H18. 3. 6 東京地方裁判所 平成15年(ワ)第17379号 損害賠償請求事件

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気管カニューレを装着した患者について,医師らに,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を怠った過失を認めた事例 平成18年3月6日判決言渡 平成15年(ワ)第17379号 損害賠償請求事件 判      決 主      文 1 被告は,原告Aに対し,5774万3296円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B及び原告Cに対し,それぞれ440万円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。 5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,1億2019万5395円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B及び原告Cに対し,それぞれ550万円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要  本件は,原告A(昭和19年○月○日生。)が被告の経営する亀有中央病院(以下「被告病院」という。)において入院加療中,同人に装着した気管カニューレ(気管切開術後,開窓された部位から気管内に挿入されるパイプ状の医療器具)が痰によって閉塞したことにより窒息して低酸素脳症に陥り,その結果,植物状態になった(以下「本件事故」という。)などとして,原告A,同人の子である原告B及び原告Cが,被告に対して,原告Aは診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,原告B及び原告Cは不法行為に基づき,それぞれ損害賠償及びこれに対する本件事故の発生した日である平成14年3月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提となる事実(証拠等の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。) (1) 当事者  ア 原告Aは,現在,低酸素脳症による遷延性意識障害が後遺症として残っており,事理弁識能力を欠く常況にあるとして,平成15年4月2日,東京家庭裁判所の審判により後見が開始した(甲B1)。 イ 原告B及び原告Cは,原告Aの子である。原告Bは,上記後見開始申立事件において,同日,成年後見人に選任された(甲B1ないし3)。 ウ 被告は,被告病院を経営する医療法人である。 (2) 診療経過の概要  ア 大学病院における診療経過    原告Aは,平成元年ころ,くも膜下出血を発症し,クリッピング手術を受けた。また,平成12年12月ころ,交通事故による外傷性脳内出血と骨盤骨折のため,大学病院に入院したことがあった。(乙A6) 原告Aは,平成14年2月11日(以下,平成14年については月日のみを記載する。),自宅のトイレで倒れたため,救急車で大学病院に運ばれ,そのまま入院した。入院時の原告Aの症状は,意識障害と右片麻痺であり,同院医師は,左視床出血及び脳室内穿破と診断し,血圧コントロールによる保存的治療を開始した。(甲A1,乙A6) 原告Aは,大学病院に入院中,嘔吐や痰が多く,呼吸状態の悪化等が心配されたことなどから,気管内挿管による呼吸管理が行われた。さらに,同月19日,肺炎及び誤等の予防のため,気管切開術を受けた。なお,細菌培養検査の結果,原告Aの痰からMRSAが検出された。(乙A6) その後,原告Aは,左視床出血及び肺炎等の症状が安定してきたため(乙A6),3月1日午前10時30分ころ,被告病院に転院した。  イ 被告病院における診療経過    原告Aの被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである。    原告Aの現在の遷延性意識障害は,3月6日,同人の気管カニューレに痰が詰まって気道が閉塞され,低酸素脳症となったことによる。    なお,別紙診療経過一覧表記載のとおり3月5日原告Aに発熱があったこと,血液の細菌培養検査においてグラム陰性桿菌が検出されたこと(この結果は,原告Aが大学病院に転院後の3月8日ころ判明した。)及び同月6日に行われた血液検査においてCRP値20.11,白血球数22000であったことに照らすと,原告Aは,3月5日ころには敗血症に罹患していたものと判断される。  ウ 現在の診療及び看護の状況 原告Aは,被告病院からの転院先であった大学病院を退院して,現在,D病院に入院して看護を受けている。 2 争点   本件の争点は,次の3点である。 (1) 呼吸管理に関する過失の有無(争点1) (2) 救命救急処置に関する過失の有無(争点2) (3) 損害額(争点3) 3 争点に関する当事者の主張  (1) 争点1(呼吸管理に関する過失の有無)について  (原告らの主張)   以下の点にかんがみれば,被告病院の医師らは,原告Aに対し,その呼吸状態を綿密に観察するとともに,頻回な痰の吸引,気管カニューレの交換及びネブライザーによる噴霧処置を行い,これらの処置によっても痰の排出ができない場合には,気管支鏡を用いた吸引処置又は気管内洗浄による痰の排出を行い,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止する注意義務があったにもかかわらず,これを怠った点において,過失がある。 ア 気管内切開をした患者の痰の喀出能力 原告Aは,痰の量が多く,自力で痰を喀出することが困難であり,それがゆえに気管切開をした患者である。しかも,気管切開をした患者は,胸腔内圧を高められないため,勢いの強い痰の喀出運動ができない。したがって,原告Aの痰の排出は,医師や看護師にゆだねられていた。 イ 大学病院からの申し送り 原告Aが被告病院へ転院する際,大学病院から被告病院に対し,申し送り事項として,原告Aは,MRSA肺炎に罹患しており,最低1時間に1度は口腔,側管,気道からの吸引を行うべき旨の注意喚起がされていた。 ウ 被告病院における原告Aの状態 被告病院入院時の原告Aの以下の状態に照らせば,被告病院の医師らは,原告Aに対して厳格な呼吸管理をすべきであった。すなわち,① 原告Aは,右片麻痺があり自力で体位の変換ができず,左腕もベッドに拘束されていた。② 痰の量が多く,しかも,その性状は粘稠で,硬く,血性であった。③ 3月4日から発熱し,同月5日には体温が39度3分に達していた上,同月6日のCRP値及び白血球数は異常なほど高値であり,かつ,意識混濁状態にあったことに照らせば,原告Aは,当時,重篤な敗血症に陥っていた。④ 原告Aは,被告病院入院時からMRSA肺炎に罹患していたが,同月5日から6日にかけてこれが悪化し,痰は粘稠で吹き出すほどの量であり,気管カニューレも詰まり気味であった。⑤ その動脈血酸素飽和度(SpO2)は,同月4日には98%であったものが,翌5日には92%と低下しており,呼吸不全に近い状態であった。 エ 被告の主張に対する反論 本件気管カニューレ閉塞の原因が径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊によるという被告の主張には,何ら根拠はない。 仮に,その凝血塊が痰吸引用カテーテルの内径を超えるほど大きなものであったとしても,そのような痰の塊が気管内に生じていたならば,シューシューという高調性の気管支呼吸音が聴取されるとともに,ぜい鳴音及び呼気性の呼吸困難や異物感から咳がみられていたはずであるから,被告病院の医師及び看護師は,これに容易に気づくことができたはずである。 また,被告主張の凝血塊に対しては,カニューレの交換,表面活性剤や粘液溶解剤等の噴霧,気管支鏡の使用及び生理食塩水による気管内洗浄等の処置を行うことにより,その詰まりを避けることができた。  (被告の主張) ア 被告病院における呼吸管理の十分性 被告病院の医師らは,頻回に原告Aの病室を訪問し,吸引を実施するとともに,聴診器による呼吸状態の聴取,胸郭の動きの程度の観察及び気管カニューレの交換を行っていた。 また,被告病院の医師らは,痰の排出を容易にするため,1日4回の頻度で定期的にネブライザーによる噴霧処置も実施した。この点について,看護記録に記載はないが,本件のように頻回に吸引を実施するような場合には,看護師らが実施したすべての処置を看護記録に記載するわけではない。 したがって,被告病院の医師らは,原告Aに対し,呼吸管理の処置を十分に行っていた。 イ 閉塞の原因となった痰の特殊性 本件において,原告Aの気道閉塞の原因となったのは,「径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊」のような大きな痰の塊であった。そして,この塊は,気管カニューレの交換又は痰の吸引処置の際にわずかに損傷された気管内壁から滲出した血液と気管内の分泌液が絡まって一体となり,時間の経過に伴って固まることにより有形化して形成されたものと考えられる。上記痰の塊が,このような特異な経緯で気管内に形成されるというようなことは,通常予想することはできない。 また,上記痰の塊は,痰吸引用カテーテルの内径(約3mm)を優に超える大きさであり,また,相当の硬さであったから,ネブライザーによる噴霧処置によって痰を柔らかくする効果は期待できないし,上記カテーテルを挿入して吸引処置を頻回に実施しても,これを排出することは不可能である。 ウ 原告ら主張に係る気管支鏡及び気管内洗浄の措置について 気管支鏡を用いた吸引処置は,胸部X線検査で無気肺と診断されるような場合において,気管支を閉塞する可能性のある癌や喀痰等を検索する際に,訓練を受けた医師のみがなし得るものである。本件において,原告Aに無気肺の診断はされていなかったのであるから,気管支鏡を用いた吸引処置を行うべきであるとはいえない。 また,気管内洗浄の処置は,その手技に通暁した医師により,手際よく実施することが要請されるものであって,そのような医師が在勤していない病院においては実施困難である。被告病院のようなレベルの病院において通常行われるべき処置とはいえない。 (2) 争点2(救命救急処置に関する過失の有無)について  (原告らの主張) 原告Aは,上記のとおり右片麻痺があり自力で体位の変換ができず,左腕もベッドに拘束されていたことから,自らナースコールをすることもできなかった。また,自力で痰を喀出できず,その呼吸状態及び全身状態が極めて悪かったのである。したがって,被告病院の医師らは,原告Aの状態を常時慎重に観察し,呼吸停止等が生じた場合は直ちに救命処置を行う注意義務があったにもかかわらず,これを怠った。 (被告の主張)   原告Aの急変を発見した経緯は以下のとおりであり,このような事実からすれば,被告病院の看護師及び医師らは,心拍モニターのアラームが鳴った後,原告Aに対し,直ちに救急蘇生術を開始したことは明らかであるから,被告病院の医師らに救命救急処置に関する注意義務違反はない。 ア 3月6日午前11時30分ころ,原告Aに装着した心拍モニターのアラームが鳴ったため,看護師がすぐに原告Aの病室を訪問したところ,原告Aは,呼吸が停止しているような状態で,チアノーゼを呈していた。そこで,同看護師は,同じフロアで回診していた医師のもとに急行し,原告Aの状態を報告した。 イ 同医師は,ナースステーションの心拍モニターで心拍数が20台に低下しているのを確認した上,原告Aの病室に行き,同人を診察し,呼吸停止であると判断した。そこで,看護師に対し,心拍モニターを病室に移動するように指示するとともに,アンビューバッグを気管カニューレに装着して強制呼吸を開始した。   ところが,アンビューバッグで空気を送ることはできたが,空気が戻ってこないことなどから,同医師は,原告Aの気道が痰で詰まったものと判断し,吸引カテーテルを挿入して看護師に吸引を行わせたところ,この吸引により中等量の粘稠性の痰が排出された。さらに,医師による心マッサージの実施中に,気管カニューレの体外部の口から「肉芽組織に似た凝血塊のような痰」が噴出した。 ウ 上記痰が排出されてからは換気も良好となり,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行った。 (3) 争点3(損害)について  (原告らの主張)  ア 治療関係費   (ア) 平成15年4月30日までの治療関係費 133万0266円     原告Aは,本件事故の日である3月6日から平成15年4月30日までの間に治療関係費として289万5873円を支出した。他方,区から高額療養費として152万8567円の支給を受けた。また,平成14年8月分の治療関係費についても,身体障害者程度等級1級の認定を受けたことにより,3万7040円の還付を受けた。 したがって,原告Aが出捐した同期間の治療関係費は,合計133万0266円である。 (イ) 平成15年5月から平均余命までの間の治療関係費 1669万3020円   平成15年5月から平均余命までの間の治療関係費の現価は,上記の治療関係費を基礎にして算定すると,以下のとおり,1か月当たり平均9万5000円となるので,平均余命までの27年間(ライプニッツ係数14.6430)で合計1669万3020円となる。   133万0266円÷14か月=9万5019円   9万5019円×12か月×14.6430=1669万3020円  イ 入院雑費   (ア) 平成15年5月31日までの間の入院雑費 67万8000円     原告Aは,本件事故発生日である3月6日から平成15年5月31日までの間,1日当たり1500円,合計67万8000円の入院雑費を負担した。   (イ) 平成15年6月1日から平均余命までの間の入院雑費 801万7042円 上記期間の入院雑費の現価は,1日当たり1500円として算定すると,以下のとおり,平成15年6月1日から平均余命までの27年間(ライプニッツ係数14.6430)で合計801万7042円となる。 1500円×365日×14.6430=801万7042円  ウ 逸失利益 5247万7067円   (ア) 原告Aは,現在,低酸素脳症による遷延性意識障害となっており,いわゆる植物状態となっている。よって,同人に生じた後遺症は,後遺障害等級1級に該当し,その労働能力喪失率は100%である。   (イ) 原告Aは専業主婦であったが,平成13年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額によれば,その年収額は,352万2400円となる。     これをもとに,原告Aの本件事故日における平均余命である28年分(ライプニッツ係数14.8981)の逸失利益の現価を算定すると,以下のとおり,5247万7067円となる。     352万2400円×14.8981=5247万7067円  エ 原告Aの慰謝料 3000万円    原告Aは,被告によるずさんな呼吸管理により,苦しみながら窒息し,その後,いわゆる植物状態となってしまったのであるから,その精神的苦痛に対する慰謝料は,3000万円を下らない。 オ 近親者慰謝料 各500万円   原告B及び原告Cは,原告Aの生命が害された場合にも比肩すべき精神的苦痛を受けたが,その精神的苦痛に対する慰謝料は,それぞれ500万円を下らない。 カ 弁護士費用 合計1200万円      原告Aについて1100万円,原告B及び原告Cについて各50万円が相当である。  (被告の主張)   原告らが主張する損害については,いずれも争う。   本件の損害の算定に当たっては,以下のとおり,原告Aの従前の脳内出血による障害を考慮する必要がある。  ア 原告Aの脳内出血による障害 原告Aは,平成元年にくも膜下出血を起こし,クリッピング術を受けている上,平成12年12月に交通事故で外傷性脳出血の傷害を受け,本件当時もリハビリのためE病院に通院中であった。したがって,原告Aには,本件以前から身体の機能障害があり,日常生活において種々の制約があった。 また,原告Aは,2月11日の大学病院入院時,既に視床出血及び脳室内穿破であった。そして,同人のMRI検査画像によれば,その出血量は相当なものであり,搬送時の意識レベル及びその後の意識レベルの低下の状況からすれば,上記脳内出血は重症であった。大学病院における治療中に施行されたMMT(徒手筋力テスト)の結果は,同月14日に「0」であり,同月21日においても「1~2/5」までしか改善していなかった。 このような点にかんがみれば,原告Aの従前の脳内出血による後遺障害は,後遺障害等級3級程度の障害に該当し,医療施設に収容入院して介助を受ける必要があった。また,仮にそうでないとしても,その後遺障害は,少なくとも5級程度の障害に該当し,自力で日常生活を送ることはできず,相当の介助を要する状態であったといえる。 したがって,原告Aの損害の算定に当たっては,以下のとおり,この点を減額要因として評価すべきである。  イ 逸失利益   (ア) 発生の有無 一般に家事労働者の逸失利益は,事故の被害者が家庭内で家事労働を担当している状況を前提として認められるものであるところ,原告Aは,上記アのとおり,そもそも相当の介助を要する状態であったのであるから,家庭内で家事労働を担当していたとは考えられない。 したがって,原告Aに家事労働者としての逸失利益の損害は発生しないというべきである。 (イ) 生活費控除   仮に逸失利益が認められるとしても,原告Aは,遷延性意識障害を有しており,医療施設への収容入院が不可欠であるから,その生活に必要な費用は,医療施設への収容入院に伴う医療費用とその他の関連諸費用に限られ,通常の後遺障害の場合に必要とされる稼働能力の再生産に必要な生活費の支出を免れることになる。 そこで,医療施設への収容入院に伴う医療費用とその他の関連諸費用を損害として認めるときには,その逸失利益を算定するに当たって,相当割合の生活費を控除すべきであり,本件においては,30%を控除すべきである。 そうすると,以下の計算式に従い,原告Aの後遺障害割合を79%(5級程度とした場合),生活費割合を30%として逸失利益を算定すると,結局原告Aに逸失利益は発生しないことになる。 通常年収×{1-(後遺障害割合+生活費割合)}×ライプニッツ係数 ウ 慰謝料 原告Aの脳内出血による後遺障害は,上記アのとおりと判断されるので,後遺障害慰謝料は,後遺障害等級1級の慰謝料相当額から,後遺障害等級3級ないし5級の慰謝料相当額を差し引いた金額とされるべきである。具体的には,後遺障害等級3級とした場合は810万円,5級とした場合は1400万円が相当である。 また,仮に脳出血による後遺障害と遷延性意識障害による後遺障害との質の違いを考慮し,上記のとおり単純に慰謝料額を差し引くべきでないとしても,原告Aの素因として脳内出血による高度の後遺障害が残ったことは明らかであるから,その後遺障害慰謝料は,1800万円程度にとどまるというべきである。 エ 入院を余儀なくされたことによる費用 (ア) 被告病院における医療費用   被告病院における医療費用は,原告Aに施行した医療行為の正当な対価であり,損害と判断されるべきではない。 (イ) D病院の医療費用   D病院の医療費用は,急性期を経て身体状態が安定してからの栄養点滴及び輸液等の医療費並びに遷延性意識障害の後遺障害のため医療施設に収容入院することに伴う諸費用であり,これを損害として認めるのであれば,上記イ(イ)のとおり,原告Aの逸失利益の算定に当たって相当割合の生活費を控除すべきである。 (ウ) 医療用品販売会社の費用 医療用品販売会社(オムツ,タオル,病衣等のリースを行う株式会社)の費用は,遷延性意識障害の後遺障害のため医療施設に収容入院することに伴う諸費用であり,これを損害として認めるのであれば,上記イ(イ)のとおり,原告Aの逸失利益の算定に当たって相当割合の生活費を控除すべきである。 (エ) 将来の医療費   将来の医療費を損害とするのであれば,原告Aの急性期の身体状態における医療費を基礎として算定するべきではなく,口頭弁論終結当時の身体状態において必要な医療費を基礎として算定すべきである。 第3 争点に対する判断 1 前記前提となる事実(第2の1)及び証拠(甲A1ないし4,甲B5,6,10ないし12,17,乙A1,2,6,8)によれば,次の事実を認めることができる。  (1) 大学病院における診療経過 前記前提となる事実アのとおり。 (2) 大学病院における原告Aの症状 原告Aは,2月11日に大学病院に入院して以降,嘔吐が頻回で誤の危険が強かったことなどから,気管内挿管による呼吸管理がされた。その後,肺炎及び誤等の予防のため,同月19日,気管切開術が行われた。この気管切開により,原告Aは,胸腔内圧を高められず,勢いの強い痰の喀出運動ができない状態となった。 また,原告Aは,大学病院に入院中,よく痰がからんでおり,その喀痰の細菌培養検査において,痰からMRSAが検出されていた。 このようなことから,大学病院の医師らは,転院先である被告病院に対し,診療情報提供書において,2月20日ころから原告Aに発熱及び喀痰の増加が認められたこと並びに喀痰の細菌培養検査においてMRSAが検出されたことを記載するとともに,NURSING SUMMARYにも,「問題点」として「呼吸状態悪化の可能性」を指摘し,「解決法」として「最低1時間に1度は口腔,側管,気道からの吸引を行う。」旨記載した。 (3) 被告病院における原告Aの症状及び呼吸管理の状況   被告病院は,3月1日,大学病院から原告Aをリハビリテーション,呼吸管理を含むフォロー・アップの目的で受け入れた。その過程で,大学病院から上記診療情報提供書及びNURSING SUMMARYの交付を受けた。 被告病院における原告Aの症状及び呼吸管理の状況は,別紙診療経過一覧表記載のとおりであった。 ところで,被告病院の医師らは,原告Aに対して3月1日に実施した喀痰の細菌培養検査の結果,原告Aの痰からMRSAが検出された旨の報告書を同月5日に受領したことから,MRSA感染の可能性があると判断して,同日,同人の血液の細菌培養検査を実施するとともに,その結果が判明するまでの間の処置として,MRSAに対して効果があるバンコマイシンを投与することにした。 (4) 原告Aの急変後の処置  ア 3月6日午前11時30分ころ,原告Aに装着した心拍モニター(設置場所はナースステーション)のアラームが鳴ったため,F看護師がその画面を見ると,心拍波形が長く伸びて正常な形ではなく,心拍数も28と低下していた。そこで,F看護師は,直ちに病室に赴いたところ,原告Aの呼吸が停止しているようで,顔色不良(チアノーゼ)であったため,同じ3階の病棟で回診していたG医師に対し,その旨を報告した。 イ G医師は,直ちにナースステーションの心拍モニターで心拍数を確認した上,原告Aの病室に赴き,同人を診察したところ,血圧は測定不能で,自発呼吸は見られなかった。そこで,G医師は,看護師に対し,心拍モニターを病室に移動するように指示するとともに,気管カニューレに接続されていた酸素供給用チューブを外してアンビューバッグを接続し,強制呼吸を開始した。また,G医師は,その途中でアンビューバッグによる強制呼吸を看護師に行わせ,自ら心マッサージを行うなどした。 ウ ところが,アンビューバッグで空気を送ることはできたが,空気が戻ってこない(呼気がない)ため,次第に原告Aの胸部が膨満状態となり,また,アンビューバッグを押す手に抵抗が感じられるようになったことから,G医師は,気道が痰で詰まったものと判断し,アンビューバッグを外し,吸引カテーテルを挿入して看護師に吸引を行わせた。この吸引処置により,原告Aから中等量の粘稠性の痰が排出されたが,その呼気は戻らないままだった。このような状況の下で,G医師が原告Aの心マッサージを行っていたところ,気管カニューレの体外部の口から最長径0.5ないし1cmの痰の塊が噴出した。 エ 上記痰の塊が排出されてからは,原告Aの換気が良好となり,約5分後には血圧が触れるようになり,心拍数も増加したため,人工呼吸器を装着しての呼吸管理が行われた。また,同人に対し,ボスミン及びアトロピンが投与された。その結果,原告Aは,午前11時39分ころまでには,心拍数120台,血圧167/74に回復した。 (5) 原告Aの治療の経過等については,以上のとおり認められる。   ところで,原告らは,ア 3月6日午前10時30分に痰の吸引をした旨の看護記録の記載は,記録者のサインがないことなどから信用できず,そのような事実はない旨主張する。しかしながら,記録者において,そのサインを失念することも考えられる上,記載の体裁についても,それまでの記載と大きく異なるところはないと認められるから,上記原告らの主張は,採用することができない。 また,原告らは,イ 原告Aが被告病院入院当初からMRSAに感染していた旨主張する。しかしながら,MRSAが検出されたのは,原告Aの痰からのみであり,3月1日に実施された導尿の細菌培養検査及び同月5日に実施された血液の細菌培養検査からは検出されていない。また,大学病院においても,原告Aの痰からMRSAが検出されたというのみにとどまり,その感染について確定的な診断はされていない。したがって,原告Aが被告病院に入院した当初からMRSAに感染していたとまでは認めることができない。 さらに,原告らは,ウ 原告Aの診療録及び看護記録にネブライザーによる噴霧処置を行ったという記載がないことから,同処置は行われていない旨主張する。しかしながら,診療録中の「注射・検査・処置・指示票」の「処置」欄には,ネブライザーによる噴霧を1日4回施行すべき趣旨の記載(ネブ×4)がされており,また,被告病院の診療報酬明細書(乙A2)にも,ネブライザーによる噴霧処置が1日4回行われた旨の記載があることからすれば,上記指示票の記載に従ったネブライザーによる噴霧処置が行われていたものと認められる。 他方,被告は,本件のように頻回に吸引を行う場合には,そのすべての処置が看護記録等に記載されるわけではないから,原告Aに対して看護記録に記載されている以上に吸引が施行されていた旨主張し,F看護師もその陳述書(乙A9)中において,その旨記載している。しかしながら,本件において,吸引が施行された日時を具体的に示した証拠は,診療録及び看護記録のほかに存しない。そうであるとすると,同記載の限度を超えて,吸引がされた回数及び時刻を明確にすることはできないといわざるを得ない。 2 上記認定事実及び前提となる事実(第2の1)に基づいて,過失の有無について検討する。  (1) 争点1(呼吸管理に関する過失の有無)について ア 上記認定事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,被告病院の医師らは,大学病院からの診療情報提供書等を通じて原告Aの症状を認識し,大学病院からの申し送り事項として,その呼吸状態の悪化の可能性につき注意喚起を受けていた(上記1(2))。また,原告Aの喀痰からMRSAが検出され,同人がMRSAに感染していた可能性があり,現に,被告病院の医師らも,MRSA感染の可能性があると判断し,バンコマイシンを投与していた(上記1(3))。さらに,原告Aは,3月5日ころには敗血症に罹患しており,そのことを示す発熱及び血液検査所見が出ていた(前記前提となる事実(2)イ及び上記1(3))。また,原告Aの痰は,粘稠で硬く,ときに痰が吹き出したりしており,時折血や血塊が混じっていることもあり,同人の気管カニューレが詰まり気味になることも少なからずあった(上記1(3),特に別紙診療経過一覧表)。   そして,本件事故の前日の3月5日午前6時には,動脈血酸素飽和度が92%に低下して,呼吸不全に近い状態にあり,気管カニューレが詰まり気味であることも疑われていた(上記1(3),特に別紙診療経過一覧表)。    イ 上記アの事実のほか,上記のとおり,原告Aの痰は,粘稠性で,時折血が混じっていたことからすると,通常の痰とは異なる凝血塊のようなものが生じる可能性も十分考えられたことなどにも徴すると,被告病院の医師らは,本件事故当時,少なくとも,原告Aの呼吸状態を綿密に観察するとともに,頻回に,痰の吸引,気管カニューレの交換を行い,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を負っていたものというべきである。  しかるに,上記1(4)認定のとおり,原告Aは,3月6日午前11時30分ころ,血圧が測定不能で,自発呼吸が見られない状況で発見された。そして,その後の救命救急措置の過程で,同人に装着されていた気管カニューレの体外部の口から痰の塊が噴出し,その後は原告Aの換気が良好になり,約5分後には,血圧が触れるようになり,心拍数も増加したというのであるから,被告病院の医師らには,特段の事情のない限り,上記注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。 ウ そこで,上記特段の事情の有無について検討すると,被告は,(ア) 本件において,原告Aの気道が閉塞した原因となった痰の塊は,「径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊」のような大きな痰の塊であるが,そのような痰の塊が気管内で形成されるようなことは,通常予想することはできない旨主張する。  しかしながら,上記認定のとおり,原告Aの痰には時折血が混じっており,しかも,その痰は粘稠性で硬いものであったことからすれば,そのような凝血塊が形成されることも十分予見可能であったというべきである。  また,被告は,(イ) 上記痰の塊は,吸引カテーテルの内径(約3mm)を優に超える大きさであり,また,相当の硬さであったなどとして,痰吸引用カテーテルを挿入して行う吸引処置を頻回に実施しても,これを排出することは不可能である旨主張する。 しかしながら,被告は,上記痰の塊について,気管カニューレの交換又は痰の吸引処置の際にわずかに損傷された気管内壁から滲出した血液と気管内の分泌液が絡まって一体となり,時間の経過に伴って固まることにより形成されたものである旨主張している。そうであるとすると,痰が時間の経過に伴って固まる前に吸引処置を行えば,これを除去することは可能であるということになる。そして,上記イ認定の注意義務を尽くしていれば,そのことは可能であったものと判断されるので,被告の上記主張は採用できない。 そして,他に,上記特段の事情を基礎付けるに足りる事実を証する的確な証拠はない。   エ 以上によれば,被告病院の医師らには,上記イの注意義務に違反した過失があるというべきである。      そして,以上の認定,説示によれば,被告病院の医師らの過失と,原告Aに生じた後遺障害との間には因果関係があるものと認めることができる。 (2) 争点(2)(救命救急処置に関する過失の有無)について   上記1(4)認定事実によれば,F看護師は,心拍モニター上,原告Aの急変が疑われたことから,直ちに,その病室に赴いて原告Aの状態を確認の上,それをG医師に報告をしたこと,G医師及びF看護師らは,原告Aに対し,即座にアンビューバッグによる強制呼吸及び心マッサージを行い,痰による閉塞が疑われたため,吸引カテーテルによる吸引を行ってその除去に努めたこと及び心拍等の改善後は,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行ったことが明らかである。  このような事実に徴すると,本件全証拠によっても,被告病院の医師らが原告Aに対して行った救命救急処置について不適切な点があったとまでは認めることができない。 したがって,争点2に関する原告らの主張は,採用できない。 3 そこで,本件事故により原告らが被った損害額(争点3)について検討する。  (1) 治療関係費 502万1296円 ア 既払分(平成16年10月31日まで)   証拠(甲C1ないし4,7及び8)によれば,原告Aは,平成14年3月1日から平成15年4月30日までの間に,被告病院,大学病院及びD病院に対し合計202万8803円(なお,被告病院に対しては12万6250円),同年5月1日から平成16年10月31日までの間に,D病院に対し合計43万4350円を支払ったことが認められる。 ところで,平成14年3月1日から同月6日までの被告病院における治療費のうち,上記2(1)アの被告の過失と相当因果関係のある損害は,本件事故以降に行われた治療に対する支払分のみに限られるというべきであるが,本件全証拠によっても,その具体的な支払額を認定することができない。 そうすると,上記2(1)認定の被告の過失と相当因果関係のある損害は,上記各支払済み額から被告病院における治療関係費12万6250円を除いた合計金額である233万6903円ということになる。 イ 将来分(平成16年11月1日以降)   原告Aの将来における治療関係費は,同人の遷延性意識障害の状態が固定したと考えられる時期において必要となることが見込まれる医療費を基礎とするのが相当である。   このような観点から検討すると,原告Aは,D病院に対し,平成15年5月1日から平成16年4月30日までの1年間に医療費として29万0830円を支払っている(甲C7の1ないし25)ので,これを基礎にして算定するのが相当である。   そして,平成16年11月1日当時,原告Aは60歳であり,その平均余命は27年余であるから,27年に対応するライプニッツ係数である14.6430により中間利息を控除して,平成16年11月1日以降の医療費の現価を算定すると,その額は次のとおり算出されるので,425万円をもって損害と認める(こうした方式による損害の算定においては,その性質に照らし,算出の結果得られた数値の1万円未満を切り捨てることとする。)。   29万0830円×14.6430=425万8623円 ウ 高額療養費等による控除   証拠(甲C6)によれば,原告Aは,区から高額療養費として152万8567円の支給を受けたことが認められる。また,原告Aが平成14年8月分の治療関係費について,身体障害者程度等級1級の認定を受けたことから,3万7040円の還付を受けたことについて,当事者間に争いがない。 よって,以上合計156万5607円については,上記治療関係費から控除するのが相当である。 エ 小計   上記アないしウによれば,治療関係費の損害額は合計502万1296円となる。 (2) 入院雑費 1252万2000円 ア 既払分(平成16年10月31日まで)   証拠(甲C5及び9)によれば,原告Aは,平成14年4月25日から平成16年10月31日までの間に,医療用品販売会社に対し,合計184万2000円を支払ったことが認められる。 イ 将来分(平成16年11月1日以降) 上記医療用品販売会社への支払額にかんがみれば,将来における入院雑費を算定するに当たっては,1日当たりオムツ代1400円,タオル他500円及び病衣100円の合計2000円を基礎とするのが相当である(甲C5及び9)。そこで,上記(1)イと同様,60歳女子の平均余命に対応するライプニッツ係数14.6430により中間利息を控除して平成16年11月1日以降の入院雑費の現価を算定すると,その額は次のとおり算出されるので,1068万円をもって損害と認める。 2000円×365×14.6430=1068万9390円 (3) 逸失利益 1500万円 ア 証拠(甲A5,甲B6及び乙A6)によれば,原告Aは,低酸素脳症による遷延性意識障害を残しており,いわゆる植物状態となっているが,今後も現在の状態から大きく改善することはないと認められるから,その障害は後遺障害等級1級に該当し,労働能力は100%喪失しているものと認められる。 イ ところで,原告Aは,前記前提となる事実(第2の1)のとおり,2月11日の大学病院入院時,既に視床出血及び脳室内穿破による障害を負っていたので,本件障害の算定に当たっては,この点についても考慮する必要がある。  (ア) 前記第2の1(2)アで認定した事実及び証拠(甲B14,17,19,乙A1,6,B11,12)によれば,原告Aが平成14年2月に大学病院に入院した当時の障害の状況について,以下の事実が認められる。   a 原告Aは,平成元年ころ,くも膜下出血を発症し,クリッピング手術を受けた。また,平成12年12月ころ,交通事故による外傷性脳内出血と骨盤骨折のため,大学病院に入院したことがあった。 さらに,原告Aは,2月11日,自宅のトイレで倒れたため,救急車で大学病院に運ばれ,そのまま入院した。入院時の原告Aの症状は,意識障害と右片麻痺であり,左視床出血及び脳室内穿破と診断され,血圧コントロールによる保存的治療が行われていた。 しかしながら,原告Aは,2月11日の左視床出血発症以前は,他人の手を借りることなく乗馬及びリフトの乗降等を行うなど,既往症であるくも膜下出血等の影響は少なく,むしろ一般の日常生活における一通りの判断力及び活動性は保たれていた。  b 2月11日の大学病院入院時,原告Aの意識レベルは,グラスゴー・コーマ・スケール(意識障害の評価分類。開眼機能E,言語機能V及び運動機能Mをそれぞれ評価するもので,合計点数が小さいほど重症である。)で「E3V1M4」(8点)であったが,同月21日には「E4VTM6」と回復し,3月1日の被告病院転院時においても「E4VTM6」であった。なお,「VT」とは,気管切開のために発語状態の評価が不可能であることを示すが,原告Aは,被告病院入院時に医師により「簡単な命令に従う」,「話して理解できる」旨判断されており,また,被告病院入院後,家族に対し,かすかな声で「ありがとう」,「さ○み,○ゆみ」等と述べており,簡単な会話が正確にできているので,言語機能についてはV5と評価することができる。また,原告Aには,脳内出血における予後不良因子とされる知覚及び認知障害も特段見られず,その意識レベルは着実に向上していた。 c また,右麻痺については,MMT(徒手筋力テスト)が2月14日には「0」であったが,同月21日ころには少なくとも「1~2/5」までに回復しており,一般に麻痺の回復が不良とされる完全麻痺が3週間以上にわたって持続する状況にはなかった。 d さらに,原告Aは、被告病院に転院されたときにはリハビリテーションが行える状況にあり,被告病院において,理学療法としてマッサージ程度以上のリハビリが施行された。 (イ) ところで,原告Aが2月11日に大学病院に入院した当時負っていた障害について,本件事故が発生しなかったと仮定してその予後を予測することは,発症後3週間余りの時点で本件事故に遭っているため,事柄の性質上困難を伴う面があるといわざるを得ない。しかしながら,上記(ア)認定事実に加え,乙B11及び12(本件を調停に付した手続において専門的な知識経験に基づく意見を聴取した過程で提出された民事調停委員作成の意見書)をも総合的に検討して,その予後を予測すると,長期的には,原告Aの日常生活動作は半介助ないし軽度介助という程度にまで改善することが期待できたものと判断される(それ以上に身辺の自立ができる可能性についても,補装具着用を要するとしても,完全には否定しきれない。)。そして,これを後遺障害等級に当てはめると,7級(この労働能力喪失率は56%とされている。)程度に該当するものと判断される。 この点について,被告は,原告Aの従前の脳内出血による後遺障害は重症であり,後遺障害等級3級又は5級に該当する旨主張し,乙B9及び乙B10の1中にはそれに沿う記載が存在する。しかしながら,上記認定のとおり原告Aの意識レベル及び右麻痺等は着実に改善していたこと,寝たきりの場合に発生する易感染症及び床ずれ等の合併症についても,上記原告Aの回復経過に照らせば,同人に寝たきりの状態が長期間継続してそのような合併症が発生するに至る可能性は高くないと考えられることなどのほか,上記調停委員意見書の内容に徴すると,被告の上記主張は採用できない。 (ウ) 原告Aの逸失利益の算定においては,上記(イ)で検討した問題に加え,本件事故発生前に同人が負っていた障害が,どのような過程を経て,何時症状が固定するに至るのかを明らかにすることも課題となるが,本件においてこのような予測を立てることには相当な困難を伴うといわざるを得ない。こうしたことを総合的に考慮すると,原告Aの逸失利益については,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき(民訴法248条)に該当するものというべきである。 ところで,a 仮に,上記回復に至るまでの期間を1年と仮定して,原告Aが本件事故により喪失した逸失利益のうち,上記程度に回復した後の後遺障害に伴うそれを試算すると,次のとおりとなる。すなわち,本件事故後1年経過した平成15年3月当時,原告Aは59歳近くに達しているので,その平均余命は29年余であるから,一般的には,その2分の1程度の14年間を上記逸失利益算定の対象期間とすることになる。そして,平成15年の賃金センサスによれば,その平均年収は349万0300円であるから,これを基礎にして,一般的な方法により逸失利益の現価を算定すると,14年に対応するライプニッツ係数である9.8986により中間利息を控除することになるので,以下のとおり算定される。      349万0300円×(1-0.56)×9.8986=1520万1596円 なお,b 被告は,もともと原告Aは,相当の介助を要する状況にあったのであるから,家事労働者としての逸失利益の損害は発生しない旨主張する。しかしながら,上記(イ)認定のとおり,原告Aの日常生活動作は半介助ないし軽度介助という程度にまで改善することが期待できたものと判断される(それ以上に身辺の自立ができる可能性についても,補装具着用を要するとしても,完全には否定しきれない。)のであるから,少なくとも家族の協力を得るなどして,その能力相応の家事を遂行することはなお可能であったというべきである。そうすると,原告Aは,本件事故によりこのような内容・程度の稼働能力を喪失させられたものと認めるのが相当であるから,被告の上記主張は採用できない。 また,c 被告は,原告Aは医療施設への収容入院が不可欠であるから,その生活に必要な費用は,医療施設への収容入院に伴う医療費用とその他の関連諸費用に限られるので,そうした費用を損害として認めるときには,逸失利益の算定に当たって,相当割合の生活費を控除すべきである旨主張する。しかしながら,生活費は,必ずしも稼働能力の再生産費用だけを内容とするものではなく,また,原告Aの入院雑費の内容は,オムツ代,病衣等のみを基礎とするものであり,その余の費用についてはなお逸失利益中から生活費として支出されることが見込まれる。そうすると,逸失利益の算定に当たり,生活費を控除することは相当でなく,被告の上記主張は採用できない。 そこで,当裁判所は,以上の認定説示,特に,原告Aの左視床出血発症前の状況,左視床出血発症後の回復の状況及びその予後の見通し並びに弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて,原告Aが3月6日の本件事故により喪失した逸失利益相当額の損害額を1500万円と認定することとする。 (4) 原告らの慰謝料  以上認定した諸事実,特に,原告Aは,被告病院の医師らから適切な呼吸管理を受けられずに,気管カニューレに痰を詰まらせて窒息し,低酸素脳症による遷延性意識障害となり,いわゆる植物状態となっていること,他方,もともと原告Aは,2月11日の大学病院入院時,既に視床出血及び脳室内穿破による障害を負っていたものであり,その予後は上記(3)認定のとおり見込まれることのほか,本件事故後の原告B及び原告Cによる看護の状況,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故により原告らが被った精神的損害を慰謝するには,その慰謝料を,原告Aは2000万円,原告B及び原告Cはそれぞれ400万円と認めるのが相当である。 (5) 弁護士費用   本件事案の内容,本件訴訟の審理の経過及び本件の損害額等の事情を総合すると,本件提訴のために要した弁護士費用のうち,原告Aについて520万円,その余の原告らについてそれぞれ40万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。 4 結論  以上によれば,原告らの不法行為に基づく損害賠償請求は,主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却することとし,主文のとおり判決する。  東京地方裁判所民事第35部 裁判長裁判官    金    井    康    雄   裁判官     森    脇 江  津  子   裁判官     小    津 亮 太

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