この東方バトロワごっこで一番不幸な参加者がいるならそれは自分だろう。
 八雲藍は溜息を吐いた。

 暗く冷たい――落とし穴の中で。




 思えば、このゲームに関わったてから碌なことがない。
 そもそも参加の経緯からして、
紫さまに無理やりエントリーを決められてしまったのだ。
主催者推薦枠とやららしいが、人の都合も知らないで困ったものである。


『別に無理に参加しなくてもいいのよ。
推薦枠と言っても、どうせ半分盛り上げ役みたいなものだもの』
という言質を得たので、これ幸いとどうやって断ろうか考えていたら、
どこから聞きつけてきたのか佐渡の古狸が殴りこんできて、

『ふーはははっは。貴様も参加するそうだの八雲藍!
 さぁこのバトロワごっこで長きにわたる狸と狐の確執に決着をつけようぞ!』
『いえ、その話でしたら今からお断りしようとしていた所で……』
『フン。――おい、そこの猫よ。おぬしの主人はどうやら儂との勝負に臆したようだの』
『そ、そんなことないです! 藍さまは貴女なんかに負けたりしません!』

 そうですよね!? と期待を込めた眼差しをキラキラ向けられた。
 頷くしかなかった。


 翌日、文々。新聞の一面に藍とマミゾウの積年の対決なる大見出しで二人の参加が報道され、
もう完璧に後に引けなくなった。
 なおその記事の片隅では紫さまが『主人として心から藍を応援するわ』と
それはそれはいい笑顔でインタビューに答えていた。
 どこかハメられたような気がするのは、きっと気のせいではないだろう。


 参戦が決まってしまった以上は全力を尽くそうと心に決めたが、
紫さまのお手伝いで結界構築やらアバター作成やらおやつの買い出しやらで大いに忙しく、
対策を立てる時間も殆ど取れないまま開催当日を迎えてしまった。
(もっともそれで他の参加者に大きく溝を開けられたかというと、
 そこはそれ、幻想郷の暢気な住人の中に開催前に入念な準備や修行を行うような殊勝な者など、
 藍の知る限り数人しかいないのだが)


 ゲームが始まったら始まったらで、オープニングセレモニー中に神奈子の撃った弾が偶然
(碌に狙いをつけていなかったから本当に偶然だろう)
自慢の尻尾を掠めて毛並みが一部焦げてしまった。
 この体はアバター……仮初めの紛い物だと分かっていても、ちょっとどころではなくショックだった。


 更に最初に飛ばされた場所はF-6でミニ幻想郷の端っこも端っこ。
 このゲームはバトルロワイヤルという名が付いていながら、
 他の参加者と組んだ方が生存率が上がるのは周知の通りである。
 できれば、ゲーム開始後にはすぐ最寄りの主要施設(アイテムガチャが引き出せる場所)に行き、
共闘できそうな仲間を探すつもりだったのだが……。
 そもそもそこに着くまでに時間がかかり、
 他の参加者はそれぞれで仲間を作ってしまう可能性大である。


 気を取り直して一番近い施設である博麗神社を目指した。
 久しぶりに足で走る山道(空を飛ぶのは危険なのだ)は新鮮で楽しかったが、
途中うっかりセンダンの藪の中に突っ込んでしまい、
 自慢の尻尾がくっつき虫だらけになってしまった。アバターと分かっていても以下略。


 更にこの落とし穴である。
 ようやく辿り着いた博麗神社には人の気配がなく、
それでも一応用心して裏手にから入ろうとした所、不意に足元の地面が消えたのだ。


「不幸だ……」


 落とし穴の直径は約1m。
 深さはその十倍ほどで底には落ち葉が敷き詰めてあった。

 お尻から落ちた藍には窮屈で溜まらず、殆ど身動きできない。
 しかも体勢を整えようともがけばもがくほど体が沈んでいく。
 どうやら落ち葉は敷き詰めてあるというよりも水瓶の水のように溜めてあるようで、
本当の底はもっと深いらしい。
 まるで底なし沼である……底に竹槍の刃がズラリと並んでいるよりはマシだけど。

 だがより深刻なのは落ち葉で自慢の尻尾以下略……。
 ここから出た後に目にするであろう我が尻尾のことを思うと、
不覚にもこみ上げてくる涙を押さえずにはいられない。

 と。唐突に上から声が降ってきた。

「うわ。本当にかかってるとは思わなかった」

(っ! ……まずい)

 落ちた時の音を聞きつかたのか。
 誰か穴を見つけて近づいてきた者がいるようだ。
 この落とし穴を仕掛けた張本人だろうか。
 誰にせよ、こんな無防備な状態では迎え撃つこともままならない。

 藍の支給品は武器、それもFN P90・サブマシンガンという、
 全支給品の中でも指折りに強力な代物だったが、
落ちた時にうっかりお尻の下の尻尾の下に敷いたままだったりする。

「ああ、あんまりジタバタ動かない方がいいわよ。余計に沈むから」

(この声は、博麗の……)

 楽園の巫女。博麗霊夢だ。
 幻想郷全体では、どちらかと言えば平和的・穏健的な部類である。
 よく日の当たる縁側で、緑茶と羊羹を与えておけば害はない。

 と同時に異変解決のスペシャリストであり、
 どちらかと言えば超々々好戦的な部類に入る。
 所詮は人間であるため純粋な力勝負では妖怪に敵わないものの、
弾幕ごっこなど一定のルールがある勝負の下では圧倒的な強さを見せる。

 味方にすれば心強い。ただし敵に回すと厄介至極。
 それが博麗霊夢だ。

「その落とし穴は魔理沙の作品でねー、
タヌキだかイノシシだか知らないけど裏の野菜を荒らされて困ってるって話を先週したら、
じゃあ捕まえて鍋にしようぜっとか言っちゃって、
竹林の兎やにとりや天子まで巻き込んでこんな大層なのを拵えてくれたわけよ」

(道理で! 無駄に凝ってるわけだ!)

 底の落ち葉もそうだが、土の壁も崩れないようにしっかり固めてある。
 よく見れば落とし穴の口は  ̄\ / ̄ という風に漏斗状になっていた。
 入り口は大きくて中に入る(落ちる)のは簡単だが、
外に出ようとすると今度は口が小さいため非常に出にくい。

 おそらくこの落とし穴は竹籠を地面に埋めたような作りになっているのだ。
 これでは地面を掘って逃げるのも難しいだろう。

 ……にしても、よりによって「狸用」の罠にかかるとは何たる不覚!

「ちなみに底に落ち葉が溜めてあるのは、
火種を放り込めばそのまま蒸し焼きにできるようにしてあるんですって。
十分に乾いてるから弾幕の一発も撃ち込めばよく燃えるそうよ」

 つまり、こちらから弾幕を撃っても同様に引火する可能性があるわけで。
 藍はほぼ全ての攻撃手段を封じられたことになる。

「さて、ゲーム開始早々、妖精の吃驚の不注意で落とし穴に引っかかったお馬鹿さん。
名前を教えてもらえるかしら」

 とても楽しそうに霊夢が言った。
 なお、博麗の巫女は代々意地が悪いことでも有名である。

(くそっ全く以ってついてない……いや、これはむしろチャンスだろうか?)

 唇を噛んだ藍だったがすぐに思い直す。
 確かに現状は絶体絶命まな板の上の鯉そのものだが、
しかし同時に霊夢と(割と平和的に)接触を持てたとも言える。

 敵に回すと厄介至極。ただし味方にすれば心強い。
 ここで妖怪退治の霊夢とダッグを組めればマミゾウ打倒も難しくないだろう。

 博麗霊夢のスタンスは今の所不明だ。
 だが問答無用で攻撃を仕掛けてくるようなことはないようなので、
無差別なマーダーということはないだろう。

 もしかしたら自分と同じように仲間を求めているかもしれない。
 ならば向こうから自然と助けるように誘導できないだろうか?

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――その声は霊夢か?」

 霊夢は驚いた。落とし穴の中から聞こえてきたのがよく知っている声だったからである。それも、

「魔理沙? あんた自分で作った落とし穴に嵌ったの?」
「こんなものまで再現されてるとは思わないだろー」

 思わず吹き出しながら言うと、穴の中からふてくされた声が帰ってくる。
 それは確かに悪友であり、異変解決のライバルである霧雨魔理沙のものだった。

「そりゃそうだけど……でも自分が掘った落とし穴くらい注意しなさいよ」

 ミニ幻想郷は、オリジナルの幻想郷を規模を小さくして再現したものだと聞いている。
 実際、霊夢はスタート地点である命蓮寺から博麗神社まで普段の半分の時間で来れてしまった。
 それでも博麗神社や紅魔館などの建物はできるだけ原寸サイズに仕上げているらしいのだが。

(先週作ったばかりの落とし穴まで再現するなんて、紫も律儀よねぇ)

「おーいー。笑ってないで引き揚げてくれないかー?」

「あー、あんた箒ないと飛べないもんね。ちょっと待ってなさい……」

 霊夢は支給品のロープを取り出し、手近に結べる木はないか探し始めた。
 友達を助ける。霊夢は自分の行動に何の疑問も思っていなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



(よし、やった!)

 遠のいていく声に魔理沙(藍)は心の中でガッツポーズした。

 藍は今、幻想郷のもう一人の英雄、霧雨魔理沙に化けていた。
 化けると言っても、体の組織からなにから完全に変異する変身術ではない。
 幻想的な能力が制限されるミニ幻想郷では、
そこまでの高度な術は消耗もハンパなく長時間続けていられないため、実用的ではないのだ。

 藍がいま使っているのは簡単な幻術の一種。
 女の声で旅人を惑わす『狐の声真似』と呼ばれる術の応用版だ。
 霊夢には今、藍の声は魔理沙の声に聞こえるはずだ。
 穴の中を覗きこめば落ち葉の中に魔理沙の姿に見ただろう。

 相手の記憶の中にある知り合いの姿と声を自分のそれに被せているだけなので、
『それっぽく』見せる・聞こえさせる程度の術でしかなく、
化けた相手の口調や態度は自分の演技で誤魔化すしかない。

 効果範囲はせいぜい100mだし、他人に触れられただけで術が解けてしまうなど、
化け方としてはお粗末もいいところであるのだが、
しかしこれなら体力消費も少なく長い時間術を維持できる。


 魔理沙に化けたのは、親しい相手ならば助けてくれるだろうと思ったのだが、
どうやら目論見通りいったようだ。

 正直、落ちていたのが『八雲藍』だったらこんなあっさり助けてもらえなかったかもしれない。
 コンガリな焼き狐は冗談としても、最悪このまま生き埋め。
 助けてもらえても、見返りとしてオーブの1つや2つは巻き上げられていただろう。
 ……などと失礼なことを考えていると霊夢がひょこっと顔を出した。

「ほら。ロープ持ってきてあげたからこれに掴まりなさい」
「悪いな。恩に着るぜ親友」

 上からロープがするすると降りてくる。
 が、しかしそれは、あともうちょっとで手が届くという所で止まってしまった。
 見上げると、霊夢の晴れやかな笑顔。
 釣られて魔理沙(藍)も微笑む。若干引き攣り気味に。

「霊夢?」
「んふん。あんたもタダで出してもらえるとは思ってないでしょ?」
「感謝の言葉もないぜ」
「そう言ってもらえると私としても嬉しいわ。
 オーブ1個で勘弁してあげる」

 どうやら友達であっても見返りは要求するらしかった。
 藍は食い下がる。

「おいおい。私とお前の仲だろう?」
「そうね。戸棚の中に仕舞ってあったお団子を勝手に食べられても、
笑って許してあげられるくらいには仲いいわよね私たち」

 ……化ける人選を誤ったかもしれない。

 ――魔理沙(藍)は迷った。
 2個と言わずに1個という所が霊夢なりの優しさなのだろうが、
マミゾウに勝つためにできれば1個でもオーブを節約したかった。
一方で可能ならば霊夢とダックを組みたいという思惑もあるが、
それもここで助けを断ればそれはまず叶わないだろう。

(オーブを渡さずに霊夢を納得させるには……)

 騙し欺くは狐の本領。魔理沙(藍)は妙案を思いついた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「あー。それなんだがな霊夢。俺、じゃない私は今オーブ持ってないんだ」
「え?」

 穴の外の霊夢は、話が見えない、と首をかしげた。
 穴の中で魔理沙(藍)はさも困ったというように肩をすくめる。

「失くした、というより消されたんだ、きっと」
「? どういうこと?」
「神奈子の奴だよ。アイツ、セレモニーで銃を撃ってきただろ。
私、自分のしっ……足元を撃たれて、カッとしてちゃってさ。
ふざけるなって啖呵を切っちゃったんだよな」
「それで?」
「それが、反逆行為と見做されたたんだろうな多分。
私のオーブ、デイバックを開封した時にはすべて破砕されちまってたんだ」
「なるほどなるほど」

 咄嗟に思いついたにしては、我ながらよくできた嘘である。
 なお、一応宿敵であるマミゾウが殆ど同じ台詞で魔理沙(本物)をだまくらかしたのを藍は知らない。

「というわけだから、やるのは支給アイテムで勘弁してくれないか?」

 ヌケヌケと言う魔理沙(藍)。
 強力な武器はちと惜しいが、この後に霊夢と組めれば実質的には失ったことにならない。
 武器はオーブを交換すればまた手に入る。
 だが、予想に反して霊夢が首を縦に振ることはなかった。

「残念だわぁ魔理沙。
あんたがそんなせこい嘘つくなんて」
「え」
「せめてもの情けでここに放置で許してあげる。
私以外の親切な誰かが通りかかるのを願うことね」

 ロープを引きあげて立ち去ろうとする霊夢に、魔理沙(藍)は大慌てで弁明する。

「へ? い、いやちょっと待て! 私は嘘なんてついてない!」
「だってあんたオーブ持ってるじゃない」
「だから持ってないってば! 第一なんで嘘ついてるって分かるんだ!?」

 すると霊夢は不思議そうな顔をして言った。「あんた、原作読んでないの?」
 藍はもちろん読んでいる。読んでいるから正確に予測できた。

「探知機か!」「あったり~」

 探知機。原作バトル・ロワイアルに登場する支給品の一つ。
 参加者全員に架せられている首輪の位置を大まかに把握できる道具だ。
 バトロワごっこでは首輪はないからおそらくオーブの位置がわかるのだろう。
 つまり霊夢にとって今の話は嘘八百だと一目瞭然なのだ。
 魔理沙(藍)は顔を青くした。

「わ、私が悪かったんだぜ! だから引き上げてくれ~」
「えー。どうしよっかなー」

 悲鳴を上げる魔理沙(藍)。
 それを見て霊夢は悪戯っぽくアハハと笑った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 結局、魔理沙(藍)は武器に加えてオーブ2個とも巻き上げられてしまった。
 ただし仲間にはなってくれるようだった。
 その証拠に今、炬燵でおまんじゅうとお茶を出されている。

「さ、下僕一号。これで疲れた体を癒しなさい」
「下僕かよ」
「出会い頭に詐欺を働こうとした自称親友をあんたは仲間と呼べるかしら?」
「もっともでございます」

 平伏する魔理沙(藍)。
 それを見て霊夢は「ま、一回までなら許すわ」とお茶を啜った。

「これは一種の取引よ。あんたは下僕として私を助け、手に入れたオーブは全部私に捧げる。
ただし捧げたオーブが2個になった時点で下僕解除。そこからは完全に対等な同盟よ」
「異存はないぜ。ご主人様」

 ただ、と魔理沙(藍)は続ける。「お前はまだオーブを集めるつもりなのか?」
 そう言った魔理沙(藍)の目は炬燵の上に注がれる。
 茶柱の立った湯呑。皿に盛られて紅白まんじゅう。……そしてオーブが6個。

 霊夢の脇に目を移せば、かつて魔理沙(藍)のものだったワルサーP90。
 オーブ探知機。更に黒い棒状の打撃武器らしきもの。
 都合3人分のオーブと装備があるわけである。

「もちろんオーブ集めは続行するわ。
 競争相手を減らす意味もあるけど、オーブは幾つあっても困るもんじゃないし」
「でも6個あれば半日くらい隠れてるか、逃げ回ってるだけでもいいんじゃないか?
無駄に危険に飛び込む必要もないだろうし。敵の自滅を待つのも立派な戦略だぜ」
「霧雨魔理沙とは思えない後ろ向きな発言ね。
そんなのつまんないわ。こっちから蹴落としに行かないと。
……それに、あんたの分のオーブも集めないとだしね」
「霊夢……」

 化けて騙しているのが少し申し訳なくなる魔理沙(藍)。
 もっとも痛む良心は生憎と持ち合せがないし、
霊夢にはこれからもせいぜい役に立ってもらわなければならない。
 当面はこのまま霊夢とともに他の参加者を狩り、オーブを増やしていくことになるだろう。
 途中、本物の魔理沙に出会うと少々厄介なことになるが、まぁそこは上手くやるしかない。

「私は基本的に優勝を目指すけど、魔理沙、あんたは?」
「私も……」優勝、と答えかけて、魔理沙(藍)はふと閃いた。
 いや私も最初は優勝を狙うつもりだったんだけどな、と続ける。

「実は懲らしめたい相手がいてさ。そいつをやっつけるのが優先だ」「へぇ。誰?」
「二ッ岩マミゾウ」「あの狸」
「そうそうその狸。この前あいつにうっかり化かされてさ。
 それが聞いてくれよ、あいつ、よりによってお前に化けてたんだぜ」
「ふぅん……」

 聞き流すようでいて、霊夢の目がゆっくりと座っていく。
 おぉ怒った怒った、と魔理沙(藍)は内心喜んだ。
 ……これが嘘八百だとばれた時が恐ろしいがそれは今は考えないでおく。

「そういうことなら私も協力するのは吝かではないわ」
「助かるぜ。私とお前ならあの糞狸を懲らしめるのだって簡単だぜ」

 パン、と手と手を打ち合せる霊夢と魔理沙(藍)。

「そうと決まれば行動開始だ」
「待って。その前に他の参加者の情報の擦り合わせをしましょう」

 地図と筆記用具を取り出しながら霊夢は言った。

「現時点で居場所が特定できるのは紅魔館にいるっていう神奈子だけだけど、他に見かけたのはいる?」
「んー。私は最初F-6だったんだけど、ここに来るまでは誰も見てないな。
あなた、コホン、お前が初めて会った相手だぜ」
「? そう、私の方は3人ね」
「そのうち1人をもう仕留めたわけか。さすがだぜ」
「仕留めたというかねぇ……不意を突いたようなものだし」
「そういや誰なんだ。その可愛そうな奴は」
「話を聞かない方の尸解仙よ」
「尸解仙ってのは話を聞かないものだろう」

 霊夢の話によれば。
 スタート地点である命蓮寺(E-4)で、さてどうしようかと考え込んでいたら、
寺の本堂から不気味な笑い声がしてきたので覗いてみると、
物部布都が怪しげな独り芝居をしていたらしい。
 それを支給品であった黒い棒で後ろから殴って気絶させ(棒状の武器には相手を失神させる効果があるそうだ)、
身ぐるみ剥がし、グルグル巻きにして吊るして来たそうだ。

「で、とりあえず一服しようと思ってこっちに戻ってきたわけよ」
「バトロワごっこの最中に家に帰って一服、なんて思いつくのは霊夢、お前だけだろうぜ」
「あら、レミリア辺りもきっとそうじゃないかしら。
三時のティータイムは紅魔館のテラスで、とか。咲夜だっているんだし」
「いやそれはさすがに……(ないとも言いきれないか)」
「そうそう、レミリアと言えばフランを見たのよ。
それが聞いてよ。フランってばあの外の世界の人間と一緒にいたのよ」
「外の世界の人間?」

 魔理沙(藍)は首を傾げたが、
(そう言えば紫さまがゲストだとか言って外の少女を呼ぶんだとか言ってたな)と思い出した。
 ただその少女は霊夢と同じただの人間だったはずだ。特に脅威にはならないだろう。

「ふーん。その2人とはどこで会ったんだ?」
「会ったというかすれ違ったの。こっちに来る途中の道でね。木蔭に隠れてやり過ごしたけど」
「ということは連中は命蓮寺を目指してたわけだな。以上3人ってわけか」
「あとは……多分気のせいだけど、
 なんか南の方の空を飛んでく影を見たような気がするのよね」
「え、霊夢もか」
「って言うことはあんたも見たわけか」

 実は魔理沙(藍)も博麗神社に向かう途中、同じような影を見ていた。
 その時は見間違いかと思ったのだが……。

「おそらく、人里か、香霖堂の方へ向かってたみたいだけど……」
「それにしても夜ならともかく、白昼堂々とは恐れ入ったわね」

*1
 奇しくも二人の心の声が一致。

「私はそれ以外に見た他の参加者はいないぜ」
「じゃ、当面の目標はこの二人かぁ……」

 情報を地図にメモしていた霊夢は、命蓮寺の横に書かれた二つの名前に丸を付けた。
 ○ フランドール・スカーレット  /  ○ 斑木ヴェロニカ(仮名)

「? そんな名前なのか?」
「仮名よ仮名。本名は私も知らないわ。自己紹介してる暇なかったから。
……なんとなく付けただけだけど、それっぽくない?」
「私からは何ともコメントしづらいぜ……。それより霊夢。いきなりフラン達でいいのか」
「さっきは私一人だけだったから交戦は避けたけど、今はあんたがいるから同数よ。
それに私達2人が組めば、勝てない相手なんて殆どないわ」
「頼もしい言葉をありがとう。しかし霊夢。忘れているぞ」
「何を?」
「話を聞かない方の尸解仙」
「あ」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 物部布都は元気だった。
 命蓮寺の本堂でグルグル巻きにされたまま天井から吊るされていても元気だった。
 とにかく元気いっぱいだった。

「ん? もしや助けの者か。おお、おお、よくぞ参った。
 さぁさ、急いでこの縄を外してくれ。
 いやしかし本当に困っておったのだ。
 あの山の神がなにやらやかましい音を出した途端、目の前が真っ暗になってな。
 なに、我が驚きのあまり目を閉じてしまっただけなのだが、
 気付いたらこの場所に飛ばされていたのだ。
 それほど知らない場所でなかったのが幸いだったが。
 ああ分かっておるぞ。我がどうしてこのような格好をしておるのか気になるのだな。
 それについては仔細に説明してしんぜよう。まずはこの縄を解いてくれ。
 それでだな、ここに飛ばされた我はまず、荷物の確認からすることにしたのだ。
 太子さまが仰るには、この『芸舞』では一人につき一つずつ武器が配られるらしいのでな。
 我はそれが楽しみでな。なんでも近頃の武器はみな鉄で出来ていて火を吐くのだとか。
 五行に従えば、金は水を吐くもの。または火気は金気を犯すもの。
 それがどうして金が火を生ずるようなことになるのか。
 相生、相剋の理に反するとは全く以って不可思議千万だ。
 はっ、もしや我が眠っている間に反剋の外法が完成していたと言うのか!?
 なんとも恐ろしいことよ。しかし安心して良い。
 我に配られたものはそのような物騒な代物ではなかった。
 箱のような形でな。『竜霊駄亜』とかいう名前だそうだ。
 慌てるな。その道具の使い方も説明してやろう。だからこの縄を解いてくれ。
 それで同封されていた書によればだな、
 我らにそれぞれ2個ずつ配られた『王武』とやらの場所を探知するための道具とあった。
 箱の表面が小さな地図になっていてな、『王武』がある場所が点で表わされ、
 自分が持つ『王武』は青色、他の誰かが持つのは赤色に点が光るのだそうだ。
 ところが聞いてくれ、我が最初に見た時、なんとそこには紫色の点が光っていた。
 青でも赤でもない。実に奇っ怪。真に不可解。
 なれど我の千四百年の時を刻んだは脳髄はすぐに明確な答えを導き出した。
 すなわち、青と赤、この二つの色が重なって別の色に見えているのだと。
 この道具はな、突端を押すことで縮尺が変えられる。
 すなわちより詳細な地図を表すことが可能なのだ。
 我は早速より細かい地図を出してみた。
 するとどうだ、真ん中に我の持つ『王武』を示す点がちゃんと2つ現れたのだ!
 もちろんそのすぐ下に赤い点がこれまた2つあったぞ。
 ……そしてそこで頭に衝撃を受け、我の記憶は再び途切れた。
 また目覚めればこうして天井から吊り下ろされておったというわけだ。
 いま思えば、我の気付かぬうちに誰かが忍び寄っておったのだろう。
 おのれ卑怯な。そうと知っていれば返り討ちにしてやったものを。
 『竜霊駄亜』や他の袋も消えておったし、おそらく持ち去られたのだろう。
 誰だか知らぬが盗人猛々しいとはこのことだ。
 いや待て。記憶の端に引っかかるものがある。
 そう、一瞬だが相手を見た気がするな。
 そう赤い衣を着ていたような……駄目だ思い出せぬ。
 ああ、それにしても太子さまが心配だ。
 太子さまは太子さまゆえ、多少のことでは御身が危ぶまれるようなことはないだろうが。
 いやいや、それでも万が一ということがある。
 ええい、こうしてはおれん。一刻も早く駆け付けねば。
 そなた達も見てないで疾く我の縄を外すのだ。
 いや尸解仙として肉体を捨てた身であるのだが、
 こたびはこの『芸舞』に参加するために一時的にまた肉体を得ており、
 それが故に少々自由が利かぬ。
 普段ならばこの程度の縄、一呼吸の間にぱらりと抜けて見せるのだが。
 む、嘘ではないぞ。その目は疑っているな。いいや言い訳はいらぬ。
 その目は信じていない者の目だ。ならば見せてくれよう。
 力を封じられていようとも……痛っ! あ、脚がツったぁっ!」

「面白いからもう少し見ていましょうか」
「悪趣味だよ蓮子」

 呆れたようにフランドールが言った。

 博麗神社を出た二人はそのまままっすぐ山を下りた。
 途中、分かれ道があった。片方は人里へ。もう片方は命蓮寺に続く道である。

『妖怪が仏を崇めている寺? 行ってみたい!』

 という蓮子の強い希望にこちらに来たのだが。
 そこで二人はこの人の話を聞かずにしゃべりまくるミノ虫と遭遇したわけである。

「ちなみにこの人はなんて妖怪なのかしら?」
「んー。確か妖怪じゃなくて仙人の一種だよ。シカイセンって言ったかな」
「シカイセン、ってもしかして尸解仙?
 っていうと抜けがらを残して仙人になるっていうあの?
 すごい! 蛇の脱皮は見たことあるけど尸解仙は初めてだわ!」

 フランの説明を聞いて目を輝かせる蓮子。
 そこまで喜ばれるとフランとしてもなんだか嬉しい。
 ちなみに蛇と比較された布都は、

「おお博識ではないか。そなたならばこの縄の解き方も知っていよう。
 できるだけ早く解いてくれると我も喜ばしい。
 そろそろ全身の血があらぬ方に偏り始めたのでな。
 というか腕が、手首がっがっが」

 と、なぜか笑顔のまま逆さまになってもがいていた。
 フランは隣にいる蓮子に尋ねる

「どうする? 助ける」
「あら、サーチ&デストロイじゃなかったの?」
「じゃ、殺す?」
「いいえ、助けましょう」

「この人が言ってた道具と、それを持ち去った人物が気になるしね」









【F-5 博麗神社 朝】
【博麗霊夢】
[状態]:気力体力充実
残り体力(100/100)
[装備]:FN P90・サブマシンガン(予備弾倉数不明)
スタンガン付き特殊警棒
オーブ探知機『竜霊駄亜』
[道具]:オーブx6 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食2日分」「飲料水2日分」「懐中電灯」)x2
[思考・状況]
基本方針:とりあえず優勝(願い事:???)
1.命蓮寺に向かう
2.フランたちとの対決するかは未定
3.布都の分の荷物はどうしようかしら?
※ 藍が魔理沙に化けているの気付いているかどうかは不明


【F-5 博麗神社 朝】
【八雲藍】
[状態]:霧雨魔理沙に化ける術を使用しているため疲労が進行中。
残り体力( 90/100)
[装備]:なし
[道具]:オーブx0 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食2日分」「飲料水2日分」「懐中電灯」)
[思考・状況]
基本方針:マミゾウに勝つ(優勝は二の次)
1.なんでもいいから武器が欲しい
2.術が意外と疲れる
3.魔理沙には遭遇しないようにしないと


【E-4 命蓮寺 朝】
【フランドール・スカーレット】
[状態]:ちょっと歩き疲れた
残り体力( 95/100)
[装備]:妖怪の花傘(風見幽香の花傘の劣化品)
[道具]:オーブx2 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食2日分」「飲料水2日分」「懐中電灯」)
[思考・状況]
基本方針:出会ったものから殺す
1.宇佐見蓮子と行動する
2.最初に出会ったのがミノ虫ってゆうのはどうなの?


【E-4 命蓮寺 朝】
【宇佐見蓮子】
[状態]:尸解仙だって!? 疲れてる場合じゃねぇ!
残り体力(100/100)
[装備]:脇差
[道具]:オーブx2 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食2日分」「飲料水2日分」「懐中電灯」)
[思考・状況]
基本方針:道中最大限に楽しむ
1.フランドールと行動する。
2.布都を助けて情報を得る
3.探知機は要注意


【E-4 命蓮寺 朝】
【物部布都】
[状態]:吊るされ疲れ
残り体力( 95/100)
[装備]:なし
[道具]:オーブx0
[思考・状況]
基本方針:???
1.太子さまの許に行かねば!
2.あと狼藉者に天誅を下すのも忘れないように
3.狼藉者に見覚えがあるようなないような?




【武器解説】
「FN P90・サブマシンガン(短機関銃)」
人間工学に基づいて設計されているという設定と、とてもそうには見えない外見で有名
多くのゲームや漫画に登場しており、
『GUNSLINGER GIRL』では第一話でヘンリエッタがこの銃を乱射している。
他にも『HELLSING』のバレンタイン弟、『ヨルムンガンド』のカリー社長、
『スパイラル ~推理の絆~』のカノン・ヒルベルトなどが使用している。
重量:3kg 弾丸:5.7x28mm 射程:200~1,800m 弾倉:50発箱型弾倉 ドットサイト付き
他、詳しいことはWikipediaで。


「スタンガン付き特殊警棒」
打撃武器としてはそこそこ優れている。
スタンガン機能は補助的なもので威力は低い。ON/OFFが切り替えられる。
他にもまだ知られていない機能があるかもしれない(?)


「オーブ探知機」
愛称:『竜霊駄亜』
ある程度の範囲にあるオーブを探知して表示する。
自分のオーブは青。他人のオーブは赤。範囲切り替え可。
他にもまだ知られていない機能があるかもしれない(?)


「藍の使ってる変化術(仮称)」
体力消費 5/30分
相手の記憶の中にある知り合いの姿と声を自分のそれに被せる術
姿が知り合いの誰かっぽく見えて、声が知り合いの誰かっぽく聞こえるだけ
良く観察すると不自然な点が多い(あと藍さまは演技が上手くない)
効果範囲は100mほどで、それ以上離れた所からだと普通に藍の姿が見える
体の大きさを変化させているわけではないので、
例えばあるはずのない尻尾が草を揺らしたりするかもしれないし
ハイタッチした時に霊夢が(いつもより手の感触が大きいような)と思ったかもしれない
他にもうっかり正体がばれる可能性高し




もうひと組の霊夢と魔理沙 (了)


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最終更新:2012年02月06日 00:18

*1 まぁ、そんなお馬鹿なことをするのに、一人心当たりがあるけれど