H17.11.30 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第1996号 損害賠償請求事件

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医師に,C型肝炎患者について肝細胞癌の早期発見のための検査をする注意義務を怠った過失を認めた事例 平成17年11月30日判決言渡  平成16年(ワ)第1996号 損害賠償請求事件 判決 主文 1 被告らは連帯して,原告Aに対し,金2017万2695円及びこれに対する平成14年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは連帯して,原告Bに対し,金1907万2695円及びこれに対する平成14年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用はこれを7分し,その3を原告らの,その余を被告らの負担とする。 5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求  1 被告らは連帯して,原告Aに対し,金3491万0666円及びこれに対する平成14年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。  2 被告らは連帯して,原告Bに対し,金3381万0666円及びこれに対する平成14年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。  3 訴訟費用は被告らの負担とする。  4 仮執行宣言 第2 事案の概要    本件は,平成14年6月23日肝細胞癌により死亡したD(昭和12年12月生。)の相続人である原告らが,被告医療法人S内科医院(以下「被告医院」という。)の理事長である被告Cが,C型慢性肝炎に罹患していたDに対し,インターフェロン療法をせず,また,肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失によりDが死亡したとして,被告Cに対しては不法行為に基づき,被告医院に対しては法人の不法行為(医療法68条による民法44条の準用)又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害の賠償及びDが死亡した日から支払済みまでの間の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。  1 基本的事実関係(証拠を掲げていない事実は,当事者間に争いのない事実である。)   Dは,平成2年9月22日以降,被告医院に通院し,被告Cを主治医として治療を受けていたが,平成14年6月23日,肝細胞癌を直接の死因として死亡した。原告AはDの妻,原告BはDの子である。   Dは,平成2年ころ,勤務先の株式会社A(以下「A」という。)の定期健康診断で,高血圧と肝機能の異常所見を指摘され(甲B10),同年9月22日,被告医院に赴き,被告Cの診察を受けた。被告Cは,高血圧症と診断し,以後,Dに対し,通院による降圧剤の投薬治療を施すようになった。    Dは,平成3年3月16日,被告医院において血液検査を受け,その結果慢性肝炎と診断され,同月26日から,肝庇護薬であるパンパール,ウルソ等の投薬治療を受けるようになった。  Dは,平成4年2月10日,被告医院において検査を受け(被告医院代表者兼被告本人),そのころ,C型ウイルス性肝炎と診断された。    このとき,被告Cは,インターフェロン投与の適応を判断するためのHCV-RNA定量検査(C型肝炎ウイルス(HCV)量の検査)及びHCVセロタイプ測定検査(C型肝炎ウイルスの遺伝子群を血清学的にみる検査)を行わなかった。   Dは,その後,平成4年は17回被告医院に通院したが,そのうち15回は診療されることなく,投薬のみされた。    以後Dは,平成5年17回,平成6年24回,平成7年から平成10年まで各27回,平成11年26回,平成12年33回,平成13年27回,被告医院に通院しているが,そのほとんどは高血圧及びC型慢性肝炎について診療を受けている(乙A1)。   この間の平成7年11月,Dは,被告医院において肝血管腫の疑いを指摘され,医療法人赤心堂病院を紹介されてCT検査を受けたところ,肝血管腫の疑いと診断され,その旨告げられた。    また,平成13年3月8日,Dは,自宅で胸痛,腹痛を発し,被告医院が休診日であったため,近所の中村外科を受診した。中村外科では,同日,CT上肝臓に多発性腫瘤を認め,肝腫瘍(悪性疑い)の,同月9日胃癌(疑い),胃炎,高血圧症,胃粘膜不整,ヘリコバクターピロリ菌感染症の,同月10日高血圧症,慢性C型肝炎の診断を下し,同月17日には,腫瘍マーカー検査の結果が高値で,多発性肝癌の可能性が大であり,精査・加療と,Dへのムンテラ(説明)の必要を認めた(甲A2,甲B10)。しかし,Dは,その後中村外科を受診せず(甲A2),同月19日,被告医院を受診し,被告Cに対し,同月8日に腹痛を起こして中村外科に運ばれたこと,そこで諸々の検査を受けたことなどを説明した(乙A1)。   Dは,平成13年12月3日,腹部に激痛を訴えた。被告Cが不在であったため,原告Bが中村外科にDを搬送した。中村外科では,同日,原告Bに対しDが癌である旨を告げ,同月4日,AFP定量検査を行い,多発性肝癌との診断を下し,同月6日には上腹部CT検査の上,Dに肝細胞癌の可能性を告げた(甲A2,甲B20)。   Dは,被告Cの紹介により,精査・加療の目的で,平成14年1月8日,日大板橋病院を受診し,腹部超音波検査,CT検査等を受けた。腹部超音波検査の結果,肝臓の右葉に多発性の腫瘍が認められ,その大きさは最大53㎜に達しており,これらの所見から多発性肝細胞癌と診断された。また,左季肋部には,70㎜大の球形の腫瘍があり,膵体部,脾静脈を圧排し,脾臓と連続しているようにも見える状態であり,脾腫の疑いと診断された。なお,AFP定量検査の結果231.5ng/mlであった(甲A3。なお,基準値は10.0ng/ml以下,罹患しているか否かを効率よく判別するために設定される値であるカットオフ値は21ng/ml以下とされている。)。そこで,Dは,同日,同病院に入院した。    同病院で同月10日実施された内視鏡検査の結果,胃穹隆部に4㎝大の静脈瘤が認められ,また,腹部CT検査の結果,肝右葉全体がびまん性の腫瘍で占められており,左葉にも6㎝大の巨大な腫瘍が認められた。この結果を受けて,原告らは,担当医から,Dの癌は治療が困難なほどの末期であるので,本人のQOL(quality of life, 生活の質)を考えると一時退院が望ましい旨説明された(甲A3)。そして,Dは,同年2月16日,通院先として新座志木中央総合病院を紹介された上,日大板橋病院を退院した。    しかし,新座志木中央総合病院では,吐血に対する設備が不十分で対応しきれないとの理由で通院を断られ,埼玉医科大学総合病院医療センターを紹介され,以後,2週間に一度診察と投薬を受けに同医療センターに通院し,一方,同年2月28日以降,三浦病院にも通院した。この間,被告Cは,原告Aの要請を受けて,Dを往診したりした。(甲A5の1・2,甲B20,乙A3)    その後,Dは,平成14年4月21日,腹水貯留による腹痛を起こし,上記医療センターに搬送されたものの,空きベッドが不足しているとの理由で,同月24日退院を余儀なくされたため,被告Cの紹介で,同日から三浦病院に入院した(甲C4の25,乙A3)。    Dは,同年6月23日午前11時,同病院において死亡した。直接の死因は肝細胞癌,その原因としてはC型肝硬変と診断された(甲B10,乙A3)。  2 争点   被告CがDに対しインターフェロン療法をしなかったことに過失があるか   被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか   因果関係の有無   損害額   過失相殺事由の有無 第3 争点に関する当事者の主張  1 争点(被告CがDに対しインターフェロン療法をしなかったことに過失があるか)について   (原告らの主張)   被告Cは,平成4年2月10日,Dに対し,C型慢性肝炎の確定診断をしたのであるから,HCV-RNA定量検査及びHCVセロタイプ測定検査をすることによってインターフェロン適応の有無を判断した上,自らインターフェロン療法を行うか,これを被告医院において行えないのであれば,行うことができる医療機関に転院させるべきであったのに,これを怠った。   なお,Dは,平成13年3月8日に中村外科を受診したときや同年4月7日にさとう歯科医院を受診したときにC型肝炎であることを説明していない。このことからすると,被告Cは,Dに対してC型肝炎であることの告知自体を怠ったと考えられる。   被告らの主張に対する反論   ア 被告らは,Dが肝生検を厭ってインターフェロン療法に同意しなかったかのように主張する。しかし,Dは,長期にわたり,ほぼ2週間に1度,熱心に被告医院に通っていた。几帳面な性格で,自宅においても血圧を測定し,その結果を手帳に記載してグラフ化するなど健康管理には人一倍努力していた。したがって,C型肝炎という疾病の特徴,これに対するインターフェロン療法の意味を正しく説明されれば,インターフェロンの適応の有無の検査も含めて頭からこれを拒否することなど,およそ考えられない。なお,カルテ上の平成4年5月2日のインターフェロンとの記載(乙Aの1の5丁)は被告ら側において一方的にしたものにすぎない(この記載が同日にされたかも疑いがある。)。     また,インターフェロン療法が保険適用となった平成4年当時は,適用要件の1つとして,原則として肝生検が求められていたが,平成9年10月以降は,「組織所見又は肝予備能・血小板数等により慢性肝炎であることが確認されていること」と適用要件が緩和されている。   イ Dは,被告ら主張のとおり,さとう歯科医院を受診した際に,問診票にウルソ等について記載していないが,それは,被告医院の診察を通じて,主病は高血圧で,肝臓については,多少問題があり薬を飲んでいるといった程度の認識しか持っていなかったからである。   (被告らの主張)   被告Cは,平成4年5月2日,Dに対し,C型肝炎に感染していることを告知した上,インターフェロン療法について説明した。    この当時,インターフェロン療法の適応を決めるためには肝生検が必須であり,そのこともDに伝えた。治療のためには入院が必要なこと,治療の副作用についても説明した。    しかし,Dからはインターフェロン療法に対する同意が得られなかった。そのため,肝生検は行われず,次の段階であるHCV-RNA定量,HCVセロタイプ検査も行えなかった。Dの同意が得られれば,これらの検査は他の病院に依頼することができた。  インターフェロンの使用による治癒率が3割程度にとどまること,副作用の存在等をも考えれば,被告Cの医療行為は当時の医療水準に反しない。  Dが中村外科やさとう歯科医院において何故C型肝炎であることを説明しなかったのか不明であるが,C型肝炎患者の中には,公にすると何か不利益を受けるのではないかと心配して感染していることを隠す患者もいる。Dは,さとう歯科医院では,肝疾患の薬(ウルソ等)を処方されていることを認識しながらあえてこれを問診票に記載していない。  2 争点(被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか)について   (原告らの主張)   C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群である。したがって,被告Cは,肝細胞癌の早期発見のため,確立されている次の検査を定期的に行うべきであったが,それを怠った。 ア 血小板数検査     血小板数検査を定期的に行うべきである。     被告Cは,約10年間の診療期間中,一度も血小板検査をしていない。   イ 腫瘍マーカー検査     AFP検査又はPIVKAⅡ検査を少なくとも3~4か月に1回交互に行うべきである。     AFP検査は,平成8年5月1日,平成9年3月24日,平成10年10月30日,平成12年2月16日に行ったとの記載が被告医院のカルテにあるが,平成9年及び平成12年のものは検査票が貼付されておらず,真実検査が行われたか疑わしい。また,これらはAFPの数値を測る定量検査ではなく,より簡易な定性検査にすぎない。     PIVKAⅡ検査は行われていない。  ウ 腹部超音波検査(エコー) 3か月に1回定期的に行うべきである。   腹部超音波検査については,被告医院のカルテの平成6年6月18日,平成7年11月11日,平成10年11月6日及び平成12年4月12日に記載があるが,平成6年のものに画像が貼付され,平成7年のものに「胆のうやや上方に21×17㎜のハイパーエコー」との具体的記載があるほかは,単にエコーと記載されているのみである。     被告らは,Dが腹部超音波検査を拒否した旨主張するが,同人が拒否することは考えられない。   エ CT検査     半年に1回程度行うべきであった。     平成8年1月12日に赤心堂病院で1回行われたのみである。   被告らの主張に対する反論    被告らは,Dが投薬のみの受診を希望した旨主張するが,無診察医療は罰則付きで固く禁じられているし,同一の投薬はみだりに反復せず,症状の経過に応じて内容を変更する等の考慮が医師に義務づけられている。診察をせずに投薬を反復することは法的にも許されない。   (被告らの主張)   C型肝炎患者が,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群であること,原告主張の各検査を定期的に実施すべきであることは争わない。    被告医院における具体的な実施状況は以下のとおりである。 ア 血小板数検査について     血小板数の検査をしていないことは認める。   イ 腫瘍マーカー検査について   カルテに記載してあるAFP検査は全て行っている。検査票が貼付されていないものは検査結果が陰性であったためである。平成10年のAFP検査の結果は11ng/mlであったが,後記のように腹部超音波検査を勧めている。     AFP検査の定性法と定量法の関係は,定性法の-が定量法の0から12.4ng/ml,±が12.5ng/mlから29.9ng/ml,+が30ng/ml以上に相当している。患者に肝癌が発生しているか否かを診断するについて,定性法が定量法に劣ることはない。     AFPとPIVKAⅡの検査を交互にすることは可能であるが,肝癌に対する特異性はAFPの方が高いと考えAFPの検査を行った。  ウ 腹部超音波検査について   腹部超音波検査は,平成6年6月18日及び平成7年11月11日に行っている。     平成6年の結果は,肝硬変の所見なし,平成7年の結果は,肝右葉胆嚢床のやや上方に21×17mmの高エコー域(hyperecho)があり,血管腫と思われたが,前回の検査時はなかったので,念のため赤心堂病院にて精査してもらうこととした。     被告Cは,平成10年11月6日には,同年10月30日のAFP値が軽度高値であったことから,腹部超音波検査を勧めたが,Dはこれに応じなかった。平成12年3月1日にも,同年2月16日の検査結果を説明し,腹部超音波検査を勧めたが,Dは,同年3月13日,27日と来院したものの薬の処方のみを希望し,診察を希望せず,腹部超音波検査を受けるとの返事もなかった。同年4月12日にも腹部超音波検査を勧めているが,Dは応じなかった。   エ CT検査の回数については認める。  Dは,平成4年のインターフェロン療法の説明後,平成4年内に17回受診しているが,そのうち診察を受けたのは2回であり,15回は投薬のみの受診である。したがって,肝癌の発見が遅れた責任は被告らではなくDが負うべきである。    無診療治療とは,一度も治療をしていない初診患者に投薬等の治療を行うことであり,慢性疾患で通院中であったDには当てはまらない。  3 争点(因果関係の有無)について (原告らの主張)   Dの症例がインターフェロン著効例であった場合,インターフェロン療法によりC型肝炎を根治することが期待できる。インターフェロン著効例でない場合でも,インターフェロン療法により,肝癌の発症を遅らせることが十分に期待できる。肝癌の発症を抑止できない場合においても,早期に発見していれば,肝切除術,肝動脈塞栓術,エタノール注入等の有効な治療法が確立されており,ケースによっては根治も望める。    したがって,被告Cにおいて,インターフェロン療法をするか,肝細胞癌の早期発見のための検査をしていれば,Dが平成14年6月23日の時点で生存していた高度の蓋然性があった。   血小板数検査をしても肝癌を発見できなかったとする被告らの主張への反論  ア 血小板数の検査は,C型肝炎患者における肝線維化の程度をはかり,肝癌発症の確率を推定するために行われるものであるから,あくまで肝癌が発症する前に行うことに意味がある。   イ 被告らは,平成14年2月の三浦病院での血小板検査の結果を問題にしているが,ひとたび肝癌が発症し重症化した段階では,必ずしも血小板数の減少が継続するものではなく,逆に上昇する場合もある。したがって,肝癌が極めて重篤になった後の三浦病院における血小板数が正常値であっても,それ以前の段階での血小板数の検査が無意味であるとはいえない。   (被告らの主張)   Dの同意を得てインターフェロン療法を施行したとしても,保険適用になったばかりの当時のインターフェロン療法の実情からして,Dの癌の進行をくい止めることができたか,それが可能であるとしてどの程度くい止めることができたかは不明である。    インターフェロンの著効率は3分の1程度にすぎないし,日本人の場合には,インターフェロン療法の効果が薄いタイプが多い。    したがって,被告CがDにインターフェロン療法を行っていたとしても,Dが平成14年6月23日の時点で生存していた高度の蓋然性は認められない。   原告らの主張によっても,Dの肝細胞癌をいつ,どのような方法により発見することができたか不明である。   平成14年2月28日の三浦病院初診時に行われた血小板検査の結果,その数は26万/μlであって,正常範囲にあり,減少は認められていない。したがって,被告医院において血小板数の検査をしていても,その異常は認められず,肝癌の早期発見にはつながらなかったというべきである。    肝癌発症後に血小板数が上昇することは多いケースではない。  4 争点(損害額)について   (原告らの主張)   治療関係費 225万3480円   ア S内科  28万1250円     平成4年3月以降の支払分(カルテ記載の保険点数から自己負担分を算出)   イ 中村外科 3万6970円   ウ その他の医療機関 193万5260円     肝細胞癌と判明した後に受診した日大板橋病院,埼玉医大総合医療センター,帯津三敬病院及び三浦病院での相談・受診・入院について支出した一切の医療費  自宅療養関係費 37万0543円   ア 自宅付添費 31万5000円     Dは,日大板橋病院退院後埼玉医大総合医療センターに入院するまでの平成14年2月17日から同年4月20日までの63日間自宅療養したが,その間原告らが付き添ったことについて,1日当たり5000円   イ 介護用品費 5万5543円 上記アの自宅療養期間中Dが使用した介護用ベッドのレンタル代(ステッキの購入費を含む。)   入院雑費 15万6000円 Dは,日大板橋病院(平成14年1月8日から同年2月16日まで),埼玉医大総合医療センター(同年4月21日から同月24日まで)及び三浦病院(同月24日から同年6月23日まで)にそれぞれ入院した(以上合計104日間)が,その間の入院雑費として,1日当たり1500円   交通費 10万1180円    Dの入退院時のタクシー代及び家族の見舞いのための交通費(電車賃及び高速道路通行料金)   葬儀費用 150万円   慰藉料 3300万円    Dの慰藉料3000万円,原告A固有の慰藉料200万円,原告B固有の慰藉料100万円   逸失利益 2496万9948円 ア Dは,死亡当時,嘱託として,株式会社B(以下「B」という。)から186万円,C株式会社(以下「C」という。)から97万6070円,以上合計283万6070円(①)の年収を得ていた。     また,Dは,死亡当時,Aの企業年金(厚生年金基金)を年128万2200円及び老齢厚生年金を年194万9400円受給していたが,死亡と同時にこれらが打ち切られ,遺族厚生年金年190万4500円が支給されることになったので,これらの年金に関する年間の損害額は,次のとおり,企業年金及び老齢厚生年金の支給額から遺族厚生年金の支給額を差し引いた132万7100円(②)となる。     (1,282,200+1,949,400)-1,904,500=1,327,100   イ Dの死亡時の年齢は64歳であるから,平均余命は18年,就労可能年数は9年と考えられる。そこで,以上を前提にして,ライプニッツ係数は労働対価部分につき7.1078(③),年金部分につき11.6895(④),生活費控除率0.3(⑤)としてDの逸失利益の現価を計算すると,次のとおり2496万9948円となる。     ①×(1-⑤)×③+②×(1-⑤)×④=24,969,948    なお,平均余命まで生存可能だったことを前提に逸失利益を算定すべき理由は,次のとおりである。      Dの症例が,インターフェロン療法著効例で,C型肝炎が根治した場合は,Dは平均余命まで生存可能である。  そうでなかった場合でも,3(原告らの主張)記載のとおり,インターフェロンによる肝線維化を抑制する効果が期待できる場合があるし,有効な治療法もある。肝癌患者の余命については個人差が大きく,Dに肝癌が発症したと仮定した場合の生存可能年数を特定することは困難であるが,被告Cの注意義務違反により手遅れになるまで肝癌が発見されなかった本件において,この点を被害者に不利益に評価することは,損害の公平な分担という損害賠償制度の基本理念に反する。   証拠保全費用 44万1034円 弁護士報酬30万円,謄写業者への支払14万1034円   小計    各原告の損害は,固有の慰藉料を除いた上記ないしの各費目の合計額から損害の填補額(国民健康保険高額療養費の受給額の合計33万0853円)を控除したもの(5946万1332円)に,各自の法定相続分2分の1を乗じ,それに,上記中の各自の固有の慰藉料を加えた額になるので,原告Aは3173万0666円,原告Bは3073万0666円となる。   弁護士費用 626万円    原告Aにつき318万円,原告Bにつき308万円   (被告らの主張)    上記3の(被告らの主張)記載の事実からすると,Dの予後については期待できなかった。  5 争点(過失相殺事由の有無)について   (被告らの主張)    仮に,被告らに責任があるとしても,次の事情からすると相当の過失相殺がされるべきである。   Dは,インターフェロン療法を拒否し,腹部超音波検査も積極的に受けようとせず,意識的にこれを回避していた。   Dは,平成13年3月8日,中村外科を受診し,原発性肝癌の可能性大,なお精査加療必要と診断されたのに,中村外科での受診を中止し,被告Cには,腹痛にて救急車で中村外科を受診,胃炎,ヘリコバクターピロリ菌+とのみ報告している。  さらに,アルコール多飲も,肝癌への進展を早めた可能性がある。Dは,平成4年5月から約9年間,焼酎を1日2合飲酒していた。これは日本酒720mlに相当する。健康な者でも日本酒の適量は1日180mlである。まして,C型ウイルス性肝炎患者の場合には絶対的な禁酒が必要とされる。なお,アルコールはインターフェロンの治療効果にも悪影響を与えるとされている。   (原告らの主張)    本件において過失相殺すべき事由は存在しない。   Dがインターフェロン療法や腹部超音波検査を拒否したことはない。   被告Cは,長期間にわたってC型肝炎患者であるDを治療している主治医である。突然の胸痛,腹痛により中村外科に搬送された時点で,Dの病変を察知し,自ら検査をするか,検査結果を照会するなどできたはずである。   Dが,日大板橋病院の問診票で焼酎を2合と回答したのは,必ずしも1日2合との趣旨とは解されない。また,被告医院における血液検査でも,γGTPの数値が基準値を上回ったのは,肝細胞癌が末期に達していた平成13年9月以降を除外すれば,19回中3回だけである。更に,アルコール性肝障害にみられる傾向とは逆に,AST<ALTとなっている。 第4 争点に対する判断  1 C型慢性肝炎及び肝癌の治療に関する一般的知見(証拠を掲げていないものは,当事者間に争いがない。)   C型慢性肝炎の治療には,原因療法と対症療法がある。    原因療法としては,ウイルスの増殖を抑え,排除することを目的とするインターフェロン療法がある。この療法は,すべてのC型肝炎患者に奏功するわけではないが,3割程度の患者においては,C型肝炎ウイルスが完全に消失し,根治することが期待できる(いわゆる著効例)。このインターフェロン療法は,平成4年に保険適用となり,広く臨床で行われるようになった。    対症療法としては,強力ネオミノファーゲンC,ウルソ,パンパール,プロヘパール,小柴胡湯等の肝庇護薬の投与があるが,これらは,インターフェロン療法によりウイルスを駆除してC型肝炎の原因であるウイルスを除去することができない場合に,GPT値をできるだけ低値に抑え,肝病変の進行を抑えようとするものであり,あくまで二次的,補充的なものである。    また,インターフェロンは,肝線維化を改善ないし抑制するので,インターフェロン著効例でなくても,肝癌発症の時期を遅らせる効果がある(甲B26)。    インターフェロン療法の保険の適用については,平成4年2月当初は,その要件の一つに「組織像により慢性活動性肝炎であることが確認されていること」が挙げられていた(平成4年2月7日保険発第12号「インターフェロン アルファー2a製剤の取扱について」・乙B1)が,この要件が,平成9年10月以降,組織所見又は肝予備能・血小板数等で慢性肝炎であることが確認されていることに改められ(平成9年10月14日保険発第133号「『フエロン』の保険上の取扱いについて」,平成10年9月30日保険発第142号「『イントロンA注射用300,同600,同1000』の保険上の取扱いについて」・以上につき甲B8。肝生検が必須要件でなくなった。),平成14年には,インターフェロン製剤に係るこれらの保険適用上の要件が廃止された(平成14年2月12日保医発0212001号「インターフェロン製剤の取扱いについて」・甲B9)。   日本における肝癌発症のほとんどはウイルス性肝炎が関連しており,C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群である。現在の知見では,肝細胞癌の92.6%が肝炎ウイルスを成因としており,うち76%がHCV抗体陽性(C型肝炎)とされている(平成11年11月1日発行の日本医師会編「肝疾患診療マニュアル」(甲B3))。    したがって,C型肝炎患者を診る医師は,平成4年当時においても,その頻度についてはともかくとして,以下の検査を定期的に行い,その結果肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていたというべきである。 ア 血小板数検査     血小板数の測定は,患者と肝細胞癌との距離を推し量り,ハイリスク群からさらに危険性の高い群(スーパーハイリスク群)を囲い込むために必要な検査であり,定期的・継続的にされるべきものである。 なお,C型慢性肝炎では,肝線維化が緩徐に進行し,一般に約30年の経過で肝硬変さらには肝発癌に至る。その肝線維化の進展度は,線維化のないF0から,肝硬変を表すF4の5段階に分類されているが,10年間の推定発癌率の肝線維化の進展度,血小板数との関係について,甲B3によれば,F1(血小板数17万/μl)では5%,F2(同15万/μl)では15%,F3(同13万/μl)では30%,F4(同10万/μl)の肝硬変では80%に及ぶとされている。   イ 腫瘍マーカー検査 癌が発生すると血液中に増えてくる特殊なタンパク質を腫瘍マーカーというが,肝癌に関する主な腫瘍マーカーには,AFP(アルファ・フェトプロテイン)と,PIVKAⅡ(ピヴカツー)がある。C型慢性肝炎患者には,これらの検査を定期的に行うことが肝細胞癌の早期発見のために必要であるとされていた。そして,遅くとも平成11年ころには,これらの検査を少なくとも3ないし4か月に1回行うこと,そして,肝硬変となったスーパーハイリスク群では月1回行うべきであるとされていた(甲B3)。 ウ 腹部超音波検査(エコー)    2㎝以下の初期の肝細胞癌では,腫瘍マーカー検査をしても陰性であることが多い。そのため,肝細胞癌の早期発見のためには,腫瘍マーカー検査と画像検査を組み合わせて行う。     画像検査中,腹部超音波検査は,侵襲が少なく,簡便かつ安価で,小さな病変の発見が可能である。平成4年当時の教科書における知見では,この検査を,一般には,年2回の実施が必要であるとされていた(被告医院代表者兼被告本人)。平成6年から平成7年にかけて実施された第13回全国原発性肝癌追跡調査によっても,肝細胞癌の早期発見に最も役立つ検査であるとされている(甲B5)。     なお,平成14年8月1日発行の「肝癌治療テクニックマニュアル」(甲B6)によれば,この腹部超音波検査により極めて小さな腫瘤を見つけることが可能であり,直径1㎝未満の場合には3か月ごとに経過観察をし,直径1㎝以上になった場合に,精密検査をして鑑別診断すべきとされている。   エ CT検査     腹部超音波検査では描出困難な部位もあり,また見落としも皆無とはいえないので,これを補うためにCT検査が必要であるとされていた。平成4年当時の教科書における知見では,年1回は実施することが必要とされていた(被告医院代表者兼被告本人)。  2 争点(被告CにおいてDにインターフェロン療法をしなかったことに過失があるか)について   上記1に摘示したところによれば,平成4年当時,インターフェロンは,著効例においてはC型肝炎ウイルスを駆除する効果があるから,C型肝炎患者に対しては,インターフェロン療法をまず第1に選択すべきであることが,医学的に広く知られていたものというべきである。そして,被告Cは,前記基本的事実関係認定のとおり,Dについて,平成4年2月10日ころ,C型肝炎との確定診断をしたのであるから,当時の開業医の医療水準として,インターフェロン適応の有無を判断するために,速やかにHCV-RNA定量及びHCVセロタイプの検査を行い,適応がある場合には,自らこれを行うか,被告医院において行えないのであれば行うことができる他の医療機関に転院させるべき注意義務を負っていた。それにもかかわらず,被告Cは,上記基本的事実関係記載のとおり,これをしなかったのであるから,特段の事情がない限り,上記注意義務に違反したというべきである。   そこで,上記特段の事情の存否について検討するに,被告らは,Dがインターフェロン療法を拒否した旨主張する。 ア 証拠(乙A1,被告医院代表者兼被告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。     被告Cは,平成4年2月10日に実施した検査の結果が判明した後,Dに対し,C型肝炎ウイルスに感染した肝炎に罹患していること及びこれに対してはインターフェロンを投与する治療法があることを説明した上,肝炎一般に共通する生活上の注意を指示した。また,インターフェロン療法が保険の適用になったのを機に,同年5月2日,再度Dに対し,その療法を勧めたが,Dは応諾しなかった。なお,その際,被告Cは,インターフェロン療法をするには,入院した上肝生検をすることが必要であること及びその療法には副作用があることを説明したが,インターフェロン療法を行わなかった場合の予後についての具体的な説明はしなかった。     なお,被告Cは,インターフェロン療法の保険適用要件が緩和され,肝生検が必須要件でなくなった平成9年以降(上記1)も,Dに対し,インターフェロン療法を受けるかどうかを改めて確認することはしなかった。   イ 上記認定に関し,原告らは,被告Cが,Dに対しC型肝炎に罹患していること自体について説明しなかったかのように主張する。しかし,平成7年11月11日の赤心堂病院宛診療情報提供書にもC型肝炎との記載をしており(乙A2),しかも,その書面上,Dに対しその診断を伏せている旨の記載もされていないことなどに照らすと,上記診断をDに対しことさらに伏せていたとは考え難い。   ウ 他方,被告Cは,DにC型肝炎であることを告知した際,慢性肝炎,肝硬変から肝癌に至る経緯も説明したかのように供述する。     しかしながら,Dは,遅くとも平成4年以降,自宅で毎晩血圧を測定し,体脂肪率測定機能のある体重計で体重及び体脂肪率を測定するなど,健康には人一倍気を遣い,極めて几帳面な性格であった(甲B10,B11,B20,原告A,同B)。また,被告Cは,インターフェロン療法を行わなかった場合の予後について説明していないことについて,その本人尋問において自認しているところである。こうしたことに徴すると,被告Cは,Dに対し,C型肝炎及びインターフェロン療法について一定の説明をしたものの,C型肝炎の発生原因を抽象的に説明するのみで,それが高率に肝硬変,さらに肝癌に進展する危険性のある疾患であることについては十分に説明していなかったものと推認される。     したがって,被告Cの上記供述部分は採用できない。     そうであるとすると,Dは,自らのC型肝炎の病態について,その深刻さを認識できないまま,インターフェロン療法に要する時間,副作用等に注意が向いて,これを応諾しなかったものと推認される。   エ 以上の事実に徴すれば,Dは,C型肝炎及びインターフェロン療法を受けるかどうかを判断するために十分な情報を被告Cから与えられない状況の下で,インターフェロン療法を受けることを応諾しなかったものであるから,これをもって,被告Cの注意義務違反を否定することはできないというべきである。   そして,他に,上記の特段の事情を認めるべき証拠はないので,被告Cには上記摘示の注意義務違反があるというべきである。  3 争点(被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか)について   肝細胞癌の早期発見のためにすべき検査    上記1摘示の事実によれば,被告Cは,Dについて,平成4年2月10日ころ,C型肝炎との確定診断をしたのであるから,当時の開業医の医療水準を前提にしても,肝細胞癌の早期発見のために,定期的に血小板数検査及び腫瘍マーカー検査を行い,更には腹部超音波検査(少なくとも年に2回)及びCT検査(少なくとも年に1回)を実施し,その結果肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていたというべきである。   被告Cが行った検査の状況   ア 血小板数検査     被告Cが同検査を全く行っていないことは当事者間に争いがない。   イ 腫瘍マーカー検査     証拠(乙A1,乙B5,被告医院代表者兼被告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,被告Cは,AFP検査を平成8年5月1日,平成9年3月24日,平成10年10月30日及び平成12年2月16日に行ったことが認められる。     この点に関し,原告らは,平成9年,平成12年のものは検査票が貼付されていない旨指摘するが,保険点数も計上されており,異常なしの判定だったので添付しなかったとの被告Cの供述もただちには排斥できないので,上記のとおり認定することができる。     上記認定によれば,被告Cは,AFP検査を,約10年の間にわずか4回実施したにすぎないのであるから,これをもって,上記摘示の肝細胞癌の早期発見のための定期的な腫瘍マーカー検査ということはできない。  ウ 腹部超音波検査(エコー)   証拠(乙A1,2,被告医院代表者兼被告本人)によれば,被告Cは,腹部超音波検査を,平成6年6月18日及び平成7年11月11日に実施し,また,後者の検査結果を前提にして,赤心堂病院に対しCT検査を依頼したことが認められる。そうすると,平成4年当時においても,少なくとも年2回の腹部超音波検査をすべきであったのであるから,被告Cは,腹部超音波検査を定期的にすべき注意義務に違反したというべきである。     この点に関し,乙A1(被告医院の診療録)には,平成10年11月6日に「エコー」との,平成12年3月1日「25日エコーを予定。都合ヲ後日返事スル由」との,同年4月12日に「エコーを」との各記載があり,被告らは,被告Cにおいて,Dに腹部超音波検査を勧めたが,Dにおいてこれに応じなかった旨主張する。     しかし,腹部超音波検査は,極めて侵襲の少ない検査方法であり,上記2認定のとおり健康に気を遣っていたDが,同検査の前に食事をしないことを要する程度の理由でこれを拒むことは想定しがたい。仮にDが腹部超音波検査を受けることに消極的だったとしても,上記2に説示したことにかんがみると,被告Cの定期的に腹部超音波検査をすべき注意義務違反が否定されるものではない。  エ CT検査     この検査が被告医院における診療期間を通じて1回しかされなかったことは当事者間に争いがない。したがって,被告Cが,定期的にCT検査をすべき注意義務に違反したことは明らかである。 以上及びに説示したところによれば,被告Cは,肝細胞癌の早期発見のため,定期的に血小板数検査,腫瘍マーカー検査,腹部超音波検査,CT検査をすべき注意義務を怠ったというべきである。   なお,被告らは,Dは,平成4年にインターフェロン療法について説明した後17回受診しているが,そのうち診察を受けたのは2回であり,残りの15回は投薬のみの受診であるから,肝癌の発見が遅れた責任は被告らではなくDが負うべきである旨主張する。しかし,C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群であり,被告Cはそのことを認識していたのであるから(被告医院代表者兼被告本人,弁論の全趣旨),仮にDが投薬のみの受診を希望していたとしても,上記各検査をすべき義務を免れ得るいわれはない。  4 争点(因果関係の有無)について   インターフェロン療法をしなかった過失とDの死亡との間の因果関係 ア C型慢性肝炎患者のうち,インターフェロン療法によりC型肝炎ウイルスの消失まで期待することのできる著効例が3割程度に及ぶことは上記1摘示のとおりである。そして,ウイルスが消失した場合の生命予後は,日本人の余命と同程度に改善する(甲B26)。     また,著効が得られない場合でも,一過性有効例,再燃群ないし不完全著効例と呼ばれるもの(治療中はALT(肝臓の細胞の中にある酵素)の値が正常化するが,治療終了6か月以内に再上昇するもの)では,肝線維化を抑制し,肝癌発生の危険を低減させる効果がある。このような効果が得られるものは,著効例と合わせ約3分の2といわれている(甲B5・「慢性肝炎診療マニュアル」平成13年5月刊行)。 もっとも,インターフェロン療法の無効例とされるものも存在する。肝細胞癌の発症率,長期予後とも,著効例,一過性有効例(再燃群ないし不完全著効例)とは差異が大きい(甲B5)。 イ 「C型慢性肝炎におけるインターフェロン治療後の長期予後」と題する研究(甲B25・平成16年3月刊行)によれば,上記ア認定事実に関し,次の事実が認められる。     これは,組織学的に診断されたC型慢性患者3295例を対象にして,インターフェロン療法の治療効果が肝細胞癌発症に与える影響を分析したものである。対象者の内訳は,インターフェロン療法がされたのが3024例(治療群),されなかったのが271例(未治療群)である。     インターフェロン療法の効果について      上記研究では,上記アの著効例,再燃群等を次のとおり定義している。併せて,上記対象者中のその症例数及びその治療群に占める比率を記載する(なお,治療効果が判定できなかったものが5例ある。)。     a 著効群 投与中に血清ALTが正常化し,投与終了後6か月以上それが持続した群。このうちの81%については,C型肝炎ウイルスの排除が認められている。994例,32.9%     b 再燃群 投与中は血清ALTの正常化が認められるが,投与終了後6か月内にその再上昇が認められる群。791例,26.2%     c 無効群 投与しても血清ALTの正常化が認められない群。1234例,40.8%     インターフェロン療法と肝細胞癌の発症率について      肝細胞癌の発症の危険因子は年齢,性別,肝線維化の程度及びインターフェロン療法の有無と考えられるが,これらについて補正した後の,上記の類型別の累積肝細胞癌発症率(肝生検施行後の期間5年,10年,15年の時点の割合)は,次のとおりである。      5年   10年   13年 (%)      著効群 0.9   3.5   4.9      再燃群 3.0  11.3  15.4      無効群 5.0  18.2  24.4      未治療群 5.2  19.1  25.8     インターフェロン療法と肝臓病死との関係(累積生存率)について      上記対象者中の肝臓病死(肝細胞癌,肝不全及び食道静脈瘤破裂による死亡)119例(治療群72例,未治療群47例)について,その危険因子(と同様)について補正した後の,上記の類型別の累積生存率(肝生検施行後の期間5年,10年,15年の時点の割合)は,次のとおりである。      5年   10年   13年 (%)      著効群 100.0  99.7  99.5      再燃群 99.8 98.5  97.3      無効群 99.1  93.3  86.3      未治療群 98.6  90.7  83.2   ウ 上記ア及びイ認定の事実によれば,確かに,インターフェロン療法を実施することにより,著効群及び再燃群においては,肝細胞癌の発症率の面でも,累積生存率の面でも,未実施の場合と比べ有意な差が認められることが明らかである。     しかしながら,インターフェロン療法未実施の場合と比べ有意な差のある効果が認められる割合は,上記イの研究では6割程度に止まり(上記イa及びbの合計59.1%),また,上記アの文献(甲B5)でも約3分の2とされている。そして,Dが上記著効群又は再燃群に属するのか否かについては,明確な資料が存在しない。  さらに,インターフェロン療法については,6か月の投与しか保険適用が認められておらず(甲B5,乙B6の1),また,その副作用として,甲状腺機能異常,間質性肺炎,精神症状,耐糖能異常,自己免疫疾患等があり,それが現れた場合にはインターフェロンの投与の中止ないし中断が求められる(乙B6の4)。また,C型ウイルス性肝炎患者の長期予後は肝臓の線維化の程度にも関係しているが,線維化を促進する因子として,① 感染年齢が40歳以上であること,② アルコール消費量が1日50g以上であること,③ 男性であることなどが挙げられている(乙B11)。     以上の諸点に照らすと,インターフェロン療法の効果があるか否かの判断のために,HCV-RNA量,HCVコア蛋白量,セロタイプ,肝線維化の程度等の検査が有益であるにもかかわらず,被告Cがこれらの検査をしなかったことを考慮しても,被告Cがインターフェロン療法を実施していたならばDがその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性については,証明が尽くされていないといわざるを得ず,未だ相当程度の可能性の存在の証明に止まるというべきである。 したがって,被告Cがインターフェロン療法を実施しなかったことそれ自体とDの死亡との間の因果関係については,これを認めることはできない。   肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死亡との間の因果関係 ア 上記基本的事実関係(事実及び理由中の第2の1)の認定事実及び証拠(乙A1,2)によれば,次の事実が認められる。     Dは,被告Cにより,平成3年3月慢性肝炎との,また,平成4年2 月C型ウイルス性肝炎との診断がされ,その後も,引き続き被告Cの診療を受けていた。     被告医院における平成7年11月の腹部超音波検査の結果,胆のう床のやや上方(肝右葉S6)に直径21mm×17㎜のハイパーエコーが認められた。Dは,被告Cの紹介で赤心堂病院で受診し,平成8年1月5日CT検査を受けたところ,肝血管腫の疑いと診断された。そこで,被告医院においてAFP定性検査をしたが陰性であった。      その後,Dは,平成10年10月30日,定量法(RIA法)によるAFP検査を受けたが,その結果11.0ng/mlであり,注意を要する状態であった。さらに,平成12年2月16日,定性法によるAFP検査を受けたが,その結果は陰性であった。      ところで,Dは,平成13年3月8日,胸痛,腹痛を発し,中村外科を受診した。同日のAFP検査では89.8ng/mlの高値を示し,また,CT上肝臓に多発性腫瘤が認められた。そして,中村外科は,同月17日,多発性肝細胞癌の可能性が大であり,継続的な精査,加療を要する旨診断した(なお,D本人に対しては,その旨を次回受診時に説明することが予定されていたが,来院しなかった。)。      中村外科は,平成13年12月4日,前日からの診察及び各種検査結果により,Dについて多発原発性肝細胞癌との診断をした。また,精査及び加療目的で入院した日大板橋病院は,平成14年1月8日,腹部超音波検査の結果,肝臓の右葉に多発性の腫瘍(最大のものは53mmであった)を認め,多発性肝細胞癌と診断した。そして,同月15日には,腹部CT検査の結果,肝右葉全体がびまん性の腫瘍で占められており,左葉にも6cm大の巨大な腫瘍が認められ,治療が困難なほどの末期の状況にあると判断した。    イ 上記ア認定事実及び上記1で認定したC型肝炎患者に対する診療の在り方によれば,次のことが明らかである。      被告Cは,そもそも,DがC型ウイルス性肝炎に罹患していることを知った平成4年以降,上記1説示の検査を定期的に実施し,肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていた。      その後,Dは,平成7年11月の腹部超音波検査の結果,肝右葉に直径21mm×17㎜のハイパーエコーが認められ,赤心堂病院で肝血管腫の疑いと診断され,また,平成10年10月30日のAFP検査の結果11.0ng/mlと注意を要する状態にあったのであるから,被告Cとしては,より一層慎重に検査をすべきであった。      そして,証拠(甲B6)によれば,a 腹部超音波検査を実施すれば,極めて小さな腫瘤も見つけることができる,b それがおおむね1cm未満の場合には経過観察とし,1cm以上となった場合に精密検査をすればよい,c 腫瘤が1.5cm以上になると,癌の場合には急速に増大したり,転移する率が高くなることが認められる。      そうであるとすると,被告Cは,血小板数検査,腫瘍マーカー検査に加え,腹部超音波検査を組み合わせて定期的に検査を実施していれば,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見することができ,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行えば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができたものと推認することができる。      なお,上記認定事実によれば,Dは,平成8年1月の赤心堂病院受診当時は未だ肝細胞癌に罹患していなかったが,平成13年3月の中村外科受診当時には,既に多発性肝細胞癌に罹患していた可能性が高いものと推測されるが,被告医院において定期的な検査がされていないので,その発症時期を確定することは困難である。 ウ ところで,証拠(甲B6,21)によれば,肝細胞癌に対する治療について,次の事実が認められる。     肝癌に対する主な治療法としては,肝切除術,肝動脈塞栓術(TAE),経皮的エタノール注入術(PEI)がある。      肝切除術は,単発で肝機能が良好な肝細胞癌が主な適応である。       その手術の予後については,日本肝癌研究会追跡調査委員会がした報告・「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する肝切除症例の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Aと表示した。)(1988年から1999年にかけての21,711症例),最大腫瘍径が2cm以下の症例(Bと表示した。)(4,213症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Cと表示した。)(15,453症例)についてみると,次のとおりである。      (年) 1 2  3  4  5  6  7  8  9  10      A 87.4 77.8  69.0  60.3  52.3 45.2 38.6  33.7  29.8  27.3      B 94.7 89.3  83.1  75.2  67.4 59.0 50.8  43.6  37.0  33.9 C 90.2 82.3 74.2 66.1 57.9 50.7 43.9 39.1 35.2 32.5      肝動脈塞栓術(TAE)は,肝細胞癌の栄養血管にカテーテルを挿入し,塞栓物質を注入することにより癌組織を阻血・壊死させる治療法である。結節型の多発例が適応となる。腫瘍縮小効果及び壊死効果に伴う延命効果が認められ,繰り返し治療が可能なため,肝機能が許す限り有効である。また,高度に進行した肝癌であっても,肝機能が良好であれば考慮の対象となる。 その術の予後については,上記「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する肝動脈塞栓術の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Dと表示した。)(1988年から1999年にかけての22,869症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Eと表示した。)(9,131症例)についてみると,次のとおりである。      (年) 1 2  3  4  5  6  7  8  9  10 D 77.1  57.9  43.0 31.9  23.6  16.9  12.4  9.8   8.4 6.9 E 82.9 66.9 52.7 40.6 30.8 22.9 18.2 14.8 11.4 9.8      経皮的エタノール注入術(PEI)は,迅速な蛋白凝固作用を有する 純エタノールを,超音波ガイド下に直接肝細胞癌の腫瘤内に注入し,癌組織を確実に壊死させる治療法である。肝細胞癌が3㎝以下,3個以内が適応となる。 その術の予後については,上記「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する経皮的エタノール注入術の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Fと表示した。)(1988年から1999年にかけての12,876症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Gと表示した。)(7,182症例)についてみると,次のとおりである。      (年) 1 2  3  4  5  6  7  8  9  10      F 91.5 77.6 63.6 50.8 40.3 31.0 25.2 19.9 19.3 19.3      G 93.2 81.8 69.4 57.3 46.6 36.2 29.9 23.1 21.7 21.7   エ 以上の認定説示を総合すれば,被告Cは,上記イ説示の定期的な検査義務を適切に尽くし,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見するとともに,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行っていれば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができた,そして,そのような段階で,適応する治療法を選択し,手術をすれば,Dが平成14年6月23日の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというべきである。     そうすると,被告Cが肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死亡との間には,因果関係が認められる。  5 争点(損害額)について   治療関係費 194万8520円   ア 被告医院分 0円     原告らは,Dが,平成4年3月以降,被告病院に自己負担分として支払った28万1230円を損害である旨主張する。しかしながら,被告医院における治療費には,Dの症状から必要性が認められた高血圧症や感冒,風邪等に対するものも含まれていた(乙A1)。また,被告Cがインターフェロン療法を実施しなかったことそれ自体とDの死亡との間の因果関係について,高度の蓋然性があると認めることはできないのであるから,肝庇護薬であるパンパールやウルソの投与も直ちに無意味な診療

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