H18. 2.15 青森地方裁判所 平成17年(わ)第268号 殺人未遂

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被告人が,長男である被害者から,日頃暴力を振るわれたり馬鹿にされていたため,同人に対して不満を抱いていたところ,犯行数日前に被害者から小遣いをもらえなかった上,犯行前日も馬鹿にされたことに憤激し,それまでの不満を爆発させ,殺意をもって,自室で就寝中の被害者の頸部を洋包丁で刺したが,目覚めた被害者に抵抗されたため,未遂に終わった事案 (主 文) 被告人を懲役5年6月に処する。 未決勾留日数中40日をその刑に算入する。 (犯行に至る経緯)  被告人は,青森県東津軽郡で出生し,同県内の中学校を卒業後,板金工,漁師をした後,東京方面で土木作業員等をしていたが,青森県内に戻ってからは無職であった。被告人は,平成6年ころ統合失調症と診断されて数か月間入院し,退院後は月に1回通院していた。被告人は,平成6年ころから,実母,長男A及び二男Bと4人で生活していたが,誰も仕事をしておらず,各自の障害者年金,国民年金及び生活保護費で生活していた。家計はすべてAが管理していた。被告人は,Bを介してAから,4日に1回,タバコ代として1000円をもらっていたほか,通院の際に4000円をもらっていた。被告人は,これらのお金から酒代を捻出して,近所の喫茶店で飲酒していた。Aは,被告人が飲酒して帰宅すると,同人に殴る蹴るの暴力を振るったため,被告人は,対抗するためにAにナイフを突き付けたりもしたが,Aの方が体力的に勝っていたこともあり,特にAに刃向かうことはしなかった。なお,Aは,Bに対しても暴力を振るうことがあった。Aは,被告人が飲酒していない時でも,被告人を怒鳴ったり,馬鹿にしたりすることもあった。そのため,被告人は,こうしたAの言動は,統合失調症によるものと思いつつも,暴力を振るわれたり馬鹿にされたりすると,被害者のことが憎らしく感じられた。被告人の家族は,被告人の健康を心配して飲酒を減らすように注意していたが,被告人は聞き入れず,AやBから小遣いをもらうとすぐに飲みに行く状態であった。  被告人は,平成17年10月20日,Bから小遣いとして1000円をもらったが,同月22日,被告人が飲酒して帰宅した際,血の混じった物を吐いたため,Aは,Bに対して,被告人に小遣いをやらないよう命令し,Bはその旨被告人に伝えた。被告人は,同月24日にもらう予定の小遣いが入らなかったため,飲酒することができず,Aに対して憎しみを抱いた。同月26日昼過ぎころ,被告人はAと引っ越しのためのゴミの選別作業をしていたところ,Aは突然,被告人に対し,「ほんじねえもんだな。こしたらだもの,車庫さ持っていってやればいいべ。馬鹿だこった。」と言った。被告人は,Aの指示どおりに作業をしていたつもりだったにもかかわらず,Aから馬鹿にされたことから,Aに対する怒りが高じた。そして,被告人は,Aがいなければ一番いいと考えるようになった。同日夜,被告人は,自室でくつろいでいた際,Aのことが頭に浮かび,同人が被告人に渡すはずの小遣いを渡さなかったこと,昼間馬鹿にされたことを思い出し,Aさえいなくなれば,自分は小遣い銭をもらえて飲酒できるし,Aによる暴力から自分もBも逃れられ,家族全員が楽しく暮らせると考え,Aが寝ている午前3時過ぎころに同人を殺害することを決意し,目覚まし時計を午前3時にセットした。被告人は,同月27日午前3時に目覚め,Aを殺害することについて少し躊躇したが,小遣いをもらえなかったことや前日馬鹿にされたことに対する憎しみが強かったため,予定どおりAを殺害することにして,台所から包丁を持ち出してAの部屋に向かい,就寝中の同人の喉に包丁の刃先をゆっくりと近づけて狙いを定めた。 (罪となるべき事実)  被告人は,前記のように,長男のAから小遣いをもらえなかったことや馬鹿にされたことから,平成17年10月27日午前3時55分ころ,青森県上北郡a町字bc番地のdeアパート1階被告人方において,睡眠中のA(当時34歳)に対し,殺意をもって,所携の洋包丁(刃体の長さ約15センチメートル)でその右頸部を突き刺すなどしたが,目覚めた同人に抵抗されたため,同人に加療約2週間を要する頸部刺傷,右椎骨動脈損傷,甲状軟骨損傷,胸部・顔面刺傷の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。 (弁護人の主張に対する判断) 1 弁護人は,被告人が本件犯行当時心神耗弱状態にあって責任能力が減退していた旨主張するので,この点について判断する。 2 関係各証拠によれば,被告人は,本件犯行当時,統合失調症に罹患し,思考障害や意欲の低下等の陰性症状は有しているものの,定期的な薬物療法等により,意識障害や幻覚妄想状態,明らかな見当識障害は認められないこと,本件犯行は,Aの被告人に対する仕打ちに被告人が不満と憎しみを募らせた挙げ句行われたもので,犯行の動機は十分に了解可能であり,犯行直前の生活状況についても自閉的で無気力な生活をしていたものの,特に異常は認められず,犯行時の被告人の行動もAに反撃されないよう同人が確実に寝ている午前3時に目覚まし時計をセットし,同人の首に狙いを定め,確実に包丁が刺さるよう,ゆっくりと同人の喉元に刃先を近づけていること,数本ある包丁の中から切れやすそうなものを選び出していること,Aを殺害する際躊躇していることなど,計画的かつ合理的な行動をとっていることが認められること,被告人は捜査段階から当公判廷に至るまで,犯行状況,犯行に至る経緯及び犯行後の状況について,詳細かつ具体的な供述をしており,犯行当時の記憶も十分に保持されていること等を総合考慮すると,被告人には本件犯行当時,完全責任能力があったと認められる。   したがって,弁護人の主張は採用することができない。 (量刑の理由) 本件は,被告人が,長男である被害者から,日頃暴力を振るわれたり馬鹿にされていたため,同人に対して不満を抱いていたところ,犯行数日前に被害者から小遣いをもらえなかった上,犯行前日も馬鹿にされたことに憤激し,それまでの不満を爆発させ,殺意をもって,自室で就寝中の被害者の頸部を洋包丁で刺したが,目覚めた被害者に抵抗されたため,未遂に終わった事案であり,犯行の動機は短絡的と言わざるを得ない。犯行の態様も,被害者が確実に就寝している時に殺害するため,目覚まし時計を午前3時にセットした上,台所から切れやすそうな包丁を選んでいること,眠っている被害者の頸部に狙いを定め,相当程度の強さで喉元に包丁を突き刺していること,被害者が頸部に負った傷は深さが4ないし5センチメートルにも達しており,脳に繋がる椎骨動脈及び甲状軟骨も切断されていること,被害者の出血量は約2000ccと多量であったことからすれば,計画的で,一歩間違えば被害者死亡の結果をもたらす可能性の高かった残忍で危険なものと言える。被害者は,飲酒をやめるよう再三説得したにもかかわらず一顧だにせず,挙げ句の果てには実の子である自分を殺害しようとした被告人に対して,二度と会いたくない旨述べており,その被害感情が大きいのも当然である。 以上によれば,被告人の刑事責任は重く,被告人の本件行為は強く非難されるべきである。 しかしながら,本件犯行は幸いなことに未遂に終わり,被害者の加療期間自体は比較的短いものであったこと,被告人の本件犯行時の責任能力には問題はないものの統合失調症によりある程度判断能力が低下していたこと,被告人は自分にもその責任の一端はあるものの,被害者からの日頃の暴行や暴言に耐えていた中,被害者からの仕打ちに激高して本件犯行に及んだもので,犯行に至る経緯には同情の余地がないでもないこと,被告人は本件犯行について反省の言葉を述べていること,これまで自由刑に処せられた前科はないことなど,被告人にとって有利な事情も認められる。 そこで,これらの諸事情を総合考慮した上で,主文掲記のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。 (求刑 懲役7年) 平成18年2月15日    青森地方裁判所刑事部 裁判長裁判官  髙 原    章 裁判官  室 橋 雅 仁 裁判官  香 川 礼 子

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