H17.12.21 大阪地方裁判所 平成17年(わ)第4386号 私文書偽造,同行使,不動産登記法違反被告事件

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H17.12.21 大阪地方裁判所 平成17年(わ)第4386号 私文書偽造,同行使,不動産登記法違反被告事件」(2006/01/20 (金) 18:05:33) の最新版変更点

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1.平成16年に改正された不動産登記法(平成16年法律第123号)に新設された「本人確認情報」制度に関し虚偽情報提供罪(同法132条,23条4項1号)の成立が認められた事例 2.司法書士である被告人が,依頼者と共謀の上,痴呆状態にある者の土地を処分するため同土地につき本人に無断で所有権移転登記を経由すべく,本人名義の委任状や「登記原因証明情報」を偽造・行使し,登記官に虚偽の「本人確認情報」を提供したという事例につき,専門家としての司法書士の責任を強調し,改正により新たに設けられた制度を早くも悪用したなどと指摘して,懲役1年2か月の実刑判決が言い渡された事例 主  文 被告人を懲役1年2か月に処する。 裁判所に押収中の以下の各物品の偽造部分を没収する。 ① 登記申請書及び同附属関係書類2綴(平成17年押第419号の1,2)中の委任状(Aを委任者とするもの)2通 ② 登記申請書及び同附属関係書類1綴(同押号の2)中の「登記原因証明情報」と題する書面1通 理  由 【有罪と認定した事実】  被告人は,不動産登記等の申請等の代理を業とする司法書士であるが,本件共犯者Bが,その実父Aが高度の痴呆のため事理の弁識が極めて困難な状態に陥っていたことを利用し,同人が所有する大阪府松原市〈以下略〉外6筆の土地(以下「本件土地」という。)を同人に無断でC株式会社に売却しようと企てていたことから,Bの依頼により,その売却に伴う同社に対する本件土地の所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を完遂すべく,同登記申請に必要なA名義の関係書類を偽造・行使するとともに登記官に虚偽の本人確認情報を提供しようと企て,B及び不動産売買の仲介業者である株式会社Dの代表取締役であるEと共謀の上, (1) 平成17年5月19日ころ,Aが入院している兵庫県明石市〈以下略〉所在のF病院a号室において,行使の目的で,意思能力が欠如したAの右手にボールペンを握らせた上,BがAの右手を取り,所有権登記名義人住所変更の登記申請に関する一切の件等をG司法書士に委任する旨の記載のある委任状用紙1通及び本件登記申請に関する一切の件等を被告人に委任する旨の委任状用紙1通の各委任者欄並びに「登記原因証明情報」と題する書面1通の売主欄にそれぞれ「A」と勝手に署名するとともに,その名の横にいずれも「A’」〔Aの名字部分(仮名処理者注)〕と刻した印鑑を無断で押捺し,もってA名義の上記委任状2通(主文の没収対象物品①)及び上記「登記原因証明情報」と題する書面1通(主文の没収対象物品②)をいずれも偽造した。 (2) 平成17年5月25日,大阪府堺市〈以下略〉所在の大阪法務局H出張所において,同法務局出張所登記官に対し,本件登記申請を行うに当たり,事情を知らない前記G司法書士らを介して,前(1)記載の3通の偽造書類を真正に成立したもののように装って,後記「本人確認情報」と題する書面1通やその余の登記関係書類とともに一括して提出・行使(情報提供)をした。 (3) 前(2)記載の日時・場所において,登記の申請の代理を業とすることができる代理人として本件登記申請を行うに当たり,前(2)記載の登記官に対し,「本人確認情報」と題する書面1通を提出して,本件登記申請人であるAが登記義務者(登記名義人)であることを確認するために必要な情報である「本人確認情報」の提供を行ったが,真実は,被告人が平成17年5月19日兵庫県明石市〈以下略〉所在のF病院a号室においてAと面接した折りには,同人は高度の痴呆により意思能力を欠いていたため,同人が本件登記申請につき権限を有する登記名義人であることを確認できなかったのに,同書面中では,上記面接の際,Aが自己の住所・氏名・年齢・干支等につき正確に回答したこと,権利取得原因及び本件土地に関する周辺情報に関するAの回答にも特段の疑うべき事情がなかったこと,その他Aが本件登記申請の権限を有する登記名義人であることに疑義を生じる事情などは存在しなかったことなど虚偽の情報を記載し,事情を知らない前記G司法書士らを介して同書面を前(2)記載の偽造書類等と一括して提出し,もって登記官に対し虚偽の本人確認情報の提供をした。 【有罪認定に供した証拠】(省略) 【法令適用の過程】 (1) 「有罪と認定した事実」に記載の被告人の各行為は,次の各刑罰法令にそれぞれ該当する(〔 〕内は法定刑)。 (1)の点…各偽造文書ごとに,いずれも刑法60条,159条1項〔3か月以上5年以下の懲役〕 (2)の点…各偽造文書ごとに,いずれも刑法60条,161条1項,159条1項〔3か月以上5年以下の懲役〕 (3)の点…刑法60条,不動産登記法132条,23条4項1号〔2年以下の懲役又は50万円以下の罰金〕  ところで,上記(2)と(3)は1個の行為(数通の文書の一括行使・情報提供)が数個の罪名に触れる場合であり,他方,上記(1)と(2)は各偽造文書ごとにそれぞれ手段結果の関係があるから,刑法54条1項前段,後段,10条により,結局以上を1罪として,刑及び犯情の最も重い(2)の1個(個々の偽造文書ごとに犯情が異なることはないので,あえて特定の偽造有印私文書行使罪を選ぶことはしない。)の偽造有印私文書行使罪の刑で処断を行う。  そして,その法定刑期の範囲内で,当裁判所は,後記「量刑の理由」により,被告人を主文の刑に処することとした。 (2) 主文の各没収対象物品の偽造部分は,いずれも「有罪と認定した事実」(1)に記載のとおりの各有印私文書偽造によって生じた物であって,いずれも何人の所有をも許さないものであるから,刑法19条1項3号,2項本文を適用して,これらを没収する。 【量刑の理由】  本件は,共犯者がその実父の痴呆につけ込んで同人名義の土地を勝手に売却処分しようとした際,司法書士である被告人が,共犯者の依頼によりこれに加担し,その土地の登記を移転するのに必要な実父名義の委任状や「登記原因証明情報」を偽造するとともに,登記義務者たる実父に関する虚偽の「本人確認情報」を作成し,それらの書類を登記官に提出して虚偽の情報提供をしたという事案である(以下,被害者的立場にある共犯者の実父のことを便宜上「被害者」という。)。  まず,その犯行に至る経緯・動機を見ると,被告人は,被害者が高度の痴呆のため自己の財産を処分する能力を失っていることを十分に認識していたのであり,それ故にこそ共犯者からの依頼を一旦は断っていたにもかかわらず,結局は,その後の共犯者からの強い働きかけを断り切れず,表沙汰にさえならなければよいなどという安易な考えから,司法書士としての職責を放棄し,共犯者からの高額な報酬の申し出にも目がくらんで,本件犯行を敢行するに至ったものである。もとより,その安易かつ利欲的な動機には何ら酌むべきものを見出し得ない。  また,その犯行態様を見ても,被告人は,共犯者と共に病床の被害者のもとを訪れるや,自ら共犯者に指示して,意思能力を欠いている被害者にペンを握らせ,その手を取りながら無理やり前記各偽造文書に署名させているのであって,その手口は極めて強引かつ悪質である。その上更に,被告人は,司法書士等資格を有する専門家のみが作成権限を有し,制度上その記載内容の真実性が厳格に要求される「本人確認情報」にまで明らかな虚偽情報を記載して,共犯者の企みに大きな寄与を行っているのであって,総じて,司法書士たる被告人の積極的関与なくしては,本件土地の無断売却は到底完遂されなかったものというべく,その意味からしても,被告人が本件犯行において果たした役割は非常に重要なものであったと評価することができる。  そして,被告人らの本件犯行の結果,本件土地は何ら被害者の意思に基づくことなく1億円で勝手に売却されてしまい(その売却金の全部を被害者の息子である共犯者が取得している。),その旨の所有権移転登記がされたばかりか,抵当権設定登記まで経由されてしまっているのである。本件に関する民事上の解決が最終的にどのようになるか予断を許さないものがあるが,既に売買や融資は実行されて各登記もなされている上,近時,被害者が死亡し,本件売却処分やその売却金の取得状況とは大きく異なる内容の遺言書も発見されていることから,民事上の法律関係は甚だ複雑なものとなっていることは明らかであり,共犯者以外の相続人に相当深刻な実質的被害が生じ得る可能性も十分あり得るのであって,本件犯行がもたらした実質的被害には計り知れないものがある。  昨今,我が国では,高度の専門的知識と責務を有する専門家が,目先の利益を追い求める余り,その職責を放棄し,その専門家の立場を悪用した振る舞いに及んだ結果,一般市民に多大の損害を与え,その専門的職種そのものに対する一般市民の信頼をも失墜させるに至っているような事態が相次いでいるが,このような専門家による犯罪の多発は,我が国国内におけるプロフェッショナルな制度一般に対する社会的信頼を動揺させるだけでなく,国際社会における我が国の信用にも影響を与えかねない危険性があるのであって,刑事司法においても,かくの如き専門家の犯罪に対しては,これまで以上に厳しい態度で臨んでいく必要があるように思われる。そして,このような見地から本件犯行を見ると,被告人は,司法書士という法律専門家としての地位にあって,司法書士法2条の説くように,品位の保持に努め,公正かつ誠実に業務を遂行しなければならない責務を有していたにもかかわらず,前述のとおり,自らその専門家としての職業倫理に甚だしく背いて本件の如き悪質な犯罪に加担し,積極的にこれを遂行するに至ったものである。ことに,本件犯行の中で用いられた「有資格者による本人確認情報提供制度」は,司法書士等が登記実務において長年にわたり適正かつ地道にその職務を遂行し,社会からの信頼を着実に築き上げてきたことを背景として,平成16年の不動産登記法の全面改正の際新たに導入された制度であり,登記名義人の本人確認事務につき司法書士等に一定の公証機能まで付与した画期的な制度改革であったが,被告人は,この制度施行後わずか2か月余りで早くもこの制度を悪用し,共犯者と自己の不法な利益獲得手段としてこれを用いるに至ったのである。このような被告人の行為は,これまで多くの司法書士が長年にわたり積み重ねてきた地道な努力に対する冒涜であるだけでなく,同時に,新制度が前提とする司法書士への社会の信頼を大きく損なわせ,ひいては司法書士等に対する社会的信頼を基盤として設計された新しい本人確認制度の妥当性・合理性そのものを突き崩しかねない可能性もあるのである。本件犯行により司法書士会が受けた衝撃も大きく,このような点からしても,被告人の責任は厳しく問われなければならない。  そこで,以上の述べたような諸般の事情を総合勘案すると,司法書士の立場にありながら本件のような悪質な犯罪に走った被告人の刑事責任はかなり重いといわざるを得ないのであって,他面において,被告人は当公判廷において一応反省の弁を述べていること,本件犯行による利益相当額の金を贖罪寄付していること,被告人には前科がなく,その妻が今後の監督を約束していること,など被告人のために酌むべき事情の存することを十分考慮したとしても,なお主文の実刑は免れないと判断した次第である(検察官求刑-懲役1年6か月,各偽造私文書の偽造部分の没収)。   平成17年12月21日    大阪地方裁判所第7刑事部         裁判長裁判官   杉 田 宗 久       裁判官   鈴 嶋 晋 一       裁判官   小 畑 和 彦

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