H17.10.27 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第18022号 謝罪広告等請求事件

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平成17年10月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成16年(ワ)第18022号 謝罪広告等請求事件 口頭弁論終結日 平成17年9月8日 判        決 原    告         A 同訴訟代理人弁護士  田  中   克  郎 升  本   喜  郎 四  宮   隆  史 被    告       株式会社文藝春秋 同代表者代表取締役      B 被    告            C 被告ら訴訟代理人弁護士  二  瓶   和  敏 今 給 黎   泰  弘 冨  坂   幸  代 酒  井      幸 主        文 1 被告らは,原告に対し,連帯して金200万円及びこれに対する平成16年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告らの負担とし,その余は原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告株式会社文藝春秋は,別紙1写真目録記載の写真を別紙2出版物目録1記載の出版物に掲載してはならない。 2 被告Cは,別紙1写真目録記載の写真を別紙2出版物目録2記載の出版物に掲載してはならない。 3 被告らは,連帯して,別紙4記載の要領により,別紙3記載の謝罪広告を週刊文春の記事面に掲載せよ。 4 被告らは,原告に対し,連帯して1000万円及びこれに対する平成16年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,被告株式会社文藝春秋(以下「被告会社」という。)の従業員(カメラマン)が原告の自宅居室内におけるガウン姿を写真に撮り,その写真が被告会社の発行する週刊誌「週刊文春」に掲載されたことにつき,原告が,その写真の撮影及び掲載によりプライバシーを侵害されたと主張して,被告会社及び同誌の編集長である被告Cに対し,不法行為(被告会社については使用者責任)に基づいて,当該写真を「週刊文春」等の出版物に掲載することの差止めと謝罪広告の掲載及び慰謝料の支払を求めている事案である(慰謝料支払請求の附帯請求は,不法行為後の日(訴状送達日の翌日)からの民法所定の割合による遅延損害金の支払請求である。)。  1 前提事実(証拠原因を掲記しない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告(甲6,14,乙1の1ないし4,2の1ないし5,4の2) 原告は,昭和25年に読売新聞社に記者として入社した後,政治部長,論説委員長等を経て,平成3年5月に読売新聞社代表取締役社長に,平成14年7月に持ち株会社制への移行に伴って株式会社読売新聞グループ本社の代表取締役社長に,平成16年1月に同社の代表取締役会長にそれぞれ就任した。また,原告は,昭和60年6月以降,読売新聞の主筆として,その社論を最終的に決定する責任を負っている。 原告は,平成8年12月,株式会社読売巨人軍(以下「読売巨人軍」という。)の取締役オーナー(以下「オーナー」という。)に就任し,平成16年8月13日,そのオーナーを辞任したが,平成17年6月23日,同社の代表取締役会長に就任した。 原告は,財政制度審議会員(昭和59年6月ないし平成13年1月),行政改革会議委員(平成8年11月ないし平成10年6月),日本新聞協会会長(平成11年6月ないし平成15年6月),横綱審議委員会委員(平成3年8月ないし平成17年1月)等の役職も務めてきた。 イ 被告ら 被告会社は,雑誌及び図書の印刷,発行及び販売等を目的とする会社であり,「週刊文春」という名称の週刊誌を発行して,これを全国で販売している。 被告Cは,被告会社の従業員であり,「週刊文春」の編集長を務めている。 (2) 読売巨人軍等の役員人事に関する記者会見(甲9の1ないし4,乙1の1ないし4,2の1ないし5) 平成16年8月13日,株式会社読売新聞グループ本社の取締役で株式会社読売新聞東京本社の代表取締役であったDは,東京都千代田区所在のホテルにおいて,読売巨人軍等の役員人事に関する記者会見(以下「本件記者会見」という。)を開き,同年秋のドラフト会議で獲得を目指していた明治大学野球部のE投手に読売巨人軍のスカウトが約200万円の現金を渡していたことを発表するとともに,読売巨人軍の代表取締役社長,常務取締役球団代表及び取締役球団副代表の3名を解任すること,原告が読売巨人軍のオーナーを辞任することなどを発表した。また,Dは,本件記者会見の際,別紙5のとおりの原告のコメント(甲第9号証の4)を発表した。 (3) 被告会社は,「週刊文春」平成16年8月26日号(甲第1号証。以下「本誌」という。)の「CATCH UP」と題するグラビア記事掲載部分に原告の姿を撮影した写真3枚を掲載して,これを全国で販売して不特定多数の者に閲読させた。 当時,原告は,皇居に近い東京都千代田区ab丁目d番e号に所在するマンション(以下「本件マンション」という。)の5階の東南角の居室(以下「本件居室」という。)に居住していたところ,上記3枚の写真のうち2枚は,被告会社の従業員(カメラマン)であるFが,本件マンションの面する公道に隣接する遊歩道から,本件居室内にいるガウン姿の原告を,千鳥ヶ淵に面した東側の窓(以下「本件窓」という。)のガラス越しに撮影したものであり,「オーナー辞任で意気消沈の渡辺氏」というコメントが付された原告の正面向きの上半身の写真(以下「本件写真1」という。)と「ワンマンの末路」という見出しが付された原告の横向きの上半身の写真(以下「本件写真2」という。)である(以下,本件写真1及び本件写真2を併せて「本件写真」という。)。 本件写真1が掲載されている見開きページの向かい側のページには,別紙6のとおり「読売vs.NHK『メディアのドン』のクルマ自慢」という見出しが付されたグラビア記事(以下「本件グラビア記事」という。)が掲載されている。また,本誌には,「巨人軍渡辺王国の崩壊」という見出しが付された特集記事(以下「本件特集記事」という。)が掲載されている。 (4) 原告は,本件記者会見に出席せず,本誌が販売された時点においても,読売巨人軍のオーナーを辞任した理由等に関して,記者会見を行わず,取材の受付も行っていなかった(乙3,13ないし16)。 2 原告の主張 (1) プライバシーの侵害 ア 人は,みだりに私生活(私的領域)に侵入されたり,他人に知られたくない私生活上の事実や情報を公開されない権利(プライバシーの権利)が保障されており,自己の容貌・姿態をその意に反して撮影され,広く公表されない人格的利益(人格権)を有する。殊に,自宅の室内において,他人の視線から遮断され,社会的緊張から解放された形で個人の自由な私生活を営むことは,人格的利益として何よりも尊重されなければならず,居宅内における容貌・姿態を第三者が無断で写真撮影し,広く公表することは,私生活への実質的な侵入であり,被撮影者に一層大きな精神的苦痛を与えるものであるから,不法行為を構成する。 そして,居室内においてガウン姿でくつろぐ容貌・姿態の写真は,誰であっても公開を望まないものであり,これが公開されると,個人としての平穏な生活が一切維持できなくなる。 イ 被告Cは,本誌の編集長として,本誌の発行のための取材行為の際に,他人の私生活に無断で侵入するような方法で写真撮影をして,私生活,住居の平穏を侵害しないよう注意すべき義務を負うとともに,みだりに他人の容貌・姿態を撮影した写真を雑誌に掲載して,その人格的利益を侵害することのないよう注意すべき義務を負う。にもかかわらず,被告Cが,かかる注意義務に反して,原告のプライバシーを著しく侵害する本件写真を被告会社のカメラマンに撮影させた上,これを多数の発行部数を有する本誌に掲載した結果,原告は,プライバシーを著しく侵害され,回復不可能なほどの精神的苦痛を受けた。 ウ 被告会社は,被告C及び被告会社のカメラマンの使用者であり,上記の被告Cらの不法行為が被告会社の出版事業の遂行について行われたことは明らかであるから,民法715条1項に基づく使用者責任を負う。 エ 損害 慰謝料 1000万円 (2) 差止めの必要性 プライバシーを侵害する行為についても,予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量し,侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図ることが不可能ないし著しく困難になると認められるときは,侵害行為の差止めが認められるべきである。 この点,プライバシーを著しく侵害する本件写真を撮影され,これを公表されたことによって原告が被った精神的苦痛は,極めて甚大である。他方,興味本位で本件写真のような覗き見的な写真を撮影して本誌に掲載する被告らの利益は,法的保護に値しない。 そして,原告が,株式会社読売新聞グループ本社の代表取締役会長・主筆及び横綱審議委員会委員等の要職にあり,平成17年6月に読売巨人軍の代表取締役会長に就任したことに照らすと,今後も引き続き被告らを含む各メディアによる取材の対象となることは明らかである。よって,被告らが,将来にわたって,「週刊文春」その他被告会社が発行する雑誌類に原告に関する記事を掲載するに当たり,原告の容貌・姿態を示す参考写真として,本件写真を流用して掲載する現実的危険性は極めて高い。 被告らがかかる行為に及ぶと,本件写真が更に多数の衆目にさらされることになり,今以上に原告やその近親者の私生活の平穏が著しく害されて,原告の精神的苦痛はもはや事後的に回復することが極めて困難な程度に深刻化する。 さらに,本件写真が本誌に掲載されたことによって,寝間着であるガウン姿を着用した無防備な原告の姿が一般公衆の目にさらされ,しかも「ワンマンの末路」というキャプション(見出し)が付されていたことにかんがみれば,通常のプライバシー侵害に止まらず,原告の社会的評価を低下させた側面もある。 したがって,プライバシー侵害の救済方法として,原状回復措置を認める必要性が大きく,本件写真の出版物への掲載を差し止めることが不可欠である。 (3) 謝罪広告 被告らの原告に対する人格権侵害行為は極めて深刻であり,金銭賠償のみでは到底被害を回復することができないから,原状回復措置として,謝罪広告の掲載が不可欠である。 そして,謝罪広告によって,本件写真が原告の人格的利益を侵害するものであり,雑誌に公表することが法律上許されないものであることを読者に認識させれば,読者の本件写真に対する認識の仕方を変えることによって,本件写真の社会的な意味を質的に変容させ,もって原告の人格的利益の侵害の原因を相当程度減少させることができる。よって,損害の原状回復の方法として謝罪広告の掲載を求めることは合理的である。 3 被告らの主張 (1) プライバシーの侵害がないこと ア 本件写真の撮影及び本誌への掲載が原告のプライバシーを侵害するとの原告の主張は争う。 イ 公的存在の法理 自己の業績,名声,生活方法等によって公的存在となった者,又は公衆がその行為や性格に興味を持つであろう職業を選択することによって公的存在となった者は,プライバシーの権利の一部を失う(公的存在の法理)。その根拠は,公的存在となった者は,自己の記事の公表に同意したのであり,その社会的地位からその存在は私的なものでなくなり,公衆の知る権利の対象となったことにある。 原告は,読売巨人軍のオーナーを辞任した後も,株式会社読売新聞グループ本社の代表取締役会長・主筆であり,部数が1000万部を超えて社論が国民の世論に強い影響を与える読売新聞の論調を自ら決定する立場にある。よって,原告は日常的に極めて高い公的地位にあるから,原告に関する報道は指導的な政治家に関する報道と同等かそれ以上の意義を有している。 また,本件写真が撮影されたのは,原告が読売巨人軍のオーナーを突如辞任した直後であり,国民全体が原告の動静に注目していた時期であるから,本件写真の撮影及び掲載時の原告の公的地位性又は公的関心の高さは極限的に高まっていた。 したがって,本件写真は,原告のプライバシーを侵害するとはいえない。 (2) 違法性の阻却-その1(黙示の承諾,プライバシーの放棄) 原告は,読売巨人軍のオーナーを辞任した平成16年8月13日以降,数多くの新聞,雑誌及びテレビ等の報道陣が,自ら辞任の理由を説明しない原告に対して直接取材を試みるため,本件マンションの前の公道上やこれに接する遊歩道上に参集しており,激しい取材にさらされていることを十分に認識していた。 また,原告は,読売新聞社の記者の経歴を持ち,現在も会長を務める株式会社読売新聞グループ本社が多数のテレビ・ラジオ局等の関連企業を持つなど,マスコミ界を知りぬいた立場にあるから,各種マスコミが注目度の極めて高い原告の去就に対していかなる取材方法をとるか熟知していたのであり,自宅内を写真撮影される可能性があることも承知していた。 しかして,原告は,本件居室の全面ガラス張りの窓際が,報道陣に自分の姿を現認されて,撮影され得る位置関係にあることを熟知していたが,報道陣に対し,退去するよう求めたり,写真撮影をしないよう抗議したりすることはなかったし,同月15日の午前中,本件窓に設置されたカーテンを閉めず,その窓際付近を何度も行き来した後,家政婦とともに窓際に立って報道陣を眺めた。 以上によれば,原告は,本件のような写真を撮られることについて,黙示に承諾していたか,プライバシーを放棄していたというべきである。 (3) 違法性の阻却-その2 仮に,原告のプライバシーを侵害するとしても,言論,出版その他の表現の自由は,民主主義の根幹をなし,最大限の尊重を要するものであるから,その表現行為が公共の利害に関する事項に係り,かつ,専ら公益を図る目的でなされ,しかも,その公表された内容が表現目的に照らして相当なものであれば,違法性が阻却されるというべきところ,下記のとおりであるから,本件写真の撮影及び本誌への掲載については違法性が阻却される。 ア 事実の公共性   (ア) 本件写真の報道としての意義 人物に関する写真報道は対象となる人物の姿をありのままに写すことができ,対象となる人物が社会的に注目されている場合はその動静を報道すること自体が大きな価値を有する。 原告は,上記(1)イのとおり,株式会社読売新聞グループ本社の代表取締役会長・主筆であって,横綱審議委員会委員であるなど極めて高い公的地位にあった。 また,原告は,長期間にわたって読売巨人軍のオーナーを務め,プロ野球オーナー会議議長として,ドラフト制度の変更やプロ野球球団の再編について積極的に関与し,その影響力を行使してきたのであるから,読売巨人軍のオーナーの辞任を発表した平成16年8月13日以降,国民に対して自らの辞任の理由を説明すべき責任があった。にもかかわらず,原告は同日の本件記者会見に出席せず,新オーナーのDだけが出席して原告のコメント(別紙5)を読み上げたに止まり,原告自身からの辞任の理由についての説明は一切なかった。このように,原告は,読売巨人軍のオーナーを辞任した後,報道陣の前に姿を現さなかったため,辞任の理由について様々な憶測を呼び,原告の動静が国民的な関心を集めていた。 そして,被告会社のカメラマンが原告の写真を撮影したのは,原告の辞任のわずか2日後の同月15日であり,本件写真を本誌に掲載したのも,そのわずか4日後の同月19日のことである。 したがって,本件写真は,国民的関心の対象となっている人物の動静を知らせる内容のものであり,公共の利害に関する事項に係るものであることが明らかである。 (イ) 記事との関連性 本件グラビア記事には「今月十五日,皇居近くの高級マンションの一室から,終戦記念日の行事の模様をぼんやり眺める老人の姿が見えた。巨人軍の金銭スキャンダルでオーナーの座を降りたばかりのA・読売新聞会長(78)である。『長らくメディアのドンとして君臨してきましたが,球界の騒動は手に余るでしょうし,年齢的にもそろそろ潮時でしょう。今回のスキャンダルは辞任のための口実だという社内の見方もあります』(読売新聞記者)」という記載があり,本件特集記事にも「巨人軍渡辺王国の崩壊」と題して原告の辞任の経緯を伝える記事があることからして,本件写真は国民的関心を集めている原告の動静を写したものであることが分かる。 イ 目的の公益性 上記(1)イのとおり要職を務めて極めて強い影響力を有していた原告が,突如として読売巨人軍オーナーを辞任してその理由を十分に明らかにしていなかったのであるから,辞任直後の原告の動静を国民に知らせることは,週刊誌として当然の責務と評価できる。 したがって,被告会社が本件写真を撮影して本誌に掲載した目的が専ら公益を図ることにあることは明らかである。 ウ 表現方法及び表現内容の相当性 本件居室は,5階の東南に位置する角部屋で,窓が広くカーテンも閉められていなかったため,遊歩道から見上げると,その部屋の窓際にいる人物がよく見える状態にあった。そして,原告は,平成16年8月15日正午ころから午後3時ころにかけて,本件居室の窓際に頻繁に姿を現し,皇居の方を眺めたりしていた。 原告が読売巨人軍のオーナーを辞任した同月13日の夜から,本件マンションの前で報道陣が原告の姿を待つようになり,テレビ局各社もサーチライトで本件居室を照らしたりしていたため,原告,家政婦,原告の息子は何度も本件居室の窓越しに報道陣の様子を探っていた。 よって,原告は,本件居室の窓際に姿を現せば,報道陣から写真を撮られることを十分に承知していたはずである。にもかかわらず,原告は,あえてカーテンを閉めることもなく,本件居室の窓際に立ち続けて,堂々と自らのガウン姿を報道陣にさらしていたのである。 Fは,このように,本件マンションの東側の公道に接する遊歩道上から誰もが現認できる原告の姿を撮影したのであり,自宅内を撮影したと評価するべきではなく,バルコニーに立つ姿を公道上から撮影した場合とほとんど異ならない。 したがって,本件写真の撮影方法及び内容は相当である。 (4) 差止めの必要性の不存在 原告は,極めて著名な公人であるし,撮影されることを承知の上で何度も本件居室の窓際に姿を現しており,自らプライバシーを放棄していると評価することも可能であることからすれば,本件写真によって原告に回復困難な損害が生じるということはできない。 また,本件写真は,原告が読売巨人軍のオーナーを辞任しながら何ら説明をしないで逃げていた当時であればこそ,報道としての価値があったのであり,もはやこれを「週刊文春」等に掲載する価値はなく,被告らとしてもその意思がない。 したがって,本件写真の掲載を差し止める必要性はない。 (5) 謝罪広告について プライバシー侵害については,その内容が事実である以上,謝罪広告によって侵害以前の状態に回復することはあり得ない。 よって,プライバシー侵害に対して謝罪広告の掲載を求めることは,民法723条の趣旨に反する。 また,謝罪広告を掲載させることは,謝罪行為の強制であって,思想良心の自由を定めた憲法19条に反する。 4 被告の主張に対する反論 (1) 公的存在の法理について 社会的関心度の高い公人と全くの一般市民とでは,プライバシーが認められる範囲や程度に差があるが,公的存在であっても,自らに関する一切の情報について保護される利益を失うわけではなく,純粋なプライベート空間における情報など最低限守られるべき利益は存在する。 この点,自宅居室内においてガウン姿でくつろぐことは,原告が日常的にプライベート空間で行っている行動であって,読売巨人軍のオーナーを辞任したことなどの原告の社会的活動とは何ら関連性がなく,これを衆目にさらされなければならない理由はない。 よって,公的存在の法理のために,本件写真が原告のプライバシーを侵害しないということにはならない。 (2) 黙示の承諾,プライバシーの放棄について 本件居室は,本件マンションの5階に位置しており,公道上から容易に中の人物が現認できる高さにはなく,仮に公道上から現認できるとしても,容貌・姿態の写真を撮影されることを甘受しなければならないということにはならない。 そもそも,自宅の部屋のカーテンを開けたままにしておいたり,外に人がいることを認識しつつ窓から顔を出したりしただけで,写真撮影や写真を雑誌に掲載することについて黙示の承諾をしたり,プライバシーを放棄したということになると,私生活の平穏は一切保たれなくなるに等しい。特に,原告は,病気を患った妻の健康のため,景観の良い場所を求めて,カーテンを開ければ千鳥ヶ淵の景観を眺めることができる本件マンションに移り住んだのであるから,窓のカーテンが閉められていないことをもって黙示の承諾又はプライバシーの放棄を裏付けることにはならない。原告は,本件写真が本誌に掲載されたために,カーテンを閉じたままにせざるを得ない状態が続いており,本件写真の本誌への掲載が許されるとすれば,今後,妻や家族と共に過ごすかけがえのない団欒のひとときが完全に奪われる結果となる。 また,報道陣が自宅前にいることを認識していたとしても,社会通念上,居室内部まで撮影の対象となるとは考えないのが普通である。原告は,平成16年8月15日,本件写真1を撮影されるまでは,本件マンションの前の遊歩道に多数の報道陣がいるという明確な認識はなかったのであり,その後も本件居室の窓際を通る際に2,3回一瞥して報道陣がいることを確認したにすぎないのであるから,まさか望遠レンズで窓越しに写真を撮影されるとは予想していなかった。 したがって,原告が,本件居室内の容貌・姿態の写真を撮影されることについて,黙示に承諾をしていたり,プライバシーを放棄していたとはいえない。 (3) 違法性の阻却(その2)について ア 事実の公共性,目的の公益性について 本件写真は,自宅居室内というプライベート空間においてガウンを着てくつろぐ原告の肖像ないし姿態を撮影の対象としたものであるが,かかる撮影対象事項と原告の社会的活動との間には何ら関連性がない。 また,「読売vs.NHK『メディアのドン』のクルマ自慢」と題する本件グラビア記事と本件写真との間にも何ら関連性がなく,記事内容自体も原告の社会的活動との関連性がない。 さらに,原告は,本件写真を撮影された当時,自宅から株式会社読売新聞東京本社に出勤する日々を送っており,姿をくらましたりすることもなく,いつもと変わらずに報道陣の前に姿を現していたのであるから,本件グラビア記事を掲載するにあたって,あえて望遠レンズで本件居室内にいる原告の姿を撮影しなければならないという必然性はない。 よって,本件写真は,公共の利害に関する事実ではなく,単なる興味本位の覗き見趣味的なものであって,これを本誌に掲載することは公益目的に基づくものであるともいえない。 イ 表現方法及び表現内容の相当性について 昼夜を問わずに原告の自宅前に陣取って本件居室に望遠レンズを向けてシャッターチャンスを窺い,たまたま窓際に姿を現した原告の姿をあえて写真撮影するという行為には,表現方法としての相当性がない。 さらに,本件グラビア記事と何ら関連性のない本件写真をことさら全国に頒布される本誌に掲載するという行為は,表現方法として不適切であり,その表現内容にも相当性が認められない。 第3 当裁判所の判断 1 前記前提事実に証拠(各項に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を併せると,次の事実が認められる。 (1) 本件マンションへの引越等(甲6,原告本人) 原告は,平成16年6月末ころ,以前にくも膜下出血を患って後遺障害がある妻の心身の健康と療養を兼ねて,新宿区にあったマンションを離れ,窓から千鳥ヶ淵や北の丸公園を眺めることができる本件マンションに引っ越した。 原告宅では,女性のヘルパー(以下「本件ヘルパー」という。)が住み込みで原告の妻の介護をしている。 (2) 本件写真の撮影経緯(乙6,7,13ないし16,証人G,原告本人) ア 平成16年8月14日のこと 被告会社の従業員(週刊文春の編集部員)であるGは,午後9時ころ,本件マンションの前に到着して,原告を取材するために別紙図面の○いの位置に待機していたところ,午後9時30分ころ,原告が本件窓に設置された薄いレースのカーテンを少しめくって窓ガラス越しに外を眺めている姿を見た。そのころ,本件マンションの前には十数人の報道関係の記者がいて,別紙図面○あの四角で記載された位置にはテレビ局の車も停車していた。 イ 同月15日のこと Gは,午前7時30分ころ,本件マンションの前に到着し,原告を取材するために待機していたが,正午前までは,本件ヘルパーらが何度か本件マンションの前の報道陣を眺めている姿を見ただけで,原告の姿を確認することはできなかった。その間,本件窓はカーテンが閉められていなかったため,Gは,Fに対し,原告が姿を現したらすぐにカメラで撮影するように指示した。 原告は,正午前ころ,食事をするために本件居室に赴いたところ,本件ヘルパーから本件マンションの前に報道陣がいる旨報告されたことから,本件窓越しに遊歩道を見下ろした。原告は,この時初めて,多数の報道陣が本件マンションの前にいることを明確に認識した。 Gは,午前11時55分ころ,別紙図面の○いの位置から,上記のとおり本件居室の窓際に現れた原告の姿を見た。Fは,この時,別紙図面の○うの位置から原告の姿を三脚に設置した望遠レンズ付きのカメラで撮影した(この時に撮影した写真が本件写真1である。)。 また,Fは,午後0時30分ころ,食事を終えて本件窓の側を通る原告の姿を同様にカメラで撮影した(この時に撮影した写真が本件写真2である。)。 Fらは,その後も,夕方ころまでの間に,原告が窓際に何度か姿を現すのを見たが,写真撮影をすることはできなかった。 ウ Gは,同月15日午後10時ころ,被告会社の編集部において,編集部デスクのHに対し,Fが現像をして持って来た本件写真を見せて取材の結果を報告した。その後,Hが編集長である被告Cに相談した結果,本件写真を週刊文春のグラビアページに掲載することが決定され,Hの指示を受けてGが本件グラビア記事を書いた。 2 プライバシー侵害の有無について 人がその承諾なしにみだりにその容貌・姿態を撮影され公表されないことは,個人の人格的利益として法的保護の対象となるというべきである。 特に,自宅の室内においては,他人の視線から遮断され,社会的緊張から解放された無防備な状態にあるから,かかる状態の容貌・姿態は,誰しも他人に公開されることを欲しない事項であって,これを撮影され公表されないことは,個人の人格的利益として最大限尊重され,プライバシーとして法的保護を受けるというべきである。 しかして,本件写真は,前記前提事実(3)のとおり,いずれも自宅居室内でガウンを着ている原告の容貌・姿態を撮影したものであるから,これを撮影し,本誌のような週刊誌に掲載することは,原告のプライバシーを侵害するものというべきである。 なお,被告らは,いわゆる公的存在の法理を援用して,プライバシーの侵害がないかのように主張するが,公的存在の法理は違法性が阻却されるかどうかの問題であるから,この点については次項において検討する。 3 違法性阻却事由の有無について (1) 公的存在の法理について 自己の業績,名声,生活方法等によって公的存在となった者,又は公衆がその行為や性格に興味を持つであろう職業を選択することによって公的存在となった者は,公衆の正当な関心事に係り,かつ,公開を受忍できる相当な範囲において,自己の容貌・姿態の撮影及び公表を黙示に承諾していると評価されることがあるというべきである。 この点,前記前提事実(1)アのとおり,原告は,日本新聞協会会長など様々な公的役職を務めてきた者であり,本件写真の撮影及び公表当時,株式会社読売新聞グループ本社の代表取締役会長・主筆であって,読売巨人軍のオーナーを辞任して間もなかったのであるから,いわゆる公的存在であったといえる。 しかし,自宅居室内においてガウンを着ている容貌・姿態は,他人の視線から遮断され,社会的緊張から解放された無防備な状態にあって,誰しも公開されることを欲せず,純粋な私的領域に係る事項であるから,公衆の正当な関心事に該当するとは認められない。 よって,原告が,公的存在であるからといって,本件写真の撮影及び公表について黙示に承諾していたとは認めることができない。 (2) 黙示の承諾,プライバシーの放棄について 上記1(2)イのとおり,平成16年8月15日の午前中は,本件窓のカーテンが閉められておらず,本件ヘルパーらが何度か本件マンションの前にいる報道陣を眺めており,原告も同日正午前に本件窓越しに報道陣を眺めたのであるが,これらの事実によっては,原告が,本件居室内の容貌・姿態を撮影され公表されることについて,黙示に承諾し,又はプライバシーを放棄していたと推認するには足りない。 また,仮に,被告らの主張するとおり,原告が,本件マンションの前の公道上やこれに接する遊歩道上に報道陣が集まっていること,本件居室の窓際に立つと報道陣に自分の姿を現認されること,本件居室の窓際は本件マンションの前にいる報道陣から容易にカメラで撮影され得る位置関係にあることを知っていたとしても,自宅居室内は純粋な私的領域であるから,そこにいる自己の容貌・姿態を承諾なくみだりに撮影され公表されるとは予測し難く,撮影され公表されることを受忍することはないというのが通常であり,安易に撮影され公表されないことを期待して当然であるというべきであるから,これらの事実によって原告が黙示に承諾し又はプライバシーを放棄していたと推認することはできない。 他に,本件全証拠を検討してみても,本件について原告の黙示の承諾やプライバシーの放棄があったと認めるに足りる証拠はない。 (3) 違法性の阻却-その2について ア 言論,出版その他の表現の自由は,民主主義を実現する上で必要不可欠な精神的自由の根幹をなすものであって,最大限尊重すべきものであるから,表現行為が他人のプライバシーを侵害する場合であっても,表現の自由の行使として相当と認められる範囲内においては,違法性が阻却されると解すべきである。 すなわち,その表現行為が公共の利害に関する事項(社会の正当な関心事)に係り,かつ,その公表された内容が表現目的に照らして相当なものである場合には,当該表現行為が他人のプライバシーに優越する保護を与えられるというべきである。 イ 公共の利害に関する事項(社会の正当な関心事)に係るものであるかどうかについて 原告は,上記(1)のとおり公的存在であり,しかも,前記前提事実(2),(4)のとおり,読売巨人軍が平成16年秋のドラフト会議で獲得を目指していた明治大学野球部のE投手にスカウトが約200万円の現金を渡していたことが発覚したことを契機に,読売巨人軍のオーナーを辞任したにもかかわらず,本件記者会見に出席せず,本誌が販売された時点においても,なお,その辞任の理由等に関して,自ら記者会見を行わず,取材の受付も行なっていなかったのであるから,原告の動静は国民的な関心事になっていたということができる。 しかしながら,本件写真のように自宅居室内においてガウンを着ている容貌・姿態は,他人の視線から遮断され,社会的緊張から解放された無防備な状態にあって,誰しも公開されることを欲せず,純粋な私的領域に係る事項である上,上記のような原告の社会的地位や活動とは何ら関連せず,社会の正当な関心事であるということはできない。 よって,本件写真を撮影し,これを本誌に掲載することは,公共の利害に関する事項には該当しないというべきである。 ウ したがって,本件写真を撮影し公表したことについて,プライバシー侵害の違法性は阻却されない。 4 被告らの責任及び原告の被った損害 (1) 被告らの責任 以上のとおりで,本件写真の撮影及び本誌への掲載は,原告のプライバシーを侵害する違法な行為であるといえる。そして,本件写真の撮影はGの指示によってFが,本件写真の本誌への掲載は被告Cがそれぞれ被告会社の業務の執行につき行ったものであることが明らかである。 したがって,被告会社は本件写真の撮影,掲載により原告に生じた損害を賠償すべき責任(民法715条)を負うし,被告会社Cも本件写真の掲載により原告に生じた損害を賠償すべき責任(民法709条)を負うというべきである。 (2) 原告の被った精神的損害及びその慰謝料額 本件写真の撮影及び本誌への掲載は原告のプライバシーを侵害するものであるところ,前記前提事実(1)イのとおり,本件写真が掲載された本誌は,全国で販売され,不特定多数人が閲読するに至ったのであって,この事実及び前記前提事実に証拠(甲6,7及び原告本人)を併せると,原告は,本件写真を撮影され公表されたことによって精神的苦痛を被ったと認められる。 本件写真の撮影方法及び内容等本件に現れた諸般の事情を総合勘案すれば,その精神的苦痛を慰謝するに足りる額は200万円をもって相当と認める。 5 本件写真の掲載差止めについて 原告主張の如く,プライバシーを侵害する行為についても,その侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図ることが不可能ないし著しく困難になると認められるときは,その侵害行為の差止めが認められるべきであるとしても,被告らにおいて,今後,本件写真を,再び「週刊文春」等の出版物に掲載するなどして公表することが明らかに予想されるとは認め難く(被告らも,本件写真について,もはや出版物に掲載するなどして公表する価値はなくなった旨主張している。),また,本件写真については,仮に今後公表されたとしても,その内容に照らすと,これによる不利益は金銭賠償によって回復を図ることが可能であると考えられるから,原告主張のような差止めを認めることはできない。 6 謝罪広告について 本件写真が本誌に掲載されたことによって原告のプライバシーが侵害されたのであるが,名誉を毀損された場合と異なり,いったんプライバシーが侵害されると,これを謝罪広告を掲載することによって回復することはできない。 よって,被告会社に謝罪広告の掲載を命ずることはできない。 7 結論 以上によれば,原告の請求は,不法行為に基づく慰謝料200万円及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である平成16年8月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。     東京地方裁判所民事第14部      裁 判 長 裁 判 官  貝阿彌  誠            裁 判 官  水 野 有 子            裁 判 官 堀 内 元 城 別紙1 写真目録 週刊文春2004年8月26日巻頭グラビア記事「CATCH UP」の1頁目及び2頁目上部に掲載された写真計2枚 別紙2 出版物目録 1 被告株式会社文藝春秋により,平成16年8月31日から将来にわたり発行される週刊誌及び月刊誌を含む出版物 2 被告株式会社文藝春秋により,平成16年8月31日以降将来にわたり発行される週刊誌「週刊文春」 別紙3  お詫び  当社は,その発行する「週刊文春」2004年8月26日号の巻頭グラビア「CATCH UP」で,A様が自宅マンションの室内にいるところを本人に無断で撮影した写真2枚を掲載しましたが,このような写真の撮影と掲載は,A様のプライバシー権を著しく侵害する行為であり,A様には多大な精神的苦痛を与えてしまいました。  「週刊文春」編集部では,個人のもっとも基本的な権利の一つとして保護されるべきプライバシー権を侵害することの重大性を十分に検討せず,上記写真を撮影,掲載したものであり,まことに申し訳ございません。  ここに,A様に衷心よりお詫び申し上げるとともに,今後はこのような写真を撮影,掲載しないことを誓約します。  2004年 月 日 株式会社文藝春秋 代表取締役 B A様 別紙4  1 謝罪広告は縦書きによるものとし,その大きさは横5分の1とする。 2 年月日は謝罪広告掲載の日を記載する。 3 「お詫び」「株式会社文藝春秋」「A様」の各文字は8Pゴシック,その他の文字は8P明朝とする。

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