H17.10.25 東京地方裁判所 平成16年(行ウ)第370号,平成16年(行ウ)第525号,平成17年(行ウ)第57号 ハンセン病補償金不支給決定取消請求事件

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平成17年10月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平野照男 平成16年(行ウ)第370号(第1事件),同年(行ウ)第525号(第2事件),平成17年(行ウ)第57号(第3事件)ハンセン病補償金不支給決定取消請求事件 口頭弁論終結日 平成17年7月19日 判決 第1事件原告       別紙原告目録(一)記載のとおり 第2事件原告       別紙原告目録(二)記載のとおり 第3事件原告       別紙原告目録(三)記載のとおり (以下第1ないし第3事件原告らを併せて単に「原告ら」ともいう。) 原告ら訴訟代理人弁護士  別紙原告ら訴訟代理人目録記載のとおり 東京都千代田区霞が関一丁目2番2号 第1ないし第3事件被告(以下単に「被告」という。)                   厚生労働大臣                   尾辻秀久 被告指定代理人   別紙被告指定代理人目録記載のとおり 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請 求 (第1事件)   被告が第1事件原告らに対し平成16年8月16日付けでしたハンセン病療養所入所者等に対する補償金を支給しない旨の決定をいずれも取り消す。 (第2事件)   被告が第2事件原告らに対し平成16年10月22日付けでしたハンセン病療養所入所者等に対する補償金を支給しない旨の決定をいずれも取り消す。 (第3事件)   被告が第3事件原告らに対し平成17年1月14日付けでしたハンセン病療養所入所者等に対する補償金を支給しない旨の決定をいずれも取り消す。 第2 事案の概要   本件は,戦前の日本統治下における朝鮮に設置されたハンセン病療養所である「小鹿島更生園」(以下「本件療養所」という。)に入所していた原告らが,被告に対し,「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」(平成13年6月22日法律第63号。以下「ハンセン病補償法」という。)に基づく補償金の支給を請求したところ,いずれも被告から,ハンセン病補償法の適用対象である同法2条の「国立ハンセン病療養所等」への入所の事実が確認できないとして,補償金を支給しない旨の決定(以下「本件不支給決定」という。)を受けたため,被告が本件療養所を「国立ハンセン病療養所等」に該当しないとした判断は誤りであり,本件不支給決定は違法であると主張して,その取消しを求める事案である。 1 法令等の定め   ハンセン病補償法,これに基づいて制定された後記の厚生労働省告示及び同法施行規則には次のような定めがある。 (1) ハンセン病補償法(6条ないし11条は省略)  (前文)   ハンセン病の患者は,これまで,偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。我が国においては,昭和二十八年制定の「らい予防法」においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ,加えて,昭和三十年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となったにもかかわらず,なお,依然としてハンセン病に対する誤った認識が改められることなく,隔離政策の変更も行われることなく,ハンセン病の患者であった者等にいたずらに耐え難い苦痛と苦難を継続せしめるままに経過し,ようやく「らい予防法の廃止に関する法律」が施行されたのは平成八年であった。   我らは,これらの悲惨な事実を悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め,深くおわびするとともに,ハンセン病の患者であった者等に対するいわれのない偏見を根絶する決意を新たにするものである。   ここに,ハンセン病の患者であった者等のいやし難い心身の傷跡の回復と今後の生活の平穏に資することを希求して,ハンセン病療養所入所者等がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに,ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り,あわせて,死没者に対する追悼の意を表するため,この法律を制定する。  (趣旨) 第一条 この法律は,ハンセン病療養所入所者等の被った精神的苦痛を慰謝するための補償金(以下「補償金」という。)の支給に関し必要な事項を定めるとともに,ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復等について定めるものとする。  (定義) 第二条 この法律において,「ハンセン病療養所入所者等」とは,らい予防法の廃止に関する法律(平成八年法律第二十八号。以下「廃止法」という。)によりらい予防法(昭和二十八年法律第二百十四号)が廃止されるまでの間に,国立ハンセン病療養所(廃止法第一条の規定による廃止前のらい予防法第十一条の規定により国が設置したらい療養所をいう。)その他の厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所(以下「国立ハンセン病療養所等」という。)に入所していた者であって,この法律の施行の日(以下「施行日」という。)において生存しているものをいう。  (補償金の支給) 第三条 国は,ハンセン病療養所入所者等に対し,その者の請求により,補償金を支給する。  (請求の期限) 第四条 補償金の支給の請求は,施行日から起算して五年以内に行わなければならない。 2 前項の期間内に補償金の支給の請求をしなかった者には,補償金を支給しない。  (補償金の額) 第五条 補償金の額は,次の各号に掲げるハンセン病療養所入所者等の区分に従い,当該各号に掲げる額とする。 一 昭和三十五年十二月三十一日までに,初めて国立ハンセン病療養所等に入所した者 千四百万円 二 昭和三十六年一月一日から昭和三十九年十二月三十一日までの間に,初めて国立ハンセン病療養所等に入所した者 千二百万円 三 昭和四十年一月一日から昭和四十七年十二月三十一日までの間に,初めて国立ハンセン病療養所等に入所した者 千万円 四 昭和四十八年一月一日から平成八年三月三十一日までの間に,初めて国立ハンセン病療養所等に入所した者 八百万円 2 前項の規定にかかわらず,同項第一号から第三号までに掲げる者であって,昭和三十五年一月一日から昭和四十九年十二月三十一日までの間に国立ハンセン病療養所等から退所していたことがあるものに支給する補償金の額は,次の表の上欄に掲げるハンセン病療養所入所者等の区分及び同表の中欄に掲げる退所期間(昭和三十五年一月一日から昭和四十九年十二月三十一日までの間に国立ハンセン病療養所等から退所していた期間を合計した期間をいう。以下同じ。)に応じ,それぞれ,同表の下欄に掲げる額を同項第一号から第三号までに掲げる額から控除した額とする。 ハンセン病療養所入所 者等の区分 退 所 期 間 額 前項第一号に掲げる者 二十四月以上百二十月未満 二百万円 百二十月以上二百十六月未満 四百万円 二百十六月以上 六百万円 前項第二号に掲げる者 二十四月以上百二十月未満 二百万円 百二十月以上 四百万円 前項第三号に掲げる者 二十四月以上 二百万円 3 退所期間の計算は,退所した日の属する月の翌月から改めて入所した日の属する月の前月までの月数による。 4 昭和三十五年一月一日から昭和三十九年十二月三十一日までの間の退所期間の月数については,前項の規定により計算した退所期間の月数に二を乗じて得た月数とする。  (厚生労働省令への委任) 第十二条 この法律に定めるもののほか,補償金の支給の手続その他の必要な事項は,厚生労働省令で定める。    附 則  この法律は,公布の日から施行する。 (2) 「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律第二条の規定に基づき厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所」(平成13年6月22日号外厚生労働省告示第224号。以下「厚労省告示」という。) ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律第二条の規定に基づき厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所   ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律(平成十三年法律第六十三号)第二条の厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所は,次のとおりとする。 一 明治四十年法(昭和二十八年法(らい予防法の廃止に関する法律(平成八年法律第二十八号)第一条の規定による廃止前のらい予防法(昭和二十八年法律第二百十四号)をいう。以下同じ。)附則第二項の規定による廃止前の癩予防法(明治四十年法律第十一号)をいう。以下同じ。)第三条第一項の国立癩療養所及び第四条第一項の規定により二以上の道府県が設置した療養所 二 前号の国立癩療養所と同視することが相当と認められる次に掲げるハンセン病療養所 イ 明治四十年法律第十一号中改正法律(昭和六年法律第五十八号)が施行されるまでの間における国立癩療養所長島愛生園 ロ 国に移管されるまでの間における沖縄県立国頭愛楽園及び沖縄県立宮古保養院 ハ 千九百四十五年米国海軍軍政府布告第一号及び千九百四十五年米国海軍軍政府布告第一のA号の規定により施行を持続することとされた明治四十年法第三条第一項の国立癩療養所 三 昭和二十八年法第十一条の規定により国が設置したらい療養所 四 ハンセン氏病予防法(千九百六十一年立法第百十九号)第十四条の規定により琉球政府が設置したハンセン氏病療養所及び琉球政府が指定した政府立病院 五 次の表に掲げる私立のハンセン病療養所(平成八年三月三十一日までの間又は当該療養所を廃止するまでの間に名称の変更があった場合には当該変更後の名称のもの及び当該ハンセン病療養所の事業を承継したハンセン病療養所があった場合には当該事業を承継したものを含む。) 設置時の名称 設置された都道府県 鈴蘭病院 群馬県 聖バルナバ医院 群馬県 慰廃園 東京府 起廃病院 東京府 衆済病院 東京府 身延深敬病院 山梨県 回天病院 岐阜県 復生病院 静岡県 明石叢生院 兵庫県 深敬病院九州分院 福岡県 回春病院 熊本県 待労院 熊本県 (3) 「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律施行規則」(平成13年6月22日厚生労働省令第133号。以下「ハンセン病補償法施行規則」という。)   厚生労働大臣は,補償金の支給請求書を受理したときは,これを審査し,補償金の支給の可否及び支給する場合における補償金の額を決定し,これらを請求者に通知しなければならない(3条),などの規定がある。 2 前提となる事実(証拠の付記のない部分は当事者間に争いがない。) (1) ハンセン病の概要   ハンセン病は,抗酸菌の一種である「らい菌」によって引き起こされる慢性の細菌感染症であり,かつて「癩(らい)」とも呼ばれてきた。主として末梢神経と皮膚が侵される疾患で,慢性に経過する。   らい菌の毒力は極めて弱く,ほとんどの人に対して病原性を持たないため,人の体内にらい菌が侵入し感染しても,発病することは極めてまれである。   ハンセン病の本格的な薬物療法は,昭和18年,アメリカでのプロミンの有効性についての報告に始まる。その後,らい菌に対して強い殺菌力を持つ薬物が相次いで発見され,現在では,ハンセン病は,早期発見と早期治療により,障害を残すことなく,外来治療によって完治する病気となっている。 (2) 戦前の我が国におけるハンセン病に関する法制及び療養所設置の状況等 ア 内地における状況 (ア) 明治40年3月19日,「癩予防ニ関スル件」(法律第11号。以下昭和6年法律第58号による改正前のものを「明治40年法」という。)が公布され(明治42年4月1日施行),次のように規定された。(乙2) 3条1項 癩患者ニシテ療養ノ途ヲ有セス且救護者ナキモノハ行政官庁ニ於テ命令ノ定ムル所ニ従ヒ療養所ニ入ラシメ之ヲ救護スヘシ但シ適当ト認ムルトキハ扶養義務者ヲシテ患者ヲ引取ラシムヘシ 4条1項 主務大臣ハ二以上ノ道府県ヲ指定シ其ノ道府県内ニ於ケル前条ノ患者ヲ収容スル為必要ナル療養所ノ設置ヲ命スルコトヲ得 (イ) 明治40年7月22日,内務省令第20号が発布され(明治42年4月1日施行),道府県は,次の区域により,その区域内における癩患者を入所させるため必要な療養所を設置すべきこととされた。(甲23) 第一区域(療養所の設立地は東京府下)  東京府(伊豆七島,小笠原島を除く。),神奈川県,新潟県,埼玉県,群馬県,千葉県,茨城県,栃木県,愛知県,静岡県,山梨県,長野県 第二区域(療養所の設立地は青森県下)  北海道,宮城県,岩手県,青森県,福島県,山形県,秋田県 第三区域(療養所の設立地は大阪府下)  京都府,大阪府,兵庫県,奈良県,三重県,岐阜県,滋賀県,福井県,石川県,富山県,鳥取県,和歌山県 第四区域(療養所の設立地は香川県下)  島根県,岡山県,広島県,山口県,徳島県,香川県,愛媛県,高知県 第五区域(療養所の設立地は熊本県下)  長崎県,福岡県,大分県,佐賀県,熊本県,宮崎県,鹿児島県(明治43年内務省令第1号により,沖縄県を追加。甲24) (ウ) 明治40年内務省令第20号に基づき,次の5つの道府県連合立療養所が設立された。(甲54)  第一区全生病院(後の国立癩療養所多磨全生園)  第二区北部保養院(後の国立癩療養所松丘保養園)  第三区外島保養院(後の国立癩療養所邑久光明園)  第四区大島療養所(後の国立癩療養所大島青松園)  第五区九州療養所(後の国立癩療養所菊池恵楓園) (エ) 昭和2年10月11日,「国立癩療養所官制」(勅令第308号)が公布され(同日施行),次のように規定された。(甲13,乙13) 1条 国立癩療養所ハ内務大臣ノ管理ニ属シ癩患者ノ救護及療養ニ関スルコトヲ掌ル (オ) 昭和5年11月20日,岡山県邑久郡裳掛村長島に国立癩療養所が開設された。(甲57) (カ) 昭和6年2月24日,「国立癩療養所官制中改正ノ件」(勅令第11号)が公布され(同日施行),国立癩療養所官制に次の規定が加えられた。(甲25,乙14) 9条 国立癩療養所ノ名称ハ内務大臣之ヲ定ム (キ) 昭和6年3月3日,内務大臣は,内務省告示第29号をもって,「岡山県邑久郡裳掛村ニ設置セル国立癩療養所ノ名称」を次のとおり定めた。(甲28,乙17)  長島愛生園 (ク) 昭和6年3月9日,宮古群島の平良町島尻に沖縄県として最初のハンセン病施設である次の施設が開設された。(甲54)  沖縄県立宮古保養院(後の臨時国立癩療養所宮古療養所) (ケ) 昭和6年4月2日,「明治四十年法律第十一号中改正法律」(法律第58号)が公布され(昭和6年8月1日施行),明治40年法に「癩予防法」という題名が付されるとともに,3条1項等が改正されて次のとおりの規定となった(なお,4条1項は改正されなかった。)(以下昭和6年法律第58号による改正後の「癩予防法」を「昭和6年法」という。)。(乙6) 3条1項 行政官庁ハ癩予防上必要ト認ムルトキハ命令ノ定ムル所ニ従ヒ癩患者ニシテ病毒伝播ノ虞アルモノヲ国立癩療養所又ハ第四条ノ規定ニ依リ設置スル療養所ニ入所セシムベシ 4条1項 主務大臣ハ二以上ノ道府県ヲ指定シ其ノ道府県内ニ於ケル前条ノ患者ヲ収容スル為必要ナル療養所ノ設置ヲ命スルコトヲ得 (コ) 昭和7年10月6日,「国立癩療養所官制中改正ノ件」(勅令第301号)が公布され(同日施行),国立癩療養所官制9条が改正されて次のとおりとなった。(甲26) 9条 国立癩療養所ノ名称及位置ハ内務大臣之ヲ定ム (サ) 昭和7年10月6日,内務大臣は,内務省告示第258号をもって,「群馬県吾妻郡草津町ニ設置セル国立癩療養所ノ名称」を次のとおり定めた。(甲29,乙18)  栗生楽泉園 (シ) 昭和8年9月27日,「沖縄県振興事務ニ従事セシムル為沖縄県ニ臨時職員増置ノ件」(勅令第253号)が公布され(同日施行),次のように規定された。(甲30,乙22) 2条1項 沖縄県管内ニ臨時ニ国立癩療養所ヲ置ク 2条2項 前項ノ療養所ハ沖縄県知事ノ管理ニ属シ癩患者ノ救護及療養ニ関スルコトヲ掌ル 4条 第二条ノ療養所ノ名称及位置ハ沖縄県知事之ヲ定ム (ス) 昭和8年10月6日,沖縄県知事は,沖縄県告示第251号をもって,「沖縄県宮古郡平良町ニ設置セル臨時国立癩療養所ノ名称」を次のとおり定めた。(甲79)  宮古療養所(後の宮古南静園) (セ) 昭和10年5月20日,内務大臣は,内務省告示第342号をもって,「鹿児島県ニ設置セル国立癩療養所ノ名称及位置」を次のとおり定めた。(甲32,乙19)  星塚敬愛園  鹿児島県肝属郡大姶良村 (ソ) 昭和11年8月29日,「庁府県臨時職員等設置制」(勅令第285号)が公布され(同年9月1日施行),次のように規定された(昭和8年勅令第253号は廃止された。)。(甲31) 3条2項 沖縄県管内ニ臨時ニ国立癩療養所ヲ置ク沖縄県知事ノ管理ニ属シ癩患者ノ救護及療養ニ関スルコトヲ掌ル 3条3項 前項ノ療養所ノ名称及位置ハ沖縄県知事之ヲ定ム (タ) 昭和13年1月11日,「厚生省官制」(勅令第7号)及び「厚生省官制及保険院官制制定ニ際シ栄養研究所官制其ノ他ノ勅令中改正ノ件」(勅令第20号)が公布され(いずれも同日施行),国立癩療養所官制の規定中の「内務大臣」が「厚生大臣」に改められて,次のとおりとなった。(甲27,乙15,乙16)。 1条 国立癩療養所ハ厚生大臣ノ管理ニ属シ癩患者ノ救護及療養ニ関スルコトヲ掌ル 9条 国立癩療養所ノ名称及位置ハ厚生大臣之ヲ定ム (チ) 昭和13年2月28日,沖縄県知事は,沖縄県告示第53号をもって,「沖縄県国頭郡羽地村ニ国立癩療養所ヲ設置」し,その名称を次のとおり定めた(同年11月10日開設)。(甲54,甲78,乙49)  国頭愛楽園 (ツ) 昭和13年4月1日,厚生大臣は,厚生省告示第29号をもって,「宮城県ニ設置スル国立癩療養所ノ名称及位置」を次のとおり定めた。(甲33,乙20)  東北新生園  宮城県登米郡新田村 (テ) 昭和14年7月15日,「軍事保護院官制」(勅令第479号)が公布され(同日施行),厚生大臣の管理に属する「軍事保護院」が創設されるとともに(1条),同令中に次のとおりの規定が置かれた。(甲36,乙24) 5条1項 厚生大臣ハ傷痍軍人ノ療養又ハ職業保護ニ関スル院務ノ一部ヲ分掌セシムル為療養所又ハ職業補導所ヲ設クルコトヲ得其ノ名称及位置ハ厚生大臣之ヲ定ム (ト) 昭和16年6月28日,厚生大臣は,厚生省告示第269号をもって,「国立癩療養所ノ名称及位置」を次のとおりとし,同年7月1日からこれを施行することを定めた。(甲34,乙21)  多磨全生園  東京府北多摩郡東村山村  松丘保養園  青森県東津軽郡新城村  邑久光明園  岡山県邑久郡裳掛村 (昭和9年9月21日関西大風水害のため壊滅した第三区外島保養院が岡山県邑久郡裳掛村長島に「邑久光明園」として復旧していた。甲57)  大島青松園  香川県木田郡庵治村  菊池恵楓園  熊本県菊池郡合志村  国頭愛楽園  沖縄県国頭郡羽地村  宮古南静園  沖縄県宮古郡平良町 (ナ) 昭和18年4月5日,厚生大臣は,厚生省告示第138号をもって,「国立癩療養所官制第九条ノ規定ニ依ル国立癩療養所ノ名称及位置」を次のとおり定めた。(甲35,乙23)  奄美和光園  鹿児島県大島郡三方村 (ニ) 昭和19年12月15日,厚生大臣は,厚生省告示第111号をもって,「軍事保護院官制第五条ノ規定ニ依ル療養所ノ名称及位置」を次のとおり定めた。(甲37,乙25)  傷痍軍人駿河療養所  静岡県駿東郡富士岡村 (ヌ) 傷痍軍人駿河療養所は,昭和20年6月10日,名古屋陸軍病院から傷病兵であるハンセン病患者1名を転送して開所された。(乙27) イ 日本統治下の台湾における状況 (ア) 台湾は,明治28年4月,日清戦争の講和条約により,清国から割譲を受けて我が国の領有に帰したものであり,同年5月,政府は総督府仮条例を発布して台湾総督を任命し,以後,昭和20年8月まで,台湾総督による統治が行われた。(甲64) (イ) 大正10年3月15日,「台湾ニ施行スヘキ法令ニ関スル法律」(法律第3号)が公布され(大正11年1月1日施行),次のように規定された。(乙30,乙32) 1条1項 法律ノ全部又ハ一部ヲ台湾ニ施行スルヲ要スルモノハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム 1条2項 前項ノ場合ニ於テ官庁又ハ公署ノ職権,法律上ノ期間其ノ他ノ事項ニ関シ台湾特殊ノ事情ニ因リ特例ヲ設クル必要アルモノニ付テハ勅令ヲ以テ別段ノ規定ヲ為スコトヲ得 2条 台湾ニ於テ法律ヲ要スル事項ニシテ施行スヘキ法律ナキモノ又ハ前条ノ規定ニ依リ難キモノニ関シテハ台湾特殊ノ事情ニ因リ必要アル場合ニ限リ台湾総督ノ命令ヲ以テ之ヲ規定スルコトヲ得 3条 前条ノ命令ハ主務大臣ヲ経テ勅裁ヲ請フヘシ 5条 本法ニ依リ台湾総督ノ発シタル命令ハ台湾ニ行ハルル法律及勅令ニ違反スルコトヲ得ス (ウ) 大正11年12月29日,「質屋取締法外十六件施行ニ関スル件」(勅令第521号。後に「行政諸法台湾施行令」という題名が付された。)が公布され(大正12年1月1日施行),質屋取締法ほか16の法律が台湾に施行されることとなった。(甲67) (エ) 昭和5年9月29日,「台湾総督府癩療養所官制」(勅令第183号)が公布され(同年10月1日施行),次のように規定された。(甲58,乙34) 1条 台湾総督府癩療養所ハ台湾総督ノ管理ニ属シ癩患者ノ救護及療養ニ関スルコトヲ掌ル 9条 癩療養所ノ名称及位置ハ台湾総督之ヲ定ム (オ) 昭和5年11月24日,台湾総督は,台湾総督府告示第102号をもって,「台湾総督府癩療養所ノ名称及位置」を次のとおり定めた。(甲59,乙35)  楽生院  台北州新荘郡新荘街頂坡角 (カ) 昭和9年6月16日,「行政諸法台湾施行令中改正ノ件」(勅令第164号)が公布され(同年10月1日施行),台湾に施行される法律に「癩予防法」(昭和6年法)が加えられるとともに,同令に次のとおりの規定が置かれた。(甲66,乙36) 32条 癩予防法中道府県トア…(中略)…ルハ州…(中略)…ト(ス) (キ) 昭和9年10月4日,「癩予防法施行規則」(台湾総督府令第66号)が公布され(同年10月1日施行),次のように規定された。(甲68,乙37) 3条1項 癩患者ニシテ病毒伝播ノ虞アルモノアルトキハ郡守,支庁長,警察署長又ハ警察分署長ハ患者ノ所在,環境及病状等ヲ具シ知事又ハ庁長ニ報告スベシ 3条2項 知事又ハ庁長ハ前項ノ報告ヲ受ケタル場合ニ於テ癩予防上必要アリト認ムルトキハ療養所ニ照会ヲ経タル上送致ノ手続ヲ為スベシ 4条 前条ノ規定ニ依リ癩患者ヲ入ラシムベキ療養所ハ患者所在地ノ州庁ノ療養所又ハ国立癩療養所トス但シ療養所管理者ノ協議ニ依リ之ヲ変更スルコトヲ得 5条1項 療養所ノ長ハ病毒伝播ノ虞アル癩患者ニシテ直接入所ヲ申出デタルモノアルトキハ特ニ必要アリト認ムル場合ニ限リ第三条ノ規定ニ拘ラズ之ヲ直ニ収容スルコトヲ得 5条2項 前項ノ規定ニ依リ収容シタル場合ニ於テハ療養所ノ長ハ国立癩療養所ニ在リテハ台湾総督,州庁ノ療養所ニ在リテハ管理者タル知事又ハ庁長ノ承認ヲ求ムルコトヲ要ス ウ 日本統治下の朝鮮における状況 (ア) 日本は,明治39年の初めから韓国の京城に統監府を設置し,保護条約に基づき韓国の内地外交を指揮し,韓国からその司法権・刑罰権及び次いで警察権を委任されてからは,その委任の範囲内において韓国に代わってその統治権を行使していたが,明治43年8月に韓国を併合し,その名称を改めて「朝鮮」と称するようになってから後は,統監府を廃して新たに朝鮮総督府を置き,以後,昭和20年8月まで,朝鮮総督による統治を行った。(甲15,甲16,甲64) (イ) 明治43年8月29日,「朝鮮総督府設置ニ関スル件」(勅令第319号)が公布され(同日施行),次いで同年9月30日,「朝鮮総督府官制」(勅令第354号)が公布されたが(同年10月1日施行。勅令第319号は官立学校に関するものを除き廃止された。),「朝鮮総督府官制」は,次のように規定していた。(甲15,甲16) 1条1項 朝鮮総督府ニ朝鮮総督ヲ置ク 1条2項 総督ハ朝鮮ヲ管轄ス 3条1項 総督ハ天皇ニ直隷シ委任ノ範囲内ニ於テ陸海軍ヲ統率シ及朝鮮防備ノ事ヲ掌ル 3条2項 総督ハ諸般ノ政務ヲ統括シ内閣総理大臣ヲ経テ上奏ヲ為シ及裁可ヲ受ク 4条 総督ハ其ノ職権又ハ特別ノ委任ニ依リ朝鮮総督府令ヲ発…(中略)…スルコトヲ得 (ウ) 明治43年8月29日,「朝鮮ニ施行スヘキ法令ニ関スル件」(勅令第324号)が,次いで明治44年3月25日,「朝鮮ニ施行スヘキ法令ニ関スル法律」(法律第30号)及び「明治四十三年勅令第三百二十四号ノ効力ヲ将来ニ失ハシムルノ件」(勅令第30号)がそれぞれ公布されたが(いずれも公布日施行),「朝鮮ニ施行スヘキ法令ニ関スル法律」は,次のように規定していた。(甲17,乙30) 1条 朝鮮ニ於テハ法律ヲ要スル事項ハ朝鮮総督ノ命令ヲ以テ之ヲ規定スルコトヲ得 2条 前条ノ命令ハ内閣総理大臣ヲ経テ勅裁ヲ請フヘシ 4条 法律ノ全部又ハ一部ヲ朝鮮ニ施行スルヲ要スルモノハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム 5条 第一条ノ命令ハ第四条ニ依リ朝鮮ニ施行シタル法律及特ニ朝鮮ニ施行スル目的ヲ以テ制定シタル法律及勅令ニ違背スルコトヲ得ス 6条 第一条ノ命令ハ制令ト称ス (エ) 明治43年9月30日,「朝鮮総督府地方官官制」(勅令第357号)が公布され(同年10月1日施行),朝鮮に13の道が置かれるとともに(1条),各道に,疾病の診療に関することを掌り,兼ねて総督の指定により医師の養成に関することを掌る機関として,慈恵医院が付置されることとなった(26条)。(甲21) (オ) 明治45年5月21日,朝鮮総督は,朝鮮総督府令第106号を公布し,朝鮮総督府道慈恵医院の名称及び位置を定めた。(甲7) (カ) 大正5年3月3日,朝鮮総督は,朝鮮総督府令第7号を公布し(同年2月24日施行),明治45年朝鮮総督府令第106号中の朝鮮総督府道慈恵医院の名称及び位置に,次の慈恵医院(本件療養所の前身)を加えた。(甲7)  全羅南道小鹿島慈恵医院  全羅南道小鹿島 (キ) 朝鮮総督府内務部長官が大正5年11月20日に各道警務部長に対して発した「患者収容ニ関スル件」(内二第569号)には,次のとおりの記載がある。(甲9) 「癩患者療養ノ為新設ニ係ル全羅南道小鹿島慈恵医院ハ本年中落成シ明春一月ヨリ患者ノ収容ヲ開始スヘキ見込ニ有之候処同院ハ経費ノ関係上約百名内外ヲ収容シ得ルニ止マルヲ以テ全道ニ於ケル癩患者ヲ盡ク収容スル能ハサル義ニ有之候ニ付先ツ重症患者ニシテ療養ノ途ヲ有セス路傍又ハ市場等ヲ徘徊シ病毒伝播ノ虞アル者ニ限リ之ヲ収容致スコトト相成候」 (ク) 全羅南道小鹿島慈恵医院は,大正6年1月竣工し,同年4月から患者の収容を開始した。同年末の収容者数は99名であったが,その後漸次増員され,昭和4年末の収容者数は735名であった。(甲14)   その後,昭和8年9月からは,3000人増収容計画のための第1期拡張事業が開始され,同事業は,全羅南道小鹿島慈恵医院が朝鮮総督府癩療養所小鹿島更生園(本件療養所)となった後の昭和10年9月に完成し,これにより3770人の収容が可能となった。(甲72) (ケ) 昭和9年9月15日,「朝鮮総督府癩療養所官制」(勅令第260号)が公布され,次のように規定されるとともに,同日公布の「朝鮮総督府地方官官制中改正ノ件」(勅令第261号)により,全羅南道小鹿島慈恵医院は廃止された(いずれも同年10月1日施行)。(乙3,乙4) 1条 朝鮮総督府癩療養所ハ朝鮮総督ノ管理ニ属シ癩患者ノ救護及療養ニ関スルコトヲ掌ル 9条 癩療養所ノ名称及位置ハ朝鮮総督之ヲ定ム (コ) 昭和9年10月16日,朝鮮総督は,朝鮮総督府令第98号を公布し(同年10月1日施行),「朝鮮総督府癩療養所ノ名称及位置」を次のとおり定めた。(乙5)  小鹿島更生園  全羅南道高興郡錦山面小鹿里 (サ) 昭和10年5月9日,「朝鮮癩予防令」(制令第4号)が公布され(同年6月1日施行),次のように規定された。(乙7) 5条 行政官庁ハ癩予防上必要アリト認ムルトキハ癩患者ヲ朝鮮総督府癩療養所ニ入所セシムルコトヲ得 (シ) 昭和10年4月20日,「朝鮮癩予防令施行規則」(朝鮮総督府令第61号)が公布された(同年6月1日施行)。(甲10) (ス) 昭和11年以降,本件療養所では第2期,第3期の拡張工事が行われ,昭和14年11月ころには,収容定員が5770人となった。(甲72) (セ) 朝鮮総督府癩療養所としての本件療養所は,昭和20年8月の終戦時まで存続した。 (3) 戦後の我が国等におけるハンセン病に関する法制及び療養所設置の状況等 ア 日本復帰前の沖縄及び奄美群島における状況 (ア) 終戦後,沖縄及び奄美群島は米国の施政下に置かれたが,1945(昭和20)年米国海軍軍政府布告第1号及び1945年米国海軍軍政府布告第1のA号(以下これらを併せて「軍政府布告」という。)により,軍政府の職権行使上必要を生じない限り,現行法規の施行を持続することとされたため,昭和6年法が引き続き適用された。(甲4,甲5) (イ) 昭和27年4月1日,琉球政府が発足したが,軍政府布告により引き続き施行されていた昭和6年法は,琉球政府発足後も施行されていた。 (ウ) 昭和28年12月,奄美群島が日本に復帰した。 (エ) 昭和36(1961)年8月26日,琉球政府立法院が定めた「ハンセン氏病予防法」(立法第119号)が公布され(同日施行),次のように規定されるとともに,昭和6年法が廃止された。(甲81) 6条1項 行政主席は,ハンセン氏病を伝染させるおそれがある患者について,ハンセン氏病予防上必要があると認めるときは,当該患者又はその保護者に対し,政府が設置するハンセン氏病療養所(以下「政府立療養所」という。)又は行政主席が指定する政府立の病院(以下「指定病院」という。)に入所若しくは入院し,又は入所若しくは入院させるように勧奨することができる。 6条2項 行政主席は,前項の勧奨を受けた者がその勧奨に応じないときは,患者又はその保護者に対し,期限を定めて,政府立療養所又は指定病院に入所若しくは入院し,又は入所若しくは入院させることを命ずることができる。 6条3項 行政主席は,前項の命令を受けた者がその命令に従わないときは,その患者を政府立療養所又は指定病院に入所又は入院させることができる。 7条1項 行政主席は,ハンセン氏病を伝染させるおそれがなくなつた患者(以下「軽快者」という。)に対し,政府立療養所又は指定病院から退所又は退院することを命ずることができる。 8条1項 行政主席は,ハンセン氏病を伝染させるおそれがない患者に対し,予防上必要があると認めるときは,在宅のまま必要な措置を講ずることができる。 14条 政府は,ハンセン氏病療養所を設置し,かつ,必要に応じ政府立病院を指定し,患者に対して,必要な療養を行なう。 (オ) 昭和47年5月,沖縄が日本に復帰した。 イ 日本復帰前の沖縄及び奄美群島を除く我が国における状況 (ア) 我が国では,昭和20年8月の終戦後も,引き続き,昭和6年法が施行されていた。 (イ) 昭和20年12月1日,「医療局官制」(勅令第691号)が公布され(同日施行),厚生大臣の管理に属する「医療局」が創設されるとともに(1条),同令中に次のとおりの規定が置かれ,傷痍軍人駿河療養所を含む51箇所の傷痍軍人療養所が軍事保護院の所管から医療局の所管に移された。(甲40,乙26,乙27) 4条1項 厚生大臣ハ局務ノ一部ヲ分掌セシムル為病院,療養所又ハ保育所ヲ設クルコトヲ得其ノ名称及位置ハ厚生大臣之ヲ定ム (ウ) 昭和20年12月21日,厚生大臣は,厚生省告示第142号をもって,同月1日に定めた「医療局官制第四条ノ規定ニ依ル療養所」51箇所の名称及び位置を公示し,その中で傷痍軍人駿河療養所も次のとおりの名称及び位置が指定された。(甲41,乙28)  国立駿河療養所  静岡県駿東郡富士岡村 (エ) 昭和21年11月4日,「医療局官制の一部を改正する勅令」(勅令第514号)が公布され(同日施行),医療局官制4条1項が次のとおり改正されるとともに,国立癩療養所官制が廃止された。(甲42,乙29) 4条1項 厚生大臣ハ局務ノ一部ヲ分掌セシムル為病院又ハ療養所ヲ設クルコトヲ得其ノ名称及位置ハ厚生大臣之ヲ定ム (オ) 昭和21年11月5日,「厚生省官制等の一部を改正する勅令」(勅令第517号)が公布され(同日施行),厚生省官制に次のとおりの規定が置かれるとととに,医療局官制が廃止された。(甲43) 24条1項 厚生大臣ハ国ニ於テ医療ヲ為スヲ要スル患者ノ医療ニ関スル事務ノ一部ヲ分掌セシムル為病院又ハ療養所ヲ設クルコトヲ得其ノ名称及位置ハ厚生大臣之ヲ定ム (カ) 昭和21年11月18日,厚生大臣は,厚生省告示第82号をもって,昭和20年12月厚生省告示第142号(国立療養所の名称及び位置の件)に次のように加え,昭和21年11月4日からこれを適用することを定め,また,昭和21年11月18日,厚生大臣は,厚生省告示第83号をもって,昭和20年12月厚生省告示第142号の本文中「医療局官制第四条」を「厚生省官制第二十四条」に改め,昭和21年11月5日からこれを適用することを定めた。(甲44,甲45)  国立療養所長島愛生園  岡山県邑久郡裳掛村  国立療養所栗生楽泉園  群馬県吾妻郡草津町  国立療養所星塚敬愛園  鹿児島県鹿屋市  国立療養所東北新生園  宮城県登米郡新田村  国立療養所多摩全生園  東京都北多摩郡東村山町  国立療養所松丘保養園  青森県東津軽郡新城村  国立療養所邑久光明園  岡山県邑久郡裳掛村  国立療養所大島青松園  香川県木田郡庵治村  国立療養所菊池恵楓園  熊本県菊池郡合志村 (キ) 昭和24年5月31日,「厚生省設置法」(法律第151号)が公布され(同年6月1日施行),厚生省の附属機関として国立療養所を置くことが定められ(15条),次のとおり規定されるとともに,厚生省官制が廃止された。(甲48) 22条1項 国立療養所は,特殊の療養を要する者に対して,医療を行い,あわせて医療の向上に寄与する機関とする。 22条2項 国立療養所の名称,位置及び内部組織は,厚生省令で定める。 (ク) 昭和24年6月1日,「国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)及び厚生省設置法(昭和二十四年法律第百五十一号)の施行に伴い本省の内部部局,附属機関及び地方支分部局の内部組織等を定める省令」(厚生省令第22号)が公布され(同日施行),次のように規定された。(甲49) 1条 この省令で定めるものの外,現に存する本省の内部部局,附属機関及び地方支分部局の内部組織その他必要な事項については,当分の間なお,従前の例による。 (ケ) 昭和24年10月25日,「厚生省組織規程」(厚生省令第38号)が公布され(同日施行),次のように規定されるとともに,昭和24年厚生省令第22号は廃止された。(甲50) 122条 国立療養所の名称及び位置は,別表第五のとおりとする。 別表第五(二) 国立らい療養所 名  称 位  置 国立療養所松丘保養園 国立療養所東北新生園 国立療養所栗生楽泉園 国立療養所多磨全生園 国立駿河療養所 国立療養所長島愛生園 国立療養所邑久光明園 国立療養所大島青松園 国立療養所菊池恵楓園 国立療養所星塚敬愛園 青森県東津軽郡新城村 宮城県登米郡新田村 群馬県吾妻郡草津町 東京都北多摩郡東村山町南秋津 静岡県駿東郡富士岡村 岡山県邑久郡裳掛村 岡山県邑久郡裳掛村 香川県木田郡庵治村 熊本県菊池郡合志村 鹿児島県鹿屋市西俣町 (コ) 昭和27年10月1日,「厚生省附属機関等組織規程」(厚生省令第41号)が公布され(同日施行),次のように規定されるとともに,昭和24年厚生省令第38号は廃止された。(甲51) 81条 国立療養所の名称及び位置は,別表第六の通りとする。 別表第六(二) 国立癩療養所 名  称 位  置 国立療養所松丘保養園 国立療養所東北新生園 国立療養所栗生楽泉園 国立療養所多磨全生園 国立駿河療養所 国立療養所長島愛生園 国立療養所邑久光明園 国立療養所大島青松園 国立療養所菊池恵楓園 国立療養所星塚敬愛園 青森県東津軽郡新城村 宮城県登米郡新田村 群馬県吾妻郡草津町 東京都北多摩郡東村山町 静岡県駿東郡富士岡村 岡山県邑久郡裳掛村 岡山県邑久郡裳掛村 香川県木田郡庵治村 熊本県菊池郡合志村 鹿児島県鹿屋市星塚町 (サ) 昭和28年8月15日,「らい予防法」(法律第214号。以下「昭和28年法」という。)が公布され(同日施行),次のように規定されるとともに,昭和6年法は廃止された。(甲6) 6条1項 都道府県知事は,らいを伝染させるおそれがある患者について,らい予防上必要があると認めるときは,当該患者又はその保護者に対し,国が設置するらい療養所(以下「国立療養所」という。)に入所し,又は入所させるように勧奨することができる。 6条2項 都道府県知事は,前項の勧奨を受けた者がその勧奨に応じないときは,患者又はその保護者に対し,期限を定めて,国立療養所に入所し,又は入所させることを命ずることができる。 6条3項 都道府県知事は,前項の命令を受けた者がその命令に従わないとき,又は公衆衛生上らい療養所に入所させることが必要であると認める患者について,第二項の手続をとるいとまがないときは,その患者を国立療養所に入所させることができる。 11条 国は,らい療養所を設置し,患者に対して,必要な療養を行う。 (シ) 昭和28年12月28日,「厚生省附属機関等組織規程の一部を改正する省令」(厚生省令第71号)が公布され(同日施行,同月25日から適用),厚生省附属機関等組織規程別表第六(二)に次の国立癩療養所が追加された。(甲52) 名  称 位  置 国立療養所奄美和光園 鹿児島県大島郡三方村 (ス) 昭和47年5月15日,「沖縄の復帰に伴う厚生省令の改廃に関する省令」(厚生省令第23号)が公布され(同日施行),厚生省附属機関等組織規程別表第六(二)に次の国立癩療養所が追加された。(甲53) 名  称 位  置 国立療養所沖縄愛楽園 国立療養所宮古南静園 沖縄県名護市字済井出 沖縄県平良市字島尻 (セ) 平成8年3月31日,「らい予防法の廃止に関する法律」(法律第28号。以下「廃止法」という。)が公布され(同年4月1日施行),昭和28年法は廃止された。 (4) ハンセン病補償法制定の経緯等 ア 熊本地裁判決(甲1) (ア) 平成10年,昭和28年法の下で同法11条の国立療養所に入所していたハンセン病患者らが,国に対し,同法の下で厚生大臣(当時)が策定・遂行したハンセン病患者の隔離政策の違法,国会議員が同法を制定した立法行為又は同法を平成8年まで改廃しなかった立法不作為の違法などを理由に,国家賠償法に基づく損害賠償を求める訴訟を,熊本地方裁判所に提起した。 (イ) 平成13年5月11日,熊本地方裁判所は,前記(ア)の患者らの請求を一部認容する判決(以下「熊本地裁判決」という。)を言い渡し,同判決は,当事者双方が控訴せず,確定した。 (ウ) 熊本地裁判決は,遅くとも昭和35年以降においては,もはやハンセン病は,隔離政策を用いなければならないほどの特別の疾患ではなくなっており,病型のいかんを問わず,すべての入所者及びハンセン病患者について,隔離の必要性が失われたとして,隔離政策の抜本的な変換やそのために必要となる相当な措置を採らなかった厚生大臣(当時)の国家賠償法上の責任を認めたほか,遅くとも昭和35年には,昭和28年法の隔離規定は,その合理性を支える根拠を全く欠く状態に至っており,その違憲性は明白となっていたとして,遅くとも昭和40年以降に昭和28年法の隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為についても国家賠償法上の責任を認め,その上で,隔離による被害と,社会から差別・偏見を受けたことによる精神的損害につき,昭和50年以降における隔離による被害の著しい後退と処遇改善等をも考慮して,まず,昭和35年以前から入所し昭和28年法廃止まで退所を経験していない者の慰謝料基準額を1400万円とし,それより入所時期が遅い者は,昭和35年から入所時までの期間部分の慰謝料を減額し,昭和35年から昭和49年までの15年間に退所していた期間(ただし,昭和35年から昭和39年までの5年間は2倍に換算する。以下「換算退所期間」という。)がある者については,当該期間に係る隔離による被害部分の慰謝料を減額するとして,①初回入所時期が昭和35年以前の者のうち,換算退所期間が2年未満の者について1400万円,2年以上10年未満の者について1200万円,10年以上18年未満の者について1000万円,18年以上の者について800万円,②初回入所時期が昭和36年から昭和37年までの者のうち,昭和49年以前に退所を経験していない者について1200万円,退所を経験している者について1000万円,③初回入所時期が昭和43年から昭和45年までの者について1000万円,④初回入所時期が昭和48年の者について800万円の各慰謝料を認めるものであった。   なお,昭和35年から昭和47年5月15日の沖縄の本土復帰までの間に,米国統治下の沖縄に居住し,沖縄愛楽園又は宮古南静園に入所していた経験を持つ者の本土復帰前の被害については,同時期の本土のそれと同視することができるといえるだけの立証が尽くされていないとして,賠償の対象とはされなかった。 イ 内閣総理大臣談話(乙8) (ア) 平成13年5月25日,内閣総理大臣は,熊本地裁判決を受けて,談話(以下「内閣総理大臣談話」という。)を公表した。 (イ) 内閣総理大臣談話は,次のような内容であった。 「我が国においてかつて採られたハンセン病患者に対する施設入所政策が,多くの患者の人権に対する大きな制限,制約となったこと,また,一般社会において極めて厳しい偏見,差別が存在してきた事実を深刻に受け止め,患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し,政府として深く反省し,率直にお詫びを申し上げるとともに,多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げるものです。」 「ハンセン病問題については,できる限り早期に,そして全面的な解決を図ることが,今最も必要なことであると判断するに至りました。」 「本件原告の方々のみならず,また各地の訴訟への参加・不参加を問わず,全国の患者・元患者の方々全員を対象とした,以下のような統一的な対応を行うことにより,ハンセン病問題の早期かつ全面的な解決を図ることといたしました。 ①今回の判決の認容額を基準として,訴訟への参加・不参加を問わず,全国の患者・元患者全員を対象とした新たな補償を立法措置により講じることとし,このための検討を早急に開始する。」 ウ ハンセン病補償法案提出に至る経緯 (ア) 平成13年5月24日,自民,公明,保守の与党3党幹事長,政調会長らの会談において,ハンセン病の患者,元患者への補償措置を行うための特別立法についての協議が行われ,法案は,同年6月上旬をめどに議員立法で提出し,今国会(第151回国会)中に成立させること,補償対象は四千数百人となる見通しで,補償総額は最大で600億円をめどとすること,などが合意された。(乙40ないし乙42) (イ) 平成13年6月5日,与党案が野党関係者に提示され,協議の結果,同月7日ころ,与野党間で合意が成立した。(甲60) (ウ) その後,衆議院厚生労働委員会委員長がハンセン病補償法案の草案を作成し(のち原案どおり可決成立),平成13年6月11日の同委員会の会議において,同草案の審議が行われた。なお,同草案には,「本案施行に要する経費としては,約七百億円の見込みである。」と明記されていた。(甲12,乙9) エ ハンセン病補償法成立に至る経緯等 (ア) 平成13年6月11日の衆議院厚生労働委員会会議での審議においては,次のような質疑応答が行われた。(甲12,乙9) a 西川京子議員が,熊本地裁判決が賠償の対象にしなかった軍政下の沖縄の問題について法案ではどのように扱われているかとの質問をしたのに対し,福田孝雄衆議院法制局第5部長が,次のとおり答弁した。 「復帰前の沖縄の問題でございますけれども,この法案では,補償金支給の対象となりますハンセン病療養所等は厚生労働大臣が定めることとされておりますけれども,厚生労働省の方では,その中に,復帰前の沖縄における療養所も対象とするという方針と聞いておりますので,熊本地裁では対象としていない復帰前の沖縄における療養所入所期間も,本土の場合と同様に,補償金の算定期間とするということとなるものと思います。」   この答弁を受けて,西川京子議員は,次のような発言をした。 「本当に多大な精神的苦痛を伴ったらいの患者さんたちすべての方々を救済するというのが目的ですので,当然の判断だったろうと思います。」 b 川内博史議員が,質問の冒頭に,次のような発言をした。 「発言の前に,まず,国会に身を置く者の一人として,これまで国の誤った強制隔離政策を許してきた国会の責任というものを重く受けとめ,筆舌に尽くしがたい人権侵害を受けてこられたすべてのハンセン病の患者,元患者の皆様方及び隔離の壁の中で無念の死をお遂げになられた二万三千七百余名の療養所入所者の皆様方,そしてその家族,御親族に心より深くおわびを申し上げさせていただきたいと思います。」 c 中川智子議員が,法案2条の「その他の厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所」に旧法適用時のみの入所者,琉球政府時代のみの入所者及び私立療養所の入所者が含まれるのかとの質問をしたのに対し,篠崎英夫厚生労働省健康局長が,次のとおり答弁した。 「沖縄の問題につきましては,熊本地裁の判決ではそうでございませんでしたが,今回の補償法の中につきましては,国内と同じような対応をするということにいたしております。」 「私立のらい療養所につきましては,それも含めて同じ考え方で対応するということにいたしております。」 「新法というのが昭和28年にできたもの,旧法というのが今先生御指摘の昭和6年にできたものだといたしますと,旧法も含まれるということでございます。」 d 中川智子議員が,第二次世界大戦中の占領下の朝鮮半島での隔離政策による元患者の当時の実態を厚生労働省は把握しているのか,これから調査しなければならないと考えているのかとの質問をしたのに対し,桝屋敬悟厚生労働副大臣が,次のとおり答弁した。 「韓国の状況もまたつまびらかにしてもらいたい,こういう御要請をいただいたわけであります。検証するための委員会,この活動の中で考えていくべきことだというふうに私は思っております。突然伺われまして,戦時中における韓国でのハンセン病の実態というものはどういうものか,私もつまびらかにはしておりません。」   なお,この点に関しては,平成13年5月29日の衆議院厚生労働委員会会議においても,韓国のハンセン病療養所の収容者について,事実を調査した上,謝罪と補償を検討すべきではないかとの瀬古由起子議員の質問に対し,坂口力厚生労働大臣が次のとおり答弁していた。(乙11) 「戦前の韓国におけるハンセン病対策につきましては,現在その具体的内容を十分把握しておりません。今後,ハンセン病問題の歴史を検証していく中で,御指摘の点につきましても取り扱いを検討してまいりたいと思います。」 (イ) 前記(ア)の審議の結果,草案を成案とし,これを衆議院厚生労働委員会提出の法律案とすることが,川田悦子議員を除く賛成多数をもって決定された。   川田悦子議員の反対理由については,①療養所から出て差別と偏見の中で社会生活を送った元患者は補償が減額される仕組みとなっていること,②戦前から戦後にかけて朝鮮半島で隔離された人たちは補償の対象となっていないことなどが反対の理由に挙げられていることが報じられ(乙38),また,次のような同議員の談話が報じられた(乙12)。 「日本占領下の朝鮮半島のハンセン病療養所では,薬物などで患者を虐待したとも聞いています。何が行われたかを検証し,補償から漏れる人がいないか調査すべきです。素早い立法はいいことですが,『熊本判決』だけが下敷きでは視野が狭い。国会は独自に中身の濃い法を打ち出す責任があります。8月には韓国に調査に行くつもりです。」 (ウ) 平成13年6月14日,参議院厚生労働委員会の会議において,衆議院提出のハンセン病補償法案についての審議が行われ,審議の結果,同法案は,全会一致をもって,原案どおり可決すべきものと決定された。   参議院厚生労働委員会会議における審議においては,大脇雅子議員が,法案は熊本地裁判決を踏まえた立法と理解してよいのかとの質問をしたのに対し,福田孝雄衆議院法制局第5部長が,次のとおり答弁するなどの質疑応答が行われた。(乙10) 「この法案の補償金は熊本地裁判決の認容額を基準として,このようなハンセン病療養所入所者等の方々がこうむった精神的苦痛を慰謝するために支給するものでございます。なお,同判決では賠償金の算定対象としていない昭和35年より前の入所期間でございますとか,また復帰以前の沖縄での入所期間もこの法案では対象としているところでございます。」 (エ) ハンセン病補償法は,平成13年6月22日,法律第63号として公布され,同日施行された。 オ ハンセン病補償法施行に伴う厚生労働省の措置 (ア) 被告は,ハンセン病補償法2条の規定に基づき,「厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所」を定め,これを平成13年6月22日に厚労省告示として公示した。(乙1) (イ) 被告は,ハンセン病補償法12条の規定に基づき,ハンセン病補償法施行規則を定め,これを平成13年6月22日に公布,施行した。(甲3) (ウ) 厚生労働省は,財務省に対し,ハンセン病療養所入所者等に対する補償金に必要な経費として,682億9500万円の予備費の使用を求める旨の「平成13年度一般会計予備費使用要求書」等を提出し,その中で,ハンセン病療養所入所者等の人数を5467人,うち国立療養所入所者数(平成13年3月31日現在)を4384人,平成7年までの退所者数及び平成8年以降の国立療養所の退所者数を870人(平均死亡率を用いた推計値)と推計した。(乙43ないし乙46) (5) 本件訴訟に至る経緯等 ア 原告らは,いずれも,昭和20年8月に我が国が朝鮮の統治権を失うまでの間に,初めて本件療養所に入所した者である。(甲1001ないし1004の各1,1006ないし1014の各1,1016ないし1025の各1,1025の2,1026ないし1037の各1,1039ないし1050の各1,1052ないし1055の各1,1057の1,1058の1,1060の1,1061の1,1063ないし1069の各1,1071の1,1072の1,1074の1,1077ないし1117の各1,1119ないし1126の各1,原告番号4番及び25番の各本人尋問の結果,弁論の全趣旨) イ 第1事件 (ア) 第1事件原告ら110名のうち,原告番号1番ないし28番(ただし,5番及び15番は欠)は平成15年12月25日に,同29番ないし115番(ただし,51番,56番,62番,70番,73番,75番及び76番は欠)は平成16年2月25日に,同116番ないし119番は同年3月22日に,それぞれ被告に対し,ハンセン病補償法に基づく補償金の支給を請求した。 (イ) これに対し,被告は,平成16年8月16日付けで,第1事件原告らのいずれについても,ハンセン病補償法2条に定める「国立ハンセン病療養所等」への入所の事実が確認できないという理由で,本件不支給決定をした。 (ウ) そこで,第1事件原告らは,平成16年8月23日,本件訴訟(第1事件)を提起した。 ウ 第2事件 (ア) 第2事件原告ら2名は,平成16年8月23日,被告に対し,ハンセン病補償法に基づく補償金の支給を請求した。 (イ) これに対し,被告は,平成16年10月22日付けで,第2事件原告らのいずれについても,ハンセン病補償法2条に定める「国立ハンセン病療養所等」への入所の事実が確認できないという理由で,本件不支給決定をした。 (ウ) そこで,第2事件原告らは,平成16年12月17日,本件訴訟(第2事件)を提起した。 エ 第3事件 (ア) 第3事件原告ら5名は,平成16年10月26日,被告に対し,ハンセン病補償法に基づく補償金の支給を請求した。 (イ) これに対し,被告は,平成17年1月14日付けで,第3事件原告らのいずれについても,ハンセン病補償法2条に定める「国立ハンセン病療養所等」への入所の事実が確認できないという理由で,本件不支給決定をした。 (ウ) そこで,第3事件原告らは,平成17年2

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