H17. 9.30 名古屋地方裁判所 平成17年(ワ)第1348号 損害賠償請求事件

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判示事項の要旨:  刑事裁判手続の当事者が,捜査ないし刑事裁判手続における証拠物の提出,供述,証言,鑑定等を行った当該手続の関与者の行為により真実は無罪であるのに有罪判決を受けたことを損害として,当該関与者に対して民事上の責任を追及する場合には,まず,当該刑事裁判手続における上訴ないし再審により無罪の確定判決を得る必要があり,これを得ずしてその民事上の責任を追及することはおよそ許されない 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成17年4月18日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,上告中の刑事事件の被告人である原告が,同事件の参考人として捜査機関に供述を行い,かつ,同事件の第一審で証言を行った被告に対し,その供述及び証言の内容がいずれも虚偽であるところ,これによって原告は有罪判決を宣告され,えん罪の辱めを受けるなどの損害を被ったとして,500万円及び遅延損害金の支払を請求した事案である。 1 前提事実 以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠によって容易に認めることができる。 (1) 原告は,平成2年4月ころ,A株式会社(以下「A」という。)の理事及び企画監理本部長を兼務していた者である(争いがない)。 被告は,同月ころ,Aの理事及び企画監理本部副本部長等を兼務していた者である(争いがない)。 (2) 原告は,Aが株式会社B(以下「B」という。)に対して行った融資に関して特別背任罪としてC地方裁判所に起訴された(以下「D事件」という。同庁平成3年(わ)第2994号)(甲1)。 (3) C地方裁判所は,上記D事件を含む複数の事実(以下,D事件を含めて本件刑事事件という。)につき併合審理を行い,平成11年9月9日,原告を懲役10年(未決勾留日数中180日を刑に算入)に処する旨の判決を宣告した(以下,「本件刑事第一審判決」という。)。D事件に関し,同裁判所が認定した事実の要旨は以下のとおりである(甲1)。 原告が代表取締役を務める株式会社E(以下「E」という。)は,「Fゴルフ場」などのゴルフ場開発を手がけていたが,平成元年7月ころから,資金繰りに窮していた。原告は,同年8月,A社長のGと知り合い,同社からEに対する融資を受けようと考えるに至った。 その後,原告は,平成2年2月1日,Aから理事を委嘱され,同社企画管理本部長に就任しているところ,同年4月2日ころ,上記G及びA代表取締役名古屋支店長で併せて名古屋開発本部長であるFと共謀のうえ,自己らの利益を図り,その反面,Aに損害を加えることを認識認容しながら,Eが全額出資して設立し,かつ,原告が代表取締役を務めるBに対し,その債権保全のための担保徴求等の措置を講じることなく,230億2495万8905円を振替入金してその貸付を実行し,よって,当該債権の回収を著しく困難にさせて,Aに対し,同金額相当の財産上の損害を加えた。 (4) 被告は,本件刑事事件に関し,平成3年4月10日及び同年9月7日,参考人として検察官により供述を録取されたほか,C地方裁判所における第13回,第14回,第16回,第18回の各公判期日において,証人として証言しているところ,上記各検面調書(ただし,不同意部分は除く。)及び上記各公判調書中の被告の供述部分は,本件刑事第一審判決において,D事件を含む6個の罪となるべき事実の証拠として摘示されている(甲1,5ないし9)。 (5) 原告は,本件刑事第一審判決を不服として控訴したが,C高等裁判所は,平成14年4月23日,同控訴事件(平成11年(う)第1267号)につき,控訴棄却の判決を宣告した(甲2)。 (6) 原告は,平成14年4月23日,上記控訴審判決に対して上告の申立てをし(甲3),本件刑事事件は,最高裁判所において係属中である(争いがない)。 2 原告の主張の要旨 (1)ア 被告はD事件当時,A企画監理本部副本部長(審査担当)兼開発業務部長,管理部副本部長として,本件の融資に際して与信の審査にあたり,その権限に基づき本部長である原告を補佐していたばかりか,自ら実質上権限を掌握し,現場の実務の最高責任者としてその所掌を総轄し,自らも融資の決裁をなした者の一人である。 イ 被告は,D事件に関し,Eの法人保証はおろか,担保差し入れがあったか否かも明確にすることなく,これらがあったかどうか不確実なままに,上司の命によりやむなく融資に至った旨の証言をなし,また,検察官に対する供述においては法人保証等があったことを知悉しながら,その中身につきあいまいなままに終始した。 ウ しかるに,平成14年11月ころ,Eが作成したAに対する連帯保証契約書,担保差入書などの新たな証拠が発見されたことにより,EがAから融資を受けるに当たり,原告がEの連帯保証,担保差し入れ等をしてAの債権保全に必要な措置を講じていたことが明らかとなった。 被告は,これらの文書が存在し,かつ,その内容を了知していたのであるから,故意に偽証ないし虚偽の供述をしたことは明白である。 エ 原告は,被告の検察官に対する供述及びC地方裁判所における証言によって,えん罪の辱めを受け,長期間身体の拘束をされたこと,自己を防御せんがため選任した弁護士費用を負担せざるを得なかったなどの諸々の経済的損失,多大なる肉体的精神的苦痛を受けた。その損害は,金銭的価値をもって評価することはできないほど図りしれないものであるが,その一部請求として500万円を請求する。 (2)ア 虚偽の証言等により有罪判決を受けた場合,同証言につき偽証の有罪判決が確定した上,再審において無罪判決を得た後でなければ,当該偽証をした者に私法上の責任が問えないとすることは,国民の裁判を受ける権利を侵害するものである。この理は,民事の確定判決の騙取事案ではあるが,先例においても「判決の成立過程において,訴訟当事者が,相手方の権利を害する意図のもとに,作為または不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ,あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い,その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し,かつこれを執行した場合においては,右判決が確定したからといって,そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれはなく,これによって損害を被っ た相手方は,かりにそれが右確定判決に対する再審事由を構成し,別に再審の訴を提起しうる場合であっても,なお独立の訴えによって,右不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解すべきである」として是認されている(最高裁昭和44年7月8日第三小法廷判決・民集23巻8号1407頁)。 殊に,再審による救済が不完全な現状に鑑みると,当該行為が公序良俗に反するような場合は再審を経由することなく不法行為責任を追及できると解すべきである。 イ 本件では,前記(1)ウのとおり,被告の供述が虚偽であることが明らかになっている。これを放置することはまさに公序良俗に反するものである。 3 被告の主張の要旨 (1) 被告は,D事件において,捜査機関に対して嘘,偽りの供述をしたことはなく,かつ,知っていることを知らないなどと述べることも全くなかった。また,被告は,C地方裁判所において宣誓したとおり良心に従って真実を述べ,知っていることを隠したり,ないことを述べたりしていない。 原告が新たに発見されたとする証拠により,被告の検察官に対する供述及び証言が真実に反するものとなるとしても,被告が意図的に虚偽の供述ないし証言をした根拠となるものではない。 (2) 刑事事件に関して提出される被害届等の書面,捜査機関に対してなされる供述,公判廷における証言,鑑定等に関する書面作成者,供述者,鑑定人の行為はすべて刑事裁判手続における判決等の結論に向けられている。 したがって,被害届等の書面,証拠物の真偽,供述,証言ないし鑑定の内容,真実性等に不服のある刑事訴訟の当事者は,専ら刑事訴訟手続における攻撃防御方法ないし上訴,再審などの不服申立方法によってのみその内容等を争うことができるものと解するのが相当である。すなわち,このような刑事訴訟手続における攻撃防御方法ないし不服申立方法を離れて書面の作成者,証拠物の提出者,供述者,証人,鑑定人等の私法上の責任を追及する方法により刑事裁判手続における証拠の評価等についての紛争を繰り返すことは許されないと解するのが相当である。 よって,被告の故意による嘘の供述及び偽証を理由とする不法行為の主張は失当である。 第3 当裁判所の判断 1(1) 本件において原告が主張するところは,要するに,被告が原告を被疑者・被告人とする刑事手続において,内容虚偽の供述及び証言をしたため,原告は有罪判決を受けるなどの損害を被ったから,被告に対しその私法上の責任を追及するというものである。 (2) そこで検討するに,捜査ないし刑事裁判手続における証拠物の提出者,書証(供述録取書を含む)の作成者・供述者,証人,鑑定人等すべての刑事手続関与者の行為は,刑事裁判手続における判決等の判断に向けられ,同行為による供述,証言等の証拠の内容・真実性は当該事件の係属する裁判所において吟味され,判決等の判断の根拠とされるものであることに照らせば,そのような証拠物,供述,証言,鑑定等の内容・真実性は,当該刑事裁判手続内においてのみ争うことができるものと解するのが相当である。 また,刑事訴訟法は,上訴及び非常救済手続等を規定し,裁判所の判断を是正する機会を設けているが,これは同時に,刑事裁判における判決等の判断の安定性を維持する見地から,刑事裁判の不服申立ての手段を上記手続等に限定する趣旨であると解される。 以上からすれば,刑事手続における証拠物,供述,証言,鑑定等の内容,真実性等を争う当事者は,刑事訴訟法上の規定に基づき,判決の確定に至るまでは,攻撃防御方法を提出してその内容等を争い,また上訴により未確定の判決の判断を争うべきであり,判決の確定後は,再審手続により確定判決の判断を争うべきであって,このような手続によらず,証拠物の提出者,書証の作成者・供述者,証人,鑑定人等の刑事手続の関与者に対し,同人らの供述,証言等,証拠の評価を問題としてその私法上の責任を追及することは,実質的にみて私法上の責任追及に名を借りて刑事裁判手続における証拠の評価等についての紛争を蒸し返したり,その判断の変更を求めることにもなり,ひいてはその判決等の意義を損ない,刑事司法の安定性を阻害することになる から,原則として許されないものというべきである。殊に,刑事裁判手続の当事者が,捜査ないし刑事裁判手続における証拠物の提出,供述,証言,鑑定等を行った当該手続の関与者の行為により真実は無罪であるのに有罪判決を受けたことを損害として,当該関与者に対して民事上の責任を追及する場合には,まず,当該刑事裁判手続における上訴ないし再審により無罪の確定判決を得る必要があり,これを得ずしてその民事上の責任を追及することはおよそ許されないものといわざるを得ない。 なお,原告が引用する先例は,民事事件の一方当事者が,他方当事者の権利を侵害する目的で,他方当事者の訴訟手続に対する関与を妨げた事案に関するものであるところ,刑事事件の被告人が刑事訴訟法等に基づいて有する訴訟手続に関与する権利が同事件における証拠物の提出者,書証(供述録取書を含む)の作成者・供述者,証人,鑑定人等第三者の行為により妨げられることはおよそ考えられないから,上訴や再審による無罪の確定判決を得ずに行う私法上の責任追及が許されないとする当裁判所の判断は,原告の引用する先例と抵触するものではない。 (3) これを本件についてみるに,本件口頭弁論終結時,本件刑事事件は最高裁判所に係属中であって未だ未確定であり,同事件につき原告が無罪判決を得た旨の主張立証はない。この点において原告の主張は失当であるといわざるを得ない。 2 結論 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第6部 裁判長裁判官 内  田  計  一 裁判官 安  田  大二郎 裁判官 高  橋  貞  幹

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