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空飛ぶバカと見上げるサボリ魔」(2012/01/23 (月) 05:42:25) の最新版変更点

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 サボりといえば小町。小町といえばサボリ。  そんな小野塚小町であるが、今回バトロワごっこに参加するにあたって、   『仕事休めてラッキー』  などとは露ほどにも思っていなかった。  彼女はサボるのが好きなだけで、仕事がしたくないわけじゃないのだ。  口うるさくも優しい上司。やりがいのある仕事。自主的に息抜きできる職場。  ついでに三途の河は一年365日を通してポカポカの昼寝日和である。  最高だ。文句無し。  だから小町は、このバトロワごっこに参加する事をそれほど喜んではいなかった。  むしろ困っていた。  このバトロワごっこでは、最後まで生き残った勝者に   『願いを一つ叶える権利』  とやらが与えられるらしい。  けれど彼女は、その権利を使って叶えたい願いごとのようなものをついぞ持ち合わせていないのである。 ~~ 小町脳内会議、開始 ~~  願いごと案① 『サボっても四季さまに怒られなくなるようにしてほしい!』    ―― ダメだ。昼寝したまま起きられず夕方になって飛び起きるのが目に見えてる。    願いごと案② 『美味しいもの食べたい!』    ―― 全然なってない。というか②にしてもう考えるのがめんどくさくなってんのがバレバレ。    願いごと案③ 『願いごとを叶える回数を百回に増やして!』    ―― いやいや子供じゃないんだから。    願いごと案④ 『全員の願いを叶えて!』    ―― 同上。    願いごと案⑤ 『四季さまの身長をあと30cm伸ばしてあげて!』    ―― うーん……なんというかコレが一番危険度が高い気がするのは何故だろう    願いごと案⑥ …………………………。 ~~ 小町脳内会議、終了 ~~ ~~ 次の開催予定、なし ~~  特に叶えたい願いもなく、真面目に参加するにはやる気が足りない。  かといって、何もしないまま誰かに殺される(ひゃー。言葉にすると物騒だねぇ)のも癪だ。  そんなわけで小町は今、人里の茶屋の前の縁台に寝そべっている。  何をしているかといえば絶賛ゲームをサボり中なのであった。 (あれー? いつもとやってること同じじゃないか?)  まぁどうでもいいかと青空を仰ぐ。トンビが飛んでいた。  小町がゲーム開始のテレポートで飛ばされたのがこの人里だった。  里の様子はいつもと変わらぬ朝の風景、に見える。  ただ人の気配だけがない。しかしそれだけとも思えない  例えば、小町がサボり場に選んだこの茶屋は人里でも有名な店で、  奥に立派な座敷もあるのだが、軒先にも席を設けており道行く人に団子や茶を出している。  特に団子が絶品で、茶を飲まずに団子だけ食い来る奴や、両手いっぱいに買って行く猫化けもいるとか。  今もすぐそこに、団子をふかしている蒸籠が湯気を上げている。  しかしその番をする人間はおらず、火もひとりでに燃えて薪も足さないのに消える気配がない。  蒸籠から団子を拝借して食べれば美味い(さすが八雲家御用達)。  腹もちゃんとふくれるから幻というわけでもないんだろう。    だが食べ終わった後にその串を行儀悪くポイと後ろに投げ捨てると、  もう一度見た時には影も形もない。  蒸籠の中を確認すれば食べてしまったはずの団子がちゃんとそこにある。  面白くなって十本近く食べてはポイポイ投げているが(これ無銭飲食にはならないよね?)、  蒸籠の中の団子は一向に減る気配がなかった。  不思議というか、いっそ不気味である。  不気味であっても団子を沢山食えば喉が渇く。  どうせ狼藉するならと、店の奥にあった最高級茶葉を淹れてみたらこれまた美味しい。  四季さまの飲みかけをコッソリ味見した、閻魔庁の安物緑茶の百倍は美味しい。  腹が満たされれば当然眠くなるわけで、朝なのに早くも昼寝したい気分。  それじゃあと縁台に寝っ転がれば、これまたなかなか寝心地が良い。 (ああいっそこのまま寝てしまおうかなぁ)  そう思いつつも、ついつい手が伸びて団子をもう一本。  ……ゲームが始まってからの小町は、概ねこのような次第であった。 (だけど、いつまでもここで食っちゃ寝してるわけにも、いかないんだよなぁ)  ゲームに積極的に参加する理由もやる気も持たない小町であったが。  代わりに彼女にはこのゲームで為さなければならない使命というものがあった。  それはバトロワごっこのに出るための休暇申請をしに行った時のこと。 『東方バトロワごっこ、ですかぁ?』  最後の「かぁ」の部分で眉間に皺、目は半眼、口元は斜め四十五度に歪ませて、  四季映姫は思いっきり嫌そうな顔をして見せた。  真面目な裁判長さまは部下が遊びで仕事を休むのをあまり快く思わない。 『ええまぁ。招待状が来てしまいまして』 『そうですか。それでは仕方がありませんね』  しかし予想に反し、映姫はあっさり小町の有給休暇を認めた。 『あ、もちろん遅れてるノルマは当日までにきっちり仕上げますんで』 『当り前です。そもそも貴女は普段から遅れがちなのだから前もって……』  と続くお小言もいつもの半分程度で済んだ。  珍しいこともあるもんだ、と思っていたら映姫は次のように話を継いだ。 『……そう言えば、貴女、今回の騒動の元となった小説は読みましたか?』 『ええまぁ一通り。熟読したって程じゃないですけど』  小説としてより枕としての方が使用頻度も小町の中での評価も高いのだが、あえてそこには触れない。  内容も一度読んだだけだからもう半分以上は忘れてしまっていた。 『そうですか。……まぁ、少年少女による殺し合いなどという低俗で暴力的な内容ですし、  死後の世界を支える者の一人として、そのような小説を楽しむようでは、それはそれで問題です』  対して仕事机の上に置かれた映姫の蔵書(タイトルを隠すためかカバー付きだがあの厚さはバレバレ)は。  膨大な数の色つき付箋が挟まれ、ページの端も所々すり切れていて、  傍目にも読みこまれているのが分かる。  ちなみに彼女は普段この手の娯楽的物品とは無縁である。  また昨日仕事の進捗報告がてらにサボりに来た時には、この本は映姫の机になかった。  おそらく昨日の仕事帰りにでも購入してそのまま徹夜で読み切ったのだろう。 『……ですが、あの小説は同時に私達に大切なことを気づかせてくれます』  小さな拳をぎゅっと握って語る映姫。  その瞳が熱く燃えている。  目元がちょっと赤く腫れているのは、昨夜、四季映姫の私室から、  夜闇もはばからぬ号泣が一晩中響いていたという噂と無関係ではないだろう。  それ以外にもよくよく観察してみれば、健康管理が基本と常日頃からうるさい映姫にしては珍しく、  目の下には化粧に隠れてうっすらと隈。 徹夜明けでちょっとハイテンションの四季さま。ドンと机を叩いて力説。 『どんな絶望的な状況であっても人は互いに手を取り合える、  自分のためだけでなく誰かのために善行を為すことができるということを、  哀しくも力強く伝えてくれていると私は思うのです。……そこで小町』  そら来た、と身構える小町に映姫はビシッと突きつけた。 『方法は問いません。今回のゲーム中で何かひとつ、善行を為してきなさい!』  命令ですからね! 絶対ですよ! と最後に付け加えるのも忘れなかった。  パワハラで訴えたら勝てるかもしれない。  そんなわけで、小町はこのゲームの中で何か善い行いをしないといけないのだ。  しかし殺し合いのゲーム中に善行って……。  月の姫の難題とまではいかないが、一介の渡し守には過分な課題だ。  いや、そこまで難しく考える必要もないのかもしれない。  確か原作小説の中でも他人を助けたり守ったりする登場人物がいたはずだ。  その線で攻めてみてはどうだろう。  なんせこちとら優勝を目指す必要はないのだ。  なんなら手持ちのオーブを丸ごとあげてもいい。  思いつきにしてはなかなかいい気がする。  ……だがしかし。  果たして、『その程度』の善行で四季さまが納得するだろうか?  ううむううむと頭を抱え、小町は狭い縁台の上で寝返りを打つ。  ゴロゴロ。ゴロゴロ。ひょいパクむしゃむしゃゴロゴロ。  ああ団子がうめぇ。  現実逃避を続ける小町。  ふと空にフヨフヨ漂っている青い物を見つけた。 「? あれは……」   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇  チルノは空を飛んでいた。  いや本人は空を飛んでいるつもりだった。  だが傍から見れば空中で下手な犬かきをしている蛙にしか見えない。 「うーんうーん。あーもー! なんでぜんっぜん進まないのよ!?」  この『ミニ幻想郷』ではルールとしてあらゆる幻想的な能力はその効果を制限されている。  また使用と同時にかなりの体力を消費するようにもなっている。  日常的に少女が飛び交う幻想郷では忘れられがちだが、飛行能力だって立派な幻想なのだ。 「つ、疲れたー。お水のみたいー」  チルノも一応ルールは理解していた(本当だぞ?)。  理解していたが、これほどのものだとは想像していなかった。  普段ほどの速度が出ないのは当たり前。体力消費も半端なく。  ゲームスタート地点だった太陽の畑からずっと飛んできた今のチルノは、  全力疾走した直後のような疲労困憊具合。 「うぬぬ~。目的地はもう見えているのに~」  チルノが目指す先。それは紅魔館である。  紅魔館。それは妖精の憧れ。  あの長い廊下を思いっきり飛んだらどれだけ楽しいことだろう。  階段の手すりで滑り台。寝台の下でかくれんぼ。煙突の中で鬼ごっこ。  遊びの種は尽きない。  それにあの部屋の数! 一日中探検ごっこしても終わらないかもしれない。  屋敷の主への配慮で、常にカーテンが引かれた窓からは匂うのは秘密の気配。  悪戯好きにして好奇心旺盛な妖精にとってはまさに夢の城である。  だが紅魔館の警備は厳重だ。  メイド長は問答無用でナイフを投げてくるし、  門番はなぜかいつもポケットに肉まんやらクッキーを忍ばせている。  たまにしか見かけない紫色の魔女は足が遅いので怖くないが、  その下僕の小悪魔は上半身と下半身が分離するヨジゲンサッポウを使うという噂だ。  何より屋敷の主の吸血鬼姉妹は怖すぎる。  妖精の中でも小利口で我慢強い者はメイドとして屋敷に潜入し、  仕事をする片手間に思う存分遊んでいるそうだが、  チルノにはとてもそんな真似は出来ない(三分と遊ばぶのを我慢できる自信がない)。  だからこれはチャンスなのだ。  『ミニ幻想郷』は全体的なサイズ以外は可能な限り本物と同じにしていると神奈子は言っていた。  それはつまり、あの紅魔館が無防備な状態で放置されているということに他ならない!  千載一遇の機会を逃してなるものかと、  チルノはゲームが始まると武器だけ確認し(なんかタタタと音が出て火が出る変な箱だった)  すぐに紅魔館を目指して飛び立ったのだった。  そして今、力尽きようとしている――。  既に飛ぶ速度も歩くそれよりも遅くなっている。  まっすぐ飛ぶのすら難しい有様、ちょっと風が吹いただけで流されていた。 「ぐぬぬ~。ま~け~る~か~」  休むという発想はない。  歩くという発想はあったが、ここまで頑張って飛んできた以上、  意地でも最後まで飛んでいきたいという思いの方が勝っている。 「ぜったいぜったいずぇぇ~~~ったい、飛んでいってやるんだからぁ!」  このままでは紅魔館に着いた後に体力が残っているかも怪しい。  だが今の彼女にとってとりあえず辿り着くことが至上命題になっていた。  当初の目的を半ば見失いかけているチルノであった。   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「いやいやマズイでしょあれは」  小町は団子片手に起き上がりながら呟いた。  見覚えのある青と白のシルエット。氷の妖精チルノだ。  どうして空なんて飛んでいるのか。  小町も試したから分かるが、この世界では空を飛ぶには、  走るのと同じ程度の労力を要する(個人差はあるだろうが)。  速度もそれほどでないから地上からはいい的になってしまる(弓でもあればイチコロだろう)。  はっきり言って空を飛ぶメリットはあまりない。  むしろデメリットだらけである。  この幻想郷で今まで(チルノ以外には)空を飛んでいる者を見かけないのも、  参加者学各自がそれらのデメリットを認識しているからだろう。  チルノが飛んでいるのは何か理由でもあるのか。  例えば、誰かから逃げているとか。  ……しかし妖精の気質からしてあんまり何も考えてなさそうである。 (どうする? 声をかけるか)  姿を隠せとは言わないが、せめて歩いて移動するくらいの用心はすべきだろう。  そう教えてやろうと小町は声を上げようとする。  敵に塩を送る行為だが、こんなのは善行とか善意とか以前の問題だ。  今のチルノはあまりにも無防備すぎる。  しかし小町は寸前で思いとどまった。 (声をかけて向こうから攻撃されたらどうしよう)  そう、一応このゲームは誰もが敵同士なのだ。  チルノはディバック以外になにやら武器らしいものを肩から下げている。  見た目からどんな武器か想像できないのできっと外の世界の武器だろう。  その威力は未知数だが、一方であの様子ではそれほど脅威になるとも思えない。  なんせ、その下げている物の重さで徐々に高度が下がっているのだ。 (まぁどんな状態でも、妖精ごときにゃ負ける気しないけど)  あの必死さを含めて演技なのかもしれないし、  或いはチルノは囮で、声をかけさせることで小町の居場所を特定し、  誰かが狙ってくる可能性もある。  けれどもし本当に疲れて困っているだけだとしたら。  声をかけるなら早い方がいい。  自分以外の誰かがチルノに気付く前に。 (どうする?)  疑心の暗がりには鬼が住む。芽生えた疑念は可能性の上ばかり。  明確な正解が出ずに、自問自答がグルグル回る。  小町は串に残った最後の団子を食いちぎった。 【残り 34人】 空飛ぶバカと見上げるサボリ魔 (了) 【E-4 人里 朝】 【小野塚小町】 [状態]:やや満腹 残り体力( 99/100) [装備]:なし [道具]:オーブx2 支給品一式(未開封) [思考・状況] 基本方針:何か一つ善行を為す 1.チルノに声をかけようか迷ってる 【E-5 人里南方の低空 朝】 【チルノ】 [状態]:疲労困憊 残り体力( 30/100) [装備]:トンプソン・サブマシンガン 《備考》 試射済み。予備弾倉の数は不明 [道具]:オーブx2 支給品一式(小吉ガチャを除く) [思考・状況] 1.紅魔館へ遊びに行く 2.疲れた。休みたい 3.銃重い。下ろしたい 【武器解説】 「トンプソン・サブマシンガン(短機関銃)」 ・禁酒法時代のマフィアが撃ちまくっている例のアレ。  この後継機種をストライク○ウィッチーズのシャーロットが使っている。 ・通称『トミーガン』。  タタタという軽快な音が特徴で『タイプライター』の異名も持つ。 ・重量5kg 有効射程50m 弾倉は20/30発箱形弾倉と50/100発用ドラム弾倉なのに連射速度は600発/分~ ・サブマシンガンは拳銃の弾が流用できるのが特徴(トンプソンの場合は45ACP弾)。 他、詳しいことはWikipediaで。 **時系列順 Back:[[探し物はなんですか?]] Next:[[情けは人のため為らず]]
 サボりといえば小町。小町といえばサボリ。  そんな小野塚小町であるが、今回バトロワごっこに参加するにあたって、   『仕事休めてラッキー』  などとは露ほどにも思っていなかった。  彼女はサボるのが好きなだけで、仕事がしたくないわけじゃないのだ。  口うるさくも優しい上司。やりがいのある仕事。自主的に息抜きできる職場。  ついでに三途の河は一年365日を通してポカポカの昼寝日和である。  最高だ。文句無し。  だから小町は、このバトロワごっこに参加する事をそれほど喜んではいなかった。  むしろ困っていた。  このバトロワごっこでは、最後まで生き残った勝者に   『願いを一つ叶える権利』  とやらが与えられるらしい。  けれど彼女は、その権利を使って叶えたい願いごとのようなものをついぞ持ち合わせていないのである。 ~~ 小町脳内会議、開始 ~~  願いごと案① 『サボっても四季さまに怒られなくなるようにしてほしい!』    ―― ダメだ。昼寝したまま起きられず夕方になって飛び起きるのが目に見えてる。    願いごと案② 『美味しいもの食べたい!』    ―― 全然なってない。というか②にしてもう考えるのがめんどくさくなってんのがバレバレ。    願いごと案③ 『願いごとを叶える回数を百回に増やして!』    ―― いやいや子供じゃないんだから。    願いごと案④ 『全員の願いを叶えて!』    ―― 同上。    願いごと案⑤ 『四季さまの身長をあと30cm伸ばしてあげて!』    ―― うーん……なんというかコレが一番危険度が高い気がするのは何故だろう    願いごと案⑥ …………………………。 ~~ 小町脳内会議、終了 ~~ ~~ 次の開催予定、なし ~~  特に叶えたい願いもなく、真面目に参加するにはやる気が足りない。  かといって、何もしないまま誰かに殺される(ひゃー。言葉にすると物騒だねぇ)のも癪だ。  そんなわけで小町は今、人里の茶屋の前の縁台に寝そべっている。  何をしているかといえば絶賛ゲームをサボり中なのであった。 (あれー? いつもとやってること同じじゃないか?)  まぁどうでもいいかと青空を仰ぐ。トンビが飛んでいた。  小町がゲーム開始のテレポートで飛ばされたのがこの人里だった。  里の様子はいつもと変わらぬ朝の風景、に見える。  ただ人の気配だけがない。しかしそれだけとも思えない  例えば、小町がサボり場に選んだこの茶屋は人里でも有名な店で、  奥に立派な座敷もあるのだが、軒先にも席を設けており道行く人に団子や茶を出している。  特に団子が絶品で、茶を飲まずに団子だけ食い来る奴や、両手いっぱいに買って行く猫化けもいるとか。  今もすぐそこに、団子をふかしている蒸籠が湯気を上げている。  しかしその番をする人間はおらず、火もひとりでに燃えて薪も足さないのに消える気配がない。  蒸籠から団子を拝借して食べれば美味い(さすが八雲家御用達)。  腹もちゃんとふくれるから幻というわけでもないんだろう。    だが食べ終わった後にその串を行儀悪くポイと後ろに投げ捨てると、  もう一度見た時には影も形もない。  蒸籠の中を確認すれば食べてしまったはずの団子がちゃんとそこにある。  面白くなって十本近く食べてはポイポイ投げているが(これ無銭飲食にはならないよね?)、  蒸籠の中の団子は一向に減る気配がなかった。  不思議というか、いっそ不気味である。  不気味であっても団子を沢山食えば喉が渇く。  どうせ狼藉するならと、店の奥にあった最高級茶葉を淹れてみたらこれまた美味しい。  四季さまの飲みかけをコッソリ味見した、閻魔庁の安物緑茶の百倍は美味しい。  腹が満たされれば当然眠くなるわけで、朝なのに早くも昼寝したい気分。  それじゃあと縁台に寝っ転がれば、これまたなかなか寝心地が良い。 (ああいっそこのまま寝てしまおうかなぁ)  そう思いつつも、ついつい手が伸びて団子をもう一本。  ……ゲームが始まってからの小町は、概ねこのような次第であった。 (だけど、いつまでもここで食っちゃ寝してるわけにも、いかないんだよなぁ)  ゲームに積極的に参加する理由もやる気も持たない小町であったが。  代わりに彼女にはこのゲームで為さなければならない使命というものがあった。  それはバトロワごっこのに出るための休暇申請をしに行った時のこと。 『東方バトロワごっこ、ですかぁ?』  最後の「かぁ」の部分で眉間に皺、目は半眼、口元は斜め四十五度に歪ませて、  四季映姫は思いっきり嫌そうな顔をして見せた。  真面目な裁判長さまは部下が遊びで仕事を休むのをあまり快く思わない。 『ええまぁ。招待状が来てしまいまして』 『そうですか。それでは仕方がありませんね』  しかし予想に反し、映姫はあっさり小町の有給休暇を認めた。 『あ、もちろん遅れてるノルマは当日までにきっちり仕上げますんで』 『当り前です。そもそも貴女は普段から遅れがちなのだから前もって……』  と続くお小言もいつもの半分程度で済んだ。  珍しいこともあるもんだ、と思っていたら映姫は次のように話を継いだ。 『……そう言えば、貴女、今回の騒動の元となった小説は読みましたか?』 『ええまぁ一通り。熟読したって程じゃないですけど』  小説としてより枕としての方が使用頻度も小町の中での評価も高いのだが、あえてそこには触れない。  内容も一度読んだだけだからもう半分以上は忘れてしまっていた。 『そうですか。……まぁ、少年少女による殺し合いなどという低俗で暴力的な内容ですし、  死後の世界を支える者の一人として、そのような小説を楽しむようでは、それはそれで問題です』  対して仕事机の上に置かれた映姫の蔵書(タイトルを隠すためかカバー付きだがあの厚さはバレバレ)は。  膨大な数の色つき付箋が挟まれ、ページの端も所々すり切れていて、  傍目にも読みこまれているのが分かる。  ちなみに彼女は普段この手の娯楽的物品とは無縁である。  また昨日仕事の進捗報告がてらにサボりに来た時には、この本は映姫の机になかった。  おそらく昨日の仕事帰りにでも購入してそのまま徹夜で読み切ったのだろう。 『……ですが、あの小説は同時に私達に大切なことを気づかせてくれます』  小さな拳をぎゅっと握って語る映姫。  その瞳が熱く燃えている。  目元がちょっと赤く腫れているのは、昨夜、四季映姫の私室から、  夜闇もはばからぬ号泣が一晩中響いていたという噂と無関係ではないだろう。  それ以外にもよくよく観察してみれば、健康管理が基本と常日頃からうるさい映姫にしては珍しく、  目の下には化粧に隠れてうっすらと隈。 徹夜明けでちょっとハイテンションの四季さま。ドンと机を叩いて力説。 『どんな絶望的な状況であっても人は互いに手を取り合える、  自分のためだけでなく誰かのために善行を為すことができるということを、  哀しくも力強く伝えてくれていると私は思うのです。……そこで小町』  そら来た、と身構える小町に映姫はビシッと突きつけた。 『方法は問いません。今回のゲーム中で何かひとつ、善行を為してきなさい!』  命令ですからね! 絶対ですよ! と最後に付け加えるのも忘れなかった。  パワハラで訴えたら勝てるかもしれない。  そんなわけで、小町はこのゲームの中で何か善い行いをしないといけないのだ。  しかし殺し合いのゲーム中に善行って……。  月の姫の難題とまではいかないが、一介の渡し守には過分な課題だ。  いや、そこまで難しく考える必要もないのかもしれない。  確か原作小説の中でも他人を助けたり守ったりする登場人物がいたはずだ。  その線で攻めてみてはどうだろう。  なんせこちとら優勝を目指す必要はないのだ。  なんなら手持ちのオーブを丸ごとあげてもいい。  思いつきにしてはなかなかいい気がする。  ……だがしかし。  果たして、『その程度』の善行で四季さまが納得するだろうか?  ううむううむと頭を抱え、小町は狭い縁台の上で寝返りを打つ。  ゴロゴロ。ゴロゴロ。ひょいパクむしゃむしゃゴロゴロ。  ああ団子がうめぇ。  現実逃避を続ける小町。  ふと空にフヨフヨ漂っている青い物を見つけた。 「? あれは……」   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇  チルノは空を飛んでいた。  いや本人は空を飛んでいるつもりだった。  だが傍から見れば空中で下手な犬かきをしている蛙にしか見えない。 「うーんうーん。あーもー! なんでぜんっぜん進まないのよ!?」  この『ミニ幻想郷』ではルールとしてあらゆる幻想的な能力はその効果を制限されている。  また使用と同時にかなりの体力を消費するようにもなっている。  日常的に少女が飛び交う幻想郷では忘れられがちだが、飛行能力だって立派な幻想なのだ。 「つ、疲れたー。お水のみたいー」  チルノも一応ルールは理解していた(本当だぞ?)。  理解していたが、これほどのものだとは想像していなかった。  普段ほどの速度が出ないのは当たり前。体力消費も半端なく。  ゲームスタート地点だった太陽の畑からずっと飛んできた今のチルノは、  全力疾走した直後のような疲労困憊具合。 「うぬぬ~。目的地はもう見えているのに~」  チルノが目指す先。それは紅魔館である。  紅魔館。それは妖精の憧れ。  あの長い廊下を思いっきり飛んだらどれだけ楽しいことだろう。  階段の手すりで滑り台。寝台の下でかくれんぼ。煙突の中で鬼ごっこ。  遊びの種は尽きない。  それにあの部屋の数! 一日中探検ごっこしても終わらないかもしれない。  屋敷の主への配慮で、常にカーテンが引かれた窓からは匂うのは秘密の気配。  悪戯好きにして好奇心旺盛な妖精にとってはまさに夢の城である。  だが紅魔館の警備は厳重だ。  メイド長は問答無用でナイフを投げてくるし、  門番はなぜかいつもポケットに肉まんやらクッキーを忍ばせている。  たまにしか見かけない紫色の魔女は足が遅いので怖くないが、  その下僕の小悪魔は上半身と下半身が分離するヨジゲンサッポウを使うという噂だ。  何より屋敷の主の吸血鬼姉妹は怖すぎる。  妖精の中でも小利口で我慢強い者はメイドとして屋敷に潜入し、  仕事をする片手間に思う存分遊んでいるそうだが、  チルノにはとてもそんな真似は出来ない(三分と遊ばぶのを我慢できる自信がない)。  だからこれはチャンスなのだ。  『ミニ幻想郷』は全体的なサイズ以外は可能な限り本物と同じにしていると神奈子は言っていた。  それはつまり、あの紅魔館が無防備な状態で放置されているということに他ならない!  千載一遇の機会を逃してなるものかと、  チルノはゲームが始まると武器だけ確認し(なんかタタタと音が出て火が出る変な箱だった)  すぐに紅魔館を目指して飛び立ったのだった。  そして今、力尽きようとしている――。  既に飛ぶ速度も歩くそれよりも遅くなっている。  まっすぐ飛ぶのすら難しい有様、ちょっと風が吹いただけで流されていた。 「ぐぬぬ~。ま~け~る~か~」  休むという発想はない。  歩くという発想はあったが、ここまで頑張って飛んできた以上、  意地でも最後まで飛んでいきたいという思いの方が勝っている。 「ぜったいぜったいずぇぇ~~~ったい、飛んでいってやるんだからぁ!」  このままでは紅魔館に着いた後に体力が残っているかも怪しい。  だが今の彼女にとってとりあえず辿り着くことが至上命題になっていた。  当初の目的を半ば見失いかけているチルノであった。   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「いやいやマズイでしょあれは」  小町は団子片手に起き上がりながら呟いた。  見覚えのある青と白のシルエット。氷の妖精チルノだ。  どうして空なんて飛んでいるのか。  小町も試したから分かるが、この世界では空を飛ぶには、  走るのと同じ程度の労力を要する(個人差はあるだろうが)。  速度もそれほどでないから地上からはいい的になってしまる(弓でもあればイチコロだろう)。  はっきり言って空を飛ぶメリットはあまりない。  むしろデメリットだらけである。  この幻想郷で今まで(チルノ以外には)空を飛んでいる者を見かけないのも、  参加者学各自がそれらのデメリットを認識しているからだろう。  チルノが飛んでいるのは何か理由でもあるのか。  例えば、誰かから逃げているとか。  ……しかし妖精の気質からしてあんまり何も考えてなさそうである。 (どうする? 声をかけるか)  姿を隠せとは言わないが、せめて歩いて移動するくらいの用心はすべきだろう。  そう教えてやろうと小町は声を上げようとする。  敵に塩を送る行為だが、こんなのは善行とか善意とか以前の問題だ。  今のチルノはあまりにも無防備すぎる。  しかし小町は寸前で思いとどまった。 (声をかけて向こうから攻撃されたらどうしよう)  そう、一応このゲームは誰もが敵同士なのだ。  チルノはディバック以外になにやら武器らしいものを肩から下げている。  見た目からどんな武器か想像できないのできっと外の世界の武器だろう。  その威力は未知数だが、一方であの様子ではそれほど脅威になるとも思えない。  なんせ、その下げている物の重さで徐々に高度が下がっているのだ。 (まぁどんな状態でも、妖精ごときにゃ負ける気しないけど)  あの必死さを含めて演技なのかもしれないし、  或いはチルノは囮で、声をかけさせることで小町の居場所を特定し、  誰かが狙ってくる可能性もある。  けれどもし本当に疲れて困っているだけだとしたら。  声をかけるなら早い方がいい。  自分以外の誰かがチルノに気付く前に。 (どうする?)  疑心の暗がりには鬼が住む。芽生えた疑念は可能性の上ばかり。  明確な正解が出ずに、自問自答がグルグル回る。  小町は串に残った最後の団子を食いちぎった。 【残り 34人】 空飛ぶバカと見上げるサボリ魔 (了) 【E-4 人里 朝】 【小野塚小町】 [状態]:やや満腹 残り体力( 99/100) [装備]:なし [道具]:オーブx2 支給品一式(未開封) [思考・状況] 基本方針:何か一つ善行を為す 1.チルノに声をかけようか迷ってる 【E-5 人里南方の低空 朝】 【チルノ】 [状態]:疲労困憊 残り体力( 30/100) [装備]:トンプソン・サブマシンガン 《備考》 試射済み。予備弾倉の数は不明 [道具]:オーブx2 支給品一式(小吉ガチャを除く) [思考・状況] 1.紅魔館へ遊びに行く 2.疲れた。休みたい 3.銃重い。下ろしたい 【武器解説】 「トンプソン・サブマシンガン(短機関銃)」 ・禁酒法時代のマフィアが撃ちまくっている例のアレ。  この後継機種をストライク○ウィッチーズのシャーロットが使っている。 ・通称『トミーガン』。  タタタという軽快な音が特徴で『タイプライター』の異名も持つ。 ・重量5kg 有効射程50m 弾倉は20/30発箱形弾倉と50/100発用ドラム弾倉なのに連射速度は600発/分~ ・サブマシンガンは拳銃の弾が流用できるのが特徴(トンプソンの場合は45ACP弾)。 他、詳しいことはWikipediaで。 **ページをめくる(時系列順) Back:[[探し物はなんですか?]] Next:[[情けは人のため為らず]]

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