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『偽りのフォーク』


 ある日、八坂神奈子が千鳥足で帰宅した。
 例の大会の協賛者たちとの会合で、大いに酒を勧められたらしい。
 早苗は、神奈子に肩を貸して玄関口から居間に運び、コップに水を入れて持ってきた。
 神奈子に、晩御飯は食べられないと言われた。
 分かりました、と応える。
 それから神奈子は、しばらくうわごとのような事を呟いて、ふと早苗に告げた。
「ああ、早苗。バトロワごっこの参加者名簿に、お前の名前を入れといたから」
 ……。
 神奈子は、参ったよと後頭部を掻く。「いやあ、皆から早苗を出してくれと頼まれちゃってさ。
 断るに断れなかったんだよねえ。ま、乗り気でないなら、適当なところで自分から脱落してくれれば―」
 ……。
 早苗は、無言で神奈子に水をかけた。
 神奈子は顔をしかめた。早苗は、神奈子にここ何カ月も鬱積させていた不満のたけをぶちまけた。
 だが、神奈子は話半分で取り合わなかった。
 早苗は、コップを掴んで殴りかかった。だが、途中でやる気になった神奈子に完敗した。


 以来、今日まで早苗は神奈子とひと言も口をきいていない。


 * * *


 気が付くと、東風谷早苗は鬱蒼と生い茂る木立ちの中に立っていた。
 白みがかった木漏れ日が、腐葉土を薄く照らしている。
 早苗はすぐさま周囲を見回した。近くの大木の下に、おそらくは自分へ支給されたデイパックを発見した。
 近くに他の参加者の気配がない事を確認。
 デイパックに近寄り、ランダムアイテムに期待を抱しながら中身を開封する。
 だが、早苗はすぐに落胆した。彼女の見つけた支給品は、なんの変哲もないただのフォークだったのだ。
 こんなものでどう戦えと言うですか、と早苗は嘆いた。嘆いて、そして苦笑した。
 自分が引いたのは、こてこての大ハズレだ。
 だが、ならばこそ、ここに一つ確かな事がある。
 要するに、早苗は主催者の八坂神奈子から肩入れを受けていないのだ。
 もしかしたら、神奈子は家族だからこそ早苗に厳しく当たり、こうして支給品で冷遇したのかもしれない。
 否、きっとそうだろう。
 これは信頼の裏返しですね、と早苗は好意的に解釈した。彼女もまた、神奈子と同じ決意を固めていたのだ。


 さて、バトロワごっこにおける通常の勝利条件は、参加者全員で疑似的に殺し合い、最後に一人になることだ。
 しかし、早苗はこれを望んでいない。
 主催者を身内に持つ自分が、この方法で勝利してもアンフェアだ。
 ならば、もう目指すべき道は一つしかない。大会進行役、神奈子の打倒による隠し勝利条件の成立だ。
 他の参加者たちと糾合し、彼らと共に、神奈子のいる紅魔館を攻城する。
 家族だらこそ容赦はすまい、と早苗は心に決めていた。




 ――バーンッ!


 不意に重い銃声が轟いた。早苗は急いでデイパックを拾い上げて、近くの物陰に身をひそめた。
 挙動不審ぎみに辺りを見回すも、周囲に着弾の気配や追撃の銃声はない。
 ……。
 早苗は強く、支給品を握りしめた。神奈子の厳しい信頼が、彼女に勇気を与えてくれた。


 * * *


 霧雨魔理沙は、自らの勝利を、その先にある『願い事をひとつ叶える権利』を欲していた。
 彼女には叶えたい願い事が五万とある。能力、知識、財産、寿命、快楽―
 あの優勝賞品は、まるで自分のためにあるようなものだ。
 だが、手を伸ばして届くほど、バトル・ロワイアルの勝利は容易くない。


 ゲーム開始直後、フィールド上に散らばった参加者たちは、仲間を増やし、競争相手を蹴落としながら、戦力を増強していく。
 こちらも大胆、かつ拙速にことを運ばねば、気付いた頃にはトップと埋めがたい戦力差を付けられるだろう。
 このゲームにおいて、時間とは常に不足するものなのだ。少なくとも、魔理沙はそう考えていた。




 ――バーンッ!


 魔法の森に、重い銃声が轟く。
 今しがた、デイパックからショットガン(モスバーグM500)を引き当てた魔理沙は、迷わずに頭上の虚空を撃った。
 周囲の参加者たちに、森の中にいる己の居場所を教えることで、現状を強引に次のステージへ引き上げるためだ。
 ほどなくて、葉擦れの音が聞こえてきた。こちらに誰かが接近してくる。
 魔理沙は、目前の茂みに銃口を構えて待った。
 果たして、向こう側から彼女が現れた。
 この支給品を得て、更にこの巡り合わせとは。魔理沙は、運が自分に傾いていることを悟った。口元が綻ぶ。


「霊夢!」


「あー、あなただったのね、魔理沙」


 彼女は背にデイパックを担ぎ、腰に黒いカステラの箱のようなサブマシンガンを構えていた。
 イングラムM10、原作『バトルロワイアル』では桐山和雄の手に渡り、多くの参加者の命を奪った強力な銃器だ。
 その銃口が、こちらに向いている。
 魔理沙は警戒した。親友と言えど、このゲームでは競争相手だ。だが、ここでリスクに臆するほど自分は青くない。
 ショットガンの照準を外さず、だが彼女に接近し、力強く右手を差し出す。
 序盤の内は、仲間を増やしたいのだ。
 彼女は魔理沙の手を見つめて、冷たい溜息をついた。「お互い、いつ裏切ろうと恨みっこなしよ」
 握手が成立した。


「いやー、この出会いは幸先がいいな」
 魔理沙は彼女の肩に腕を絡めた。「お互い支給品にも恵まれたみたいだし。むしろ、順調すぎて先が怖いぜ」


 彼女は、へーっと気のない返事をした。「そいつは、羨ましいわ」


 魔理沙は違和感を感じた。いつもの霊夢は、こんなシニカルな表情をしない。「――霊夢、何かあったのか?」


「何かも何も」彼女は、これ見よがしに深く溜息をついた。「開始早々、オーブを失くしちゃったのよ、二つとも」
 魔理沙は絶句しかけた。辛うじて、疑問符を吐き出す。「え?」


「失くした、というより消されたんだわ、きっと」
 彼女は、やり場のない怒りで地面を睨んだ。「神奈子の奴よ。アイツ、セレモニーで銃を撃ってきたでしょ。
 私、自分の足元を撃たれて、カッとしてちゃってさ。ふざけるなっ、て啖呵を切っちゃったのよねえ」


 魔理沙には話が見えなかった。「それが?」


「それが、反逆行為と見做されたのよ」彼女は頷いた。「私のオーブ、デイパックを開封した時にはすべて破砕されていたわ」


「いやいや、まさかー」魔理沙は鵜呑みにしかなった。
 おそらく、霊夢の勘違いだろう。神奈子は、セレモニーの壇上で主催者介入の自制を宣言したのだ。
 あの神様にも色々と問題はあるが、少なくとも、あれの言動には重みがある。
 たかが野次の一つや二つで、前言を覆すなどありえない。


「まさか、じゃないわよ!」
 だが、彼女は食らいついてきた。「なら、私のデイパックには、どうしてオーブがなかったの!」


「そりゃ―」
 主催の事務方の手違いだろう、と言いかけて魔理沙は止めた。
 根本的な解決策にならない以上、何を言っても、彼女の気持ちを逆なでするだけだ。
 ……。
 魔理沙は溜息をついた。「分かったよ、ほれ」
 自分のポケットから一個のオーブを取り出して、彼女に差し出す。


「え?」彼女は、オーブと魔理沙の顔を交互に見比べた。「いいの?」


 魔理沙は重ねて溜息をついた。「仕方がないだろ。仲間内で、オーブの保有数に格差があったら、火種の元だぜ」
 まごうことなき本音だ。オーブ一個で、霊夢が仲間になるならば安い。


 彼女は遠慮がちに手を伸ばした。「礼は、言わないわよ」


「要らないさ。なにしろ譲ったわけじゃない。利子つきで貸しただけだぜ」


「あら」彼女は一変して、不敵に笑った。「私が返すと思うの?」


 魔理沙は、元気を取り戻した親友の顔に一先ず満足した。
 だが、いまの己の行為に対して、釈然としないものを感じる。
 そもそも、オーブを譲るなんて、そも自分と霊夢の間柄だろうか。
 平静とは違う霊夢の様子に、すっかり流されてしまったが…。


 魔理沙は、彼女に対する疑心を膨らませた。
 そういえば、今大会の参加者の中には、何名か変身能力のある奴がいたような―


 * * *


 と、魔理沙が真実を見破りかけた矢先、向かい合った二人の横合いから、木の葉がざわめく音が聞こえてきた。
 誰かが、こちらに迫ってくる。
 魔理沙は、彼女に目くばせした。彼女も首肯する。
 ショットガンを、サブマシンガンを構えて、二人は迫りくる気配からジリジリと後ずさりした。
 やがて、近くの茂みが大きく揺れて、向こうから魔理沙がいま最も出会いたかった人物が現れた。


「なんだ、お前か」魔理沙は熱のない声で言った。
 早苗はこちらの姿を確かめて、口元に左手を当てた。「あ、うそ、魔理沙さん! それに霊夢さんまで!」


 魔理沙はしかめ面をした。
 ゲーム開始早々、仲良し三人組が揃うなんて、ご都合主義にも程がある。
 バトルロワイアルの峻厳なイメージに照らして、魔理沙はこの展開を素直に受け取ることが出来なかった。
 溜息が出る。
 気がつくと、早苗が親愛の笑みを浮かべていた。しかし、さすがに二つの銃口が怖いのだろう。不用意には近づいてこない。
 魔理沙は早苗から照準を外して、彼女に振り向いた。
「ま、調度いいじゃんか。早苗も加えて、三人パーティーにしよう―」



 ――タンッ!


 銃声が鳴った。発砲したのは彼女だ。弾は早苗のこめかみを掠めていった。


「霊夢?」
「……霊夢さん?」


 彼女は険しい目つきで、マシンガンのリアサイトを睨み込んでいた。「神奈子の手下とは組めないわ。手を挙げなさい!」


「……な、なんで?」早苗がしろどもどろに尋ねた。
 再び銃声。完全に怯えあがった早苗が、慌てて諸手を挙げた。


「おいおい、霊夢」
 魔理沙は宥めように声をかけた。「まだ序盤だぜ。戦ってオーブを奪うより、とりあえず仲間を増やした方が―」


「ポケットに隠した支給品を出しなさい!」彼女は、魔理沙の言葉を無視して、早苗を恫喝した。また発砲。「早く!」


 早苗はおろおろと、スカートの後ろポケットから支給品を取り出した。
 魔理沙は目を疑った。
 ――あれはッ!


「……ウージー、だと」

 魔理沙は、本大会に参戦するにあたり、原作『バトルロワイアル』をよく予習していた。
 早苗の手の先で黒光りするマシンガンは、原作に登場する武器のひとつ、その中でも間違いなく最強の類。
 ウージーだ。
 大会前、魔理沙が聞いた噂話によれば、今大会で初期に支給される銃火器の内、ウージーが最高のものらしい。
 曰く、二百を超える最大装填数と、拳銃並みの携帯性を併せ持つデタラメな短機関銃。
 そんな物が、主催者を身内に持つ早苗の手に渡ったのだ。
 状況もろもろを加味して、あのマシンガンの意味するところは一つしかない。
 つまり、要するに今大会の進行役、八坂神奈子は早苗を贔屓にしているのだ。
 そうとでも考えなければ、説明がつかない。
 仲良し三人組が、たまたま近いところに飛ばされて、たまたま強力な武器を支給される。
 偶然も、ここまで重なれば必然だ。
 早苗が強力なパーティーを組めるように、主催者の神奈子が裏で手を回していることはもはや歴然だろう。
 畜生、と魔理沙は思った。どうりで、霊夢が早苗に冷たいわけだ。
 自分たちは、早苗のとばっちりで主催者から不正な優遇を受けてしまったらしい。
 魔理沙の胸中で、神奈子に対する義憤が猛った。


 だが、魔理沙の怒りの矛先は、神奈子だけには収まらなかった。
 そもそも、早苗も早苗だ。
 普通、主催者を身内に持つ立場でウージーなんて支給されても、誇りがあれば受け取らないはずだ。
 少なくとも、自分が同じ立場ならば、迷うことなくウージーを放棄する。
 まあ、早苗に悪気があるとも思えない。この娘は天然だ。そういう所に気が回らなかった可能性は十分にある。
 だが魔理沙も、流石に今回ばかりは、早苗のどん臭さが鬱陶しかった。


 * * *


 二ッ岩マミゾウは焦っていた。
 霊夢の姿に化けて、口八丁で魔理沙から一個のオーブを奪取したマミゾウだが、状況は決して芳しくない。
 能力制限の下、変化(へんげ)の持続はあと数分が限界なのだ。
 それまでに、自分を疑いはじめた魔理沙の追跡をかわし、この場から離脱することが出来るかどうか。
 否、果たして離脱に成功したとしても、変化で体力を消耗した自分に、宿敵と闘い勝利するだけの余力が残されているだろうか。


 問題はそこだった。
 元を辿れば、マミゾウは、参加者推薦枠の埋め立てに困った命蓮寺の面々に頼まれる形で、仕方なく本大会に出場した。
 その時点では、ゲームに乗り気ではなかったマミゾウだが、翌日の文々。新聞の見出しを読んで、目の色を変える。


 ――八雲藍、バトロワごっこに参戦決定!


 マミゾウにも化け狸の性がある。人と妖怪が諍いを持つように、狸と狐が諍いを持つことも、また理だ。
 ましてや九尾の狐とあらば、相手にとって不足はない。おそらくは向こうも同じ気持ちだろう。
 マミゾウは、モードをがっちりと切り替わった。
 今日という今日こそは、我らが種族間の因縁に決着を付けてくれる。


 さて、そんな好戦的なノリで本大会に臨んだマミゾウだ。
 デイパックからサブマシンガン(イングラム M870)を引いた時には、自然と戦意が高揚した。
 この短機関銃で他の参加者たちを出会い頭に掃討してオーブを荒稼ぎしよう、とマミゾウは強硬的な方針を打ち立てる。
 誰よりも早く五個のオーブを集めて、中吉ガチャを回転させれば、八雲藍との最終決戦でも優位に立てるだろう。
 戦いに慈悲はいらない。情けをかけるのは、義理立てがいる命蓮寺の連中だけでいい。他の奴らは皆殺しだ。
 見てろよ、九尾。私は手段を選ばないぞ。




 ――バーンッ!


 しばらくして、近場の森からド派手な銃声が聞こえてきた。
 誂え向きだ、とマミゾウは思った。大胆と無謀の分別もつかない銃声の主に、この短機関銃の威力を味あわせてやろう。
 マミゾウは森に向かいながら、博麗霊夢の姿に変化した。
 霊夢は、参加者ほぼ全員と面識のある人物だ。この顔で油断させておいて、鉢合わせに鉛ダマの荒らしを喰らわせてやる寸法である。


 だが、果たしてマミゾウの思惑はあっさりと挫かれた。
 森の中で待ち受けていた霧雨魔理沙には、油断というものがなかったのだ。
 先程から、常にショットガンの照準をこちらへ合わせて、外さない。
 撃ち合えば、相打ちにしかならないだろう。


 そこで、マミゾウは作戦を切り替えることにした。
 霊夢の姿を纏ったまま、口八丁で魔理沙から一個のオーブをせしめたのだ。


 しかし、それでもマミゾウは、知略で魔理沙に勝った気がしなかった。
 おそらく魔理沙は、現段階でオーブの保有数が一個か二個ということに重要性を見出していないのだろう。
 だからこそ、魔理沙はあんなにあっさりとオーブを譲渡したのだ。


 マミゾウは、もはや自分の正体を暴露して、いちから交渉し直したい気分だった
 一個のオーブを返還して、この聡明な魔法使いの仲間になれるならば安い。あるいは、この場から無事に離脱できるだけでも元は取れる。
 現状だと、この場を去るに去れない。魔理沙のショットガンの銃口は、まだこちらに向いたままなのだ。
 こちらの短機関銃の銃口も魔理沙に向いたままで、膠着状態が続いている。
 だが、二人の関係性は決してイーブンではない。
 マミゾウの方は、霊夢の姿見を維持するために、刻一刻と体力を消費しているのだ。
 既に己の体力の半分以上を消耗している。いま魔理沙と戦えば、たとえ先手で仕掛けても、一矢報いることすら叶わず負ける可能性が高い。
 しかし、それでもマミゾウは、もはやバレバレな変化を解けなかった。
 体力を消耗し、へとへとになったマミゾウの姿を確認すれば、魔理沙は迷わずに攻撃を仕掛けてくるだろう。
 向こうが先手ならば、こちらの勝機はゼロだ。
 マミゾウは、魔理沙の冷静に対応により八方塞に陥った。




 そこに救世主が現れた。東風谷早苗の乱入だ。
 事態を自力で打開することがほぼ不可能だったマミゾウは、早苗の支給品に一筋の光明を見る。
 化けることを本職とするマミゾウには、早苗の支給品の正体がよく分かった。
 あれは封獣ぬえに由来する正体不明の種、その劣化版だ。見る者の欲を反映して、姿を変える魔術的効果を持つ。
 ツキが回ってきた。
 真実は、イングラム M870を支給されたマミゾウ、モスバーグM500を支給された魔理沙、正体不明の種を支給された早苗。
 だが魔理沙から見れば、イングラム M870を支給された霊夢、モスバーグM500を支給された魔理沙、ウージーを支給された早苗の取り合わせだ。
 悪魔的な偶然により、まるで仕組まれたとしか思えないような光景が、魔理沙の視界に出来上がってしまったのである。


 いや偶然とは言い切れない、とマミゾウは考える。
 正体不明の種は、認識の祖語、ディスコミュニケーションを誘発する類のバッドアイテムだ。
 おそらく神奈子は、身内の早苗を冷遇するつもりで、支給品をあれにしたのだろう。
 だが、実際に種の罠が発動してしまったのは早苗の自業自得だ。
 正体不明の種は見る者の欲を反映する。きっと早苗の目にも、さぞかし強力な支給品に見えている事だろう。
 だから早苗は、主催者を身内に持つ己の立場を弁え、支給品を放棄するべきだったのだ。 
 しかし、早苗はそうしなかった。薄汚いにもほどがある。もはや早苗に人情をかけてやる余地はない。
 マミゾウは攻めに転じた。


 まず、魔理沙の目の前で、早苗と神奈子の関係性を糾弾し、魔理沙の疑心を自分から早苗に誘導した。
 早苗を恐喝して、支給品を提出させた。そして―




 ……いま、
「か、返してください!」
 胸元に銃口を突き付けられた早苗が、目元を潤ませながら抗議してきた。「なんで、そんなものを奪うんですか!」


 マミゾウは正体不明の種をポケットにしまった。
 溜息をついて、早苗に蔑視を向けた。「あなた、神奈子の依怙贔屓の癖に生意気よ」


「ひ、ひどい…」


「さあ、この調子でオーブも出しなさい」
 マミゾウは、横合いで静観している魔理沙のプレッシャーを感じながら、早苗を急かした。
 ここで、早苗を撃ち殺して所持品を剥ぎ取ることは容易い。しかし、それだと今度は自分が魔理沙から逃げられない。
 早苗には、まだまだ利用価値がある。「大丈夫、やれば出来るわ。ほら、頑張って。――さっさと、オーブを出しなさい!」


 早苗は悲鳴とも弱音ともつかぬ声をあげて、振るえる手で、ポケットから二個のオーブを取り出した。
 マミゾウはそれをひったくるように掴み、自分のズボンのポケットに入れた。
 これで魔理沙から一個、早苗から二個のオーブを奪い、自分の二個と合わせて五個のオーブを手に入れた事になる。
 この場から撤退さえ出来れば、中吉ガチャをいつでも回しに行けるのだ。心が奮い立つ。
 マミゾウの残りわずかな体力を振り絞り、ズボンのポケットの中で、ストックしておいた葉っぱを偽物のオーブに化かした。
 かろうじて、成功。


「はい、あんたの分け前よ」
 マミゾウは、偽物のオーブを魔理沙の方に放り投げた。魔理沙は無言でオーブを受け取り、指でつまんで眉をしかめた。


「じゃ、ちょっと用を足してくるわ。魔理沙はここを見といて頂戴」
 マミゾウは二人に背を向けて、森の草陰に歩きはじめた。己の重い足取りが心底じれったい。
 能力を使えば、体力を消耗して、発汗する。
 いまやマミゾウは、その汗を更なる能力行使で隠ぺいしているような状態で、もはや走るだけの余力もなかった。


 そんなマミゾウの背中に、魔理沙の声がかかった。「おいおい、どこに行くんだ」


 マミゾウは歩を止めた。背中越しにすら、突き付けられたショットガンの銃口と、魔理沙の笑みが感じられた。
 サブマシンガンの銃身を右手で強く握り締める。仕掛けるならば、ここだ。


 魔理沙が不敵に言葉を続ける。「もう少し、休んでから行けよ。だいぶ疲れたんじゃないか? だいぶな」


 マミゾウの上半身から、すうっと血の気が引いた。どうやら、自分が泳がされたらしい。
 この聡明な魔法使いは、マミゾウをより安全に仕留めるために、こちらが変化で体力を使い果たすまで様子見を決め込んだのだ。
 マミゾウは、思わず苦笑いした。


「呆れた。最初から、何もかもお見通しだったってわけね」


「いやいや」魔理沙は言下に否定した。「お前の正体に勘付いたのは途中からだよ。早苗が来る少し前だ」


 それなら、ほぼ最初からだ。
 マミゾウは、澄んだ瞳で青空を見上げた。ここまで敵の術中に嵌ると、悔しいを通り越して、楽しくなってくる。
 降参だ、とばかりに両手を挙げた。なるほど、霧雨魔理沙には敵わない。
 だが、それでも最後に笑うのはこの私だ。「早苗、プレゼントじゃ」


 勢いよく振りかざされたマミゾウの右手の先から、サブマシンガンがすっぽ抜けた。
 魔理沙は、虚空に放られたサブマシンガンに身構えた。
 だが、サブマシンガンは魔理沙の頭上を飛び越えて、その後ろで棒立ちしていた早苗の手元にぽとっと落ちた。


 * * *


 魔理沙は、弧を描いて舞ったサブマシンガンを銃口で追い、早苗に照準を合わせた。
 ここで、魔理沙は、マミゾウの奇策を理解する。
 早苗から奪った二個のオーブの内の一個は、本物かどうかは別として、既に魔理沙の手に譲られている。
 つまり、早苗から見れば、魔理沙と霊夢モドキは共犯関係なのだ。
 自分を敵と認識する存在が、目の前でマシンガンを手にしている以上、この照準を動かすことはできない。
 "ポケット"にウージーを収めた疲労困憊のマミゾウより、こちらの方が遥かに危険なのだ。
 だが、そういうしている内に、マミゾウは五個のオーブを抱えて背後の茂みの向こうに撤退していく。
 このままでは逃げられてしまう。


 ええい小手先だ、と焦った魔理沙は気炎を巻いた。いますぐに早苗を撃ち抜いて、返す刀でマミゾウを撃てば事足りる。
 ショットガンの狙いを早苗の顔面に付けた。引き金に指をかける。
 引けなかった。
 直視した早苗の表情が、陰鬱なものに閉ざされていたからだ。
 それで魔理沙は目が覚めた。論理的にではない、情緒的に己の間違いを悟ったのだ。
 どんな経緯にしろ、友人にこんな顔をさせてはいけない。
 魔理沙は、己の引き金に言い得のない重たさを感じた。


 * * *


 フォークを霊夢に奪われた、と早苗は思っていた。
 あのフォークにはゲーム上の価値がない。だが、早苗にとってはかけがえのない支給品だったのだ。
 言うならば、本大会に賭けた自分の全ての実存が、あのフォークに集約されていた。
 それを親友に、ゲーム的な合理性ではなく、純粋な悪意で奪われてしまった。
 早苗は、暗い暗い絶望感に打ちひしがれていた。




 弱音を吐けば、早苗はそもそも本大会に参加したくなかったのだ。
 いま彼女がここにいるのは、主催者側の話題作りの出汁にされたからである。
 原作『バトル・ロワイアル』を幻想郷に持ち込んだ元凶にして、主催者を身内に持つ不公平な参加者。
 早苗は、大会を活気づけたかった共催者たちから、観衆のヒートを買う悪役としての役割を所望されていたのだ。
 結局、神奈子が彼らの催促を安請け合いする形で早苗の参戦を決定し、こういう運びとなる。


 だが、それは筋が違うだろうと早苗は思う。
 神奈子を端を発する騒動の捌け口、というバトロワごっこの趣旨に照らせば、自分の立ち位置は神奈子の生贄も同然だ。
 いや、神奈子からしてみれば、皆から求められたことに応じただけで、別に深い意味はなかったのだろう。
 だが無神経すぎる。
 貸した本を幻想郷中に出版し、他人のことを此度の事件の元凶にしておいて、その揚句にこれだ。
 自分は、神奈子の人形ではない。少しはこちらの意見にも耳を貸したらどうなんだ。
 神奈子に自身のエントリーを聞かされた夜、遂に早苗は神奈子に憤激した。初めて家族で殴り合いの喧嘩をした。負けた。
 以来、本日に至るまで、早苗は神奈子とひと言も口を聞いていない。
 諏訪子には負担をかけるが、軽々しく神奈子と仲直りしようとは思わない。
 早苗は、口先の謝罪ではなく、神奈子のけじめを期待していた。


 果たして、バトロワごっこ開催の二週間前に大会ルール規定の改正が急遽発表された。勝利条件の変更だ。
 明言こそされていないが、これにより、大会進行役の打倒による複数参加者の勝利が可能となった。
 これならば、早苗もフェアに勝負ができる。
 早苗は、神奈子の意図を汲んだ。お互いに後腐れのないやり方で、正々堂々と対決しようというわけだ。
 望むところだ。早苗は自我の独立を賭けて、本大会に参戦した。


 だからこそ、ゲーム開始時にデイパックからフォークを見つけた時は、本当に嬉しかったのだ。
 あのフォークは、神奈子が早苗のことを対等な対戦相手と認めてくれた証拠だった。
 自分が本大会に挑むことの意味が、あれに集約されていた。


 しかし、そのフォークを霊夢に奪われた。
 無論、これはバトロワごっこだ。出会い頭に攻撃され、恫喝され、所持品を奪われることが織り込み済みのゲームだ。
 たかだか支給品を取られたぐらいで憤慨するのが、お門違いであることは、早苗もよく分かっている。
 だが、あれは違う。


 霊夢は、早苗が神奈子の依怙贔屓だから手を組めないと言った。そして、ただ生意気だから難と癖をつけて、何の有用性もないフォークを強奪されたのだ。
 なぜ此処まで酷いことをされたのか、早苗にも霊夢の真意は分からない。
 だが、少なくとも、霊夢は神奈子の身内である早苗を信用されていないらしい。
 隣で様子見を決め込んでいた魔理沙も同上だ。


 神奈子と対抗するには仲間がいる。
 早苗はゲーム開始当初から仲間を探す方針を固めていて、実のところ、この二人の親友を最も当てにしていたわけだが、完膚なきまでに裏切られてしまった。
 初めから仲間を集めるなんて無理だったのだ、と早苗は悟る。
 この二人ですら、自分のことを主催者の依怙贔屓と断じて、信用してくれなかったのだ。
 他の参加者たちが、自分をどう思っているかなど論ずるまでもない。


 どうやら、自分には主催者・神奈子の打倒は果たせないらしい。
 だが、だからと通常の方法で勝利したところで、周囲からアンフェアのそしりを受けるだけだろう。


 すると、自分は何にためにここにいるのだろうか? あの共催者たちが臨んだように、ただの見世物なのだろうか? それとも神奈子の人形か?
 そもそも、自分は何を愉悦として、本大会に参加したのだろうか…


 早苗は、ふと手元に目を落とした。
 先程までフォークを握り締めていた己の手は、いつの間にかイングラムM10サブマシンガンの銃身を握り締めていた。
 それはまるで、自分の進むべき道を暗示するかのように―




【B-5・魔法の森・朝】
【東風谷早苗】
[状態]:健康、神経衰弱
残り体力(100/100)
[装備]: イングラムM10(残弾 29/32)
[道具]:オーブ×0、支給品一式
[思考・状況]
基本方針:スタンス未定
1.神奈子様と対等になりたい
2.通常の勝利条件は狙わない
3.主催者打倒は無理かもしれない



【B-5・魔法の森・朝】
【霧雨魔理沙】
[状態]:心身万全
残り体力(100/100)
[装備]:モスバーグM500(残弾 4/5)
[道具]:オーブ×1、支給品一式、モズバークの予備弾 12ケージ 1ダース
[思考・状況]
基本方針:本大会に勝利して『願い事をかなえる権利』を手に入れる
1.早苗に言い得のない負い目を感じている
2.マミゾウを逃がしたくない
3.仲間が欲しい



【B-5・魔法の森・朝】
【二ッ岩マミゾウ】
[状態]:無傷、精神正常
残り体力(10/100)
[装備]:得体の知れない種(正体不明の種の劣化版)
※見る者の欲を反映して姿見を変える魔術的効果を持ちます。ただしコピー元の効果は付加されません
[道具]:オーブ×5、支給品一式 、イングラムの予備弾倉×2(9x19mm パラベラム弾 32発)
[思考・状況]
基本方針:狐と狸の長き戦いに、今日こそは蹴りを付ける!
1.ひとまず魔理沙と早苗のいるところから離れる。どこかで休みたい
2.中吉ガチャを回して、戦力を増強したい
3.他の参加者たちからオーブを簒奪して回る。情けはかけない
4.だが、義理のある命蓮寺の面々は例外


※マミゾウは化けさせる程度の能力を持ちます。
自分が化ける場合、質量等に甚だしい違和感がなければ、声音や身振り等も正確に再現可能。コピー元の性質や能力は再現不可。能力制限による体力の消耗が激しく、連続して化けつづけると10分と保たずに過労死する。
他者や物を化かす場合、対象への接触が必要。質量等に甚だしい違和感がなければ、コピー元の姿見を完全にコピーできる。ただしコピー元の性質や能力は付加できない。また、化かすには多大な体力の消耗を必要する。コピー品はいずれ元の姿に戻る。
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