H17.12.22 名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)第1803号 損害賠償請求事件

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 各種織物の製造・販売業等を営む原告が,消費税法57条所定の第一種事業に該当することを前提として同法37条所定の簡易課税制度選択届出書を提出した後に第三種事業に該当することが判明したとして,上記届出書の取下げあるいは撤回を求めた上,実額による仕入税額控除の方法で確定申告をしたのに対し,被告が第三種事業としての簡易課税制度の適用を前提とした課税処分をした事案について,原告が,その事業を第三種事業に区分する通達に合理性がないこと,上記届出書の提出が錯誤により無効であることを主張してその取消しを求めたが,被告の処分に違法はないとして棄却した事案 平成17年12月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成16年(行ウ)第86号 消費税更正処分取消等請求事件 口頭弁論終結日 平成17年10月13日 判決 主文   1 原告の請求を棄却する。   2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の請求   被告が,平成15年6月18日付けでした原告の平成13年9月1日から平成14年8月31日までの課税期間における消費税及び地方消費税の更正処分のうち,消費税額51万0900円及び地方消費税額12万7700円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,各種織物の製造・販売業等を営む原告が,消費税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下「法」という。)37条所定の簡易課税制度選択届出書を提出したものの,その後に,同届出書の提出は,上記事業(製造問屋)が消費税法施行令(以下「施行令」という。)57条所定の第一種事業(卸売業)に該当するとの認識で行ったものであるが,消費税法基本通達(以下「基本通達」という。)では第三種事業(製造業)として取り扱われていることを知るに至ったとして,その取下げないし撤回を申し入れた上,法30条以下の定める実額による仕入税額控除の方法で確定申告したところ,被告から,第三種事業としての簡易課税制度の適用を前提とした課税処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,①原告の事業を第三種事業(製造業)に区分する基本通達が不合理なものであること,②上記届出書の提出は,原告の事業区分に関する代理人税理士の錯誤に基づくものであって,無効ないし撤回済みであることを理由に,その取消しを求めた抗告訴訟である。 1 前提事実(争いがない事実及び証拠により容易に認定できる事実) (1) 原告の事業内容 原告は,肩書地で各種紡績糸,各種編・織物の製造・加工の仲介及び販売並びに時計,貴金属及び眼鏡の販売等を目的とする株式会社であり,主に柔道着のいわゆる製造問屋としての事業(販売先からの注文を受けて原材料を購入し,これを下請加工させて完成させ,納入する事業。以下,原告のそれを「本件事業」という。)を営んでいる。 (2) 原告による簡易課税制度選択届出書の提出 原告は,平成13年8月30日,補佐人税理士を代理人として,被告に対し,同年9月1日から平成14年8月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)について,法37条1項に規定する簡易課税制度選択届出書(以下,原告が提出したものを「本件届出書」という。)を提出した。 その際,原告は,本件届出書の「事業の内容」欄に「織物卸売,時計貴金属小売」と記載し,また,「事業区分」欄に「第一種および第二種」と記載した(甲1)。 (3) 原告らによる本件届出書の取下げ願い 原告は,平成13年11月9日,被告に対し,簡易課税制度上,本件事業が第一種事業としての取扱いが受けられるものと考え,本件届出書を提出したが,その後,第三種事業として取り扱われることを知ったので,本件届出書の取下げを承認されたい旨記載された「嘆願書」を提出し,同時に,代理人である補佐人税理士も,被告に対し,同税理士が本件届出書を提出するに当たって,本件事業が第一種事業に区分されると誤解した経緯や取下げが認められるべき根拠等について説明した「『嘆願書』提出に際してのお願い」と題する書面を提出した(甲2,3)。 (4) 原告による消費税等の申告及び被告による本件処分 原告は,平成14年10月30日,本件課税期間の消費税等について,簡易課税制度ではなく,法30条以下の定める実額による仕入税額控除(本則課税)を行い,納付すべき消費税額51万0900円,同譲渡割額12万7700円とする確定申告を行ったところ,被告は,平成15年6月18日,本件事業を第三種事業として簡易課税制度を適用し,本件処分を行った(甲4)。 これを不服とした原告は,同年8月4日,異議申立てをしたが,被告は,同年10月31日,これを棄却するとの決定をした。さらに原告は,同年11月13日,審査請求をしたが,国税不服審判所長も,平成16年11月1日,これを棄却するとの裁決をした(甲5ないし9)。以上の経緯は,別表1の当該欄に記載のとおりである。 そこで,原告は,同年12月28日,本訴を提起した。 (5) 関係法令の抜粋 ア 施行令 (中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例) 57条 次項及び第3項に定めるもののほか,法第37条第1項に規定する政令で定める事業は,次の各号に掲げる事業とし,同項に規定する政令で定める率は,当該事業の区分に応じ当該各号に定める率とする。 1 第一種事業 100分の90 2 第二種事業 100分の80 3 第三種事業 100分の70 4 第五種事業 100分の50 (中略) ⑤ 前各項において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 1 第一種事業 卸売業をいう。 2 第二種事業 小売業をいう。 3 第三種事業 次に掲げる事業(前2号に掲げる事業に該当するもの及び加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業を除く。)をいう。 イ 農業 ロ 林業 ハ 漁業 ニ 鉱業 ホ 建設業 ヘ 製造業(製造した棚卸資産を小売する事業を含む。) ト 電気業,ガス業,熱供給業及び水道業 4 第五種事業 次に掲げる事業(前3号に掲げる事業に該当するものを除く。)をいう。 イ 不動産業 ロ 運輸通信業 ハ サービス業(飲食店業に該当するものを除く。) 5 第四種事業 前各号に掲げる事業以外の事業をいう。 (中略) ⑥ 前項第1号の卸売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売する事業をいうものとし,同項第2号の小売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業で同項第1号に掲げる事業以外のものをいうものとする。 イ 基本通達(平成7年課消2-25ほか) (性質及び形状を変更しないことの意義) 13-2-2 令第57条第5項第1号に規定する第一種事業(卸売業)及び同項第2号に規定する第二種事業(小売業)は,同条第6項の規定により「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業」をいうものとされているが,この場合の「性質及び形状を変更しないで販売する」とは,他の者から購入した商品をそのまま販売することをいう。 なお,商品に対して,例えば,次のような行為を施したうえでの販売であっても「性質及び形状を変更しないで販売する」場合に該当するものとして取り扱う。 (1) 他の者から購入した商品に,商標,ネーム等をはり付け又は表示する行為 (2) 運送の利便のために分解されている部品等を単に組み立てて販売する場合(以下略) (3) 2以上の仕入商品を箱詰めする等の方法により組み合わせて販売する場合の当該組合せ行為 (製造業等に含まれる範囲) 13-2-5 次の事業は,第三種事業に該当するものとして取り扱う。 (1) 自己の計算において原材料等を購入し,これをあらかじめ指示した条件に従って下請加工させて完成品として販売する,いわゆる製造問屋としての事業 なお,顧客から特注品の製造を受注し,下請先(又は外注先)等に当該製品を製造させ顧客に引き渡す事業は,顧客から当該特注品の製造を請け負うものであるから,原則として第三種事業に該当する。 (以下略) 2 本件の争点 (1) 製造問屋を第三種事業に区分している基本通達13-2-5(1)(以下「本件通達」という。)は,合理性を有するか。 (2) 本件届出書の提出行為は,錯誤等により無効か。 3 争点に対する当事者の主張 (1) 争点(1)(製造問屋を第三種事業に区分している本件通達は,合理性を有するか)について (被告の主張) ア 本件通達の合理性 (ア) 簡易課税制度における事業区分の趣旨 簡易課税制度において,事業区分ごとにみなし仕入率(仕入率とは,課税標準額に対する消費税額(売上税額)に占める課税仕入れ等に係る消費税額(仕入税額)の割合をいう。)が設定されているのは,具体的な事業者の個別性による差異を捨象し,当該事業の一般的な課税仕入れの態様に応じて類型化された事業区分と,それぞれの事業区分に対応するみなし仕入率を定めることによって,事業者が簡易に仕入れに係る消費税額を算定することを可能とするためである。 (イ) 第三種事業のみなし仕入率と第一種事業及び第二種事業のみなし仕入率の比較 みなし仕入率は,第一種事業が90パーセント,第二種事業が80パーセント,第三種事業が70パーセントと定められているところ,このように分類された理由は,第一種事業である卸売業や第二種事業である小売業では,譲渡される課税資産には何ら加工等の付加価値が付されないので,一般的に課税資産の譲渡額における仕入額の占める割合が高くなり,その結果,仕入率も高くなるのに対し,製造業などの第三種事業では,仕入れた資産に加工等の付加価値が付されるため,一般的に課税資産の譲渡額における仕入額の占める割合が,卸売業や小売業に比べれば低くなるから,その結果,仕入率も低くなることにある。 (ウ) 製造問屋を第三種事業に分類することの合理性 製造問屋は,自ら材料を仕入れた上で,下請業者に指示をして加工させ,加工された製品を販売する事業であることから,加工された製品を販売するときが課税資産の譲渡に該当するところ,その課税資産の譲渡の対価には,原材料の仕入れ以外に,下請の加工賃等が反映されることとなる。 そうすると,製造問屋における課税資産の譲渡の対価には,加工という付加価値が反映されていることになるから,仕入率は,一般的に,第一種及び第二種事業と比較すると低いと考えられ,他方,第四種事業である飲食店,金融・保険業等と比較すると,高いと考えられる。 したがって,製造問屋を第三種事業に区分することは合理的であり,本件通達には合理性がある。 イ 本件事業の第三種事業該当性 施行令57条6項は,「前項第1号の卸売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売する事業をいうものとし,同項第2号の小売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業で同項第1号に掲げる事業以外のものをいうものとする。」と定義しているところ,本件事業は,主として柔道着の生地の注文を受けた後,①糸の仕入れ,②機屋での生地の織り込み,③整理屋での巻き取り,④運送業者による発注者への納品を行うものであり(材料及び製品は業者間で直接受け渡しされている。),上記の「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで……販売する事業」に当たらないことが明らかである。 そして,本件事業は,顧客からの受注に基づき,下請先に製品を製造させて顧客に納品する事業であると認められるので,本件通達にいう「顧客から特注品の製造を受注し,下請先(又は外注先)等に当該製品を製造させ顧客に引き渡す事業」として製造問屋に該当する。 ウ 原告の主張に対する反論 原告は,①施行令57条6項の「その性質及び形状を変更しないで」の主語は当該事業者自らとなるべきであるから,自らは全く製造しない製造問屋は同項の要件を満たすこと,②相続税法その他の租税法においては,製造問屋を卸売業としていること,③他の事業者において製造された完成品を,自己の仕入れた商品として,他の事業者に販売する製造問屋は明らかに卸売業に当たることなどを理由に,製造問屋を製造業に区分する本件通達には合理性がなく,本件事業は卸売業に区分されるべきである旨主張する。 しかし,①については,簡易課税制度における事業区分ごとのみなし仕入率は,当該事業の課税資産の譲渡等の対価において仕入額の占める割合が高いかどうかに着目されて設定されたものであり,事業者が製造をしたか下請業者が製造をしたかは問題となる余地がない。しかるところ,製造問屋における課税資産の譲渡,すなわち完成した製品の受注者への販売における対価においては,原材料の仕入額のみならず,付加価値,すなわち下請への加工賃が反映されることは明らかであり,そのような付加価値が一切考えられない卸売業とは明らかに異なっている。 また,②については,取引相場のない株式の評価方式における類似業種比準法は,製造問屋を卸売業としているものの,これは多種多様な相続財産についての課税の統一・公平を図るために定められた財産評価基本通達の一つであり,事業内容に応じた課税仕入額を算出するために設けられた簡易課税制度における事業区分とは性格が異なる。かえって,法人税法における貸倒引当金の計算における特例措置においては,簡易課税制度と同様に製造問屋を製造業として扱っている(租税特別措置法通達57の9-5)。 さらに,③については,原告は,原材料である糸を仕入れてその所有権を取得している以上,これを下請業者が加工しても所有権は原告に帰属していることとなるから,加工された商品を再び原告が仕入れるなどと構成することはできない。 (原告の主張) 被告の主張は争う。 製造問屋を第三種事業(製造業等)に区分している本件通達は,実態に合わない不合理なものであり,原告の事業は,第一種事業(卸売業)に区分されるべきである。 ア 本件通達の不合理性 (ア) 施行令57条5項,6項との矛盾 施行令57条5項において,第一種事業は卸売業と定められ,同6項において,卸売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売している事業をいうとされているところ,かかる規定によれば,自ら製造行為を行わない製造問屋は,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売しているのであるから,卸売業にほかならない。しかるに,本件通達は,製造問屋を第三種事業として取り扱うこととしているから,施行令57条5項,6項と矛盾しており,合理性を欠くものである。 確かに,事業者に雇われた者が,事業者の指揮命令に従って製造行為をなす場合は,当該事業者自ら製造したもの,すなわち製造業ということができる。しかし,製造問屋は,製造要員を擁しておらず,製造を,当該事業者の指揮監督下にはない独立した他の事業者に発注しており,このように,事業者間の契約に基づいて製造されるような場合までをも製造業とみなすのであれば,自ら製造行為を行わない卸売業,小売業も,すべて製造業とみなすことができることになってしまい,不合理であることは明らかである。 原告は,材料費及び加工費を支払って織布としての完成品を仕入れ,自らは,その性質及び形状を変更することなく他の事業者に販売しているから,施行令57条5項,6項によれば,卸売業に区分されるものであって,これを第三種事業である製造業に区分している本件通達は,合理性がない。 (イ) 日本標準産業分類での扱い 複雑多岐にわたる業種分類に関し,社会通念を形成するものと考えられる日本標準産業分類は,製造問屋につき,「自らは製造を行わないで,自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品をつくらせ,これを自己の名称で卸売するもの」と定め,卸売業に分類している。 しかし,本件通達は,日本標準産業分類の上記要件のうち,「自らは製造を行わないで」,「自己の名称で卸売する」との部分を削除し,新たに「あらかじめ指示した条件に従って」という要件を加えるなど,日本標準産業分類とは異なる定義を用いて,本来卸売業に区分されるべき製造問屋を製造業として扱うこととしているが,このような取扱いは,社会通念や製造問屋の経済実態を無視したものであり,法37条1項,施行令57条5項の趣旨に反する。 (ウ) 他の租税法分野における扱い 本件課税期間当時,課税庁が法人税の確定申告書用紙に同封して配布する法人事業概況説明書は,卸売業,製造業・修理業,建設業等,業種別に12の書式に分かれていたが,卸売業を対象とした同説明書の記載項目には,卸売業の売上原価に「仕入高」,「外注費」という項目が設けられていたのに対し,製造業を対象としたものには「工員」及び「機械装置」などの項目が設けられていたことに照らすと,課税庁は,技術者や工員,機械装置などを有せず,自ら製造行為を行っていない事業者については,他人に加工してもらう事業者も含めて,製造業として把握せず,卸売業と考えていたことが明らかである。 また,相続税・贈与税につき,取引相場のない株式の財産評価をするに当たって用いられる類似業種比準法は,日本標準産業分類に従って,製造問屋を卸売業として扱っている。 (エ) 事業区分によるみなし仕入率の差異の根拠 消費税の簡易課税制度が,事業区分により異なるみなし仕入率を採用しているのは,各業種によって,課税売上高に対する課税仕入額の割合が異なるからである。 すなわち,第一種事業である卸売業では,業者を相手に販売行為を行っており,一般消費者への販売と比較して,販売数量がまとまっており,取引も反復継続して行われることが多いため,販売員一人当たりの売上高が大きくなるのに対し,売上利益率は比較的低くなるため,みなし仕入率を90パーセントと高く設定しているものと考えられる。他方,第三種事業である製造業では,原材料に付加価値を加えるべく,不動産や機械などの製造設備,作業員などの製造要員を一定の規模で充実させる必要があり,これらの固定費を負担することが可能となる利益率を確保しなければならないことと,受注の有無によって稼働率が変動することから,高い売上利益率を確保しなければ事業が成立しないこととなる。そのため,みなし仕入率は卸売業と比較してより低い70パーセントと設定されていると解される。 そうすると,原告のように,製造設備を有せず,自ら製造を行わずに他の製造業者に製造・加工を発注し,完成品を仕入れるだけの事業者には,完成品の付加価値が帰属しないから,製造業としてのみなし仕入率を適用するのは,経済的に不合理である。 イ 本件事業の第一種事業該当性 (ア) 本件事業の実態 原告は,工場や製造設備,製造要員を一切持たず,自らは一切の製造行為を行っていない。原告が扱う商品は織布であり,基本的には,販売先から注文を受けると,その注文内容どおりの糸を糸問屋に発注し,同時に機屋や撚糸の加工先にも加工を発注する。これらの発注は,販売先からの受注どおりの織布を仕入れるための一連の取引行為にすぎない。このような原告の取引実態は,単一メーカーから商品を仕入れ,これを小売業者に卸すのと何ら異ならず,卸売業そのものである。原告の仕入原価を,材料費と外注費に分類することもできるが,外注費も含めて仕入勘定で会計処理しており,このような取扱いは,卸売業としての一般的な決算内容に符合している。 (イ) 被告による従前の扱い 被告は,毎年,原告に対して,卸売業を対象とする法人事業概況説明書を郵送してきたが,このことは,被告も本件事業を卸売業と考えていた証左である。 ウ 被告の主張に対する反論 被告は,第三種事業のみなし仕入率が,第一種事業及び第二種事業と比較して低くなっているのは,課税資産の譲渡に付加価値が反映されているからであると主張する。 しかし,原告は,製造・加工のために給与等を支払っているものではない。下請業者の加工の対価は,生地の仕入価格の一部を構成しており,課税仕入れに該当するものであるから,付加価値が原告に帰属することはない。実際にも,原告の仕入率は90パーセントを超えるか,これと同水準となっており,まさに卸売業の場合の比率そのものであることからしても,被告の主張には理由がない。 (2) 争点(2)(本件届出書の提出行為は,錯誤等により無効か)について (原告の主張) 本件届出書の提出行為は,錯誤に基づくものとして無効であり,あるいは撤回済みであるから,被告は本則課税に基づいて課税すべきである。 ア 簡易課税制度選択届出に対する民法(平成16年法律第147号による改正前のもの。以下同じ。)95条の適用 消費税の簡易課税制度は,その適用を事業者の選択にゆだねているところ,これは,私人の意思を尊重することを認めたものである。したがって,上記届出書の提出は,公法上の行為ではあるが,私人の意思を尊重する必要性の高い行為であって,しかも,これが錯誤によって無効になったとしても,当事者以外の一般人に影響を及ぼすものではない。 また,錯誤の主張を認めるか否かは,究極的には立法政策の問題であって,法律が,私人のした公法上の行為の是正又は撤回を,専ら特別な制度によってのみ可能と規定している場合には,原則として錯誤の主張を認めないと解されるが,簡易課税制度選択届出書の提出については,消費税法は,その撤回の制度を設けていないから,民法上の錯誤に臨機応変に対処しようとしていると解される(最高裁昭和39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁。以下「昭和39年最判」という。)。 さらに,簡易課税制度選択届出書の提出について錯誤の適用を認めなければ,更正の請求を行うことによって一定の期間内は是正できる機会を設けている納税申告の場合との均衡を失することとなり,不合理である。 したがって,簡易課税制度選択届出書の提出についても,民法95条の適用を認めるべきである。 イ 原告の錯誤に基づく本件届出書の提出 (ア) 事業区分に関する錯誤 原告らは,日本標準産業分類によると本件事業が卸売業に該当することから,消費税法上も第一種事業に区分されると判断し,その旨申告して本件届出書を提出したが,後日,本件通達によると,第一種事業ではなく,製造問屋として第三種事業に区分されることが判明した。 仮に,当初第一種事業と考えていた自己の事業が第三種事業に該当するものであることを知っていれば,原告は本件届出書を提出せず,また,提出しないことが社会通念上相当と認められるから,上記錯誤は,法律行為(公法行為)の要素の錯誤というべきである。 (イ) 動機の表示 本件は,本件届出書の提出に至る原告の意思表示の形成過程に,動機の錯誤があったものであるが,このような場合であっても,それが相手方に表示されておれば,その信頼を保護する必要はないから,無効を来すと解されている。ところで,本件届出書の提出のように,受理段階で課税庁側が動機の表示を受ける体制になっていない場合には,動機を表示すべき時期を,届出の時点とすべきではなく,表意者において錯誤に気付いた時点とすべきである。 しかるところ,原告は,平成13年8月30日に本件届出書を提出した後,このような錯誤に気付き,同年11月9日,直ちに被告に嘆願書などの文書を提出し,その撤回を求めているから,この時点で被告としても原告の錯誤を知り,錯誤の解消に向けた対応を取ることが十分に可能であったから,動機は相手方に表示されたものというべきである。 (ウ) 重過失の不存在 被告は,原告の主張する錯誤には,代理人である補佐人税理士の重過失があると主張する。 しかし,前記のとおり,製造問屋に区分されている本件事業の内容は,消費税法以外の法人税法,相続税法等の領域では卸売業と扱われており,これを製造業とする本件通達の取扱いは例外的であって不合理なものである。また,産業区分の社会通念ともいうべき日本標準産業分類においても,製造問屋は卸売業として区分されている。 このようにしてみると,租税の専門家である税理士といえども,すべての通達に精通することは不可能というほかなく,ましてや,上記のとおり,不合理な内容の通達を一度失念し,その発見が1,2か月後となったとしても,注意義務を著しく欠いていたということはできないから,補佐人税理士に重過失はない。 (被告の主張) 原告の主張は否認ないし争う。 ア 簡易課税制度における錯誤主張の制限 (ア) 簡易課税制度の趣旨 簡易課税制度は,中小事業者の消費税等の納税事務の負担軽減を図る趣旨から設けられたものであって,納付すべき税額の軽減を図るために設けられた制度ではない。 また,法37条3項,4項は,いったん,事業者が簡易課税制度選択届出書を提出し,簡易課税制度を選択した以上,基準期間における課税売上高が2億円以下の課税期間である限り,最低2年間は継続して簡易課税制度の適用を受けなければならず,その適用を受けることをやめるためには,簡易課税制度選択不適用届出書を提出しなければならないと定めており,その趣旨は,納税者が,簡易課税と本則課税を恣意的に選択することによって,租税回避行為の誘引となることを防止することにある。 (イ) 錯誤主張の制限 上記のような簡易課税制度の趣旨・目的,簡易課税制度選択不適用届提出制度の存在とその制約等を考慮すると,法は,いったん簡易課税制度を選択する旨届け出た中小事業者が,これを取りやめるためには,一定期間経過後の不適用届の提出によるとの立法政策を採用しているものであり,民法上の錯誤の主張等により,選択届出の効力を否定することは安易に認められるべきではない。 この点につき,原告は,昭和39年最判を援用した上,本件届出について錯誤を認めなければ,一定期間において更正の請求が認められている納税申告の場合と均衡を失するなどと主張する。 しかし,上記最高裁判決は,私人の行政上の届出等の行為について錯誤の主張が認められるかどうかは制度の趣旨・内容にかんがみて判断されるべきであると判示しているにすぎず,法が特別の救済制度を設けていなければ直ちに錯誤の主張を許すとしているものではない。そして,納税申告においては,申告すべき内容が多岐にわたり,毎年度の申告が義務付けられているのに対し,簡易課税制度選択届出書の提出では,その内容が簡易課税制度を選択するとの意思表示に尽きているばかりか,納税申告のような義務は全くなく,納税者の自由な選択にゆだねられていることからすると,前者において,過誤を訂正する更正の請求の機会がある一方,後者にそのような機会がないことが,明らかに均衡を失しているとまではいえない。 イ 本件における錯誤無効の不成立 (ア) 意思表示における要素の錯誤の不存在 原告は,本件事業が第一種事業に該当すると判断し,本件届出書を提出したが,本件通達によれば第三種事業に該当することが判明したため,動機の錯誤があり,かつ,その動機は表示されていたなどと主張する。 しかし,簡易課税制度の選択において,納税者がする意思表示は,簡易課税制度の適用を受けるか否かの意思表示に尽きるのであって,当該事業が第一種事業であるか第三種事業であるかについては,意思表示の内容ではない。このような事業区分は,最終的には,税務署長が,申告後の適用年度において実際に営まれた納税者の事業の実態から法令に従って判断するものであって,届出時の納税者の意図とは無関係である。 したがって,原告が提出した本件届出書に第一種事業との事業区分が記載されていたからといって,第一種事業としての簡易課税制度の適用を受けるということが意思表示の内容となっていたと認めることはできないから,民法上の錯誤の規定の適用は認められない。 (イ) 重過失の存在 一般に代理行為における意思表示の瑕疵の有無は,代理人において判断すべきとされているところ,原告の代理人である補佐人税理士が本件届出書を提出しているから,その過失の程度は,同税理士において判断されるべきである。 そして,税理士が税法における専門家である以上,同人の過失の有無及び程度は,一般水準の税理士として通常払うべき注意を尽くしたかどうかによって判断されるべきところ,本件において,補佐人税理士は,消費税関係法令や基本通達を検討すれば容易に判明する本件事業の事業区分を見落とし,本件届出書の提出後に誤りに気付いて,約2か月後に嘆願書等を提出しているのであって,税理士として通常払うべき注意義務を怠ったことは明らかであるから,重大な過失があったというべきである。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(製造問屋を製造業に区分している本件通達は,合理性を有するか)について (1) 簡易課税制度について ア 簡易課税制度の導入と改正の経緯 簡易課税制度は,納付すべき消費税等の税額の計算上,税負担の累積を防止する観点から課税仕入れによる税額控除を要するため,消費税等の創設当初(昭和63年法律第108号)から,中小事業者が複雑な税務会計処理を負担することを回避するための制度として導入されたものであり,当初は,基準期間の課税売上高が5億円以下の事業者に,売上げに係る税額の80パーセント(卸売業の場合は90パーセント)相当額を仕入税額とみなして控除することを認めていた。 しかし,導入当初の簡易課税制度が,事業の種類と規模によって異なるはずの仕入率を一律に設定することで,実際の仕入率が80パーセント未満の事業者に益税効果が生じる結果となったため,かかる不合理を解消すべく,平成3年には,事業区分を4種類に分類し,事業の種類により,みなし仕入率を90パーセント,80パーセント,70パーセント及び60パーセントの4段階に細分化する内容に改正され(平成3年法律第73号),さらに,平成6年には,みなし仕入率を50パーセントとする事業区分を追加することにより,事業区分とこれに対応するみなし仕入率を5種類に分類する内容の改正が行われた(平成6年法律第109号)。 イ 簡易課税制度の内容 消費税等の税額は,課税標準額を計算し,これに税率を乗じて計算した売上税額から,仕入税額のほか各種の控除を行って算出する。簡易課税制度は,以下のとおり,中小の事業者が,仕入税額控除を簡便な方法により行うために設けられた制度である。 (ア) 売上税額の計算 売上税額は,事業者が,課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の対価の額の合計額(課税標準額)を計算し(法45条1項1号,28条1項),これに4パーセントの税率を乗ずることによって算出される(法29条)。 (イ) 実額による仕入税額控除 次に,売上税額から,仕入税額の控除を行うが,法は,仕入税額控除の方法として,本則課税による控除(実額による控除)を原則としている(法30条以下)。これは,課税期間における売上税額から,その期間中の実際の仕入税額を控除するものである(法30条1項)。 (ウ) 簡易課税制度による仕入税額控除 これに対して,基準期間における課税売上高が2億円以下の事業者は,簡易課税制度を選択することができる。これによれば,売上税額の一定割合(みなし仕入率)を仕入税額とみなすことになり(法37条),仕入税額に関する複雑な会計処理や計算を行うことなくして売上税額のみから税額を算出できることになる。 そして,みなし仕入率は,第一種事業(卸売業)については90パーセント,第二種事業(小売業)については80パーセント,第三種事業(農・林・漁業,鉱業,建設業,製造業,電気・ガス・熱供給業,水道業)については70パーセント,第四種事業(第一種,第二種,第三種及び第五種以外の事業)については60パーセント,第五種事業(不動産業,運輸通信業,サービス業(飲食店業に該当するものを除く。))については50パーセントと定められている(法37条1項,施行令57条1項,5項)。 (エ) 簡易課税制度選択届出書 簡易課税制度の適用を望む事業者は,その納税地を所轄する税務署長に対し,その基準期間における課税売上高が2億円以下である課税期間について簡易課税制度の適用を受ける旨を記載した届出書を提出することによって,当該届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間について,簡易課税制度を選択することができ,課税売上税額の一定割合(みなし仕入税率)が仕入税額とみなされることになる(法37条1項)。 そして,消費税法施行規則17条1項によれば,簡易課税制度選択届出書には,①届出者の氏名又は名称及び納税地,②届出者の行う事業の内容及び施行令57条5項1号ないし5号に掲げる事業の種類,③法37条1項に規定する翌課税期間の初日の年月日,④③の翌課税期間の基準期間における課税売上高,⑤その他参考となるべき事項を記載しなければならない。 (オ) 簡易課税制度の不適用を求める場合の手続 いったん,簡易課税制度選択届出書を提出した事業者は,法37条1項の規定の適用を受けることをやめようとするとき又は事業を廃止したときは,その旨を記載した届出書(簡易課税制度選択不適用届出書)をその納税地を所轄する税務署長に提出しなければならず(法37条2項),その提出があったときは,その提出があった日の属する課税期間の末日の翌日以後は,法37条1項の規定による届出は,その効力を失う(同条4項)。そのため,簡易課税制度不適用届出書は,簡易課税制度の適用を受けることをやめようとする課税期間の初日の前日までに提出しなければならないことになる。 さらに,簡易課税制度選択届出書を提出した事業者は,事業を廃止した場合を除き,法37条1項に規定する翌課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ,簡易課税制度選択不適用届出書を提出することができないこととされている(法37条3項)。 ウ 製造問屋の事業区分について 施行令57条5項は,卸売業を第一種事業,小売業を第二種事業,製造業などの事業を第三種事業に区分し,同条6項は,卸売業及び小売業に共通する事業内容を,「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売すること」としている。 そして,このような施行令57条5項,6項の規定を受けて,基本通達13-2-2は,上記「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する」とは,他の者から購入した商品をそのまま販売することをいうと定め,本件通達は,自己の計算において原材料等を購入し,これをあらかじめ指示した条件に従って下請加工させて完成品として販売する,いわゆる製造問屋としての事業を,第三種事業に該当するものとして取り扱うこととしている。 (2) 簡易課税制度における事業区分の合理性について 以上のとおり,簡易課税制度は,中小事業者が,自らの行う課税資産の譲渡等の対価の額に対し,あらかじめ定められた事業区分に対応するみなし仕入率を適用することにより,複雑な計算をすることなく,仕入税額を控除することができる仕組みであるが,もともと,この社会に存在するあらゆる事業形態を,その実態に即して詳細に区別した上で,それぞれに符合するみなし仕入率を定めることが不可能であることは明らかである。 そのため,過去2回にわたる法改正によって,益税効果を防止すべく簡易課税制度における事業区分が細分化されてきた経緯があるとはいえ,実態調査の結果等を踏まえて,課税売上高に占める課税仕入金額の割合において顕著な差異があると認められる主要な事業類型ごとに区分され,これに対応するみなし仕入率が定められたものである以上,その類型に収まらない個々の事業の個別性,特殊性が捨象されることは避け難く,その結果,第一種事業から第五種事業までの5種類の事業区分とこれに対応するみなし仕入率が,当該事業者の現実の仕入率とそごすることがあるとしても,これは,実額によらず仕入税額控除を可能にする簡易課税制度が当然に予想している事態であって,これをもって事業区分とみなし仕入率が不合理であるということはできない。 そして,上記のようなそごのために,簡易課税制度を選択した事業者が税額上の不利益を被ることがあったとしても,そもそも本則課税によって仕入税額を控除するか,簡易課税制度を利用するかは,当該事業者が,会計処理上の事務負担や自己の事業形態・現実の仕入率などを総合的に考慮した上で自由に選択することが可能であることに照らすと,上記のような不利益は,簡易課税制度を選択した事業者において甘受すべきものであって,このことが事業区分とみなし仕入率の合理性の有無を左右するものではない。 (3) 本件通達が製造問屋を第三種事業に区分することの合理性について ア 本件通達は,いわゆる製造問屋としての事業を,第三種事業に該当するものとして取り扱うこととしているところ,製造問屋は,自己の計算において,購入した原材料を加工業者に支給して指示どおりに加工させ,完成品を顧客に納入する形態の事業者であって,自ら加工,製造を行うわけではないものの,購入した原材料から製品が完成し,これを顧客に納入するまでの一連の過程を自己の計算において企画,指図していることに照らすと,一般的には,購入した商品をそのまま納入する卸売業及び小売業と比較して,課税売上高に占める課税仕入金額の割合が小さくなると考えられるから,製造問屋を第三種事業に区分し,卸売業及び小売業よりも低いみなし仕入率を適用することとした本件通達は,施行令57条5項,6項の解釈基準として不合理であるとはいえない。 イ この点について,原告は,①自ら製造行為を行わない製造問屋を製造業として第三種事業に区分する本件通達は,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に販売する事業を卸売業等と定める施行令57条5項,6項と矛盾すること,②製造問屋の事業においては,完成品の付加価値が事業者に帰属しないのに,これを製造業に区分するのは経済的合理性に欠けること,③本件通達は,製造問屋を卸売業に区分する日本標準産業分類と異なる区分をしており,社会通念に反すること,④本件通達は,製造問屋を卸売業とする他の租税法(法人税,相続税・贈与税)分野と異なる不合理な内容であることなどを理由として,本件通達が不合理であると主張する。 しかしながら,①及び②については,施行令57条5項,6項の趣旨に照らせば,第一種事業及び第二種事業の最大の特色は,当該商品に特段の付加価値が加えられていない点にあると考えられるところ,製造問屋のように,事業者自らでなく,他の者によって製造・加工行為を行っているとしても,商品に製造行為による付加価値が加えられたことに変わりがないから,これを第一種事業に区分しない本件通達は,上記施行令と矛盾するものとはいえない。もっとも,他の者によって製造・加工行為がなされた場合,かかる役務の提供も消費税の課税対象となり得るが,上記のように,製造問屋においては,原材料の納入から完成品の引渡しまでの一連の過程を自己の計算において企画,指図しているのであって,当該商品の付加価値は,消費税等の課税対象とならないこのような企画,指図行為によっても生ずることは否定できない。そして,当該商品の付加価値のうち,事業者自身の企画・指図行為によってもたらされるものの割合は,具体的な事業の形態等によって千差万別であると考えられるところ,簡易課税制度における事業区分は,上記のとおり,個々の事業が有する個別性,特殊性を捨象しつつ,近似した仕入率にあると考えられた事業を類型化したものであるから,上記の点を考慮して製造問屋を一律に第三種事業に区分した本件通達が不合理であるとはいえない。 また,③及び④については,日本標準産業分類が事業区分の分類において一定の基準としての役割を果たしていることは否定できないが,これは専ら各種統計上の指標として作成されたものであり,上記のような簡易課税制度の趣旨からすれば,同制度における事業区分が必ずしも日本標準産業分類における事業区分と一致するよう分類されなければならないものでもない。また,各租税法の趣旨・目的ごとに事業区分等が定められることは,むしろ上記趣旨・目的を適正に反映した結果と考えられるから,他の租税法分野において,製造問屋を製造業として第三種事業に区分する本件通達と異なった扱いがされているからといって,直ちに本件通達が不合理であるとはいえない。 ウ さらに,原告は,販売先から注文を受けると糸問屋に発注し,機屋や撚糸業者に加工を発注するという本件事業は,その実態において,他の業者から完成品である織布を仕入れ,これを顧客に販売するのと同じであり,卸売業と何ら異ならないこと,被告からも,卸売業を対象とする法人事業概況説明書の郵送を受けてきたことなどを主張する。 そこで検討するに,前記前提事実に証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,柔道着の生地を受注すると,まず,その原材料となる糸を糸問屋(服部猛株式会社)から購入し,同時にこれを受注内容どおりの生地に加工するよう機屋(水山織布)や撚糸業者(小田忠撚糸)などの複数の加工業者に必要な加工作業を発注し,最終加工業者から完成品を発注元へ搬送させており,発注元からは完成品の代金を収受し,加工業者には加工賃を支払っていること,原材料や製品は,原告の手を経ることなく業者間で直接授受されること,以上の事実が認められ,これによれば,原告の事業内容が,自己の計算において原材料等を購入し,これをあらかじめ指示した条件に従って下請加工させて完成品として販売する,いわゆる製造問屋の実態を有することは明らかである。 そして,被告から卸売業を対象とする法人事業概況説明書の郵送を受けてきたとしても,被告が本件事業の実態を調査して卸売業と判断した結果に基づくものでないことは明らかであるので,上記判断を覆すものとはいえない。 (4) 小括 以上によれば,本件通達は不合理とはいえないところ,本件事業は,本件通達にいう製造問屋に当たると認められるから,簡易課税制度においては製造業として第三種事業に区分されるべきものと判断するのが相当である。 2 争点(2)(本件届出書の提出行為は,錯誤等により無効か)について (1) 公法上の意思表示における瑕疵と民法の適用について ア 民法第1編第4章の諸規定は,本来,私法上の法律行為を適用対象とするものであり,これらが公法上の法律行為にも適用(ないし準用)されることを定めた法規は存在しない。しかしながら,そのこと故に,直ちに上記諸規定,とりわけ意思表示の瑕疵に関する諸規定が公法上の法律行為とは無関係なものであると断定すべきものではない。瑕疵ある意思表示をした表意者の利益を保護しつつ,行為の相手方の信頼との調整を図るという上記諸規定の趣旨は,公法関係においても,基本的に妥当すると考えられるからである。 もっとも,公法上の法律関係は,私法上のそれと比較して,取引の安全保護の要請が弱い反面,多かれ少なかれ公益と関わる側面を有し,早期の確定が望まれること,大量かつ反復して行われることが少なくないため,画一的・効率的な処理の要請が強いことなどの特色があるから,表意者の保護の必要性の程度とこれらの要請の強弱とを比較考量しつつ,当該公法上の法律関係の基となる行政法規が表意者の個別的利益の保護よりも法律関係の早期安定等に重きを置いているかどうか,当該行政法規それ自体が瑕疵ある意思表示が行われた場合の救済方法を定めている場合には,それ以外の救済方法を認める趣旨か否かなどをも斟酌して,慎重にその(類推)適用の可否を決すべきである。 イ ところで,前記のとおり,簡易課税制度は,中小事業者にとって煩雑である仕入税額控除の計算を簡便にするものであって,法が,同制度を選択するか否かを当該事業者にゆだねたのは,中小事業者については,本則課税による控除を行うか,又はそのために要する煩雑な会計処理の負担を回避してみなし仕入率に基づく簡易課税制度によって控除するかの選択を,実際に行われている事業内容や事務体制の現状について熟知している事業者自身の判断にゆだねるのが最も合理的と考えられたことによるものと解される。したがって,本則課税よりも簡易課税制度を適用すると消費税額が増加する見込みであっても,事務負担の軽減のためにあえて後者を選択することは十分にあり得ることである。 また,事業の性質,内容によってみなし仕入率が異なるのは,それぞれの事業の実態に対応した適正なみなし仕入率を定めることにより,各事業間における実質的な不均衡を是正するとともに,可能な限り実額による仕入税額に近似した金額を算出しようとする趣旨であると考えられるから,簡易課税制度において用いられるみなし仕入率は,課税期間中に実際に行われた事業の内容・割合に応じて定まるべきものであり,届出書に記載された事業区分のとおりのみなし仕入率が適用されるとは限らないというべきである。 さらに,実際に納付すべき消費税額が,本則課税の場合と簡易課税の場合とでどちらが大きいかは,課税期間終了後に計算してみないと正確には判明し難いにもかかわらず,簡易課税制度の選択は,適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに行わねばならないとされているから,現実の納付すべき消費税額が見込みと異なったとしても,当該事業者はその結果を甘受しなければならず,しかも,選択後1年目の課税期間が終了し,上記のような見込み違いが明らかになっても,原則として,その是正の機会はさらに1年後でないと与えられないなど,簡易課税制度を利用した租税回避行為を許容しない趣旨を明確にしているものと解される。 以上のような簡易課税制度の趣旨・内容に照らすと,同制度が納付すべき消費税額を軽減する機会を与えるものではないことは明らかであり(簡易課税制度を選択することによって,節税効果を享受し得ることがあったとしても,それは,同制度を選択したことに伴う反射的な効果にすぎない。),したがって,簡易課税制度選択届出書の提出においては,どの事業者がいつから簡易課税制度の適用を選択するのかに関わる事項(消費税法施行規則17条1項1号,3号参照)など,簡易課税制度選択の趣旨に必要不可欠と考えられるものは,その本質的内容を構成するが,みなし仕入率に関係する事業の内容や事業区分など,それ以外の事項(同項2号,4号,5号)については,課税庁の事務処理上の便宜のために記載される非本質的事項にとどまると解するのが相当である。 そうすると,本件のように,簡易課税制度選択届出書の提出に当たって,事業者の営む事業の区分に認識のそごがあり,その結果,予想していたよりも低いみなし仕入率が適用されることとなったとしても,民法95条を適用して直ちに上記届出を無効とすべきものではなく,ただ,上記届出書の提出が,第三者による詐欺,強迫に基づいて行われた場合などのように事業者に帰責事由がなく,かつ簡易課税制度の不適用を許さないならば,事業者の利益を著しく害して正義に反すると認められる特段の事情がある場合に限り,錯誤による無効を主張することが許されると解すべきである(昭和39年最判参照)。 (2) 本件における特段の事情の有無について ア これを本件について検討するに,前記前提事実に証拠(甲1ないし4,13,16,17)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (ア) 原告の代理人である補佐人税理士は,本件事業が卸売業に該当し,簡易課税制度選択届出書を提出すれば,第一種事業としての取扱いを受け,みなし仕入率90パーセントを適用した仕入税額控除をすることができると考え,平成13年8月30日,適用開始課税期間を平成13年9月1日から平成14年8月31日までと,事業区分を「第一種及び第二種」と記載して,被告に対し,本件届出書を提出した。 なお,原告における実際の仕入率は,平成3年度から平成13年度までの間,93.64パーセントから80.84パーセントの間で推移しており,平成10年度は88.24パーセント,平成11年度は85.70パーセント,平成12年度は82.70パーセント及び平成13年度が82.03パーセントであった。 (イ) しかし,補佐人税理士が,平成13年度の決算をする上で再度確認したところ,本件事業は,いわゆる製造問屋を製造業とする本件通達によって,簡易課税制度の適用においては,第三種事業として扱われていることを初めて知った。 そこで,原告代表者及び補佐人税理士は,平成13年11月9日付けで,被告に対し,それぞれ「嘆願書」及び「『嘆願書』提出に際してのお願い」と題する書面を提出し,本件届出書の提出は,原告の事業区分を誤解した結果,錯誤に陥ってした意思表示であり,このような誤解は,誤解を招きやすい外形的事実が原因であり,納税者に帰責性はないことなどを理由として,同選択届出書の提出の取下げ(撤回)を要請した。 (ウ) これに対し,被告は,担当者を通じて,原告代表者及び補佐人税理士に対し,本件届出書の撤回には応じられない旨連絡したものの,原告側がこれに応ぜず,本則課税による控除を行った上で確定申告をしたため,平成15年6月18日付けで本件処分を行った。 イ 以上の認定事実によれば,原告の代理人である補佐人税理士は,原告の事業内容のうち,第三種事業である製造問屋に該当する部分を,第一種又は第二種事業に該当するものと誤信し,過去10年間における本件事業の実際の仕入率が93.64パーセントから80.84パーセントであったため,これよりも高いみなし仕入率(90パーセント)の適用を受けられるとの見込みの下に,本件届出書を提出したものであり,その動機として,主として簡易課税制度の適用による節税効果を期待していたことが明らかである。 しかしながら,原告は,上記の見込みや動機を形成するについて,第三者による詐欺や強迫行為を受けたわけではなく,自由な意思決定の下に簡易課税制度を選択したと認められる上,錯誤の内容が簡易課税制度の本質的部分に関わるものではないことなどを総合すると,原告及びその代理人である補佐人税理士が,簡易課税制度の適用を選択した課税期間の始期から2か月余を経過したにすぎない時点で取下げ(撤回)を申し入れたとしても,なお上記特段の事情に当たらないと判断するのが相当である。 (3) 小括 以上によれば,原告による本件届出書の提出は有効であり,錯誤による無効の主張は許されないと解するのが相当である。 3 本件処分の適法性について (1) 消費税等の更正処分について 前記のとおり,本件事業を含む原告の事業については,本件課税期間中,簡易課税制度が適用されるところ,証拠(甲6,9)及び弁論の全趣旨によれば,これを前提として原告が納付すべき税額を算出すると,別表1ないし3のとおり,納付すべき消費税の額は101万8200円,納付すべき地方消費税の譲渡割額は25万4500円となり,これらの金額は,いずれも上記更正処分のそれと同額であるから,同処分は適法である。 (2) 過少申告加算税の賦課決定処分について また,原告は,簡易課税制度の適用を前提とする仕入税額控除を行うことなく,納付すべき税額を過少に申告していたことになるところ,原告において,国税通則法65条4項に規定する正当な理由が存在したと認めることはできないから,上記賦課決定処分も適法である。 4 結論 以上の次第で,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。     名古屋地方裁判所民事第9部           裁判長裁判官   加藤幸雄              裁判官   舟橋恭子              裁判官   片山博仁 (別表省略)
 被告病院に准看護婦として勤務していた原告が,同病院から無償で提供を受けた栄養剤を用いてダイエットを実施した後に摂食障害等を発症したのは同病院の医師が原告の身体及び健康の安全に配慮すべき注意義務等に違反したことによるなどと主張してした損害賠償請求が理由のないものとされた事例 平成17年12月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成16年(ワ)第1803号 損害賠償請求事件 口頭弁論終結日 平成17年10月6日      判     決      主     文 1原告らの請求をいずれも棄却する。 2訴訟費用は原告らの負担とする。      事実及び理由 第1請求 被告は,原告Aに対し6612万5272円,原告B及び同Cに対し各550万円,並びにこれらに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要 1本件は,被告の開設している被告病院に准看護師として勤務していた原告Aがダイエットを実施したことによって摂食障害等を発症したのは,被告の代表者理事長であるD医師の注意義務違反行為によるものであると主張して,原告A並びに同人の養父母である原告B及び同C(以下,原告Bと併せて「原告養父母」という。)が,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として,それぞれ上記請求金額及びこれらに対するダイエットの実施を終了した後である平成12年4月1日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。 2前提となる事実 当事者間に争いのない事実,甲A2,3号証,9ないし13号証,15ないし22号証,甲B1ないし6号証,甲C1号証,乙A1ないし14号証,乙B1号証及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。 (1)当事者等 ア被告は,昭和46年1月に成立した医療法人であり,被告病院及びE等を開設している。 D医師は,平成6年に被告病院の院長となり,平成10年12月14日に被告の理事長に就任した。 被告病院の診療科目は,外科,整形外科,リハビリテーション科,内科,循環器科,神経内科,呼吸器科,消化器科,肛門科,皮膚泌尿器科及び放射線科であり,病床数は,昭和62年以来,55床である。 イ原告A(昭和49年3月28日生)は,平成4年に高等学校を卒業した後,被告病院に看護助手として就職し,平成6年3月に准看護師の資格を取得した後も同病院における勤務を続け,平成13年7月17日に同病院を退職した。 (2)原告Aのダイエット実施の経緯 ア平成11年12月10日,被告病院の忘年会が行われ,その席上でエンシュア・リキッドを用いてダイエットをすることが話題に出た。エンシュア・リキッドは,経腸栄養剤であり,1缶(250mL)中に,たん白質8.8g,脂肪8.8g,炭水化物34.3g,ビタミンA625IU等の栄養成分が含まれ,1mL当たり1kcalであり,標準量として成人には1日1500ないし2250mL(1500ないし2250kcal)を経管又は経口投与するものとされている(以下,エンシュア・リキッドを用いて行うダイエットを「エンシュア缶ダイエット」という。)。原告Aは,当時,年齢25歳,身長158㎝,体重約71㎏であり,ダイエットに関心を有していた。 イ原告Aは,同月14日,被告病院の外来診療室において,D医師と面会し,エンシュア缶ダイエットをする旨伝え,同日,1日3缶,16日分のエンシュア缶の交付を受けた。 ウその後,原告Aは,同月29日,平成12年1月14日,同年2月9日及び同年3月23日にD医師のもとを訪れ,それぞれ16日分のエンシュア・リキッドの処方を受け,エンシュア缶の交付を受けた。 エ原告Aがエンシュア缶の交付を受けたのは,平成12年3月23日が最後であり,その後,同人は,エンシュア缶ダイエットをやめた。 (3)原告Aの通院及び入院等について ア平成12年6月ころから,熱発と頭痛を訴えて被告病院において診察を求めるようになった。症状に改善が認められなかったことから,D医師は,F病院で精密検査を受けることを勧め,紹介状を作成してこれを原告Aに交付した。 平成12年6月19日,F病院第2内科を外来受診した。その際,主な症状として,熱(36.6℃ないし39.6℃)が続くこと,倦怠感及び食欲不振のあることを訴えた。同科において,不明熱と診断され,入院の上,精査,加療することが必要であると判断されたことにより,同月28日から同年8月10日まで同科に入院した。 イ平成12年12月7日,G病院外科に入院した。その後,虚偽性障害と診断され,平成13年1月5日に同病院精神科に転科となり,同年3月10日に退院した。この間,「うつ状態,過敏性腸症候群,摂食障害」との診断のもとで,治療を受けた。上記の退院は,主治医のH医師がI病院へ勤務先を変えたことから転院することになったものであった。 ウ平成13年4月11日以降,I病院に通院し,「身体表現性障害,過敏性腸症候群,頭痛症」と診断され,H医師によるカウンセリングや薬物療法の治療措置を受けた。 エ平成13年6月19日から同年9月16日まで,「過敏性腸症候群」との診断名で,I病院に入院した。 オ平成13年12月10日,H医師の紹介を受け,G病院神経内科を受診し,同月17日,同科で脳波チェックを受けた。その結果,脳実質に明らかな異常を認めない旨の診断を受けた。 カ平成14年5月9日から同年8月2日まで,「摂食障害,うつ状態,身体表現性障害」との診断名で,I病院に入院した。 キ平成14年11月9日から同月19日まで,「嘔吐症」との診断名で,G病院消化器内科に入院した。 ク平成15年7月2日,G病院腎臓内科を受診し,「腎機能障害等」と診断された。 ケ平成15年7月17日から同月29日まで,「腎機能障害,拒食症」との診断名で,G病院腎臓内科に入院した。 コ平成16年10月27日に「うつ状態,摂食障害,腎機能障害」とI病院内科で診断され,同年11月6日まで入院した。その後も,上記の診断名により,H医師のもとで治療を受けている。 (4)摂食障害及び虚偽性障害について ア摂食障害は,神経性食欲不振症(拒食症)及び神経性大食症(過食症)の総称である。摂食障害は,ダイエットを契機として発症することが多く,ダイエットを開始した者のうち,身体的,心理的素因を持つ者に発症するものとされている。 イ虚偽性障害においては,患者は,意図的に身体疾患あるいは精神疾患を引き起こし,現病歴や症状を事実と偽って伝えるとされ,その行動の目的は患者の役割を演じることであり,多くの患者にとって入院加療そのものが主要目的になっているとされている。 3争点及びこれに対する当事者の主張 (1)D医師の注意義務違反等について (原告らの主張) アモニター契約について (ア)モニター契約の締結から終了に至るまで aモニター契約の締結 D医師は,平成11年12月10日に行われた被告病院の忘年会の席上で,同病院の従業員に対し,「社会問題となっている肥満への対応として,肥満外来を考えており,エンシュア缶ダイエットの研究をしてみたい。誰か,そのモニターになってくれないか。」との発言をし,被告病院におけるダイエット研究に関するモニター要員を募集した。 原告Aは,肥満傾向にあることを気にしていたため,同月14日,D医師に対し,ダイエットをしてみたいので,エンシェア缶を処方してもらえるかと申し出た。これに対し,D医師は,「やるならいいよ。保険とは別のカルテを作ってくれ。」と答えた。ここに,原告と被告との間で,被告病院のダイエット研究のため,その管理下で,原告Aがモニター要員としてダイエット実験の被験者となる旨の契約が成立した。D医師は,ダイエット実験の開始時点で,お茶や水などカロリーのない水分はとっていいが,エンシュア・リキッド以外からは栄養を摂取しないように指示した。 bエンシュア缶ダイエットの実施 原告Aは,平成11年12月14日にエンシュア缶ダイエットを開始した。エンシュア・リキッドについては,おおむね16日ごとに1日3缶,16日分を処方するものとされ,平成11年12月14日から平成12年3月23日までの間,原告Aに対して合計6回にわたり処方され,それ以外の栄養摂取は禁止された。この内容は,次のとおり,エンシュア・リキッドの用法に違反し,ダイエットの方法として著しく逸脱したものである。ところが,その間,D医師は,体重を4回申告させたほかは,生化学検査及び血液検査を各2回,尿検査を1回実施したにすぎない。 (a)20代の女性が生命を維持するために最低限必要な1日のエネルギー量(基礎代謝量)は「基準値(23.2)×体重(㎏)」の計算式で求められるところ,原告Aの体重は,平成11年12月14日当時,71㎏であったから,1日に必要な基礎代謝量は1647.2kcal(23.2×71)であった。当時,原告Aの准看護師としての仕事は,活動性が求められ,1日の大部分を立って過ごすものであったから,必要なエネルギー量は少なくとも1日2050kcalであったと考えられる。 原告Aが用いたエンシュア缶は1缶250kcalであるから,同人は1日3缶,750kcalを摂取したにすぎない。これは,原告Aに必要とされるカロリー数を大きく下回り,栄養不足の許容限度を明らかに逸脱している。 (b)原告Aの体重は,エンシュア缶ダイエットを開始した当時71㎏であったところ,1か月後(平成12年1月14日)には63㎏,更にその1か月後(同年2月14日)には59㎏と激減している。体重の減量法として,副作用を伴わない最も適切な減量の程度は1か月当たり1㎏ないし2㎏とされていることと対比すると,減量方法として著しく過激であり,公序良俗に反し,一般的,医学的に許容,承認されるダイエットの方法を完全に逸脱している。 cエンシュア缶ダイエットの終了 原告Aは,目標体重を45ないし50㎏としていたところ,平成12年3月23日に,D医師から,標準体重(身長の2乗に22(BMI指数)を掛けた数値であり,これが最も健康的な体重とされている。原告Aの場合,54.9㎏(1.58×1.58×22)となる。)になったのでダイエットをやめようかと言われたことから,同日の処方分を受け取り,その数日後にエンシュア缶ダイエットをやめた。 (イ)原告Aについて aダイエットを契機として発症する危険が予見可能である摂食障害は,治療法の確立されていない,死に至る病であり,最も治りにくく死亡率の高い心身症である。 b原告Aは,次のとおり,摂食障害を起こしやすいとされる心理的素因及び人格傾向を兼ね備えていた。 (a)原告Aは,昭和49年4月8日,出生後間もなく置き去りにされているところを発見され,原告養父母のもとに引き取られて養育された。原告Aは,こうした自らの不幸な生い立ちを知ったことから,精神的,心理的に動揺したものと考えられ,同人には,家族関係においても,ある種の葛藤,不調和の事態が発生していた。 (b)原告Aの性格として,徹底主義,頑張り屋及び几帳面等を挙げることができる。これらは,摂食障害を最も起こしやすい人格傾向とされている。 cD医師は,原告Aの備えている個人的因子について,問診又は被告病院における勤務態度等から十分に知り,又は知るべき状況にあったにもかかわらず,上記のとおり,エンシュア缶ダイエットの被験者として最も不適当ないし不適応な原告Aを対象者として選択した。 (ウ)D医師の注意義務違反 a安全配慮義務違反 D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施するに際し,医学的にみて無理がなく,副作用,合併症等の健康被害が生じないよう,その身体及び健康の安全に配慮すべき注意義務を負っていたというべきである。ところが,D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを開始する時,問診するなどして,その身体的素因,心理的素因並びに家庭内及び職場での負因等の事情について全く聞き出しておらず,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施していた間,同人の健康状態,栄養状態等の身体所見に係る検査データを計測しなかった。 b説明義務違反 (a)原告Aが持っている上記の特殊な心理的因子ないし人格傾向によると,エンシュア缶ダイエットを実施した場合,相当程度の確率で摂食障害等の重篤な合併症ないし副作用の発生する危険性が当然に予測されていたにもかかわらず,D医師は,かかる危険性について全く説明していない。 (b)D医師は,無理なダイエットには摂食障害を誘発する危険性があり,特に原告Aの置かれた社会環境,同人の家族関係及び心理的傾向のもとではその危険性が著しく高かったにもかかわらず,このような危険性について全く説明しなかった。 (c)D医師は,エンシュア・リキッドの2回目以降の処方に際しては,原告Aにおける体重の異常な激減,栄養状態の悪化を知り,又は知り得べき状況にあったのであるから,医師として,本件のような用法違反を継続すれば健康状態に悪影響があることを具体的に十分に説明し,使用を停止させるか,少なくとも停止を強く勧告した上で正常な摂食を指導すべき注意義務があったというべきである。ところが,D医師は,原告Aに対し,当該各検査結果に基づくダイエット実験の経過,状況及び問題点等について何ら説明していない。 イ診療契約について 上記のモニター契約が締結されていなかったとしても,D医師は,医師として,原告Aに対して診療録を調製した上でエンシュア・リキッドを処方していた。これは医療行為そのものであって,処方する都度,原告Aと被告との間で診療契約が成立したものであり,被告は,この診療契約に基づき,上記モニター契約が締結された場合と同様,原告Aの身体及び健康の安全に配慮すべき義務を負っていたというべきである。 ウ被告の責任について D医師の上記の注意義務違反は,不法行為上の責任を負うものであるから,被告は,代表者であるD医師の不法行為による責任,又はモニター契約若しくは診療契約上,原告Aに対して負う安全配慮義務に違反したことによる債務不履行責任を負う。 (被告の主張) ア被告又はD医師は,原告Aとの間で,原告らの主張するモニター契約又は診療契約をいずれも締結していない。原告AとD医師との間に,被告病院の負担で原告Aにエンシュア缶を提供するとの約束があったにすぎない。 (ア)D医師は,被告病院での肥満外来を検討したことやエンシュア缶ダイエットの研究を考えたことがない。 (イ)被告病院の忘年会でのエンシュア缶ダイエットの話は,ある看護師からD医師に対してダイエットに成功するいい方法はないかとの質問があり,D医師が看護師らの知っているエンシュア缶を例に出し,決まった栄養を摂取でき,1日のカロリー計算もしやすいので,これによってダイエットが可能ではないかとの話をしたにすぎない。 (ウ)D医師が原告Aに対してエンシュア缶を無償で提供したのは,同人のダイエットを応援するためのものであったにすぎない。D医師は,原告Aがダイエットをしたい旨申し入れてきたので,がんばってみなさいと言ったにすぎない。本件のエンシュア缶ダイエットは原告Aが自己の管理下でしたものである。 (エ)エンシュア缶には薬価があるので,被告病院の診療録に記載する必要があるが,肥満は保険適用外であり,他の診療録に記載する必要があるため,D医師は,原告Aに対し,それまで同人が利用していた保険適用の診療録とは別のものを作成させた。このように,新しく作成した診療録は,エンシュア缶を被告病院の負担で提供することができるようにするためのものにすぎない。 原告Aは,エンシュア缶がなくなると,上記診療録をD医師のもとに持参してその交付を求めたのである。原告Aには,診察を受ける意思はなく,単にエンシュア缶の交付を受けることが目的であったことから,D医師が診察室ではなく病棟などにいる時に上記診療録を持参することもあった。 (オ)D医師は,原告Aに対してダイエットの中止を指示していない。原告Aは,平成12年3月9日以降,エンシュア缶の交付を受けていないが,これは同人がD医師のもとにエンシュア缶を取りにこなくなったためである。 イD医師が,本件のエンシュア缶ダイエットを契機として原告Aが摂食障害になることを予測することは不可能である。 (ア)ダイエット人口は非常に多いが,摂食障害を発症する者はごくわずかである。摂食障害はストレス要因等の心因が発症原因となるが,どの程度の心因が発症原因となるかは個人差が大きく,また,発症原因には多くの要因があり,特定の者が発症するかどうかを事前に予測することは不可能である。 (イ)原告Aについて,エンシュア缶ダイエットの開始前に,原告らの主張する出生の問題や人格傾向から摂食障害が発症することを予測することはできないし,D医師がその危険性を予測すべきであったともいえない。なお,平成12年2月24日及び同年3月9日に行った生化学検査結果等によると,原告Aの栄養状態を示す総タンパク,アルブミン,総コレステロール及び中性脂肪の数値は,基準値の範囲又は若干基準値よりも高い数値であり,栄養状態の悪化は認められなかった。 (2)原告Aのエンシュア缶ダイエットと摂食障害等との因果関係 (原告らの主張) 摂食障害は,そのほとんどの事例がダイエットを契機として発症するものとされている。本件のエンシュア缶ダイエットは,上記のとおり,著しく不適正,異常な方法でされたものであり,原告Aは,上記のとおり,摂食障害を引き起こす危険因子である心理的因子及び人格傾向を有していたこと,原告Aの症状は,すべてダイエットの後,約1年の間に発現していることによると,本件のエンシュア缶ダイエットと原告Aの症状との間には因果関係のあることが明らかである。 (被告の主張) 原告Aのエンシュア缶ダイエットと摂食障害等との間には因果関係が存しない。 ア摂食障害を発症する者には,心理的ストレス,葛藤,心理的問題を有することが認められるのであり,発症準備因子があり,それに誘発因子が加わって摂食障害が発症すると考えられている。発症準備因子には,家族病理,自我同一性の葛藤が挙げられ,誘発因子としては心理的ストレスが挙げられる。ダイエットが発症の契機とされるが,これは表面的理由にすぎず,摂食障害の原因は,本人のストレスによる葛藤にある。 イ原告Aには,家庭内での親子関係の問題,生育歴,対人緊張等の心理的問題があり,それらが発症準備因子,誘発因子及びストレス等となって摂食障害を発症させる要因になったものと考えられる。最も大きなストレス要因は,母子関係であり,太っていることもストレス要因であって,低い自己評価がやせたいという願望につながっていた。それらに加えて,ダイエット開始後に,恋人との破局,長野県にある原告Cの実家を継ぐことに対する強い抵抗感,入院費用の問題という新たに発生したストレス要因が加わって症状を持続悪化させている。 ダイエット開始前からの原因のはっきりしない発熱,頭痛は,ストレス要因の身体化としての自律神経失調症状であった可能性がある。 ウ腎機能障害,過敏性腸症候群の治療について 腎機能障害は,摂食障害で飲食しないために起こったもので,摂食障害と直接関係するものである。また,過敏性腸症候群は,ストレスによって下痢や便秘を繰り返したり,頻繁に下痢症状を起こすもので,摂食障害とは関わりなく,軽いストレスがしばらく続くだけでも発症するものである。 (3)原告らの損害 (原告らの主張) 原告らの被った損害は,次のとおりである。 ア原告Aの損害合計6612万5272円 (ア)治療関係314万3501円 a入院費 (a)平成12年6月28日から同年8月10日までF病院26万5220円 (b)平成12年12月7日から平成13年3月10日までG病院47万3721円 (c)平成13年6月19日から同年9月16日までI病院85万9070円 (d)平成14年5月9日から同年8月2日までI病院84万5960円 (e)平成14年11月9日から同月19日までG病院9万5530円 b通院治療費15万円 c入院雑費41万9900円(1日1300円×323日) d通院費3万4100円原告Cは,平成14年4月24日から平成15年2月5日までの間,原告Aの自宅療養の方法等についての指導を受けるべく,I病院及びJクリニックに通院した。 (イ)入通院慰謝料322万円 入院期間約11か月,通院期間約12か月に相当する入通院慰謝料 (ウ)休業損害797万2678円 原告Aの平成11年当時の年収は,448万7533円であったところ,ダイエットによる被害が発現した平成12年から減収となった。そこで,平成11年の所得金額と平成12年ないし平成14年の3年間における所得金額との差額合計797万2678円が休業損害となる。 (エ)逸失利益4238万9093円 原告Aは,社会通念上,回復が不可能又は著しく困難となり,平成13年7月17日,被告病院を退職した。その後,極めて限られた時間内のアルバイト程度の仕事しかできなくなった。原告Aの症状は,後遺障害等級表7級4号に該当するから,労働能力喪失率は56%であり,平成14年に症状固定したものと解される。 そこで,平成11年度の年収448万7533円,就労可能年数38年,ライプニッツ係数16.8678により,逸失利益は4238万9093円となる。 (オ)後遺障害慰謝料940万円 イ原告養父母各合計550万円 (ア)固有の慰謝料各200万円 原告養父母は,身寄りのない原告Aとその姉を養女として引き取り,愛情と熱意をもって養育し成人させたが,原告Aが重度の心身症を発症したことで,同人の将来の介護の不安とその治療に伴う経済的負担等を負うこととなった。原告養父母の被った精神的苦痛は,原告Aの生命を害された場合にも比肩すべきものに該当する。 (イ)弁護士費用700万円 原告らは,本件訴訟を原告ら代理人弁護士に委任した。被告に負担させるべき弁護士費用は700万円が相当であり,これを原告養父母の損害として各350万円ずつ算入する。 (被告の主張) 原告らの主張は争う。 第3当裁判所の判断 1原告らは,原告Aと被告との間に,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施する旨のモニター契約が締結された旨主張し(争点(1)ア),この主張に沿う証拠として,甲A3号証(原告Cの陳述書)及び15号証(原告Aの陳述書)が存する。 しかし,上記甲A3号証及び15号証については,これに反する乙A14号証(D医師の陳述書)及びD医師の供述が存するところであり,これらを対比して検討すると,上記甲A3号証及び15号証を直ちに採用することはできない。そして,以下の事情を総合して検討すると,原告らの上記主張を採用することはできず,D医師が原告Aに対してエンシュア缶を無償で提供したのは,被告の主張するとおり,原告Aのダイエットを応援するためのものであったと解するのが相当である。 (1)前記前提となる事実のとおり,エンシュア缶ダイエットが話題になったのは,忘年会の席上である。その他の機会に,エンシュア缶ダイエットについて,D医師が言及したり,被告病院において話題になったことを認めるに足りる証拠は存しない。 (2)前記前提となる事実,甲A15号証,乙A14号証及びD医師の供述によると,D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施していた間,エンシュア・リキッドを処方する際に原告Aの体重を確認しただけであって,他の身体所見をとることがなく,また,その他の機会に,同人の体重を確認したこともなかったことが認められる。そして,本件各証拠によっても,D医師が原告Aの日々の体重の推移や同人の摂取した飲食物の詳細を把握しようとしたり,カロリー計算等の指示や,栄養状態及び健康状態のチェックをしようとした形跡は全くうかがわれない。もっとも,乙A2,14号証及びD医師の供述によると,平成12年2月24日及び同年3月9日に原告Aに対して被告病院において生化学検査等の検査が実施されているが,当時,原告Aは,熱発等の症状を訴えていたことが認められる。したがって,これらの検査がエンシュア缶ダイエットに関してされたものということはできない。 D医師が,原告らの主張するとおり,被告病院において肥満外来を考えていたとすると,原告Aから詳細なデーターを取得するものと想定される。ところが,上記認定によると,D医師は,原告Aのエンシュア缶ダイエットの実施の経過についてほとんど関心を寄せた形跡が見られないのであって,これは,理解し難いものといわざるを得ない。また,被告病院又はD医師がエンシュア缶ダイエットについての研究をするのであれば,原告A以外の他の看護師らにもその実施を呼びかけて,ダイエットの状況を比較し,被告病院を挙げて検討する態勢をとるものと考えられるにもかかわらず,こうした態勢がとられたことをうかがわせる証拠は全く存しない。 (3)乙A2,14号証,D医師の供述及び弁論の全趣旨によると,原告Aは,エンシュア缶ダイエットを実施していた期間中である平成12年1月4日から同年3月9日までの間,被告病院において,9回,D医師,K医師又はL医師の診察を受けたり,セデス等の薬の処方を受けており,その間の,同年2月24日及び3月9日等にはD医師の診察を受けていることが認められる。ところが,これらの機会に,原告AとD医師らとの間でエンシュア缶ダイエットが話題にされたことを認めるに足りる証拠は存しない。また,原告Aは,エンシュア缶ダイエットの実施について日記(甲A5号証)をつけていたが,これをつけていることをD医師に述べていたことはない(乙A14号証)。さらに,原告Aは,エンシュア・リキッドの処方を受けていたものの,D医師がエンシュア缶ダイエットについてどのように考えているのかについて直接話すことを避けていたことがうかがわれないでもない(甲A6号証の平成12年2月6日の記述)。 (4)原告らは,原告Aがエンシュア缶ダイエットを終了したのはD医師の指示による旨主張する。しかしながら,この点について,原告Aは,目標体重の50㎏になったため,エンシュア缶ダイエットをやめた旨述べている(甲A15号証)にすぎず,他に原告らの上記主張を認めるに足りる証拠は存しない。これによると,エンシュア缶ダイエットの終了についてD医師は関与しておらず,原告Aが自らの意思で終了したものと推認される。 (5)乙A1,14号証及びD医師の供述によると,D医師は,(a)原告Aに対してエンシュア・リキッドを処方するために,同人が被告病院において保険診療を受ける場合の診療録(乙A2号証)とは別の診療録を作成するように指示したこと,(b)原告Aに対してエンシュア・リキッドを処方した際に原告Aの体重を4回にわたって確認したこと,(c)平成11年12月14日に,原告Aに対し,水やお茶は飲んでもいいが,エンシュア・リキッド以外にカロリーのあるものはとらないように述べたことが認められる。しかし,上記(a)は,上記乙14号証等によれば,D医師が原告Aに対して無償でエンシュア缶を交付するための方法として採られたものであることを認めることができ,(b)及び(c)は,エンシュア缶ダイエットの実施を援助することにした医師としていわば当然のことであるとも解されるのであって,上記の(a)ないし(c)の事実から,上記モニター契約が締結されたものと解することはできない。 2原告らは,D医師が原告Aに対してエンシュア・リキッドを処方する都度,被告と原告Aとの間で診療契約が成立したものであると主張する(争点(1)イ)。 しかし,上記に検討したとおり,D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施するのを援助するために無償でエンシュア缶を提供したものであることによれば,原告らの上記主張を採用することはできない。 3上記のとおり,被告又はD医師と原告Aとの間で,原告らの主張するモニター契約又は診療契約が締結されたものと解することはできない。ところで,上記認定のとおり,原告Aは,D医師が院長をしている被告病院に勤務していた者であり,D医師は原告Aに対して診療録に記載の上,エンシュア・リキッドを処方しているところ,(a)上記のとおり,エンシュア・リキッドの投与については,成人の標準量は,1日1500ないし2250mL(1500ないし2250kcal)とされており,平成11年12月に改訂されたエンシュア・リキッドの使用書(甲B5号証)によると,エンシュア・リキッドのみで1日2000kcalを摂取した場合,当時の厚生省公衆衛生審議会の日本人の栄養所要量を満たすものとされていたことが認められることに照らすと,原告Aが摂取を続けた1日にエンシュア缶3缶というのは,750kcalにすぎず,ダイエットを目的にしたとしても,非常に少量の摂取カロリーであったと解されること,(b)D医師は,原告Aから体重が,平成11年12月14日に71㎏,平成12年1月14日に63㎏,同年2月9日に60.2㎏,同年3月23日に54㎏であることを聞いてカルテ(乙A1号証)に記載しており,同人が外見的にもやせてきていることを認識していた(乙A14号証)ことによると,D医師としては,原告Aから,エンシュア缶ダイエットの実施に無理がないかどうかを聞き出し,同人に対して適切なアドバイスをすべきであったものと解する余地がないとはいえない。 しかし,前記認定のとおり,D医師が原告Aに対してエンシュア缶を無償で提供したのは,同人のダイエットを応援するためのものにすぎず,被告又はD医師と原告Aとの間に契約関係等が成立したものと解することはできないことに加え,次に検討する諸事情を総合して考えると,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施したことにつき,D医師が法的責任を負うべき注意義務違反行為をしたものと解することはできない。 (1)前記前提となる事実のとおり,摂食障害は,ダイエットを契機として発症することが多く,ダイエットを開始した者のうち,身体的,心理的素因を持つ者に発症するものとされている。ところで,甲B1ないし4号証及び弁論の全趣旨によると,摂食障害を起こした者の人格障害及び人格傾向等に関する研究は進展しているものの,その原因については必ずしも解明されていると解することはできず,ダイエットを実施している者のうちの特定の者に何らかの障害が生じるかどうかを予測することは必ずしも容易ではないものと認められる。 そうすると,被告又はD医師が,原告Aのエンシュア缶ダイエットの実施についてモニター契約等に基づく債務を負っているものでないことによると,原告Aが上記のような摂食障害を発症する可能性を有する身体的,心理的素因を持つ者であるかどうかについて検討すべき義務を負うものでないと解するのが相当である。 (2)原告Aは,上記のとおり,准看護師として被告病院に勤務していたものであることによると,一定の医学知識を有していることに加え,エンシュア缶ダイエットの実施中に体調の変化等があった場合には,自らD医師又は他の被告病院の医師に対してアドバイスを求めることができたものと解される。ところが,本件各証拠によっても,被告病院の医師に対してエンシュア缶ダイエットに関してアドバイスを求めたことは全くうかがわれない。 (3)原告Aは,上記のとおり,エンシュア缶ダイエットを実施していた間,熱発を理由にD医師らの診察を受けている。 しかし,原告Aは,平成11年を見ても,被告病院において,1月5日から11月29日までの間に,29回にわたり,D医師及びK医師らの診察を受けたり,薬の処方を受けており,5月7日,6月30日及び7月23日等には頭痛を訴えていたことが認められる(乙A2号証)。こうした事実によると,原告Aは,頭痛や熱発を訴えて被告病院の医師の診察を受けて薬の処方を受けることが少なくなかったのであり,エンシュア缶ダイエットを実施している間に頭痛や熱発を訴えることがあっても,D医師らがダイエットの実施との関連で原告Aの体調に異常が生じた可能性を検討すべきであったということは困難である。 また,上記のとおり,エンシュア缶ダイエットを実施している間に,生化学検査等が実施されているが,栄養状態等に異常は認められていない(乙A14号証及びD医師の供述)。 (4)エンシュア缶ダイエットを実施していた平成11年12月から平成12年3月までの期間中における原告Aの勤務状況をみると,原告Aは,ほぼこの間の療養型病棟における勤務区分表(甲A7号証)の勤務区分どおり,平成11年12月は,出勤21日,夜勤5日,平成12年1月は,出勤20日,夜勤5日,同年2月は,出勤20日,夜勤5日,同年3月は,出勤23日,夜勤6日と勤務している(甲A8号証)。また,平成11年11月の出勤状況を見ると,出勤20日,夜勤5日であった(甲A8号証)ことによると,上記の期間中,原告Aは,他の期間と同様の勤務を続けていたことが認められる。そして,この間,原告Aの勤務状況に問題のあったことや,原告Aから勤務区分等について何らかの申入れがあったことをうかがわせる証拠は存しない。そうすると,上記期間中,原告Aには勤務に影響を与えるような体調の不調はなかったものと解されるし,D医師及び他の被告病院の医師らが,原告Aの体調の悪化に注意を払う機会はなかったものというべきである。 4以上のとおりであり,その余の点について判断するまでもなく,原告らの被告に対する本件請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条を適用して主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部 裁判長裁判官佐久間邦夫 裁判官倉澤守春 裁判官横山真通

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