H18. 3.15 東京地方裁判所 平成14年(ワ)第10365号 損害賠償請求事件

「H18. 3.15 東京地方裁判所 平成14年(ワ)第10365号 損害賠償請求事件」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

H18. 3.15 東京地方裁判所 平成14年(ワ)第10365号 損害賠償請求事件」(2006/04/03 (月) 16:35:43) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

分娩促進剤を使用するに際して十分な分娩監視を行う義務に違反した過失が認められた事例 平成18年3月15日判決言渡 平成14年(ワ)第10365号損害賠償請求事件 判決 主文 1 被告は,原告らに対し,各金170万円及びこれに対する平成12年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。 4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求    被告は,原告らに対し,各金3945万4250円及びこれらに対する平成12年8月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要    本件は,原告らが,被告の営む診療所で平成12年○月○日出生した原告らの子である亡A(平成16年○月○日死亡。以下「A」という。)が,産婦人科医である被告の不適切な診療行為によって分娩の過程で低酸素性虚血性脳症を発症したとして,不法行為に基づき,損害の賠償及びこれに対するAが出生した日から支払済みまでの間の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。  1 前提となる事実(証拠等の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)  (1) 原告Bは,平成11年12月10日から,被告の経営する産科,婦人科,麻酔科の診療所「北見医院」(以下「被告医院」という。)に通院し,被告の診療を受けながら出産に向けて準備をしていた。出産予定日は平成12年8月2日(以下,平成12年については月日のみを記載する。)であった。この間,格別の異常はなかった。  (2) 原告Bは,7月に4回被告医院を受診したが,この間も,格別の異常はなかった(乙A1,4)。被告は,同月15日には,超音波検査を行って,胎児の体重を3276gと推定し,原告Bに対しその旨を説明した。    原告Bは,8月2日にも受診した。同日,ノンストレス・テスト(妊娠末期の妊婦に分娩監視装置を装着し,何も負荷しない自然の状態で記録された胎児心拍陣痛図(CTG)の所見から,胎児の健康状態を評価する胎児・胎盤機能検査。甲B2)を受けたが,異常は認められなかった(乙A1)。  (3) 原告Bは,8月4日深夜と翌5日に破水のような現象が起きたため(甲A5),被告医院に連絡し,その指示により同月5日午後6時ころ入院した。    入院時,被告は,微弱陣痛であると判断して,同日午後6時,7時,8時,9時及び10時の5回,陣痛促進剤であるプロスタグランジン製剤のプロスタグランジンE2を内服させた。    被告は,同日午後10時20分ころ,子宮が全開であると判断して,原告Bを分娩室に入室させた。さらに,午後10時21分に250mlの5%ブドウ糖液の点滴投与を始め,午後10時22分から陣痛促進剤であるオキシトシン製剤のアトニン-O(以下「アトニン」という。)5単位を点滴に加えた。    被告は,この間,原告Bに分娩監視装置を装着しなかったが,ドップラー胎児心音検出装置(以下「ドップラー装置」という。)により間欠的に胎児心拍数を聴取する方法(5秒ずつ3回聴取する方法)により,胎児心拍数を確認し,それをその都度原告Bに告げていた。    アトニンの投与後,胎児心拍数は,同日午後10時45分に116回/分と減少し,午後11時には108回/分とさらに減少した(胎児心拍数120回/分以下は軽度徐脈とされている。甲B2)。そこで,被告は,これに対応するために吸引を行うなどした結果,同日午後11時8分,経膣分娩によりAが出生した。出生時の体重は3725gであった。    出生後,Aが多呼吸になったため,被告は,市民病院にAの受入れを要請したが,O-157による病棟閉鎖を理由に断られた。そこで,翌6日午前0時37分ころ救急車の出動を要請し,同日午前0時40分ころ被告も付き添って被告医院を出発し,同日午前0時46分ころ共済病院に到着した。  (被告本人,弁論の全趣旨)  (4) 共済病院のD医師は,8月9日までに,潜在性仮死による低酸素性虚血性脳症と診断をした(甲A2)。    Aは,同月9日,大学病院の新生児集中治療室(NICU)に転院し,9月24日退院した。同センターでは,同月10日,新生児仮死,低酸素性虚血性脳症,新生児のけいれんと診断されている(甲A3の2)。  (5) Aは,その後も,大学病院に入通院を繰り返した。平成13年1月17日には,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断された(甲A3の1)。また,平成14年5月9日には,診断名として,「重度精神遅滞,脳性麻痺,てんかん」とされ,強い剛直症状の筋緊張を示し,寝返り,座位保持は不能,咽頭筋麻痺のため嚥下ができず経鼻経管補給を行うことを要する,てんかんは難治である旨診断された(甲A1)。    そして,Aは,平成16年8月12日,急性脳死により死亡した(甲A6)。  2 争点及びこれに関する当事者の主張    本件における争点は,過失論(争点1)のほか,被告の過失とAの脳障害との間の因果関係の有無(争点2)及び損害額(争点3)に大別される。    過失論に関する争点は,多岐にわたるが,Aの分娩の経緯に即すと,次のとおりである。  (1) 帝王切開を選択しなかった過失の有無(争点1-1)  (2) 陣痛促進剤(プロスタグランジンE2及びアトニン)の投与に関する過失の有無(争点1-2)   ア 適切に分娩監視をしなかった過失の有無(争点1-2-1)  イ 陣痛促進剤の使用方法を誤った過失の有無(争点1-2-2)   ウ Aの心拍数減少を看過した過失の有無(争点1-2-3)  (3) クリステレル圧出法を多数回行った過失の有無(争点1-3) (4) 出生直後のAに対する措置に関する過失の有無(争点1-4)   ア 小児科医の診療を受けさせることが遅れた過失の有無(争点1-4-1)  イ 適切な蘇生措置を行わなかった過失の有無(争点1-4-2)    そして,上記各争点に関する当事者の主張は,別紙当事者の主張記載のとおりである。 第3 争点に対する判断  1 被告医院における分娩の経過    前記第2の1(前提となる事実)及び証拠(甲A2,5,乙A1ないし5,証人D,原告B,被告本人)によれば,次の事実を認めることができる。  (1) 原告Bは,8月5日午後6時ころ,その前日の深夜と当日に破水のような現象があったとして,被告医院を受診した。被告が診断したところ,弱い子宮収縮があり,肉眼的に水溶性分泌物(混濁なし)が認められ,ROMチェックにより破水が確認された。子宮口は4㎝開大し,児頭はほぼ固定していた。被告がドップラー装置で胎児心拍数を5秒ずつ3回測定(以下,胎児心拍数の測定はすべて同様の方法によった。被告医院には分娩監視装置が設置されていたが,本件分娩当日は使用されなかった。)した結果各12回(144回/分)と正常であった。被告は,微弱陣痛であると判断し,陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2を投与することにし,まず1錠を原告Bに服用させた。  (2) その後Bが分娩室に入るまでの経過は,おおむね次のとおりである。    午後6時20分,子宮口開大を目的としてネオメトロを挿入した    午後7時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心拍数は,11回が2回,10回が1回(128回/分),陣痛の周歇(陣痛と陣痛の間隔)は10分,発作(陣痛の継続時間)は20秒であった(原告Bの腹部に手を当てる方法で測定。以下同じ。)。    午後8時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心拍数は各11回(132回/分),陣痛の周歇は8ないし9分であった。    被告が午後8時40分に内診したところ,子宮口開大が5ないし6㎝,子宮頚部の展退度が70ないし80%,児頭は,ネオメトロのためやや可動で,SP(ステーションポイント)は-2であった。この時点で,ネオメトロを抜去した。胎児心拍数は12回が2回,13回が1回(148回/分),陣痛の周歇は5分であった。    午後9時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心拍数は各12回(144回/分),陣痛の周歇は4ないし5分であった。    午後10時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。陣痛の発作は25ないし30秒,周歇は3ないし5分であった。  (3) その後のA娩出に至る経過は,おおむね次のとおりである。    被告は,午後10時20分,陣痛が増強したとのことで,原告Bを分娩室に入室させ,内診をした。その結果,子宮口が柔軟になっており,8㎝開大,展退度が70ないし80%,児頭は固定し,SP±0と児頭の下降も良好であった。    午後10時21分,250mlの5%ブドウ糖液の点滴投与を開始した。胎児心拍数は11回が2回,10回が1回(128回/分)であった。    午後10時22分から,アトニン5単位を上記点滴に加え,その投与を開始した。    アトニンは,1分間に60滴で1ml投与するマイクロドリップで投与したが,その速度としては,2ないし3m単位/分から始め,以後,速度を少し上げ下げし,最大時では,1分間に12,3滴(4ないし4.3m単位/分)まで増やした。    午後10時45分,胎児心拍数は10回が2回,9回が1回(116回/分。軽度徐脈)であった。    午後11時,胎児心拍数は各9回(108回/分。軽度徐脈)であった。被告は,胎児心拍数が低下傾向にあると判断し,会陰切開の上,吸引分娩に着手し,午後11時8分,Aを娩出させた。出生時の体重は3725gであった。    Aの出生直後の呼吸数は40回/分,心拍数は110回/分であった。  (4) Aの出生直後の経過は,おおむね次のとおりである。 Aは,午後11時11分ころ,初めて啼泣したが,弱いものであった。Aに呼吸停止,心停止はなく,アプガースコア自体もさほど低くはなかったが,自発呼吸がやや弱いと感じられたため,ジャクソンリースにより酸素投与を開始した。    午後11時25分,胎盤を娩出したが,特に異常は認められなかった。Aの呼吸数は40回/分,心拍数は120回/分であった。    午後11時35分,Aの呼吸数は60回/分,心拍数は140回/分と多呼吸になった。被告は,ジャクソンリースによる酸素投与を引き続き行い,経過観察をしたが,呼吸数の低下がみられなかったため,NICUへの転送を考え,市民病院に連絡したが,O-157による病棟閉鎖のため断られた。そこで,被告は,共済病院に連絡し,受入れの内諾を得,翌8月6日午前0時37分,救急車の出動を要請したところ,0時40分ころ救急車が到着した。このころまでの間に,Aの呼吸数は,最大80回/分まで上昇したこともあった。    被告は,救急車に同乗して,自ら酸素投与を行いながら,Aを共済病院に搬送し,0時46分,共済病院に到着した。その時点におけるAの動脈血酸素分圧は99.5と正常値を示していた。  2 争点1-1(帝王切開を選択しなかった過失の有無)について  (1) CPD,前期破水についての医学的知見   ア 児頭骨盤不均衡(CPD)(甲B2,29)     児頭と骨盤の間に大きさの不均衡があるため,分娩が停止したり,母児に危険が切迫したり,障害が予想される場合をいう。陣痛発来前にCPDの疑いを持つべきか否かのスクリーニングとしては,リスク因子による場合と,機能的方法(Seiz法による検査など)による場合がある。リスク因子としては,母の低身長(150㎝以下,特に145㎝以下),巨大児,高年初産婦などがある。     CPDの疑いがある場合には,X線骨盤計測,超音波断層検査を行い,CPD(+)と認められれば帝王切開を行うが,CPD(±)であれば,試験分娩を行い,児頭下降(-),胎児仮死(+)である場合には帝王切開を行う。   イ 前期破水(甲B28)     陣痛発来前に起こる破水をいう。羊水量の減少をもたらし,陣痛発来の後では臍帯圧迫の危険が増加することから,胎児仮死の頻度も増大する。破水後24時間以上経過しても分娩に至らない遷延破水においては,母児の感染と,羊水減少に伴う羊水過少症候群が臨床的に問題となる。正期産での前期破水は分娩開始の引き金となり,誘発分娩が行われることが多く,特に感染の合併が疑われる場合には急速遂娩の対象となる。 (2) 原告Bは,Aを出生した当時,身長151㎝,26歳であり(乙A1),上記(1)認定のCPDのリスク因子としての低身長,高年初産婦には直ちには該当しない。また,Aは,出生体重4000g以上ではなく,巨大児にも該当しない(原告は,この点については,積極的に争っていない。)。さらに,本件では原告Bに入院の前日深夜に破水のような現象が起きているが,入院時にはそれから24時間を経過しておらず,羊水過少症候群を具体的に疑う状況でもなかった。    こうした事実に徴すれば,被告がCPDの存否を判断するために積極的に検査をしなかったことについて,過失があったとはいえない。  (3) また,原告らは,被告には,帝王切開の準備もしておいて,自然分娩がスムーズに行かず児の状態が危ぶまれるときには,直ちに帝王切開に切り替えるべき注意義務があった旨主張する。    確かに,原告Bは身長が150cmに近い小柄であり,被告は,原告Bが入院時に破水していることを確認しているのであるから,分娩が順調に進まないことも考慮して,帝王切開の準備もしておくことが望ましかったということができる。そして,この点については,被告本人尋問の結果によれば,被告医院においては,消毒済みの器具を用意しており,助手となるべき医師についても,連絡して1時間半以内に児を帝王切開により娩出させることが可能な体制になっていたことが認められ,このような準備状況の適否が一応問題になる。    しかしながら,上記1(3)認定のとおり,被告は,胎児心拍数について軽度徐脈があると判断して吸引分娩を開始し,その後10分足らずの間にAを娩出しているのであるから,本件においては,帝王切開の準備状況の適否は,Aの症状に何らの影響も及ぼしていないことが明らかである。してみると,原告らの上記主張は,採用の限りでない。  3 争点1-2(陣痛促進剤の投与に関する過失の有無)について    原告らは,被告には,陣痛促進剤を投与するに際し,分娩監視装置を使用しなかった過失又はそれに相応する監視をしなかった過失(別紙当事者の主張の2(2)及び(3)),陣痛促進剤の使用方法を誤った過失(同3)がある旨主張する。そこで,以下この点について検討する。  (1) 証拠(甲B2,甲B13の1,2,甲B14,17,19,乙B10)によれば,被告が本件分娩に際し使用した陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2及びアトニンに関して,次の事実が認められる。   ア 本件分娩当時の能書の記載(いずれも平成12年2月改訂)     (ア) プロスタグランジンE2(一般名ジノプロストン)錠(乙B10)     a 添付文書冒頭の「警告」欄に,「過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死・・・等が起こることがあり,慎重に行うこと」として,3点が記載されている。「1 患者及び胎児の状態を十分観察して,本剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断すること。」,「2 本剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠けるので,分娩監視装置等を用いて胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視出来る状態で使用すること。」,「3 オキシトシン,ジノプロスト(PGF2)との同時併用は行わないこと。また,前後して使用する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」である。     b 「用法・用量」欄には,次の4点が記載されている。「1 通常1回1錠を1時間毎に6回,1日総量6錠(ジノプロストンとして3㎎)を1クールとし,経口投与する。」,「2 体重,症状及び経過に応じ適宜増減する。」,「3 本剤の投与開始後,陣痛誘発,分娩進行効果を認めたとき,本剤の投与を中止する。」,「4 1日総量ジノプロストンとして1クール3mg(6錠)を投与し,効果の認められない場合は本剤の投与を中止し,翌日あるいは以降に投与を再開する。」である。 c 「使用上の注意」の「2 重要な基本的注意」欄には,「本剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠けるので,分娩監視装置等を用いて子宮収縮の状態及び胎児心音の観察を行い,投与間隔を保つよう十分注意し,陣痛誘発効果,分娩進行効果を認めたときは中止し,過量投与にならないよう慎重に投与すること。」と記載されている。     d 「使用上の注意」の「3 相互作用」欄には,「(1) 併用禁忌(同時併用しないこと)」として「オキシトシン アトニン-O」が,「(2) 併用注意(前後して使用する場合は注意すること)」として「オキシトシン」が,いずれも,類似の作用を持つ薬剤を使用することにより作用を増強するとの機序により過強陣痛を起こしやすいと記載されている。そして,併用注意の場合の措置方法としては,「投与間隔を保ち十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」と記載されている。     (イ) アトニン-O5単位(一般名オキシトシン)(甲B14)     a 添付文書の冒頭の赤枠の「警告」欄に,「本剤を分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するにあたって 過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死・・・等が起こることがあり,母体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されているので,本剤の投与にあたっては以下の事項を遵守し慎重に行うこと。」として,次の4点が記載されている。「1 患者及び胎児の状態を十分観察して,本剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断すること。」,「2 分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視すること。」,「3 本剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告されているので,ごく少量からの点滴より開始し,陣痛の状況により徐々に増減すること。また,精密持続点滴装置を用いて投与することが望ましい。」,「4 プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)との同時併用は行わないこと。また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」である。 b 「禁忌(次の患者には投与しないこと)」欄に,「2 分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するにあたって」として,「(1) プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)を投与中の患者」と記載されている。     c 「用法,用量」欄に,「1 分娩誘発・微弱陣痛」として,「点滴静注法 オキシトシンとして,通常5~10単位を5%ブドウ糖液(500ml)等に混和し,点滴速度を1~2ミリ単位/分から開始し,陣痛発来状況及び胎児心拍等を観察しながら適宜増減する。なお,点滴速度は20ミリ単位/分を超えないようにすること。」と記載されている。     d 「用法・用量に関連する使用上の注意」欄に,「2 分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用する場合は,以下の点に留意すること。」として,次の2点が記載されている。「(1) 本剤に対する子宮筋の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例があることなどを考慮し,できる限り少量(2ミリ単位/分以下)から投与を開始し,陣痛発来状況及び胎児心音を観察しながら適宜増減すること。過強陣痛等は,点滴開始初期に起こることが多いので,特に注意が必要である。」,「(2) 点滴速度をあげる場合は,一度に1~2ミリ単位/分の範囲で,40分以上経過を観察しつつ徐々に行うこと。点滴速度を20ミリ単位/分にあげても有効陣痛に至らないときは,それ以上あげても効果は期待できないので増量しないこと。」である。     e 「使用上の注意」の「3 相互作用」欄には,「併用禁忌(併用しないこと)」として「プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)プロスタルモンF,プロスタルモンE錠等」が,「併用注意(併用に注意すること)」として「プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)」が記載されている。「併用禁忌」の場合の臨床症状としては,同時併用により,過強陣痛を起こしやすいと,また,「併用注意」の場合については,「両剤を前後して使用する場合は,過強陣痛を起こすおそれがあるので十分な分娩監視を行い投与する。」と記載されている。機序・危険因子としては,「本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強される。」と記載されている。   イ 陣痛促進剤による分娩誘発の適応,要約 日本母性保護産婦人科学会は,平成8年2月,厚生省(当時)から陣痛促進剤の適正使用の推進について協力依頼を受け,会員向けの「日母産婦人科医報」1996年第4号において陣痛促進剤を使用する分娩誘発の適応,要約について次の事項を掲載した。なお,そのころ,厚生省から,日本産科婦人科学会にも同様の協力依頼がされている(甲B13の2)。     (ア) 「分娩誘発の要約」中には,「(5) 分娩監視装置等を用いて十分な監視をすること。」との項目がある。     (イ) 陣痛促進剤を使用するに当たっての「共通の注意事項」として,「(2) これらを陣痛誘発,分娩促進の目的で使用する際は,過強陣痛や強直性陣痛により,胎児仮死・・・を起こす可能性があるため,分娩監視装置等を用いて十分な監視のもとで使用すること。」「(3) これら製剤をいかようにも併用することはすべて禁忌である。・・・・前後して投与する場合も過強陣痛を誘発することがあるため十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」と記載されている。     (ウ) プロスタグランジンE2使用上の注意点として,「(6) 本剤投与後,他の陣痛促進剤を用いる場合は,プロスタグランディンE2内服後少なくとも1時間を経て後に用いること。」と記載されている。  (2) 上記(1)認定事実によれば,次のことが明らかである。 ア 本件で投与された陣痛促進剤アトニン-O5単位(一般名オキシトシン)の添付文書には,その冒頭の赤枠の「警告」欄に,分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するに当たっては,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死等が起こることがあり,母体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されているとして,次の4点を遵守し慎重に行うべき旨が記載されていた。     すなわち,第1点は,患者及び胎児の状態を十分観察して,同薬剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断することである。     第2点は,分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視することである。     第3点は,同薬剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告されているので,ごく少量の点滴から開始し,陣痛の状況により徐々に増減すること,また,精密持続点滴装置を用いて投与することが望ましいことである。     第4点は,プロスタグランジン製剤との同時併用は行わないこと,また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与することである。なお,この点について,添付文書の「禁忌(次の患者には投与しないこと)」欄では,本件で投与したプロスタグランジンE2を投与中の患者も挙げている。また,その「使用上の注意」の「相互作用」欄では,プロスタグランジンE2を,「併用禁忌(併用しないこと)」及び「併用注意(併用に注意すること)」として挙げている。その理由について,同時併用により過強陣痛を起こしやすい旨,また,両剤を前後して使用する場合には過強陣痛を起こすおそれがある旨,そして,その機序・危険因子について,「本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強される」旨記載されていた。    イ また,上記アトニン-Oに先だって投与されたプロスタグランジンE2(一般名ジノプロストン)錠の添付文書には,その冒頭の「警告」欄に,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死等が起こることがあり,慎重に投与を行うべきであるとして,次の3点が明記されていた。すなわち,① 患者及び胎児の状態を十分観察して,同薬剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断すること。② 同薬剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠けるので,分娩監視装置等を用いて胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視出来る状態で使用すること。③ オキシトシン等との同時併用は行わないこと,また,前後して使用する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与することである。そして,その添付文書の「使用上の注意」の「重要な基本的注意」欄にも,同趣旨の記載がされていた。     その使用方法については,より具体的に,① 添付文書の「用法・用量」欄に,通常1回1錠を1時間毎に6回,1日総量6錠を1クールとし,経口投与する旨や,体重,症状及び経過に応じ適宜増減し,その投与開始後,陣痛誘発,分娩進行効果を認めたとき,その投与を中止する旨等が,また,② 「使用上の注意」の「相互作用」欄に,オキシトシン製剤について,類似の作用を持つ薬剤を使用することにより作用を増強するとの機序により過強陣痛を起こしやすいとして,「併用禁忌(同時併用しないこと)」及び「併用注意(前後して使用する場合は注意すること)」である旨及び後者の「併用注意」の場合の措置方法として投与間隔を保ち十分な分娩監視を行い,慎重に投与すべき旨が記載されている。    ウ こうした添付文書上の記載に加え,上記(1)認定の陣痛促進剤の適正使用の推進に向けた厚生省,日本母性保護産婦人科学会等の動き等を総合的に検討すると,陣痛促進剤はそれぞれ単独で投与しても,過強陣痛や胎児仮死を引き起こす危険があることから,被告は,プロスタグランジンE2に引き続いてアトニンを投与するに当たっては,本件当時の開業医の医療水準として,まず,アトニンの有益性及び危険性を考慮して適応の有無を慎重に判断の上,分娩監視装置等を用いて胎児の心音や子宮収縮(陣痛)の状態を十分に監視しつつ,慎重に投与するようにすべき注意義務が課せられていたものというべきである。   (3) 次に,上記1認定の被告医院における分娩の経過によれば,次のことが明らかである。   ア 被告は,原告Bに対し,8月5日午後6時から午後10時まで,1時間おきにプロスタグランジンE2を1錠ずつ投与した上で,午後10時22分から,アトニン5単位を250mlの5%ブドウ糖液に加えて点滴投与を開始し,当初は,2ないし3m単位/分で投与し,以後,速度を上げ下げして,最大時では4ないし4.3m単位/分まで増やして投与した。    イ そして,この間の被告医院における分娩監視の状況は,次のとおりであった。すなわち,(ア) 胎児心拍数については,ドップラー装置により5秒ずつ3回測定する方法によって,同日午後6時,午後7時,午後8時,午後8時40分,午後9時,午後10時21分,午後10時45分,午後11時に測定した。また,(イ) 陣痛の周歇や発作については,原告Bの腹部に手を当てる方法によって,同日午後7時(周歇及び発作),午後8時(周歇のみ),午後8時40分(周歇のみ),午後9時(周歇のみ),午後10時(周歇及び発作)に測定した。      被告医院には分娩監視装置が設置されていたが,本件分娩当日は,それを使用することなく,上記方法によった。    ウ なお,被告は,分娩監視の状況について,その本人尋問において,上記に止まらず,胎児心拍数については,分娩室に入ってからは5分以内の間隔でドップラー装置により聴取していた,また,陣痛についても,原告Bの腹を触ってみたり,原告Bの状況を観察していた,しかし,格別の異常は生じていなかった旨を供述している。      もとより,被告は,原告Bの分娩の担当医師として,胎児の心拍数や原告Bの陣痛の状況を観察しながら,その分娩に立ち会っていたものと推認されるが,その具体的な内容については,上記認定事実以上には,それを客観的に明らかにする証拠がない。そして,記録化されているデータの把握の方法が上記認定の如くである以上,仮に被告が上記認定の頻度を超えて胎児心拍数及び陣痛の状況を確認していたとしても,その方法は,上記認定と同様のものであったと推認される。   (4) そこで,上記(2)の観点に立って,上記(3)認定の被告の上記各薬剤の投与状況について検討すると,被告には,アトニンの投与の過程における分娩監視の在り方において注意義務違反があったものというべきである。その理由は,次のとおりである。 ア 上記(2)説示のとおり,アトニンについては,本件当時の添付文書上,プロスタグランジン製剤との同時併用は行わないこと,また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与すべき旨が警告されていた。そして,その理由,機序等についても,添付文書の「使用上の注意」の「相互作用」欄に,両剤を前後して使用する場合には過強陣痛を起こすおそれがある旨及び「本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強される」旨明記されていた。      これを本件についてみると,被告は,午後10時にプロスタグランジンE2を1錠投与した上で,その22分後の午後10時22分からアトニンの点滴投与を開始したのであるから,被告は,その分娩監視に当たっては,より慎重を期す必要があったというべきである。      なお,アトニンの添付文書中の「同時併用」及び「前後して投与」の趣旨は必ずしも明瞭ではないが,甲B14(アトニンの製造販売元である帝国臓器製薬株式会社の弁護士法23条の2に基づく照会に対する回答書)では,「同時併用」とはオキシトン及びプロスタグランジンの両薬剤の作用が重なる場合をいい,「前後して投与」とは一方の薬剤を投与し,その後必要に応じてもう一方の薬剤を投与する場合をいい,両薬剤の子宮収縮作用には個体差があるため,ある決まった時間をおくという目安はないとされていることに照らすと,被告による上記投与が添付文書上の「同時併用」に該当し,禁止されていたものとまでは認められないというべきである。また,上記(1)イ認定のとおり,日本母性保護産婦人科学会は,会員向けの「日母産婦人科医報」1996年第4号において陣痛促進剤を使用する分娩誘発の適応,要約を掲載しており,その中で,陣痛促進剤を使用するに当たっての共通の注意事項として,これら製剤をいかようにも併用することはすべて禁忌である旨記載するとともに,プロスタグランジンE2使用上の注意点として「本剤投与後,他の陣痛促進剤を用いる場合は,プロスタグランディンE2内服 後少なくとも1時間を経て後に用いること。」と記載しているが,添付文書上の上記記載及び上記回答書(甲B14)の内容に徴すると,上記判断をただちに左右するものではない。    イ また,アトニンの投与開始時点の速度について,その添付文書には,同薬剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告されているので,ごく少量の点滴から開始し,陣痛の状況により徐々に増減すべきこととされ,具体的には,「点滴速度を1~2ミリ単位/分から開始し,陣痛発来状況及び胎児心拍等を観察しながら適宜増減する」旨が記載されていた。      しかるに,被告は,アトニンの点滴投与を2ないし3m単位/分の速度で開始したのであるから,この点からしても,被告は,その分娩監視に当たって,より慎重を期す必要があったというべきである。  なお,被告の上記投与開始時点での速度については,添付文書上の上記記載との関係で問題になり得るが,投与開始時の速度については3m単位/分までは許容範囲であるとする文献もみられる(甲B21,23)ことに徴すると,それ自体をもって過量投与であると認めることはできない。 ウ ところで,アトニンの添付文書等では,上記のとおり,陣痛促進剤を投与することにより,過強陣痛等により胎児仮死等が起こることがあるため,分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視すべき旨警告されていた。     (ア) 上記胎児仮死について,日本母性保護医協会が昭和56年に発行した「周産期胎児管理のチェックポイント」では,判断基準として次の4点が挙げられている(甲B2,4,乙B5)が,これによれば,胎児仮死の診断においては,胎児心拍数の経時的な変化,子宮収縮の状況及びその両者の関係が重要な要素になるので,陣痛促進剤の投与に当たっては,これらの点を的確に把握することが不可欠になるというべきである。      ① 持続的な徐脈の高度徐脈(100回/分以下)への移行       なお,徐脈とは,胎児心拍数基線(胎児心拍数図上の一過性変動のない部分の10分間程度の平均的な心拍数)が120回/分以下になったものをいう。そのうち100回/分以下となったものを高度徐脈という。      ② 遅発一過性徐脈が15分以上連続して出現するとき なお,遅発一過性徐脈とは,徐脈のうち,心拍数の低下が子宮収縮の開始より遅れて始まり,心拍数の最下点は子宮収縮のピークより遅れ,徐脈からの回復も子宮収縮の終了より遅れるパターンをいう。      ③ 高度変動一過性徐脈が60回/分又は60秒以上持続       なお,高度変動一過性徐脈とは,反復して出現する一過性徐脈の形がそれぞれ異なり,子宮収縮と一過性徐脈の関係も一定でないものをいう。     ④ 胎児心拍数基線細変動の減少又は消失       なお,胎児心拍数基線細変動とは,胎児心拍数基線の細かい心拍数の変動をいう。    (イ) ところで,分娩監視装置は,胎児心拍数を計測する胎児心拍計,子宮収縮及び胎動を検出する陣痛計並びに両者から得られる情報を連続的に同時記録する装置の3つが一体となった機器である。記録紙の上段に胎児心拍図が,下段に陣痛図が記録されるので,この両者に記録されている様々な情報を判読することにより,胎児の健康状態の主要な指標の一つである胎児血の酸素化の良否,陣痛の状態が客観的に,しかもリアルタイムに,かなり正確に評価することが可能となるので,現在では,周産期の母児管理に欠かせないものとなっている。(甲B2)    (ウ) 上記分娩監視装置の機能等のほか,上記認定の胎児仮死の判断基準にかんがみると,陣痛促進剤の投与に伴う過強陣痛等により胎児仮死等が生ずることを回避するための分娩監視としては,分娩監視装置が設置されている医療機関においては,それを用いて行うことが,その趣旨・目的に最も良く適った適切な方法であると判断される。      そして,このことは,本件投与の翌年の平成13年12月に,過強陣痛等の分娩時異常を避けるためには,分娩監視装置を装着し,異常を的確に把握することが必要不可欠と考えられるとして,上記両剤の添付文書の「警告」欄等の「分娩監視装置等」との記載から「等」が削除され,分娩監視装置を用いるべきこととされた(甲B14)ことからも,基礎付けられるというべきである。    エ 以上の認定説示に基づいて,被告が本件投与に当たって行った分娩監視の状況(上記(3)イ及びウ)について検討すると,そのような分娩監視では,胎児心拍数,子宮収縮の状況についての数値が,相互に関連づけられないまま,断片的に収集されるのみであり,分娩監視装置による継続的監視に比較して,極めて不十分なものとなっていたといわざるを得ない。      そして,本件においては,上記ア及びイ説示のとおり,被告は,プロスタグランジンE2を投与した22分後に,しかも,2ないし3m単位/分の速度で,アトニンの点滴投与を開始したのであるから,その分娩監視に当たってはより一層慎重を期す必要があったこと,しかも,被告医院には分娩監視装置が設置されていたことをも併せ考慮すると,もとより,本件投与がされた平成12年8月当時,アトニンの添付文書上分娩監視の方法が同装置の装着に限定されていた訳ではないが,被告は,本件アトニンの点滴投与に当たり,胎児の心音や子宮収縮の状態を的確に把握するために,分娩監視装置を装着して分娩監視をし,又はそれに匹敵する内容・程度の分娩監視をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,その義務を尽くさなかったものというべきである。  オ なお,原告らは,被告の本人尋問における供述を根拠に,被告は,娩出までの46分間にアトニン5単位をほとんどを使い切った,許容量上限の速度(20m単位/分)で46分間点滴し続けたとしても0.92単位にしかならないので,過量投与であることが明らかである旨主張する。    しかしながら,被告の本人尋問におけるアトニンの投与方法に関する供述(1分間に60滴で1mlを投与することができるマイクロドリップで投与したというもの)に照らすと,5単位をほとんど使い切った旨の原告らの主張事実を認めることができない。上記原告らの主張は,採用できない。    なお,原告らは,陣痛促進剤の投与に関し,以上のほか,妊娠35週以降の場合は,前期破水があっても,24時間待機し,分娩の経過を観察した上で分娩誘発すべき注意義務がある旨主張する(別紙当事者の主張2の)。しかしながら,前期破水があった場合は,感染防止のために,待機は12時間に留めた方がよいとの見解もあり(甲A7,甲B28),原告ら主張の医学的知見が本件分娩当時確立していたものとはいえない。しかも,前記前提となる事実認定のとおり,原告Bは,入院時に前日の8月4日深夜に破水のような現象があった旨訴えていたのであるから,こうした事実にも徴 すると,原告らの上記主張は採用できない。    また,原告らは,争点1-2-3に関し,アトニンを投与する者は,投与初期に過強陣痛が生じやすいので,胎児心拍数によって胎児仮死の兆候を 把握し,適切に対処すべき義務があるところ,被告は,8月5日午後8時40分以降,Aの1分間当たりの心拍数が一貫して減っているのを見過ごし た旨主張する(別紙当事者の主張4)。    この主張は,要するに,アトニンを投与する以上,適切な分娩監視を行い,胎児仮死の徴表が表れれば適切な処置をとるべきであるというに帰し,以 上において認定した過失に包摂されるものであり,それとは異なる独自の 注意義務違反を主張するものではないと解される。  4 争点1-3(クリステレル圧出法を多数回行った過失の有無)について  原告らは,被告が,原告Bの子宮口が全開に至らず,会陰切開もする前から,腹部をクリステレル圧出法により強く圧迫し始め,以後娩出に至るまで圧迫し続けた旨主張する。  (1) クリステレル圧出法とは,腹壁上から子宮底に手を当てて,胎児の殿部を母体脊柱方向に押すようにするものであり,胎児を子宮口の方に押し出すように子宮底を押すものではない。これは,児頭は,娩出時には,骨盤誘導線に沿って前方に向かうため,殿部を母体脊柱方向に押すことにより,母体前方への力が働き,児頭が娩出されるためである(甲B5)。 (2) ところで,この点について,原告B作成の陳述書(甲A5)中には,点滴開始後,原告Bがいきみ始めて間もなく,被告が同原告の左側から,腹部の上部を思い切り押し始め,10分ほどして,被告の母親がこれに代わった,その後,児頭が見えてきたが,その後も娩出が進まなかったので,被告の母が,原告Bの腹が張るたびにこれを押し,それがAの娩出まで続いた旨の記載がある。他方,原告Bの本人尋問における供述は,原告Bがいきみ始めて間もなく,被告が陣痛のたびにみぞおちを両腕で力強く押してきた,いきみ始めてから娩出までの時間のうち4割くらいに達したところで児頭が見えてきたが,なお娩出に至らないため,腹部圧迫を被告の母と交替したというものである。    以上の甲A5の記載と,本人尋問における供述とを比較すると,被告の母が原告Bの腹部を圧迫し始めたのと児頭が表れたのとのどちらが先であったかという基本的な事実関係について変遷している。また,被告やその母親がした動作についても,単に原告の腹部を「力強く押した」と供述等するものであり,上記認定のクリステレル圧出法の方法と基本的な点において異なる内容となっている。  (3) 以上の説示に加え,被告の本人尋問における供述,さらには,A出生後,原告Bの腹部には,内出血も含め,異常はみられなかった(原告B)ことに徴すると,被告やその母親がAを娩出させるために,クリステレル圧出法により,原告Bの腹部を強く圧迫をしたことを認めることはできない。    したがって,原告らの上記主張は採用できない。 5 争点1-4(出生直後のAに対する措置に関する過失)について   (1) 原告らは,本件分娩がスムーズにいかないおそれがあった,このような場合には,生まれた児の状態が悪いこともあり得るから,被告には,直ちに小児科医による治療が受けられるように準備すべき注意義務があった旨主張する(別紙当事者の主張6)。    しかしながら,原告Bについては,前記第2の1認定のとおり,妊娠中には異常がみられなかった。また,CPD等を理由とする帝王切開を選択しなかった過失に関する原告らの主張に理由がないことは,前記2説示のとおりである。さらに,原告Bには,8月4日深夜と翌5日に破水のような現象が起きたものの,分娩の過程で危険が生じることを具体的に予想させるほどの羊水の流出等があったことを認めるに足りる証拠はない。    そして,他に,Aが娩出される前の段階で,原告ら主張に係る上記注意義務があったことを基礎付ける具体的な事情を証する的確な証拠はないので,原告らの上記主張は採用できない。   (2) そこで,進んで,Aの出生後について検討する。     この点に関する原告らの主張は,要するに,A出生後,直ちに小児科医による治療を受けられるようにすべき注意義務に違反した(争点1-4-1),また,Aに対し適切な蘇生措置を行うべき注意義務に違反した(争点1-4-2)というものである。     しかしながら,上記注意義務違反の主張はいずれも採用できない。その理由は,次のとおりである。 ア 前記1認定の被告医院における分娩の過程によれば,次のことが明らかである。      本件分娩においては,アトニンを投与した後の8月5日午後10時45分になって胎児心拍数上軽度徐脈が認められるに至ったが,それまでの間については,被告は,原告Bについても,胎児についても,格別異常を認めていなかった。      同日午後11時,被告は,胎児心拍数が低下傾向にあると判断して,吸引分娩を開始し,午後11時8分,Aを娩出させた。出生直後の呼吸数は40回/分,心拍数は110回/分であった。 Aは,午後11時11分ころ初めて啼泣したが,弱いものであった。呼吸停止,心停止はなく,出生後間もなくの間のAのアプガースコア自体はさほど低くなかった(この点に関し,原告C作成の陳述書・乙A6中には,普通の赤ちゃんのようには泣かなかったが,見た目には色つやも良かった旨の記載がある。)が,自発呼吸がやや弱いと感じられたため,ジャクソンリースにより酸素投与を開始した。     午後11時35分,Aの呼吸数は60回/分,心拍数は140回/分 と多呼吸になった。被告は,ジャクソンリースによる酸素投与を引き続き行い,経過観察をしたが,呼吸数の低下がみられなかったため,転医を考え,市民病院に連絡したが,O-157による病棟閉鎖のため断られた。そこで,被告は,共済病院に連絡し,受入れの内諾を得,翌8月6日零時37分救急車の出動を要請し,零時40分ころ到着した救急車に同乗して,車中でも自ら酸素投与を行いながら,Aを共済病院に搬送した。零時46分,共済病院に到着したが,その時点におけるAの動脈血酸素分圧は99.5と正常値を示していた。    イ ところで,被告は,当時,医師免許取得後23年余りの経験を有し,その間,A医科大学において麻酔科及び救命救急センターに勤務して,その業務に従事したり,B病院の産婦人科に勤務したりした経験も積んでいた(乙A4,被告)。    ウ 以上認定のA娩出後の経緯及び被告のこれまでの医師としての経験の内容のほか,本件が深夜帯の出来事であったこと,さらには,共済病院に搬送された時点におけるAの動脈血酸素分圧が99.5と正常値を示していたこと等を総合的に考察すると,被告について,(ア) 小児科医による治療を受けさせることが遅れたとの注意義務違反があること,(イ) Aに対し適切な蘇生措置を行うべき注意義務違反があること(具体的には,十分な酸素供給を行わず,また,気管挿管も行わなかったこと)を基礎付ける具体的な事情を認めることはできないというべきである。      してみると,争点1-4-1に関する原告らの主張中,A出生後に係るもの及び争点1-4-2に関する原告らの主張は,いずれも採用できない。 6 争点2(被告の過失とAの脳障害との間の因果関係の有無)について  (1) 後医における診療の経過    証拠(甲A2,A3の1,2,証人D)によれば,次の事実を認めることができる。   ア 共済病院関係    (ア) Aは,8月6日零時46分,共済病院に搬送された。その時点における症状としては,呼吸状態は良好であったが,元気がなく,ミオクローヌス(筋を急速に収縮させて,手足をぴくつかせるような動き)及び易刺激性が認められ,新生児であれば持っているべき原始反射がほぼ消失し,上肢の筋緊張が低下していた。血液検査の結果,いわゆる胎児仮死酵素と呼ばれる逸脱酵素の測定値が高かった(AST213,LDH1933,CK981)。胸部レントゲン,心エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性の心疾患や脳疾患は認められなかった。      Aを診察したD医師は,上記のような多彩な神経学的症状及び逸脱酵素の上昇等から低酸素性虚血性脳症を疑い,保存的治療を開始して,経過観察をすることにした。      同日朝の段階で,活動性及び筋緊張の若干の回復を認めたが,代謝性アシドーシスが進行した。逸脱酵素の測定結果は,AST232,LDH2011,CK4914と,搬入時よりも上昇していた。    (イ) 同月7日には,ミオクローヌスが継続し,眼球右上方固視・体動停止を伴う微細けいれんが出現した。この日行われた頭部CT検査の結果,脳浮腫が認められた。なお,同日朝の逸脱酵素の測定結果は,AST622,LDH4134,CK36864と,更に上昇した。    (ウ) 同月8日には,意識障害やけいれんにやや増悪がみられた。大泉門に軽度の膨隆が認められた。同日朝の逸脱酵素の測定結果は,AST519,LDH3390,CK19230と,前日に比べ下がった。    (エ) 同月9日,原告らの希望もあり,Aは大学病院NICUに転院した。朝の逸脱酵素の測定結果は,AST363,LDH2592,CK6102と,更に下がった。   イ 大学病院関係    (ア) 8月9日12時50分入院した時点の問題点として,ミオクローヌス,易刺激性,上肢緊張低下,高ビルビリン血症,脳蓋内圧亢進,低ナトリウム血症,原因不明のアシドーシス,輸液過負荷が指摘された。また,午後5時30分に,全身のけいれんが認められた。 (イ) 同月10日に実施した頭部エコー検査の結果,脳浮腫は改善していた。      担当医は,同月7日のCKが高値であったことから,アプガースコアは低くないが,新生児仮死があったと考えられる旨判断した。また,Aが呈している全身のけいれんの原因について,① 低酸素性虚血性脳症,② 脳梗塞,③ 低ナトリウム,④ 頭蓋内出血を疑い,①及び②については状態が落ち着いた段階でMRI検査をし,④については頭部エコー検査により経過を観察することにした。    (ウ) その後,全身のけいれん発作については,その状況に応じフェノバールの投与により対応した結果,次第に消失した。覚醒してきて,啼泣もみられるようになったが,目は上方を凝視する状況が続いていた。    (エ) 同月30日にMRI検査を実施した結果,視床レンズ核,側脳室周囲及び中心溝付近にT1短縮を認め,担当医は,これらすべてが低酸素性虚血性脳症の所見と合致すると診断した。    (オ) 9月12日,それまでの診療経過に基づいて,大学病院の母子医療センター・E医師は,「新生児仮死,低酸素性虚血性脳症」と診断した。当時,経口哺乳も可能となっており,大きなけいれんもなくなったが,四肢の微細なけいれんは断続的に出現しており,抗けいれん薬によるコントロールが課題になっていた。そして,同月24日,目つきは異常のままであったが,けいれん発作がみられず,自律哺乳も確立したので,Aは退院した。    (カ) 平成13年1月17日,大学病院小児科・F医師は,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断した。なお,同医師は,その診断書の中で,前年8月30日のMRI検査の結果について,「大脳基底核と視床の萎縮と信号異常を示す。大脳運動野を中心とした皮質の一部にも萎縮と信号異常を認める。これらは新生児仮死などによる重篤な低酸素性脳障害に特徴的な画像所見である」旨記載している。  (2) 以上の認定事実に基づいて,まず,Aに生じた脳障害の原因について検討するに,その原因事実は,分娩の過程,特に,上記認定のアトニンの投与ににあるものと判断される。その理由は,次のとおりである。   ア 上記認定事実によれば,次のことが明らかである。     Aは,8月6日零時46分に共済病院に搬送された時点で,ミオクローヌス及び易刺激性が認められ,新生児であれば持っているべき原始反射がほぼ消失し,上肢の筋緊張が低下していた。また,いわゆる逸脱酵素の測定値も高かった。胸部レントゲン,心エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性の心疾患や脳疾患は認められなかった。Aを診察したD医師は,上記のような多彩な神経学的症状及び逸脱酵素の上昇等から低酸素性虚血性脳症を疑った。     翌7日の頭部CT検査の結果脳浮腫が認められた。  そして,同月9日転院した大学病院では,当初,ミオクローヌス,易刺激性,上肢緊張低下,高ビルビリン血症,脳蓋内圧亢進,低ナトリウム血症,原因不明のアシドーシス等を呈しており,全身のけいれんも認められた。翌10日,担当医は,アプガースコアは低くなかったが,新生児仮死があったと考えられる旨判断し,また,Aが呈している全身のけいれんの原因について,① 低酸素性虚血性脳症,② 脳梗塞,③ 低ナトリウム,④ 頭蓋内出血を疑い,①及び②については状態が落ち着いた段階でMRI検査をし,④については頭部エコー検査により経過を観察することにした。     同月30日にMRI検査を実施した結果,視床レンズ核,側脳室周囲及び中心溝付近にT1短縮を認め,担当医は,これらすべてが低酸素性虚血性脳症の所見と合致すると診断した。また,9月12日,それまでの診療経過に基づいて,大学病院母子医療センターの医師は,「新生児仮死,低酸素性虚血性脳症」と診断した。     そして,Aは,同月24日,けいれん発作がみられず,自律哺乳も確立したことから,大学病院を退院した。     平成13年1月17日,大学病院小児科・F医師は,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断した。なお,同医師は,その診断書の中で,前年8月30日のMRI検査の結果について,「大脳基底核と視床の萎縮と信号異常を示す。大脳運動野を中心とした皮質の一部にも萎縮と信号異常を認める。これらは新生児仮死などによる重篤な低酸素性脳障害に特徴的な画像所見である」旨記載している。   イ 上記アの診療経過を総合すれば,Aがその出生後呈していた脳障害は,後医である共済病院及び大学病院の医師らが診断したように,低酸素性虚血性脳症であると推認するのが相当である。      そして,その低酸素性虚血性脳症の発症原因は,Aの分娩の過程にあるものと認められる。その理由は,次のとおりである。     (ア) 上記のとおり,8月6日にAについて実施された胸部レントゲン,心エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性の心疾患や脳疾患は認められなかった。また,前記前提となる事実(第2の1)摘示の原告Bの妊娠中の経過に

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。