわね、と。  それらの作品が流行ったのは大昔であっても、今の時代にそのような物がないわけではない。当時から長い時間が経過した現代でも、その手の創作は行なわれている。  漫画のキャラクターが殺し合いをするものもあれば、小説のキャラクターが殺し合いをするものも存在した。そんな作品に嵌っていることをメリーに話したときには、何故か半眼で見られたものだが、 「いやしかし、自分がそれに参加することになるなんてね」  仰々しいあの主催者は、既にガイダンスを済ませていると言っていた。だが蓮子が説明を聞いたのは、さっきが初めてだ。 「……バトルロワイアルでは、誰も彼も何の説明もなしに突然巻き込まれるパターンがほとんど。今の私みたいにね」  しかし、既にガイダンスまで済んでいるというならば、今回はそのパターンに当てはまらない。  仮初の命、という言葉を蓮子は思い出す。  つまり、このバトルロワイアルにおけるほとんどの参加者は、自分から望んで参加した者たちということだ。自分のような者は例外で、少数派なのだろう。  ならば、そのような殺し合いにおいて、参加者たちはどのように動くのか。  バトルロワイアルにおける登場人物には、いくつかの行動パターンが存在していると、蓮子は昔分析したことがある。  一つは、力を持つ、殺し合いを楽しみたい人物の取る行動だ。それは正面から殺し合いを挑んでいく、殺人者としての行動パターンを持つ。  一つは、力を持つ、殺し合いを止めたい人物の取る行動だ。彼らは自分と同じような考えの者達と協力し、殺し合いに参加している者を説得しながらチームを組み、最終的には主催者討伐を目指すという行動パターンを持つ。  そして、力のない人物の取る最初の行動パターンとは、 「とりあえず、チームを組もうと思うのがありがちなパターンよね」  この殺し合いが、積極的に殺し合いを楽しもうと思う者たちの集まるゲームというならばなおさらだ。力の無いものが生き残るのは、普通の殺し合いよりも難しい。  うんうん、と蓮子は二度頷く。 「そしてこの私も、力の無い一般人なのだった、と」  そういうわけで。 「そこの貴方――私と、チームを組まないかしら?」  目の前に佇む金髪の姿に向けて、蓮子は唐突にそう言った。   ■  フランドールは、言葉の意図がわからなかった。  意味が解らないのではない。言葉の内容だけを考えれば、相手の言葉はおかしなものではない。殺し合いという場においてチームを組んで行動するのは、力のある無しに関わらず、一種の常套手段ともいえる方法だからだ。  だが、  ……この私と、組まないかって?  おかしな話だ。よりにもよって、自分と組もうなどというのは。  吸血鬼という種族を、フランドールは思う。  幻想郷における吸血鬼は、種族としても、個人の名としても、有名なものだ。紅霧異変で広まった知名度は言うに及ばず、天狗の取材を受けたこともあるし、幻想郷縁起にも自分たちのことは載っているという。  だから、フランドールとレミリアという名前を知っている者は多い。人里の人畜無害な一般人ならともかく、このゲームに参加しているような人妖ならば、自分のことを知っている方が多数派だろうと、フランドールはそう考える。  そしてフランドールという吸血鬼は、危険で、おかしい妖怪だ。その認識は多くの人妖の共通認識であり――フランドール自身も、自覚していることだ。  だから、とフランドールは思う。こんな自分と一緒になろうなんて人がいるわけがない、と。身内の参加者を除けば、他には霊夢や魔理沙くらいか。いや、あの二人とは知り合いではあるが、二人だって自分とわざわざ組もうとは思わないだろう。  ……あの二人の場合、仲間なんて作らないで、出会い頭から喧嘩を振りまきそうだしね。  苦笑して思い、フランドールは相手を見た。  そんな自分のことを仲間にするなどという考えは、二つに絞れるだろうと、フランドールは思う。  それは、こちらが強大な力を持っていることを知っていて、しかし自分の力ならば釣り合いが取れるだろうと思っている強者の思考。  それは、こちらが強大な力を持っていることを知らず、だから知らずに声をかけてしまったという弱者の思考。  それ以外は思いつかない。強者であるならば、一目でこちらの魔力を感じ取れるだろうから、こちらの強さもわからず話しかけることは無いだろう。逆に弱者からすれば、こちらのことを知らなくても無理はない。吸血鬼がいくら有名だからといって、誰もが知っているというわけではないのだから。  ただ、一つだけあるとするなら、  ……私が強い力を持っている吸血鬼だと知っていて。そして自分が力のない弱者だと自覚しておきながら。それでも、私に声をかけてくれた人だった場合。  ありえない話だ。吸血鬼という種族の性格の傾向や、フランドールという個のことを知っているならば、決して思いつかない考えだ。  ならば目の前の相手は、こちらのことを知らずに声をかけてしまった弱者だ。咲夜や霊夢、魔理沙といった力のある知り合いに比べ、目の前の人間は、佇まいも感じる魔力や霊力も一般人のそれだ。人と会った経験の少ない自分にもわかるほどの、弱者だ。  馬鹿な話だ。話しかけた相手が積極的に殺し合いをしようと思っている殺人鬼だったら、一体どうするつもりだったのか。  そしてフランドールは思う。自分は殺し合いを楽しむためにこのゲームに参加して、殺せる機会があれば躊躇いなく殺そうとしているんだと。  この相手は、戦いにおいては明らかに素人だ。如何に自分が能力制限を受けていようとも、身体に魔力を込めて吸血鬼の身体能力を発揮すれば、すぐに殺すことのできる相手だ。  だからフランドールは右腕を振り上げながら言う。まずは一人目だと、そう思いながら、 「残念だったねお姉さん。私はチームを組むような弱い女の子じゃないの。私は凶暴な――」 「――吸血鬼、かしら?」 「――――」  振り上げた右腕を硬直させながら、フランドールの身体自体も停止した。     ■  ……今、この人はなんて――  フランドールの思考は疑問を形作る。この相手は、一体何を言ったのかと。  しかし人間は、フランドールの戸惑いを気にした様子も無く笑みを浮かべると、 「あら、テキトーに言ったんだけど当たってたかしら。吸血鬼ってメジャーネタだけど、まさか本当に出会えるなんてねえ」  ……ちょっと、待って。 「あ、貴方。私のこと、知ってるの? 知らないの?」 「私の記憶に間違いがなければ、私と貴方は初対面のはずだけど?」 「初対面でも、幻想郷の吸血鬼のことくらい知ってるんじゃ……」 「あら、やっぱりここは異世界ということでいいのよね。ということは今回の倶楽部活動は大成功ということかしら。メリーが隣にいないことを除けば、だけど」  ……本当にこの人は、私のことを知らないの?  飄々と言うこの相手には、一切動揺が見られない。どころか、余裕さえ感じることが出来る。さらには、 「もしかして貴方……幻想郷の、外の人なの?」 「ここは幻想郷って言うの? ならまあ、この世界の住民からしてみれば、所謂外の人ってことにはなるわね。……前からここに来るためのアプローチはかけていたんだけど、まさかこんな形で来ることになるとはねえ。あの子は大丈夫かしら」 「じゃ、じゃあなんで私のことを吸血鬼だってわかったの?」 「いやだって、明らかに人外じゃない、その羽」 「それはそうだけど……」  まさか、この羽だけで吸血鬼だということがわかったとでも言うのか。  そんなはずはないと、フランドールは思う。姉の蝙蝠のような羽ならともかく、自分の持つ特殊な羽でわかるはずがないと。だが、目の前の相手は、 「それにほら、ちょっとこの部屋不自然でしょ?」 「え、不自然って……」  言われ、周囲を見渡す。畳敷きの室内は薄暗く、少ししか光が差し込んでいないように思えた。だが違う。しっかりと室内を見てみれば、外からの光が入り込まないように、雨戸までが完全に締め切られていた。室内に光を供給するのは、部屋の真ん中に立てられた蝋燭の明かりだけだ。 「これって……」 「今が何時かはわからないけど……ここまで部屋を締め切ってわざわざ蝋燭を配置してるなんて、手が込んでるわよね? しかも、ランダムに転送されて誰が何処にいくかわからない以上、この部屋に誰かが飛ばされるなんて保証は無い。本当なら、いずれ溶けて消える蝋燭の照明を使うなんてナンセンスだわ」  彼女は帽子のつばを掴みながら、淡々と語る。 「なら、この部屋には特別な意味があると考えるべきだわ。例えば……日の光を浴びることができない参加者用に作られたとか、そういう理由がね。つまり、貴方はランダムではなく、狙ってこの部屋に飛ばされたのよ」  そして、 「日の光を浴びることができない理由なら、普通なら紫外線に弱い皮膚病だという線を疑うところだけど――折角の幻想世界なんだから、目の前の相手は吸血鬼なのだ、って説のほうが浪漫があるじゃない?」 「そんな理由で――」 「まあ、さっきも言ったけど適当よ適当。何もかも偶然だったっていうほうが可能性としては高いしね。ランダム転送って言っても、全く法則性のない転送ではなく、参加人数の分の転送箇所が最初から設定されていた可能性もあるわ。誰がどの箇所に飛ばされるかがわかっていなかったというだけでね。そうすれば蝋燭の照明にも説明がつく。さらに言えば、今がフツーに夜だって可能性もあるわね」  軽く、何事でもないというように肩を竦める彼女に対し、フランドールは、 「で、でも……私が吸血鬼だって、少しでも思ったんだよね? だったら、私を仲間に誘うなんておかしいじゃない。……私のこと、怖くないの?」 「怖さと面白さは表裏一体よ? 残念ながら私は闇に怯える古き良き人類じゃないの。現代の人類は、お化け屋敷できゃあきゃあと恐怖を楽しむものなのよ?」  ウインクさえしてみせる彼女を前に、フランドールは言葉を失う。  吸血鬼という存在に恐怖を覚えないことに、だけではない。この相手の行動全てに言葉を失ったのだ。  目の前の人間は、外の世界からやってきた人間。外来人だ。しかも幻想郷に来ているのだということすら把握する前に殺し合いごっこに巻き込まれ、さらには吸血鬼を前に飄々と持論を語ってもいる。  おかしな話だ。  どうしてこの人間はこんな行動が取れるのか。どうしてこの人間は恐怖していないのか。どうしてこの人間は惑っていないのか。  どうして、この人間は自分のような化け物の前で、 「どうして笑っていられるの……? こんな状況、途惑わないでいられるなんておかしいじゃない」  フランドールは知っている。幻想郷にやってきた外の人間は、慌て、戸惑い、混乱し、怯えながら外の世界に帰っていくと。  中には幻想郷になじみ、里に残る人もいるというが、大半の人間は未知の世界に恐怖するという。ましてや、幻想郷に来たという実感を得ないままに、こんなゲームに巻き込まれたならば、冷静でいられるはずがない。フランドールは、そう思う。  だが彼女は、口に乗せた笑みをさらに深い物とし、 「途惑う? 何言ってるのよ、こんな状況を前にそんなことをするわけないでしょう?」  直後、フランドールは見た。帽子のつばを弾き、もはや鮮明に見える彼女の顔を。  彼女は、笑みという言葉では表現できないほどの、喜の表情に覆われた顔を輝かせながら、 「夢にまで見た夢の世界にやってきて、しかもこんなゲームに参加できて、さらにはこんな素敵な幻想が目の前にいるのよ? そんなの――」  言われた。 「――そんなの、楽しくて楽しくて仕方がないに決まってるじゃない!」 「――――」  彼女は笑う。これ以上ないほどの楽しみを得たとでも言うように、瞳を輝かせて笑う。  フランドールは思う。こんな反応をする人間、今まで見たことも聞いたこともないと。力もないのに、私を怖がらない人間なんて、いるはずがないと。  しかし目の前の人間は、確かにこちらに笑顔を向け、仲間にならないかと誘ってくる。  だからフランドールは言う。小さな声で、何かを確かめるように、 「貴方は、怖くないの? 自分が殺されるかもしれないし、逆に誰かを殺さなきゃいけないかもしれないんだよ?」 「あら、だってこれはごっこ遊びの虚構の殺し合いなんでしょ? ゲームに影響されて殺し合いを始める人間なんて存在しない。逆もまた然りよ」 「不安じゃないの? 元の世界に戻れる保証なんてないんだよ?」 「先行き不明の未来に感じるのは不安ではなく期待よ? 帰り道が見つからないのなら、それを暴き出すことこそが私たちの愉しみなんだから」 「途惑わないの? ここは貴方の世界とは全く違う世界なんだよ?」 「見えなかったものが見えるようになっただけで、惑うはずもなければ立ち止まる理由も無いわ。見えないものを視て、夢を現実に変えることが私たちの目的なんだから」 「貴方は――」  思う。どうして、 「――どうして、そんなに楽しそうなの……?」 「当然よ。だって私は――秘められ封じられたモノを暴き出す、秘封倶楽部の宇佐見蓮子よ? この状況、楽しくなかったらなんだというのかしら」  彼女はそういうと、手をこちらへと差し出す。 「だからね吸血鬼さん。どうやら私の相棒はこのゲームには参加していないようで、知ってる人は誰もいないみたいなの。折角のゲームも、一人プレイじゃ楽しみ切るのは難しいわ。そんなの損でしょう?」  だから、 「一緒に遊ばない? 吸血鬼の仲間なんて、考えるだけでもワクワクするわ」  言い終わると人間――宇佐見蓮子は、そのまま手を差し伸べてくる。まるで、こちらが手を取ることを疑っていないかのように。  いいのかな、とフランドールは思う。  自分は、普通の吸血鬼以上に凶暴で、おかしな、狂った吸血鬼だというのに。  皆から狂った吸血鬼と言われ、おそらくは大半の参加者が、自分のことを危険視しているだろうというのに。  ……いいのかな。私なんかが一緒に遊んでも。 「……いいの? 私――狂った吸血鬼だよ?」 「大丈夫よ。相棒が言うには、私は大学一の変人で狂人らしいから。きっと釣り合いが取れると思うわ」  即答が来た。さらには、 「それに相棒曰く、貴方の目は気持ち悪い、らしいからねえ。並大抵の狂いっぷりじゃ私に勝つことは出来ないわよ」  謎の勝ち誇りを見せている蓮子に対し、フランドールは、 「……ふふ、は、っはははっ!」  思わず笑いを口からこぼした。その笑いで、フランドールは自分の中から目の前の人間を殺そうという気が消えていたのを悟る。  フランドールの反応に、蓮子は笑みを苦笑に変えると、 「ちょっとちょっと、いきなり人のことを笑うなんて酷い話ね。私、そんなにおかしかったかしら?」 「――ええ、おかしくておかしくておかしいわ。だって、そんなに楽しそうに私を遊びに誘ってくれた人間なんて、貴方が始めてだったんだもん」 「あら勿体無い。貴方と遊ぶのはとっても楽しそうなのに」 「そんなことを言ってくれたのも、貴方が始めてよ」  はは、とフランドールは息を吐く。己の目に浮かんだ涙を拭いながら、蓮子を見上げる。  フランドールの心は、笑みを得る。このゲーム、一人で遊ぶことになるかと思っていたけど、どうやらもっと楽しいことになりそうだと。  だからフランドールは、もはや笑みを内心ではなく、外界への表現としして形作ると、 「私、フランドール。フランドール・スカーレットよ。呼ぶときは、フランドールでいいわ」 「そう。じゃあ私のことも蓮子でいいわ。よろしくね、フラン」 「……蓮子って、人の話聞かないねって言われたことない?」 「よく言われるけど、よくわかったわね。おしまいには、貴方っておかしな人ねって言われるけど、失礼な話よね、全く」 「……いい性格してるよ、うん」  肩を落とすこちらを尻目に、蓮子は全く意に介さない表情を浮かべている。 「さて、まずはここがどこなのか確かめないとね。ちょっと、雨戸開けるわね」  そういうと蓮子は部屋の隅まで移動し、ゆっくりと一番端の戸を動かした。戸の間からは、緩やかな、自己主張をしない光が差し込んだ。 「――“6時7分12秒。場所、『F-5』博麗神社”、ね。……さっきの推理もあながち的外れでもなかったみたい」 「朝の6時? その程度の陽射しなら、少しくらいは浴びても大丈夫だよ?」 「細心の注意を払った配慮か、それとも全くの偶然か。後者だとは思うけど、前者だと思っていたほうが楽しげはあるかしら?」 「……というか蓮子、今何したの? 空を見て、何で時間と場所がわかったの?」 「空ではなく夜空、よ。ちゃんと“設定”してあったみたいだけど、この時間だとギリギリ有効範囲内ね。……人と妖怪が交じり合う殺し合いを、夜と朝が混じり合う時間の境界に始めるなんて、中々洒落てるじゃない」 「……蓮子って、結構電波?」 「子どもの頃から言われ続けてきたけど、幻想の存在に言われるとは思わなかったわねえ」  おいおい説明するわ、とだけ言うと、蓮子は戸を閉じてフランドールのところへと戻ってくる。 「とりあえず支給品のチェックでもしましょうか?」 「日傘の一本でも出てくるといいんだけど」 「日傘くらい、この家を探せば見つかると思うわよ? そんなものより、折角だから振るだけで炎が出る魔法の杖とかがほしいわね」 「随分と古典的だね……」  言い、蓮子はデイパックへと手を入れる。と、蓮子は、おや、というような顔を作る。 「フラン、貴方がそういうことを言うから本当に出てきたわよ」  そう言いながら、蓮子がデイパックから引き抜くのは、 「花……? ううん、傘?」 「花をかたどった傘、というわけでもなさそうね。文字通りの花傘、幻想的ね」 「ん、紙が張り付いてるよ?」 「どうやら説明書みたいね。何々、“紫外線も雨も弾幕も防げる万能傘の劣化品ですわ。銃弾も防げるかもだけど死んじゃったら御免なさいね? 私は一切の責任を取れませんわ” ……誰よこの説明文書いたの」 「うーん、心当たりがあるようなないような……」 「口調が随分とわざとらしいわねコレ……」 「しかもこの傘、随分長いよね。どうやってデイパックに入ってたんだろう……」 「というか劣化品って……オリジナルも存在してるのかしら」  言いながら、二人とも半眼で見詰め合う。 「ま、まあいいわ。じゃあこれはフランが持ってて」 「いいの? 蓮子の支給品でしょ?」 「協力するのに何言ってるのよ。それに、相棒ならともかく、私には日傘なんて似合わないしね」 「じゃ、じゃあ私の支給品を蓮子にあげるよ」  言葉より早く、フランドールは日傘を受け取る前に、自分のデイパックへと手を伸ばす。  似合いもせず慌ててるわねと、フランドールは内心で思いながら、デイパックへと手を突っ込む。 「んと……これも結構長い……と思ったけど短い? っと」 「へえ……これ、日本刀じゃない。所謂脇差ってやつかしら」  デイパックから抜き出したのは、確かにフランドールの言うとおり、最初は長く見え、しかし実際は短い刃だ。刃渡り30センチ程度に見えるそれは、 「ここまで短いと、刀というよりナイフの延長線上に見えるわね。まあ、戦うときの用途を考えれば似たようなものなのかもしれないけど」 「じゃあこれは……蓮子が持ってて」 「いいの? 吸血鬼が持てば、短くても恐ろしい武器になると思うわよ?」 「私は素手でも大丈夫だから。それで納得できないなら、自分の身ぐらい自分で守ってもらわなきゃ困るのよとか、そういう理由にしておいて」 「まあそれじゃ、そういうことで貰っておくわ」  軽い様子で言うと、蓮子は刀を受け取って、自分へのデイパックへと突っ込む。 「……なるほど。無尽蔵に物が入る不思議なデイパックかと思っていたけど、どうやらそうじゃないみたいね。デイパックに入らないような大きさの道具も入っているけど、一度取り出したらそれでおしまい、って感じかしら」  デイパックがどう見ても物理法則を無視していることも、蓮子の気にするところではないらしい。  ……本当におかしな人ね。 「それで、フランはどういう風に動こうと考えていたのかしら? それに合わせて私も動くわ」 「それはいいけど……蓮子は優勝とか考えてないの? いずれは私も殺そうと思ってたりするの?」 「私としては、ゲームを楽しめればそれで満足かしら。まあ、幻想郷無期限観光ペアパスポートでも発行してほしいという願いが無きにしも非ずだけど、わざわざゲームで優勝しなくても、頼めば許してくれそうだしね」 「そうなんだ……」 「で、フランのゲームプランは?」  改めて問われ、フランは言葉を詰まらせる。ええと、という前置きをした後に口を開くと、 「プランってほどじゃないけど……誰かに会ったらとりあえず殺していこうかな、なんて思ってたんだけど……」 「つまりサーチ&デストロイというわけね! ワクワクしてきたわ!」 「……うん、やっぱり蓮子はおかしい人だよ」  私の知ってる人間でもこうはいくまい。相棒とやらに気持ち悪がられてるのも、紛れも無い事実なのだろう。  そう考えたフランドールは、ふと、口を開く。 「ねえ。蓮子のいう相棒って、どんな人なの?」 「ん、そうねえ。なんというか……私には視えないモノが視えていて、放っておくとどこに行っちゃうかわからなくて、だけどいつも私の隣に居てくれて、まあその――私の大切な人、かな?」  そう言う蓮子の笑みは、フランドールには先ほどまでとは違うものに見えた。それも、見覚えのあるものだった。  先ほどまでの笑みは、未知の存在に挑む好奇心に溢れたもので、子どもが見せるような期待感の笑みだった。だが今蓮子が浮かべているのは、もっと別の、何かを見つめているような笑み。  それは例えば、姉妹や、家族に対するもののようで、 「……あ、そっか」 「なあにフラン、その笑いは」 「本当に、蓮子はその人のことが大切なんだね」  やはり笑みのまま言って、フランドールは苦笑する。  見覚えがあるはずだ。蓮子の浮かべているその笑みは、  ……お姉さまが、咲夜やパチュリーや美鈴や小悪魔や、皆のことを話すときと一緒の笑いだよね。  名簿を見て相棒の不在を確認している蓮子を見ながら、フランドールは自分の笑いが収まらないのを知る。  ゲームに参加している二人の身内は、今どうしているだろうか。  姉は誰とも組むことなく好き勝手に動きそうだけど、咲夜はそんな姉のフォローに回るんだろうか。  会ったら容赦はいらないわよ、なんて姉は言っていたけど、やっぱり手当たり次第に殺して回るんだろうか。  わからない。わからないが、そんなことを考えていると、不思議と笑みが強いものになる。  そんなフランドールの思考を知る筈もなく、蓮子は肩を竦めて言う。 「んー、やっぱりいないみたいね。まあ会場を見渡したときにいなかったんだから、当たり前だけど」 「あんな状況でもしっかりチェックしてたんだ?」 「そりゃそうよ。最優先事項よね」  あっさりと、恥ずかしげもなく言う蓮子を見て、フランドールはこう思う。  ……よかった。  蓮子の言うとおり、この始まりが意図的なものなのかそうでないのかは、参加者であるフランドールにはわからない。やはり蓮子の言うとおり、ただの偶然であると考えたほうが自然かもしれない。  だが、もしもこの始まりが誰かの意図によるものならば、  ……有り難うって、言わなきゃね。 「さて、それじゃあちょっと家の中を調べたら出発しましょうか。こういうゲームは始まりが肝心だから、素早く行動したほうがいいわね」 「……私としては、既に良い始まり方だけどね」 「何か言った?」 「ううん、なんにも」  収まらないままでいる笑みを自覚しながら、フランドールは一人思考を形作る。  ……このゲーム、とっても楽しいものになりそうね。  既に楽しみを得ている自分を解りながら、しかしフランドールはそう思うのだった。 【残り 34人】 【F-5 博麗神社 朝】 【フランドール・スカーレット】 [状態]:心身ともに健康 残り体力(100/100) [装備] 妖怪の花傘(風見幽香の花傘の劣化品) 《備考》 オリジナル通り弾幕も防げる物だが、強度は低下している模様 [道具]:オーブ×2、支給品一式 [思考・状況] 基本方針:出会ったものから殺す 1.宇佐見蓮子と行動する 【F-5 博麗神社 朝】 【宇佐見蓮子】 [状態]:絶好調 残り体力(100/100) [装備]:脇差 [道具]:オーブ×2、支給品一式 [思考・状況] 基本方針:ゲームを楽しむ 1.フランドールと行動する。 **ページをめくる(時系列順) Back:[[始まり場所の応対者]] Next:[[探し物はなんですか?]]

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