H18. 2.28 青森地方裁判所 平成14年(ワ)第128号 損害賠償請求事件

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地方住宅供給公社の職員による巨額横領事件に関し,横領が行われていた当時の役員又は管理職の善管注意義務違反の有無について判断した事例。 主文 1 被告A8は,原告に対し,386万6905円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 被告A16は,原告に対し,662万8010円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 3 被告A17は,原告に対し,1388万0028円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 4 被告A18は,原告に対し,923万0068円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 5 被告A19は,原告に対し,872万2199円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 7 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告A8,同A16,同A17,同A18及び同A19の負担とし,その19を原告の負担とする。 8 この判決は,第1項ないし第5項に限り仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告A1は,原告に対し,5997万3913円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 被告A2は,原告に対し,1億0669万0317円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 3 被告A3は,原告に対し,16万7077円及びこれに対する平成14年6月7日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 4 被告A4は,原告に対し,104万6602円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 5 被告A5は,原告に対し,5997万3913円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 6 被告A6は,原告に対し,1億0669万0317円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 7 被告A7は,原告に対し,1362万6982円及びこれに対する平成14年6月7日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 8 被告A8は,原告に対し,386万6905円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 9 被告A9は,原告に対し,7854万4314円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 10 被告A10は,原告に対し,6283万3715円及びこれに対する平成14年6月7日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 11 被告A11は,原告に対し,960万5666円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 12 被告A12は,原告に対し,6844万3380円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 13 被告A13は,原告に対し,5432万9536円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 14 被告A14は,原告に対し,1億1521万2653円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 15 被告A15は,原告に対し,720万4250円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 16 被告A16は,原告に対し,662万8010円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 17 被告A17は,原告に対し,1835万8262円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 18 被告A18は,原告に対し,5432万9536円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 19 被告A19は,原告に対し,8001万7738円及びこれに対する平成14年6月6日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要    本件は,原告青森県住宅供給公社(以下「原告公社」という。)の経理事務を担当していたBが平成5年2月23日から平成13年10月3日までの約8年半の間に合計約14億6000万円を原告公社の預金口座から着服横領し,原告公社に対して同額の損害を与えたことについて,原告公社が,上記期間内にそれぞれ原告公社の理事長,監事,副理事長,専務理事,常務理事,総務部長又は総務部課長(上司)の地位にあった被告らに対し,各被告との間の委任契約又は雇用契約に伴う職務遂行上の善管注意義務違反による債務不履行損害賠償請求権に基づき,別紙「請求額一覧表」記載のとおり,各被告の在任期間中に生じた損害金の一部(合計約9億円)とその遅延損害金の支払を求めたところ,被告らが,職務遂行上の善管注意義務違反等がないとして争っているという事案である。    その主たる争点は,被告らの委任契約又は雇用契約に伴う職務遂行上の善管注意義務違反の有無であり,具体的には,①被告らの委任契約上又は雇用契約上の善管注意義務の存否,②適正な人事管理(Bの解雇,配置換え)の懈怠の有無,③仕訳日計表,合計残高試算表等の作成遅滞の是正懈怠の有無と因果関係,④借入金台帳の不備の有無と因果関係,⑤公印管理の杜撰さの有無と因果関係,⑥1億円以上の財産の処分についての規程違反の専決の有無,⑦約定に反した銀行の口座振替手続の是正懈怠の有無,⑧証拠書類との照合義務の懈怠の有無,⑨振替事務後の振替先口座への入金確認義務の懈怠の有無等である。  1 前提事実    以下の各事実は,括弧書きで摘示した証拠により認めることができるか又は当事者間に争いがない。   (1) 原告公社は,地方住宅供給公社法(以下,単に「法」ということがある。) に基づき,昭和41年3月31日青森県により設立された公社としての法人である。   (2) Bによる横領と原告公社の損害    ア 原告公社は,青森県住宅供給公社理事長名義で銀行に12から15にも上る普通預金口座を開設しており,常時合計数億円の預金残高を有していたところ(甲B29の1から9まで),原告公社の経理担当者であったBは,出金予定のある銀行口座に残高不足が生じないようにするため,上司の決裁を得て,十分な残高のある口座から残高の不足する口座への資金移動を行う口座振替事務を担当していた。      口座振替手続は,原告公社と銀行との間の約定に基づき,所定様式の口座振替請求書により行うこととされていたが(乙1の1),実際にはその約定が履行されておらず,銀行備付の一般の普通預金払戻請求書用紙と入金伝票に所定事項を記載し,公印を押捺して同時に提出することにより,所定の振替先口座への預入手続が行われていた。Bは,このことなどを奇貨として,上司らに対しては口座振替手続を行うと虚偽の説明をし,又は上司には無断で,口座振替を装って,銀行備付の普通預金払戻請求書用紙を利用して現金の払戻しを受け,これを他の口座へ預け入れることなく,そのまま着服横領した。    イ Bは,いずれも上記の方法により,別紙「横領目録」記載のとおり,平成5年2月23日から平成13年10月3日までの約8年半の間,186回にわたり,原告公社の預金口座(平成4年度は株式会社C銀行のD支店,平成5年度以降は株式会社E銀行のF支店にそれぞれ開設されていた預金口座〔甲B16の1から186まで,甲B87,88〕)から合計14億5941万3985円を払い戻して着服横領し,原告公社に対し,同額の損害を与えた(以下「本件横領」という。)。   (3) 被告らが原告公社の役職員であったこと等    ア 被告らは,別紙「役職一覧表」記載のとおり,平成4年度から平成13年度までの間,それぞれ原告公社の理事長,監事,副理事長,専務理事,常務理事,総務部長又は総務部課長の地位にあり,Bのいわゆる上司であった。    イ なお,各被告の在任期間に対応したBの本件横領金額は,別紙「請求額一覧表」の「横領金額」欄記載のとおりであった。  2 原告公社の主張   (1) 理事長であった被告A1及び同A2の責任並びに副理事長であった被告A7,同A8,同A9,同A10及び同A11の責任    ア 理事長の職務遂行上の善管注意義務の存在      理事長であった被告らと原告公社との間には委任契約が成立しており,原告公社に対して職務遂行上の善管注意義務を負っているところ,理事長は,職員が違法な行為に及ぶことを未然に防止すべく,内部統制体制を機能させ,法令遵守体制を機能させる義務がある。    イ 副理事長の職務遂行上の善管注意義務の存在      原告公社の処務規程8条は,理事長不在のときの副理事長の代決権を定めているところ,理事長の代決権を有するということは,理事長不在のときに所定の案件につき処理をすることを指すものである。このような上記理事長の代決権の規程並びに定款7条2項の「補佐」の文言によれば,副理事長の職務は,理事長の職務全般にわたりその仕事を助ける職務であると解される。したがって,副理事長には,理事長を補佐したり,職員らに経理等に関する規程を遵守させるなどして適切に内部統制システムを機能させ,経理担当職員の不正行為を未然に防止すべき善管注意義務がある。   ウ そうであるのに,理事長又は副理事長である被告らは,以下のとおり,善管注意義務を怠った。     (ア) 人事管理の懈怠       原告公社においては,主要な経理業務が,長年にわたり休暇や欠勤が多くて勤務態度の悪いB一人に任せきりにされていたのに,これを是正するような人事やBに代わる経理に精通した職員の育成を行わず,他の経理職員による二重の点検も実施せず,放置していた。       理事長又は副理事長である被告らは,経理部門を支出の面でも決算の面でも事実上B一人に任せきりにしていたことを把握し,せめて専務理事らをして経理部門からBを配転させる人事を実現させるべきであった。     (イ) 金銭出納帳,仕訳日計表の作成遅滞の是正懈怠      a(a) Bは,自分一人で経理業務を事実上取り仕切るような状態にあることを利用して,支出振替伝票,仕訳日計表及び金銭出納帳の作成を故意に遅らせ,架空出金分が正常経理分に紛れて発覚しにくいようにまとめて作成し,それ以後の経理上の訂正が不能になる経理用パソコンの「月締め処理日」についても,これを自分の都合の良い日に選んで適宜実行するようになり,そのため原告公社においては本来は毎日作成すべき仕訳日計表の作成が1か月から2か月も遅れることが珍しくなく,長いときには半年間も作成されないままで放置されていた(甲B98,甲D30の8頁,31の10頁)。      (b) 原告公社においては,金銭出納帳に関するデータがコンピュータに入力されているが,そのコンピュータには,パスワードを知らされている会計担当者のみがアクセスすることができるにすぎない。経理担当者以外の者は,常勤理事,総務部長及び総務部課長も含めて,会計処理のデータを見ることができず,印刷された書類を見て初めて金銭出納帳を見ることができたのであるから,単にデータが入力されているというだけでは金銭出納帳が原告公社に備え付けられていたと評価することはできない。      (c) にもかかわらず,原告公社においては,コンピュータに入力された金銭出納帳の経理情報を年に数回しか印刷処理(出力)せず,平成9年度には1回も印刷処理をしなかったのであるから,金銭出納長の作成・管理が杜撰であったというべきである。      b(a) 仮に常時直近の印刷した金銭出納帳を備えておけば,その金銭出納帳にはBが入力した架空の振替伝票の伝票番号・摘要・科目・出金額が記載されていたから(甲B25の1),その支出の振替伝票や仕訳日計表(甲B79の1等)との確認・照合をすることにつながり,より容易に本件横領を発見することができたはずである。      (b) また,毎月金銭出納帳を直ちに印刷処理しておくように指導し,これを実行させることにより,照合する振替伝票と仕訳日計表等の量が少なくなるから,第三者による振替伝票やその証拠書類との点検作業が容易になり,その点においても,不正行為を発見しやすくなっていたはずである。      (c) さらに,原告公社の経理用コンピュータにおいては,振替伝票の入力と仕訳日計表や金銭出納帳への記帳が連動しているため,いわゆる月締めの処理をしてしまうとそれ以降の帳簿操作が不可能となるから,会計規程の定めに従って金銭出納帳を作成(印刷)するとともに,支出を仮装した架空の振替伝票やその証拠書類を点検確認するような本来の経理体制を機能させていれば,容易に本件横領を発見することができたはずである。       (d) 以上によれば,金銭出納帳や仕訳日計表の作成遅滞等とBの横領との間には因果関係がある。     (ウ) 合計残高試算表の作成遅滞の是正懈怠      a 原告公社の会計規程37条によれば,出納員(総務部長)は,毎月末現在で合計残高試算表(甲B27から28の6まで。総勘定元帳のすべての勘定科目について,その残高及び借方記入の金額の合計額と貸方記入の金額の合計額を記入したもの)を作成し,理事長に提出しなければならないとされていたが,その提出がされていなかったし,その作成が本来の期限に遅れていた。        したがって,被告らは理事長又は副理事長として総務部長に対し,合計残高試算表の提出を要請し,合計残高試算表が提出されないときには,その遅滞の理由を問い質すべき義務があったのにこれを怠り,このような出納員(総務部長)の職務違反行為を是正する措置を何ら取らなかった。      b 原告公社の経理用コンピュータにおいては,月締めの処理がされると,合計残高試算表と金銭出納帳とを同時に印刷処理することが可能となるから,理事長である被告らが合計残高試算表の提出義務の履行を指示していれば,同時に印刷される金銭出納帳の作成や,仕訳日計表の作成が大幅に遅滞しているなどの異常な経理事務の実態が順次判明していたはずである。そして,そのような経理事務の遅滞の発見を契機として,常勤の理事や総務部長等をして合計残高試算表と総勘定元帳との照合,総勘定元帳と仕訳日計表との照合,仕訳日計表と振替伝票との照合,振替伝票と証拠書類との照合を順次促す効果があり,これらにより不正を見抜くことは可能であったはずである(甲B95,甲F3の1から3まで)。したがって,合計残高試算表の作成遅滞の是正懈怠と本件横領との間には因果関係がある。     (エ) 借入金台帳の整備の懈怠       原告公社においては,常時備えるべき借入金台帳の整備がほとんどされていなかったのであるから,その整備を促す措置を取るべきであった。     (オ) 公印の管理杜撰       原告公社においては,日中は施錠されていない事務室のキャビネットの上に公印が置かれていたなど,公印の管理が杜撰であった。     (カ) 1億円を超える財産の処分を専務理事が専決した規程違反       原告公社においては,1億円を超える財産の処分については,専務理事の専決権限を越えるために理事長が決裁すべきものとされていたが(甲A3・処務規程7条1項),Bがその犯行を隠ぺいするために平成10年度から平成12年度までの決算時に不正に作成した1億円を超える資産の修正伺について,理事長ではなく,専務理事がこれを決裁していた。このような規程違反の専決について是正措置を取らなかった点について,理事長又は副理事長である被告らには善管注意義務違反の責任がある。       なお,原告公社における財産とは,貸借対照表に記載されている資産,負債及び資本をいうのであり(甲F3の1から3まで),Bが起案した宅地再評価及びこれに係わる原価見返勘定(公社会計基準の一つとして認められ,分譲事業が継続している間は実際に生じた利益はこの勘定科目に集約される扱いがされている〔甲B14〕。)の修正は,原告公社の処務規程が理事長の決裁を必要としている「1億円以上の財産の処分」に該当する。つまり,宅地の再評価は貸借対照表の長期事業資産若しくは有形固定資産の修正を示し,原価見返勘定は貸借対照表では負債の部に記載され,どれも原告公社の財産であるし,しかも原価見返勘定を減額修正することは,原告公社の利益剰余金の減額すなわち公社財産の処分に相当するから,専務理事の専決権限を越えているというべきである。     (キ) 銀行に対して約定の預金払戻手続の遵守を要請すべき義務の懈怠      原告公社内部においては,E銀行との業務委託契約書等で使用することとされていた原告公社専用の「支払請求書又は口座振替請求書」を用いず,銀行備付の一般の普通預金払戻請求書等に公印を押す方法により原告公社の口座から預金を払い戻すとともに,一般の預金入金伝票を提出して別の預金口座に入金して振替事務を行うという処理を実行しており,そのような処理が可能であることが認識されていた。      したがって,理事長又は副理事長である被告らとしては,E銀行に対して業務委託契約に違反した預金払戻処理をしていることを指摘して正常化を図るべき義務があったのにこれを怠った。特に原告公社は,E銀行との業務委託契約によれば,同銀行に対して定期に又は臨時に委託業務の処理に関する報告を求めたり,委託業務に関する業務の処理状況を監査することができるとされていたのであるから(乙1の1・業務委託契約書8条,9条),理事長又は副理事長である被告らはこれらの措置を取るべき義務があったのにこれを怠った。    (ク) 振替事務後の振替先口座への入金確認の懈怠      原告公社については上記のとおり業務委託契約及び同実施要領に基づかないで預金払戻及び入金の同時処理をして口座振替をするという方法を取っていたのであるから,現金が払い戻されたまま入金されないという不正行為が行われる危険性を予測し,理事長又は副理事長である被告らとしては,少なくとも払戻しと入金の処理が普通預金払戻請求書及び普通預金入金伝票記載のとおり適正に行われたかどうかを事後的に点検し,又はその点検を部下に命ずるべき義務があった。Bが行った口座振替事務については誰か一人が実際に口座振替がされる二つの通帳を照合して振替入金の有無を点検していれば容易に本件横領を発見することができたものである。そうであるのに,原告公社においては,10年間以上も振替先口座への入金確認を全くしていなかったものであり,理事長又は副理事長である被告らには,そのような入金確認の懈怠を是正する措置を取らなかったという点においても,善管注意義務違反の責任がある。   (2) 監事であった被告A3,同A4,同A5及び同A6の責任    ア 監事の善管注意義務違反      監事は原告公社との間で委任契約に基づき善管注意義務を有するところ,監査の際,理事長と同様に①金銭出納帳,仕訳日計表,合計残高試算表の作成遅滞の是正遅滞,②借入金台帳の不備,③公印管理の杜撰さ,④1億円以上の財産の処分についての規程違反の専決,⑤約定に反した銀行の口座振替手続の是正懈怠,⑥振替先口座への入金確認の懈怠について,これらを指摘すべき義務を負っていた。しかし,被告らは,これらを怠った。      また,監事である被告らは,⑦原告公社が何ら必要もないのに常時数億円の残高のある普通預金を漫然と維持してきたことについても是正意見を述べるべきであったのにこれを怠った。      なお,被告らが非常勤かつ無報酬であったとしても,監事として原告公社の業務を監査する職責があることに変わりはないから,その職責の遂行過程において,通常発見し得る経理上の不正を発見し得なかったとき及び不正を発見したのにこれを是正する措置を取らなかったときは,監事として職務遂行上の善管注意義務違反の責任を負う。    イ 監査補助に関しての過失      監事である被告らは,自らの責任において県出納局と建築住宅課に原告公社に対する監査の補助を行わせていたものであり,その青森県出納局と建築住宅課による監査補助においては,①財務諸表と各種帳簿類との照合,②貸借対照表及び財産目録における預金残高と預金通帳,預金証書等の残高等との照合,③預金通帳,定期預金証書,有価証券等の保管状況の確認,④各種証拠書類の確認等が行われるものとされており,例年11月には中間監査補助が,5月には決算監査補助が行われていた。      そうであるところ,上記監査補助においては,通常の各種帳簿書類等と証拠書類との照合を無作為に抽出した経理行為について実施し,又は口座振替事務における振替先口座への入金確認を実施すれば,容易にBの本件横領を発見することができたのにもかかわらず,これを発見することができなかった。青森県自体も,本件横領に関し,経理課長及び建築住宅課長に対して懲戒処分をし,出納局監査補助者及び建築住宅課監査補助者に対して厳重口頭注意をしており,県による監査補助が適正ではなかったことを認めている。したがって,上記監査補助には,過失があったというべきである。      そして,監事は,そのような履行補助者である監査補助者の過失については,自ら過失を犯したものと評価されるべきであるから,善管注意義務違反の責任を負う。   (3) 専務理事,常務理事であった被告A8,同A12,同A13,同A14及び同A15の責任    ア Bの解雇・配置換えの懈怠     (ア) 専務理事は理事の一人として原告公社に対して職務遂行上の善管注意義務を負うところ,専務理事の専決事項には,「総括主幹以下の人事に関すること」が含まれている。また,常務理事は,専務理事を補佐して原告公社の業務を掌理し,専務理事不在のときには代決することができるものとされているから,専務理事と同様の善管注意義務を負っている。     (イ) 被告A8,同A12,同A14及び同A15は,専務理事又は常務理事の地位にあった間のBの休暇,欠勤の多い勤務態度等から,理事長に進言してBの解雇処分を決定すべきであった。少なくとも,勤務状態についてB本人から事情聴取をするとともに,他の部門への人事異動を積極的に推進すべきであった。     (ウ) 特に被告A8(平成6年4月1日から平成8年3月31日まで在任)は,次のような具体的事情があったから,理事長に対し,Bに対する解雇又は配置換えを進言すべきであった。      a Bは,昭和59年11月ころ見合い結婚したが,毎晩のように外で飲んで帰宅することが主な原因となって昭和62年1月に協議離婚した。この後,いわゆるサラ金からの借金を一度父に整理してもらった。      b さらにBは,その後も遊興費に事欠き,サラ金から借金して飲み続け,昭和63年ころにはサラ金6社からの借入れ総額が約400万円になった。支払が遅れると勤務する原告公社にまで取立てが来るようになり,免職になることを恐れ,再び父に頼み込んで借金の尻拭いをしてもらった(甲E2の6頁)。      c その後,Bは,原告公社に昭和62年4月1日から臨時職員として勤務していた女性と知り合い,昭和63年新年会のときプロポーズをして,同年5月ころから同棲し,同年10月31日に入籍した。その同僚女性の記憶では,結婚後3回も父にサラ金の借金の尻拭いをしてもらっていた(甲D35)。サラ金の借金の支払が滞ると催促の電話が来ることなどから,Bは急に家出をして,勤務先の原告公社を無断欠勤していた。1回目と2回目は,1週間から2週間の所在不明であって,その間は全くどこに行っていたか分からない状態であった(甲D35)。      d 同僚女性との結婚後3回目の借金の際には,Bは,平成6年7月ころから2か月間も所在不明になった。Bは,サラ金1社の借金を父に対して話していなかったため,そのサラ金の返済をすることができず,自宅や原告公社に取立ての電話がかかってきて,今更父に頼めなくなり,家出をして約2か月もの間,原告公社を無断欠勤した。Bは,青森市に戻り,原告公社の上司らから説明を求められてサラ金の借金の経過等について正直に告白したが,当時の専務理事であった被告A8は,Bの従姉妹の夫で原告公社の前の専務理事を務めていたGの取り成しにより平成6年9月6日付けてん末書(甲B1の6)を提出させたのみで解雇を免れさせた(甲E2,甲C18)。      e 平成6年10月,Bは,同僚女性に見放されて2度目の協議離婚をした。昭和63年から平成6年10月までの2度目の結婚生活の間,Bは,原告公社の上司や同僚とよく飲み歩き,自宅にも上司らを招いて飲んでいた。したがって,Bの2度にわたる離婚,何度にもわたるサラ金からの借金,無断欠勤などは原告公社の職員にも十二分に知れ渡っていたものと認められる。      f このように被告A8が専務理事在職中の平成6年4月から平成8年3月までのBの不良な生活状況,勤務状況に照らせば,被告A8は理事長に対し,Bの解雇を進言するか,少なくともその経理部門以外への配置転換を進言すべきであった。そうであるのに被告A8は,これを怠ったから,善管注意義務違反の責任がある。     (エ) また,被告A12(平成8年4月1日から同年7月28日まで及び平成9年4月1日から平成12年3月31日まで在任)についても,以下の具体的事情に照らせば,B一人に経理を任せきりにする体制を改めるべきであった。      a Bは,平成9年から平成11年まで3年連続で年次休暇を目一杯取得していた上,欠勤も平成9年度及び10年度には各13日,平成11年度には26日にも及んでいる。このため,被告A12自身がBに対し,年2回の賞与における勤勉手当支給期間率を原告公社の職員の中で唯一の減率評価をしている(甲B49から54まで)。      b また,Bは,決算時等の繁忙期を除けば,ほとんど仕事らしい仕事をせず,原告公社のパソコンを使って朝からインターネットで為替レートを確認するのが仕事であるかのような毎日を過ごしていた。部長や課長に対して外出理由を特に説明報告することもなく,ふらりと原告公社を出て行って何時間も戻らないということも日常茶飯事であった(甲D11,12)。      c Bは,昼時には週に2,3回又は毎日のように経理事務担当者を連れて食堂に行き,全員の食事代を常時一人で支払っており,経理担当者の一部には,そのようなBの金回りの良さについて疑念を抱いていた者もいた(甲D11,37)。      d 上記のような状態であるのに被告A12は,前記在任期間の途中において亡H常務理事及び副理事長となっていた被告A8が平成9年4月からBを企画課に配置換えする人事をしていたのに,その後にB抜きでは5月の決算事務が進まないことなどから実質的には従前と同様にBに経理事務を担当させ続け,更にはBを平成10年4月からは元の経理事務に戻したのであるから,職務遂行上の善管注意義務違反の責任がある。     (オ) さらに,被告A13(平成12年4月1日から平成13年12月5日まで在任)についても,平成6年度以降のBの生活・勤務態度に照らせば,少なくとも経理部門から配置換えをし,それにより予想される経理面の不都合については,経理事務所からの人材派遣等によりBに代わる職員の人材育成に努めるべきであった。これらを一切しなかった被告A13もまた,善管注意義務違反の責任を免れない。       なお,被告A13は,平成13年11月30日,本件横領事件を審査するために開催された青森県議会の建設公営企業常任委員会に参考人として出席し,委員からの質問に対し,「今回の事件は,公印の管理や経理上の点検体制の不備といった内部管理事務の管理運営体制の問題から生じたものであり,このような内部管理事務を統括する責任者として,このたびの巨額な事件の発生を未然に防止できなかったことを深刻に受け止め,深く反省し,私の責任を痛感しております。」(甲G35の5頁),「内部チェックが随時証拠書類と全てチェックしておりますと,確かにチェック出来たと思います。その点につきましては,チェック体制の不十分さ,そういうものはあったと考えておりまして,」(同9頁),「伝票書類と架空の伝票で入力されたわけですが,伝票書類と証拠書類との突合していなかったと,そういう事と同時にもう一つは公印の管理の問題,そういう事で内部管理体制が十分でなかった,機能していなかった,という事が大きな原因だと考えております。」(同30頁)などと述べていたのであり,その責任を認めていたはずである。    イ 金銭出納帳,合計残高試算表の作成遅滞及び公印管理の杜撰さ等      理事長であった被告らに対して主張したとおり,専務理事又は常務理事であった被告らは,①金銭出納帳,仕訳日計表の作成遅滞の是正懈怠,②合計残高試算表の作成遅滞の是正遅滞,③借入金台帳の不備,④公印管理の杜撰さ等,経理事務処理のいわゆる「いろは」が全く守られていないことについて注意・指摘をすべきであったのに,これを怠った。      報酬を受給して常勤の理事の地位にあった被告らが,このような状況に気付かずに是正措置を取らなかったこと自体がその職責上要求される善管注意義務に違反しているものである。    ウ 専決規程違反及び虚偽の決算整理伝票を見抜けなかったこと      平成10年度から平成12年度において,Bは数億円に達した横領を隠ぺいするため,1億円を超える資産について虚偽の決算整理伝票を起票した上,修正伺を起案し,専務理事であった被告A12,同A13及び同A14はこれを最終決裁している。1億円を超える財産処分に関することについて,専務理事には専決権限がなかったのであるから,これは,単にBの虚偽の起票,起案を見抜けなかった点において善管注意義務違反があるにとどまらず,権限外の措置を取った点においても違法な職務執行として,善管注意義務に違反する。    エ 証拠書類との照合指示義務      専務理事又は常務理事である被告らが証拠書類との照合を部下に指示していれば,本件横領を容易に防止し,発見することができた。      被告A13は,前記のとおり,平成13年11月30日に開催された青森県議会の建設公営企業常任委員会において証拠書類との照合をしなかったことが根本的な落ち度であったことを認めていた。    オ 銀行に約定の預金振替手続の遵守を要請する義務      前記のとおり,専務理事又は常務理事であった被告らも,銀行に対し,約定に従った預金振替手続を遵守するよう要請すべきであった。    カ 振替先口座への入金確認の懈怠      Bの供述によれば,専務理事や常務理事は多額の普通預金があることを認識していたのであるから,被告らが内部統制体制を機能させるべく一度でも自ら又は部下に命じて口座振替先への入金確認を実施しておけば,横領の事実を容易に防止し又は発見することができたはずである。そうであるのに,専務理事又は常務理事であった被告らはこれらを怠ったのであるから,善管注意義務違反の責任がある。   (4) 総務部長であった被告A16,同A17及び同A18の責任    ア 総務部長の善管注意義務      総務部長は原告公社の職員であり,雇用契約上善管注意義務を負っているところ,原告公社の就業規則においては,故意又は重大な過失によって原告公社に損害を及ぼしたときは,情状により損害の全部又は一部を賠償させることができる旨が定められている(甲A2・就業規則44条)。    イ 人事配置,人材育成に関する重過失      総務部長はBの身近な上司の一人であり,Bの異常な欠勤状況等を直ちに把握することができる立場にあったのであるから,せめてBを経理事務から離れさせ,B以外に経理を任せることのできる職員を育成すべきであった。      被告A16は,平成6年8月にBが長期欠勤した際,Bから欠勤の理由を聞き,Bのサラ金からの借金や暴力団員との接触の事実も把握していたのであるから,原告公社の経理を全面的にBに任せるのではなく,経理の適正化を図るための措置を取るべき義務があったのにこれを怠った。      被告A17及び同A18については,少なくともBに対して原告公社の経理を全面的に白紙委任している状況を漫然と放置するのではなく,他の経理職員に対してB本人の職務についても点検できる人事配置又は人材育成をすべきであったのにこれを怠った。    ウ 経理事務に関する重過失     (ア) 原告公社においては,理事長に対して主張したように,毎日の仕訳日計表の作成,合計残高試算表の作成や金銭出納帳の備付けなど,会計規程に定める原則に従った経理処理が全くされていなかった。       総務部長は,原告公社の現金の出納及び保管を行う出納員であり,公印の看守者でもあるから,金銭出納帳,合計残高試算表及び仕訳日計表の早期作成の励行を確立し,公印を適正に管理すべきであったのに,これらを怠った。これらは過大な手間を要せずに行い得るものであるから,被告らには重過失がある。     (イ) 証拠書類との照合義務の懈怠       Bは,架空の振替伝票により架空支出を装ったのであるが,振替伝票の照合作業は,1か月分でもこれを1日で行うことが可能な作業量であり(甲B96,97),さほど時間を要するものではないから,総務部長である被告らが一度でも証拠書類との照合作業を行えば簡単にBの横領の事実を発見することができたはずである。     (ウ) 振替先口座への入金確認の懈怠       また,Bは,横領をするに当たり,大半は口座振替の手続をする旨を上司に対して告げており,総務部長である被告らは払戻先の通帳と振替先の通帳の照合をしさえすればBの犯行を容易に発見することができたはずである。担当者以外の第三者による通帳の照合作業は会計原則から当然のことであり,これは,出納員(総務部長)及び副出納員(総務部課長)に命じられた者の職務上の義務と解される。     (エ) また,総務部長である被告らは,E銀行に対し,原告公社との間の約定に従った振替手続を遵守するように要請すべきであった。   (5) 総務部課長であった被告A19の責任    ア 総務部課長の善管注意義務違反      総務部課長は,原告公社の職員として雇用契約上の善管注意義務を負い,就業規則によれば,故意又は重過失により原告公社に損害を及ぼしたときは,情状により損害の全部又は一部を賠償させられることがあるとされている。      なお,確かに被告A19は,平成11年度は庶務担当であり,経理担当ではなかったが,同年度に原告公社の副出納員を命ぜられており,会計規程上は出納員である総務部長を補助し,原告公社に係る現金の出納及び保管を行う事務に関与すべきこととされていた(甲A6・会計規程6条の4)。したがって,Bの直属の上司として監督義務がないということはできない。    イ 経理事務に関する重過失      総務部課長はBの直属の上司であるから,Bの勤務状況をよく把握することができたはずである。また,理事長に対して指摘したように,金銭出納帳,合計残高試算表及び仕訳日計表を速やかに作成させ,公印を適正に管理し,会計書類と証拠書類とを照合する,振替先口座への入金を確認する,銀行に対して約定に従った振替手続の遵守を要請するなどの運用を実施していれば,Bの横領行為を容易に防止することができたはずである。      したがって,総務部課長であった被告A19は,出納員である総務部長を補佐する立場から総務部長と同様の監督責任があり,上記のような措置を全く取っていなかったことについては職務上の重大な過失がある。   (6) 各被告の賠償額    ア 被告らは,職務遂行上の善管注意義務違反により,いずれも在任中に発生した原告公社の損害の全額につき賠償責任を負うものと解される。しかし,被告らの責任は過失に基づくものであり,故意に原告公社の巨額の現金を領得したBと同列の責任を問うことも酷であるから,以下の基準により被告らの責任範囲を定め,請求をすることとする。     (ア) 各年度ごとに,      a 理事長,監事,副理事長      b 専務理事,常務理事      c 総務部長,課長      の各グループに分けて,各グループごとに損害の負担割合を定める。     (イ) 各被告の負担額は,(ア) の割合により算定された額に対し,原則としてそのグループ内の被告らにより,平等の頭割りとする。     (ウ) 各グループの負担割合は以下のとおりとする。      a 上記aのグループは2割。        ただし,平成10年度から平成12年度は4割。      b 上記b及びcのグループは1割。        ただし,平成10年度から平成12年度は2割。     (エ) 兼務者に対しては二重には請求しない。    イ 以上に基づいて各被告の負担すべき損害額を算定すると,以下のとおりとなる(その内訳は,別紙「請求額一覧表」記載のとおりである。)。     (ア) 被告A1              5997万3913円     (イ) 被告A2            1億0669万0317円     (ウ) 被告A3                16万7077円     (エ) 被告A4               104万6602円     (オ) 被告A5              5997万3913円     (カ) 被告A6            1億0669万0317円     (キ) 被告A7              1362万6982円     (ク) 被告A8               386万6905円     (ケ) 被告A9              7854万4314円     (コ) 被告A10              6283万3715円     (サ) 被告A11               960万5666円     (シ) 被告A12              6844万3380円     (ス) 被告A13              5432万9536円     (セ) 被告A14            1億1521万2653円     (ソ) 被告A15               720万4250円     (タ) 被告A16               662万8010円     (チ) 被告A17              1835万8262円     (ツ) 被告A18              5432万9536円     (テ) 被告A19              8001万7738円     (ア)~(テ)の合計額          9億0754万3086円   (7) まとめ     よって,原告公社は,被告ら各自に対し,委任契約(理事長,監事,副理事長,専務理事又は常務理事であった被告ら)又は雇用契約(総務部長又は総務部課長であった被告ら)の債務不履行(職務遂行上の善管注意義務違反)による損害賠償請求権に基づき,それぞれ上記金額及びこれに対する本件訴状送達による催告日の翌日(被告A1,同A2,同A4,同A5,同A6,同A8,同A9,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18及び同A19については平成14年6月6日,同A3,同A7及び同A10については平成14年6月7日)から各支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。  3 被告らの主張   (1) 理事長であった被告A1及び同A2の主張    ア 理事長の善管注意義務の内容     (ア) 被告らは当時は青森県副知事の現職にあったものであり,いわば充て職として原告公社の理事長の職に就いていた上,その理事長職は非常勤かつ無報酬であり,ほかにも複数の原告公社の理事長の職を兼務していた。       そのような事情を前提として被告らに対する理事長職の委任がされていたのであるから,その委任の範囲はかなり限定されたものであると考えるべきであり,本来理事長に課されている職務ないし善管注意義務の大部分は,実際には理事長に対しては委任されておらず,専務理事以下に対して一任してもよいとの趣旨であったと解すべきである。     (イ) そもそも,理事長と原告公社との関係は委任契約そのものではなく,善管注意義務の程度は民法上の義務の程度とは異なると解すべきである。       また,原告公社の事務に関する具体的な権限と責任の所在・範囲は,処務規程,会計規程等の定めるところによるべきであり,理事長が部下の不正を予見してすべての業務執行を把握し,あらかじめ是正措置を講ずることを期待するのは現実的でない。部下の不正行為については,部下の業務執行の内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情のない限り,理事長が監督義務懈怠の責任を負うことはないと解すべきである(大阪地判平成12年9月20日参照)。被告らが実際に行う職務は,主に5月に開催される理事会に出席して前年度の決算について審議をすることと,3月に開催される理事会に出席して翌年度の事業計画及び資金計画等について審議をすることであったが,この過程においてBの業務執行の内容に疑念を差し挟むような事情はなかった。したがって,理事長であった被告らには善管注意義務違反がない。    イ 具体的な注意義務違反について     (ア) 人事管理の懈怠について       人事配置に関しては,総括主幹以下の人事は専務理事,職員の事務分掌は総務部長の専決事項であり,その責任で行われるべきことである。非常勤の理事長たる被告らが,個々の職員の勤務態度について把握することは不可能である。また,Bの勤務態度が悪いこと,B一人に長年にわたり経理業務が任されていたことといった,被告らが具体的な指示を出さなければならないような特段の事情は,被告らに対しては伝えられていなかったのであるから,理事長であった被告らには善管注意義務違反の責任がない。       なお,原告公社の経理業務は,各年度ごとに定められる事務分担に従って分業体制で遂行されており,B一人に対して経理業務を任せきりにしていたわけではない。     (イ) 金銭出納帳,仕訳日計表の作成遅滞の是正懈怠について      a 原告公社の経理処理においては,振替伝票の作成時に経理処理データがコンピュータに入力されており,それをいつでも金銭出納帳の形式で出力できる仕組みであったから,データの形式で金銭出納帳が作成されていたとみてよい。        金銭出納帳は,平成5年度以前は手書きの帳簿で作成されるのが通常であったが,そのときの帳簿は,締め処理がされていなくても金銭出納帳と呼ばれるものであるから,コンピュータに記録されているデータが出力されていない状態と実質的に異ならない。      b そうでないとしても,そもそも金銭出納帳は,担当者が作成・管理するものであり,理事長が直接これらを管理するものではないから,理事長である被告らには善管注意義務違反の責任がない。      c また,金銭出納帳が早期に作成(印刷・出力)されていたとしても,その正確性を点検するには証拠書類との照合をしなければならないところ,金銭出納帳と預金通帳等との照合が行われる可能性があったのであれば,Bは横領の後すぐに隠ぺいのための経理処理をしたであろうから,仮に金銭出納帳を早期に作成するように努めていたとしても,Bの不正行為を発見することはできなかったものと考えられる。したがって,金銭出納帳の作成遅滞とBによる本件横領行為との間には因果関係がない。      d なお,原告公社においては日々のデータ入力自体は毎日励行されていた。仮にデータの入力自体が遅れており,それを被告らが毎日励行するように部下に指導していたとしても,Bは現金横領を隠ぺいするための架空伝票の入力を素早く行って犯行を早く隠ぺいするだけのことであるから,本件横領の防止発見にはつながらない。したがって,仕訳日計表の作成遅滞と本件横領との間にも因果関係がない。     (ウ) 合計残高試算表の作成・提出の懈怠について      a 理事長である被告らに対する原告公社からの委任の範囲は,毎月の合計残高試算表の検討という日常的な業務を含んでいないものと見るべきであるし,また,理事長に対する合計残高試算表の提出が求められているのは,原告公社の経営状況(資産と負債の概要)を把握するためであり,理事長自らが不正はないかなどと点検をするという趣旨ではないから,理事長には合計残高試算表の作成・提出を指示をする義務がない。      b また,合計残高試算表には,原告公社の資産負債の総額が記載されているだけであって,個々の経理処理の証拠書類まで添付されているものではないから,仮に合計残高試算表が毎月提出されていたとしても,Bの不正を発見することは不可能である。仮に,合計残高試算表の作成を促す措置を取っていたとしても,Bはそれほどの時間を要することなく合計残高試算表を作成して提出したと考えられる。したがって,合計残高試算表の作成・提出の懈怠とBの横領との間には因果関係がない。      c Bの横領を見抜くには,振替伝票及びその支払の根拠となる証拠書類を照合することが必要であるが,取引内容(振替伝票)をコンピュータに入力する業務と,振替伝票と仕訳日計表等とを照合する日次の締めの作業をBが一人で兼任していたため,この点検機能が働かなかったのである。     (エ) 借入金台帳の整備の懈怠について       原告公社においては借入金台帳を備え置かなければならないこととされているが,実務的には総勘定元帳や合計残高試算表をもってこれに代える処理がされており,それで足りている。       借入金台帳は,借入金の明細を表示するだけのものであって,これが作成され点検されたとしても,Bの横領を発見することは不可能であるから,借入金台帳の不備と横領との間には因果関係がない。     (オ) 公印,普通預金通帳の管理・点検について      a 公印,預金通帳の管理は総務部長の権限と定められており,個々の事務に関する具体的な権限と責任の所在・範囲はこれらの規定の定めるところによるべきである。これらは,日常の経理業務の一環として行われるべきものであって,理事長である被告らには善管注意義務違反がない。      b 平成12年5月までのBの横領行為の際の公印の押捺は,原告公社の出納員や副出納員であった被告らの了承を得て行っていたものであり,公印が施錠された金庫に保管されていたとしても結果に変わりはなかったはずである。また,平成12年5月以降は,勝手に公印を押捺していたが,Bは平成10年度から公印看守という業務の副担となっており,必要と判断した場合には金庫を開けてでも公印を押捺することができた。したがって,公印の保管状態とBの横領行為との間には因果関係がない。 c 通帳の残高確認をすれば容易に横領を発見することができたという原告公社の主張は,Bの横領の手口を認識してから初めて事後的に指摘することができるものであって,手口が分からない当時においては,Bの横領を発見するための確認作業をせよというのは,いわゆる口座振替後の預金通帳の点検のみならず,個別の支出及び収入のすべての会計行為について証拠書類との照合を事後的に行うように求めることを意味する。しかし,そのように事後的な確認作業を日常業務と重複して別人が包括的に行うことは,業務の効率性を阻害し,現実的には実施困難であった。したがって,理事長である被告らにそのような別人による包括的な事後確認作業を部下に命ずる義務はなかった。     (カ) 1億円を超える財産の処分について       Bが横領行為の隠ぺいのために行った決算時点での修正伺は,年度末決算における勘定科目の振替にまつわる修正であり,その修正自体によって,原告公社の資産が増減するものではない。したがって,この修正を専務理事の決裁で行うことは,原告公社の処務規程7条1項による専務理事の専決の規定に違反するものではない。       すなわち,「処分」とは「売り払い,交換渡し,譲与,信託,取りこわし等のように財産に関する所有権その他の財産権を消滅させる行為(離権行為)をい」い,原告公社の主張する「資産の修正伺」は原告公社内部の勘定科目の修正であり財産権の移転を伴うものではないから,「処分」に当たらず,これを専務理事が決裁しても原告公社処務規程に違反しない。    ウ E銀行の業務委託契約と予見可能性の不存在      原告公社においては,支払は原則として理事長名義の支払請求書及び銀行振込通知書によって行われることになっており(甲A6・会計規程18条),出納員から現金で支払が行われていたのは,役職員の旅費,会議負担金,香典等の交際費,年末調整による税金還付金,給与改定による差額の支給だけであった。      上記のような原告公社内部の体制を完結させるため,原告公社は,預金口座を開設し資金の収納と支出の業務を委託する金融機関であるE銀行との間で業務委託契約を締結しており,E銀行は,原告公社から送付される所定様式の「支払請求書」又は「口座振替請求書」に基づくことなく原告公社の預金からの支払をしないことになっていた。Bから所定様式の「支払請求書」ではない一般の「普通預金払戻請求書」又は「預金払戻請求書」による預金の払戻しの請求を受けた場合には,E銀行は払戻しを拒否すべきであったが,上記業務委託契約に違反して払戻しをしてしまったのである。      そうであれば,E銀行が原告公社の預金からの支払をするとは想定できないものであり,したがってまた,BがE銀行から原告公社の預金の払戻しを受けること自体も予見することができないものであるから,理事長である被告らにとって本件横領行為を予見することができなかった。   (2) 副理事長であった被告A7,同A8,同A9,同A10及び同A11の主張    ア 副理事長に職務権限がないこと     (ア) 原告公社には副理事長の具体的な職務及び権限を定めた規程がなく,原告公社が責任原因として主張する点は,副理事長の専決事項又は掌握事務ではない。       原告公社は,副理事長には理事長不在時の代決権が定められていると主張するが,代決とは,代理でする決裁を意味するから,副理事長が代決した効果は理事長に帰属するものであり,副理事長の権限として副理事長に帰属するものではない。その他には副理事長の職務及び権限を定めた規程が全く存在しないのであるから,その職務執行についての善管注意義務も存在せず,その違反もない。     (イ) 一般に,会社が取締役に対して当該取締役の法令定款違反の行為により会社に生じた損害の賠償を求めるためには,当該取締役に法令定款違反の行為を行うについて故意又は過失の存することが前提になるのであり,社員の不正行為を看過したという事案については,取締役が従業員の不正行為を認識してこれを防止することができたのにもかかわらずこれをしなかったという過失行為により,会社に対して損害を与えたことが請求の要件になると解すべきである(大阪地判平成8年8月28日参照)。       民法法人の副理事長の責任を問う本件訴訟においても,Bの犯行を被告らにおいても予測することができ,かつ,防止し得たにもかかわらずこれを防止しなかったことを具体的に主張することは原告公社の責務である。しかし,原告公社の主張は,当時,被告らにおいてBが不正行為をしていると認識し又は認識し得べき状況にあったと主張するものでもなく,具体性を欠くものであるから,副理事長であった被告らの責任を基礎づけるには不十分である。    イ 副理事長の善管注意義務の内容      副理事長と原告公社との関係は委任契約そのものではな

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