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 星の瞬きを消しつつある光は、地上にも平等に降り注ぐ。
 真冬の冷たい大気は、夜を朝へと切り替える光によって、徐々にその気温を上げつつあった。
 東から立ち昇る日の光へと目を向ける者は多い。夜明けの到来を知らせる日の出には、人間なら誰しも目を向けてしまうものだ。
 幻想郷において、太陽に顔を向ける者は人間だけに限らない。それは妖怪であり、幽霊であり、妖精であり、そして花だ。
 仮想世界の南東では、昇る太陽に向けて多くの顔が向けられていた。すり鉢上の大地に並んだ大量の顔は、どれも黄色く、大きい。
 向日葵だ。
 本来ならばこの季節には咲くはずの無い太陽の花は、しかし背を伸ばすようにその花弁を自己主張していた。
 どの花も背は高い。たとえ大人でも、その花々の中に隠れることが出来るほどのものだ。
 向日葵の咲いていない地面は、自然と花で作られた道となる。自然の迷路ともいえるそれは、何故か整った線として成立していた。
 そして今、その道を歩く姿があった。青の長髪を揺らし、背にデイパックを担い、手には一枚の用紙を持った姿だ。
 紙には「参加者名簿」と書かれている。その用紙に貼り付けられている多くの顔写真の中、一つ、歩く姿と同じ顔のものがあった。その下に書かれている名前は、「比那名居天子」だ。
 その姿、天子は、参加者名簿を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「――さて、と。どうしたものかしらねー」

  ■

 よくできてるわね、と天子は思う。
 夜明けの薄暗い空も、肌に感じる冷たい空気も、全てが本物として感じられる。
 今自分が歩いているこの向日葵畑の再現もよくできている。花の手触りも、植物の息遣いとも言える感触も、全てが現実のようだ。
 花が太陽に顔を向ける現象までもが再現されている。畑中の向日葵が同じ方向に顔を向けているのを遠くから見たときは、異様とも壮観とも思えたものだが、
「花の中に入ってしまえば気にならないわよね……よくできてるというより、無駄に手が込んでるといったほうがいいかしら」
 記憶が正しければ、花が動く理由の大抵は妖精の悪戯のはずだ。妖精のいないこの仮想世界でまで動くのは、そういう物として向日葵を作ったからだろう。
 紫ならそういうところまで作りそうよね、と天子は思考を働かせながら、視線を下へと向けた。
 南向きのすり鉢状になっているこの向日葵畑は、視線を下方へと向ければ、すり鉢の中心を見ることになる。中心にあるのは、一軒の家だ。
「私が飛ばされたのはF-6……向日葵畑と家屋を見つけて来てみたのはいいけれど、まともなものはおいてあるのかしら」
 遠目で確認したとき、その家は打ち捨てられた廃屋というようには見えなかった。ならば、何かしらの道具があってもおかしくない。
 今後の動きをどうするかはともかく、道具はあって困ることはないはず。そう思っての行動だ。
 参加者名簿で知り合いがどれだけ参加しているかを確認しながら、天子は歩を進める。
 その歩みの中で思うのは一つ。これからどうやってゲームに参加するか、だ。
(普通に殺して回るってのも面白いけど、同じ考えのやつは多そうよね。主催者討伐ってのも手だけど、仲間がほしいわよねー)
 バトルロワイアルごっこ開催の告知から今日までには、何日もの期間があった。それなのに、今になってゲームへのスタンスを考えているのには、一つの理由がある。
「紫の奴……本番の前日になって“貴方どうせ暇でしょ? 明日から始まる殺し合いに付き合いなさい”だものねえ。人のことをなんだと思ってるのかしら」
 結論から言えばなんとも思っていないだろうというのが有力な答えだが、天子は考えないことにした。
 ともあれ、と天子が思ったときだ。前方、花の道に変化があった。曲線を描いていた道が終わり、直線の道へと切り替わったのだ。そして数十メートルの先は、向日葵が途切れている。
 道の終わり。向日葵畑の中心部へと到達したのだ。
「……漸く、といったところかしら」
 天子の見立て通り、その家は廃屋ではなかった。家の周囲は踏み固められ、茶色の地面が見えている。少し荒れた様子を見せているが、この荒れ様は一年と経っていない荒れ方だ。おそらくは、別荘か、定期的に住処を変えている者の家だろう。
 それは予想通りだ。が、
「……あら?」
 天子が疑問を放ったのは、家の入り口だ。家の周りには、僅かに雑草が生えている。その雑草が扉の前でだけ潰れているのだ。さらによく見てみれば、扉が完全に閉められていないことに気が付いた。
 家に向かった足跡も、家から出て行った足跡も無い。これは、
「この家の前に転送された参加者がいて……他の場所に行くのではなく、家の中に入ったと、そういうことよね」
 声を小さなものとしながら、天子は呟く。
 ゲームにどう参加するかはともかく、他の参加者との接触は慎重に行ないたい。一人目ともなれば尚更だ。
 しかし、と天子は思う。自分がここまで歩くまでにはそれなりの時間がかかったはずだ。ならば、ここに転送された者がこの家に留まっているとは考えにくい。
 ……となると、裏口から出ていったか、何かしらの理由があって飛んでいったかのどちらかかしら。
 思いながら、足音を立てないように扉に近づく。
 中に人がいるにせよいないにせよ、静かに動くにこしたことはない。そう思いながら、開いている扉の隙間からそっと中を覗き見る。
 と、
 ……あ、誰かいる。
 予想に反し、家の中には先客がいた。
 緑の髪に、透明な羽。自分と比べればシンプルな服装の、妖精の少女だった。
 ……参加者名簿にも載っていた顔。当たり前だけど、参加者みたいね。
 名は、確か大妖精と書かれていたはずだ。否、名前というよりどう見ても種族名や愛称というべきものだったが、ともかく名簿にはそう書いてあった。
 彼女は今椅子に腰掛け、花柄のテーブルクロスのかかったテーブルをじっと見つめていた。先ほどからずっとそうしていたのか、その顔には思いつめたような表情が浮かんでいた。
 何をやっているのと、天子が思った瞬間だ。
 彼女はテーブルに両手をつくと。
「――――」
 勢いよく、テーブルに頭部で打撃を入れた。
 全力の頭突きだった。

  ■

「何やってるのよあの子は……」
 目の前で行なわれた動きに対し、天子は驚きと警戒の混じった声で呟いた。
 当たり前に考えれば、どう見ても奇行としか言えない。しかし、今はバトルロワイアルの最中だ。普段は奇行としか思えない動きでも、このゲーム下においてはそうとは限らない。
 例えば、ゲーム開始時に、自分が銀色の矢を身体に押し当てたように、だ。
 天子は僅かに腰へと意識をやる。服の飾りに引っ掛けるようにしてぶら下げているのは、己の支給品だ。
 ……ボウガン。バトロワ原作にも出てきた武器だけど、アレよりもちょっと高性能みたいね。
 既に矢が装填してあるそれには、ボウガンが逆さになっても矢が落ちないようなロックがかかっていた。そして拳銃の撃鉄のように後部に付けられているのは、親指一つで解除できる安全装置だ。
 支給品はボウガンと矢40本。その支給品に対し、天子はある一つのことを試していた。
 それは、己の身体に矢が刺さるかどうかの実験だ。
 天人の身体は、何をせずともそれだけで強固な物体だ。ただの矢はおろか、術式を併用した投げナイフでさえ、天人の身体を突き刺すことは難しい。
 だからこその実験だ。この世界では、全ての能力に制限がかけられる。中には制限を受けるまでも無い能力もあるだろうが、天人の肉体は明らかにその範疇には入らない。
 結果だけ言えば、矢が身体に突き刺さることはなかった。が、
 ……いつもより痛かったし、ボウガンで発射すれば明らかに刺さってたわよね。
 刃を押し当てた程度では切れもしないし、力の乗っていない斬撃ではかすり傷程度の怪我を負うだけ。だが、芯の通った攻撃ならばしっかりと通る。そういう制限だ。
 同様に、弾幕や、大地を操る力についても制限はされていた。自分に課された能力制限のチェックは、大半の参加者がしていることだろう。
 だから、と天子は思う。この妖精も、同じような実験をしているのだろうな、と。
 妖精は、基本的に頭が悪い。が、頭をぶつけるのは痛いことなんだということを知らないほど馬鹿ではない。死にはしないとはいえ痛みに対する恐怖心はある。だから、基本的に無茶をすることは無い。
 弾幕に正面から突っ込んできたり、「いけると思った」の一言で切られに来るような馬鹿は例外だ。正面に弾幕を張らないスペルカードなんてのも例外だし、要石を漬物石に使おうなんて考える馬鹿も例外だ。たぶん。きっと。
 ……よく考えたらまともな妖精の知り合いがいないわね、私……。
 実物のイメージがことごとく例外だが、例外は例外だ。目の前にいる妖精は、おそらくそこまでの馬鹿ではない。
 ならば、痛そうな音を響かせた頭突きも、おそらく力を調整して防御したに違いない。自分のときのように僅かな痛みはあったかもしれないが、それほどではあるまい。
 ……というかアレくらいで痛がる参加者も珍しいでしょうし。
 うんうん、と頷いて天子は見た。
 頭を上げた大妖精の顔は、初め見たときのような表情だった。しかしその顔は、思いつめた無表情というよりも、どちらかといえば眉に皺を寄せた表情であり、
 ……あれ?
 少しの間をおいて、大妖精は声を上げた。
 天子が見ていることも気が付かず、顔を天上へと向けて。
 目の端に涙を浮かべ、額を両手で押さえながら、
「――痛ぁ――い!」
「当たり前でしょうが!」
 即座の叫びが、家の中に響いた。
 思わずの突っ込みだった。

  ■

 大妖精は、突然響いた声に動きを示した。
 痛む額を左手で押さえながら、右手で床においてあるデイパックを掴み上げる。椅子から立ち上がりながらデイパックを引き寄せ、盾としながら入り口へと視線をやる。
 警戒というより、驚きで体を動かした大妖精だが、
「あー……えーと、頭、大丈夫なの?」
 大声で叫んで来た相手は、ばつが悪そうに声を上げた。
 しまった、とも、どうしよう、とも取れる相手の表情は、大妖精からしても“どうしよう”だ。
「えと、あの、だ、大丈夫です」
「そ、そう……」
 言って、すぐにまた沈黙が訪れる。
 どうしようと、大妖精は重ねて思う。こんなとき、どうしていいかわからないよ、と。
 ただでさえこのゲームについてどうしようと考えていたときだ。先ほどの行動で知りたいことを知ることができた。だが、だからといって自分のスタンスが決まるわけではなかった。
 ……こういうときは話を続けないと駄目だよね。
 しかし話題が無い。最近どうですか、なんて場違いにもほどがあるし、ゲームを楽しんでますか、というのも相手の反応を見る限り言いにくい。
 どうしようどうしようと思う大妖精は、頭の中に浮かんだある一つの話題を選択した。
 それは、自分が先ほどまで知りたかった情報に関するもので、
「あ……あの」
「……何?」
「さっきわかったんですけど……頭をぶつけると、痛いんですね」
「だから当たり前でしょう!?」
 二度目の叫びが、大妖精の鼓膜を震わせた。

  ■

 天子は思う。やはり、妖精は総じて馬鹿なのかと。
 ……いや、待ちなさい私。一応話を聞いてみるのよ。判断するのはまだ早いわ。
 経験から言えば、妖精の話をまともに聞くのは言葉通り馬鹿らしい話だ。が、それはあくまで唯一の知り合いの妖精が例外なだけだ。
 経験は生かすべきだが、それが例外ならば参考にしてはならない。だから話を聞こう。うん、そうしたほうがいい。たぶん。
 ……これ、自分に対して説得してるだけなんじゃないかしら。
 思うが、天子はあえて自分の思考を無視した。
 大妖精は、先ほどのこちらの叫びに驚いたのか、完全に萎縮してしまっているように見えた。
 ……うわ、話しにくい。
 そう考えるが、ひねり出すように天子は言った。
「聞いておくけど……なんでそんな当たり前のことを実験してたの?」
「……体が傷ついたら痛いのかなって、そう思ったんです」
「いや、そりゃ痛いでしょ。当然」
「でも……この世界では、死が嘘になるんですよね?」
 ……あ。
 その言葉で、天子には大妖精の意図がわかった。
 発想は同じだ。天子が自分の能力の制限を試したように、大妖精もこのゲームでの仕様を試したのだ。
 大妖精が試したこのゲームの仕組み。それは、
「まさか貴方……怪我を負ったとき、その痛みが実際に与えられるかを試していたの?」
 このゲームは、殺し合いだ。だがその殺し合いは、一つのルールで成立している。それは、与えられる死が虚構のものだということだ。
 死んでも大丈夫な仮想世界。だから殺し合いをしても良い。そういう理屈だ。だが、
「死の際に与えられる痛みは、現実の痛みとして体感するものだわ。たとえ、現実世界に戻ったら消えるものだとしても、ね」
 リアルな夢と同じだ。たとえ現実のものでないとわかっていても、怖いものは怖いし、実感が伴えば痛いものは痛い。
 だが、死が虚構であるならば、致命傷を受けても痛みは現実よりも少ない可能性はある。この身体は偽物なのだから、そのような作りであってもおかしくはない。
 しかし同時に、現実と同じ痛みを伴う可能性も高い。腹などを刺されれば、長い間苦しんで死ぬことになるだろう。
 大妖精が試したのは、それだ。強く頭を打ち付けるという行為で、痛みが現実のものになるかを試していたのだ。
 しかし、と天子は思う。理由はわかったが、動機がわからない、と。
 大妖精の無言を肯定と受け取った天子は、眉をひそめて言った。
「貴方、どうしてそんなことを? 自分が殺されるのが嫌なら、オーブを捨てて隠れてるって方法もあるのよ?」
「……ゲームが始まる前、友達に言われたんです。友達皆で一緒になって、優勝目指そうよ、って。だけど、ゲームに勝つには誰かを殺さなくちゃいけません」 
 大妖精は顔を上げた。その目は、弱々しくも、芯の通った視線であり、
「……たとえ死ななくとも、死を体験するということは、強い痛みを得るということです。私は……誰かが痛がるようなことを、したくないんです」
「……そうか。貴方、妖精だものね」
 妖精は、厳密に言えば死ぬことの無い種族だ。妖精は自然の権化であり、死ぬことがあっても、時間がたてば蘇る。本来は食事を取ることも不要で、おおよそ死というものに対する恐怖はないだろう。しかし、
 ……感じる痛みは、人間と同じなのよね。
 今、このゲームの参加者は、ある意味妖精と同じだ。脆く、刃の一刺しで死にはするが、現実の側ですぐに蘇る。
 だからこそ、妖精である大妖精は思ったのだろう。死を得ない参加者に対し、痛みを得させることはしたくない、と。
 ……優しいというかなんというか……。
「幻想郷じゃ珍しいタイプよね、貴方。私の知り合いに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」
「……妖精は自然の力の塊ですから、垢は出ないですよ?」
「マジ返しとはやるじゃないの……」
 おずおずと聞いてくるあたり、今までに無い斬新な反応だ。妖精は頭が弱いというのが通説だが、これはどちらかといえば天然だ。
「……はあー……」
 天子は自分の口から大きな溜息が漏れたのを知る。それは、呆れであり、安堵であり、言葉にできないものだった。
「あ、あの……何か私、変なこと言ってしまいましたか……?」
「変というわけじゃないけどね。貴方、一つ勘違いしてるわよ」
「勘違い、ですか?」
 そうよ、と天子は言った。そして、いい? という確認の言葉が生まれ、
「このゲームは殺し合いごっこなの。だから、そんな心配する必要なんて無いのよ」
「で、でも、私の友達には、優勝はしたいけど、殺し合い自体はしたくないって言っていた友達もいます。そういう人たちも、このゲームにはいるんじゃ――」
「だからね、それが勘違いなのよ」
 え? という大妖精の声に、天子はただ肩を竦めるだけだった。
 答えを待っているような大妖精に対し、天子は椅子に腰掛けつつ言った。
「逆に一つ聞くけどね。貴方のような殺し合いを望んでない奴が、どうしてこのゲームに参加してると思う?」
「え? そ、それは――」
「それに、貴方も友達から聞いてるでしょうけど、この催しは、幻想郷で暴れそうな妖怪に対しての“ガス抜き”の要素が大きいの。もっと言えば、下手すれば幻想郷が滅んでしまいかねない危機に対する対処よね」
 一息。そして天子は、腕を組んで正面から大妖精を見つめると、
「なのに何故、貴方のような殺し合いとは無縁の参加者が存在しているのか。ついでに言えば、私は前日に紫に呼ばれて参加したのよね。“暇でしょ”の一言で」
「それは――」
「本来なら、暴走しそうな妖怪を掻き集めるべきだわ。それに、この殺し合いに参加したい人妖は非常に多いと聞いたわ。それなのに何故、私たちのような者が参加者として選ばれているのか」
「…………」
「ま、答えは簡単なんだけどね」
 え? と大妖精が漏らした二度目の疑問に対し、天子は一つの反応を見せた。
 笑ったのだ。
「答えは簡単。そんなの、危機でもなんでもないからよ」

  ■

「……え?」
 大妖精は、三度目の疑問を漏らした。
 違う、とか、そんなはずは、という言葉が頭の中に浮かぶ。そんな言葉が頭に浮かぶ理由を、大妖精は言った。
「そんなはず……だって、友達が言ってました。妖怪同士の争いが起こって、仲間が迷惑してる。これは問題だ、って」
 蘇るのは、友達や、人里の子ども達の言葉だ。妖怪同士の喧嘩が危ないという声を聞くこともあれば、人里の人間からは「怖い」という声もよく聞く。
 だが、対する天子の返答は意外なものだった。
「そうねえ……まあ、問題よね、そこら辺は。私は何の迷惑もしてないけど、地上は大変そうよねー」
「え?」
 同じ疑問ばかりが口から出るが、もはや大妖精は気にしない。それよりも気になるのは、この少女の言葉だ。
「で、でも……さっき危機じゃないって……」
「そうよ。危機なんかじゃないわ。問題ではあるけどね」
 大妖精には、意味が解らなかった。危機ではないが、問題ではある。
 それはどういうことかと、大妖精が疑問したときだ。
「じゃあ聞くけど、どうして危機だって思うの?」
「それは……里の人が言ってました。もし妖怪が人間を殺し合いに巻き込むようなことがあったら、もう幻想郷は終わりだ、って」
「じゃあ、そうならなかったら?」
「今でも妖怪同士が争っていたり、里の人が怖がっています。それは、危機ではないんですか?」
「妖怪なんて四肢が取れても死にはしないんだから、争いくらいはただの“問題”よ。そして人間が妖怪に恐れを抱くのは、人と妖怪のあり方として正しい姿よ」
 そして、と、少女は言った。
「山の上の新参は勘違いしてるのよね。あの神様は、“問題が起こったから解決しなければならない”って考えてるの。でも、幻想郷においてそれは正しくないわ」
 何故なら、
「幻想郷ってのはね、問題が起こることで成立してる世界だからよ」

 ■

 天子は思い出す。自分がこれまで見てきた、多くの異変を。
 紅い霧が蔓延り、春を雪が覆い、夜が明けない異変を。
 そのどれもが、幻想郷全体に対して問題をぶつけてきた。だが、そのどれもが危機ではない。スペルカードルールで予め解決されるべき問題として解決されてきた、ただの“問題”だ。
 だから、
「“バトルロワイアル異変”とでも言うべきこの騒動はね、まさしく“異変”なのよ。始まり方と終わらせ方が違うだけでね。あの小説は、幻想郷にとってはただの潤滑油。決して幻想郷を滅亡させるものではないわ」
 山の上の神様の考えはこうだ。妖怪たちの間で殺し合いに対する要求が重なっているがゆえに、人間ひいては幻想郷に危機が迫っている。だからこの危機を解決しなければ、幻想郷は滅びてしまう。それがゆえのバトロワごっこだ。
 でもそれは違うわよねと、天子は思う。
「妖怪が人を襲い、人間はそれを恐れる……そのこと自体は、幻想郷にとって自然な姿なのよ。そして、それに付随する、些細な問題もね」
「些細って……」
「巻き込まれた奴からすればとってもとっても迷惑でしょうけどね。ま、今までに比べたら小さいことよ」
 ……っていうか人間からしたら、吸うだけで身体を壊す霧とか、農作物に影響が出る寒春のほうがよっぽど迷惑でしょうし。
「大体、妖怪が人間を殺すと本気で思ってるのかしら。今まで妖怪は“人間を食べたい”という本能的欲求を我慢してきたのよ? それなのに、たかだか小説の影響くらいで殺すわけないじゃない」
 大妖精の驚き、呆気にとられている顔を見ながら、天子は両手を頭の後ろで組む。
「あー、だからそうね。私が前日になって紫に勧誘された理由もそこにあるわね」
「理由、ですか?」
「紫は私にこう言ってるのよ。“今まで天上で幻想郷を見続けてきた貴方になら、このゲームの本質が解るでしょ?”ってね」
 このゲームの本質。それは、
「――楽しむこと。それが、このゲームの本質よ」

  ■

 いい? と目の前の少女は重ねて言った。
「私は今まで全ての異変を見て、時には体験してきたわ。そのことから言えるのは一つ。……今回の騒動は、問題ではあるが、気にしないでいいことなのよ。今までの問題と同じようにね」
 彼女は言う。
「地上の者は、下賎ではあるが愚かではないわ。そして幻想郷は、そんなことで壊れるほど馬鹿な世界じゃないのよ」
 本当に、なんでもないというような口調で、彼女は淡々と言う。
「このミニ幻想郷ってのはね、そのまま現実の幻想郷の縮図なのよ。不安を持っている者も、不満を持っている者も、危機感を持っている者もいるけど……その実、そんな心配を抱える必要なんて無いのよ。皆が迷惑がりつつも、しかしそのうち解決される問題なんだからね」
 苦笑。
「そもそも、人里は妖怪の賢者――紫の保護下にあるのよ? ちょっとやそっと暴走した妖怪がいるからって、人間に死傷者が出るわけないじゃない。もっとも、ギリギリのところまで手を出さないでしょうけどね、アイツは」
 そして、
「紫からすればこのゲームは、完全に遊びなんでしょうね。それこそ、誰かが始めた異変を弾幕ごっこという遊びで解決するような、“いつも通りの”遊び」
 まあ、と体制を崩しながら言う。
「幻想郷のあり方としては、異変を起こした者は痛い目を見るってのが“いつも通り”だけどね。紫もそこら辺考えて、山の神をゲーム側に配置したんじゃないかしら」
「それは……あの神様が倒されると、そういうことですか?」
「そういう狙いの人もいるでしょうしねー。或いは、優勝商品として山の神をボコボコにするって手もあるし。あ、私の場合紫でもいいけど」
「……この会話って、紫さんも聞いてますよね?」
 言葉と同時、眼前の少女の動きが止まった。
 次の瞬間。少女はゆっくりと背筋を伸ばし、右手を口の前に構えた。
 そして彼女は、大きな息継ぎの後に、ごほんと声を上げると、
「さて、天然系妖精娘に可能性の一端を提示したわけだけど、この後の展開がどうなるかは私にもわからないわね……! ええ、とてもわからないわ!」
 台詞と同時、少女のデイパックから硝子の割れるような音が響いた。
 あー! と叫びを上げた少女は、勢いよくデイパックを背から引きずり落とすと、
「――ちょっと紫! あんた冗談通じないわけ!?」
「だ、大丈夫ですか?」
「しかも二つとも壊れてるし! 紫あんたねノリでそういうことするのやめなさいよ!」
「もしかしたら神奈子さんがやったのかも……」
「いいえ、これは紫の仕業よ空気でわかるわ。汚い! 流石は地上の妖怪汚いわ!」
「……ふふ、紫さんと、仲がいいんですね」
 思わず笑顔で言えば、何故か彼女は半眼でこちらを見てきた。
 どうしてそうなるのよ、という呟きが生まれ、しかし彼女は額に手を当てて頭を垂れると、
「あーもう、いいわ。……兎に角、参加したからにはゲームを楽しむことが肝要ってことよ」
「……ええと、このゲームがそういうものだっていうことはわかりました。ですけど……」
「嫌がる相手を傷つけたくない、でしょ? それなら大丈夫。最悪なことに、最高の例が今貴方の目の前にいるわよ」
「……それって、つまり」
 そうよ、と少女は言った。
「オーブが無くなれば敗退するのがこのゲーム。つまり、戦わずにオーブだけ盗んじゃえばいいのよ」

  ■

 自分の言葉で、天子は自然と口元が笑みを得るのを自覚する。
「戦闘自体を望んでいる者には戦闘で。ゲームには乗っているが、戦い自体は避けたいという者にはオーブだけを盗むことで。そして、貴方のような参加者は仲間に引き込むことで、それぞれ相対すればいいのよ」
 今回のルールを聞かされたときから、この発想はあった。しかし、実現が難しそうであることと、実行する意味が薄いことからやろうとは思わなかった。だが、
 ……大妖精みたいな参加者がいるってのなら、話は別よ。
「これは一種の縛りプレイよ。正直、難易度は高いと思うわ。でも、貴方が口だけではなく、本当に相手に痛みを与えたくないというのなら――」
 言う。これはもはや勧誘よねと、そう思いながら、
「ちょっと一緒に楽しんでみないかしら? 難しいけど、やりがいはあると思うわよ?」
「一緒に、ですか? でも、私なんかが一緒じゃ迷惑なんじゃ――」
「いいのいいの。私自身、どうやってゲームに参加するか悩んでたところだったからね。貴方みたいな子に付き合うのも一興よ」
 ……っていうか、なんかほっておけないし、この子。
 戸惑いを隠せずにいる大妖精を前に、天子は軽い調子で言う。
「迷惑かけるだとか、そんなことは気にしないでいいわよ。これはゲームなんだから、楽しめればそれでいいのよ。あ、勿論やるからには優勝を狙うけどね」
 言葉と共に、天子は大妖精を見た。
 大妖精は困り顔を浮かべ、徐々に納得を得ているようだった。そして数瞬の後、うん、という頷きが大妖精から生まれ、
「……有り難う御座います。これから、よろしくお願いします」
 大妖精は困惑の顔ではなく、しっかりとした表情を見せて言った。
 対する天子は笑顔を見せ、しかしすぐに眉をひそめると、
「……今私の言った意味、わかってる? 優勝を狙うってことは、貴方を騙して裏切るかもしれないのよ?」
「あ、わかりました。騙されないように頑張ります」
 笑顔で言ってくるが、本当に大丈夫だろうか。というかこれで裏切ったら、どう見てもこちらが悪者である。
 方向としては主催者討伐もありだが、妖物の起こした異変の解決は人間が解決するのが幻想郷の慣わしだ。ならば、主催者討伐を狙うならば、人間の仲間が必要だろう。
「まあ、そこら辺のやり取りもゲームの楽しみか」
 ごちて、天子は苦笑。
「自己紹介はいる? 名簿を見たなら、私の名前も知ってると思うけど」
「はい、大丈夫です。ええと確か――」
 指先を頬に当て、大妖精は視線を上にやりながら考える。
 一瞬の後、大妖精は笑顔でこう言った。
「てんこさん!」
「違う!」
「だ、駄目ですか? じゃあ……てんこちゃん?」
「そういうことじゃなくて!」
 叫ぶが通じない。
 早くも困惑の表情に戻り始めた大妖精を見て、天子は大きな溜息を一つ。
「ああもう……呼び方はそれでいいわ。それと、別に敬語じゃなくてもいいわよ。そういう接され方は、天界で飽きてるし」
「そう、ですか?」
「そのですかって奴だってば。友達に接するのと同じ感じでいいわよ」
「ええとじゃあ……よろしくね、てんこちゃん」
「そうそう、それでいいのよ」
 言って苦笑。本当、今までになかったタイプの子よねと、そう思いながら、
「こちらこそと言っておくわ。難しい道中になるでしょうけど、一つ頑張りましょうか」
「でも、盗むなんてできるのかな。私は魔理沙さんじゃないし……」
「魔理沙の盗み癖は貴方みたいな子にも伝わってるのね……」
 もっとも、傷つけないでオーブを手に入れる方法は盗み以外にもある。武装で脅し、オーブや荷物を放棄させて逃がせばいいのだ。
 また、仲間になる振りをして、隙を見てオーブだけを持って逃げるという方法もある。手段は様々だ。が、
 ……この子は嫌がりそうよね、そういうの。
 盗むという行為ですら、こちらが誘導して仕向けたに過ぎない。おそらくこの大妖精という少女は、たとえゲームの中だからといって盗みを平気で働ける性格ではない。
 前途多難ねえと、天子が思ったときだ。
「じゃあこれ……一つあげるね」
「え? これって……オーブじゃない」
「てんこちゃんのオーブは壊れちゃったんだよね? だから、一つ持ってて」
 ……うわ、斬新過ぎる反応! 幻想郷にこんな子がいたなんて……!
 初対面の相手にこんなことをする奴なんて、自分の地上の知り合いには心当たりがない。早苗や美鈴あたりはしてもおかしくないが、あいつらもあいつらでいい性格してるからなあ。どうかなあ。
「てんこちゃんどうしたの? 目頭押さえて」
「いや私、地上でこんなに優しくされたの初めてかもしれない……」
 疑問符を浮かべている大妖精の手から、天子はゆっくりとオーブを手にとった。第二回の放送までには必ず返そうと、そう思いながら、
「兎に角動きましょうか。まずは他の参加者を探さないことには話にならないわ」
「うん、そうだね」
「戦闘になったら私に任せていいわよ。武器もあるしね」
 そこまで言って、天子はふと疑問した。
「そういえば、大妖精の支給品ってなんだったの?」
「確か、大江戸爆薬からくり人形……だったかな? 名前だけ書いてあって使い方が書いてなかったんだけど……あ、今出すね」
 そう言って大妖精がデイパックから取り出したのは、見覚えのある人形だった。
 どう見ても、アリスがよく出してよく爆発させているアレだ。そして人形の頭には、鉄製のピンが差しており、
 ……察するにコレ、ただの人形形手榴弾なんじゃ……。
「……大妖精、いざってときは頭のピンを抜いて全力で投げつけなさい。ええ、全力で」
「う、うん。わかった」
 大妖精に押し返してから、天子は嘆息。しかしその吐息は、決して暗さだけで作られるものではなかった。
 ……なんだかんだいって、わくわくしてるのよねー私。正直紫が来たときも、内心すごく嬉しかったし。
 言いはしないが、思うだけならタダだ。だからというように、天子は笑みを浮かべると、
「さあ、まずは人里にでも行ってみましょうか。あそこなら人も集まってきそうだしね」
「そうだね。私の友達もいるといいんだけど……」
 話しながら、天子は家の中を見渡す。家の中には少女趣味なカーテンやテーブルクロスはあれど、目立った道具や装飾品はない。おそらくは、この家には有用な道具は配置されていないのだろう。
 それだけを確認し、天子は立ち上がった。
 ……この作りこみよう、紫の奴も随分張り切ったんでしょうねー。
 苦笑し、天子は思う。紫のためにも、精々楽しんでやりましょうと。
「じゃあ、よろしくね。大妖精」
 かけた声に、大妖精は笑みで応じた。




【E-6 太陽の畑 朝】
【比那名居天子】
[状態]:健康
残り体力(95/100)
[装備]:ボウガン&矢40本
[道具]:オーブ×1、支給品一式
[思考・状況]
基本方針:紫の思惑通りゲームを楽しむ。一応優勝狙いだが、「異変解決」としての主催者討伐も視野に入っている。その場合、人間の仲間がほしい。
1.戦闘を楽しんでいる者には戦闘で、ゲームには乗っているが戦闘を嫌っている者にはオーブだけを奪う方法で、自分達のような者は仲間に引き込むことで参加者と相対する。
2.第二回放送前に大妖精のオーブを二個以上にする。(自分の生き残りよりも優先)
3.まずは人里を目標に移動する。
《備考》
弾幕や、大地を操る程度の能力ついてどれほどの制限がかかっているかを試しています。
具体的にどれほどの制限がかかっていたかは次の書き手におまかせ。

【E-6 太陽の畑 朝】
【大妖精】
[状態]:健康
残り体力(100/100)
[装備]:大江戸爆薬からくり人形一体
[道具]:オーブ×1、支給品一式
[思考・状況]
基本方針:なるべく相手を傷つけない。
1.天子の提案に乗ってゲームに参加する。
2.友達に会ったら仲間に引き込む。
3.まずは人里を目標に移動する。
《備考》
大妖精の「友達」の範囲は次の書き手におまかせ。


【武器・道具解説】
「ボウガン・矢」
原作バトルロワイアルに登場したボウガンが少しだけ高性能になったもの。ストッパー、安全装置付き。
矢は当然ボウガン用のものだが、原作で秋也が使用していたように投擲武器としても使える。
幻想郷の住民なら、とりわけ矢単体での運用も楽に行なえるだろう。

「大江戸爆薬からくり人形」
大江戸爆薬からくり人形……の体を借りた単なる手榴弾。
ピンを抜いて数秒後に爆発する。威力は使ってみるまでは判断できない。


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