H17.10.12 甲府地方裁判所 平成15年(ワ)第438号 交通事故による損害賠償請求

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判   決 主   文 1 被告は原告に対し1240万円とこれに対する平成12年3月9日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。 2 原告のそのほかの請求を棄却する。 3 訴訟費用は3分の2を原告の3分の1を被告の負担とする。 4 この判決は第1項にかぎり仮執行をすることができる。 事実および理由 第1 請求  被告は原告に対し3357万0674円とこれに対する平成12年3月9日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要  1 基本的事実関係(当事者間に争いがないか,かっこ内の証拠により認める)  (1) 交通事故の発生  原告(昭和44年4月生まれの女性。当時30歳)は以下の交通事故にあった。   発生日時  平成12年3月9日   発生場所  山梨県○○郡○○番地路上   事故概略  被告の運転する普通乗用自動車が原告の運転する普通乗用自動車に追突した。  (2) 責任原因  被告は民法709条と自動車損害賠償保障法3条に基づき原告に生じた損害を賠償する義務がある。  (3)「損害賠償に関する承諾書(免責証書)」とこれに基づく支払い  被告は梨北農業協同組合の自動車共済に加入していた。原告は,本件事故につき梨北農協の職員と話しあったうえ,同農協から送付された「損害賠償に関する承諾書(免責証書)」(以下「本件承諾書」という)に署名押印し(乙1),平成12年3月30日,郵送でこれを送り返した(乙8)。梨北農協に配達されたのは翌31日である(乙8)。  本件承諾書の内容は概要以下のとおりである。 本件事故につき私(原告)が被ったいっさいの損害に対する賠償金として,被告・梨北農協より14万7460円を受領の後は,その余の損害賠償請求権を放棄するとともに,上記金額以外になんらの債権・債務のないことを確認し,被告・梨北農協に対して今後裁判上・裁判外を問わずなんら異議の申立て,請求および訴えの提起等をいたしません。  梨北農協は,同年4月21日,本件承諾書に基づき,同書に記載された原告名義の銀行預金口座に14万7460円を送金した。  (4) 後遺症等級認定  損害保険料率算出機構は,平成15年8月12日,本件事故による原告の後遺症が自賠責保険の後遺障害等級第14級第10号に該当すると判断した(甲14。以下「本件等級認定」という)。その理由は以下のとおりである。    「頚椎部の運動障害については,提出の画像上,頚椎に可動域制限を生じるような脱臼,骨折等の器質的変化は認められないことから,脊柱の運動障害として認定することは困難なものの,頚椎捻挫後の頚部,後頭部,背部の疼痛等の症状については,症状を裏付ける有意な他覚的所見に乏しいものの,画像上,変性が認められており,症状経過,治療経過等も勘案すれば,症状の将来に亘る残存は否定し難いことから,『局部に神経症状を残すもの』として第14級10号に該当するものと判断します」。  2 争点  (1) 傷害とその治療 【原告の主張】  本件事故により原告は頚椎捻挫,外傷性頚腕症候群,外傷性頚部椎間板ヘルニア等の傷害を負い,以下のとおり入通院をして治療を受けた。  ア 市立O病院整形外科   平成12年3月10日~5月12日      通院(実日数14日)   平成12年5月16日~6月5日      入院(21日)   平成12年6月6日~平成14年3月27日  通院(実日数371日)  イ 市立O病院神経内科   平成14年1月23日~3月15日      通院(実日数3日)  ウ S中央病院整形外科   平成12年4月27日           通院(1日)  エ S中央病院東洋医学科(鍼灸治療)   平成13年12月20日~平成14年3月27日 通院(実日数8日)  オ T鍼灸院(鍼灸治療)   平成12年               通院(実日数5日)   平成13年               通院(実日数6日)  カ H(整体治療)   平成12年6月21日~平成13年6月21日  通院(複数回)  キ M総合病院   平成14年4月3日~平成15年3月日  通院(実日数51日) 【被告の主張】  本件事故により原告が負傷したことは否認する。かりに負傷したとしても,きわめて軽い頚部等の挫傷程度であり,2~3日の経過観察で足りる。原告の愁訴は交通事故を契機に心因性反応がはたらいた心因性愁訴である。  (2) 後遺症 【原告の主張】  原告は平成15年3月10日に症状固定となった。後遺症の内容は,後頭部,頚部,背部痛および左上肢痛,疲労感,脱力感であり,本件等級認定のとおり自賠責等級第14級第10号に該当する。  もっとも,本件等級認定ではX-P上の頚椎角状後弯は考慮されているがMRI上の頚椎椎間板ヘルニアの他覚所見(C3/4,C5/6に頚椎椎間板の突出が見られる)が考慮されていない。原告に頚部痛等の既往症はないから,頚椎椎間板ヘルニアという症状を適正に判断し,他覚所見が十分存在するものと考え,「局部に頑固な神経症状を残すもの」として第12級第12号を認定すべき事案である。そして,上記のような画像所見によれば,たんなる自覚症状だけのむち打症とは異なり,他覚所見が存在し,頚椎椎間板ヘルニア等を手術しなければ基本的には消失しないものだから,この後遺症は永続性である。 【被告の主張】  原告に後遺症が残ったことは否認する。かりに傷害を負ったのであるとしても,その程度からして後遺症は発生しない。  (3) 損害額 【原告の主張】  原告に生じた損害の計算は以下のとおりである。よって原告は被告に対し下記セの請求額3357万0674円とこれに対する本件事故の日である平成12年3月9日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求める。  ア 治療費         266万4136円  イ 入院雑費          3万1500円  ウ 治療具代            3045円  エ 診断書代          1万7270円  オ 交通事故証明書代        3000円  カ 高速道路代金       30万4500円 原告は自宅のP市から勤務先のO市までの通勤に自動車を利用し,本件事故以前は一般道路を使用していたが,本件事故による頚部痛などのため長時間の運転ができず,高速道路を利用せざるをえなかった。  キ 住居費用         42万7622円 高速道路を利用しても片道40~50分かかるため,原告は,平成12年11月から平成14年3月まで,P市の自宅を離れ,O市内の勤務先の寮を借りて通勤した。  ク 休業損害         30万0490円 入院期間を含めて40日間欠勤し,30万0490円の減給となった。  ケ 後遺症逸失利益    2563万5900円  コ 傷害慰謝料       329万円  サ 後遺症慰謝料      300万円  シ 損害の填補  ▲ 515万6789円  ス 弁護士費用 305万円  セ 請求額        3357万0674円  (4) 示談 【被告の主張】  本件事故後,梨北農協職員と原告の間で示談交渉が行われた。同農協職員のAは,平成12年3月27日,原告と電話で交渉し,物損4万7460円に事故に対するおわび料10万円を加えた14万7460円で示談することを合意した。そこでAは本件承諾書を原告に郵送し,原告はこれに署名押印して返送した。  3月31日,原告からAに電話があり,本件承諾書を撤回したいとの話があったが,Aは「本件承諾書の撤回を認めるかどうかは,上司と相談してみなければなりません。あとでご連絡いたします」と答えた。Aは,4月3日,示談の撤回には応じられないことを電話で原告に伝え,そのうえで梨北農協は4月21日に示談金14万7460円を原告に支払った。  以上のとおり,Aは原告による撤回に応じておらず,本件承諾書により原告と被告の間で示談が成立しているので,原告の本件請求は認められない。 【原告の主張】  ア 示談の成立は否認する。  原告は,平成12年3月の9日,10日,11日,13日に梨北農協のAと電話で話をした。3月13日の電話の際,Aに「1週間をすぎると人身事故のあつかいにはならないので,示談をしたほうがいい」と言われ,10日に市立O病院を受診したときには強い傷害が生じていないと思われたので,示談に応じることにした。  原告は,30日に本件承諾書を投函した後,後頭部頚部痛を感じ,31日に市立O病院を受診したところ,強いむち打ち症状と言われた。原告は本件承諾書を撤回しようと思い,同日,梨北農協のAに電話すると,本件承諾書はまだAのもとにとどいていないとのことであった。原告が撤回を求めると,Aは事情を理解し,撤回に応じた。  イ かりに示談が成立しているとしても,原告が本件承諾書を投函したのは本件事故による症状が出現する前であるから,示談締結当時予測されなかった拡大損害が生じたものといえ,本件請求に示談の効力は及ばない。  なお,原告に支払われた14万7460円のうち4万7460円は物損分であって本件請求とは関係がない。残りの10万円は争点(3)に関する原告の主張シの損害の補に含まれている。 第3 争点に対する判断  1 争点(1)(傷害とその治療)について  (1) 認定事実  証拠(かっこ内のものと甲25,26,28,36,37,乙4,原告,被告)により以下の事実を認める。  ア 事故直後の状況と症状の悪化(甲3,4の1,5の1,乙2,3)  原告は眼科医であり,平成12年3月当時は市立O病院に勤務していたが,山梨医科大学附属病院でも診療を担当していた。本件事故は山梨医大附属病院に通勤する途中のできごとであった。  平成12年3月9日の事故直後,原告と被告はともに自動車を降りて会話を交わした。物損は両者とも比較的軽いものであった。原告はさほどの痛みは感じず,通勤を急いでいたので,警察へ届出をすることなくそのまま現場を立ち去った。当日は通常どおり勤務した。翌10日,原告は市立O病院整形外科を受診し,検査を受けた。頚椎捻挫との診断だったが,頚部に多少の違和感や張り感がある程度だった。  原告の症状はそれ以上悪化することなく推移したので,梨北農協の担当者から示談を求められたこともあって,原告は示談をしようと考えた。3月30日に起床したとき,原告はそれまで感じたことのない頚部・背部の強い硬直感と痛み,吐き気をおぼえたが,深く考えず,用意していた本件承諾書を投函した。しかし,心配になったので,職場の同僚に相談するなどして,翌31日に市立O病院整形外科を受診したところ,強いむち打症と診断された。以後原告は後頭部,頚部,背部痛や左上肢痛などに悩まされ,継続して治療を受けることになった。  イ 入通院経過  原告の入通院経過は争点(1)に関する原告の主張欄に摘示したとおりである(甲4の1~17,5の1~10,6の1~29,7の1~4,8の1~10,9の1~6,10の1・2,11の1・2,12)。すなわち,原告は,平成12年3月10日から平成14年3月27日まではおもに市立O病院の整形外科で治療を受け,転勤にともない,平成14年4月3日から平成15年3月10日まではおもにM総合病院で治療を受けた。その間,医師の指示ないし紹介により鍼灸治療を受け(S中央病院東洋医学科,T鍼灸院),また整体治療も受けた(H)。  市立O病院整形外科とM総合病院での治療経過をまとめると次のとおりである。 市立O病院整形外科  入院日数21日,通院期間24か月(実通院日数385日) M総合病院  通院期間11か月(実通院日数51日)  ウ 診断書等とその記載  原告の症状について医師が作成した診断書等とその内容は以下のとおりである。  i 市立O病院(甲4の1~6,8~15)  市立O病院医師(整形外科,神経内科)が作成した診断書によれば,原告の傷病名は,頚椎捻挫,外傷性頚腕症候群,外傷性脊髄根症,筋緊張性頭痛などとなっている。  その記載内容をみると,平成12年4月24日,頚椎MRI上C3/4,C5/6間の軽度椎間板ヘルニアが認められ,また,頚椎単純X線上左C4の頚間孔の狭小化が認められたとされている。  ii M総合病院(甲4の16)  M総合病院のB医師は,地方公務員災害補償基金長野県支部長からの照会に対し,平成15年7月17日付けで次のように回答している。すなわち,傷病名は外傷性頚部症候群であり,X-P上頚椎の角状後弯が認められる(MRIは同病院では撮影していない)とし,原告の外傷性頚部症候群は,追突事故により頚椎に非接触性の急激な力が作用したために生じたとしている。  B医師は,さらに,平成16年5月6日付けと平成17年1月19日付けの意見書(甲30,31)において次のように記述している。   【原告の症状が受傷後期間が経過した後に出現したことについて】  一般的には事故当日の症状は軽度か無症状が多く,翌日から1週間の間に出現する場合が多いが,1週間以後に出現する場合もある。2~4週間のうちに症状の慢性化や悪化がみられることがあり,いわゆるバレリュー症状の出現がある。 【原告の現在の症状】  頚椎捻挫(外傷性頚部症候群)のバレリュー症状型である。頚椎捻挫は自覚的なものが主であり,原告の症状も自覚症状は多様であるが他覚症状は乏しい。 【症状の今後の継続について】  不明。 【画像所見】  M総合病院の平成15年3月10日のX-Pの所見は以下のとおりである。  側面像:頚椎角状後弯ー外傷性頚部症候群でみられるが病的意義は不明。C5/6椎間腔の軽度狭小化ー椎間板変性を示唆。  斜位像:C3/4左椎間孔がルシュカ関節の骨棘により狭小化している。もしも神経根症が生じているとすれば左項部痛が生じる。 【MRI上みられたC3/4,C5/6の椎間板ヘルニアについて】  C3/4,C5/6の椎間板ヘルニアだけでは頭痛(後頭部痛),眼精疲労,耳なりなどの原告にみられるバレリュー症状は説明できない。ただしバレリュー症候群にC4,C5,C6のルシュカ関節の骨棘を認めることが多いことからC3/4のルシュカ関節の骨棘による頚椎症性神経根症ならば症状が一致する可能性がある。椎間板ヘルニアあるいは頚椎症性神経根症のいずれにしてもこれが症状の原因かどうかは椎間板造影,神経根造影,脊髄造影を行わなければ確定しない。  頚椎症や椎間板変性は加齢にともない頻度が増し,無症候性で存在するので,既存のものか外傷により生じたものかどうかを判断することは困難のようである。  外傷性頚部症候群に胸郭出口症候群を併発した可能性もあるが,確定診断ではない。 エ 自賠責保険金の支払いと地方公務員災害補償法に基づく支給  原告は,被告が加入していた自賠責保険会社に対して被害者請求をし,平成12年8月11日に傷害分として120万円の,平成15年9月4日に後遺症分として75万円の各自賠責保険金の支払いを受けた(甲27)。  地方公務員災害補償基金長野県支部長は,本件事故に関し,原告は通勤により負傷し後遺症を負ったと認定した。そして,療養補償給付の支給決定をして平成16年2月26日に合計151万4261円を支給し(弁論の全趣旨),障害補償一時金の支給決定をして平成17年4月15日に159万2528円を支給した(甲39)。  (2) 判断  上記の事実関係および医師の意見を総合すれば,本件事故により原告に頚椎捻挫ないし外傷性頚部症候群の傷害が生じ,そのために上記(1)イのとおり入通院治療を受ける必要が生じたことを優に認めることができる。  C医師(現在どこの医療機関に所属しているのかは不明)が作成した意見書(乙5の1)には,本件事故によってかりに原告に傷害が生じたとしてもきわめて軽い頚部等の挫傷程度であるとの記述があり,その裏づけと思われる文献(乙5の2・3)がこの意見書に添付されているが,上記事実関係や医師の意見に照らし,この意見書の内容には説得力がなくとうてい採用することができない。  したがって,原告は本件事故により頚椎捻挫ないし外傷性頚部症候群の傷害を負ったことが認められ,かつ,その治療のために上記(1)イのとおり入通院をしたこと,この入通院は治療として相当であることを認めることができる。  2 争点(2)(後遺症)について  上記1の(1)で認定した事実関係と医師の意見に加え,M総合病院のB医師が作成した後遺障害診断書(甲13)によれば,原告の症状が固定したのは平成15年3月10日であり,後遺症として頚部痛,後頭部痛,眼精疲労,眼科医として手術をしようとする際の左手の振戦などの症状が存在することが認められる。そして,これらをふまえると,本件等級認定は正当であり,原告の後遺症は自賠責等級第14級第10号(平成16年政令第315号による改正前の自動車損害賠償保障法施行令別表第2)の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると判断することができる。もっとも,本件等級認定は「頚椎捻挫後の頚部,後頭部,背部の疼痛等の症状」としか述べておらず,手術時の左手の振戦が後遺症にあたることを明確にしていない。しかし,原告の 症状の経過や医師の意見,とくにM総合病院のB医師の意見(甲30,31)によれば,手術時の左手の振戦も後遺症に含まれると判断することができる。  原告は,原告の後遺症は自賠責等級第12級第12号(同上)の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当すると主張する。しかし,原告の症状についてもっともくわしい意見を述べるM総合病院のB医師の意見は上記1の(1)ウのとおりであり,これによると,原告の症状を説明する明確な他覚的所見が存在するとはいいがたい。さらに,本件等級認定の理由や,地方公務員災害補償基金長野県支部長の障害補償等一時金等支給決定の理由(甲39)を勘案すると,結局のところ,原告の身体に他覚的所見がないわけではないが,その症状と直接に関係する他覚的所見が存在するとはいえないと判断せざるをえない。ほかに,第12級第12号に該当することを根拠づける証拠もない。原告の主張は採用することができない。  したがって,原告の後遺症は自賠責等級第14級,症状固定日は平成15年3月10日である。  3 争点(3)(損害額)について  (1) 治療関係費 271万5951円  ア 治療費                   266万4136円  証拠(甲5の1~10,6の1~29,7の1~4,8の1~10,9の1~6,10の1・2,11の1・2,12)により認める。  イ 入院雑費                    3万1500円  1日あたり1500円とする。入院日数は21日だから合計3万1500円である。  ウ 治療具代                      3045円  証拠(甲15)により認める。  エ 診断書代     1万7270円  証拠(甲16の1~6)により認める。    (2) 交通事故証明書代        3000円  証拠(甲17)により認める。  (3) 高速道路代金       30万4500円  証拠(甲18の1~30,36,原告)によれば,原告は本件事故前,P市内の自宅からO市内の市立O病院まで一般道路を利用して自動車通勤をしていたが,本件事故後は頚部痛などのため長時間の運転ができず,高速道路を利用せざるをえなくなったこと,平成12年6月から平成14年2月までの高速道路代金は合計30万4500円であることが認められる。  この高速道路代金は,本件事故がなければ負担する必要のなかったものであるから,損害にあたる。  (4) 住居費用         42万7622円  証拠(甲19,20の1・2,21の1~8,22,23の1~3,36,原告)によれば,原告は頚部痛などのために自動車通勤も苦痛になり,平成12年11月から平成14年3月まで,市立O病院のすぐ近くの病院の寮を借りて住むことになり,P市内の自宅との二重生活になったこと,その家賃,引越代,エアコン取付代,ガス代,水道代,電気代の合計が42万7622円であることが認められる。  この住居費用も,本件事故がなければ負担する必要のなかったものであるから,損害にあたる。  (5) 休業損害         30万0490円  証拠(甲24,36,原告)によれば,原告は入院のため平成12年5月12日から6月30日までの間に40日の年次有給休暇をとり,付加給30万0490円が減給となったことが認められる。これは休業損害である。  (6) 後遺症逸失利益     905万1139円  ア 逸失利益算定の基礎となる事実  原告の後遺症は前述のとおり自賠責等級第14級である。そのほか,証拠(甲25,29の1~3,34,36,38,40,41,42の1・2,43の1・2,44の1~3,原告)により以下の事実を認める。  a 本件事故の前年である平成11年の原告の年収は1130万8263円であった。  b 原告は現在も頚部痛,後頭部痛,眼精疲労を感じており,眼科医として手術をしようとすると左手の振戦が現れる。本件事故前は,原告は眼科医として数多くの手術をこなしていたが,本件事故後はこの左手の振戦により手術ができなくなった。そのため原告は手術をあきらめ研究職の眼科医に転向せざるをえなくなった。  c 本件事故当時も現在も原告は公務員であり,自賠責等級第14級程度の後遺症があるからといってそれだけで給料が下がることはない。しかし,平成11年の年収には,勤務先である市立O病院から支給される給料のほか,複数の医療機関へアルバイトに行って支給された給料もあった。しかも,これは手術ができる眼科医であることが前提となった収入である。本件事故後,手術ができなくなったため,この前提が崩れ,また,それまでと同様のアルバイト収入を得ることもできなくなった。今後も,研究職であるため,平成11年当時と同様の収入は保証されていない。  d 最近の原告の手取りの給料(アルバイトを含む)は次のとおりであり,平成11年当時の給料と比較すると明らかに低額となっている。 平成17年5月 11万0370円      6月 29万3229円      7月 23万8989円      8月 33万8429円  イ 逸失利益の算定  自賠責等級第14級の後遺症の労働能力喪失率は5%とされている。しかし,上記のような原告の症状,職業,職場環境を考慮すると,原告の場合,5%にとどまらない労働能力が失われているといえる。すなわち,従来,原告が高額の収入を得ることができたのは,手術のできる眼科医だったためである。しかし,本件事故後,後遺症である左手の振戦のために手術ができなくなり,この前提が崩れたため,平成11年当時と同様の収入が得られる保証はなくなった。平成17年5~8月の収入をみると,現実にかなりの収入の減少が生じていることが認められる。そこで,これらの事情を総合的に勘案し,さらに,原告の主張もふまえ,原告の労働能力喪失率は12%とする。  次に,原告の後遺症が外傷性頚部症候群によるものであることに加え,争点において検討した医師の意見をふまえると,原告の現在の症状が永続するかどうかは定かでない。したがって,外傷性頚部症候群の後遺症の場合に一般に行われているように,労働能力喪失期間は一定の期間に限定せざるをえない。原告は,左手の振戦のために手術ができなくなったことは,比較的若年の医師である原告の医師としてのキャリア全体に大きな影響を与えるのであり,労働能力の喪失は永続すると主張する。しかし,現在の症状が消失すれば,医師としての労働能力は十全の状態に回復するといわざるをえないし,現在でも医師として仕事をすること自体には障害がないことを考えあわせると,労働能力の喪失が永続すると認めることはできない。そこで,原告の主 張を最大限勘案して,労働能力喪失期間は10年に限定することにする。10年のライプニッツ係数(年金現価)は7.7217である。  したがって,原告の後遺症逸失利益は次のようにして算定できる。 11,308,263×12%×7.7217≒10,478,281  もっとも,これは症状固定時である平成15年3月10日時点の価値であるから,これをその約3年前の事故時の割引現在価値になおす。3年のライプニッツ係数(現価)は0.8638であるから,次の計算式により,905万1139円が求める金額である。 10,478,281×0.8638≒9,051,139  被告は,平成12年以降の原告の所得は立証されていないから,原告の収入は平成11年当時と変化がないか,増加している可能性もあると主張する。たしかに,原告は平成12年以降の年収を正確に立証しておらず,被告がこのような主張をするのも理解できなくはない。しかし,平成17年5~8月の収入は立証されており,これと,原告の症状や仕事の状況等の事情を総合的に考慮すれば,本件事故の後遺症により手術ができなくなり,収入が大幅に減少し,今後もその影響は残るという原告の主張の根幹部分は正当であると判断することができる。後遺症逸失利益の算定は上記のとおりをもって正当とする。  (7) 傷害慰謝料       153万円  本件事故の態様,原告の傷害の部位,程度,症状,入通院状況などの事情を総合的に考慮し,傷害慰謝料(入通院慰謝料)は153万円とする。  (8) 後遺症慰謝料      210万円  自賠責等級第14級の後遺症の慰謝料は110万円とされる。しかし,後遺症の部位,程度,症状に加え,(6)アで認定した原告特有の事情を考慮すると,原告については後遺症慰謝料を増額する理由があるといえる。そこでこれらの事情を総合的に勘案し,後遺症慰謝料は210万円とする。  (9) 損害の填補  ▲515万6789円  証拠(甲27,39,乙1)と弁論の全趣旨により認める。  (10) 損害残額       1127万5913円  上記(1)~(8)の合計額から(9)の金額を差し引くと1127万5913円である。  (11) 弁護士費用 112万4087円  上記損害残額をおもな基準とし,そのほか,本件事案の内容,審理の経過等の事情を総合的に考慮し,弁護士費用は112万4087円とする。  4 争点(4)(示談)について  (1) 認定事実  基本的事実関係として摘示した事実と証拠(甲36,乙6,証人A,原告)により以下の事実を認める。  ア 本件事故後,梨北農協のAは何度も原告に電話をした。原告から傷害の訴えがとくになかったことから,Aは「事故から1週間をすぎると人身事故のあつかいになりづらくなります」などと述べ,4万7460円という損害額が明確になっている物損について示談を促した。原告がこの金額での示談に応じることを渋ると,Aは別途被告に連絡をとり,上乗せとして10万円を被告に払わせることを決めた。そして,物損4万7460円プラス迷惑料10万円の合計14万7460円ということで原告の了解を得て,署名押印欄が空欄の本件承諾書を原告に郵送した。  イ 原告は,平成12年3月30日の朝,署名押印ずみの梨北農協宛ての本件承諾書を投函した。その日の起床時から頚部等に強い痛みを感じていたのであるが,本件事故からしばらくの間それほど症状が悪化していなかったこともあり,本件事故と痛みとの間に関係があるとは思わなかった。また,交通事故の被害にあったのは初めてだったこともあり,深く考えずに投函したのであった。  ウ しかし,原告は,職場の同僚に相談するなどして不安になり,また症状がおさまらないことから,翌31日に市立O病院整形外科で受診したところ,強いむち打症と言われた。原告は本件事故による症状であると認識し,本件承諾書を撤回したいと考え,31日の夕方,梨北農協のAに電話をした。  エ 原告がAに電話をしたとき,本件承諾書はまだAの手もとにとどいていなかった。原告はそのことを確認した後,Aに対し,本件承諾書を撤回したいと告げた。  (2) 判断  ア 示談契約の成立という観点からみると,梨北農協が署名押印欄空欄の本件承諾書を原告に郵送したのが契約の申込み,原告がこれに署名押印して梨北農協に郵送したのが契約の承諾ということになる。隔地者間の契約は承諾の通知を発したときに成立するから(民法526条1項),原告が本件承諾書を投函した時点で示談契約が成立する。そして,いったん成立した契約については,一方当事者がただ撤回したいと申し出ても認められないのが本則である。  しかし,交通事故の示談契約という特性に加え,上で認定した事実を前提にすると,本件においてこの本則どおりに処理するのは妥当でない。3月31日の時点でも事故時からまだ約3週間しかたっていないのであり,傷害の症状がそのまま発生しないで終わるのか,それともその後発生するのか,その時点では予測できない状況であった。そうであるにもかかわらず,梨北農協のAは,事故後の早い段階から「事故から1週間をすぎると人身事故のあつかいになりづらくなります」などと述べて原告に示談をせかし,さらに被告に自腹を切らせてまで金額を上乗せして原告の了解をとり,本件承諾書を郵送させている。これに対して原告は,初めてのことで慣れておらず,Aと交渉して物損額に上乗せが得られたことからとりあえず満足し,軽い気持ちで, すなわち,いったん本件承諾書を郵送してしまえば人損を含めていっさい損害賠償請求ができなくなるかもしれないということを深く考えずに,本件承諾書を投函したのだと認められる。しかも原告は,投函の翌日に診察を受けて事故と関連のある症状の発生を認識し,ただちに梨北農協のAに電話して本件承諾書の撤回を求めている。原告が撤回を申し出たのには正当な理由があり,かつ撤回を申し出たことに落ち度があるともいえない。そして,原告がAに電話した時点ではまだAの手もとに本件承諾書はとどいていなかったのである。以上の事実関係のもとでは,梨北農協は,信義則上,原告からの撤回の申出を拒むことはできないというべきである。したがって,原告からの撤回により,結局本件承諾書による示談は解消したということができる。  イ かりに上記アの議論が成り立たず,本件承諾書により成立した示談が解消されていないとしても,上記(1)で認定した事実によれば,本件承諾書を投函した際,原告はあくまでも物損のみを想定しており,その後傷害の症状が出現することは想定していなかったといえる。したがって本件承諾書による示談の効力は人損には及ばない(最判昭和43年3月15日民集22巻3号587頁参照)。示談が成立したことをもって被告が本件請求を拒むことはできない。  5 結論  原告は被告に対し民法709条ないし自賠法3条に基づき損害額1240万円とこれに対する事故日である平成12年3月9日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。    甲府地方裁判所民事部  裁判官  倉 地 康 弘

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