H17. 6.24 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第22428号 発信者情報開示

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平成17年6月24日判決言渡  平成16年(ワ)第22428号発信者情報開示事件 判決 主文 >1 被告A株式会社は、原告に対し、平成16年4月13日午後4時51分ころに「○○○○○(省略)」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示せよ。 2 被告株式会社Bは、原告に対し、平成16年4月6日午後5時48分ころに「△△△△△(省略)」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示せよ。 3 訴訟費用は被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 主文1、2項と同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が制作したレコードが氏名不詳の者によって複製され、WinMXというファイル交換共有ソフトウェアを使用して公開され、原告の送信可能化権を侵害されたとして、氏名不詳者が利用していたサーバーの提供者とされる被告らに対し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下「法」という。)4条1項に基づいて、氏名不詳者らの氏名及び住所の開示を求めた事案である。 1 争いのない事実及び証拠によって容易に認定しうる前提事実等 (1) 当事者 ア 原告は、音楽の実演家等との契約によりレコードを制作の上、これを複製してCD等として販売しているレコード会社である(争いのない事実)。 イ 被告A株式会社(以下「被告A」という。)及び被告株式会社B(以下「被告B」という。)は、いずれも一般利用者に対するインターネット接続プロバイダ事業等(以下、インターネット接続サービスを提供するプロバイダを「経由プロバイダ」という。)を行っている株式会社である(争いのない事実)。 ウ Cは、株式会社Dの取締役であり、インターネット関係の調査業務に従事している(甲1の1、2の1)。 (2) 原告は、実演家・椎名林檎が歌唱する楽曲「真夜中は純潔」及び実演家・矢井田瞳が歌唱する楽曲「Ring my bell」をそれぞれ録音したレコード(以下、それぞれ「原告レコード1」、「原告レコード2」という。)のレコード製作者であり、レコード製作者として送信可能化権(著作権法96条の2)を有する(甲1の1、2の1、3の2、4の1、弁論の全趣旨)。 (3) WinMXについて(甲6、弁論の全趣旨) ア WinMXは、いわゆるファイル交換共有ソフトウェアのひとつであり、WinMXをインストールしているコンピュータ間において、各コンピュータ内の「共有フォルダ」に記録されている電子ファイルの検索及び送受信を可能とするものである(以下、WinMXを利用したファイル送信を「WinMX送信」という。)。 イ WinMXは、ピア・ツー・ピア(P2P)型ソフトウェアの一種である。P2P型ソフトとは、パーソナル・コンピュータ同士を対等な立場で直接接続するネットワークの接続状態であり、WinMXの利用者が、他の利用者との間で、プロバイダが提供するサーバへのデータの蓄積及び同サーバへのアクセスを経ることなく、直接自己のコンピュータ内に保有する情報を送受信するソフトウェアをいう。 WinMXにおいては、特別の設定変更を行わない限り、ファイルの送信を要求する利用者に対して、その者が誰であろうと区別なくファイルを送信する行為を行うものである。 ウ WinMXの利用手順について (ア) WinMXの送信側ユーザーがWinMXをインターネットに接続さ れたパーソナルコンピュータ上で起動すると、あらかじめ共有フォルダとして指定されているパーソナルコンピュータ内のフォルダに蔵置されている電子ファイルの情報(ファイル名、バイト数等)が自動的に公開される。他のWinMX利用者(受信側ユーザー)がWinMXの検索ウィンドウに任意の文字列を入力して検索を行うと、送信側ユーザーの公開フォルダ内に蔵置されているファイル名が当該検索文字列を含んでいれば、受信側ユーザーのWinMXの表示画面上に検索結果として、当該電子ファイルのファイル名、バイト数、同時にダウンロード可能な人数、現時点でダウンロード中の人数(すべて塞がっている場合には、何人がダウンロードを待っている状態にあるか)等が表示される。 (イ) 受信側ユーザーが当該電子ファイルの取得を希望する場合には、そのファイルを選択して、WinMX上の「ダウンロード」ボタンを押す。それにより当該ファイルのダウンロード要求が受信側ユーザーから自動的に送信側ユーザーに送られる(それと同時に、受信側ユーザーのWinMXの画面は、自動的に「転送画面」に切り替わる。)。同一ファイルに対して多くのダウンロード希望者がおり、同時にダウンロードできる場合には、受信側ユーザーは順番待ちの列(queue)に並ぶことになる。自分の順番になると、当該電子ファイルが、送信側ユーザーのパソコンの記録領域中から、送信側ユーザーが利用しているプロバイダの電気通信設備を経由して、受信側ユーザーに向けて自動的に送信され、ダウンロードが開始される。 (4)ア 平成16年4月13日、Cは、インターネットに接続したパーソナルコンピュータを使用して、WinMXを起動し、検索ワードを「椎名」、検索対象ファイルを「mp3」と指定して検索を行ったところ、「NISSAN」というユーザー名の氏名不詳者(以下「ユーザーNISSAN」という。)が「椎名林檎-真夜中は純潔.mp3」と題するファイル(以下「本件ファイル1」という。)を公開していることが判明し、同日午後4時50分30秒から同日午後4時54分16秒まで本件ファイル1のダウンロードを行い、同時点でダウンロードが完了した(甲1の1、3の1及び2、9ないし12、弁論の全趣旨)。 イ 平成16年4月6日、Cは、インターネットに接続したパーソナルコンピュータを使用して、WinMXを起動し、検索ワードを「矢井田」、検索対象ファイルを「mp3」と指定して検索を行った。  検索の結果、「crown」というユーザー名の氏名不詳者(以下「ユーザーcrown」という。)が「矢井田瞳-Ring my bell(1)(1).mp3」と題するファイル(以下「本件ファイル2」という。)を公開していることが判明し、同日午後8時10分から同日午後8時17分まで本件ファイル2のダウンロードを行い、同時点でダウンロードが完了した。  ダウンロード中、ユーザーcrownがインターネットに接続している接続ホスト名(アップロード行為者がインターネットに接続しているインターネットプロバイダ)は「□□□□□(省略)」であり、IPアドレス(インターネットに接続された個々の電気通信設備を識別するために割り当てられる番号)は「△△△△△(省略)」であった(甲2の1、4の1及び2、9ないし13、弁論の全趣旨)。 (5)ア 原告は、同年5月27日、被告Aに対し、ユーザーNISSANの氏名又は名称、住所等の発信者情報の開示を書面において求めたところ、被告Aは、同社の利用約款に基づき、本人が開示に同意した場合、裁判所の発する令状その他裁判所の判断に従い開示が認められた場合、犯罪捜査など法律手続の中で開示を要請された場合にのみ発信者情報の開示をしていること、本件類似の開示請求については慎重な対応を行っていること、指定された発信者情報については保存手続を行っていることを回答した(甲1の1及び2)。 イ 原告は、同年5月27日、被告Bに対し、ユーザーcrownの氏名又は名称、住所等の発信者情報の開示を書面において求めたところ、被告Bは、同社の方針として契約者のプライバシー保護のため明白な権利侵害がない限り契約者の情報を開示しないこと、ユーザーcrownが原告の指摘する時刻にファイル送信を行っていたか否かを断定できないため、開示には応じられないことを回答した(甲2の1及び2)。 (6) 被告Bは、JPNIC(IPアドレスの管理登録機関)から約10000個のIPアドレスを付与され使用しているが、各IPアドレスは特定のユーザーに固定して割り当てるのではなく、被告Bのサーバーが自動的に各ユーザーの接続時にIPアドレスを割り当てる動的システムをとっている。ただし、同サーバーは、ユーザーの端末のホスト名とマックアドレス(各ネットワークカードごとに割り当てられる固有の番号)を読みとり、過去に当該ユーザーにどのようなIPアドレスを割り当てたのかを記憶しているため、被告Bのインターネットの使用者が相当な量に達するまでは、ユーザーには同じIPアドレスが割り当てられている(争いのない事実、甲13、弁論の全趣旨)。  被告Bのモデム管理システムでは、平成16年4月ころの時点では、12時間毎にログの取得を行っている。IPアドレス「△△△△△(省略)」を使用した平成16年4月4日から同月10日までの通信履歴は、同月5日午後5時46分、同月6日午後5時48分、同月7日午前5時48分、同月10日午前5時51分の4回であり、いずれもマックアドレスが「×××××(省略)」と共通している(争いのない事実、丙1、弁論の全趣旨)。 (7)ア 被告Aは、ユーザーNISSANの氏名及び住所に関する情報を保有している(争いのない事実)。 イ 被告Bは、平成16年4月6日午後5時48分ころに「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用していた者の氏名及び住所に関する情報を保有している(争いのない事実)。 (8) 原告は、本訴提起時には、請求の趣旨として、被告Bに対し、平成16年4月6日午後8時13分ころ、「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示するよう求めていたが、後に被告Bから、前記(6)の事実が主張されるに至り、請求の趣旨の変更を申し立てた(弁論の全趣旨)。 2 争点 (1) WinMXにおける経由プロバイダの電気通信が法4条1項、2条1号の「特定電気通信」に該当するか否か (2) 原告の送信可能化権が侵害されたか否か 3 争点についての主張 (1) 争点(1)(WinMXにおける経由プロバイダの電気通信が法4条1項、2条1号の「特定電気通信」に該当するか否か)について (原告の主張) ア WinMX送信において、受信側ユーザーと送信側ユーザーとの間には何ら人間関係はない。送信側ユーザーのパソコンの記録領域中から受信側ユーザーへの送信が開始されるのは、受信側ユーザーの検索条件に合致した電子ファイルがたまたま送信側ユーザーの「共有フォルダ」に蔵置されていたからである。したがって、WinMX送信において送信側ユーザーからみて受信側ユーザーが法2条1号の定める「不特定の者」であることは明らかである。 送信される先が当該送信要求を行った受信者であり、その者の利用しているIPアドレスに向けて送信されることをもって「特定の者によって受信されることを目的とした電気通信」に当たると解するならば、「ウェブページ」や「電子掲示板」も全て「特定の者」によって受信されることを目的とした電気通信ということになってしまうが、それがプロバイダ責任制限法の立法趣旨に反することは明らかである。 イ 「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令」(平成一四年五月二十二日総務省令第五七号)(以下「総務省令」という。)は、プロバイダ責任制限法4条において開示されるべき発信者情報として、氏名又は名称、住所、電子メールアドレスに加えて、「侵害情報に係るIPアドレス」(4号)を挙げている。これは、IPアドレスを手がかりとして経由プロバイダに対して発信者情報開示を請求できることを前提としている。 (被告Aの主張) ア(ア) WinMXの利用者においては、特定の利用者との間でのみ情報の送 受信を行うことを目的としてWinMX上の設定をかかる目的に合わせて変更したというような特段の事情がない限り、不特定の人との間で情報を送受信することを許容しているのであって、その場合の利用者自体が、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を行っていることは疑いがない。  しかし、WinMXの利用者間がファイル交換をする際の経由プロバイダの役割は、ファイル送信者からファイル受信者までの中継の電気通信を行うことであり、経由プロバイダが行う電気通信においては、ファイル送信者側とファイル受信者側とは、個別のIPアドレスによって完全に特定されており、あくまで特定の人の間をやり取りを経由するもので、完全な1対1のやり取りであり、それ以外の者に対して電気通信を行うことは許容されていない。すなわち、WinMXの場合に経由プロバイダの行う電気通信は、電子メールを送信者から受信者に対して送信する場合と同様に完全な1対1の通信である。 (イ) 例えば、商業用(スパム)メールの場合、全く適当に作成された電子メールアドレスに対して多数電子メールが送信される場合が非常に多く、まさにスパムメールの送信者は「不特定の者」に対して電子メールを送信しているものに他ならない。そうであるにもかかわらず、経由プロバイダについて、当時の総務大臣は、衆議院総務委員会において、スパムメールも「1対1の通信の集合体だ、こういう認識ですから、本法案(プロバイダ責任制限法)の対象にならない」と結論付けている。  かかる立法担当者の見解を前提にすると、電子メールについて経由プロバイダが「不特定の者によって受信されることを目的とした電気通信の送信」に該当しないとする根拠は、たとえ送信側ユーザーからみて不特定の者に受信されることを目的とする電気通信の送信であったとしても、経由プロバイダについては当該電気通信の送信者と受信者が明確に定まっている以上、その送信の態様は1対1の通信であるという点にあると考えざるを得ない。  その他、掲示板における書き込みであっても、経由プロバイダの行う電気通信は、掲示板における「書込者→ホームページサーバ管理者」であれ、「ホームページサーバ管理者→閲覧者」であれ1対1通信である(東京地裁平成15年4月24日判決)。  そして、WinMX送信であっても、経由プロバイダにとってみれば、「電子メールの送信」と同様に受信先が明確に定まっているものであることは明らかであるから、かかる通信は1対1の通信に他ならず、WinMX送信も、特定電気通信に該当しない。 イ 被告Aのような経由プロバイダの電気通信が「特定電気通信」に該当するか否かは立法過程で十分に検討されていない。法に基づく開示は、通信の秘密にかかる守秘義務を解除するものであって、しかもその情報は発信者プライバシーや表現の自由等の憲法上の権利とも密接な関わりを有するものであるから、実質的な価値判断に基づく安易な拡張解釈は許されない。  原告は、法4条1項で開示されるべき情報としてIPアドレスが挙げられていることから、経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当することが予定されていたと主張する。しかし、IPアドレスが挙げられているからといって、直ちに経由プロバイダを「特定電気通信役務提供者」に該当するとするのは論理の飛躍である。 ウ かかる観点から客観的に判断すれば、被告Aのような経由プロバイダが行っている通信は特定の者によって受信されることを目的とする電気通信なのであって、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」にはあたらず、法4条1項にいう「開示関係役務提供者」にも該当しない。 (被告Bの主張)  被告Aの主張を自己の有利に援用する。 (2) 争点(2)(原告の送信可能化権が侵害されたか否か) (原告の主張)  ユーザーNISSAN及びユーザーcrownは、いずれも他のWinMX利用者からの求めに応じて原告レコード1又は2を送信可能な状態にすることにより原告の送信可能化権を侵害していたことが明らかである。 (被告Aの主張)  本件においては、ユーザーNISSANによってWinMXで送信しうる状態におかれた本件ファイル1が「真夜中は純潔」のレコードをmp3で圧縮して複製したものであるか否か、平成16年4月13日午後4時51分ころWinMXを利用していたユーザーNISSANに「○○○○○(省略)」のIPアドレスが割り当てられていたか否かのいずれについても、必ずしも明らかではない。 (被告Bの反論)  本件においては、原告が主張する著作権侵害、すなわち原告の「Ring my bell」のレコードについて原告が有する送信可能化権が侵害された事実が立証されているとは認められない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(WinMXを使用した経由プロバイダの電気通信が法4条1項、2条1号の「特定電気通信」に該当するか否か)について (1) 法4条1項は、「開示関係役務提供者(特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者)」に対する発信者情報開示請求権を規定しているところ、本件においては、被告らのような経由プロバイダを通じて行われるWinMXを利用したファイル送信が法の定める「特定電気通信」に該当するか否かが争点となっている。  そして、法2条1号は、「特定電気通信」の意義について、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」と定めているので、WinMX送信がこれに該当するか否かについて判断することとする。 (2) WinMX送信について  前記第2、1(3)に認定したところによれば、WinMXを利用したファイル送信において、受信側ユーザーの送信要求に応じて送信側ユーザーのパーソナルコンピュータから受信側ユーザーのパーソナルコンピュータに対して電子ファイルが送信されるという物理的現象のみを取り出してみた場合、それが送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間で行われる1対1の通信であることは否定できない。  しかしながら、前記第2、1(3)に認定したところによれば、WinMX送信においては、発信側ユーザーのパーソナルコンピュータ内の共有フォルダに蔵置された電子ファイルは、その時点でインターネットに接続している限り、WinMXのユーザーに対し自動的に公開され、WinMXのユーザーは、検索条件を設定しさえすればそれに合致した文字列を含むファイルを検索することができ、受信側ユーザーが当該電子ファイルのダウンロードを希望した場合には、特別の設定変更を行わない限り、順番待ちの列(queue)が終了次第、受信側ユーザーに対して自動的に、当該電子ファイルが送信される仕組みとなっていることが認められる。  このようなWinMXの仕組みに即して検討した場合、WinMXユーザーにおいては、送信側ユーザーが当該電子ファイルを自己のパーソナルコンピュータ内の共有フォルダ内に蔵置した時点で、当該電子ファイルを不特定の者によって受信され得る状態においたものとみるべきであるから、電子ファイルの共有フォルダ内への蔵置とこれに引き続いてなされる受信側ユーザーへの送信とは、一連の情報流通過程として一体的に把握するのが相当である。  そうすると、WinMX送信は、送信側ユーザーを基準として判断した場合、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に該当すると解すべきである。 (3) 経由プロバイダを通じたWinMX送信について ア 被告らは、たとえ送信側ユーザーからみてWinMXによる送信が「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に該当したとしても、経由プロバイダにとってみれば当該送信は個別のIPアドレスによって明確に定まっており、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」には該当しないと主張する。  被告らの主張するとおり、WinMXに限らず経由プロバイダが行う電気通信は、送信者のコンピュータから経由プロバイダの用いる電気通信設備に入力された電子情報を、送信の際に指定されたIPアドレスが割り当てられた受信者のコンピュータに送信するのみであって、経由プロバイダの視点を基準とした場合、送信者から受信者に対する電子情報の送信は1対1でなされる電気通信であることは否めない。 イ しかしながら、経由プロバイダが行う情報の送信は送信者と受信者の通信を「媒介」するものにすぎず、送信者とは異なる独自の目的に基づいて行われるものではないから、法2条1号にいう「特定電気通信」に該当するか否かは、送信者から経由プロバイダを経由して受信者に至るまでの通信全体を1個のものとして包括的に評価すべきものであるし、同号の文字からすると、その評価はもっぱら送信の目的が不特定の者によって受信されることにあるか否かによって決すべきものと考えられる。そうすると、経由プロバイダ自体の送信行為の態様やその目的のいかんにかかわらず、送信者の送信目的が同号に該当するものである以上、送信者から受信者に至るまでの通信全体が同号にいう「特定電気通信」に該当すると解すべきこととなる。 ウ また、被告らの主張するところによれば、情報をあらかじめプロバイダのサーバに蔵置しておく電子掲示板等を用いるものを含めて、およそ経由プロバイダが関与する通信は「特定電気通信」に該当しないこととなるが、立法の経緯等からして電子掲示板を用いた送信行為が特定電気通信に該当することは明らかであるから、このような主張は到底採用できない。 エ 被告らは、スパムメールの送信者が「不特定の者」に対して電子メールを送信しているにもかかわらず、「不特定の者によって受信されることを目的とした電気通信の送信」に該当しないと解釈されているのは、まさに経由プロバイダによる送信の態様が1対1の通信であるからだと主張する。  しかしながら、スパムメールの場合は、確かに送信者において受信者がいかなる者かは確知していないものの、送信者としては、自ら電子メールアドレスを作成した上、そのメールアドレスを有する者に向けて送信行為を行っているのであるから、それがたとえ多数同時に行われたとしても、あくまで特定の相手方に向けた送信と評価できるのであり、スパムメールによる送信行為が特定電気通信に該当しないのは、このことに基づくものである。したがって、この点に関する被告らの主張はその前提を欠くといわざるを得ない。 オ なお、被告らは、被告らのような経由プロバイダの電気通信が「特定電気通信」に該当するかは、立法過程で十分に検討されていないのであるから、守秘義務の解除について安易な拡張解釈は許されないと主張する。  しかし、前述のとおり法2条1号の文言と経由プロバイダの行為の性質からすると、経由プロバイダを経由する通信につき、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」に該当するか否かを判断する際、送信者の送信目的を基準とすることは、必ずしも不自然な理解ではなく、安易な拡張解釈というものには当たらない。 (4) そうすると、WinMX送信が「特定電気通信」に該当することは前述のとおりであるから、この点に関する被告らの主張は理由がない。  したがって、本件におけるWinMX送信は法2条1号の「特定電気通信」に該当し、その送信が経由プロバイダの電気通信設備を経由して受信者に到達する以上、当該電気通信設備は特定電気通信の用に供されているのであり、これを用いて他人の通信を媒介する経由プロバイダは法4条1項の定める「開示関係役務提供者」に該当すると認められる。 2 争点(2)(原告の有する送信可能化権が侵害されたか否か)について (1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、甲第3号証の1及び4号証の1のCD-Rに記録されたデータは、それぞれ本件ファイル1及び本件ファイル2を複製したデータであり、これらのデータはパーソナルコンピュータで再生することができるmp3形式(ファイル圧縮形式の一つ)サウンドのファイルであり、それぞれ楽曲「真夜中は純潔」及び楽曲「Ring my bell」と同一の音楽であること(甲1の1、2の1、3及び4の各1及び2)が認められる。  したがって、本件ファイル1は原告レコード1の中の楽曲「真夜中は純潔」を、本件ファイル2は原告レコード2の中の楽曲「Ring my bell」をそれぞれmp3形式によって圧縮して複製したデータであることが認められる。 (2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、「MX調査隊」は、WinMXを使用するときに使用するポートを経由して、ポートのアクセス記録から、WinMX使用時の接続先のIPアドレス及び接続ホストを検索し、表示するフリーソフトウェアであり(甲8ないし11)、Cは、本件ファイル1及び2のダウンロード中に、「MX調査隊」と題するソフトウェアを起動しており、「MX調査隊」は、本件ファイル1のダウンロード先の接続ホストを「◇◇◇◇◇(省略)」、接続IPアドレスを「○○○○○(省略)」と表示し(甲1の1)、本件ファイル2のダウンロード先の接続ホストを「□□□□□(省略)」、接続IPアドレスを、「△△△△△(省略)」と表示したことが認められる(甲2の1)。  そして、「MX調査隊」の信頼性について検討するのに、証拠(甲12)によれば、原告代理人EがWinMXを用いて公開した電子ファイルを、別のパーソナルコンピュータからWinMXを用いてダウンロードし、その際に「MX調査隊」を用いてIPアドレスを確認した結果、3回の確認を行って3回とも、その時点で原告代理人Eに対し実際に割り当てられていたIPアドレスが正確に表示されたこと(甲10及び11)、「MX調査隊」及びその他3種類のIPアドレス調査ソフトを同時に起動して、WinMXへの接続を繰り返してその都度表示されるIPアドレスを確認した結果、100回とも同一のIPアドレスが表示されたこと(甲12)が認められ、その他これらのIPアドレス調査ソフトの信頼性に疑いを挟む証拠もない。したがって、「MX調査隊」が接続先として表示したIPアドレスは正確であると認められる。  これらの事実及び前記2、1(4)の事実を総合すれば、平成16年4月13日午後4時51分ころ、ユーザーNISSANが本件ファイル1を送信した際に同人に割り当てられていたIPアドレスは「○○○○○(省略)」であり、接続ホスト名は「◇◇◇◇◇(省略)」であること(甲1の1、7ないし12)及びユーザーcrownが本件ファイル2を送信した際に同人に割り当てられていたIPアドレスは「△△△△△(省略)」であり、接続ホスト名は「□□□□□(省略)」であったこと(甲2の1、7ないし12)が認められる。 (3) なお、被告Bは、被告Bの検索システムでは、平成16年4月6日午後8時13分ころ、「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用する者が被告Bのインターネット接続サービスを利用してインターネットに接続していたかどうかについて、技術上確認できないと主張し、前記第2、1(6)に認定した事実及び被告BのPC監視履歴(丙1)によれば、同日午後5時48分及び同月7日午前5時48分において、「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用する者が被告Bのインターネット接続サービスを利用してインターネットに接続していた事実が認められるにとどまり、その間の通信履歴は確認されていない。  しかし、前記第2、1(6)に認定した事実を総合すれば、同月6日午後5時48分から同月7日午前5時48分の間に「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用して行われた通信は、同一の端末を経由して実行されたものであることが認められる。そうすると、これらの通信を行った人物と、平成16年4月6日午後8時13分ころに同じIPアドレスを使用していたユーザーcrownとは同一人物であると認められ、被告Bは同日午後5時48分に上記IPアドレスを使用していた者の氏名及び住所に関する情報を保有している旨を自認している。  したがって、被告Bはユーザーcrownの氏名及び住所に関する情報を保有しており、それは同日午後5時48分に上記IPアドレスを使用していた者の氏名及び住所に関する情報と同一のものと認めることができる。 (4) 上記の事実、前記第2、1(4)の事実及び弁論の全趣旨によれば、ユーザーNISSANは本件ファイル1を、ユーザーcrownは本件ファイル2を、それぞれインターネット回線を通じて自動的に送信しうる状態においていたことが認められるから、これによって原告レコード1及び原告レコード2に対する原告の送信可能化権がそれぞれ侵害されたこと、ユーザーNISSAN及びユーザーcrownの発信者情報が原告の損害賠償請求権の行使のために必要であること(法4条1項1号、同項2号)は明らかであり、他にこれを覆すに足りる証拠はない。 3 以上によれば、原告の請求は理由があるから、いずれもこれを認容することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部 裁判長裁判官  藤 山 雅 行 裁判官  大須賀 綾 子 裁判官  筈 井 卓 矢
平成17年6月24日判決言渡  平成16年(ワ)第22428号発信者情報開示事件 判決 主文 >1 被告A株式会社は、原告に対し、平成16年4月13日午後4時51分ころに「○○○○○(省略)」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示せよ。 >2 被告株式会社Bは、原告に対し、平成16年4月6日午後5時48分ころに「△△△△△(省略)」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示せよ。 >3 訴訟費用は被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 主文1、2項と同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が制作したレコードが氏名不詳の者によって複製され、WinMXというファイル交換共有ソフトウェアを使用して公開され、原告の送信可能化権を侵害されたとして、氏名不詳者が利用していたサーバーの提供者とされる被告らに対し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下「法」という。)4条1項に基づいて、氏名不詳者らの氏名及び住所の開示を求めた事案である。 1 争いのない事実及び証拠によって容易に認定しうる前提事実等 (1) 当事者 ア 原告は、音楽の実演家等との契約によりレコードを制作の上、これを複製してCD等として販売しているレコード会社である(争いのない事実)。 イ 被告A株式会社(以下「被告A」という。)及び被告株式会社B(以下「被告B」という。)は、いずれも一般利用者に対するインターネット接続プロバイダ事業等(以下、インターネット接続サービスを提供するプロバイダを「経由プロバイダ」という。)を行っている株式会社である(争いのない事実)。 ウ Cは、株式会社Dの取締役であり、インターネット関係の調査業務に従事している(甲1の1、2の1)。 (2) 原告は、実演家・椎名林檎が歌唱する楽曲「真夜中は純潔」及び実演家・矢井田瞳が歌唱する楽曲「Ring my bell」をそれぞれ録音したレコード(以下、それぞれ「原告レコード1」、「原告レコード2」という。)のレコード製作者であり、レコード製作者として送信可能化権(著作権法96条の2)を有する(甲1の1、2の1、3の2、4の1、弁論の全趣旨)。 (3) WinMXについて(甲6、弁論の全趣旨) ア WinMXは、いわゆるファイル交換共有ソフトウェアのひとつであり、WinMXをインストールしているコンピュータ間において、各コンピュータ内の「共有フォルダ」に記録されている電子ファイルの検索及び送受信を可能とするものである(以下、WinMXを利用したファイル送信を「WinMX送信」という。)。 イ WinMXは、ピア・ツー・ピア(P2P)型ソフトウェアの一種である。P2P型ソフトとは、パーソナル・コンピュータ同士を対等な立場で直接接続するネットワークの接続状態であり、WinMXの利用者が、他の利用者との間で、プロバイダが提供するサーバへのデータの蓄積及び同サーバへのアクセスを経ることなく、直接自己のコンピュータ内に保有する情報を送受信するソフトウェアをいう。 WinMXにおいては、特別の設定変更を行わない限り、ファイルの送信を要求する利用者に対して、その者が誰であろうと区別なくファイルを送信する行為を行うものである。 ウ WinMXの利用手順について (ア) WinMXの送信側ユーザーがWinMXをインターネットに接続さ れたパーソナルコンピュータ上で起動すると、あらかじめ共有フォルダとして指定されているパーソナルコンピュータ内のフォルダに蔵置されている電子ファイルの情報(ファイル名、バイト数等)が自動的に公開される。他のWinMX利用者(受信側ユーザー)がWinMXの検索ウィンドウに任意の文字列を入力して検索を行うと、送信側ユーザーの公開フォルダ内に蔵置されているファイル名が当該検索文字列を含んでいれば、受信側ユーザーのWinMXの表示画面上に検索結果として、当該電子ファイルのファイル名、バイト数、同時にダウンロード可能な人数、現時点でダウンロード中の人数(すべて塞がっている場合には、何人がダウンロードを待っている状態にあるか)等が表示される。 (イ) 受信側ユーザーが当該電子ファイルの取得を希望する場合には、そのファイルを選択して、WinMX上の「ダウンロード」ボタンを押す。それにより当該ファイルのダウンロード要求が受信側ユーザーから自動的に送信側ユーザーに送られる(それと同時に、受信側ユーザーのWinMXの画面は、自動的に「転送画面」に切り替わる。)。同一ファイルに対して多くのダウンロード希望者がおり、同時にダウンロードできる場合には、受信側ユーザーは順番待ちの列(queue)に並ぶことになる。自分の順番になると、当該電子ファイルが、送信側ユーザーのパソコンの記録領域中から、送信側ユーザーが利用しているプロバイダの電気通信設備を経由して、受信側ユーザーに向けて自動的に送信され、ダウンロードが開始される。 (4)ア 平成16年4月13日、Cは、インターネットに接続したパーソナルコンピュータを使用して、WinMXを起動し、検索ワードを「椎名」、検索対象ファイルを「mp3」と指定して検索を行ったところ、「NISSAN」というユーザー名の氏名不詳者(以下「ユーザーNISSAN」という。)が「椎名林檎-真夜中は純潔.mp3」と題するファイル(以下「本件ファイル1」という。)を公開していることが判明し、同日午後4時50分30秒から同日午後4時54分16秒まで本件ファイル1のダウンロードを行い、同時点でダウンロードが完了した(甲1の1、3の1及び2、9ないし12、弁論の全趣旨)。 イ 平成16年4月6日、Cは、インターネットに接続したパーソナルコンピュータを使用して、WinMXを起動し、検索ワードを「矢井田」、検索対象ファイルを「mp3」と指定して検索を行った。  検索の結果、「crown」というユーザー名の氏名不詳者(以下「ユーザーcrown」という。)が「矢井田瞳-Ring my bell(1)(1).mp3」と題するファイル(以下「本件ファイル2」という。)を公開していることが判明し、同日午後8時10分から同日午後8時17分まで本件ファイル2のダウンロードを行い、同時点でダウンロードが完了した。  ダウンロード中、ユーザーcrownがインターネットに接続している接続ホスト名(アップロード行為者がインターネットに接続しているインターネットプロバイダ)は「□□□□□(省略)」であり、IPアドレス(インターネットに接続された個々の電気通信設備を識別するために割り当てられる番号)は「△△△△△(省略)」であった(甲2の1、4の1及び2、9ないし13、弁論の全趣旨)。 (5)ア 原告は、同年5月27日、被告Aに対し、ユーザーNISSANの氏名又は名称、住所等の発信者情報の開示を書面において求めたところ、被告Aは、同社の利用約款に基づき、本人が開示に同意した場合、裁判所の発する令状その他裁判所の判断に従い開示が認められた場合、犯罪捜査など法律手続の中で開示を要請された場合にのみ発信者情報の開示をしていること、本件類似の開示請求については慎重な対応を行っていること、指定された発信者情報については保存手続を行っていることを回答した(甲1の1及び2)。 イ 原告は、同年5月27日、被告Bに対し、ユーザーcrownの氏名又は名称、住所等の発信者情報の開示を書面において求めたところ、被告Bは、同社の方針として契約者のプライバシー保護のため明白な権利侵害がない限り契約者の情報を開示しないこと、ユーザーcrownが原告の指摘する時刻にファイル送信を行っていたか否かを断定できないため、開示には応じられないことを回答した(甲2の1及び2)。 (6) 被告Bは、JPNIC(IPアドレスの管理登録機関)から約10000個のIPアドレスを付与され使用しているが、各IPアドレスは特定のユーザーに固定して割り当てるのではなく、被告Bのサーバーが自動的に各ユーザーの接続時にIPアドレスを割り当てる動的システムをとっている。ただし、同サーバーは、ユーザーの端末のホスト名とマックアドレス(各ネットワークカードごとに割り当てられる固有の番号)を読みとり、過去に当該ユーザーにどのようなIPアドレスを割り当てたのかを記憶しているため、被告Bのインターネットの使用者が相当な量に達するまでは、ユーザーには同じIPアドレスが割り当てられている(争いのない事実、甲13、弁論の全趣旨)。  被告Bのモデム管理システムでは、平成16年4月ころの時点では、12時間毎にログの取得を行っている。IPアドレス「△△△△△(省略)」を使用した平成16年4月4日から同月10日までの通信履歴は、同月5日午後5時46分、同月6日午後5時48分、同月7日午前5時48分、同月10日午前5時51分の4回であり、いずれもマックアドレスが「×××××(省略)」と共通している(争いのない事実、丙1、弁論の全趣旨)。 (7)ア 被告Aは、ユーザーNISSANの氏名及び住所に関する情報を保有している(争いのない事実)。 イ 被告Bは、平成16年4月6日午後5時48分ころに「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用していた者の氏名及び住所に関する情報を保有している(争いのない事実)。 (8) 原告は、本訴提起時には、請求の趣旨として、被告Bに対し、平成16年4月6日午後8時13分ころ、「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示するよう求めていたが、後に被告Bから、前記(6)の事実が主張されるに至り、請求の趣旨の変更を申し立てた(弁論の全趣旨)。 2 争点 (1) WinMXにおける経由プロバイダの電気通信が法4条1項、2条1号の「特定電気通信」に該当するか否か (2) 原告の送信可能化権が侵害されたか否か 3 争点についての主張 (1) 争点(1)(WinMXにおける経由プロバイダの電気通信が法4条1項、2条1号の「特定電気通信」に該当するか否か)について (原告の主張) ア WinMX送信において、受信側ユーザーと送信側ユーザーとの間には何ら人間関係はない。送信側ユーザーのパソコンの記録領域中から受信側ユーザーへの送信が開始されるのは、受信側ユーザーの検索条件に合致した電子ファイルがたまたま送信側ユーザーの「共有フォルダ」に蔵置されていたからである。したがって、WinMX送信において送信側ユーザーからみて受信側ユーザーが法2条1号の定める「不特定の者」であることは明らかである。 送信される先が当該送信要求を行った受信者であり、その者の利用しているIPアドレスに向けて送信されることをもって「特定の者によって受信されることを目的とした電気通信」に当たると解するならば、「ウェブページ」や「電子掲示板」も全て「特定の者」によって受信されることを目的とした電気通信ということになってしまうが、それがプロバイダ責任制限法の立法趣旨に反することは明らかである。 イ 「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令」(平成一四年五月二十二日総務省令第五七号)(以下「総務省令」という。)は、プロバイダ責任制限法4条において開示されるべき発信者情報として、氏名又は名称、住所、電子メールアドレスに加えて、「侵害情報に係るIPアドレス」(4号)を挙げている。これは、IPアドレスを手がかりとして経由プロバイダに対して発信者情報開示を請求できることを前提としている。 (被告Aの主張) ア(ア) WinMXの利用者においては、特定の利用者との間でのみ情報の送 受信を行うことを目的としてWinMX上の設定をかかる目的に合わせて変更したというような特段の事情がない限り、不特定の人との間で情報を送受信することを許容しているのであって、その場合の利用者自体が、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を行っていることは疑いがない。  しかし、WinMXの利用者間がファイル交換をする際の経由プロバイダの役割は、ファイル送信者からファイル受信者までの中継の電気通信を行うことであり、経由プロバイダが行う電気通信においては、ファイル送信者側とファイル受信者側とは、個別のIPアドレスによって完全に特定されており、あくまで特定の人の間をやり取りを経由するもので、完全な1対1のやり取りであり、それ以外の者に対して電気通信を行うことは許容されていない。すなわち、WinMXの場合に経由プロバイダの行う電気通信は、電子メールを送信者から受信者に対して送信する場合と同様に完全な1対1の通信である。 (イ) 例えば、商業用(スパム)メールの場合、全く適当に作成された電子メールアドレスに対して多数電子メールが送信される場合が非常に多く、まさにスパムメールの送信者は「不特定の者」に対して電子メールを送信しているものに他ならない。そうであるにもかかわらず、経由プロバイダについて、当時の総務大臣は、衆議院総務委員会において、スパムメールも「1対1の通信の集合体だ、こういう認識ですから、本法案(プロバイダ責任制限法)の対象にならない」と結論付けている。  かかる立法担当者の見解を前提にすると、電子メールについて経由プロバイダが「不特定の者によって受信されることを目的とした電気通信の送信」に該当しないとする根拠は、たとえ送信側ユーザーからみて不特定の者に受信されることを目的とする電気通信の送信であったとしても、経由プロバイダについては当該電気通信の送信者と受信者が明確に定まっている以上、その送信の態様は1対1の通信であるという点にあると考えざるを得ない。  その他、掲示板における書き込みであっても、経由プロバイダの行う電気通信は、掲示板における「書込者→ホームページサーバ管理者」であれ、「ホームページサーバ管理者→閲覧者」であれ1対1通信である(東京地裁平成15年4月24日判決)。  そして、WinMX送信であっても、経由プロバイダにとってみれば、「電子メールの送信」と同様に受信先が明確に定まっているものであることは明らかであるから、かかる通信は1対1の通信に他ならず、WinMX送信も、特定電気通信に該当しない。 イ 被告Aのような経由プロバイダの電気通信が「特定電気通信」に該当するか否かは立法過程で十分に検討されていない。法に基づく開示は、通信の秘密にかかる守秘義務を解除するものであって、しかもその情報は発信者プライバシーや表現の自由等の憲法上の権利とも密接な関わりを有するものであるから、実質的な価値判断に基づく安易な拡張解釈は許されない。  原告は、法4条1項で開示されるべき情報としてIPアドレスが挙げられていることから、経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当することが予定されていたと主張する。しかし、IPアドレスが挙げられているからといって、直ちに経由プロバイダを「特定電気通信役務提供者」に該当するとするのは論理の飛躍である。 ウ かかる観点から客観的に判断すれば、被告Aのような経由プロバイダが行っている通信は特定の者によって受信されることを目的とする電気通信なのであって、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」にはあたらず、法4条1項にいう「開示関係役務提供者」にも該当しない。 (被告Bの主張)  被告Aの主張を自己の有利に援用する。 (2) 争点(2)(原告の送信可能化権が侵害されたか否か) (原告の主張)  ユーザーNISSAN及びユーザーcrownは、いずれも他のWinMX利用者からの求めに応じて原告レコード1又は2を送信可能な状態にすることにより原告の送信可能化権を侵害していたことが明らかである。 (被告Aの主張)  本件においては、ユーザーNISSANによってWinMXで送信しうる状態におかれた本件ファイル1が「真夜中は純潔」のレコードをmp3で圧縮して複製したものであるか否か、平成16年4月13日午後4時51分ころWinMXを利用していたユーザーNISSANに「○○○○○(省略)」のIPアドレスが割り当てられていたか否かのいずれについても、必ずしも明らかではない。 (被告Bの反論)  本件においては、原告が主張する著作権侵害、すなわち原告の「Ring my bell」のレコードについて原告が有する送信可能化権が侵害された事実が立証されているとは認められない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(WinMXを使用した経由プロバイダの電気通信が法4条1項、2条1号の「特定電気通信」に該当するか否か)について (1) 法4条1項は、「開示関係役務提供者(特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者)」に対する発信者情報開示請求権を規定しているところ、本件においては、被告らのような経由プロバイダを通じて行われるWinMXを利用したファイル送信が法の定める「特定電気通信」に該当するか否かが争点となっている。  そして、法2条1号は、「特定電気通信」の意義について、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」と定めているので、WinMX送信がこれに該当するか否かについて判断することとする。 (2) WinMX送信について  前記第2、1(3)に認定したところによれば、WinMXを利用したファイル送信において、受信側ユーザーの送信要求に応じて送信側ユーザーのパーソナルコンピュータから受信側ユーザーのパーソナルコンピュータに対して電子ファイルが送信されるという物理的現象のみを取り出してみた場合、それが送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間で行われる1対1の通信であることは否定できない。  しかしながら、前記第2、1(3)に認定したところによれば、WinMX送信においては、発信側ユーザーのパーソナルコンピュータ内の共有フォルダに蔵置された電子ファイルは、その時点でインターネットに接続している限り、WinMXのユーザーに対し自動的に公開され、WinMXのユーザーは、検索条件を設定しさえすればそれに合致した文字列を含むファイルを検索することができ、受信側ユーザーが当該電子ファイルのダウンロードを希望した場合には、特別の設定変更を行わない限り、順番待ちの列(queue)が終了次第、受信側ユーザーに対して自動的に、当該電子ファイルが送信される仕組みとなっていることが認められる。  このようなWinMXの仕組みに即して検討した場合、WinMXユーザーにおいては、送信側ユーザーが当該電子ファイルを自己のパーソナルコンピュータ内の共有フォルダ内に蔵置した時点で、当該電子ファイルを不特定の者によって受信され得る状態においたものとみるべきであるから、電子ファイルの共有フォルダ内への蔵置とこれに引き続いてなされる受信側ユーザーへの送信とは、一連の情報流通過程として一体的に把握するのが相当である。  そうすると、WinMX送信は、送信側ユーザーを基準として判断した場合、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に該当すると解すべきである。 (3) 経由プロバイダを通じたWinMX送信について ア 被告らは、たとえ送信側ユーザーからみてWinMXによる送信が「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に該当したとしても、経由プロバイダにとってみれば当該送信は個別のIPアドレスによって明確に定まっており、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」には該当しないと主張する。  被告らの主張するとおり、WinMXに限らず経由プロバイダが行う電気通信は、送信者のコンピュータから経由プロバイダの用いる電気通信設備に入力された電子情報を、送信の際に指定されたIPアドレスが割り当てられた受信者のコンピュータに送信するのみであって、経由プロバイダの視点を基準とした場合、送信者から受信者に対する電子情報の送信は1対1でなされる電気通信であることは否めない。 イ しかしながら、経由プロバイダが行う情報の送信は送信者と受信者の通信を「媒介」するものにすぎず、送信者とは異なる独自の目的に基づいて行われるものではないから、法2条1号にいう「特定電気通信」に該当するか否かは、送信者から経由プロバイダを経由して受信者に至るまでの通信全体を1個のものとして包括的に評価すべきものであるし、同号の文字からすると、その評価はもっぱら送信の目的が不特定の者によって受信されることにあるか否かによって決すべきものと考えられる。そうすると、経由プロバイダ自体の送信行為の態様やその目的のいかんにかかわらず、送信者の送信目的が同号に該当するものである以上、送信者から受信者に至るまでの通信全体が同号にいう「特定電気通信」に該当すると解すべきこととなる。 ウ また、被告らの主張するところによれば、情報をあらかじめプロバイダのサーバに蔵置しておく電子掲示板等を用いるものを含めて、およそ経由プロバイダが関与する通信は「特定電気通信」に該当しないこととなるが、立法の経緯等からして電子掲示板を用いた送信行為が特定電気通信に該当することは明らかであるから、このような主張は到底採用できない。 エ 被告らは、スパムメールの送信者が「不特定の者」に対して電子メールを送信しているにもかかわらず、「不特定の者によって受信されることを目的とした電気通信の送信」に該当しないと解釈されているのは、まさに経由プロバイダによる送信の態様が1対1の通信であるからだと主張する。  しかしながら、スパムメールの場合は、確かに送信者において受信者がいかなる者かは確知していないものの、送信者としては、自ら電子メールアドレスを作成した上、そのメールアドレスを有する者に向けて送信行為を行っているのであるから、それがたとえ多数同時に行われたとしても、あくまで特定の相手方に向けた送信と評価できるのであり、スパムメールによる送信行為が特定電気通信に該当しないのは、このことに基づくものである。したがって、この点に関する被告らの主張はその前提を欠くといわざるを得ない。 オ なお、被告らは、被告らのような経由プロバイダの電気通信が「特定電気通信」に該当するかは、立法過程で十分に検討されていないのであるから、守秘義務の解除について安易な拡張解釈は許されないと主張する。  しかし、前述のとおり法2条1号の文言と経由プロバイダの行為の性質からすると、経由プロバイダを経由する通信につき、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」に該当するか否かを判断する際、送信者の送信目的を基準とすることは、必ずしも不自然な理解ではなく、安易な拡張解釈というものには当たらない。 (4) そうすると、WinMX送信が「特定電気通信」に該当することは前述のとおりであるから、この点に関する被告らの主張は理由がない。  したがって、本件におけるWinMX送信は法2条1号の「特定電気通信」に該当し、その送信が経由プロバイダの電気通信設備を経由して受信者に到達する以上、当該電気通信設備は特定電気通信の用に供されているのであり、これを用いて他人の通信を媒介する経由プロバイダは法4条1項の定める「開示関係役務提供者」に該当すると認められる。 2 争点(2)(原告の有する送信可能化権が侵害されたか否か)について (1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、甲第3号証の1及び4号証の1のCD-Rに記録されたデータは、それぞれ本件ファイル1及び本件ファイル2を複製したデータであり、これらのデータはパーソナルコンピュータで再生することができるmp3形式(ファイル圧縮形式の一つ)サウンドのファイルであり、それぞれ楽曲「真夜中は純潔」及び楽曲「Ring my bell」と同一の音楽であること(甲1の1、2の1、3及び4の各1及び2)が認められる。  したがって、本件ファイル1は原告レコード1の中の楽曲「真夜中は純潔」を、本件ファイル2は原告レコード2の中の楽曲「Ring my bell」をそれぞれmp3形式によって圧縮して複製したデータであることが認められる。 (2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、「MX調査隊」は、WinMXを使用するときに使用するポートを経由して、ポートのアクセス記録から、WinMX使用時の接続先のIPアドレス及び接続ホストを検索し、表示するフリーソフトウェアであり(甲8ないし11)、Cは、本件ファイル1及び2のダウンロード中に、「MX調査隊」と題するソフトウェアを起動しており、「MX調査隊」は、本件ファイル1のダウンロード先の接続ホストを「◇◇◇◇◇(省略)」、接続IPアドレスを「○○○○○(省略)」と表示し(甲1の1)、本件ファイル2のダウンロード先の接続ホストを「□□□□□(省略)」、接続IPアドレスを、「△△△△△(省略)」と表示したことが認められる(甲2の1)。  そして、「MX調査隊」の信頼性について検討するのに、証拠(甲12)によれば、原告代理人EがWinMXを用いて公開した電子ファイルを、別のパーソナルコンピュータからWinMXを用いてダウンロードし、その際に「MX調査隊」を用いてIPアドレスを確認した結果、3回の確認を行って3回とも、その時点で原告代理人Eに対し実際に割り当てられていたIPアドレスが正確に表示されたこと(甲10及び11)、「MX調査隊」及びその他3種類のIPアドレス調査ソフトを同時に起動して、WinMXへの接続を繰り返してその都度表示されるIPアドレスを確認した結果、100回とも同一のIPアドレスが表示されたこと(甲12)が認められ、その他これらのIPアドレス調査ソフトの信頼性に疑いを挟む証拠もない。したがって、「MX調査隊」が接続先として表示したIPアドレスは正確であると認められる。  これらの事実及び前記2、1(4)の事実を総合すれば、平成16年4月13日午後4時51分ころ、ユーザーNISSANが本件ファイル1を送信した際に同人に割り当てられていたIPアドレスは「○○○○○(省略)」であり、接続ホスト名は「◇◇◇◇◇(省略)」であること(甲1の1、7ないし12)及びユーザーcrownが本件ファイル2を送信した際に同人に割り当てられていたIPアドレスは「△△△△△(省略)」であり、接続ホスト名は「□□□□□(省略)」であったこと(甲2の1、7ないし12)が認められる。 (3) なお、被告Bは、被告Bの検索システムでは、平成16年4月6日午後8時13分ころ、「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用する者が被告Bのインターネット接続サービスを利用してインターネットに接続していたかどうかについて、技術上確認できないと主張し、前記第2、1(6)に認定した事実及び被告BのPC監視履歴(丙1)によれば、同日午後5時48分及び同月7日午前5時48分において、「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用する者が被告Bのインターネット接続サービスを利用してインターネットに接続していた事実が認められるにとどまり、その間の通信履歴は確認されていない。  しかし、前記第2、1(6)に認定した事実を総合すれば、同月6日午後5時48分から同月7日午前5時48分の間に「△△△△△(省略)」というIPアドレスを使用して行われた通信は、同一の端末を経由して実行されたものであることが認められる。そうすると、これらの通信を行った人物と、平成16年4月6日午後8時13分ころに同じIPアドレスを使用していたユーザーcrownとは同一人物であると認められ、被告Bは同日午後5時48分に上記IPアドレスを使用していた者の氏名及び住所に関する情報を保有している旨を自認している。  したがって、被告Bはユーザーcrownの氏名及び住所に関する情報を保有しており、それは同日午後5時48分に上記IPアドレスを使用していた者の氏名及び住所に関する情報と同一のものと認めることができる。 (4) 上記の事実、前記第2、1(4)の事実及び弁論の全趣旨によれば、ユーザーNISSANは本件ファイル1を、ユーザーcrownは本件ファイル2を、それぞれインターネット回線を通じて自動的に送信しうる状態においていたことが認められるから、これによって原告レコード1及び原告レコード2に対する原告の送信可能化権がそれぞれ侵害されたこと、ユーザーNISSAN及びユーザーcrownの発信者情報が原告の損害賠償請求権の行使のために必要であること(法4条1項1号、同項2号)は明らかであり、他にこれを覆すに足りる証拠はない。 3 以上によれば、原告の請求は理由があるから、いずれもこれを認容することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部 裁判長裁判官  藤 山 雅 行 裁判官  大須賀 綾 子 裁判官  筈 井 卓 矢

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