H17.12.22 宇都宮地方裁判所 平成16年(ワ)第402号 損害賠償請求事件

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不動産競売において鉱泉地等を買い受けた原告が,土地から温泉が湧出せず,執行官の現況調査及び裁判官の最低売却価額の決定に違法があったとして国家賠償を求めたところ,執行官及び裁判官の職務行為に違法性は認められないとして請求が棄却された事例 主      文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。                 事実及び理由 第1 請求   被告は,原告に対し,3444万3990円及びうち3345万4090円に対する平成16年9月8日から,うち98万9900円に対する平成17年6月18日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要    本件は,不動産競売において土地建物を買い受けた原告が,物件明細書等には,土地から温泉(以下「本件温泉」という。)が湧出すると記載されていたにもかかわらず,温泉を揚湯できなかったとして,担当執行官の現況調査及び担当裁判官の最低売却価額の決定に違法があり,買受代金等の損害を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求した事案である。 1 前提となる事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。) (1)ア 株式会社A(以下「A」という。)は,平成2年1月に別紙物件目録2記載の土地(以下「本件土地2」という。)を,同年4月に同目録1記載の土地(以下「本件土地1」という。)を売買により取得した。(甲1,2) イ 温泉とは,地中から湧出する温水,鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で,温泉源から採取されるときの温度が25℃以上あるいは温泉法別表に掲げる物質を有するものをいう。(温泉法2条1項) Aは,平成2年9月25日に,本件土地1において,温泉掘削の許可を得て,地表から1378.7メートル下の位置まで,ケーシング管を三重に設置する掘削工事を行い,同工事は平成3年6月24日に終了し,揚湯試験の結果,泉温53.8℃,毎分309.01リットルの湧出量が確認された(温泉を動力揚湯するには,地表から穴を掘り,ケーシングという,穴の崩壊を保護する鉄製の管を三重に埋めて,一番内側の管の中に揚水ポンプを通して行う。)。 B県薬剤師会が,同年7月18日に本件温泉の泉質を分析した結果,泉質は,ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉とされた。本件温泉は,同年12月3日,「Uの湯」の名称の源泉として,温泉掘削等許可台帳に登載された。 Aは,同月16日に,本件土地1において,温泉揚湯のためのポンプを設置する許可を得て設置工事を行い,同工事は平成4年8月20日に終了し,上記と同様の泉温及び湧出量が確認された。 その後,Aは,平成6年6月,別紙物件目録3記載の建物(以下「本件建物」といい,本件土地1及び2と併せて「本件不動産」という。)を建設し,「V」の名称で,同年7月1日に,浴用としての温泉利用許可を得て,その頃から温泉施設の営業を開始した。 本件温泉については,その後,約1年おきに,泉温及び湧出量等の調査が行われ,いずれも動力揚湯により,平成7年8月7日に52.1℃,毎分62.7リットル,同8年8月7日に45.8℃,毎分223.9リットル,同9年8月21日に51.3℃,毎分280.7リットル,同10年8月6日に52.3℃,毎分203.4リットル,同11年8月4日に50.5℃,毎分101.0リットルの泉温及び湧出量が認められた。平成12年については,Vが廃業され,調査担当者がAと連絡をとることができず,泉温及び湧出量等の調査は行われなかった。(甲3,乙5,6) (2) 株式会社C銀行は,平成13年3月28日,自己を債権者,Aを債務者兼所有者として,同社所有の本件不動産につき,債権者が債務者に対して有する極度額6000万円の根抵当権の実行として,宇都宮地方裁判所D支部(以下「D支部」という。)に競売事件(当時の事件番号は同支部平成13年(ケ)第13号。〔以下「本件競売事件」という。〕)を申し立てた。(乙1) (3)ア 上記申立てに基づき,D支部裁判官E(以下「E裁判官」という。)は,同月30日,本件不動産につき不動産競売開始決定をした。(乙2) E裁判官は,同年4月24日,D支部執行官F(以下「F執行官」という。)に対し,本件不動産の現況について調査を命じるとともに,本件不動産の評価人としてG(以下「G評価人」という。)を選任して本件不動産の評価を命じた。(乙3,4) イ F執行官は,同年11月7日,本件不動産についての現況調査報告書(以下「本件現況調査報告書」という。)を執行裁判所に提出した。本件現況調査報告書において,本件土地1の現況地目は鉱泉地とされた。(乙5) F執行官は,平成14年9月27日,本件現況調査報告書の一部についての訂正及び追加補充を内容とする,本件不動産についての補充現況調査報告書(以下「本件補充現況調査報告書」という。)を執行裁判所に提出した。(乙6) ウ G評価人は,平成13年6月10日に本件不動産の現地調査を行い,その結果等に基づき,同年9月16日時点における本件不動産の評価を行い,平成14年2月15日,執行裁判所に評価書(以下「本件評価書」という。)を提出した。(乙7) 上記評価書において,本件土地1の評価額は370万3000円とされた。 エ 本件評価書が提出された後,本件競売事件は宇都宮地方裁判所に回付され(同年(ケ)第××号),同裁判所裁判官H(以下「H裁判官」という。)は,同年10月1日,本件競売事件につき物件明細書(以下「本件物件明細書」という。)を作成し,本件不動産の最低売却価額を7365万8000円と,本件土地1の最低売却価額を370万3000円と決定した。(乙8,9) 同物件明細書には,本件土地1の最低売却価額は,同土地にかかる源泉権が売却対象となるものと認めて定めた旨記載されている。 (4)ア 本件不動産については,期間入札が2回,特別売却が2回実施されたものの,買受けの申出がなかったため,宇都宮地方裁判所裁判官Iは,平成15年5月13日,G評価人に対し本件不動産の再評価を命じた。(乙10) イ G評価人は,同年5月28日時点における本件不動産の評価を行い,同年6月10日,執行裁判所に再評価書(以下「本件再評価書」という。)を提出した。同再評価書において,本件不動産の評価額は3224万円,本件土地1の評価額は184万4000円とされた。(乙10) ウ 本件不動産の最低売却価額は,宇都宮地方裁判所裁判官J(以下「J裁判官」という。)により,平成15年2月5日に4419万5000円に,同年6月11日に3224万円に,同年9月17日に1934万4000円にそれぞれ変更された。本件土地1に関しては,最低売却価額が,同年2月5日に222万2000円,同年6月11日に184万4000円,同年9月17日に110万6000円に各変更された。(乙9,11,12) (5) 同年9月17日に変更された最低売却価額をもとに実施された入札において,原告が本件不動産の最高価買受申出人となり,宇都宮地方裁判所裁判官K(以下「K裁判官」という。)は,同年12月2日,本件不動産につき買受人を原告,買受金額を2600万1000円とする売却許可決定をした。(乙13) (6) 原告は,平成16年1月9日,本件不動産の代金を納付してその所有権を取得したが,同年2月6日,宇都宮地方裁判所に対し,本件不動産を取得した目的である本件温泉の湧出が見込めないことが明らかになり,売却条件と現状に違いがあるとして,本件不動産の引取りと代金の返還を要求する上申書を提出した。(乙14) (7) K裁判官は,同年2月12日,原告の上記上申書に対して特段の措置を講ずることなく,配当を実施した。(乙15) 2 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) F執行官の行為の違法性の有無 (原告の主張) ア 原告は,本件不動産を競売により取得したが,温泉が湧出しなかった。 F執行官は,現況調査にあたって,Aが平成12年1月に営業をやめた理由について近隣の住民から事情を聞けば,本件温泉が枯渇したのか,湧出量が少なくなり,水を足して加熱して営業を続けるには経費がかかり過ぎるのでやめたのか,簡単に判明するはずであったにもかかわらず,これを怠ったのであり,同執行官の行為は違法である。 イ 「源泉権」とは,通常の使用方法で直ちに温泉を利用できるものをいい,「鉱泉地」は,単に湧出口があれば十分であるものではなく,湧出口から,通常の使用方法で,直ちに温泉が湧出することが必要不可欠である。 したがって,本件では,現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違がある。 (被告の主張) ア 執行官が現況調査報告書に記載することが義務付けられている現況地目としての「鉱泉地」とは,「鉱泉(温泉を含む)の湧出口及びその維持に必要な土地」をいうものである。 F執行官は,本件現況調査報告書記載のとおり,本件土地1上に温泉の揚水ポンプ設備が設置されていることに加え,平成11年8月4日に毎分101.0リットルの温泉の湧出が確認され,翌年まで温泉施設が営業されていた事実を確認しているのであるから,平成13年11月7日の本件現況調査報告書の提出時点において,本件温泉は枯渇していなかったと認めるのが相当である。 そうすると,上記のような「鉱泉地」の定義に照らしても,F執行官が,現況調査の結果として本件土地1の現況地目を鉱泉地と認定したことに誤りはなく,本件現況調査報告書の記載内容と,本件土地1の実際の状況との間に看過し難い相違が生じたと認めることはできないから,F執行官の行為に違法性が認められる余地はない。 イ なお,F執行官は,平成14年9月4日にAの代表者であるLと面談するなどして,本件土地1の現況調査を行っており,F執行官が行った現況調査の方法は,現況地目を鉱泉地と認定するために通常行うべき調査方法であったことは明らかである。 本件温泉の状況について最もよく知ると思われる人物から事情聴取をしたにもかかわらず,あえて第三者である近隣住民から事情聴取をする合理性は何ら認められず,そのような現況調査の方法は「通常行うべき調査方法」ではない。 (2) J裁判官の行為の違法性の有無 (原告の主張) 平成11年8月4日から原告が落札した当時の平成16年1月9日までの約4年間,揚湯していなかったのであるから温泉の枯渇が予測されたにもかかわらず,J裁判官は,特別売却の実施期間当時,温泉が枯渇していないか否か,揚湯管が使用できるか否かについて,鑑定や調査をすべきであるにもかかわらず,これを怠り,本件土地1について,源泉権を含めた最低売却価額を維持したのであり,同裁判官の行為は違法である。 (被告の主張) ア 裁判官がした争訟の裁判について,国家賠償法1条1項の規定する違法な公権力の行使となるのは,裁判官がした職務行為について上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず,当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特段の事情がある場合に限られるというべきところ,この理由は争訟の裁判のみならず,判断作用を伴う裁判官の行為一般に及ぶと解され,最低売却価額の決定についても当然に当てはまるものである。 本件において,原告は上記の「特段の事情」について主張しておらず,J裁判官の行為に関する原告の主張はそれ自体失当である。加えて,本件の一連の経過を見れば,本件土地1の最低売却価額の決定は,本件現況調査報告書及び本件評価書等に基づいて適正にされていることが窺われ,上記「特段の事情」が存在しないことは明らかである。 以上のとおり,J裁判官の行為に違法がある旨の原告の主張は,その余を論ずるまでもなく失当である。 イ なお,本件現況調査報告書及び本件補充現況調査報告書において,本件温泉の枯渇を予測させる記載は何ら認められないし,揚湯管が使用可能か否かは,本件土地1の現況や本件温泉の源泉権の評価とは無関係の事情であり,その他に,本件現況調査報告書及び本件補充現況調査報告書の記載内容を疑うべき事情も認められない。 ウ したがって,J裁判官について,本件温泉が湧出するか否か及び揚湯管が使用可能か否かについて鑑定や調査をすべき職務上の注意義務を認める余地はない。 (3) 損害 (原告の主張) 原告は,温泉が出ないことがわかっていれば本件不動産を落札しなかったところ,裁判所の一件記録を信頼して本件不動産を落札した結果,以下のとおり,合計3444万3990円の損害を被った。 ア 競売による売却代金 2600万1000円 イ 登録免許税  101万3500円 ウ 不動産取得税  219万4500円 エ 有限会社M(以下「M」という。)に支払った揚湯試験費用 124万5090円 オ 弁護士費用  300万円 カ 固定資産税 98万9900円 第3 争点に対する判断 1 上記前提となる事実に,証拠(甲4,5,11,乙5ないし12,14,16,証人T,原告)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1) 平成2年から同4年にかけて本件土地1へのポンプ設置工事が行われ,株式会社N(以下「N」という。)がこれを施工した。 Nは,平成6年,同7年に,ポンプの入替を行い,同11年にポンプの入替,揚湯管38本の取替え,ケーブル2本及び低水位電極2本の設置等を行ったが,同12年には,同11年の作業の代金が支払われなかったために,設置したポンプを自ら引き上げ,揚湯管38本は,株式会社O(以下「O」という。)に保管,販売を依頼した。 (2)ア F執行官は,平成13年6月14日から同年10月3日にかけて,本件不動産の現況調査を行った。F執行官が行った,本件土地1についての現況調査の経過は,以下のとおりである。 同年6月14日,本件土地1において,立入調査,写真撮影等を行った。 同月27日,本件土地1から本件土地2までの温泉用給湯配管が埋設されている土地(以下「件外土地」という。)の登記事項要約書及び地積測量図を取得した。 同年9月20日,件外土地において,件外土地所有者であるPから,給湯配管が埋設された場所の案内を受け,写真撮影をした。 同年10月3日,Q保健所において,本件土地1の温泉掘削等許可台帳及び本件建物の温泉利用台帳の閲覧,謄写をした。 Pからは,LはPの甥で,Pは件外土地の所有者であること,本件土地1は温泉を掘った土地であり,本件土地1から本件土地2までの給湯用配管は,件外土地の地表から約8,90センチメートル下を通っていること,本件土地1上の設備等は,全てAが所有するものであること等を聴取した。 イ F執行官は,本件現況調査報告書を作成し,同年11月7日に執行裁判所に提出した。 同報告書には,本件土地1について,現況地目として,鉱泉地と記載され,占有者及び占有状況として,土地所有者が,土地上に温泉の揚水ポンプ設備及び石像等を設置,所有して占有している旨が記載され,地上にポンプ小屋(以下「本件ポンプ小屋」という。)及び石像等が存在する旨が記載されているほか,本件土地1の写真が5枚,本件ポンプ小屋内の,散乱した状況を撮影した写真が2枚添付されている。 また,同報告書には,本件温泉についての,前提となる事実(1)に認定の事項等が記載された,温泉掘削等許可台帳及び温泉利用台帳の各写しが添付されている。 ウ F執行官は,平成14年6月19日から同年9月25日にかけて,補充現況調査を行い,同月4日にLと,同月6日にPと面談するなどし,給湯配管設備に関する事項等を聴取した。 F執行官は,同月27日,本件補充現況調査報告書を執行裁判所に提出し,給湯配管の位置など,本件現況調査報告書の一部につき訂正及び追加補充をした。 エ F執行官は,本件現況調査及び補充現況調査において,本件土地1に設置されている揚湯管等の揚水設備を用いて本件温泉を揚湯することが可能か否かについては調査を行っておらず,本件現況調査報告書及び補充現況調査報告書にも,上記事項についての記載はない。 (3) 本件現況調査報告書,本件補充現況調査報告書及び本件評価書に基づいて同年10月1日に作成された本件物件明細書には,本件土地1について,①最低売却価額は,同土地にかかる源泉権が売却対象となるものと認めて定めた,②本件土地1から湧出する温泉を採取する場合は,別紙聴取事項要約書のとおり届出を要する,③売却対象外のポンプ小屋,電気設備及び石像が存在する旨が記載されている。 また,本件物件明細書には,裁判所書記官が,B県東健康福祉センター(県東保健所)生活衛生課から聴取した事項をまとめた,聴取事項要約書が添付されており,同要約書には,温泉湧出地を買い受けた者等が温泉を採取する者となった場合は,温泉法施行細則(昭和62年12月15日B県規則第72号)12条に基づく温泉採取者届を提出することを要し,採取した温泉を公共の浴用に供しようとする場合は,温泉法13条により,県知事の許可(保健所長への委任事務)を受ける必要があること等が記載されている。 (4)ア 本件評価書において,平成13年9月16日時点の本件土地1の評価額は,土地所有権価格と温泉権価格を求めて算定することとされ,温泉権については固定資産評価基準応用方式を適用して577万4000円と算出され,これに土地所有権価格39万8000円を加えた617万2000円に,競売市場減価として100分の60を乗じた370万3000円とされた。 イ H裁判官は,平成14年10月1日,本件不動産の最低売却価額を7365万8000円,本件土地1の最低売却価額を370万3000円と決定した。 ウ J裁判官は,平成15年2月5日に,本件不動産の最低売却価額を4419万5000円(減価割合100分の60)に,本件土地1の最低売却価額を222万2000円(減価割合100分の60)に変更した。 エ 本件再評価書において,同年5月28日時点の本件不動産の評価額は,以下の合計額である,3224万円とされた。 本件土地1の評価額は,温泉権価格577万4000円に土地所有権価格37万4000円を加えた614万8000円に,競売市場減価として100分の30を乗じた184万4000円とされた。 本件土地2の評価額は,標準画地価格に個別的要因による補正及び建付減価補正を行い,建物の有する場所的価値による制約を考慮した底地割合(90%)を考慮した4918万3000円に,競売市場減価として100分の30を乗じた1475万5000円とされた。 本件建物の評価額は,建物のみの価格4941万5000円に,敷地利用権価格として,場所的価値の価格(土地価格の10%)546万5000円を加算した5213万6000円に,第三者の占有による減価を考慮して求めた5213万6000円に,競売市場減価として100分の30を乗じた1564万1000円とされた。 オ J裁判官は,同年6月11日に,本件不動産の最低売却価額を3224万円に,本件土地1の最低売却価額を184万4000円に,本件土地2の最低売却価額を1475万5000円に,本件建物の最低売却価額を1564万1000円に,それぞれ,本件再評価書における評価額と同額に変更した。 カ J裁判官は,同年9月17日に,本件不動産の最低売却価額を1934万4000円(減価割合100分の60)に,本件土地1の最低売却価額を110万6000円(減価割合100分の60)に,本件土地2の最低売却価額を885万3000円(減価割合100分の60)に,本件建物の最低売却価額を938万5000円(減価割合100分の60)に,それぞれ変更した。 (5)ア 原告は,R新聞に掲載された宇都宮地方裁判所競売物件情報広告を見て,本件不動産を温泉入浴施設として利用するために,その買受けを考え,同年10月22日,同地方裁判所において,本件物件明細書,本件現況調査報告書,本件補充現況調査報告書,本件評価書,本件再評価書を閲覧した。 原告は,翌23日,本件不動産を見に行き,本件建物内に設置されていた岩が赤茶色であることなどを確認したが,本件ポンプ小屋内は見ることができず,揚水ポンプ設備の確認はしなかった。 原告は,上記物件明細書等の記載及び本件建物内の岩が赤茶色にそまっていたことから,本件温泉が湧出するものと考えて,本件不動産の入札に参加した。 イ 同年11月25日に開札が行われたところ,原告が本件不動産の最高価買受申出人となり,K裁判官により,同年12月2日に,原告について売却許可決定がなされた。 原告は,平成16年1月9日,本件不動産の代金を納付してその所有権を取得した。 (原告は,代金納付前に再度本件不動産の状況について確認するため,知り合いの不動産業者を通じて,F執行官と宇都宮地方裁判所で面会し,本件温泉が湧出するかどうか等について尋ねたところ,同執行官が間違いなく温泉が出ると説明したと供述する。しかしながら,上記(2)エに認定のとおり,F執行官は,現況調査時点の揚水設備を用いて本件温泉を揚湯することが可能か否かについては調査していなかったのであるから,温泉が揚湯可能であると説明したとは認め難いうえ,時期は定かでないものの,原告と宇都宮地方裁判所で2度にわたり面会したことは認めた上,原告に温泉が出ると発言したことはない旨の同執行官作成の陳述書〔乙16〕に照らすと,原告の上記供述は採用することができない。) ウ 原告は,代金納付後,本件ポンプ小屋の調査,本件温泉の揚湯等を,Oに依頼し,同月26日,同社の担当者とともに,本件土地1を訪れたところ,Oの担当者は,ポンプが撤去されており,ケーシングも腐食しているため,作業を行うことができない旨を原告に伝えた。また,原告は,同担当者から,鉱泉の臭いがしないため,地下水脈が存在するかどうかわからないとの説明を受けた。 原告は,同月29日,本件土地1の温泉掘削工事を行ったS工業に連絡をして,新たにポンプを設置し,あるいは新たに温泉を掘削するのにかかる大まかな費用と,そのような措置をとっても,必ずしも温泉を揚湯できるとは限らないことについて,説明を受けた。 同年2月3日,Oから原告に対して,Nによる連絡文書が送付された。同文書には,上記(1)に認定の,同社によるポンプ交換の経緯等が記載されていた。 原告は,同月6日,宇都宮地方裁判所に対し,本件温泉の湧出が見込めないとして,本件不動産の引取りと代金の返還を要求する上申書を提出した。 (6)ア 原告は,その後,Mに対し,温泉掘削等許可台帳記載のとおりに本件温泉が湧出するかどうかの調査を依頼した。Mは,井戸及び温泉の掘削,調査,定期的なメンテナンスや,地質調査,設備,土木等を業務内容としている。 Mの専務Tは,平成16年5月21日及び22日に,本件土地1において,本件温泉が揚湯可能か否かについて調査を行った。 イ 上記調査において,Tは,本件土地1に廃棄されていたポンプと同じ大きさの,外径140ミリメートルのポンプ,揚水管等を用意した。 Tは,まず,本件土地1において,三重になっているケーシング管のうち,一番内側の管の中に電極を降ろし,液体に触れた位置で抵抗を測って,自然水位が地表から88メートル下であることを確認した。Tは,自然水位の位置にある液体の水質の分析は行わなかった。 温泉の地下水脈は,一般的に,地下構造が変わらない限り元の位置に存在し,以前温泉が湧出していた湧出口の地下に,自然水位の位置まで液体が存在する場合には,その液体は,温泉水であることが通常であるが,一番外側のケーシング管が腐食により崩壊している場合には,表層水も混入している。 Tは,揚湯試験に用いるポンプが,管の下まで下りるかどうかの確認のために,ポンプと同じ外径140ミリメートルの鉄管を下に降ろす作業を行った。Nの調査記録によれば,平成11年当時,ポンプを地表から342メートル以上下まで下げても渇水の可能性があるとされていたため,Tは,少なくとも同じ深さまで下げようとしたところ,地表から86メートル下の地点で,管の内側についたサビの膨張により穴が小さくなっていたため,鉄管を下に降ろすと抜けなくなる危険があるとして,降下不能と判断した。 ウ 上記調査時において,外径140ミリメートルよりも細い鉄管であれば,地表から86メートルよりも下まで降ろすことができ,同様の細いポンプを88メートルの位置まで降下すれば,地下の液体をくみ上げることができたものの,Tは当時細いポンプを用意していなかったため,実際に,細い鉄管や細いポンプを下まで降ろす作業は行わなかった。 エ 一番内側のケーシング管の内部についた腐食部分については,県知事の許可を得れば,取り除く作業を行うことができるものの,取り除いたとしても,管の外側の目詰まりを解消することは難しく,外側の目詰まりを解消しなければ,平成11年と同様の湧出量を得ることはできない可能性が高い。 また,一番内側のケーシング管を取り替えるのには,かなりの労力と費用を要し,交換の途中で管が切れてしまう危険性もある。 2 争点(1)(F執行官の行為の違法性の有無)について (1) 上記1に認定の事実に基づいて,F執行官の行為について違法性が認められるか否かについて検討すると,執行官は,民事執行手続において,執行裁判所から目的不動産の現況調査を命じられた場合,民事執行規則29条1項各号所定の事項の調査を行い,現況調査報告書に記載する義務がある。 この際,執行官は,目的不動産の現況をできるかぎり正確に調査すべき注意義務を負うものというべきであり,執行官が,通常行うべき調査方法を採らず,あるいは,調査結果の十分な評価,検討を怠るなど,その調査及び判断の過程が合理性を欠き,その結果,現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合には,執行官が上記注意義務に違反したものと認めるのが相当である(最高裁判所平成9年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2645頁)。 (2)ア 本件現況調査報告書において,本件土地1の現況地目が「鉱泉地」(不動産登記法施行令3条)と記載されているのは上記前提となる事実(3)イに認定のとおりであるところ,同条の「鉱泉地」とは,不動産登記事務取扱手続準則(昭和52年9月3日法務省民三第4473号民事局長通達)117条ホにおいて,「鉱泉(温泉を含む)の湧出口及びその維持に必要な土地」と定義されている。 そこで,本件土地の実際の状況が,「鉱泉(温泉を含む)の湧出口及びその維持に必要な土地」と相違し,その相違が看過し難い程度のものと認められるかについて検討する。 イ 上記前提となる事実(1)及び上記1(6)に認定のとおり,本件温泉の湧出量は,平成10年から同11年にかけて減少したこと,同16年には,ケーシング管の目詰まりにより,同11年に比べて管の内部が狭くなっており,同年と同じ大きさのポンプを用いてケーシング管を使用することはできず,また,より小さいポンプを用いたとしても,目詰まりを取り除く等しなければ,同年と同様の湧出量が得られない見込みであったことが認められる。 もっとも,上記前提となる事実(1)記載のとおり,平成11年には,本件土地1から,泉温は以前とほぼ同じ50.5℃,湧出量は同9年,同10年に比べて減少したもののなお毎分101.0リットルの温泉が湧出しており,Vは,平成12年になって廃業したものの,同11年までは営業を行っていたものである(本件全証拠によっても,廃業の理由は明らかではないが,証拠〔乙6〕によれば,F執行官がLと面談した際,Lは,本件温泉が枯渇した旨の供述をしていなかったことが認められる。)。また,上記前提となる事実(1)及び上記1(6)に認定の事実に基づいて検討すると,本件温泉の湧出量は,平成7年から同9年までの間は増加しており,湧出量の変動が一定であるとは認められないから,同9年から同11年にかけて湧出量が減少したからといって,その後も減少が続いたものと推認することはできないし,同16年には,ケーシング管の中に,地下88メートルの位置まで液体が存在し,その液体には,地下1378.7メートル下から湧出した液体が含まれる可能性が高いと認められる一方で,同11年以降,温泉の地下水脈の位置が変化するような出来事があったものとは認められない。 そうすると,F執行官が現況調査及び補充現況調査を行った平成13年及び同14年の時点において,本件温泉が枯渇していたものと認めることはできないというべきである。 また,上記前提となる事実(1)に認定のとおり,本件土地には地下1378.8メートルの位置までケーシング管が設置されている以上,上記のとおりケーシング管の内部が狭くなっていたからといって,本件土地が「湧出口」に当たらないものとはいえない。 以上によれば,本件土地1が,F執行官が現況調査及び補充現況調査を行った時点において,「温泉の湧出口及びその維持に必要な土地」に当たらないものであったとは認められず,本件土地1の地目について,現況調査報告書等の記載内容と,実際の状況との間に相違があったものとは認められない。 また,本件土地1上に設置されているケーシング管等の設備が使用可能か否かについては,民事執行規則29条1項所定の調査事項に含まれるものとはいえないし,本件現況調査報告書及び補充現況調査報告書に記載されていないから,現況調査報告書の記載内容と実際の状況との間に相違があったとは認められない。その他,本件不動産について,現況調査報告書の記載内容と,実際の状況との間に相違があったことを窺わせる事実も認められない。 (3) また,上記1(2)に認定のとおり,F執行官は,現況調査において,温泉掘削等許可台帳及び温泉利用台帳の閲覧,謄写を行い,本件土地1の現地を見分して,本件ポンプ小屋の存在と小屋内の状況を確認し,本件不動産の所有者であったAの代表者Lや,隣接地の所有者であったPから事情聴取等を行ったものであるところ,上記調査方法は,土地の現況地目が鉱泉地であるか否かを判断するにあたって,通常行うべき調査方法であったというべきである。 そして,上記1(1)及び(2)に認定の事実によれば,現況調査の結果,平成11年まで本件ポンプ小屋で本件温泉が揚湯されていた事実,Aが平成12年になってVを廃業した事実及び本件ポンプ小屋内が散乱している事実が判明したところ,平成11年に本件温泉が揚湯されていれば,特段の事情の変化がない限り,平成13年及び同14年にも本件温泉は枯渇していないものと考えられ,他方で,温泉施設の営業が中止され,ポンプ小屋が散乱している事実は,本件温泉が枯渇している可能性を直ちに推認させるものとはいえないから,本件土地の地目を鉱泉地としたF執行官の判断は合理的であり,F執行官の調査及び判断の過程が,調査結果の十分な評価,検討を怠ったなど,合理性を欠くものであったとはいえない。 原告は,F執行官が,営業を止めた理由について近隣住民から事情を聞けば,本件温泉が枯渇したのか否か等が判明したはずであるのに,これを怠った点が注意義務違反にあたると主張するが,上記のとおり,F執行官は,L及びPから事情聴取を行っているのであって,そのような場合に,さらに,近隣住民から事情聴取することが,通常行うべき調査方法であるとはいえないし,上記(2)の判示によれば,F執行官が近隣の住民に事情を聴取したとしても,本件温泉が枯渇したことが判明した可能性があったとも認められない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 また,ケーシング管等が使用可能か否かは,民事執行規則29条1項所定の調査事項に含まれるものとはいえないから,この点についてF執行官が調査を行う義務があったものとは認められない。 (4) 以上によれば,F執行官が,現況調査にあたって,通常行うべき調査方法を採らず,あるいは,調査結果の十分な評価,検討を怠ったなど,その調査及び判断の過程が合理性を欠き,その結果,現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じたものとは認められない。 よって,F執行官が,目的不動産の現況をできるかぎり正確に調査すべき注意義務に違反したとはいえない。 3 争点(2)(J裁判官の行為の違法性の有無)について (1) 次に,原告は,J裁判官が,本件温泉の枯渇が予測されるのに,本件温泉が湧出するか否か,揚湯管を使用することができるか否かについての鑑定や調査をせず,本件土地1について源泉権を含めた最低売却価額を決定したことが違法であると主張する。 そこで検討するに,裁判官の職務行為が,国家賠償法1条1項の規定する違法な公権力の行使となるのは,当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合に限られるというべきである(最高裁判所昭和57年3月12日第二小法廷判決・民集36巻3号329頁)。 (2) 執行裁判所は,評価人の評価に基づいて最低売却価額を定めなければならず,売却を実施させても適法な買受けの申出がなく,当該最低売却価額により更に売却を実施させても売却の見込みがないなど,必要があると認める時は最低売却価額を変更することができるものとされる(民事執行法〔平成16年法律第152号による改正前のもの〕60条)。 上記1(4)に認定の事実によれば,本件不動産の最低売却価額は,本件現況調査報告書,本件補充現況調査報告書,本件評価書及び本件再評価書に基づいて決定されたことが認められるところ,本件全証拠によっても,上記現況調査報告書及び評価書等記載の調査事項や計算方法等に不備や不足があったことを窺わせる事実は認められないから,J裁判官が,上記評価書等に基づいて最低売却価額を決定したことに,権限の逸脱があったとは認められないし,その他,同裁判官が違法又は不当な目的をもって最低売却価額を決定したなど,その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があったものとは認められない。 また,上記2(2)で判示したのと同様に,本件温泉は,J裁判官が本件不動産の最低売却価額の決定をした平成15年の時点においても枯渇したものとは認められないほか,本件現況調査報告書及び本件補充現況調査報告書について,本件温泉の枯渇を予測させる記載や,記載内容を疑うべき事情があったものとは認められないから,J裁判官に,本件温泉が湧出するか否かについて鑑定や調査をすべき職務上の注意義務があったとはいえない。 ケーシング管等が使用可能か否かについても,本件現況調査報告書及び本件補充現況調査報告書に,これを窺わせる記載があったものとは認められず,また,現況調査における調査事項に含まれるものではないことは上記2(2)に判示のとおりであり,また,これが,本件温泉の温泉権の評価額はもとより,本件土地1の評価額に影響するとは認められないから,J裁判官に,揚湯管が使用可能か否かについて鑑定や調査をすべき職務上の注意義務があったとはいえない。 したがって,J裁判官が最低売却価額を決定するにあたって,職務上の注意義務違反があったものと認める余地はない。 第4 以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 宇都宮地方裁判所第1民事部 裁判長裁判官 岩   田       眞 裁判官 有   賀   貞   博 裁判官 松   井   理 恵 子 (別紙物件目録省略)

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