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冷たい岩肌の感触を受けながら、彼女――ミスティア・ローレライはゆっくりとうつ伏せになっていた自分の体を起こした。
後頭部をさすりながら、身体的な特徴である背中の羽毛を動かしてみて、怪我の有無を確かめる。
オープニングセレモニーで八坂神奈子が拳銃を乱射した時、彼女は逃げ惑う群集の雪崩に押されて躓き倒れてしまった。
そしてそのままの情けない格好で会場に転送されてしまったのである。羽毛は乱れていたが、幸いにも傷はなかった。

「うう、ひどい目にあったわ……。これからもっとひどい事になりそうだけど」

不満を漏らしながら服についた砂利を軽く払うと、ミスティアは視線を右往左往させて辺りの様子を伺った。
太陽を遮る物がなく、眩い朝日に照らされる己の周囲に人影がない事を確認すると、ミスティアは安堵した。いきなり攻撃を受けるような事態は無さそうだったからだ。
幸いにも、すぐ近くに大きな岩があったので、その傍に身を屈めて一旦隠れる事にした。

……ミスティアは、バトルロワイヤルごっこにはそれほど乗り気ではなかった。
己の能力が戦闘に秀でたものではない事は自覚していたし、セレモニーで数多くの強者を目の当たりにしてその思いを強くしていた。
それにも関わらず、参加を申し出たのはどうしても叶えたい願い事があったからだ。

その願い事とは、鳥を使った料理の撲滅。
彼女はその為に、せめて焼き鳥だけでもなくそうと、夜な夜な屋台を引いて八目鰻を振舞っているのだ。
絶対に優勝して、鳥肉料理を無くしてみせる……ゲームが始まったまさに今、彼女はその意気込みを更に強いものとした

「そういえば、この中に何か入ってるんだっけ」

主催者の説明を思い出したミスティアは、ディパックを地面に降ろして開封し、中身を漁る。
神社で受けた説明では、支給品はランダムだが中には武器になるような物もあると言っていた気がする。
自分の能力は直接的な戦闘に不向きなので、それを補ってくれる武器の類があればと思う。

「なにこれ……?」

地図や方位磁石といった支給品の道具類に紛れて、黒い筒状の物体があるのをミスティアは見つけた。
それを手に取り、矯めつ眇めつ観察したが、用途は全くわからない。
ため息をついて、次の道具を探そうとしたその時、ディパックの中に一枚の紙があった。支給品の説明書だった。

「……武器、だよね? しかもこれって超当たりなんじゃないの!? やったわ!」

説明書を流し読みしたミスティアは、歓喜の表情で黒い筒状の物体を掲げた。その支給品は強力な武器らしいとわかったからだ。
ミスティアはディパックを背負い、早速その武器を手にして目的達成の為に獲物を探し出す事にした。

最初の標的は、簡単に見つかった。
ミスティアが行動を始めてすぐ、山林地帯から人影が出てきたのを目撃したのだ。
自分と同じデザインのディパックを背負った、淡い紫色の髪の少女だ。黄色のリボンで髪を後ろにまとめてポニーテールにしている。
山林地帯で調達してきたのか、手にはそれなりに太さのある真っ直ぐな木の棒が握られていた。

今の所こちらに気づいた様子はない。慎重深い相手のようで、周囲を警戒しながらゆっくりと歩いている。
だが、後方には素人でもわかる程の隙をさらけ出していた。格好の獲物だと、ミスティアは思った。
一見したところ、ポニーテールの少女の武器はあの木の棒だけらしい。となれば、恐らく支給されたのは武器でないとわかる。
見知った相手ではないので能力も不明だが、木の棒に頼るような相手が、そんなに強い力を持っているものだろうか。

「まずは一人目ね~」

ミスティアは歌を口ずさみたくなる程気持ちが浮ついていた。ポニーテールの少女の後を追って、ミスティアも歩き出す。
一歩、一歩、一歩……両者の距離は徐々に狭まっていく。
気配を殺して接近し、一撃の元に倒す。彼女の脳裏には既にその青写真が浮かび上がっていた。

――今!

絶好の間合いに入る。ミスティアは武器を構え、少女の無防備な背後に襲い掛からんと地面を蹴って飛び出した。

だが、その瞬間。
ポニーテールの少女はそれを待っていたように振り向き、何かを放った。
眼前に赤と白と青の模様が広がる。ほんの一瞬ではあるが、ミスティアは完全に視界を塞がれたのだ。
危機を感じて、咄嗟にミスティアは手にした武器を振るう。しかし、その武器が彼女の望み通りに機能する事はなかった。

この時点でミスティアは二つのミスをしていた。支給された武器が高度な科学の産物だったのに、説明書を熟読しなかった事。
そして、狙った相手が格好の獲物などではなく、こんな一瞬の隙さえも有効に活用できる手練の腕前の持ち主だった事だ。

「かかったわね!」

鋭い声が飛ぶと、ミスティアの側頭部に衝撃が走った。世界が揺れ、脳震盪を起こしかける。ポニーテールの少女が木の棒を思い切り振るって、打撃を見舞ったのだ。
相手は容赦する事なく怯んだミスティアに連続で殴りかかった。肉体の各所に仮想空間とは思えない鈍い痛みが襲う。

ようやく視界を塞いでいた物を振り払った時、ミスティアからは既に戦意が失われていた。
格好の獲物だと思った相手は、その実かなりの強者だった事に気がついたのだ。
半ば破れかぶれになって役に立たない武器を相手に投擲する。相手は、驚くような表情を浮かべて、隙を作った。

体勢を立て直すべく、ミスティアは一目散に逃走を図る。後ろを振り向くと、遅れてポニーテールの少女が追いかけてきた。
こうなるとなかなか見逃してくれそうにない。だから彼女は、生き残る為に歌った。

ミスティア・ローレライは夜雀の妖怪である。その歌声には人を惑わし、判断力を鈍らせる効果がある。
再び振り返ると、明らかにポニーテールの少女の動きは鈍くなっているのがわかった。
だが、同時に肉体に深く圧し掛かる疲労感――あらゆる能力の行使には、相応の体力を消費する。主催者の言葉を思い出す。
歌い続けていれば、先にこちらが倒れてしまう。逃げ切るには、どうすればいいのか。
周囲に視線を走らせる。森林地帯に逃げ込む方法もある。しかし、落ち葉や木の枝を踏めば森に痕跡を残し、追跡を受けるだろう。確実に安全とはいえない。

纏まらない思考を重ねながら走るミスティアの目が川に留まった。自分の進行方向と同じ向きに流れている。
咄嗟、直感的に思いつく逃走経路。視線を遠くにやって川流れの向かう先を見ると、途中で途切れ滝になっているようだった。
三度背後を振り向けば、ポニーテールの少女の姿が小さく見える。決断を急がなくてはならない。

「あの様子だと、普通に逃げただけじゃ駄目。だったらこれが一番、確実な方法よね……!」

逡巡は一瞬だった。ミスティアは本能的に決意を固めて助走をつけると、滝に向かって身を投げた。



大きな水の飛沫が弾けた。ミスティアが勢いよく滝壺に飛び込んだのだ。しかし、身を投げたそのままの勢いで飛び込んだ訳ではない。
滝壺が眼下に迫ったその時点で減速すべく、必死に羽ばたいて飛行を試みていた。それでも予想外に能力の制限が強く、落下速度を殺しきれなかったのだが。

「いたたた……あいつは追ってこないみたいね。これからどうしよう……」

水中でもがいていたミスティアが、水面に出てきた。ごほごほと苦しそうに水を吐き出す。
振り仰ぎ、滝の上を警戒して眺めるが、敵対者がここまで追いかけてくる様子はない。ミスティアはほっと胸をなでおろした。
しかし、安心してばかりもいられない。滝壺の心地よい冷水に身を委ねながら、ミスティアは考える。

戦闘に役立ちそうな自分の能力は主に二つある。鳥目にする事と、歌声で人を惑わす事。
しかし、そのどちらも敵を倒す決定力に欠けるのだ。しかも、鳥目は夜にならない限り効き目がない。
自分が勝利するには、武器が必要不可欠なのだ。

弾幕を駆使して他の参加者を倒しアイテムを奪うか、ガチャガチャで二つしかないオーブをアイテムと交換してもらうか。
どちらもリスクのある道だ。あるいは、最初のスタンスとは全く方向性の違う、第三の道を選ぶ必要に迫られるかもしれない。

しばし清らかな冷水に体をたゆたわせ悩んでいたミスティアだが、ともあれ陸に上がる事にした。
どの道を選ぶにしても、まずはあのポニーテールの少女から遠ざかろう。そう思って、足早に川沿いの陸地を南下し始めた。



「逃がしたわね……」

ポニーテールの少女――綿月依姫は、残念そうに言って眼下から視線を引き上げた。風に揺られて、薄紫の髪が靡く。
羽の生えた妖怪の姿は既に見えない。流れ落ちる滝の水が下で霧となっているので、遠目にはわからないのだ。
飛び降りて追撃も不可能ではないが、下で待ち構えている可能性がある。普段ならばともかく、能力の制限下にある現状は迂闊な行動を避けるべきだろう。

「まぁ、いいか……まともな武器も手に入った事だし……。
 地上の妖怪には、この武器の使い方はわからなかったみたいね。もしも理解していたなら……」

依姫が黒い筒状の物体を取り出して操作すると、筒の先から真っ直ぐに光が伸びた。まるで光の剣だ。
木の棒を宙に放り、斜めに振り下ろす。抵抗を感じる事なく、棒は真っ二つに切れて落ちた。その断面は薄ら焦げている。この武器は刀身がエネルギーで構成された剣なのである。
その外観が月の宮殿の門番などが佩く剣と殆ど同じなので、彼女は使用法を即座に理解した。出力は本物より低く抑えられていたが、それでも強力な武器には違いない。

そんな武器を、敵は持っていたのである。実は敵の存在には、最初に邂逅した時点で感づいていた。羽が岩の後ろから露出していたのを目ざとく見つけていたのだ。
虚を突く為にあえて気づかない振りをして先に仕掛けさせたが、もしも敵が武器の使い方を理解していたら。あの歌声と合わせて強襲してきたら。

「それでも、能力を使えば切り抜けられたでしょうけど、私も無事では済まなかったかもしれない。
 制限も思いのほか強いみたいだし……これからはもっと余裕のある戦い方を心がけないと」

神降ろし。己の身を神霊の依代として、神の力を借りて使役する。それが依姫の能力だ。本来は正式な儀式を必要とするが、依姫は少ない例外である。
その能力の強大さは、依姫自身がよく存じていた。制限如何によっては、このゲームが成立しない程なのだ。
依姫は支給品を確認した後、武器を作ると同時に能力制限を確認すべく、金山彦命を降ろして剣を作成を試みていた。

……結果は芳しくなかった。己の身に宿った神格は、「本物」の神格でないと、すぐに理解した。
普段ならば無数の剣をあっという間に生み出せるのに、今は剣をの形状を象る事さえ覚束ない。
体力の消耗もはっきりと実感できた。この様子では、恐らく一振りの剣を作成するのにも、かなりの時間と体力が必要だろう。

それならばと次に依姫は支給品に含まれていた時計の金属部品の分解と再構成を行った。いつもより時間はかかったもののこれは成功した。
この事から土壌に含まれる金属を再構成できないかと考えたが、上手くいかなかった。制限なのか、そも仮想空間の土壌に金属が含まれていないのか。
手持ちの道具類の金属を再構成してもフォーク一本が関の山だろうし、獲物として剣を欲するなら金属の塊でも見つけ出さなければいけない。

時間と体力を消費して一から剣を作るか。あるいは金属類を見つけてそれを剣に変えるか。
何れにしろゲーム開始直後の状況下で迂闊な真似は危険と判断し、安全を確保するまで剣は諦めようと思った矢先に今回の出来事。まさに僥倖だった。

「これは月の神々の思し召しかなのかもね。見ててください、八意様。私は必ずや勝利を納め、月の力を地上の奴らに知らしめます」

光の刀身を消して依姫は天を仰ぐ。月の都の暗い空と違って、どこまでも青い空が広がっている。その天に語りかけるように依姫は強く宣言した。
彼女の狙いはただ一つ、単独優勝だけである。主催者が説明した大会の勝利条件には考えさせられる条項があったが、それでも依姫の意思は揺るがなかった。
そこに如何なる思惑があろうとも、誇りある高貴な月の民が地上の人間や妖怪と馴れ合う必要はどこにもないからだ。

本来なら依姫も殺し合いなど本意ではないし、浄土の民が生き残る事を至上の結果として争う、穢れに満ちた行為に賛同はできるはずがない
神社で発端となるバトルロワイヤルの説明とその影響を聞いた時は、そんな死の匂いを強くする行為を楽しむから、地上の生物には寿命が生起するのだと呆れ果てたくらいである。
そんな彼女が何故ゲームに参加しているのか。それは境界の妖怪、神隠しの主犯、八雲紫の仕業であった。月の都でだらけた玉兎達を訓練していた最中にいきなり地上に落とされたのだ。

もちろん、それだけならいくらでも打つ手はあった。しかし、そこで昔の師である八意××様が出てきて参加を強く要請してきたのだ。
全ての死が嘘となる世界では、穢れもまた嘘になる。虚構の死の匂いに身を浸し続けても、月の民に影響はない。師はそう言った。
月では罪人扱いの師だが、依姫の尊敬は昔も今も変わらない。依姫はその言葉を信じて、参加を渋々と承諾した。そして参加する以上求められるのは勝利しかない。

しかも、ただの勝利では彼女の矜持が許さない。圧倒的な力の差を見せ付けて優勝の栄冠に輝く。目的は、それ以外にない。
何でも願い事を一つ叶える、という主催者の言葉も依姫の胸を打つ事はなかった。
月の科学力はとうの昔に物質的豊かさを完全に満たす領域まで発展してるし、八意様達には色々と思うところはあれど、彼女らの心情を慮れば今更それを口に出すのは無粋だ。
優勝したら二度と月面侵攻をさせないと約束させようか、あるいはこの優れた仮想空間の技術を持ち帰り玉兎達に実戦形式の訓練を積ませようか。
漠然とそのような事は考えていたが、あくまで二の次だ。

「道を探して滝の麓に下りても、恐らくもういないわね。他の参加者を探す事にしましょう」

一人ごちて依姫は来た道を引き返し、敵の隙を作り出す為に最初に使用した道具を回収する事にした。
岩場を乗り越え、歩き出してから程なく地面に赤と白と青の模様が描かれた大きな布が広がっているのを発見すると、彼女はそれを拾い上げた。
依姫はそれが何か知っていた。かつて、表側の月に立てられた地上人の旗である。月の民の間では、それはアポロの旗と呼ばれていた。

旗を改めて観察する。赤線と白線の横縞、四角に区切られた左上の青地に配置された多数の白い星。
説明書によれば、赤は勇気、白は真実、青は正義を示すという。
これが支給品だと知った時は主催者の恣意を疑わずにはいられなかったが、思いがけず役に立ってくれた。
先程のような奇策はそう何度も通用しないだろうが、かなり丈夫な生地なので使い道はあるだろう。

綿月依姫は往く。優勝を勝ち取る為に。真紅の双眸に強い意志の光を宿して。

【F-2・川沿いの陸地・朝】
【ミスティア・ローレライ】
[状態]:体の数箇所に打撲傷、疲労(中)、びしょ濡れ
残り体力(65/100)
[装備]:なし
[道具]:オーブ×2、支給品一式
[思考・状況]
基本方針:優勝して、望みを叶える
1:これからどうしよう……
2:ひとまず武器を調達する?
3:ポニーテールの少女(依姫)に対する恐怖

【F-1・妖怪の山・朝】
【綿月依姫】
[状態]:疲労(小)
残り体力(90/100)
[装備]:光の剣、アポロの旗
[道具]:オーブ×2、支給品一式
[思考・状況]
基本方針:圧倒的な力の差を見せ付けて単独優勝
1:参加者を見つけ次第倒す
2:地上の人間や妖怪とは馴れ合わない

《備考》
金山彦命を降ろして、能力の行使を試みました。
金属の作成には多量の時間を必要とし、体力もかなり消費するみたいです。
金属の分解・再構成の方は比較的容易ですが、こちらも多少の時間と体力は必要な模様。

【武器・道具解説】
「光の剣」
月の宮殿の門番が所持していたライトセーバー型の武器(儚月抄第七話登場)の劣化品。通常は柄だけの状態で、スイッチを入れるとエネルギーの刀身を形成する。
その性質上、刀剣類やバックラー(小型の盾)での防御は困難。攻撃力も高い優れた武器だが、エネルギーが切れると使用できなくなる。

「アポロの旗」
昔、地上の人間が月に立てた物と同じデザインの旗。かなり丈夫な生地で作られているようだ。
赤線と白線を組み合わせた横縞、四角に区切られた左上の青地のカントンに五十の白い星が規則正しく並ぶ。ぶっちゃけ星条旗。
ちなみに本物は地上に投げ返され、幻想郷で光の三妖精の玩具になっていた(三月精第一部三話、儚月抄第一話)。


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