※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

東の空から昇る朝日が、頬をかすかに染め、吹き抜けるそよ風が、その銀髪を僅かに揺らした。

「これで足元が悪くなければ、快適な目覚めだったんだけどね」

ポツリと呟いたのは、メイド服姿に身を包んだ一人の少女。
紅魔館のメイド長であり、"悪魔の犬"とも称される十六夜咲夜その人である。

セレモニーの会場から、何らかの力でこの第二幻想郷へと飛ばされた三十四人の少女。
咲夜が周囲を見回しても、自分以外の人妖の姿は目に入らない。
傍らに置かれたデイパックから地図を取り出してみると、エリアは6×6に区分けされている。

「単純計算なら、各エリアに一人ずつ、ってとこかしらね」

と、咲夜は誰にともなく一人ごちた。
時間も時間ということもあり、コンパスがなくても方角のおおよそは掴めた。
じわじわと天を昇り始める太陽とは逆側、少し遠いところに鬱蒼と茂る森が目に入る。

「地図上で森らしきものといえば、魔法の森くらい」

そう呟きながら現在地点を推測する。
咲夜の足元は雨上がりでもないのにぬかるんでおり、くるぶし程の高さの雑草が辺りを埋め尽くしていた。
このことから、彼女は現在地を魔法の森の西側にある二ヶ所の湿地帯のどちらかではないかと推測する。

「……ま、現在地の確認はこんなとこかしら。それじゃ、次は……」

そう言うと、咲夜は再びデイパックの中を漁り始めた。
目的は、参加者にランダムに支給されているアイテムの確認である。
今後、戦いに身を投じるにせよ、チームを組んで団結するにせよ、手持ちの駒はしっかり把握しておきたい。
それ次第で、今後の行動指針をどうするかというあたりにも大きく影響を及ぼすのだから。
そんな考えで手持ちの武器を確かめてみた咲夜だったのだが、次の瞬間大きなため息をつくこととなる。

「……これは正直……ハズレよね」

その手に握られたのは、一本のか細いニードルに柄があしらわれた、所謂"アイスピック"と呼ばれる代物である。
体に突き立てれば傷を負わせることも出来るだろうが、どう考えても武器としては当てにならない物だ。

「氷精でも粉々に砕け、ってことなのかしらね」

咲夜は苦笑交じりに吐き捨てるしかなかった。
それからひとしきり掌でアイスピックをこねくり回すと、念のためにとスカートのポケットにそれを忍ばせた。
万一の時にはナイフ代わりにでも使えばいい、彼女はそう考えた。
そして、所持品の確認を終えたところで思案に耽る。
日頃は主君であるレミリア・スカーレットに付き従っている身分。
その彼女もエントリーされたこの舞台で、いつもと同じように振舞うというのも一つの選択である。
あるいはせっかくのゲームなのだから、敢えて反旗を翻してみるというのも一興だ。

「……さて、これからどうしましょう」



 ◇   ◇   ◇



こんなチャンスはまたとない。
上下関係が厳しい天狗社会において、その下っ端の位置にいる白狼天狗、犬走椛はそう考えていた。
日々の哨戒任務という仕事にさほど不満があるわけではない。
だが、下っ端扱いされることだけはやはり気分がいいものではないのだ。

そんな折に開かれたこのイベントである。
妖怪の山においても、このバトルロワイヤルを巡ったいざこざが頻発しており、その鎮圧に駆り出されたこともあった。
治安維持を担うものとしては、こんな厄介なものを持ち込んだあの神にガツンと言ってやりたいのである。
……尤も、椛自身もきっちりこの本に関しては読み込んでいるのだが(というより、読んでいない人妖の方が少なかったりする)。
このイベントで勝者になるか、あるいは主催たる神様の前に辿り着いた暁にはそんな思いをぶつけてやるつもりでいる。

……しかし、それとはまた別に一種の功名心が椛を動かす原動力となっていた。
普段下っ端扱いされている自分がこのイベントで活躍すれば周りの目もきっと変わるはず、というのがその正体だ。
おまけに、今回選ばれた天狗は椛ただ一人という状況が、自分が天狗代表であるとの自負に変わり、その思いを加速させる。

自分が力及ばず侵入を許した者に対し、顔見知りだからと手心を加えて入山を許すあの忌々しい烏天狗もこの場にはいない。
常々自分の面子を潰されていた椛にとっては、この場を射命丸文の鼻を明かすチャンスであるとも捉えたのだ。



そんな椛だが、気がついたときには森の中であった。
魔法の森――普段は瘴気に満ち満ちた森であり、妖怪ですら滅多に近づかない場所である。
こんな所に住まいを構えるのは、奇特な魔法使いくらい――そんな場所で椛は目を覚ましたのである。

意識を飛ばされたことの副作用なのか、それともきっちりこの箱庭でも瘴気を再現したのか。
目を覚まして数分後には、早くも椛は軽い目眩を覚えるほどであった。

「こ……こんなところに長居は出来ない……早いところここを出ないと……」

ましてや森の中では自分の能力――千里先まで見通す程度の能力もほとんど用を為さない。
愛用の剣も盾も没収されたらしく、どことなく落ち着かない気分のまま椛は歩を進め始めた。
瘴気に中てられないよう、呼吸を抑えながら森の中を進むこと数分。

「あ……あれは外の光……?」

どうやら運良く森に入ってすぐのところに飛ばされたらしく、徐々に視界が開けてきた。
これが何事も無いただの日常なら、喜び勇んで森を飛び出すところだが、そうはいかない。

「誰かに鉢合わせちゃったらことだからね……慎重に、慎重に……」

決して大きい体ではない椛が、さらにその身を縮めながら慎重に森の外をうかがう。
すぐ近くにはこじんまりとした建物が目に入った。
椛はデイパックから地図を取り出すと、当てはまりそうな建物を探した。

「ふむ……あれが噂に聞く"香霖堂"ってとこかな?」

人里から離れた魔法の森の入り口に、風変わりな主人が営む古道具屋がある――
決して広くはない幻想郷、こうした噂も椛は耳にしたことがあった。
店の外にまで溢れ出した雑多な品物が、推測から確信に変えるのにそう時間はかからなかった。

「ちょうどよかった。あそこで荷物の確認でも……?」

そう呟いて椛が森から足を踏み出そうとしたその時だった。
向こうから香霖堂に近づいてくる人影が、彼女の視界に入った。
慌てて椛は再び手近な木の後ろに身を潜める。

「誰……? 場合によってはもう戦わなくちゃいけない……?」

椛はじっと目を凝らすが、遠くから近づく人影を鮮明に捉えることは出来なかった。
このことで、彼女は自身の能力に枷がつけられていることを身をもって知ることとなる。

「くっ……普段ならこの程度の距離、なんてことないのに……!」

とはいえ、椛はそれでもそんじょそこらの人間とは段違いに目が利く。
椛がようやく人影の姿かたちを捉えた距離では、まだその人影は椛に気づく素振りはないのだから。

「あの服装は……確か紅魔館のメイド……」

その特徴的なメイド服を見て、椛は視線の先の人物を特定した。
いつだったか、異常気象が長く続いた時(とりわけ妖怪の山は風雨が強まり、椛を含め天狗は皆参っていたのだが)のこと。
そんな風雨の中を幾多の人妖が押し寄せ、妖怪の山から天界へと昇っていったという話を椛は耳にしたことがあった。
哨戒任務を生業とする彼女が、悪天候があったにせよ侵入者を迎え撃てなかったことを悔やんでいたのだがそれはそれとして。
そんな人妖のうちの一人に、視線の先の少女がいたらしいことを椛は思い出した。

「どうしよう……あれでなかなかの実力者とも聞いているし……
 そりゃ、彼女を討ち果たせば私の株は上がるかもしれないけど……」

まだ自らの武器の確認も済ませていない現状で、無闇に戦いを挑むほど椛は抜けていない。
しかし、それでも決断は下さねばならない。
戦うべきか? 手を組みにいくか? それともこの場は避けるか?


【D-4 魔法の森 朝】
【犬走椛】
[状態]:平常
残り体力(98/100)
[装備]:無し
[道具]:オーブ×2 小吉ガチャ×1 支給品一式
[思考・状況]
基本方針:ゲームに勝ち残る
1.さて、戦うか、手を組むか、逃げるか……

※千里先まで見通す程度の能力は制限されています。
 喩えて言うなら、マサイ族並の視力ぐらいになっています(つまり常人よりはいいです)。
※魔法の森には瘴気が満ちています。
 短時間なら行動に支障はありませんが、長時間の滞在は体に変調をきたす恐れがあります。



 ◇   ◇   ◇



当てもなくとぼとぼと歩きながら身の振り方を考えあぐねていた咲夜の視界に、見覚えのある建物が飛び込んできた。
何度か使いとして買い物に出たこともある香霖堂である。
作り物とは思えないほどに、本物とよく似た作りに思わず咲夜はおぉ、と感嘆の言葉を漏らす。

「もしかしたら、あそこで何か現地調達できるかもしれないわね」

元々が、実体のあるナイフを数多くばら撒くことで弾幕を形成する咲夜だ。
体術も不得手というよりむしろ得意とはしているが、その身一つとアイスピックだけで幻想郷の猛者全てを向こうに回せるとは思わない。
あからさまな武器の類は排除されているかもしれないが、何か投擲に適したものがあればそれでいい、咲夜はそう考える。

「それに、例のガチャガチャとやらも気になるし」

手持ちのオーブ二つを思い浮かべ、そしてこのゲームのルールも再び反芻する。
ひとまず最初の提示放送の際にオーブが一つはあればいい、つまりもう一つは早速使ってしまってもいい訳で。

「……さすがにコレより酷いものも……出ないわよねぇ」

今後の方針をどう定めるか、咲夜はそれを香霖堂でのアイテム収集を終えてから、と先送りした。
足元が悪いので飛んで行ってもよかったが、咲夜はひとまず体力温存にと、徒歩を選択する。

徐々に咲夜の視界でその姿を大きくしていく香霖堂。
その少し向こうに見える森の木陰から、咲夜を見つめる悩める天狗がいることを彼女は知る由もない。


【D-4 香霖堂付近 朝】
【十六夜咲夜】
[状態]:平常
残り体力(100/100)
[装備]:アイスピック
[道具]:オーブ×2 支給品一式
[思考・状況]
基本方針:未定
1.ひとまず香霖堂でアイテム収集、話はそれから
2.お嬢様たちとは……どうしようかしら

※アイスピックはごくごく一般的なアイスピックです。
 原作小説でも支給された代物ではありますが。

ページをめくる(時系列順)

|