H18. 2. 2 甲府地方裁判所 平成17年(行ク)第2号 執行停止の申立

「H18. 2. 2 甲府地方裁判所 平成17年(行ク)第2号 執行停止の申立」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

H18. 2. 2 甲府地方裁判所 平成17年(行ク)第2号 執行停止の申立」(2006/03/06 (月) 13:34:52) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

 保険医の登録及び保険医療機関の指定を取り消された申立人による,行政事件訴訟法25条(*1)に基づく執行停止の申立てが,「本件診療所における診療には,療担規則等に照らして多分に疑義のある診療行為や診療報酬請求が複数存在することは否定できないが,行政手続における平等取扱いの原則や比例原則などに照らして本件各処分が適法であることについて全く疑問の余地がないとまでは即断し難く,本件各処分の適法性については,本案において相手方の主張する不正請求,不当請求などの事実を個別・具体的に検討した上で慎重に判断するのが相当である。」などの理由から認容された事例 (*1)行政事件訴訟法25条1項ないし4項 第25条 処分の取消しの訴えの提起は,処分の効力,処分の執行又は手続の続行を妨げない。  2 処分の取消しの訴えの提起があつた場合において,処分,処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは,裁判所は,申立てにより,決定をもつて,処分の効力,処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる。ただし,処分の効力の停止は,処分の執行又は手続の続行の停止によつて目的を達することができる場合には,することができない。  3 裁判所は,前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする。  4 執行停止は,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,又は本案について理由がないとみえるときは,することができない。           主       文  1 山梨社会保険事務局長が,申立人の開設するA診療所に対してした平成17年11月25日付け梨社局文発第○○○○号による保険医療機関の指定を取り消す旨の処分は,本案判決が確定するまで,その効力を停止する。  2 山梨社会保険事務局長が,申立人に対してした平成17年11月25日付け梨社局文発第○○○○号による保険医の登録を取り消す旨の処分は,本案判決が確定するまで,その効力を停止する。  3 申立費用は相手方の負担とする。           理       由 第1 当事者の申立て  1 申立ての趣旨    主文同旨  2 相手方の意見  (1) 本件申立てをいずれも却下する。  (2) 申立費用は申立人の負担とする。 第2 事案の概要  1 事案の要旨  (1) 本件は,「A」の名称で診療所(以下「本件診療所」という。)を開設している医師である申立人が,平成17年11月25日付けで保険医療機関の指定及び保険医の登録の各取消処分(主文1,2項記載の各処分である。以下「本件各処分」という。)を受けたことについて,当裁判所に対し,本件各処分の取消しを求める訴え(本案事件)を提起した上,「本案事件において本件各処分が取り消されるのを待っていたのでは,本件診療所の経営は破たんし,従業員らの解雇や施設の処分などを余儀なくされるなど,申立人に重大な損害が発生する。」などと主張して,行政事件訴訟法25条2項に基づき,本件各処分の効力の停止を求めている事案である。  (2) これに対し,相手方は,① 重大な損害を避けるための緊急の必要性がない,② 本案について理由がないとみえる,③ 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるなどとして,本件申立てを却下すべきであると主張している。  2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実又は本件記録によって一応認められる事実(認定に用いた主要な疎明資料を末尾に掲記する。))  (1) 申立人及び本件診療所    ア 医師である申立人(昭和○○年○月○○日生)は,平成2年6月1日,保険医に登録された(乙3の1(4丁,丁数は,枝番を通じて付されているものである。以下同じ。),乙3の2(12丁))。    イ 申立人の開設する本件診療所は,平成7年11月1日,保険医療機関の指定を受けた(乙3の1(2丁))。  (2) 保険医療機関及び保険医の義務    ア 保険医療機関は,当該保険医療機関において診療に従事する保険医に厚生労働省令で定めた診療を行わせ,また,自らも同省令に従って療養の給付を担当しなければならない責務を負う(健康保険法70条1項)。    イ 保険医は,保険医療機関において診療に従事する際,厚生労働省令で定めるところに従って健康保険の診療に当たらなければならない責務を負う(健康保険法72条1項)。    ウ 上記ア,イの厚生労働省令として,保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年厚生省令第15号。乙1。以下「療担規則」という。)が定められている。    エ 本件各処分に関連する主な療担規則は,別紙療担規則抜粋のとおりである。  (3) 保険医療機関の指定及び保険医の登録の取消し    ア 厚生労働大臣は,健康保険法80条に基づき,保険医療機関において診療に従事する保険医が同法72条1項の規定に違反したとき(同法80条1号),保険医療機関が同法70条1項の規定に違反したとき(同法80条2号),療養の給付に関する費用の請求等について不正があったとき(同法80条3号)には,保険医療機関の指定を取り消すことができる。    イ 厚生労働大臣は,健康保険法81条に基づき,保険医が同法72条1項の規定に違反したとき(同法81条1号),同法以外の医療保険各法又は老人保健法による診療に関し,健康保険法81条1号又は2号のいずれかに相当する事由があったときには,保険医の登録を取り消すことができる。    ウ 上記ア,イの厚生労働大臣の権限は,健康保険法204条1項及び同法施行令63条1項11号により,厚生労働大臣から地方社会保険事務局長に委任されている。    エ 上記ウの委任に伴い,「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」(乙2。平成7年12月22日保発第117号厚生省保険局長通知)別添1「指導大綱」及び別添2「監査要綱」(以下「監査要綱」という。)が改正され,平成12年4月1日から適用されたところ,そこに地方社会保険事務局長の行う健康保険法に基づく保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査の指針が示されている。    オ 監査要綱には,保険医療機関及び保険医の指定の取消処分を行う場合の基準として,次の①ないし④の一つに該当するときと規定されている(監査要綱第6の1(1)。乙2(14丁))。     ① 故意に不正又は不当な診療を行ったもの     ② 故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの     ③ 重大な過失により,不正又は不当な診療をしばしば行ったもの     ④ 重大な過失により,不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの  (4) 本件各処分に至る経緯    ア 山梨社会保険事務局は,平成16年4月27日付けで,山梨県社会保険診療報酬請求書審査委員会から,同委員会が実施した3月審査及び4月審査によると,本件診療所の請求の約70パーセントが「A型及びB型インフルエンザ感染症」の確定病名を占めており,本件診療所の請求は,昨年からこのような傾向が認められるので,山梨社会保険事務局から本件診療所に対して指導するよう要請された(乙4)。    イ 山梨社会保険事務局は,平成16年9月28日,申立人及び本件診療所に対し,健康保険法73条1項に基づき,個別指導を実施したところ,次のとおり疑義が生じたため,個別指導を中断し,患者実態調査を行うこととした(乙3の1(4丁))。     ① 複数月にわたり,「インフルエンザウイルス感染症」及び「溶連菌感染症」の確定病名が繰り返して付けられている例が非常に多い。     ② 診療録に患者の症状所見の記載がないにもかかわらず,又は,体温が平熱であってインフルエンザウイルス抗原精密測定結果が陰性であるにもかかわらず,「インフルエンザウイルス感染症」の確定病名を付けて抗インフルエンザウイルス薬を処方している例が多い。     ③ 診療録の診療日付が前後して記載されている例や,一部負担金の日付が前後して記載されている例が多い。     ④ 診療録の記載内容が修正液により抹消されている例が非常に多い。    ウ 山梨社会保険事務局は,平成16年11月9日から同月30日までの間,131人に対して患者調査を実施したところ,36人の例について架空請求等が強く疑われた(乙3の1(4丁))。    エ 山梨社会保険事務局は,平成17年1月24日及び同年2月3日の両日,申立人及び本件診療所に対し,個別指導を実施したところ,受診の事実がないにもかかわらず,初診料,再診料及び処方せん料を請求している疑いがあることが判明した(乙3の1(4丁))。    オ 山梨社会保険事務局長は,上記エの結果を受けて,監査要綱(乙2(12丁))の定める監査対象となる保険医療機関等の選定基準(同要綱第3)の「診療内容に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき」(1項),「診療報酬の請求に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき」(2項)に該当するとして,平成17年3月14日及び同月15日の両日,申立人及び本件診療所に対し,監査を実施することとした(以下,この監査を「本件監査」という。)(乙3の1(4丁))。  (5) 本件監査の結果    ア 山梨社会保険事務局は,本件監査の結果,保険医療機関である本件診療所について,下記イのとおり不正・不当請求があり,また,保険医療機関である本件診療所について下記ウのとおり,保険医である申立人について下記エのとおり,療担規則に違反する事実があると判断した(乙3の1(6ないし10丁))。    イ 不正・不当請求     (ア) 不正請求      a 患者数 合計79名(実人数77人)      b 診療報酬請求書の枚数 157枚      c 不正請求金額 37万0820円     (イ) 不当請求      a 患者数 合計29人(実人数19人)      b 診療報酬請求書の枚数 54枚      c 不当請求金額 7万5669円    ウ 本件診療所の療担規則に違反する事実(下記(ア)ないし(ウ)につき,療担規則2条の3,2条の4,8条(別紙療担規則抜粋参照))     (ア) 診療の事実がないにもかかわらず,保険診療をしたかのように装い,診療報酬を不正に請求した(架空請求)。      a 実際には診療していない患者の家族を診療したとして,初診料,再診料及び処方せん料を不正に請求した。      b 成人にのみ投与することが認められている吸入薬を子供の患者に投与する目的で,実際には診療していない当該子供の親を診療したかのように装い,初診料,再診料及び処方せん料を不正に請求した。     (イ) 保険診療の際に,実際には行っていない保険診療を行ったかのように装い,診療報酬を不正に請求した(付増請求)。      a 実際の受診回数よりも多く受診したとして,初診料,再診料及び処方せん料を不正に請求した。      b 薬剤の14日分以上の長期間投与が認められていなかった平成7年11月1日(本件診療所開設時)から平成14年4月までの間,慢性疾患に罹患している患者に対し,28日分の薬剤を投与し,かつ,14日分処方したとして,再診料,処方せん料を不正に請求していた。      c 抗インフルエンザウイルス薬について,前回処方日と投与間隔が短いことから,診療録に実際には診察を行っていない日に診察を行ったとして,再診料及び処方せん料を不正に請求した。     (ウ) 保険診療とは認められていないものについて,保険診療を行ったとして診療報酬を不正に請求した。       すなわち,疾病の予防目的の保険診療は認められていないところ,インフルエンザウイルス感染症に罹患していないものに対して行った同感染症予防目的の診療を,インフルエンザウイルス感染症に対する診療(保険診療)として初診料及び処方せん料を不正に請求した。     (エ) その他      a 算定要件を満たさない初診料を不当に請求した。      b 算定要件を満たさない乳幼児育児栄養指導加算を不当に請求した。      c 算定要件を満たさない電話再診料を不当に請求した。      d 検査料について,保険診療上必要限度を超えた検査を行い,診療報酬を不当に請求した。    エ 申立人の療担規則に違反する事実(療担規則12条,19条の2,20条,22条,23条の2(別紙療担規則抜粋参照))     (ア) 診療の事実がないにもかかわらず,保険診療をしたかのように診療録に不実記載を行い,本件診療所に診療報酬を不正に請求させた(架空請求)。      a 実際には診療していない患者の家族を診療したとして,診療録に不実記載を行い,本件診療所に初診料,再診料及び処方せん料を不正に請求させた。      b 成人にのみ投与することが認められている吸入薬を子供の患者に投与する目的で,実際には診療していない当該子供の親を診療したかのように診療録に不実記載を行い,本件診療所に初診料,再診料及び処方せん料を不正に請求させた。     (イ) 保険診療の際に,実際には行っていない保険診療を行ったかのように診療録に不実記載を行い,本件診療所に診療報酬を不正に請求させた(付増請求)。      a 実際の受診回数よりも多く受診したとして,診療録に不実記載を行い,本件診療所に初診料,再診料及び処方せん料を不正に請求させた。      b 薬剤の14日分以上の長期間投与が認められていなかった平成7年11月1日(本件診療所開設時)から平成14年4月までの間,慢性疾患に罹患している患者に対し,28日分の薬剤を投与し,かつ,14日分処方したと診療録に不実記載を行い,本件診療所に再診料,処方せん料を不正に請求させた。      c 抗インフルエンザウイルス薬について,前回処方日と投与間隔が短いことから,診療録に実際には診察を行っていない日に診察を行ったと診療録に不実記載を行い,本件診療所に再診料及び処方せん料を不正に請求させた。     (ウ) 保険診療とは認められていないものについて,保険診療を行ったと診療録に不実記載を行い,本件診療所に診療報酬を不正に請求させた。       すなわち,疾病の予防目的の保険診療は認められていないところ,インフルエンザウイルス感染症に罹患していないものに対して行った同感染症予防目的の診療を,インフルエンザウイルス感染症に対する診療(保険診療)として診療録に不実記載を行い,本件診療所に初診料及び処方せん料を不正に請求させた。     (エ) 診療録へ患者の症状経過及び所見を加筆し,診療録を改ざんした。       本件監査が中断した際,診療録に対して患者の症状経過及び所見を加筆し,あたかも診察時に記載したかのように診療録を改ざんした。  (6) 本件各処分に至る手続    ア 山梨社会保険事務局長は,監査要綱第6の1(1)に基づき,厚生労働省保険局長に対し,本件診療所に対する保険医療機関の指定取消処分及び申立人に対する保険医の登録取消処分を行うことが相当であるとして内議を行ったところ(乙3の1),厚生労働省保険局長は,平成17年5月24日付けで,山梨社会保険事務局長の意見のとおり処理することが適当であると認める旨通知した(乙6)。    イ 山梨社会保険事務局は,平成17年6月13日,同月20日,同年9月6日及び同年11月9日の計4回にわたり,申立人に対し,聴聞を実施した(以下,これらの聴聞を実施された順に「第1回聴聞」,「第2回聴聞」などという。)。    ウ 申立人は,第2回聴聞において,山梨社会保険事務局が認定した事実の一部に誤認がある旨指摘した。そこで,山梨社会保険事務局は,再度患者に対する調査を実施し,その結果,一部の事実について,不正請求が行われたとは認め難いと判断した。    エ 山梨社会保険事務局長は,上記判断の結果,本件診療機関に係る不正請求の事実(上記(5)イ)を次のとおり一部変更し,再度,厚生労働省保険局長に対し,監査要綱第6の1(1)に基づき,本件診療所に対する保険医療機関の指定取消処分及び申立人に対する保険医の登録取消処分を行うことが相当であるとして内議を行った(乙9)。     (ア) 患者数 合計75名(79名から変更)     (イ) 診療報酬請求書の枚数 148枚(157枚から変更)     (ウ) 不正請求金額 34万5176円(37万0820円から変更)    オ 厚生労働省保険局長は,上記内議を受け,平成17年8月11日付けで,山梨社会保険事務局長の意見のとおり処理することが適当であると認める旨通知した(乙10)。    カ 山梨社会保険事務局長は,平成17年11月10日,山梨地方社会保険医療協議会に対し,健康保険法82条2項に基づき,本件各処分について意見を求めたところ,同協議会は,同月25日,本件各処分を行うことは妥当である旨答申した(乙12)。    キ 山梨社会保険事務局長は,平成17年11月25日,申立人に対し,本件各処分に係る処分通知書を交付し,本件各処分を実施した(甲1の1・2)。  3 争点    本件の争点は,次のとおりである。  (1) 本件各処分の効力を停止することについて,「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」(行政事件訴訟法25条2項)といえるか。  (2) 本案事件について「本案について理由がないとみえる」(同条4項)といえるか。  (3) 本件各処分の効力を停止することによって,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」(同条同項)といえるか。 第3 当裁判所の判断  1 争点(1)について  (1) 疎明資料(甲2,5)によると,本件診療所の経営状態等について,次の事実を一応認めることができる。    ア 申立人は,本件診療所で医療に従事する唯一の医師であり,また,申立人は,平成17年11月28日現在,本件診療所を運営するに当たって,看護師2名,保育士1名及び事務員3名を雇用している。    イ 申立人の平成16年度における収入及び支出は,次のとおりである。     (ア) 診療収入 ○○○○万○○○○円       うち,保険診療収入は,△△△△万△△△△円である。     (イ) 給与収入 □□万□□□□円     (ウ) 雑収入 ◇万◇◇◇◇円     (エ) 売上原価(差引原価) ▽万▽▽▽▽円     (オ) 売上原価以外の経費 ●●●●万●●●●円       うち,従業員への給与賃金は,▲▲▲▲万▲▲▲▲円である。  (2) 以上のとおり,申立人の診療収入は,70パーセント以上が保険診療収入であり,保険診療以外のいわゆる自由診療による収入は,約◆◆◆◆万円である。この点,相手方は,「申立人は,本件各処分によって保険診療を行うことができなくなった後も,自由診療を継続することによって,本案判決が確定するまでの間,本件診療所の経営を維持することが十分可能である。」と主張し,疎明資料(乙13)によると,本件診療所には,本件各処分の後も,患者が受診に訪れ,本件各処分によって保険が適用できない診察料は本件診療所が負担し,また,薬代は患者が負担して,診察業務を継続していることが認められる。しかしながら,このような患者の協力が今後も継続して得られるとは考え難く,本件各処分によって保険診療を行うことができない状態が継続すれば,多くの患者が保険診療を受けることができる外の医療機関を選択するようになり,本件診療所の外来患者も激減することが予想され,本件各処分の効力が停止されなければ,近い将来,本件診療所の経営が破たんし,現在雇用している看護師,保育士及び従業員も解雇せざるを得なくなると認められる。そうすると,本件各処分の効力を停止することにつき,重大な損害を避けるため緊急の必要があるというべきである。  2 争点(2)について  (1) 疎明資料(甲8の1の1ないし9,甲8の2の1ないし10,甲9,14,21の1ないし3,乙3の1ないし7,乙7の1ないし4,乙8,9)によると,① 申立人が,実際には診療していない患者の家族を診療したとして,初診料,再診料及び処方せん料を請求したことがあること,② 申立人が,成人にのみ投与することが認められている吸入薬を子供の患者に投与する目的で,実際には診療していない当該子供の親を診療したかのように装い,初診料,再診料及び処方せん料を請求したことがあること,③ 申立人が,薬剤の14日分以上の長期間投与が認められていなかった平成7年11月1日(本件診療所開設時)から平成14年4月までの間,慢性疾患に罹患している患者に対し,28日分の薬剤を投与し,かつ,14日分処方したとして,再診料,処方せん料を請求したことがあること,④ 疾病の予防目的の保険診療は認められていないところ,申立人は,インフルエンザウイルス感染症に罹患していないものに対して行った同感染症予防目的の診療を,インフルエンザウイルス感染症に対する診療(保険診療)として初診料及び処方せん料を請求したことがあること,⑤ 申立人が,本件監査が中断した際,あたかも診察時に記載したかのように患者の症状経過及び所見を診療録に加筆したことを一応認めることができ,これらの事実は,監査要綱第6の1(1)の定める保険医療機関の指定及び保険医の登録をそれぞれ取り消すべき基準に形式的には該当するといえなくもない。  (2) しかしながら,相手方は,その主張する療担規則違反の各行為の大多数,特に不当請求及び不正請求の事案について,その対象となった患者を個別・具体的に明らかにしていない。したがって,現時点においては,申立人が行った上記各行為を個別・具体的に認定することができず,その回数,態様及び目的についても明らかではないといわざる得ない。また,申立人の主張する本件各処分に至るまでの手続についても,全くその違法性を論じる余地がないとまでは認められない。そうすると,確かに,相手方が主張するように,本件診療所における診療には,療担規則等に照らして多分に疑義のある診療行為や診療報酬請求が複数存在することは否定できないが,行政手続における平等取扱いの原則や比例原則などに照らして本件各処分が適法であることについて全く疑問の余地がないとまでは即断し難く,本件各処分の適法性については,本案において相手方の主張する不正請求,不当請求などの事実を個別・具体的に検討した上で慎重に判断するのが相当である。したがって,現時点においては,本案について理由がないとみえるとまではいえないというべきである。  3 争点(3)について  (1) 相手方は,「本件は極めて悪質かつ重大な診療報酬の不当・不正請求等を内容とする事案であり,このような事案について行政処分の執行停止が認められたならば,厚生労働大臣(又はその委任を受けた地方社会保険局長)に保険医療機関の指定及び保険医の登録に関する取消権限を与えた趣旨を完全に没却し,国民の医療保険制度に対する信頼を失わせることになることが明らかであるから,本件各処分について執行停止を認めると,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。」と主張する。  (2) しかしながら,仮に本件各処分の効力を停止したとしても,それは本案判決の確定に至るまで本件各処分の効力を一時的に停止するにすぎず,裁判所において本件各処分の理由となった申立人の行為を是認したり,本件各処分が違法であるとの判断を下したわけではないことは,上記2で説示したとおりである。したがって,本件各処分の効力を停止したこと自体によって直ちに,相手方の主張するような事態が発生するなど,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは認められない。  4 結論    以上によると,本件執行停止の申立ては,理由があるからこれを認容すべきである。よって,主文のとおり決定する。   平成18年2月2日    甲府地方裁判所民事部       裁判長裁判官   新  堀  亮  一          裁判官   倉  地  康  弘          裁判官   岩  井  一  真           療 担 規 則 抜 粋 (適正な手続の確保) 第2条の3 保険医療機関は,その担当する療養の給付に関し,厚生労働大臣又は地方社会保険事務局長に対する申請,届出等に係る手続及び療養の給付に関する費用の請求に係る手続を適正に行わなければならない。 (健康保険事業の健全な運営の確保) 第2条の4 保険医療機関は,その担当する療養の給付に関し,健康保険事業の健全な運営を損なうことのないよう努めなければならない。 (診療録の記載及び整備) 第8条 保険医療機関は,第22条の規定による診療録に療養の給付の担当に関し必要な事項を記載し,これを他の診療録と区別して整備しなければならない。 (診療の一般的方針) 第12条 保険医の診療は,一般に医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して,適確な診断をもととし,患者の健康の保持増進上妥当適切に行われなければならない。 (健康保険事業の健全な運営の確保) 第19条の2 保険医は,診療に当たつては,健康保険事業の健全な運営を損なう行為を行うことのないよう努めなければならない。 (診療の具体的方針) 第20条 医師である保険医の診療の具体的方針は,前12条の規定によるほか,次に掲げるところによるものとする。 1 診察  イ 診察は,特に患者の職業上及び環境上の特性等を顧慮して行う。  ロ 健康診断は,療養の給付の対象として行つてはならない。  ハ 往診は,診療上必要があると認められる場合に行う。  ニ 各種の検査は,診療上必要があると認められる場合に行う。  ホ ニによるほか,各種の検査は,研究の目的をもつて行つてはならない。ただし,治験に係る検査については,この限りでない。 2 投薬  イ 投薬は,必要があると認められる場合に行う。  ロ 治療上1剤で足りる場合には1剤を投与し,必要があると認められる場合に2剤以上を投与する。  ハ 同一の投薬は,みだりに反覆せず,症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならない。  ニ 栄養,安静,運動,職場転換その他療養上の注意を行うことにより,治療の効果を挙げることができると認められる場合は,これらに関し指導を行い,みだりに投薬をしてはならない。  ホ 投薬量は,予見することができる必要期間に従つたものでなければならないこととし,厚生労働大臣が定める内服薬及び外用薬については当該厚生労働大臣が定める内服薬及び外用薬ごとに1回14日分,30日分又は90日分を限度とする。  ヘ 注射薬は,患者に療養上必要な事項について適切な注意及び指導を行い,厚生労働大臣の定める注射薬に限り投与することができることとし,その投与量は,症状の経過に応じたものでなければならず,厚生労働大臣が定めるものについては当該厚生労働大臣が定めるものごとに1回14日分,30日分又は90日分を限度とする。 3 処方せんの交付  イ 処方せんの使用期間は,交付の日を含めて四日以内とする。ただし,長期の旅行等特殊の事情があると認められる場合は,この限りでない。  ロ 前イによるほか,処方せんの交付に関しては,前号に定める投薬の例による。 4 注射  イ 注射は,次に掲げる場合に行う。   (1) 経口投与によつて胃腸障害を起すおそれがあるとき,経口投与をすることができないとき,又は経口投与によつては治療の効果を期待することができないとき。   (2) 特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき。   (3) その他注射によらなければ治療の効果を期待することが困難であるとき。  ロ 内服薬との併用は,これによつて著しく治療の効果を挙げることが明らかな場合又は内服薬の投与だけでは治療の効果を期待することが困難である場合に限つて行う。  ハ 混合注射は,合理的であると認められる場合に行う。  ニ 輸血又は電解質若しくは血液代用剤の補液は,必要があると認められる場合に行う。 5 手術及び処置  イ 手術は,必要があると認められる場合に行う。  ロ 処置は,必要の程度において行う。 6 理学的療法  理学的療法は,投薬,処置又は手術によつて治療の効果を挙げることが困難な場合であつて,この療法がより効果があると認められるとき,又はこの療法を併用する必要があるときに行う。 6の2 居宅における療養上の管理等  居宅における療養上の管理及び看護は,療養上適切であると認められる場合に行う。 7 入院  イ 入院の指示は,療養上必要があると認められる場合に行う。  ロ 単なる疲労回復,正常分べん又は通院の不便等のための入院の指示は行わない。  ハ 保険医は,患者の負担により,患者に保険医療機関の従業者以外の者による看護を受けさせてはならない。 8 次に掲げる治療の治療方針,治療基準及び治療方法は,厚生労働大臣の定めるところによるほか,前各号に定めるところによる。  イ 性病の治療  ロ 結核の治療  ハ 高血圧症の治療  ニ 慢性胃炎,胃潰(かい)瘍(よう)及び十二指腸潰(かい)瘍(よう)の治療  ホ 精神科の治療  ヘ 抗生物質製剤による治療  ト 副腎(じん)皮質ホルモン,副腎(じん)皮質刺戟(げき)ホルモン及び性腺(せん)刺戟(げき)ホルモンによる治療 (診療録の記載) 第22条 保険医は,患者の診療を行つた場合には,遅滞なく,様式第一号又はこれに準ずる様式の診療録に,当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない。 (適正な費用の請求の確保) 第23条の2 保険医は,その行つた診療に関する情報の提供等について,保険医療機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。