H17.10.12 大阪地方裁判所 平成16年(ワ)第12089号 損害賠償請求事件

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主 文 1 被告らは,原告Aに対し,連帯して917万9355円及びこれに対する平成16年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告Bに対し,連帯して220万円及びこれに対する平成16年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,原告Aと被告らとの間においては,これを25分し,その21を原告Aの負担とし,その余を被告らの負担とし,原告Bと被告らとの間においては,これを5分し,その3を原告Bの負担とし,その余を被告らの負担とする。 5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは,原告Aに対し,連帯して5728万7493円及びこれに対する平成12年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告Bに対し,連帯して550万円及びこれに対する平成12年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告Aが,被告医療法人D医院(以下「被告法人」という。)との間で,第1子(以下「本件第1子」という。)出産に関する診療契約を締結したところ,原告Aの診察を担当した医師である被告Cには,原告Aに対し,間接クームステスト及び抗Rh(D)ヒト免疫ガンマグロブリン注射(以下「グロブリン注射」という。)を実施すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った過失又は注意義務違反があるなどと主張して,①原告Aにおいて,被告法人に対しては選択的に債務不履行(民法415条)又は使用者責任(同法715条)に基づき,被告Cに対しては不法行為(同法709条)に基づき,②原告Aの配偶者である原告Bにおいて,被告Cに対しては不法行為(同法709条)に基づき,被告法人に対しては使用者責任(同法715条)に基づき,それぞれ損害賠償金(上記不法行為の日である平成12年10月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)の支払を請求した事案である。 1 争いのない事実等(争いのない事実を除き,認定に用いた証拠はかっこ内に示す。) (1) 当事者 ア 原告Aは,昭和48年9月22日生まれの女性である。  原告Bは,原告Aの配偶者である。 イ 被告法人は,産婦人科医師である被告Cが理事長を務める医療法人であり,堺市内にD医院(以下「被告医院」という。)を開設している。 (2) 原告Aは,被告法人との間で,平成12年9月25日,本件第1子出産に関する診療契約を締結し(以下「本件診療契約」という。),被告Cによる外来診療を受けた。被告Cは,同日,原告Aについて,妊娠5週1日目であり,分娩予定日は平成13年5月27日であると診断した(甲A2)。 原告Aは,平成12年9月25日,被告Cの外来診療を受けるに当たり,産婦人科外来問診表を作成し,同問診表のABO式血液型記入欄にB型である旨記入したが,同問診表のRh(D)式血液型記入欄は空欄とし,また,過去に妊娠したことがない旨記入した。 (3) 原告Aは,同年10月27日,被告医院において,血液検査のため採血を受けた。同検査の結果,原告Aの血液型が,ABO式B型(以下「B型」という。),Rh(D)式マイナス型(以下「Rhマイナス」という。)であることが判明し,同検査の結果は,遅くとも同月31日までに,日本医学臨床検査研究所から被告Cに対して通知された。 被告Cは,上記通知を受けたにもかかわらず,原告Aの血液型がRhマイナスであることを見落とし,以後の診療を実施した。 (4) 原告Aは,同年11月27日,同年12月27日,平成13年1月31日,同年3月2日,同月16日,同年4月4日,同月20日,同年5月2日,同月11日,同月18日,同月19日,被告医院に来院して被告Cによる外来診療を受け,平成12年11月6日,平成13年2月5日及び同年4月24日,電話にて被告Cによる診療を受けた(甲A2)。 上記(3)のとおり,被告Cは,原告Aの血液型がRhマイナスであることを見落としていたため,原告Aに対し,上記各診療の際にも,原告Aの血液型がRhマイナスであることを伝えず,また,原告Aに対する間接クームステストによる抗体価の検査を実施しなかった。 (5) 原告Aは,同年5月23日午後4時20分ころ,本件第1子出産のため被告医院に入院し,同日午後8時11分ころ,本件第1子を出産した。このとき,原告Aは,妊娠39週4日目であり,また,本件第1子には何らの障害もなかった。本件第1子の体重は1984g,血液型はB型・Rh(D)式プラス型(以下「Rhプラス」という。)であった(甲A2)。 (6) 原告A及び本件第1子は,同年6月4日,被告医院を退院し,その後,同月27日及び同年8月31日,被告医院において,被告Cによる診療を受けた(甲A2)。 被告Cは,本件第1子妊娠中から本件第1子分娩後に至るまで,原告Aに対し,グロブリン注射を実施しなかった。 (7) 原告らは,平成15年10月末ころ,原告Aが第2子(以下「本件第2子」という。)を妊娠したことに気付き,同年11月19日,F産婦人科を受診した(甲A1)。 (8) 原告Aは,同年12月3日及び同月24日,F産婦人科において,採血を受けた。同検査の結果,原告Aの血液型がB型・Rhマイナスであり,同月24日当時,間接クームステストによる抗体価が3倍であることが判明した。これらの結果は,同月24日,日本医学臨床検査研究所からF産婦人科に連絡された(甲A1)。 (9) 原告Aは,同月26日,F産婦人科を受診したところ,大阪府立母子保健総合医療センター(以下「母子センター」という。)を紹介され,同日,母子センターを受診した。母子センターにおいては,E医師が原告Aの担当医となった。原告Aは,同日,血液型検査等のため採血を受けた。同検査の結果,同人の血液型はB型・Rhマイナスであり,間接クームステストによる抗体価は2倍であった。E医師は,同日,原告Aを「Rh不適合妊娠の疑い」,妊娠12週2日目と診断した(甲A1)。 (10) 原告Aは,平成16年1月22日,母子センターにおいて人工妊娠中絶術を受け,同日,母子センターを退院した。 (11) 原告Aの間接クームステストによる抗体価は,同年6月14日当時,1024倍まで上昇していた。なお,抗体価が上昇した場合,抗体価が将来減少する可能性はほとんどなく,また,抗体価が1024倍である場合,妊娠は可能であっても,Rh(D)式血液型不適合妊娠であれば,溶血性疾患を起こす危険性が高く,胎内死産等のリスクは高くなる。 2 争点 (1) 被告Cの過失又は注意義務違反 (原告らの主張) 原告Aの血液型はB型・Rhマイナスであり,被告Cは,遅くとも平成12年10月31日までに,原告Aの上記血液型を認識できたのであるから,被告Cとしては,本件第1子を妊娠していた原告Aに対し,同日ころ,間接クームステスト及びグロブリン注射を実施すべき注意義務を負っていたというべきである。ところが,被告Cは,これを怠り,原告Aに対して間接クームステスト及びグロブリン注射を実施しなかったのであるから,この点において被告Cには過失又は注意義務違反があったというべきである。 また,母児間のRh(D)式血液型不適合妊娠があった場合,分娩後72時間以内にグロブリン注射を実施すべきであるところ,被告Cは,これを怠った点において過失又は注意義務違反があったというべきである。 (被告らの主張) 妊娠中にグロブリン注射を行うべきであるとの見解が確立しているわけではなく,これが一般的に行われているものでもないから,被告Cにおいて,原告Aに対し,妊娠中にグロブリン注射を行うべき注意義務はない。 母児間のRh(D)式血液型不適合妊娠があった場合,分娩後72時間以内にグロブリン注射を実施すべきであるところ,被告Cにはこれを怠った点において過失又は注意義務違反があることは認める。 (2) 因果関係 (原告らの主張) 原告らが,E医師から,平成15年12月ころ,Rh(D)式血液型不適合妊娠に関してカウンセリング等を受けた際,E医師は,原告らに対し,抗体価2倍を出産時まで維持することができた場合,本件第2子の出産は可能であり,その場合のリスクは10ないし20%程度である旨を告げた。 さらに,E医師は,原告らに対し,抗体価が出産時までに上昇する可能性があること,抗体価は妊娠20週目以降に上昇することが多いこと,Rh(D)式血液型不適合妊娠の場合,通常の妊娠の場合と比較して,流産,死産のリスクが高くなること,抗体価が高い倍率となった場合に妊娠を継続し出産する場合には,様々なリスクを伴う高度の医療行為を受ける必要があること,仮に無事に出産した場合にも,Rh(D)式血液型不適合妊娠を原因とする重篤な肝障害及び脳障害が残るリスクがあることなどを告げた。 原告らは,E医師から説明されたリスクに耐えるのは困難であると判断し,また,原告Aは,本件第1子の出産経験から,妊娠16週目以降は胎動により胎児の生命を直接的な感覚で知覚できることを知っていたことから,やむを得ず苦渋の決断をして,平成16年1月22日(妊娠16週1日目),本件第2子の人工妊娠中絶術を受けた。原告らがこのような決断を余儀なくされたのは,Rh(D)式血液型不適合妊娠であることを全く知らずに第2子を妊娠したことが大きく影響した。 以上のとおりであるから,被告Cの過失又は注意義務違反と,原告Aが本件第2子の妊娠を人工中絶したこととの間には相当因果関係があるというべきである。 さらに,原告Aは,人工妊娠中絶後に抗体価が1024倍にまで上昇したため,極めて高い確率で流産,死産などが起こることになり,リスクが極めて高い妊娠をせざるを得ない母体になってしまい,今後の出産が事実上不可能となったが,この点についても,被告Cの過失又は注意義務違反との間には相当因果関係があるというべきである。 (被告らの主張) 医学的には,Rh(D)式血液型不適合妊娠の場合,胎児に溶血性疾患が生じる危険があるのは,間接クームステストによる抗体価が32ないし128倍の場合と考えられている。 原告Aの場合,平成15年12月26日当時,間接クームステストによる抗体価が2倍であり,胎児に溶血性疾患が生じる危険性は極めて低かったから,医学的には,本件第2子の人工妊娠中絶術を受ける必要はなかったというべきである。 そうすると,被告Cが,本件第1子分娩後にグロブリン注射を実施することを怠った過失又は注意義務違反と原告Aが本件第2子の妊娠を人工中絶したこととの間には相当因果関係はないというべきである。 E医師は,原告らに対し,仮に,原告Aの抗体価が大幅に増加し,そのために胎児に溶血性疾患が生じた場合のことを説明したにすぎない。このことは,E医師が,「抗体価は2倍と低値であるため,重症の病気が起こる確率はかなり低い(多くとも10%以下である。おそらく大丈夫だが,予測は不可能な数字である。)。したがって,医学的に中絶を強く勧めるような適応はない。妊娠継続を希望されるのであれば,当院で慎重に管理させていただく。」旨を説明していることからも明らかである。 なお,原告Aが,本件第2子の妊娠を人工中絶したのは,医学的な理由によるというよりは,原告らの経済的な理由によるものである。 また,原告Aの抗体価が上昇したのは,本件第2子の妊娠を人工中絶した際,母体が本件第2子のRhプラスの血液に感作されたからである。上記のとおり,原告Aは医学的には人工妊娠中絶をする必要はなかったのであり,人工妊娠中絶をしなければ原告Aの抗体価が1024倍までは上昇しなかったことからすれば,被告Cの過失又は注意義務違反と原告Aの出産が事実上不可能となったこととの間には相当因果関係はないというべきである。 (3) 損害 (原告らの主張) ア 原告Aについて            合計5728万7493円 (ア) 治療費                    28万7639円 (イ) 交通費                     2万1570円 (ウ) 埋葬費                     3万4000円 (エ) 雑費                        1660円 (オ) 後遺障害逸失利益             3643万4761円 結婚した女性が果たす出産,育児という社会的役割,生きがいは,女性の尊厳及び人格権の根幹をなすものである。また,被告Cの過失又は注意義務違反の結果,原告Aは,日常生活において精神的に極めて不安定な状態に置かれている。 原告Aの抗体価が1024倍と判明した平成16年6月14日を症状固定日,労働能力喪失率を自賠責保険後遺障害別等級表7級13号「両側の睾丸を失ったもの」に準じて56%とし,平成14年度女子労働者平均年収351万8200円を基準とすると,後遺障害逸失利益は上記のとおりとなる。 (計算式) 351万8200円×18.493×0.56=3643万4761円 (カ) 慰謝料                       500万円       原告Aが本件第2子の妊娠を人工中絶したことに関する精神的苦痛     (キ) 後遺障害慰謝料                  1030万円       被告Cの上記過失又は注意義務違反の結果,原告Aは,出産が事実上不可能となった。これは,自賠責保険後遺障害別等級表7級13号「両側の睾丸を失ったもの」に準じるというべきである。     (ク) 弁護士費用                 520万7863円 イ 原告Bについて                 合計550万円 (ア) 慰謝料                       500万円 原告Bは,被告Cの上記過失又は注意義務違反の結果,本件第2子の人工妊娠中絶を余儀なくされ,また,原告Aとの家族計画である本件第2子以降の出産,子育ても断念せざるを得なくなり,精神的苦痛を被った。 男性にとっても,妻との間で子をもうけ,家庭を形成し,子育てをしていくことは,個人の尊厳及び人格権の根幹をなすものである。 (イ) 弁護士費用                      50万円 (被告らの主張) ア 原告Aについて (ア) 原告Aは,本件第2子の人工妊娠中絶を受ける必要はなく,被告Cの  上記過失と相当因果関係はないから,本件第2子の人工妊娠中絶に伴う費用は認めるべきではない。 (イ) 後遺障害慰謝料について 抗体価が1024倍となった状態では出産が事実上不可能であるとの事実は認めるが,抗体価が1024倍であっても,出産が不可能となるだけであり,身体の機能には何ら異常を生じていない。 (ウ) 後遺障害逸失利益について 抗体価が上昇したとしても,原告Aは何ら支障なく日常生活をおくることができ,就労にも何ら支障はない。 イ 原告Bについて 原告Aに対する慰謝料が認定されれば,さらに原告Bの慰謝料を別途認める必要はない。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(被告Cの過失又は注意義務違反について) (1) 前記争いのない事実等,証拠(甲A1,B3及び4,乙B1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,血液型不適合妊娠において,以下の医学的知見が認められる。 ア 血液型不適合妊娠とは,母体にない赤血球型抗原が胎児側に存在する場合をいい,母体が自己以外の赤血球型抗原に感作されると,母体血漿中に抗体が産出され,この抗体が胎盤を通過して胎児に至ると胎児・新生児溶血性疾患を起こすことがある。 血液型不適合妊娠で,臨床的に最も重要な赤血球型抗原はRh(D)抗原であり,母親がRhマイナスで胎児がRhプラスの時に母親が感作されていた場合,母体に産出された抗体(抗D抗体)が胎児に移行することによって胎児血の溶血を引き起こし,溶血により胎児貧血となり,場合によっては胎児死亡まで起こり得るとされる。 イ 血液型不適合妊娠の管理としては,初診時に妊婦の血液型を確認し,Rhマイナスであることが判明した場合には,妊娠や輸血の既往に注意して問診を行い,定期的に間接クームステストを行って抗D抗体価を測定する必要がある。 感作妊婦の管理は,抗体価が高いほど胎児の溶血性疾患罹患率は高くなるとされているから,抗D抗体価に従った管理を行う。間接クームステストの結果,抗体がマイナスの場合には胎児に溶血性疾患が発生する可能性はないが,初回の検査がマイナスであっても妊娠28週と36週に再検査する。抗体価が8倍以下の場合には胎児水腫や交換輸血を要する重症黄疸はほとんど発生しないので,超音波検査で胎児の状態を監視しつつ引き続き抗体価測定を行う。抗体価が16倍以上であれば,羊水ないし胎児血検査により溶血の程度を把握する。 ウ Rhマイナスの未感作妊婦が分娩した場合,その5ないし12%に感作成立が見られるが,分娩後72時間以内にグロブリン250μgを母体に投与することにより,Rh感作率を0.2%にまで減少させることが可能であるとされており,我が国においても1973年(昭和48年)ころから,分娩後72時間以内におけるグロブリンの投与が普及しており,分娩後のグロブリン投与は健康保険の適用とされる。一方,グロブリンの妊娠中の投与は健康保険の適用が認められていない。 グロブリン製剤については,抗体の精製過程でパルボウイルス等の完全除去は困難である。特に,妊娠中のグロブリンの投与は,ウイルス感染を含め安全性が確立しておらず,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与するとされている。 (2) 上記(1)認定の医学的知見のとおり,分娩後72時間以内にグロブリン250μgを母体に投与することにより,Rh感作率を5ないし12%から0.2%にまで減少させることが可能であり,しかも,その治療方法は,我が国においても一般的に普及していることからすれば,産婦人科の医師は,初診の際に妊婦の血液型を確認し,問診及び血液型検査でRhマイナスであることが判明した場合には,定期的に間接クームステストを行うとともに,分娩後は72時間以内にグロブリン250μgを母体に投与すべき注意義務を負うというべきである。 ところが,前記争いのない事実等のとおり,被告Cは,日本医学臨床検査研究所から,原告Aの血液型がRhマイナスであるとの通知を受けたにもかかわらず,これを見落とし,原告Aに対し,本件第1子妊娠中,間接クームステストを一切実施せず,本件第1子分娩後,グロブリン注射を一切実施しなかったのであるから,上記注意義務に違反したことは明らかである。 なお,原告らは,被告Cは,本件第1子妊娠中にもグロブリンを母体に投与すべき注意義務を負っており,同義務にも違反したと主張する。 この点,証拠(甲B4,乙B3及び4)によれば,欧米では,分娩後だけではなく,妊娠28週ころにもグロブリンが投与されていること,我が国においても,妊娠28週と妊娠34週におけるグロブリンの予防的投与を勧める見解があることが認められる。 しかし,他方で,前記(1)認定の医学的知見のとおり,我が国においては,グロブリンの妊娠中の投与は健康保険の適用が認められていないこと,また,グロブリン製剤については,抗体の精製過程でパルボウイルス等の完全除去は困難で,特に,妊娠中のグロブリンの投与は,ウイルス感染を含め安全性が確立しておらず,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与するとされていることからすると,本件当時,我が国においては,Rhマイナスの妊婦一般にグロブリンを妊娠中に投与するとの治療方法が確立していたとはいえず,このような治療方法が,被告医院と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及していたと認めることはできない。また,上記のとおり,妊娠中のグロブリンの投与は,ウイルス感染を含め安全性が確立しておらず,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与するとされているところ,原告Aには,第1子妊娠中においてウイルス感染等の危険を冒してもなお,グロブリンを妊娠中に投与すべき治療上の有益性があったことを認めるに足る証拠はないから,原告Aの第1子妊娠中にグロブリンを投与すべきであったと認めることはできない。 したがって,被告Cが,原告Aに対し,第1子妊娠中にグロブリンを投与すべき注意義務を負っていたと認めることはできず,この点に関する原告らの主張は採用できない。 (3) 以上より,被告Cには,本件第1子妊娠中,間接クームステストを実施することを怠り,本件第1子分娩後にグロブリン投与を怠った過失があったと認められる。 2 争点(2)(因果関係について) (1) 前記争いのない事実等,証拠(甲A1,C5及び6,原告A本人,原告B本人,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 原告らは,平成15年10月末ころ,原告Aが本件第2子を妊娠したことに気付いた。原告らは,かねてから,2ないし3人の子どもが欲しいと考えており,本件第2子の妊娠も計画妊娠であった。 原告Aは,同年11月19日,F産婦人科にて診察を受けたが,この時点では,原告らは,本件第2子を出産するつもりであった。 原告Aは,同年12月3日及び同月24日,F産婦人科において,血液検査及び間接クームステストのため採血を受けた。その結果,原告Aの血液型がB型・Rhマイナスであり,同月24日(妊娠12週)当時,間接クームステストによる抗体価が3倍であることが判明した。日本医学臨床検査研究所からF産婦人科に対し,上記結果が緊急連絡され,その後,原告Aは,同医院の産婦人科医師から,自己の血液型がRhマイナスであることを聞かされた。原告Aは,この時まで,自分の血液型がRhマイナスであることも,血液型不適合妊娠がどのようなものでどのようなリスクが伴うかも全く知らなかった。同医師は,原告Aに対し,本件第2子妊娠はちょっと危ないと告げ,母子センターを紹介した。 イ 原告Aは,同月26日,母子センターを受診(初診)し,E医師が原告Aの担当医となった。原告Aは,当時,妊娠12週2日であった。同日,原告Aに対し,間接クームステストが実施され,その結果,抗体価は2倍であった。E医師は,同日,原告Aに対し,血液型不適合妊娠について,経過観察を行った上で判断するが,リスクとしては,胎児に貧血が生じた場合に直接胎児に輸血するために母体に針を刺すことについてのリスク,血液製剤を使うことによる母体の感染症についてのリスク,胎児が出生した後の血液交換についてのリスクがあることを説明した。 原告らは,平成16年1月5日,母子センターを受診し,E医師から,本件第2子出生に伴うリスクの確率等についての説明を受けた。E医師は,原告らに対し,本件第2子が無事に生まれてくる可能性は8割で,あとの2割は命に関わるリスクや脳障害等の重い後遺障害を含めたリスクがあり,抗体価は妊娠中に上昇する可能性があり,上昇するとすれば,胎児の血液量が増えていくことによって母体との血液の行き交いが可能性として増える妊娠20週以降の時期である旨の説明をした。 原告Aは,被告Cが本件第1子妊娠娩出の際,グロブリンを投与しなかったため,間接クームステストによる抗体価がプラスとなったことにショックを受けた。 ウ 原告らは,平成16年1月初旬ころ,被告Cと面談した。被告Cは,原告らに対し,「生まれてきた赤ちゃんは光を当てたら大丈夫」,「何かが起こったりするのはだいたい3人目ぐらいからで,2人目でそういうことが起こるなんて考えられない」,「命を大事に思っているのなら産むべきだ」などと話した。原告らは,被告Cが,事態を楽観視し,軽く感じているように感じた。 エ 原告らは,同年1月9日,母子センターを受診した。E医師は,原告らに対し,平成15年12月26日の間接クームス価は1:2であったこと,ハイリスク妊婦について,Creasy Resnik共著の米国の教科書(母体胎児医学)の表に基づくと,胎児の溶血性貧血の起こる頻度は,軽症が45ないし50%,中等症が24ないし30%,重症が20ないし25%であり,溶血性疾患が起こったとしても,間接クームス価からみて,80ないし90%の障害なき生存が望める可能性があると説明した。 E医師は,本件第2子に重症の病気が起こる確率はかなり低く,多くとも10%以下でおそらく大丈夫であるが,予測不可能な数字であること,医学的に中絶を強く勧めるような適応はなく,妊娠継続を希望するならば,母子センターで慎重に管理することも説明した。 オ 原告Bは,本件第2子に万一重い障害が残った場合にそれを一生自分が受け入れられるかどうか自信がなかったこと,原告らの間には既に本件第1子がおり,まだ当時2歳であり,本件第1子を育てていく必要があることから,人工妊娠中絶を考えた。 原告Aは,自分の体と本件第2子に生じた上記事態を受け入れるのに時間がかかり,当初,人工妊娠中絶をするかどうか迷っていたが,本件第2子を人工妊娠中絶するのは本件第2子に申し訳ないが,他方で出産を選択して仮に本件第2子に障害が残った場合には,本件第2子自身も可哀想であり,経済的にも養育が困難であると考えた。 原告らは,夫婦で相談した結果,本件第2子を人工妊娠中絶することを決定し,平成16年1月22日,母子センターにおいて人工妊娠中絶術を受け,同日,母子センターを退院した。 カ 原告Aは,人工中絶の決断を迫られている1か月の間,自分に起こったことをなかなか受け入れられず,ほとんど夜も眠れず,少し眠れたとしても,妊娠に関する悪夢ばかりを見,また,日常生活においても,人が怖い,人と喋りたくない,人に会いたくないという精神状態が続き,人工妊娠中絶後も3か月間ほど,自分自身に全く価値を見い出せず,生き甲斐を失ったような精神状態が続いていた。 (2) そこで,被告Cの前記過失と原告らの人工妊娠中絶との間に因果関係が認められるか検討する。 ア 前記1(1)認定の医学的知見によれば,分娩後72時間以内のグロブリンの母体投与によりRh感作率を0.2%にまで減少させることが可能であるとされているのであるから,被告Cが前記注意義務を尽くして間接クームステストを定期的に行い,分娩後72時間以内にグロブリン250μgを原告Aに投与していたならば,本件第1子の妊娠分娩によるRh感作を防ぐことができた高度の蓋然性があると認められる。 そして,産婦人科医師において血液型不適合妊娠であることを認識しながら,そのことを妊婦に一切告知しないことは通常考え難いから,間接クームステストを定期的に行っておれば,原告AがRhマイナスの血液型不適合妊娠であることが判明し,本件第1子の妊娠中か娩出の際に原告Aに対し,その旨告知されていた可能性が高く,告知されていれば,原告らが,もともと本件第2子妊娠を望まなかったか,本件第2子妊娠においても血液型不適合妊娠となる可能性があること(ただし,第1子娩出の際のグロブリン投与により本件第1子娩出による感作が防止された上での血液型不適合妊娠)を了解の上で本件第2子を妊娠したと考えられるから,人工妊娠中絶に至らなかった可能性が高い。 また,仮に本件第1子娩出までに,Rhマイナスや血液型不適合妊娠のことを告知されなかったとしても,前記認定のとおり,本件第1子娩出の際にグロブリンを投与されていれば,本件第1子の妊娠分娩によるRh感作が防止され,本件第2子妊娠に気付いて産婦人科を受診し,血液型検査・間接クームステストを受けた際には,抗体価がマイナス(未感作)であった可能性が高く,血液型不適合妊娠によるリスクはより低かったと推認される。また,原告らが血液型不適合妊娠の告知を受けた際に,低値ながらも既にRh感作をしている場合とRh未感作の場合とでは,妊娠を継続するかどうかの選択に少なからぬ影響があったと考えられる。 以上によれば,被告Cの前記過失により,血液型不適合妊娠によるリスクが高くなり,原告Aとしては,人工妊娠中絶を選択せざるを得なかったといえるから,被告Cの前記過失と原告Aが本件第2子を人工妊娠中絶したこととの間には因果関係がある。 イ これに対し,被告らは,Rh(D)式血液型不適合妊娠の場合,胎児に溶血性疾患が生じる危険があるのは,医学的には,間接クームステストによる抗体価が32ないし128倍の場合と考えられているため,平成15年12月26日当時,間接クームステストによる抗体価が2倍であった原告Aの場合,胎児に溶血性疾患が生じる危険性は極めて低いから本件第2子の人工妊娠中絶術を受ける必要はなかったものであり,因果関係は認められないと主張する。   この点,前記1(1)認定の医学的知見によれば,抗体価が8倍以下の場合には胎児水腫や交換輸血を要する重症黄疸が発生する可能性は非常に低く,抗体価2倍のまま原告Aの妊娠が継続すれば,本件第2子に溶血性疾患が生じる危険は,客観的にはほとんどなかったものと認められる。   しかし,前記1(1)認定の医学的知見によれば,抗体価が高いほど胎児の溶血性疾患罹患率が高くなるところ,証拠(甲B3及び4,乙B1,4)によれば,抗D抗体感作妊婦の管理は,妊娠中に抗D抗体が上昇することがあることを前提としていると認められることからすれば,本件でも,平成15年12月26日当時,抗体価が2倍であるとしても,妊娠経過中に抗体価が上昇する可能性がないとはいえず(この点,被告らは,Rh抗原の母体感作の源となる経胎盤出血(胎児のRhプラス血球の母体への移行)は妊娠末期及び分娩中に最も多く発生するから,原告Aの抗体価が上昇することがあるとしても妊娠末期か分娩中に上昇する可能性があるに過ぎないと主張し,証拠(乙B5)にはこれに沿う部分がある。しかし,証拠(甲B3及び4,乙B1,4)は,妊娠経過中の抗体価上昇の可能性を前提として抗D抗体感作妊婦の管理を定めていると解されるし,証拠(乙B5)でも,経胎盤出血が妊娠末期及び分娩中に最も多く発生するとするにとどまり,この時期以外の経胎盤出血の発生を否定するものではないから,妊娠末期以前の抗体価の上昇の可能性は否定し切れないというべきである。),前記2(1)認定のとおり,E医師が,妊娠20週以降の時期に抗体価が上昇する可能性があること,本件第2子が重症の疾患に罹患する確率はかなり低く,多くとも10%以下でおそらく大丈夫であるが,予測不可能な数字である旨の説明をしていることからしても,確率的には低いながらも,抗体価が2倍より上昇し,その結果として本件第2子が溶血性疾患に罹患する可能性があったものと認められる。 そして,前記2(1)認定のとおり,原告Aは,自分がRhマイナスであることや血液型不適合妊娠のリスクを全く知らずに本件第2子を妊娠していたが,その後,F産婦人科及び母子センターを受診して初めて上記事実を知ったものであり,かつ,これらの事実を知ったときには既に低値ながらもRh感作しており,また,被告Cの前記過失のためにRh感作したことに精神的なショックを受けたという状況にあったことからすれば,確率的に低いとはいっても現に存在する血液型不適合妊娠のリスクを引き受ける選択をすることができなかった(すなわち人工妊娠中絶を選択した)のも社会通念上やむを得ないというべきであるから,被告らの主張は採用できない。 なお,被告らは,E医師が医学的に人工妊娠中絶を強く勧めるような適応はないと説明したことをもって,上記被告らの主張の根拠とする。 確かに,本件の血液型不適合妊娠のリスクについての上記確率からは,血液型不適合妊娠のリスクが現実化しない可能性にかけて人工妊娠中絶しない人や,子ども(胎児)の後遺障害を受容して出産する人もあり得るところであるから,医師としては,人工妊娠中絶を強く勧めるような立場にはなかったと考えられる。しかしながら,前記のとおりの原告らの置かれた状況からすれば,血液型不適合妊娠のリスクを引き受ける選択をすることができなかったというのもやむを得ないというべきであるから,被告らの主張は採用できない。 ウ また,被告らは,原告らが本件第2子の妊娠を人工中絶したのは,医学的な理由によるのではなく,むしろ原告らの経済的な理由によるものであるから,相当因果関係がない旨主張し,証拠(甲A1)中には,経済的理由を挙げている部分(死産証書〔21頁〕,経過記録〔46頁〕)がある。 しかし,前記2(1)ア認定のとおり,原告らは,かねてから2ないし3人の子どもが欲しいと考えており,本件第2子の妊娠も計画妊娠であったことからすれば,本件の血液型不適合妊娠のリスクの問題がなければ,経済的理由を問題にすることなく本件第2子を出産していたと推認される。さらに,証拠(甲A1)中,E医師の死産証書中の経済的理由との記載や経過記録中の原告Aの経済的にも無理であるとの発言の記録については,前記認定事実に照らせば,その趣旨は,本件第2子を出産して血液型不適合妊娠のリスクが現実化した場合,後遺障害を持って出生した本件第2子の養育等にかかる経済的負担に耐えられるかどうかということを心配したものであって,その前提として,本件第2子に血液型不適合妊娠に起因する後遺障害が生じるかもしれないという医学的な考慮が働いているのであるから,医学的な理由を離れた単なる経済的な理由から人工妊娠中絶を選択したものではない。さらに,前記2(1)オ認定のとおり,原告Aは,本件第2子を人工妊娠中絶するのは本件第2子に申し訳ないが,出産を選択して仮に本件第2子に障害が残った場合には本件第2子自身も可哀想であり,子どもの人生を巻き込めないと考え,また,原告Bは,仮に本件第2子に障害が残った場合に,本件当時まだ2歳であった本件第1子に及ぶ影響等も考え,夫婦で相談して人工妊娠中絶を選択したものであり,原告らにおいて,当時の状況下で,種々の点を考慮しながら,苦渋の選択として人工妊娠中絶を選択したことは明らかである。 したがって,原告らが人工妊娠中絶を選択するに当たり上記の意味での経済的理由を考慮したからといって,何ら因果関係が否定されるものではなく,被告らの主張は採用できない。 次に,被告Cの前記過失と原告Aの抗体価が1024倍まで上昇したこととの間に因果関係が認められるか検討する。 証拠(甲B4,乙B3及び4)によれば,人工妊娠中絶によってもRh感作が生じること,経胎盤出血は,自然流産,人工流産の場合にも発生し,産科的手術操作(骨盤位分娩,帝王切開術,胎盤用手剥離,外回転術,経腹的羊水穿刺)で発生頻度が増加すること,証拠(甲A1)によれば,本件第2子の人工妊娠中絶の際,本件第2子の体幹が膣内へ脱出後,頸管が収縮して児頭の娩出がやや困難となり,娩出の際本件第2子の頸部に裂傷が生じたことが認められる。 上記認定事実によれば,原告Aは,本件第2子の人工妊娠中絶の際,本件第2子のRhプラスの血液に感作され,その結果,抗体価が1024倍まで上昇したものと認められる。 そして,前記認定のとおり,被告Cの前記過失と本件第2子の人工妊娠中絶との間には因果関係が認められるところ,上記認定のとおり,人工妊娠中絶の場合にもRh感作が成立することからすれば,本件第1子の妊娠分娩において,間接クームステストを怠り,分娩後72時間以内にグロブリン投与を怠った結果,人工妊娠中絶から抗体価の上昇に至ることは相当因果関係の範囲内というべきであり,これに反する被告らの主張は採用できない。 (3) 以上より,被告Cの前記過失と本件第2子の人工妊娠中絶及び原告Aの抗体価の上昇との間には相当因果関係がある。 したがって,被告Cは,不法行為に基づき,被告法人は,使用者責任に基づき,原告ら(被告Cの前記行為は,原告Bとの関係でも,権利又は法律上保護された利益の侵害であると認めることができる。)が被った後記損害を賠償する義務がある。 3 争点(3)(損害について) (1) 原告Aについて ア 治療費                    28万7639円 証拠(甲C1の1ないし9)によると,原告Aは,本件第2子妊娠に関し,人工妊娠中絶に至るまでの治療費として,F産婦人科に対し,平成15年12月3日から同月26日にかけて,合計1万4210円を支払ったこと,母子センターに対し,同月26日から平成16年1月22日にかけて,合計27万3429円を支払ったことが認められ,これらは被告Cの前記過失に起因して,通常支出すべき費用であることから,被告Cの前記過失との間に因果関係が認められる。 イ 交通費                     2万1570円 証拠(甲C2の1ないし12)によると,原告Aは,本件第2子妊娠に関し,人工妊娠中絶に至るまでの通院交通費として,平成15年12月20日から平成16年1月21日にかけて,合計2万1570円を支払ったことが認められ,これらは被告Cの前記過失に起因して,通常支出すべき費用である(本件事案にかんがみると,タクシー利用等の必要性も認められる。)ことから,被告Cの前記過失との間に因果関係が認められる。 ウ 埋葬費                     3万4000円 証拠(甲C3)によると,原告Aは,中絶死産させた本件第2子の埋葬費用として,株式会社八光社に対し,3万4000円を支払ったことが認められ,これは被告Cの前記過失によって,本件第2子を中絶したことに起因する支出であることから,被告Cの前記過失との間に因果関係が認められる。 エ 雑費                        1660円 証拠(甲C4の1・2)及び弁論の全趣旨によると,原告Aは,中絶死産させた本件第2子の埋葬に関する雑費として,合計1660円を支払ったことが認められ,これらは被告Cの前記過失によって,本件第2子を中絶したことに起因する支出であることから,被告Cの前記過失との間に因果関係が認められる オ 慰謝料                       800万円 前記争いのない事実等,前記認定事実及び弁論の全趣旨を総合すると,原告Aは,被告Cの初歩的ともいうべき過失によって,Rh抗体がプラスとなり,本件第2子に溶血性疾患が発生するリスクに曝され,出産するか人工妊娠中絶をするかの苦渋の選択を迫られたこと,決断までの間,夜もほとんど眠ることができず,少し眠れたとしても,妊娠に関する悪夢ばかりを見,また,日常生活においても,人が怖い,人と喋りたくない,人に会いたくないという精神状態が続いたこと,人工妊娠中絶の選択を余儀なくされ,待ち望んでいた本件第2子を失ったこと,人工中絶後も3か月間ほど,自分自身に全く価値を見い出せず,生き甲斐を失ったような精神状態が続いたことが認められ,また,平成16年6月14日時点における原告Aの抗体価は1024倍であり,妊娠は可能であっても,Rh(D)式血液型不適合妊娠であれば,胎児が溶血性疾患を起こす危険性が高いため,Rhプラスである原告Bとの間では,事実上二度と子供をもうけることができない状態となり,2人か3人の子供を持ちたいと願っていた原告Aの家族計画は完全に潰えたことが認められる。そうすると,原告Aは,多大な精神的苦痛を被ったものと認められ,その他本件に現れた諸般の事情(下記のとおり,後遺障害逸失利益が認められない事情を含む。)を考慮して,これら精神的苦痛を慰謝するには,800万円をもって相当と認める。 カ 後遺障害逸失利益                     0円 原告Aは,抗体価が1024倍となった結果,労働能力の56%を喪失したと主張する。 しかしながら,抗体価が1024倍になったことにより,原告Aに後遺障害が発生したものということができたとしても,その結果,労働能力が低下したことを認めるに足る証拠はなく,原告Aの抗体価が1024倍になったことによる逸失利益を観念することは困難であるといわなければならない。 さらに原告Aは,結婚した女性が果たす出産,育児という社会的役割,生きがいは,女性の尊厳及び人格権の根幹をなすものであり,日常生活において精神的に極めて不安定な状態に置かれているとも主張しているが,慰謝料の算定で考慮されている事情というべきである。 したがって,この点に関する原告Aの主張は採用できない。 キ 弁護士費用                  83万4486円 83万4486円の限度で,本件と相当因果関係のある損害と認める。 ク 合計額 以上により,原告Aの被った損害の額は917万9355円となる。 (2) 原告Bについて ア 慰謝料                       200万円 前記争いのない事実等,前記認定事実及び弁論の全趣旨を総合すると,原告Bは,被告Cの初歩的ともいうべき過失によって,原告Aとともに出産するか人工妊娠中絶をするかの選択を迫られ,人工妊娠中絶選択を余儀なくされ,待ち望んでいた本件第2子を失ったこと,原告Aの抗体価が1024倍となったことにより,原告Bは原告Aとの間では,事実上二度と子供をもうけることができなくなったことなどによって精神的苦痛を受けたことが認められるが,原告Aの場合は,自分の胎内に宿った本件第2子を人工妊娠中絶したこと,自ら子どもがもうけられなくなったことなどからすれば,原告Aの被った精神的苦痛は原告Bの被った精神的苦痛と比べて大きいものと認めるのが相当であり,その他本件に現れた諸般の事情を考慮して,原告Bの精神的苦痛を慰謝するには,200万円をもって相当と認める。 イ 弁護士費用                      20万円 20万円の限度で,本件と相当因果関係のある損害と認める。 ウ 合計額 以上により,原告Bの被った損害の額は220万円となる。 4 よって,原告Aの請求は,被告らに対し,連帯して917万9355円及びこれに対する損害の発生の日である平成16年1月22日(前記認定のとおり,原告Aは,本件第2子の人工妊娠中絶によりさらにRh感作し,この人工妊娠中絶の時点で事実上子供の産めない身体となったと認められるから,遅くともこの時点で前記損害が発生したと認められる。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告Bの請求は,被告らに対し,連帯して220万円及びこれに対する損害の発生の日である平成16年1月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。    大阪地方裁判所第17民事部 裁判長裁判官     中   本   敏   嗣 裁判官     鈴   木   紀   子 裁判官     新   海   寿 加 子

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