H17. 7. 7 名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)第618号 損害賠償請求事件

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判示事項の要旨:  原告らの被相続人である患者が被告の設置する病院において子宮全摘術を受けた後,膀胱膣ろうに罹患し,その後死亡した事案につき,上記病院の医師らが,適切な問診を行って尿漏れの原因を鑑別診断し,適切な治療を行っていれば,患者の尿漏れは治癒したか,相当程度軽い症状で済んだとして,被告に対し,慰謝料の支払が命じられた事例 平成17年7月7日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成15年(ワ)第618号 損害賠償請求事件 口頭弁論終結日 平成17年4月27日 判決 主文 1被告は,原告Aに対し180万円,原告B及び原告Cに対しそれぞれ75万円並びにこれらに対する平成13年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3訴訟費用は,これを10分し,その9を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 4この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1請求 (主位的請求) 被告は,原告Aに対し3879万9241円,原告B及び原告Cに対しそれぞれ1564万9620円並びにこれらに対する平成14年8月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (予備的請求) 被告は,原告Aに対し903万9685円,原告B及び原告Cに対しそれぞれ376万9842円並びにこれらに対する平成13年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要 1Dは,被告の開設するE病院(以下「被告病院」という。)において子宮全摘術を受けた後,膀胱膣ろうに罹患し,その後,死亡するに至った。 本件は,Dの相続人である原告らが,被告病院医師には上記子宮全摘術を実施したときに損傷させた膀胱壁を縫合する際に手技上の注意義務違反行為が存し,これによって膀胱膣ろうを発生させたなどと主張して,被告に対し,不法行為又は診療契約上の債務の不履行に基づき,(1)(主位的請求)Dの死亡による損害賠償及びDの死亡した日である平成14年8月28日から支払済みまでの遅延損害金,(2)(予備的請求)Dの被った膀胱膣ろうの後遺障害による損害賠償及び症状固定日である平成13年4月30日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。 2前提となる事実 当事者間に争いのない事実,甲A1号証の1及び2,2号証,B7号証,乙A1ないし12号証,17号証,証人F及び証人Gの各証言,原告Aの本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。 (1)原告らについて 原告Aは,D(昭和28年8月29日生)の夫であり,原告B及び原告Cは,いずれもDと原告Aとの間の子である。 (2)Dの被告病院における入通院の経過等について ア平成10年7月6日,Dは,過多月経を主訴として被告病院産婦人科を受診した。同科のH医師は,通常は鶏卵大である子宮が手拳大(71㎜)になっていたことから,子宮筋腫であると診断した。しかし,出血が少なかったこともあって,3か月間,経過観察することにした。 イ同年10月22日,子宮筋腫の大きさは83㎜となった。 ウ平成11年1月4日,貧血が見られたため,同月21日,ホルモン療法が行われ,その後約6か月間,ホルモン薬の投与が続けられた。 エ同年7月8日,Dから上記ホルモン薬の副作用が耐えられない旨訴えられたことから,被告病院において,子宮筋腫を摘出するため,腹式子宮全摘出術を実施することとされた。 オ同年7月13日,H医師から,D及び原告Aに対し,病名,症状,手術の必要性,手術の内容,他の治療方法との比較,手術の危険性,手術予定日を8月4日にすること等について説明がされ,D及び原告Aは,上記手術を受けることに同意した。 カ同年8月3日,Dは被告病院に入院した。 キ同年8月4日,Dは,腹式子宮全摘出術を受けた(以下,Dの受けた同手術を「本件子宮全摘術」という。)。執刀医は,H医師であった。 (ア)H医師は,円靱帯及び卵巣固有靱帯を切断後,子宮と膀胱とを剥離して子宮を摘出することにしたが,膀胱後壁と子宮前面とが強く癒着していたことから,膀胱の一部を損傷し,開口した。 (イ)子宮と膀胱とを剥離し,子宮の摘出を完了した後,H医師は,被告病院泌尿器科のG医師に連絡し,膀胱損傷部の修復を依頼した。 (ウ)G医師によって,膀胱の開口部に直ちに縫合処置がされた。この手術においては,G医師が術者を務め,H医師及びI医師が助手を務め,J医師が麻酔を担当した。 膀胱は,内側から外側にかけて,粘膜,筋層,漿膜という3層になっているところ,G医師は,最初に上記3層に糸をかけて縫合し,更に3層縫合したところを漿膜のところで覆うようにして補強する,いわゆる二層縫合の方法を採った(以下,G医師によってされた上記縫合手術を「本件縫合術」という。)。 (エ)G医師は,本件縫合術を終了した後,尿道バルンカテーテルから膀胱内に生理的食塩水200mlを注入し,縫合部からの漏出がないことを確認した。 ク同年8月7日,G医師は,産婦人科医師の留置したSBドレーンからの流出量が少ないことを確認した。同日,Dを診察した産婦人科のI医師もSBドレーンからの流出液がごく少量であることを確認して,上記ドレーンを抜去した。 ケ同年8月13日,G医師は,膀胱造影検査を実施した。この際,膀胱内に造影剤200mlを注入し,造影剤が膀胱外に漏出していないことを確認した。同日,尿道バルンカテーテルが抜去された。 コ同年8月24日,Dは,被告病院を退院した。 (3)平成11年9月6日から平成13年8月6日までの被告病院への通院期間における診療経過(通院状況,主訴,所見及び診断)及びこれに関する原告の主張は,別紙診療録記載一覧表記載のとおりである。 なお,同一覧表記載の平成11年9月27日の検査・処置欄等の「DIP」は,尿路に尿道造影剤を静脈から注射し,注射の前後で腹部の写真を撮り,腎臓から膀胱まで尿路を写し出して尿の通りなどを調べる検査である。 (4)Dの被告病院通院終了後,死亡に至るまでの経過について ア平成13年8月ころ,DがK産婦人科を受診したところ,膀胱膣ろうであることが判明した。 イ同年8月16日,Dは,L病院の泌尿器科を受診した(以下のウないしスは,すべてL病院における診療等である。)。 ウ同年8月24日,膀胱造影検査がされ,膀胱からの漏れが認められた。 エ同年8月31日,単純排泄性腎孟撮影の検査がされた。 オ同年10月24日,Dは,L病院に入院した。 カ同年11月2日,膀胱膣ろう閉鎖術が実施された。執刀医は,F医師であった。同手術の際,膣円蓋部に縫合糸にからまった約8mmの大きさの結石が認められたため,縫合糸が切られ,結石が切除された。 キ同年11月19日に実施された膀胱造影検査の結果,明らかな漏れは認められなかった。 ク同年11月29日,Dは,L病院を退院した。 ケ平成14年1月21日,Dは,医師に対して「ビールを飲んだ後,膣から尿が漏れているような感じがする。」旨を訴えた。 コ同年2月8日,膀胱造影検査等が実施され,その結果,膀胱膣ろうの存在が確認された。 サ同年2月18日,医師から再手術は非常に困難である旨告知され,定期的に自らカテーテルで残尿を抜く自己導尿法の指導がされた。 シ同年4月1日,膣からのみでなく,尿道からの漏れもかなりあり,膀胱の機能障害も存することが確認された。 ス同年8月26日,Dは,医師から,膀胱膣ろうを完全に治すことはできない旨伝えられた。 セ同年8月28日,Dは,自殺した。 (5)膀胱膣ろうについて 解剖学的に尿路(膀胱及び尿道)と膣は,接近して体外に通じている。尿路か膣が何らかの理由で損傷すると,ろう孔が生じ,尿が尿道へ出ずに膣の方に出るようになる。 膀胱膣ろうは,産婦人科手術や放射線治療に起因するものが多く,症状としては,膣から漏れる尿の程度は,多量で尿道より排尿のないものから体位の変換時のみ少量漏れるものまでさまざまである。膀胱膣ろうは,膣からの尿漏れ,膀胱炎症状及び膀胱鏡によるろう孔の確認で診断できる。 3争点及びこれに対する当事者の主張 次の(1)ないし(3)のほか,別紙争点整理表記載のとおりである。 (1)因果関係について (原告らの主張) ア主位的請求について 膀胱膣ろうは,尿失禁等の症状を伴うものであり,Dは,日常生活を制限され,夫婦生活も営めない状態となった。そして,Dは,尿失禁が治癒の見込みのないものということから,大きな精神的衝撃を受けた。これに加えて,被告が,いったんは責任を認めながら,一転して責任を否定する対応に出て,補償交渉が円滑に進行しなかったことなどから,Dは,抑うつ状態となって自殺するに至った。そこで,被告病院医師の注意義務違反行為とDの自殺との間には相当因果関係がある。 イ予備的請求について 上記の死亡との間の因果関係が認められない場合であっても,被告病院医師の注意義務違反行為によってDには膀胱膣ろうの残存という後遺障害が発生した。平成13年5月以降,その症状に変化が見られなかったのであるから,同年4月30日には症状固定に至っていたものと考えられる。 (被告の主張) ア主位的請求について 被告病院医師に何らかの過失があったとしても,①尿失禁は,中高年女性に比較的多く見られる症状であり,通常は家族等の支えにより病苦を克服して社会生活を営んでいること,②自殺は本人の自由意思が関与しているのが通常であり,本件においてもDの心因的要素が大きく影響しているものと考えられることによると,膀胱膣ろうによって尿失禁が生じた場合に当該患者が自殺に至ることが通常生ずべき結果であるとはいえず,自殺との間に相当因果関係を認めることはできない。 イ予備的請求について 本件縫合術によってろう孔は適切に閉鎖されており,その後に生じたろう孔は別の原因に基づくものであって,このことに関し,被告病院医師には何らの過失もない。 なお,膀胱膣ろうに対する手術後の経過が平成13年4月30日に症状固定したというものではなく,新たな症状が同年5月ないし6月ころに認められるに至ったというべきものである。 (2)被告の責任について (原告らの主張) アDは,被告病院医師の注意義務違反行為によって後遺障害を負い,自殺するに至ったものであるから,同医師の使用者である被告は,Dの被った後遺障害又は死亡について不法行為責任を負う。 イ被告は,Dとの間で平成10年7月6日,診療契約を締結したが,被告の履行補助者であるH医師及びG医師の不完全な履行によりDは後遺障害を負い,自殺するに至ったものであるから,被告は,Dの被った後遺障害又は死亡について債務不履行責任を負う。 (被告の主張) 原告らの主張は,いずれも争う。 (3)原告らの損害について (原告らの主張) ア主位的請求について 被告病院医師の上記注意義務違反行為に基づき被告に対し,次のとおり,原告Aは3879万9241円,他の原告らはそれぞれ1564万9620円の損害賠償請求権を有する。 (ア)逸失利益 Dは,死亡当時48歳であり,67歳までの19年間就労可能であったから,女子の平均年収352万2400円(平成13年度賃金センサス第1巻第1表,産業計,企業規模計,学歴計の平均賃金)に,ライプニッツ式による中間利息控除,30%の生活費控除をして逸失利益を計算すると,352万2400円×0.7×12.0853=2979万8482円となる。 原告Aは,上記金額の2分の1に当たる1489万9241円,他の原告らはそれぞれ上記金額の4分の1に当たる744万9620円の損害賠償請求権を相続により取得した。 (イ)入通院慰謝料 入院期間1か月,通院期間3年において被った精神的苦痛に対する慰謝料として280万円が相当である。 原告Aは,上記金額の2分の1に当たる140万円,他の原告らはそれぞれ上記金額の4分の1に当たる70万円の損害賠償請求権を相続により取得した。 (ウ)慰謝料 Dの死亡によって被った原告らの精神的苦痛は極めて大きいものであり,これらに対する慰謝料として,原告Aについては1500万円,他の原告らについては各750万円が相当である。 (エ)葬儀費用 葬儀費用は150万円が相当である。これは,原告Aの損害として計上する。 (オ)弁護士費用 弁護士費用は600万円が相当である。これは,原告Aの損害として計上する。 イ予備的請求について 仮に,被告病院医師の注意義務違反行為とDの死亡との間に因果関係が認められないとしても,Dに生じた膀胱膣ろうの後遺障害により次の損害が発生した。 (ア)通院慰謝料 平成11年9月27日から症状の固定した平成13年4月30日までの間に,被告病院に通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する慰謝料として200万円が相当である。 (イ)逸失利益877万9370円 Dは,腹部臓器に障害を残したところ,これは後遺障害等級11級の9に該当する。同人は,症状固定時に47歳の女性であり,67歳までの20年間に家事労働に従事することが可能であるところ,家事労働については,金銭的に女子労働者の平均賃金額に等しいものである。 平均年収352万2400円(平成13年度賃金センサス第1巻第1表,産業計,企業規模計,学歴計の平均賃金)に,労働能力喪失率を20%として,ライプニッツ式による中間利息控除をして逸失利益を計算すると,352万2400円×0.2×12.4622=877万9370円となる。 (ウ)後遺障害慰謝料430万円 Dは,常時尿失禁に苦しみ,夫婦生活を営むことができないなど,後遺障害による精神的苦痛は計り知れないものがあり,これに対する慰謝料は430万円を下らない。 (エ)弁護士費用150万円 弁護士費用は150万円が相当である。これは,原告Aの損害として計上する。 (被告の主張) 原告らの主張は,いずれも争う。 第3当裁判所の判断 1本件子宮全摘術における被告病院医師の注意義務違反について (1)原告らは,H医師には,本件子宮全摘術を実施した際に,別紙争点整理表1頁の「剥離の際の手技上の過失」及び「筋膜内術式を選択しなかった過失」の各項目についての「原告らの主張」欄記載のとおりの注意義務違反があった旨主張する。これに対し,被告は,上記各項目についての「被告の主張」欄記載のとおり主張する。 (2)前記前提となる事実,乙A1,2号証,17号証,証人Gの証言及び弁論の全趣旨によると,H医師は,本件子宮全摘術において,(a)子宮を膀胱から剥離する際,子宮と膀胱壁とが強く癒着し,膀胱壁の一部が子宮に迷入した状態になっていたことから,筋膜内術式による剥離術を行いながら膀胱に切開を加え,やむを得ず膀胱を開口し,(b)子宮を摘出した後,直ちにG医師に連絡し,膀胱の損傷部を縫合して修復することを依頼したことが認められる。 上記各証拠及び弁論の全趣旨によると,子宮全摘術を実施する際,子宮と膀胱との癒着が強い場合には,事後的に縫合することを予定していったん膀胱を開口することも不合理であるとまでは認められない。証人Fは,一般的には意図的に膀胱を傷付けることはない旨証言するが(同人証人調書27ないし28頁),一方,癌などで,はがせないときには,最初から膀胱の一部を切除するということもあり得る旨を証言しているところであって(同27頁),結局のところ,膀胱と子宮の癒着の程度いかんによって手術の実施方法が異なる旨を証言しているものと解される。 他に,上記認定を覆すに足りる証拠が存しない以上,H医師の注意義務違反に係る原告らの主張を採用することはできない。 2本件縫合術における被告病院医師の注意義務違反について (1)原告らは,G医師には,本件縫合術を実施した際に,別紙争点整理表1頁の「縫合の際の手技上の過失」及び同表2頁の「縫合に際し急速吸収性合成糸を選択しなかった過失」の各項目についての「原告らの主張」欄記載のとおりの注意義務違反があった旨主張する。これに対し,被告は,上記各項目についての「被告の主張」欄記載のとおり主張する。 (2)前記前提となる事実,乙A3号証,17号証,乙B3号証及び証人Gの証言によると,次の事実が認められる。 アG医師は,本件縫合術を実施するに際し,吸収糸(3-0バイクリル)を使用して,前記のとおり,いわゆる二層縫合をした。 イG医師は,本件縫合術を終了した後,尿道バルンカテーテルから膀胱内に生理的食塩水200mlを注入し,縫合部からの漏出のないことを確認した。 ウG医師は,平成11年8月13日,Dの膀胱内に造影剤200mlを注入して膀胱造影検査を実施し,造影剤が膀胱外に漏出していないことを確認した。 (3)原告らの主張するG医師の注意義務違反について検討する。 ア原告らは,G医師は膀胱壁の縫合を粗暴にかつ慎重を欠いて行った旨主張する。 しかし,上記主張を認めるに足りる証拠は存しない。 イ原告らは,上記(2)ウの膀胱造影検査について,(ア)前方と側方からの撮影が行われたのみであること,(イ)造影剤の注入量200mlは少量過ぎることによると,上記検査の結果から膀胱膣ろうの存在を否定することはできない旨主張する。 (ア)甲A1号証の1,B4号証及び証人Fの証言によると,(a)膀胱造影検査における撮影体位は前後方向が基本であるが,体位を変換して撮影する方法も行われること,(b)L病院において膀胱造影検査を実施した際,Dに立位を採らせたところ,尿の漏出が認められたことを認定することができる。 しかし,上記のとおり,撮影体位は前後方向が基本とされているところ,G医師は,本件においては,前方と側方からの撮影で十分であると判断していたというのであり(同人の証人調書29頁),上記のL病院において立位を採らせたこと等から,直ちにG医師の上記判断が不適切なものであると評価するには足りない。 (イ)乙A2,17号証,証人Gの証言によると,(a)G医師は,平成11年8月13日に膀胱造影検査を実施した際,Dに造影剤を注入すると140mlで同人が尿意を感じ,我慢できる最大の量が200mlであったこと,(b)G医師は,縫合部からの漏れの有無を調べる際,通常150ないし200mlの造影剤を注入することにしており,Dに対しても200mlを注入したことが認められる。 確かに,甲A1号証の1及び証人Fの証言によると,L病院において平成13年8月24日に実施された膀胱造影検査では400ml注入されていることが認められる。しかし,同証人は,被告病院における上記の検査が手術後に実施されたものであることによると,被告病院における200mlの注入は十分な量であると考えられる旨証言している(同人の証人調書4ないし5頁)。これに,膀胱造影では,尿路造影剤を希釈して,通常100ないし200ml注入する旨を指摘する文献(甲B4号証)が存することに照らすと,原告らの主張を採用することはできない。 ウ原告らは,G医師は,本件縫合術を実施するに際し,(ア)非吸収糸を使用したこと,(イ)急速吸収性合成糸を選択しなかったことに注意義務違反がある旨主張する。 (ア)G医師が,本件縫合術を実施するに際し,吸収糸(3-0バイクリル)を使用したことは,前記認定のとおりであり,この認定を覆すに足りる証拠は存しない。 (イ)膀胱を縫合する際の縫合糸の選択に関し,証人Fは,急速吸収性のバイクリルラピッドは縫合した壁が十分に付かない状態で溶けてしまうおそれがあるので,通常は普通のバイクリル糸を使う旨証言している(同人の証人調書11頁)。この証言に照らして検討すると,他に本件縫合術を実施する際に急速吸収性合成糸を選択すべきであったことを認めるに足りる証拠の存しない以上,原告らの主張を採用することはできない。 3本件子宮全摘術後,Dが被告病院に通院している間に,被告病院医師が膀胱膣ろう等を疑って鑑別診断をしなかった注意義務違反について (1)原告らは,被告病院医師には,別紙争点整理表2頁の「本件手術後の通院期間中に膀胱膣ろう等を疑って鑑別診断をしなかった過失」の項目についての「原告らの主張」欄記載のとおりの注意義務違反があった旨主張する。これに対し,被告は,上記項目についての「被告の主張」欄記載のとおり主張する。 (2)Dに膀胱膣ろうの発生した機序及び時期について ア膀胱膣ろうの発生した機序について 前記前提となる事実,甲A1号証の1,証人Fの証言及び弁論の全趣旨によると,平成13年11月2日にL病院において膀胱膣ろう閉鎖術が実施された際,膣円蓋部に以前行われた手術の残糸にからまった約8㎜の大きさの結石があり,その結石が認められた部分にろう孔が存しており,ろう孔の周囲には瘢痕組織が形成されていたこと,上記の結石は尿の感染によって起こる感染性の尿路結石であったことが認められる。このろう孔と瘢痕組織との関係については,ろう孔ができ,炎症が進んで組織が瘢痕化したという機序も考えられないではないが(証人Fの証人調書30頁),Dの場合,感染した尿によって炎症が起こり,それがもとになって組織が瘢痕化して非常に硬くなり,裂けてろう孔ができるとともに,結石が形成されたものと解される(証人Fの証人調書14ないし15頁,30頁)。 なお,L病院に対する調査嘱託の結果によると,上記の残糸については,黒色又は紺色であり,ナイロン糸ではなかったことは確かであるが,絹糸であるか吸収糸であるかは分からないことが認められる。そして,Dは,昭和55年8月及び昭和59年8月の分娩については,帝王切開術によっているところ(乙A2号証及び弁論の全趣旨),医療法人M及びN病院に対する各調査嘱託の結果によると,上記の帝王切開に際して使用された縫合糸の材質等を特定することはできないことが認められる。また,本件縫合術で使用された吸収糸は,吸収期間が56日から70日のものとして製造されており(乙B3号証),証人Fの証言によると(同人の証人調書11ないし12頁),この吸収糸が約2年間残ることも全くないわけではないが,これを利用する医師は,だいたい1か月で完全に溶けるものと考えていることが認められる。上記に検討したところによると,上記残糸が,上記の帝王切開に際して使用された縫合糸と,本件縫合術に際して使用された吸収糸のいずれであるかを特定することは困難であるといわざるを得ない。 イ膀胱膣ろうが発生した時期について (ア)上記のとおり,ろう孔部分には,約8㎜の大きさの尿路結石が存したが,証人F(同人の証人調書10頁)及び同G(同人の証人調書22頁)の各証言によると,尿路結石は数箇月で上記の大きさになることもあれば,数年かかる場合もあり,尿路結石が上記の大きさになるための所要時間を一概にいうことはできないことが認められる。したがって,上記の結石の大きさから,膀胱膣ろうの発生した時期を推認することはできない。 (イ)そして,以下に検討したところを総合すると,Dには,平成11年9月27日ころ,膀胱膣ろうが生じていたものと解するのが相当である。 a前記のとおり,平成11年8月13日の膀胱造影検査の際,造影剤が膀胱外に漏出していないことが確認されており,同日から同月24日に被告病院を退院するまでの間,Dが尿漏れを訴えたことはなかった(乙A2号証42頁)。 b別紙診療録記載一覧表記載のとおり,Dは,G医師に対し,平成11年9月27日に,「4,5日前からしらずに漏れていることがある」と,尿漏れについて初めて訴え,その後も,被告病院に通院して医師の診察を受けた都度,尿漏れのあることを訴えている。同記載のとおり,平成12年11月24日には,以前ほどは漏れない旨を述べているが,前記前提となる事実のとおり,膀胱膣ろうの症状としての膣から尿が漏れる程度については,体位の変換時のみ少量漏れるものもあることに照らすと,尿漏れの少ない時期があったことから直ちに膀胱膣ろうが存したことを否定するのは相当でない。 なお,別紙診療録記載一覧表記載のとおり,平成11年9月27日,G医師は,DIP(経静脈的尿路撮影)を実施し,膀胱から尿路外への溢流が認められないと判断している(乙A17号証3頁)。しかし,上記検査は,尿道造影剤を静脈から注射して腎臓から膀胱までの尿路を写し出す検査であって(証人Gの証人調書13頁),直接的には膀胱からの漏れの存否を検査するものではないことが明らかであり,ろう孔の位置及び大きさによっては,上記検査結果から,膀胱膣ろうによる尿漏れの存否を的確に判断することはできないものと解される。 cG医師は,Dの尿漏れは切迫性の尿失禁と腹圧性の尿失禁とが合併しているものと判断した(証人Gの証人調書22頁,31頁)。しかし,同医師がその根拠としたのは,(a)手術後,膀胱が敏感になっていてその影響ではないかと思ったこと(同調書14ないし15頁,30頁),(b)Dの年齢になると腹圧性の尿失禁もよく見られること(同調書32頁)に尽きるものであることがうかがわれる。そして,同医師は,切迫性及び腹圧性の尿失禁が合併していると考えたことから,尿失禁の原因について鑑別しようとしておらず(同調書31頁),尿失禁の重症度や通院を継続していたDに対する治療効果の程度などを検討するための客観的な検査を全くしていない(同調書32ないし33頁)。また,同医師は,Dが自ら膣から漏れている旨を訴えない以上,膀胱膣ろうである可能性を検討しようともしなかったことがうかがわれる(乙A17号証3頁,同人の証人調書15頁,42ないし43頁)。上記によると,G医師が切迫性の尿失禁と腹圧性の尿失禁とが合併しているものと判断していたことをもって,Dが膀胱膣ろうではなかったものということはできない。 (ウ)被告の主張について a被告は,平成11年11月15日に経膣エコー検査が実施され,この際,膀胱に軽度尿貯留が認められたものの,断端部後面には貯留液は見られないことによると,同日時点までは,後腹膜腔などに漏出液が貯留していないので,それ以前に膣ろうが生じていたものとは考え難い旨主張する。 しかし,乙A17号証(3頁のd)によると,上記エコー検査によって,後腹膜腔などに漏出液が貯留していればその存在を診断することができるものの,膀胱からの漏れの確認をすることはできないことが認められる。したがって,被告の上記主張を採用することはできない。 b被告は,回顧的に検討してみると,平成13年5月ころから膀胱膣ろうが生じたものと解される旨主張する。その理由として主張するところは,Dの主訴の経過をみると,そのころからの主訴はそれまでのものと質的に異なっていると思われるということにある。 しかし,乙A17号証及び証人Gの証言によっても,平成13年5月ころからの主訴が以前と比べて質的に異なったものになっていることを的確に認定することはできず,上記被告の主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。 (3)被告病院医師の注意義務違反について ア上記のとおり,Dには平成11年9月27日ころ,膀胱膣ろうが生じていたものと解される。ところが,別紙診療録記載一覧表記載のとおり,Dは,同日以降,被告病院泌尿器科への通院を継続し,尿漏れを訴えていたにもかかわらず,同科のG医師らは,平成13年7月に膀胱膣ろうを疑い,膀胱鏡検査を実施することを決定するに至るまで,尿漏れの原因を鑑別するための検査を全くしていないのである。 そして,以下に検討するところによると,G医師らには,Dに対して適切な問診をすることを怠り,膀胱膣ろうを疑って尿漏れの原因についての鑑別診断をしなかった点に注意義務違反があったものというべきである。 (ア)上記(2)イ(イ)cのとおり,G医師は,Dが自ら膣から漏れている旨を訴えていなかったことから膀胱膣ろうである可能性を検討しなかったことがうかがわれる。 ところで,尿失禁を訴える患者に対する問診においては,ポイントを的確に押さえ,丁寧に聞き出すべきであり,女性の場合には自分から言い出しにくいことが多いので,医師側から問いかけるように試み,きっかけをつかむべき旨が指摘されているところ(甲B9号証31頁),DがL病院の医師に対し,被告病院医師はあまり訴えを聞いてくれなかった旨の発言をしていた(証人Fの証人調書21頁)ことに照らすと,G医師らは,Dに対してその尿漏れの状況につき十分な問診をしていなかったものと解される。 (イ)尿失禁の鑑別診断に関しては,詳細な問診をした上,できるだけ正確に失禁の鑑別診断を行うべきものとされている(甲B9号証31頁)。そして,証人Fは,尿漏れを訴える患者に対しては,(a)まず膀胱造影をして漏れの程度を知り,膀胱を診る,(b)特に腹圧性尿失禁の場合には膀胱造影をする,(c)膀胱造影によって漏れが見られたら,膀胱鏡検査をする旨証言している(同人証人調書21ないし24頁)。 これらと対比して検討すると,上記のとおり,G医師は,腹圧性と切迫性との合併した尿失禁であると判断したというものの,同医師が平成13年7月に至るまで,尿失禁の原因の鑑別のための検査及び膀胱造影を全くしておらず,尿漏れの量を客観的に計測することすらしていないことは理解し難いものであるといわざるを得ない。 (ウ)G医師の述べるところによると,同医師は,本件縫合術に際し,縫合をきちんとしたので,本件子宮全摘術の際の膀胱損傷を原因とする膣ろうは生じないと判断していたことから(同人の証人調書39頁),Dが外来で通院した当初,手術によって生じた傷の辺りが落ち着いていなくて,膀胱が敏感になったことに関連した尿失禁ではないかと思い(同31頁),また,Dの年齢からすれば,腹圧性の尿失禁もよく見られるので(同32頁),Dに対して十分に問診せず,検査をしようとすることもなく,切迫性及び腹圧性の尿失禁であろうという判断を再検討する機会を持たずに薬の投与のみによる対処に終始したことがうかがわれる。 4被告病院医師の注意義務違反行為と原告らの主張する損害との因果関係について (1)上記に認定したところに弁論の全趣旨を考え併せると,被告病院医師の上記3の注意義務違反がなければ,Dについては膀胱造影,膀胱鏡検査が実施された後,膀胱膣ろうが発見され,速やかに膀胱膣ろう閉鎖術が実施されたものと考えられる。そして,その場合には,Dの尿漏れは,治癒したか,又は相当程度軽い症状で済んでいたものと推認される。 (2)死亡との因果関係について ア原告らは,被告病院医師らの注意義務違反行為とDが自殺するに至ったこととの間には相当因果関係がある旨主張する。 イ医師の患者に対する診療の際における注意義務違反行為と患者の自殺との間に相当因果関係が存するというためには,上記注意義務違反行為によって生じた事態に通常の患者が置かれた場合,自殺するに至る蓋然性が高度に存することを要するものと解される。 (ア)DがL病院において自己導尿法の指導を受けた平成14年2月18日から同年7月29日までの経緯については,甲A1号証の1,2号証,原告Aの本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると,次のとおりであることが認められる。 a平成14年2月18日,Dは,膀胱壁をこれ以上菲薄化させないという目的で,1日4回(朝,昼,夕,就寝前),自己導尿法を施行することとなり,その指導を受けた。 b同年3月4日ころには,自己導尿を円滑にできるようになった。 c同年3月18日,自己導尿は朝と就寝前のみとされた。 d同年4月1日,膣のみからでなく,尿道からの漏れもかなりあり,膀胱の機能障害も存在することが判明した。 e同年5月20日以降,尿パットへの漏れが悪化し,1週間のうち,二晩か三晩はベッドまでぬれるようになった。 f同年7月12日,更に尿漏れが増し,Dは,診察を受ける気持ちにならないということをL病院の医師に述べた。 g同年7月29日,夜間,パットを交換しないと,シーツまでぬれるようになった。 (イ)上記の経過に,甲A2号証,原告Aの本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると,Dは,尿失禁が続くことによって大きな精神的衝撃を受け,カテーテルを利用する自己導尿による生活上の制約に苦しんでいたことが認められる。 (ウ)しかし,証人Fの証言及び弁論の全趣旨によると,(a)尿失禁は,括約筋が緩むことによっても見られる症状であり,中高年女性に多く見られるが,通常,家族等の支えによって社会生活を営んでいること,(b)カテーテルを尿道に入れて導尿することについては,自分でうまく膀胱を縮めることができなくなった患者の相当数の者が日常的にしていることであり,自分で定期的にカテーテルを入れて抜くという手技は日常の臨床の中で一般的になっており,(c)女性の方が手技に困難さはあるが,1日に3回か4回程度であるから,ある程度慣れると生活の質は上がることが認められる。 (エ)甲A2号証によると,Dは,平成14年8月26日にL病院の医師から,膀胱膣ろうを完全に治すことはできない旨伝えられたことから,ひどく落ち込んだ様子を見せて,家族に対し,「死ぬことはこわくない。死ぬ覚悟はできている。」などと言っていたが,原告らは,本当に死ぬつもりだとは考えていなかったことが認められる。 (オ)上記に検討したとおり,Dは精神的に大きな衝撃,苦痛を受けていたことが認められるが,自己導尿法によることが必要な状況に置かれた女性の多くは,家族等の支えによって社会生活を営んでいることによると,原告らが,Dを支える態勢を十分に採っていたかどうか疑問であるといわざるを得ない。殊に,Dが自殺する前日に,死ぬ覚悟はできている旨を述べていたことに対し,原告らがDを励まし,支える姿勢を示していたならば,Dが自殺を選択するまでのことはなかったのではないかと考えられる。 以上によれば,被告病院医師の注意義務違反行為とDの死亡との間に相当因果関係があるものと解することはできない。 (2)後遺障害による損害について ア原告らは,Dのろう孔残存による障害については,平成13年4月30日に症状固定したものとして,後遺障害に基づく損害を賠償すべきである旨主張する。 イ上記のとおり,Dは,平成14年8月26日にL病院の医師から,膀胱膣ろうを完全に治すことはできない旨伝えられたのであるが,いまだ確定的診断を受けたと認めるには足りず,他に本件において,Dが後遺障害による損害の賠償を求めることができる程度に症状が固定していたものと認定するに足りる証拠は存しない。したがって,原告らの主張を採用することはできない。 (3)Dの慰謝料について 以上に検討したところによると,被告病院医師の上記注意義務違反行為は,Dに対する不法行為に当たるものであり,Dが平成11年9月から平成13年7月まで,被告病院泌尿器科に通院を続けてG医師らの診察を受けたが,十分な問診及び的確な検査を受けることなく,膀胱膣ろうを原因とする尿漏れに苦しみ続けたこと,L病院において膣ろう閉鎖術を受けたが,尿漏れの症状は治癒せず,カテーテルを利用した自己導尿をすることになり生活上の大きな制約を受けることになったこと等の本件における諸事情を総合して考えると,Dの被った精神的苦痛に対する慰謝料として300万円が相当であると認められる。 (4)弁護士費用 本件における被告病院医師の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として30万円を認めることができ,これについては,原告らの主張のとおり,原告Aの損害として認める。 (5)上記のとおりであり,Dの被告に対する損害賠償請求権につき,原告Aは150万円,原告B及び原告Cはそれぞれ75万円を相続したものであり,更に原告Aについては弁護士費用30万円を損害として認めることができる。そして,これらに対する遅延損害金については,原告らの請求する平成13年4月30日を起算日とすることを認めるのが相当である。 5以上のとおりであって,原告らの被告に対する本件請求は,不法行為に基づく損害賠償請求として,原告Aは180万円,原告B及び原告Cはそれぞれ75万円並びにこれらに対する平成13年4月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し,その余については理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条,65条を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用し,仮執行の免脱宣言は相当でないから付さないこととし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部 裁判長裁判官佐久間邦夫 裁判官倉澤守春 裁判官横山真通

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