H17.12.20 仙台高等裁判所 平成17(行ケ)4,5 市議会議員の選挙の効力等に関する訴,裁決取消請求事件

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 市長選挙と同時選挙として行われた市議会議員選挙において,選挙事務従事者 の過誤により,選挙人43名につき,同一投票所内の市長選挙の投票場所で市議 会議員選挙の投票用紙が交付され,市議会議員選挙の投票場所で市長選挙の投票 用紙が交付されたことが,公職選挙法205条所定の「選挙の規定に違反する」 に該当するとされた事例 主 文 1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨  平成17年4月29日に行われた石巻市議会議員一般選挙(以下「本件選挙 」という。)について,審査申立人Cの審査の申立てに対して被告が同年8 月 12日付けでした裁決(以下「本件裁決」という。)は,これを取り消 す。 第2 事案の概要  本件は,石巻市の住民らである原告ら(うち33名は,本件選挙の当選人( 繰上補充による当選人を含む。)でもある。)が,本件選挙を無効とした本件 裁決の取消しを求めた事案である。 1 前提事実(証拠を付記した部分を除き全当事者間に争いがない。) (1) 当事者  原告らは,本件選挙の選挙権を有する石巻市の住民であり,うち,別紙 当事者目録記載の原告Dから同Eまでの原告ら33名は,本件選挙に立候 補し当選人(繰上補充による当選人を含む。)となった者である。 (2) 本件選挙の実施状況等(甲B5,乙3,4,8~10,12の1ないし 3,15~19,弁論の全趣旨)  平成17年4月29日,本件選挙と石巻市長選挙(以下単に「市長選挙 」という。)とが公職選挙法(以下単に「法」という。)119条1項に 基づく同時選挙として行われた(開票区は1個)が,石巻市選挙管理委員 会(以下「市委員会」という。)の決定に基づき,その投票等の順序は, ①受付,②名簿対照,③市長選挙投票用紙(白色)交付,④記載,⑤投票 ,⑥本件選挙投票用紙(薄黄色)交付,⑦記載,⑧投票,⑨出口の順とさ れ,第9投票所においても,これにより,建物内において,別紙図面記載 のとおり,このような順で選挙人が投票等をする動線となる形で市長選挙 と本件選挙の投票をすべき場所(以下「投票場所」という。)を区別して 設け,各選挙に関する投票記載台の正面に対応する候補者名を掲示し,投 票箱正面にも各選挙の別を表示して(ただし,それ以外に,投票用紙交付 場所,投票記載台等に市長選挙と本件選挙とを区別する案内表示は掲示さ れず,また,投票箱の裏面には小さく他の選挙名が表示されていた。), 投票が行われた。ところで,市委員会は,本件選挙前の平成17年4月2 7日,各投票所の選挙事務従事者を集めて各投票所に送致する投票用紙の 枚数確認及び梱包の作業をしたが,第9投票所の選挙事務従事者が,その 際,本件選挙の投票用紙と市長選挙の投票用紙の各包装面に貼付する識別 シールを貼り間違えた。そのため,第9投票所の選挙事務従事者は,本件 選挙当日の午前7時から約20分間,選挙人43名に対し,誤って,市長 選挙の投票場所において,本件選挙の投票用紙(薄黄色)計43枚を交付 し,逆に,本件選挙の投票場所において,市長選挙の投票用紙(白色)計 43枚を交付した。 (3) 本件選挙の結果(甲B3,乙4,11の1及び2)  本件選挙の結果,上記(1)の原告ら33名のうち原告Fを除く32名を 含む34名が当選したが,平成17年6月8日ころ,13位で当選したG が死亡したため,法112条5項に基づき,次点者であった原告Fが繰上 補充により当選人となった。本件選挙における得票は,33位当選人であ る原告Hが1561票,34位当選人である原告Iが1544票,次点者 であり繰上補充により当選人となった原告Fが1533票,次々点者であ るCが1531票,次々々点者であるJが1509.824票であった。 (4) 異議の申出と本件決定(本件決定の理由につき乙3)  Cは,平成17年5月6日,本件選挙の効力(予備的に当選の効力)に ついて,市委員会に対し,異議の申出をしたところ,市委員会は,同月3 0日,所定の用紙によらない投票39票が無効とされた旨認定した上,投 票用紙の誤交付は選挙に関する明文の規定に違反するものではないなどと して,異議申出を棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした 。 (5) 審査の申立てと本件裁決(本件裁決の理由につき乙4)  Cは,平成17年6月16日,被告に対し,本件決定の取消し,本件選 挙の無効等を求めて審査の申立てをしたところ,被告は,同年8月12日 付けで,投票用紙の誤交付は選挙の規定である法45条に違反し,かつ, 誤交付に係る投票用紙43枚のうち42票が所定の用紙を用いないものと して無効とされており,原告FとCとの得票差が2票であるから,選挙の 結果に異動を及ぼすおそれがあるとして,本件決定を取り消し,本件選挙 を無効とする旨の裁決(本件裁決)をし,同月15日,その要旨を告示し た。 2 争点  本件の争点は,本件選挙の有効性,取り分け,選挙事務従事者が本件選挙 の投票場所において誤って市長選挙の投票用紙を交付したことが,「選挙の 規定に違反する」(法205条)か否かのほか,本件裁決の手続的違法の有 無であるが,当事者双方の主張は,以下のとおりである。 (1) 本件選挙の有効性について ア 原告らの主張 (ア) 法205条所定の「選挙の規定に違反することがあるとき」とは, 主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明 文の規定に違反することがあるとき又は直接かような明文の規定は存 在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害 されるときを指す(最高裁昭和51年9月30日第1小法廷判決民集 30巻8号838頁)ところ,本件選挙における投票用紙の誤交付は ,選挙の規定に違反するということはできない。  すなわち,選挙が無効となると,一度当選人となった者が議員の地 位を失い,再選挙を余儀なくされるため,議会が空白になり地方公共 団体の通常の意思決定ができなくなるのみならず,地方公共団体は再 選挙に莫大な費用と労力を投入することとなる。具体的には,本件選 挙と市長選挙との同時選挙として2億0373万3253円の支出が あったが,改めて市議会議員選挙のみを行うとすれば,その半額を大 きく上回る支出を必要とすることが容易に推測し得る。ちなみに,石 巻市の平成17年度の選挙関連予算は2億3926万3000円であ るから,再選挙に伴う支出については,予備費又は補正予算により対 応せざるを得ないが,必要とされる予算は,社会的弱者,経済的弱者 等に対する行政サービスに要する予算に匹敵する規模である。また, 石巻市の職員は1300人程度であるところ,選挙当日だけでも,2 00人から300人の職員がこれに関する業務に従事する必要が生じ るが,これも市民の負担と観念し得る。また,再選挙を行う場合,選 挙無効に責めを負わない当選人も再び多大な労力をかけて選挙運動等 をしなければならない(ちなみに,法に基づく収支報告によると,本 件選挙における61名の候補者の支出は合計1億0400万円であっ た。)上,再度当選する保証はなく,しかも,候補者が経済的弱者で あれば,立候補を断念せざるを得ない事態も考えられ,立候補の自由 を奪うことにもなりかねない。さらに,最高裁判例の立場によると, 選挙の規定に違反することがあり,当選人中1人でもその影響を被る 可能性があれば,当選人全員の当選の効果を失わせることとなり,当 該選挙規定違反にまったく影響されなかった当選人に対する投票意思 は,わずかな選挙規定違反の影響のある投票のため,投票者,得票者 いずれにも責任がないにもかかわらず,無に帰してしまう。すなわち ,被告の主張を前提にすれば,本件では,わずか42票の無効票のた め9万6969票余の投票の効力が失われるという不合理が生じるの である。このような不合理を最小限のものとするには,「選挙の規定 に違反することがあるとき」の解釈を厳格にするほかない。このほか ,選挙の有効性の判断には政治的介入や司法介入を招くおそれがある ことから,選挙という民主主義の根幹にかかわる制度においては,法 は,第1次的には選挙人の意思が最大限反映されるよう解釈され,司 法判断は謙抑的にされるべきである。したがって,上記最高裁昭和5 1年判決のいう「明文の規定に違反する」は,二義的解釈の余地のな い明文の規定に違反することを指すと解すべきである。  これを本件についてみるに,まず,本件裁決が援用する法45条は ,投票用紙の公製公給主義を明らかにしたものであり,1人1票の原 則に反した不正の投票を防止し,投票の秘密を保持し,もって,選挙 の公正を確保しようとする趣旨であって,投票用紙の誤交付を禁じた 規定ではないから,選挙事務従事者による誤交付による他の選挙のた めの投票用紙であっても,当該投票用紙による投票の効力に問題が生 じることは格別,このことが法45条に違反するものでないことは明 らかである。ちなみに,法は,法119条以下で同時選挙につき規定 しているにもかかわらず,同時選挙の際に生じるおそれがある投票用 紙の誤交付に関する規定をおいていないのであって,そこへ,投票用 紙の公製公給主義という別の趣旨を有する法45条を借用して投票用 紙の誤交付をもって同条違反とすることは許されない。  また,そもそも,同時選挙は,投票用紙を各選挙ごとに1枚ずつ交 付することを除けば,一連の投票手続と開票手続が合一して行われる ものであり,このことは,選挙管理委員会が投票の順序を定めた場合 (この場合でも,投票用紙の交付順序は各投票所の投票管理者に委ね られている。)でも同じである。したがって,同時選挙では,投票用 紙を同時に交付してもよいし,投票箱が1つであってもよく,投票用 紙交付の先後を決めたり,投票箱を別にしたりするのは,あくまでも 投票と開票の便宜のためであり,選挙人が投票箱を入れ間違えたとし てもその投票を無効とすることはできないと解されている(なお,本 件においても,各選挙の投票場所に置かれた投票箱の裏面に他の選挙 名が表示されていた。)。したがって,仮に誤って交付されたもので あっても,市長選挙の投票用紙に市長選挙の候補者名が記載されてい れば,有効な投票であるし,本件選挙の投票用紙に本件選挙の候補者 名が記載されていれば,やはり,有効な投票である。本件裁決は,所 定の用紙を用いない投票はすべて無効になるとするが,そうであれば ,誤って交付された市長選挙の投票用紙に市長選挙の候補者名が記載 されていれば有効と解すべきことと矛盾があるし,また,そのような 投票をした選挙人は,投票をした途端に市長選挙の選挙人から本件選 挙の選挙人に変わるという不可思議な事態が生じることとなる。さら に,被告は,このような投票について,誤交付の違法が治癒されるに すぎないと説明するが,選挙の規定に違反するか否かは客観的に決め るべきであり,個々の選挙人の行動によって違反の有無が決まること は不合理であるし,有効な投票とする以上,誤交付時にさかのぼって 所定の投票用紙が交付されていたとせざるを得ないが,このようなこ とを説明することは不可能である。このほか,例えば,市長選挙の投 票場所で本件選挙の投票用紙の交付を受けた選挙人が,これに市長選 挙の候補者名を記載して本件選挙の投票箱に入れた事例を考えると, 被告主張の論理に従えば,本来,所定の用紙を用いないものとして無 効になるはずであるが,被告は候補者でない者の氏名を記載したもの として無効であると主張しており,どうして,このような場合に所定 の用紙を用いない無効が治癒されるのか説明がつかない。誤った交付 であっても,本件選挙の投票用紙の交付を受けたものが本件選挙の選 挙人であり,市長選挙の投票用紙の交付を受けたものが市長選挙の選 挙人であると解すべきであって,被告の主張は,同時選挙の本質に反 し,本件選挙を市長選挙から独立したものとして,時間的(投票順序 )にも場所的(投票場所)にも区別して選挙が実施されたとするもの で不当である。以上のとおり,本件においては,誤った投票用紙の交 付を受けた43名の選挙人についても,交付順序が誤っているだけで ,本件選挙の正規の投票用紙が交付されているというべきである。し たがって,投票用紙の誤交付は,選挙の執行管理上の過誤ではあるが ,選挙の規定に違反するものではない。  なお,本件では,①投票用紙の誤交付の原因が投票時間前に選挙人 が投票所へ乱入したという混乱にあり,選挙事務従事者の一方的過誤 ではないこと,②本件選挙においては,市長選挙といずれを先に投票 すべきかにつき選挙人に対し広報書面,投票所入場券等において事前 告知がされておらず,第9投票所内では,投票記載所に「投票記載所 」と記載された案内表示が1枚掲示されたのみで,投票用紙交付係, 投票記載所及び投票記載台にはいずれの選挙のものか案内表示が掲示 されず,さらに,両選挙の投票記載台も投票用紙交付場所から極めて 近接して並んで配置されるなど,市長選挙と本件選挙の投票場所が整 然と区分されておらず,他方,投票用紙は市長選挙のものと本件選挙 のものとで区別があり,現に投票用紙の記載を確認して正確な投票を した者もいたことからすると,他の同種の投票用紙の誤交付の事例よ りも過誤の程度が少ないというべきである。また,一般的に,同時選 挙における投票用紙の誤交付はしばしば発生していると推測されるが ,これを選挙無効原因と解することは,全国的に回復し難い深刻な影 響が生じることとなる。  さらに,上記最高裁昭和51年判決のいう「選挙の基本理念である 選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるとき」とは,候補者が他か らの干渉によってその政見その他の主張を自由に選挙人に訴えること を妨げられ,その結果,選挙人がこれを正しく理解することができず ,自由な意思に基づく投票による選択が妨げられたような場合であり ,かつ,その程度が著しいものをいうが,投票用紙の誤交付はこれに 当たらないばかりでなく,本件選挙には自由公正な選挙を阻害する事 情も存在しない。  なお,福岡高裁昭和27年12月18日判決(行裁集3巻12号2 476頁)は,投票順序の誤りを選挙無効の原因とするが,それは, 選挙管理委員会が投票順序を決定した上,これを選挙人に周知させ, 特に選挙人に配布した投票所入場券の裏面にもその旨記載されていた 事案であり,単純に投票順序を間違えた事案ではない。また,最高裁 昭和44年7月15日第3小法廷判決(民集23巻8号1537頁) は,投票記載所の一部に一定の時間,前回の選挙の候補者名等が掲示 され,その間に1180名の選挙人が投票をした事案につき選挙無効 の原因があるとするが,二義的解釈の余地のない法175条の明文に 反し,自由な意思に基づく投票の選択を妨げられた可能性のある選挙 人が多数である点において,本件と事案を異にする。 (イ) 本件裁決は,法205条所定の「選挙の結果に異動を及ぼす虞」に つき,次点者であり繰上補充による当選人である原告Fと次々点者で あるCとの得票差2票を判断の基礎としているが,選挙の有効性は選 挙結果が確定した時点で判断すべきであり,その後の当選人の死亡に よる繰上補充といった事情を考慮して判断するのは選挙の安定を著し く害することとなる。  また,被告は,第9投票所において誤って交付された市長選挙の投 票用紙43枚のうち42枚に本件選挙の候補者名が記載され無効とな った旨主張するが,投票の秘密を確保するため,投票の点検は各投票 所の投票を開票区ごとに混同して行わなければならない(法66条2 項)から,開票区が1個である本件選挙において,上記42枚が上記 誤交付に係る43枚の一部か否かは不明である。したがって,このこ とを前提に本件選挙を無効とする本件裁決及び被告の主張は誤ってい る。 イ 被告の主張 (ア) 法45条1項は,「投票用紙は,選挙の当日,投票所において選挙 人に交付しなければならない。」とのみ規定するが,法68条1項1 号が所定の投票用紙を用いない投票を無効としていることを踏まえれ ば,ここで交付しなければならない投票用紙は,法45条2項及び法 施行令97条に基づき当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員 会が調製した正規の投票用紙であることは当然である。したがって, 本件選挙の投票用紙として,本件選挙の正規の投票用紙を交付しなか ったことは,選挙の規定に違反する。この点,原告らは同時選挙の特 質を根拠とする主張をするが,同時選挙は,手続を一にするが,あく までも異なる公職の選挙であるから,別の選挙であり,投票所の狭隘 等の事情でやむを得ず投票用紙の同時交付,同一投票箱の使用等がさ れることはあるものの,選挙の種類ごとに投票用紙を交付し,選挙の 種類ごとに投票箱を置くのが基本であり,また,法122条により投 票の順序が定められた場合には,法45条の投票用紙の交付はその順 序に従ってされなければならないことは明らかである。さらに,誤っ て交付された投票用紙であっても,それにその種類に従った候補者名 が記載されていれば,有効票として取り扱うべきことは,原告らの主 張のとおりである(なお,投票箱の裏面の他の選挙名の表示は,この 点の疑義を避けるためのものであり,選挙人が選挙の種類と投票箱の 関係を誤認するようなものではない。)が,それは,違法が治癒され たにすぎない。原告らの主張のように,投票用紙の交付が投票の順序 と異なっていたとしても選挙の規定に違反しない,すなわち,選挙の 管理執行に誤りはなかったと解するとすれば,それは,例えば,選挙 事務従事者から本件選挙の投票であることを告げられて市長選挙の投 票用紙を交付され,かつ,投票記載台の正面に本件選挙の候補者名が 掲示されているにもかかわらず,交付された投票用紙に本件選挙の候 補者名を記載して投票した過失を選挙人に認めることとなるが,それ は,あまりに過大な負担と責任を選挙人に負わせる一方で,選挙の管 理機関があまりにも無責任であるとの非難を免れず,ひいては,選挙 全体に対する選挙人の信頼を揺るがしかねない解釈である。ちなみに ,村議会議員選挙において選挙事務従事者が交付した県議会議員選挙 の投票用紙による投票を有効とすることは許されないとする最高裁昭 和29年6月15日第3小法廷判決(民集8巻6号1089頁)は, 候補者でない者の氏名を記載したものとしてではなく,所定の用紙を 用いないものとして投票が無効になるとし,また,最高裁昭和34年 2月20日第2小法廷判決(民集13巻2号263頁)は,参議院議 員選挙において地方区選挙の投票用紙に全国区選挙の候補者名を記載 した投票につき,やはり所定の用紙を用いないものとして無効として いる。  また,投票は選挙の根幹をなすものであり,選挙人の自由な意思に 基づく投票による選択が確保されなければならないところ,選挙人が 誤って交付された投票用紙により投票をした結果,それが無効とされ ることは選挙人の自由な意思に基づく投票による選択が妨げられたこ とにほかならず,これにより選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあれ ば,前記最高裁昭和51年判決のいう「選挙の基本理念である選挙の 自由公正の原則が著しく阻害されるとき」に当たるというべきである 。  なお,原告らは,選挙規定違反があるとして選挙が無効とされると ,当該選挙規定違反にまったく影響されなかった当選人に対する投票 意思が無に帰してしまうという不合理が生じるなどとして,法205 条所定の「選挙の規定に違反することがあるとき」を厳格に解釈すべ き旨主張する。しかし,たとえ一部であっても当選人が入れ替わる可 能性があれば,選挙全体を無効としなければならないことは,法が選 挙の人的一部無効を認めていない以上やむを得ない結論であるし,そ もそも,法205条所定の選挙無効争訟制度は,民主主義の根幹であ る選挙の自由公正を確保するために規定されているのであって,原告 らが不合理と主張する事柄は,選挙の自由公正確保の重大性からすれ ば,無効な選挙を維持する理由とはなり得ない。このほか,再選挙に 伴い,候補者及び石巻市に費用面等で多大な負担が発生することは否 定しないが,再選挙に要する経費の一部は地方交付税(特別交付税) として,国から交付されることになる。 (イ) 本件選挙における繰上補充は,法112条5項により,本件選挙に よって確定された得票順に基づきされたものであるから,選挙の結果 に異動を及ぼすおそれについては,これを一の選挙の結果と解して, 次点者であり繰上補充による当選人である原告Fと次々点者であるC との得票差2票を判断の基礎とすべきである。  原告らは,選挙の安定性を理由に繰上補充を考慮すべきでない旨主 張するが,繰上補充が認められる期間は選挙の期日から3か月以内で あり,異議の申出ができる期間も選挙の日から14日以内と限られて いることからすると,選挙の安定を著しく害することはない。かえっ て,原告らの解釈によれば,例えば,仮に,本件選挙において,原告 FとCとの得票差が44票以上であっても,選挙を無効としなければ ならない不合理が生じることにもなる。  もっとも,本件選挙についていえば,投票用紙43枚の誤交付によ り42票が無効とされているところ,34位当選人である原告Iと次 点者であり繰上補充により当選人となった原告Fの得票差が11票で あり,原告Iと次々点者であるCとの得票差が13票であるので,原 告らの解釈を前提としても,選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある 。 (2) 本件裁決の手続的違法について ア 原告らの主張 (ア) 被告は,本件裁決に当たり,市長選挙及び本件選挙の投票済みの投 票用紙の開披再点検(以下「本件再点検」という。)を実施したが, 本件再点検は,憲法15条4項で保証された投票の秘密を侵害するも ので,違法である。特に,投票用紙の誤交付を受けた選挙人43名の 住所及び氏名が判明していることからすると,その危険は顕著である 。憲法15条4項が投票の秘密を保障する趣旨は,事前及び事後に投 票内容を第三者に知られることによって,選挙人が自由な投票をする ことが妨げられることを防止するところにあり,本件再点検により自 分の投票を含む数十票の内容が知られてしまう可能性があるとすれば ,選挙人に対する心理的拘束が生じるおそれは極めて大きい。このこ とは,選挙人個々人の投票内容が明らかにされるか否かを問わない問 題であり,法が定める開票手続等を超えて,投票行動が明らかになる 行為は投票の秘密を侵害するというべきである(最高裁平成13年1 2月18日第3小法廷判決民集55巻7号1823頁参照)。 (イ) さらに,本件再点検は,本来,法216条が準用する行政不服審査 法28条(物件の提出要求)に基づくべきものなのに,審査申立人の 申立てにより同法29条(検証)に基づき審査申立人を立ち会わせて 実施した点において手続的な違法がある。また,被告が主張するとお り,本件再点検が職権による検証として実施されたとすれば,法律上 の根拠もないのに審査申立人を立ち会わせた点において手続的な違法 がある。特に,上記(ア)のとおり,本件再点検は,投票の秘密を侵害 する危険が極めて高いものなので,これに私人である審査申立人を立 ち会わせるのは違法である。 イ 被告の主張 (ア) 投票の秘密は,誰が誰に投票したかが客体となるところ,本件再点 検は,誰に何票投じられたかを調べる目的ではなく,審査申立人と市 委員会との間で主張の相違があった無効投票の数(審査申立人43枚 ,市委員会39枚)を明らかにする目的で実施されたものであり,現 に,被告は,誤交付に起因して無効とされた42枚の投票用紙にどの ような記載がされていたか公にしていないし,ましてや,誰が誰に投 票したかはまったく不明である。また,投票用紙の誤交付を受けた選 挙人の氏名も公にされていない。このように,本件再点検は,投票の 秘密を侵害するものではない。  なお,前記最高裁平成13年判決は,無効票と確定された不在者投 票の内容について,いずれの候補者に対する投票であるかを取り調べ ,その結果を選挙人が表明した意思として取り扱って選挙の結果に異 動を及ぼすおそれの有無を判断しようとしたものであり,本件とは事 案を異にする。 (イ) 本件再点検は,法216条が準用する行政不服審査法28条に基づ き投票済みの投票用紙の提出を求めた上で,同法29条に基づく職権 による検証として実施したものである。被告は,これに審査申立人を 立ち会わせて実施したが,行政不服審査法29条は,職権による検証 に審査申立人を立ち会わせることを排除する趣旨ではなく,かえって ,投票用紙の開披再点検という特別な作業が公正に行われたか否かを 確認する機会を付与したものとして適切な措置というべきである。 (ウ) さらに,本訴は,本件選挙の効力に関するものとして,法205条 1項に照らし判断されるべきものであり,本件選挙の管理執行と別の 作業であり,投票の内容及び選挙の結果に異動を及ぼすものではない 本件再点検を本件裁決の取消事由とすることは当を得ない。 第3 当裁判所の判断 1 本件選挙の有効性について (1) 「選挙の規定に違反することがあるとき」について  法205条所定の「選挙の規定に違反することがあるとき」とは,主と して選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定 に違反することがあるとき又は直接かような明文の規定は存在しないが選 挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときをいう と解される(最高裁昭和27年12月4日第1小法廷判決民集6巻11号 1103頁,前記最高裁昭和44年判決,最高裁昭和46年4月15日第 1小法廷判決民集25巻3号275頁,前記最高裁昭和51年判決等参照 )。  ところで,法45条は,投票用紙は,選挙の当日,投票所において選挙 人に交付しなければならず(1項),投票用紙の様式は,地方公共団体の 議会の議員又は長の選挙については当該選挙に関する事務を管理する選挙 管理委員会が定める(2項)旨規定するところ,法68条1項1号は,衆 議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙以外の 選挙の投票について,所定の用紙を用いないものは無効とする旨規定して いる。  確かに,原告らが主張するとおり,法45条1項は,選挙の自由公正を 図るため,選挙当日以外の日又は投票所以外の場所での投票用紙の交付を 禁じる公製公給主義を規定するものと解されるが,同項に引き続き同条2 項が投票用紙の様式につき規定し(なお,これを受けた石巻市公職選挙執 行規程29条(乙14)がその具体的様式を規定している。),さらに, 法68条1項1号が所定の用紙によらない投票を無効と規定していること からすると,法45条1項は,公製公給主義の当然の前提として,選挙の 管理機関に対し,選挙人に有効な投票が可能な正規の投票用紙を交付すべ き旨を義務付けているといわなければならず,このことは,選挙の管理機 関が非正規の投票用紙を交付することが民主主義の根幹である選挙人の投 票による選択の機会を奪う結果になることからしても,明らかである(な お,選挙管理委員会の定めに反して選挙管理委員長の印章の押捺されてい ない投票用紙の交付に関する最高裁昭和23年6月26日第2小法廷判決 民集2巻7号159頁参照)。そして,誤って交付された投票用紙が他の 選挙における正規の投票用紙であったとしても,当該選挙の正規の投票用 紙でないことには変わりがなく,かつ,殊に本件の場合のような同時選挙 (なお,法施行令97条は,同時選挙の場合には,投票用紙は,各選挙ご とに別個に当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が調製しなけ ればならない旨規定する。)に係る他の選挙の投票用紙による投票を有効 と解するならば,1人2票の投票を許容するおそれがある(なお,同時選 挙において,一方の選挙の投票用紙が他方の選挙の投票箱に入れられてい ても,そのこと自体は投票の無効を来さないとの解釈については,当事者 双方に特に異論がない。)ことからすると,このように誤って交付された 他の選挙の投票用紙による投票はやはり無効と解されるのである(村議会 議員選挙における県議会議員選挙の投票用紙に関する前記最高裁昭和29 年判決,参議院議員選挙全国区選挙における地方区選挙の投票用紙に関す る前記最高裁昭和34年判決参照)。  以上に関連して,原告らは,同時選挙の特質からすると,本件において 誤交付とされているのは投票用紙の交付順序の誤りにすぎず,投票用紙の 誤交付を受けた43名の選挙人にも本件選挙の正規の投票用紙が交付され ている旨主張する。しかしながら,前記第2の1(2)に認定の事実によれば ,第9投票所では,市長選挙及び本件選挙の広報書面及び投票所入場券に 投票順序に関する記載はなく(甲B1,2),市長選挙と本件選挙の投票 記載所等の区別に関する案内表示は掲示されていなかったものの,市委員 会が決定した投票等の順序で投票等をする動線となる形で市長選挙と本件 選挙の投票場所が別とされ,各選挙の投票記載台の正面に対応する候補者 名が掲示され,投票箱正面にも各選挙の別が表示されていた(なお,証拠 (甲B7,乙21)及び弁論の全趣旨によれば,投票箱裏面の他の選挙名 の表示は,誤って他の選挙の投票用紙が入れられた場合の解釈の疑義を避 けるための措置と認められるところ,その位置及び大きさに照らし,選挙 人をして投票場所の別を誤認させるものとはいい難い。そして,このよう なことからすると,別紙図面記載の投票場所の状況を整然と区分されてい ないとはいい難い。)ところ,そのような本件選挙の投票場所において市 長選挙の投票用紙が交付されたのであって(特に,まさに投票用紙に候補 者名を記載する場所である本件選挙の投票記載台の正面に,市長選挙の候 補者名が掲示されていることは,そこが市長選挙の投票場所であると誤信 させる大きな契機となるものであるから,この点は決して軽視することが できない。なお,仮に原告らの解釈を前提とすると,このことは,誤交付 を受けた選挙人にとっては,法175条1項所定の「適当な箇所」に候補 者名が掲示されていなかった違法があることになる。),さらに,本件選 挙の投票用紙と市長選挙の投票用紙とでは,用紙の色のほかは,表面にあ る表題が「石巻市議会議員選挙投票」と「石巻市長選挙投票」と相違する のみであり,候補者氏名記載欄のある裏面は同一の様式であること(乙1 4)にもかんがみれば,通常の選挙人にとっては,誤って交付された市長 選挙の投票用紙を本件選挙の投票用紙と誤信して投票する蓋然性は高いと みるべきであるから,このような誤交付を単なる交付順序の誤りにすぎな いということはできず,本件選挙の投票用紙として市長選挙の投票用紙を 交付したものというべきである。本件選挙と市長選挙とが同時選挙である としても,このように現実に時間的,場所的に投票順序が区分され,それ に沿う掲示等がされているのであれば,結果的に全体としてみて両方の投 票用紙が交付されていれば足りると解するのはあまりにも観念的な議論と いわざるを得ないのである。そして,注意深い選挙人が,投票用紙自体の 記載に基づき,誤って交付された市長選挙の投票用紙に市長選挙の候補者 名を記載し,あるいは,誤って交付された本件選挙の投票用紙に本件選挙 の候補者名を記載して投票した場合,そのような投票が結果として有効な ものと解される(このような解釈については,当事者双方に特に異論がな い。)としても,それは,そのような注意深い選挙人による投票について は,結果として正規の投票用紙を交付しなかった瑕疵が治癒されるにすぎ ないのであって,その余の投票について,正規の投票用紙を交付しなかっ たことには変わりはないというべきである(原告らが瑕疵の治癒の法理に つき論難するところは,その本来的意義を正当に理解しない独自の主張と いわざるを得ない。なお,原告らと被告との間に見解の相違がある投票の 無効事由の分類は便宜上のものであり,その当否が選挙の規定に違反する か否かに直結するものとは解されない。)。  このほか,法205条は,選挙の管理機関が選挙の規定に違反するに至 った事情を問うことなく,選挙の規定に違反する事実自体を選挙の無効事 由とするものなので,原告らが主張するような投票用紙誤交付の原因とな った事情は法205条該当性を左右するものではなく,今後,全国的に本 件と同種の誤交付が多発するおそれがあるか否かについても,同様である 。  したがって,選挙事務従事者,すなわち,選挙の管理機関が,第9投票 所の本件選挙の投票場所において,選挙人に対し市長選挙の投票用紙43 枚を誤って交付したことは,法45条の明文の規定に違反するものであり ,選挙の無効事由になり得るものである。 (2) 「選挙の結果に異動を及ぼす虞」について  前記第2の1(2)のとおり,本件選挙において誤って交付された投票用 紙は43枚であるところ,被告が本件裁決に際し本件再点検を実施したこ とは全当事者間に争いがなく,証拠(乙4,13)及び弁論の全趣旨によ れば,本件再点検の結果,本件選挙の投票用紙を収納した箱の中には,市 長選挙の投票用紙は存在しなかったが,市長選挙の候補者名を記載した本 件選挙の投票用紙39枚が発見され,市長選挙の投票用紙を収納した箱の 中には,本件選挙の投票用紙は存在しなかったが,本件選挙の候補者名を 記載した市長選挙の投票用紙42枚が発見された事実が認められる。  以上の事実に関して,被告は,この42枚が誤交付に係る投票用紙43 枚の一部である旨主張する(本件裁決の認定も同旨)ところ,第9投票所 以外の投票所で投票用紙の誤交付があった事実を認めるに足りる証拠はな く,本件選挙の投票は,前記第2の1(2)で認定したとおりの順序及び場 所で行われ,前記1(1)のとおり,通常の選挙人にとっては,誤って交付 された市長選挙の投票用紙を本件選挙の投票用紙と誤信して投票する蓋然 性は高いとみられるので,被告の主張もまったく根拠のないものではない 。しかし,市委員会の事務局長が,誤交付に気付いて投票用紙の種別に応 じた候補者名を記載して投票をした選挙人もおり,前記(1)の解釈のとお り,誤って交付された市長選挙の投票用紙による投票でも市長選挙の候補 者名が記載されていれば有効として取り扱った旨供述し(乙12の1), 結果的に,本件選挙の候補者名を記載した市長選挙の投票用紙の数が市長 選挙の候補者名を記載した本件選挙の投票用紙の数より3枚多かったこと にもあらわれているとおり,論理的には,誤って交付された本件選挙の投 票用紙に本件選挙の候補者名を記載し,誤って交付された市長選挙の投票 用紙に市長選挙の候補者名を記載した注意深い選挙人が複数いた一方で, 正しく交付された本件選挙の投票用紙及び市長選挙の投票用紙に誤って又 は意図的にいずれも本件選挙の候補者名を記載して投票をした選挙人がい た可能性もないとはいえない。例えば,投票用紙の誤交付に係る選挙人4 3名のうちに,誤って交付された本件選挙の投票用紙に本件選挙の候補者 を記載して投票し,誤って交付された市長選挙の投票用紙に市長選挙の候 補者名を記載した者が4名おり,正しく投票用紙の交付を受けたその余の 選挙人のうちに,いずれの投票用紙にも本件選挙の候補者の名を記載して 投票した者が3名いれば,結果的に,市長選挙の候補者名を記載した本件 選挙の投票用紙が39枚,本件選挙の候補者名を記載した市長選挙の投票 用紙が42枚となる。したがって,本件再点検の結果によっては,誤交付 に係る投票用紙43枚による投票のうち何票が無効とされたかを確定する ことはできないといわなければならない。結局,誤って交付された市長選 挙の投票用紙43枚のうち多くが本件選挙の候補者名を記載して投票した ものと推測することはできるものの,選挙人が本件選挙の候補者名を記載 した市長選挙の投票用紙42枚すべてが誤って交付された投票用紙による ものであると断定することはできない。  しかしながら,選挙の結果に異動を及ぼすおそれの判断に際しては,投 票用紙の誤交付に起因して論理的に想定し得る最大限の得票の異動を基礎 とすべきであるから,結局は,本件選挙の候補者名を記載した市長選挙の 投票用紙数に相当する42票を判断の基礎とするのが合理的である。  なお,原告Kが主張するように第9投票所で投票する選挙人の具体的な 投票行動を分析ないし予測して,選挙の結果に異動を及ぼすおそれを判断 することは,実質的に法の定める手続によらずに投票を開票して候補者別 の得票数を確定し直すに等しいものとして,許されない。  ところで,繰上補充による当選人が生じた場合の選挙の結果に異動を及 ぼすおそれの有無に関する判断の基準時につき,原告らと被告は主張を異 にするところ,いずれの解釈も相応の根拠を有するものではある(敢えて いえば,選挙の効力に関する争訟は,当該選挙の日から異議の申出が可能 であって,論理的には,繰上補充による当選が可能な選挙の期日から3か 月以内に異議の申出に対する決定,審査の申立てに対する裁決又は判決が 確定する可能性もあることからすると,繰上補充制度は選挙の結果が利用 可能な限りにおいて新たな選挙に代わる便宜の措置を定めたものとみて, 上記判断基準時は原告ら主張のように当初の当選人が告示された時と解す べきであり,被告主張のようなその後の事情は瑕疵の治癒の法理により対 処するのが相当である。)。  しかしながら,本件においては,前記第2の1(3)のとおり,34位当 選人である原告Iの得票は1544票,次点者であり繰上補充により当選 人となった原告Fの得票は1533票,次々点者であるCの得票は153 1票であるから,いずれの解釈を採用するとしても,仮に投票用紙の誤交 付がなかったとすれば,最下位当選人と最高位落選人が入れ替わる可能性 があることが計数上明らかであって,選挙の結果に異動を及ぼすおそれが 認められる。 (3) 原告らのその余の主張について  繰上補充による当選人が生じた場合の選挙の結果に異動を及ぼすおそれ の有無に関する判断の基準時につき,いずれを採用するとしても,前記第 2の1(3)の得票結果に照らせば,仮に投票用紙の誤交付がなかった場合 でも,最下位当選人を除く当選人については選挙の結果に異動を及ぼさな いことは計数上明らかであり,原告らのうちこれら当選人に該当する者が 少なくとも自らの当選に係る部分は選挙を有効とすべきと考える心情自体 は理解できないものではない。しかしながら,選挙は,選挙区を単位とし て行われるものであって,一般に選挙区の選挙の無効は全部無効であり, ただ,選挙区内における選挙が2以上の開票区に分かれて行われた場合に おいて,ある開票区限りの選挙の管理執行の違法があったときは,その開 票区に関する選挙部分のみが無効とされることがあるにすぎない(上記最 高裁昭和44年判決参照)から,実定法上の根拠を欠く人的一部無効を認 めることは困難である。このことは,本件選挙のような1選挙区に複数の 定数のある選挙において,仮に,最下位当選人に関する部分のみ選挙を無 効とすれば,再選挙においては,その余の当選人に投票した選挙人も改め て別の候補者に投票することになるため,当初の選挙とは選挙人の意思の 反映の在り方が異なってしまうことからも,やむを得ないといわざるを得 ない。  また,原告らは,本件選挙が無効とされた後に行われる再選挙に伴い様 々な無用の負担が生じる旨主張するところ,本件選挙が無効とされれば, 石巻市においては改めて市議会議員選挙を行なわなければならず,それに 伴い,選挙の管理機関はもちろん,改めて選挙運動をしなければならない 本件選挙における当選人としても,本件選挙におけるのと同程度の費用, 労力等の負担(なお,石巻市の負担については,本件選挙が市長選挙と同 時選挙として行われ,全体として負担の効率化が図られているので,その 点を考慮する必要がある。)を要することは推認するに難くない。しかし ながら,それは,1選挙区に複数の定数のある選挙が無効とされた場合に おいて少なからず生じ得る事態であって,法がそのような事態を想定して いないとは到底考えられないから,法は,法205条所定の要件を充たす 場合には,原告らが主張するような点よりも,民主主義の根幹である選挙 の自由公正の要請を重くみて,選挙を無効にするとの趣旨と解されるので あり,原告らが主張する事由をもって本件選挙を有効と解することはでき ない。 2 本件裁決の手続的違法について (1) 原告らは,被告が本件裁決に当たり実施した本件再点検に違法がある旨   主張するところ,被告が本件裁決に当たり審査申立人を立ち会わせて本件 再点検を実施したこと自体は全当事者間に争いがなく,これに証拠(乙4 ~7,13)及び弁論の全趣旨を併せると,被告は,審査申立人と市委員 会との投票用紙の誤交付に起因する無効票の数に関する主張に差異があっ たため,これを確定するため,市委員会に対し,法216条が準用する行 政不服審査法28条に基づき投票済みの投票用紙の提出を求めた上で,同 法29条に基づく職権による検証として本件再点検を実施したが,その際 ,審査申立人を立ち会わせた事実が認められる。 (2) ところで,法は,所定の開票手続等により選挙人が表明した意思が確定 されることとして,選挙の公正を期しているものというべきであるから, 選挙の効力に関する争訟を審理する選挙管理委員会が,無効票と確定され た投票の内容について,いずれの候補者に対する投票であるかを取り調べ ,又は,個々の投票内容について,いずれの候補者に対する投票であるか までは取り調べないが,当選者に投票したか否か,若しくは落選者に投票 しなかったか否かの限度で取り調べ,それらの結果を選挙人が表明した意 思として取り扱って法205条1項所定の「選挙の結果に異動を及ぼす虞 」の有無を判断することは,実質的に法の定める手続によらずに投票を開 票して候補者別の得票数を確定し直すに等しいものとして,許されない( 前記最高裁平成13年判決参照)。  しかしながら,本件再点検は,再点検時の得票状況を選挙人が表明した 意思として取り扱って,選挙の結果に異動を及ぼすおそれの有無を判断し ようとするものではなく,単に,市長選挙の投票用紙に本件選挙の候補者 名を記載したものが何枚あったか確定しようとするものにすぎず,しかも ,前記1(2)のとおり,(被告の目的には反するが,)そのような投票用 紙を特定しても,それが投票用紙の誤交付を受けた選挙人43名が投票し たものかについてすら,これを確定することができないのであるから,本 件再点検が,実質的に,法の定める手続によらずに開票して候補者別の得 票数を確定し直すものであるとか,投票の秘密を侵害するものであるとい うことはできない。 (3) また,一般に,審査庁が裁決に至る過程においていかなる手続を選択す るかについては,その合目的的裁量に委ねられているところ,検証は投票 用紙の開披再点検に適合的な手続であって,その選択自体を違法というこ とができない。しかも,審査庁が,検証に際し,審査申立人を立ち会わせ ることは,申立てによる検証の場合はもちろん,職権による検証の場合で あっても,審査申立人に手続的機会を与えるものであって,行政不服審査 法がこれを禁じていないことは明らかであるし,被告がなんらかの違法な 目的をもって本件再点検に臨んだことをうかがわせる証拠はなんら存しな い。 (4) さらに,以上の点をさておき,仮に,本件再点検になんらかの違法があ るとしても,前記1(2)のとおり,本件再点検により得られた資料は,投 票用紙の誤交付に起因して論理的に想定し得る最大限の得票の異動が42 票であることにとどまるものであり,本件再点検が実施されなければ,こ れを43票(市委員会の主張を信頼するならば39票)として,選挙の結 果に異動を及ぼすおそれの有無を判断することになったにすぎず,これが 本件裁決(さらには,本判決)の結論に影響を及ぼさないことは計数上明 らかであり,加えて,原告らが主張するところによっても,これが本件裁 決の過程における関係人のなんらかの手続的利益を侵害するものでないこ とにもかんがみると,本件再点検の違法が本件裁決の違法を来すと解すこ とはできない。 (5) 結局,原告らの本件裁決の手続的違法の主張は採用できない。 3 結論  よって,本件裁決が法205条を適用して本件選挙を無効としたのは正当 であり,かつ,本件裁決に手続的違法はなく,本件裁決の取消しを求める原 告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決 する。 仙台高等裁判所第3民事部              裁判長裁判官   佐  藤     康                 裁判官   浦  木  厚  利                 裁判官   畑     一  郎

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