H17. 6. 3 静岡地方裁判所 平成14年(ワ)第924号等 詐欺,承諾殺人,窃盗等

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判示事項の要旨: 本件は,社会福祉法人の理事長である被告人が,介護保険法に規定する介護給付費を詐取しようと企て,同法人が運営する特別養護老人ホーム及びその併設事業所である指定短期入所生活介護事業所に,定員を超過して入居者を受け入れていたのに定員を超過していないかのように装ったりするなどして,介護給付費合計6億円余りを詐取したという詐欺の事案,及び,介護給付費の不正受給に関する報道を見聞きし,自分や妻が警察に逮捕されるのではないかなどと恐れ,将来を悲観して妻の求めに応じて妻と心中を図り,妻を殺害したものの被告人は生き残ったという嘱託殺人の事案等。 判 決 要 旨                        被告人  甲 主     文 被告人を懲役6年に処する。 未決勾留日数中700日をその刑に算入する。 訴訟費用は全部被告人の負担とする。  理     由 (罪となるべき事実)  被告人は,静岡市葵区ab番地に主たる事務所を置く社会福祉法人Aの理事長であり,同法人が運営する指定介護老人福祉施設「B」の施設長として同施設の業務全般を統括していたものであるが, 第1 平成12年4月1日施行の介護保険法に規定する介護給付費を詐取しようと企て,同施設の事務長であるCらと共謀の上,  1 同年3月13日ころ,真実は前記「B」に配置する医師は非常勤医師1名であったのに,常勤医師1名及び非常勤医師1名を配置する旨虚偽の記載をした介護給付費算定に係る体制等に関する届出書を静岡県健康福祉部長寿健康総室介護保険室に提出し,同室長らをして常勤医師配置加算の要件を充足しているものと誤信させて静岡県知事の承認決定を受け,同室から保険者である静岡市が介護給付費の請求・支払等の業務を委託している静岡県国民健康保険団体連合会に対してその旨通知させた上,別表1記載のとおり(別表1省略),平成12年5月5日ころから平成13年4月8日ころまでの間,前後11回にわたり,常勤医師が配置しているかのように装い,  2 前記「B」に併設した短期入所生活介護事業所「E」の定員を20名として短期入所生活介護事業者の指定申請書を中部健康福祉センターに提出した上,短期入所生活介護を実施する旨の記載をした介護給付費算定に係る体制等に関する届出書を静岡県健康福祉部長寿健康総室介護保険室に提出し,静岡県知事の承認決定を受け,同室から前記連合会に対してその旨通知させていたが,真実は,前記事業所の入所者数が常時前記定員を超過していたのであるから,短期入所生活介護費を請求するに当たって,指定居宅サービス介護給付費単位数表の所定単位数に100分の70を乗じて得た単位数を用いて減額計算をして請求しなければならないのに,別表1記載のとおり,平成12年5月5日ころから平成13年4月8日ころまでの間,前後11回にわたり,前記事業所の入所者数が前記定員を超過していないかのように装い,  3 前記「B」に管理栄養士を配置し,適時・適温の食事提供を行う旨の介護給付費算定に係る体制等に関する届出書を中部健康福祉センターに提出し,静岡県知事の承認決定を受けた上,静岡県健康福祉部長寿健康総室介護保険室から前記連合会に対してその旨通知させ,基本食事サービス費について1日につき入所者1人当たり2120円を請求する旨申請していたが,真実は,平成12年12月21日以降,管理栄養士を配置していなかったのであるから,基本食事サービス費については1日につき入所者1人当たり1920円を請求すべきであったにもかかわらず,別表1記載のとおり,平成13年2月8日ころから同年4月8日ころまでの間,前後3回にわたり,管理栄養士を配置しているかのように装い,   前記社会福祉法人Aの事務所に設置された前記連合会とオンライン接続されているコンピュータ端末機を使用するなどし,同連合会を介し,静岡市に対し,常勤医師配置加算を計上した介護給付費,前記減額計算をしないままの短期入所生活介護費及び1日につき入所者1人当たり2120円とする基本食事サービス費をそれぞれ支払うよう請求し,静岡市保健福祉部介護保険課長ほか1名をして,前記各請求が正しくなされているものと誤信させ,よって,別表1記載のとおり,平成12年6月23日(前記3については平成13年3月23日)から平成13年5月25日までの間,前後11回(前記3については前後3回)にわたり,静岡市による常勤医師配置加算負担分合計732万4931円,短期入所生活介護費合計5604万2191円及び基本食事サービス費合計1656万3570円を含む介護給付費合計6億27万6602円を静岡市等から前記連合会に支払わせた上,情を知らない同連合会係員をして,静岡市葵区cd番e号H信用金庫I支店の社会福祉法人AF理事長甲名義の普通預金口座に同額を順次振込入金させ,もってそれぞれ人を欺いて財物を交付させた 第2 介護保険法に規定する介護給付費を詐取しようと企て,前記Cらと共謀の上,前記「B」に併設した短期入所生活介護事業所「E」の定員を20名として短期入所生活介護事業者の指定申請書を中部健康福祉センターに提出した上,短期入所生活介護を実施する旨の介護給付費算定に係る体制等に関する届出書を静岡県健康福祉部長寿健康総室介護保険室に提出し,静岡県知事の承認決定を受けていたところ,真実は,同所の入所者数が常時前記定員を超過していたのであるから,短期入所特例措置により静岡市に対し短期入居生活介護費を請求するに当たって,指定居宅サービス介護給付費単位数表の所定の単位数に100分の70を乗じて得た単位数を用いて減額計算をして請求しなければならないのに,別表2記載のとおり(別表2省略),平成12年8月15日ころから同年12月15日ころまでの間,前後5回にわたり,前記定員を超過していないかのように装い,静岡市葵区f町g番h号静岡市保健福祉部介護保険課において,同課係員に対し,前記減額計算をしない所定単位数を計上した被保険者Jほか18名の介護保険居宅介護(支援)サービス費支給申請書38通を提出して短期入所生活介護費を支払うよう請求し,同課長をして,前記各請求が正しくなされているものと誤信させ,よって,同年11月13日から平成13年3月1日までの間,前後5回にわたり,情を知らない同市役所係員をして,短期入所生活介護費合計394万6140円を含む居宅介護サービス費合計480万1808円を前記H信用金庫I支店の社会福祉法人AF理事長甲名義の普通預金口座に順次振込入金させ,もってそれぞれ人を欺いて財物を交付させた 第3 平成13年9月22日ころから平成14年7月14日ころまでの間,静岡市ab番i前記A敷地内において,静岡市水道局長管理に係る水道水約1万4572立方メートル(料金約295万920円相当)を前記A所有の受水槽に流し込み窃取した 第4 前記社会福祉法人Aの理事兼「B」及び「E」の副施設長として経理事務を担当していた妻のKとともに,当時新聞等で介護給付費を不正に受給しているなどと報道されていたことから,早晩Kともども警察に逮捕されてしまうなどと考えて将来を悲観していたところ,平成14年9月1日,静岡県庵原郡j町もしくは同郡k町から山梨県南巨摩郡l町及び同郡m町に向かう普通乗用自動車内等で,Kから「死ぬなら首を吊って死ぬとか,毒を飲んで死ぬとか,車の排気ガスで死ぬとかしたいね」などと言われ,これを受けて,被告人が運転する上記乗用車の助手席にKが同乗し,同車ごと山道から谷底に転落して心中する方法を提案して,これを合意した上,同日午後5時30分ころ,上記m町no番地国有林p先林道において,助手席にKを乗車させた上記乗用車を運転して同女もろとも同車を崖から約55メートルにわたって転落させ,よって,そのころ,同所において,Kを脾破裂による腹腔内出血により死亡させ,もって,同女の嘱託を受けて同女を殺害した ものである。 (争点に対する判断) 第1 弁護人の主張  弁護人は,(1)判示第1の1の事実については,被告人は,L医師(以下「L医師」という。)が自宅でBのために仕事をする時間も勤務時間に含まれ,常勤医師の条件を満たしているものと誤解していたのであるから,被告人には違法性の意識がない,(2)判示第1の2及び判示第2の各事実については,①定員超過の場合には7割しか介護給付費を請求できないとの介護保険法の規定(以下「減算規定」ともいう。)は,定員を超過した違反者に3割分の制裁金を課していることと同じであり,何ら弁明の手続もないまま不利益を課すものであるから,憲法31条に違反して無効である,②そうでないとしても,被告人は,本件当時,同規定の存在を知らなかったから,詐欺の犯意がなく無罪である,(3)判示第1の3の事実については,①被告人は,管理栄養士が不在であることは認識していたが,積極的に管理栄養士が配置されているように装ったことも,配置を前提とする加算請求を指示したこともないから,詐欺の犯意も行為もなく無罪である,②仮に詐欺罪が成立するとしても,その範囲は管理栄養士が配置されている場合に請求できる金額との差額である1人1日あたり200円分にすぎない,(4)判示第4の事実については,①同様の事案については,これまで検察官は起訴してこなかったものであるから,本件は検察官が公訴権を濫用して差別的に被告人を起訴したものというほかなく,本件公訴は棄却されるべきである,②そうでないとしても,自殺自体は罪とならないところ,本件は2人が1つの行為で一緒に自殺しようとしたものであって,1人の自殺行為と区別すべき理由がなく,また,仮にKが生き残った場合には,共謀共同正犯の理論からするとKについて承諾殺人ないし嘱託殺人罪に問うことになるがこれはいかにも不合理であることに照らしても,本件は承諾殺人ないし嘱託殺人の犯罪構成要件には該当しないとみるべきであるから無罪である,③本件は,違法性が著しく軽微なものであるから,可罰的違法性がなく無罪である,④本件のように,嘱託殺人ないし承諾殺人の実行行為者自身も,殺されることを嘱託あるいは承諾している者と同じように,追い詰められて死を望み,死を選択しているような極限状況にあって,しかも,自殺行為が相手を殺す行為でもあるというような場合においては,1人の自殺と同様に嘱託殺人ないし承諾殺人の実行行為者について嘱託殺人ないしは承諾殺人の行為に及ばないことを期待することはできず,非難可能性もないから無罪である,⑤仮に犯罪が成立するとするならば,承諾殺人罪ではなく,嘱託殺人罪に該当するとみるべきである旨,それぞれ主張する。  そこで,以下に順次検討する。 第2 常勤医師配置加算分の詐欺について(争点(1))  1 弁護人が主張するように,仮に被告人がL医師が常勤医師の条件を満たしているものと誤解していたものとすれば,被告人には詐欺の犯意を欠くものといわざるを得ないが,前記の関係証拠によると,被告人が,L医師が常勤医師の条件を満たしていないことを十分分かった上で常勤医師配置加算の請求をしていたことは明らかであるから,弁護人の主張は理由がない。  2 すなわち,前記関係証拠によれば,次の事実が認められる。   (1) 介護保険法(平成12年4月1日施行)によれば,1週間に32時間以上施設で勤務する医師を常勤医師とし,これを配置することによって,施設は,常勤医師配置加算規定の適用を受けこれを受給することができる。   (2) 被告人は,平成12年4月1日付けで,平成4年10月ころから施設の嘱託医をしていたL医師との間で,同医師が実際に勤務可能な,1日3.5時間以上を勤務時間とする覚書書を取り交わす一方で,常勤医師配置加算規定の適用を受けるために,事務長のC(以下「C」という。)に指示するなどして,平成12年3月13日ころまでに,L医師の勤務時間が1日8時間,1週間に5日間であるとの内容虚偽の常勤医師雇用契約書(同年4月1日付け)を作成して,同医師の記名押印を得るとともに,さらに,県の担当者から,常勤医師配置加算規定の適用を受けるには,常勤医師1名のほかに,非常勤医師1名が必要である旨指摘されたことから,これまたその実体が全くないにもかかわらず,「公休日の2日間は代替医師としてM医師が4時間勤務とする」旨を上記常勤医師雇用契約書に記載し,かつCをして,M医師から医師免許証の写しの交付を受けさせて,これらを添付し,常勤医師1名及び非常勤医師1名を各配置している旨の介護給付費算定に係る体制等に関する届出書を静岡県に提出した。     平成13年についても,L医師との契約内容は,1日3.5時間以上とすることで変わりがなかったが,1日8時間,1週5日間の勤務であるかのような内容虚偽の常勤医師雇用契約書(同年3月31日付け)を作成して,これにも同医師の記名押印を得ている。   (3) L医師は,実際にも,上記覚書書に基づき,平成12年度は1か月約70時間,平成13年度は1か月約90時間ほど施設において勤務していたが,これは常勤医師配置加算規定の要件を満たすものではなかった。     なお,被告人は,平成13年4月,L医師に対して,同月の勤務時間が上記覚書書で定めた勤務時間に満たなかったことを指摘して,それを遵守するように求めたことがあった。   (4) 被告人は,L医師の勤務時間について,職員にタイムカードを2枚用意させ,1枚には実際の勤務時間を記録させるとともに,もう1枚には1日の勤務時間が8時間程度になるように職員に記録させたり,コンピューターを管理していた職員に指示して勤務時間のデータを改ざんさせたりしていた。    これらの事実関係によれば,被告人において,L医師の勤務実態が介護保険法に定める常勤医師の基準を満たしていないことを認識していたことは,明らかである。  3 もっとも,弁護人は,前記第1の(1)のとおり主張し,被告人も,L医師の施設内での診療時間は3時間程度であるが,同医師から「その後自宅でカルテの作成等の事務処理をしており,それを合算すれば常勤医師としての勤務時間を満たしている。この点については県に対して事前に確認している」と聞いていたため,同医師が常勤医師としての条件を満たしていると信じていた旨述べている。    しかし,L医師は,上記のような事実はなかったと明確に否定しており,被告人の意を受けて,上記内容虚偽の常勤医師雇用契約書(平成12年4月1日付け)にL医師の押印を受けるなどした事務長のCも,L医師や被告人からそのような話を聞いたことはなく,同医師が常勤医師の条件を満たしていないことを認識していた旨明確に証言しているところである。そもそも,常識的に考えても,被告人の上記供述は,極めて不合理であるし,また,もし被告人が述べるとおりであるとすれば,上記のようにL医師の施設での勤務時間を実際以上のものに装う必要は全くなかったはずである(この点について,被告人は,L医師が自宅における勤務時間を明らかにしなかったため,施設での勤務時間だけで常勤医師の要件を満たすようにせざるを得なかった旨弁解しているが,同医師が本当に被告人に前記のようなことを言ったのであれば,被告人から求められて,自宅における勤務時間を明らかにしないなどということはあり得ないところであるし,Cは,L医師に自宅での勤務時間を明らかにしてもらうようにとの指示を被告人から受けたことはなかったと明言しているところである。)。    さらに,弁護人は,(ア)L医師側の都合で常勤の勤務時間を満たすことができなかったものであり,被告人は,もっと長時間勤務してくれる医師を探すことができたにもかかわらず,それをすることなくL医師を雇っていたのであるから,これは同医師の上記説明を信じたものと考える以外にない旨,また,(イ)被告人は,L医師に常勤医師配置加算規定の適用による受給額より多額の報酬を支払っていたのであり,しかも,年々施設内での勤務時間が増加しても,同医師の報酬は同額であったものであるから,これらの点からも,被告人が常勤の意味につき施設内での勤務時間だけを考慮に入れていたのではないことが窺われる旨主張する。しかし,(ア)については,被告人が別の医師を探すことなく,L医師を雇用し続けたことが,同医師から上記のような説明があって被告人がこれを信じていたことを推認させる関係にあるものでもなく,(イ)についても,被告人が常勤医師の勤務時間につき同医師の自宅での勤務も考慮に入れられるものと考えていたことに直ちに結び付くものでもない。    以上検討したとおり,被告人の上記供述は信用できず,弁護人の前記主張は理由がない。 第3 短期入所生活介護費の詐欺について(争点(2))  1 憲法違反の主張について(①の主張)   介護保険制度は,市町村に居住する一定年齢以上の者などの法定の要件を満たす者を被保険者とし,市町村等を保険者として,被保険者の要介護状態等に関して必要な保険給付を行うものであり(介護保険法1条以下),短期入所生活介護サービスに関していえば,市町村等が被保険者に対し,サービスに要する費用の9割を短期入所生活介護費として支給するものであるところ,被保険者が指定居宅サービス事業者からサービスを受けたときは,市町村等は被保険者が事業者に支払うべき短期入所生活介護費を,被保険者に代わり事業者に支払うことができるとされていることに基づき,通常は,事業者が直接保険者である市町村等に短期入所生活介護費を請求して市町村等からその支払いを得るというものである。そして,支払われる生活介護費は,介護サービスの内容に照らして金額に差違があり,サービスの質が充実している場合はそれだけ支払われる金額も多くなるが,サービスの質が低下した状態にある場合にはその分支払われる金額が少なくなるという仕組みになっているものであり,本件で問題となっている短期入所者の定員超過の場合における,介護給付費につき定員内にある場合の額の7割までしか支払いを受けられない旨の規定(減算規定)は,介護サービスの内容が質的に低下することに応じた基本的な給付額の定め自体にほかならず,特定の者に義務を課し,またはその権利を制限する処分でないことは極めて明白である。したがって,減算規定につき,弁明の手続等が定められていないからといって,憲法31条に違反するなどといえないことは明らかである。    弁護人の主張は,理由がない。 2 詐欺の犯意がないとの主張について(②の主張)  (1) 前記関係証拠によれば,次の事実が認められる。    ① 被告人が施設長をするBの定員は120名であり,Eの定員は20名である。しかるに,Eでは,平成12年4月ころから平成13年3月ころまでの間,1日あたり約12人から23人程度の定員超過の状態にあった。    ② 施設長は,従業者の管理,業務の実施状況の把握その他の管理を一元的に行うとともに,従業者に対し指揮命令を行うべき立場にある(指定介護老人福祉施設の人員,設備及び運営に関する基準(平成11年3月31日付け厚生省令第39号)第22条)。ところで,被告人は,そもそも,父名義の土地を用地として提供したり,設立資金として金融機関からK名義で約1億3000万円を借り入れて寄附したりして,上記施設を運営する社会福祉法人Aを立ち上げた上,平成5年7月からその理事長に就任し,平成10年7月からはB及びE(以下,これを併せて単に「F」ともいう。)の施設長に就任していたものである。      そして,被告人は,介護保険制度が始まる前から,入所者の生活相談員のNや処遇部長であったOに対して,定員の2倍である40名程度まで短期入所者を受け入れるように指示し,これら定員外の者を「フリー」と呼称して,1人1日あたり5000円の施設利用料を徴収するなどしていたものであるが,平成12年4月から介護保険制度が開始されてからもこの状態は変わらなかったばかりか,Nに命じて,介護給付費関係の書類はもちろん,監査などの際に提示する予定の書類における入所人員の記載を全て定員内に収まるように書き替えさせるなどしていた。      また,被告人は,平成13年6月12日の静岡県と静岡市の合同の実地指導の際には,定員を超えて短期入所者を受け入れている事実が発覚しないように,Oに指示して,入所者16人くらいを静岡市内の温泉施設に連れ出させるとともに,定員数を超えるベッドを居室から駐車場に運び出してビニールシートで覆って隠させるなどし,同年7月13日の静岡市の検査の際にも,同様にして入所者10人くらいを連れ出させるなどしていたものである。さらに,被告人は,同年9月10日に静岡県と静岡市が合同で抜き打ち監査を実施しようとした際には,監査の実施を頑強に拒み,警察官が駆けつけるまでの騒ぎとなったが,結局これを拒み通したものである。    ③ しかして,被告人は,上記のとおり,短期入所者の定員を超過している事実を知悉しながら,Nらに指示して,別表1記載のとおり,平成12年5月5日ころから平成13年4月8日ころまでの間,前後11回にわたって,前記連合会を介し静岡市に対し,7割の減額計算をしないまま短期入所生活介護費を請求して,合計5604万2191円の支払を受け,また,同様にして,別表2記載のとおり,平成12年8月15日ころから同年12月15日ころまでの間,前後5回にわたって,短期入所特例措置により,静岡市に対し,7割の減額計算をしないまま短期入所生活介護費を請求して,合計394万6140円の支払を受けた。   ④ ところで,介護保険制度が開始される直前ころの状況として,静岡県等では,介護保険の導入にあたり,施設の経営者等を集めるなどして介護保険制度の説明会を催しており,被告人自身もKやCなどとともに,何回となくこれに出席している。平成12年3月16日には,静岡県が,各施設における介護保険の給付請求事務担当者等を集めて静岡市内で,介護保険指定事業者説明会を開催し,「F」からは,被告人の指示で,PとQが出席した。その会においては,県の担当者は,「全国介護保険担当者会議資料」を配布してこれに基づいて説明をし,短期入所者の定員超過の場合の7割請求(減算規定)については,上記資料の該当頁(80ページ)を開かせて説明するなどした。Pらは,上記資料を持ち帰って被告人に交付し,被告人は,さらに同資料11冊ほどを県から取り寄せさせて,「F」の介護保険請求に携わる者やその他主だった者に読んで勉強するように指示するとともに,自らもこれを読んで勉強した。また,同月下旬ころには,「F」において,介護保険制度に関する勉強会が開かれたが,その会の終わりころに,Qが,減算規定について発言し,被告人が,「ああ,そうか」と答えたということがあった。  (2) いうまでもなく,指定居宅サービス事業者にとって,介護保険法上の生活介護給付費は,その経営の拠って立つ極めて重要な収入源である。当該施設の経営者にとって,同給付に関する事項については極めて高い関心が払われるのが普通である。現に証人として出廷した介護老人福祉施設を運営する社会福祉法人の理事長であるRは,介護給付費の支給基準等について強い関心を持って勉強し,同業施設の施設長仲間ともこれらについて話し合っており,平成12年3月時点で減算規定についても知っていた旨明確に証言している。    被告人においても,上記の事実関係,すなわち,被告人の施設内における立場や,被告人が定員超過に関して主導的役割を果たしていること,定員超過を隠蔽するための工作についてもこれを主導していること,被告人及び「F」の従業員においても上記資料を使って施設内で勉強会をするなどして勉強しているところ,減算規定は上記資料に明瞭に記載されていること,被告人は,介護保険における職員の配置基準違反の場合の減算規定について,介護保険法施行前から知っていた旨自認しているところであるとともに,常勤医師配置加算や基本食事サービス費などの加算給付に関する規定についても熟知していることなどの諸事実に照らすと,平成12年4月1日の介護保険法施行前までに,上記定員超過の場合の7割請求の規定(減算規定)を知悉していたことは明らかというべきである。 (3) もっとも,被告人は,捜査・公判を通じて,本件犯行当時は,減算規定を知らなかった旨弁解している。そして,前記認定事実のうち,被告人が自ら「全国介護保険担当者会議資料」に基づいて勉強したことはないし,平成12年3月下旬ころにFで開かれた介護保険の勉強会で,Qが減算規定について発言した事実はない旨併せ供述している。     しかし,被告人は捜査段階で,「私自身も介護報酬の勉強をしましたが,介護現場の集大成となる介護報酬の請求をする事務方の職員,特に長期入所担当のO処遇部長,短期入所担当のN生活指導員,デイサービス担当のP,介護報酬請求のまとめ役のQ,総合的な事務責任者のC事務長には,介護報酬を請求する担当者なんだから法律を勉強しろ,どうすればもらえるようになるか,施設を改善すれば良いか,態勢を整えれば良いか考えて,介護報酬の専門家になれ,などと常々言っており,県や市,国保連などが主催する介護保険関係の説明会や講習会などにも積極的に出席させています」と供述しているところであり,この供述内容については,「F」の従業員の各供述などによって十分に裏付けられているところである。そしてまた,Qの供述には一部曖昧な部分及び減算規定について同人自身の不正確な理解を述べる部分があるが,当該会議の出席者や大まかな経緯等は他の証拠とも合致しているだけでなく,前記認定の点は弁護人の反対尋問にも揺らいではいないこと,Qがことさら虚偽の事実を作ってまで被告人に不利なことを述べる動機は何ら窺われないこと,そしてまた,上記のような被告人及び「F」の職員の当時の状況などにも照らすと,Qが3月下旬ころの勉強会で減算規定について発言した事実についても合理的な疑いを差し挟むべき事情はないといい得る。     そもそも,被告人の供述は,捜査段階では,平成13年6月12日の監査の際に,県の担当者から定員超過した場合には減算をしなければならないなどと指摘されるまで減算規定を知らなかった旨弁解していたが,公判廷においては,上記監査の際に県の担当者から減算規定を指摘された事実を否定した上,7割の請求しかできないと知ったのは,平成14年6月ころに静岡県から介護給付費の返還請求が文書でなされたときである旨述べ(第9回公判),さらに公判の終盤では,平成14年6月の時点では,減算規定については,十分分からず,逮捕されてから,警察官に介護保険法の条文を示されて,1名でも定員超過していれば3割減額されることを知った旨述べる(第23回公判)など,著しく変遷しており,このような状況に照らしても極めて信用性は低い。     したがって,被告人の上記弁解は到底信用できない。 (4) なお,弁護人は,前記C,O,N及びPらが,いずれも本件当時,減算規定の存在を知らなかった旨供述していることから,被告人においてもこれを知らなかったことを推認させる旨主張する。確かに,これらの者は,弁護人指摘のように供述しているが,これらの者の現在の立場等に照らせば,これらの供述自体そのまま信用することができないものといわざるを得ず,これまで認定してきた事実関係及びこれらの者の「F」における本件当時の立場に照らせば,Cらも,本件当時,減算規定を知っていたと十分推認できる(ちなみに,Nの警察官調書抄本に添付されている前記全国保険担当者会議資料の「N」と名前入りのものの減算規定の記載部分(80頁)についてはマーカーで印を付けてあること,「P」の名前入りの同資料の同頁の上角には心覚えのためしばしばする折られた痕があることなどが認められる。)。 さらに,弁護人は,平成13年6月の県及び市の実地指導の際に定員超過の事実が発覚した(なお,関係証拠によると,Nにおいて,被告人の了解を得て,2名の定員超過を認めたというものである。)にもかかわらず,その後も定員超過を続けていることは,被告人が減算規定を知らなかったことを裏付けている旨主張するが,Nの供述によると,上記実地指導の際には県の担当者から減算規定の指摘があったことが認められるのであるから(被告人も,前記のとおり,捜査段階ではこの点を認めている。),それにもかかわらず被告人が定員超過を続けたことは,被告人の犯意の強固さを示しこそすれ,被告人が減算規定を知らなかったことの裏付けとなるものではない。   (5) ところで,弁護人は,裁判所は,検察官の請求により,一旦結審した弁論を再開し,しかも一旦結審する前に弁護人が請求したものの検察官が反対し採用しなかった同じ証人を,今度は検察官の請求によって採用して取り調べているのであるから,そもそも弁論再開自体が違法な訴訟手続であり,さらに,その後の手続は著しく不公正,不公平な手続というべきであるから,弁論再開後の証拠調べについては,被告人に不利益なものは証拠から排除されるべきである旨主張する。しかし,弁論を再開して補充立証を許すかどうかは裁判所の裁量に委ねられているものであり,もちろん著しく不合理なものについては裁量権を逸脱したものとみざるを得ない場合があるが,そうでない限り訴訟手続の違法の問題は生じないものであって,本件手続に,裁量権を逸脱した違法が存しないことは明らかである。再開後の証拠取調手続についても,裁判所は,弁護人の意見を聞いた上で検察官の証人請求を採用し,かつ,弁護人に対しても立証の機会を十分に与えてきたものであるから,不公正,不公平なところは全くない。弁護人の主張が失当であることはいうまでもない。   (6) 以上のとおりであるから,被告人が減算規定を知らなかったから詐欺の犯意を欠く旨の弁護人の主張も理由がない。 第4 基本食事サービス費の詐欺について(争点(3))  1 詐欺の犯意も行為もないとの主張について(①の主張)    被告人も公判廷で,管理栄養士が配置されていないことを承知の上,これが配置されているものとして基本食事サービス費を請求していたことを認めているのであり,関係証拠からもこのことは十分に裏付けられるから,詐欺の犯意も行為も明らかである。弁護人は,積極的に管理栄養士が配置されているように装ったことも,配置を前提とする加算請求を指示したこともないから,これらを欠くというが,管理栄養士が不在になってからも,管理栄養士が配置されている旨の届出を変更することなく,これが配置されている場合の加算額を請求すれば,管理栄養士が配置されているように装ったというほかないし,また,被告人の立場を前提にすれば,上記変更の届出も指示せず,かつ,上記の加算請求をやめるようにも指示しないで,上記加算請求をそのまま続けさせていることは,配置を前提とする加算請求を指示しているものと優に評価し得る(ちなみに,Cは公判廷で,被告人から,後任の管理栄養士が決まるまでは従前の管理栄養士であるDの名前を借りておくしかない旨の話があったので,変更届もせずに管理栄養士がいるかのような請求をしてしまったと供述しているところであり,これも十分信用できる。)。    弁護人の主張は理由がない。  2 詐欺罪の成立範囲について(②の主張)    静岡市において,管理栄養士が配置されていないことを知った場合には,本件請求に基づいて,管理栄養士が配置されていない場合の金額(1日につき1人当たり1920円)についても支払いをすることはなかったと考えられるし,また,同金額の限度では,これを請求して給付を受ける権利があったとしても,管理栄養士が配置されていると偽り,1日につき1人当たり2120円を請求する行為は,この金額全部について全体が不法に財物を取得する行為というべきであるから,同金額全部について詐欺罪が成立すると解すべきである。    弁護人の主張は理由がない。 第5 妻との心中(判示第4)の事実について(争点(4))  1 公訴権濫用の主張について(①の主張)    本件で取り調べられた証拠によれば,本件の公訴提起が職務犯罪を構成するような極限的な場合でないことは明らかであるばかりか,本件が軽微な事案といえないことも明らかであるから,検察官の本件公訴提起を不当とすることができないことはいうまでもない。    弁護人の主張は理由がない。  2 承諾殺人ないし嘱託殺人罪の構成要件に該当しないとの主張について(②の主張)    刑法202条は,自殺者自身は処罰されないものとしても,これに関与した自殺者以外の者に対しては,その態様に応じて,自殺教唆,自殺幇助,嘱託殺人,承諾殺人などとして処罰するものであり,このことは異論を見ない。そして,本件のように心中として,一緒に乗車した自動車で谷底に突っ込むという一つの行為でこれを敢行した場合も,被告人においてKの自殺に関与していることは明らかであり,しかも,被告人においては上記自動車を運転して突っ込むという相手を死亡させる行為を実行しているのであるから,嘱託殺人ないしは承諾殺人の犯罪構成要件に該当することは明らかである(また,本件のような場合において,仮に運転をしていないものが生き残った場合に,共謀共同正犯の理論を適用して同人について嘱託殺人ないしは承諾殺人罪に問うことができる場合があると考えても何ら不合理とはいえない。)。    弁護人の主張は理由がない。  3 可罰的違法性がないとの主張について(③の主張)    前記関係証拠から認められる本件の動機,犯行に至る経緯,犯行態様及び結果等に照らせば,本件が違法性が著しく軽微なものとは到底認められないのであり,可罰的違法性を欠くなどといえないことは明らかである。    弁護人の主張は理由がない。  4 期待可能性ないしは非難可能性がなく,責任がないとの主張について(④の主張)    心理的に追い詰められて自殺を企てる者に対しても,他人の生命を否定する行為をなさないことを期待することができないものでないことは明らかであり,自殺行為が相手を殺害する行為でもあるような場合であっても,そのような行為を思い止まることを期待することが不可能であるとは到底いえず,そのような行為に対する非難可能性がないということはできない。本件において,被告人は,Kの死んでしまいたいとの欲求に対して,他に取るべき方法はいくらでもあったのであるから,これを思い止まるよう説得すべきであったものであるのに,短絡的にKの欲求に同調し,自らも死を決して心中行為に走っているのであり,期待可能性ないし非難可能性がないとはいえないことが明らかである。    弁護人の主張は理由がない。  5 本件が承諾殺人ではなく嘱託殺人に該当するとの主張について(⑤の主張)    承諾殺人も嘱託殺人もともに被殺者の意思に合致した死の惹起行為を処罰の対象とするものであって,しかも,その境界は微妙である。両方とも一つの構成要件によって規定されているものであり,法定刑も同一であるから,当該行為がどちらに該当するかについて議論することにはほとんど実益がないところである。しかし,あえてどちらかといえば,本件では,被告人の供述によると,「平成14年9月1日午前10時ころS町公民館で,Kは『T(被告人らの息子)に最後の電話をして話をしておきたい』などと言い出し,さらに,昼ころまで再三,Kが弟のUに電話をして確認したものの,弁護士と連絡がつかないということで,被告人もKもひどく落胆してしまったところ,Kが,『もうこれ以上,弁護士の件は連絡はしないよ』と言うとともに,同公民館を出発した自動車の中では,『死ぬなら首を吊って死ぬとか,毒を飲んで死ぬとか,車の排気ガスで死ぬとかしたいね』などと言い出し,被告人が,『ロープも持ってきていないし,毒も手に入らない,ホースの準備もない。いっそ車で谷底に飛び込んで死ねばいいんじゃないか』と言ったところ,Kは,一旦は,『そんな怖い死に方は嫌だ』と言って自動車から降りてしまったが,その後再び同車に乗ってきて,『私が睡眠薬を飲んで眠っている間に飛び込んでくれるならいいよ』と言い,結局そのような方法で心中することになり,これを実行しようとしたが,1回目は途中で被告人が怖くなって自動車を転落させることができず,そこで,被告人がKに『死ぬのをやめようか』と言ったところ,Kから『何をお父さん言っているの。一度決めたことじゃないの。そんなことでどうするの』と言われ,頬を平手で叩かれて叱咤されたことから,いよいよ被告人も腹を決めて実行した」というのであり,この被告人の供述は,心中を決行するまでの詳細な事実経過が関係証拠によって被告人の供述どおり裏付けられていること,また,被告人らの娘であるVが供述する被告人及びKの性格や本件前の同人らの言動等とも平仄が合うことなどから,十分な信用性が認められるから,被告人らの心中の経緯は上記被告人の供述どおりであったと認められるのであり,そうすると,心中は,Kが言い出し,しかも終始Kの方が積極的であったと認められるので,本件はKの承諾を得て同人を殺害したというよりは,Kの求めに応じて,すなわちその嘱託に基づき同人を殺害したとみるのが相当である。    この点の論旨は理由がある。 (法令の適用) 罰       条  判示第1及び第2の各行為  いずれも別表の番号ごとに,それぞれ刑法60条,246条1項  判示第3の行為       同法235条  判示第4の行為       同法202条後段 刑種の選択  判示第4の罪        懲役刑 併合罪の処理      同法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い判示第1の別表1の番号4の罪の刑に法定の加重。ただし,短期は判示第4の罪の刑のそれによる。) 未決勾留日数の算入     同法21条 訴訟費用の負担      刑事訴訟法181条1項本文 (量刑の理由)  本件は,社会福祉法人の理事長である被告人が,介護保険法に規定する介護給付費を詐取しようと企て,同法人が運営する特別養護老人ホーム及びその併設事業所である指定短期入所生活介護事業所に,定員を超過して入居者を受け入れていたのに定員を超過していないかのように装ったり,常勤医師や管理栄養士が配置されていないのに,配置されているかのように装ったりして,常勤医師配置加算額合計約732万円,短期入所生活介護費合計約5998万円及び基本食事サービス費合計約1656万円を含む介護給付費合計6億円余りを詐取したという詐欺の事案(判示第1及び第2の各犯行),簡易水道の配管をつなぎ直して水道水を窃取したという窃盗の事案(判示第3の犯行)及び,介護給付費の不正受給に関する報道を見聞きし,自分や妻が警察に逮捕されるのではないかなどと恐れ,将来を悲観して妻の求めに応じて妻と心中を図り,妻を殺害したものの被告人は生き残ったという嘱託殺人の事案(判示第4の犯行)である。  判示第1及び第2の各犯行(詐欺)についてみると,被告人は,より多くの介護給付費を得ようと各犯行に及んだもので,その利欲的な動機には酌量の余地がない。常勤医師配置加算に関しては,内容虚偽の雇用契約書を作ったり,医師の出勤記録を改ざんしたりして,あたかも施設に常勤医師が配置されているかのような外観を積極的に作り出した上,約1年にわたって上記加算額を請求し続け,また,短期入所生活介護費に関しては,職員らに執拗に指示して定員を大幅に上回る入居者を受け入れ,県や市の監査等の際には入所者を外に連れ出したり,正当な理由なく監査を拒絶するなどして,徹底して事実を隠蔽しようとしており,さらに,基本食事サービス費に関しては,管理栄養士が退職した後も変更届を出さず,管理栄養士が配置されているかのように装って加算額を請求し続けたもので,いずれの犯行態様も巧妙で相当に悪質である。判示第1及び第2の各犯行による実質的な被害額は,約8387万円(なお,これには,正しく請求すれば支払いを受けられるはずの短期入所生活介護費分,基本食事サービス費分も含むものである。)とかなりの多額に上る。しかるに,被告人自身は何らの被害弁償もしていない。また,高齢化社会において介護保険制度の重要性が増す中で,制度を悪用して介護給付費を詐取するといった制度の根幹に関わる本件犯行が社会に及ぼした悪影響も大きい。本件が,Aの理事長,判示施設の施設長として職員に対し強い支配力を有していた被告人が,主導的,積極的に敢行した犯行であることが明白であるにもかかわらず,被告人は,不合理な弁解に終始しており,犯行後の情状も甚だ芳しくない。  次に,判示第3の犯行(窃盗)も,利欲的で自己中心的な動機によるものであり,酌量の余地がない。被告人は,情を知らない配管業者を使ったり,自ら材料を調達したりして簡易水道から施設内の受水槽までつなぐための配管工事をするなどしているもので,手口は巧妙である上,判示の期間中は栓を開けたままにして水道水を窃取し続けるなど態様は極めて大胆で悪質である。本件犯行により,1万4000立方メートル以上もの水道水を窃取し,その被害額は約295万円と多額に上っているほか,地域住民の水道利用にも悪影響を及ぼしたのであるから,これまた結果は重い。しかるに,これについても被告人は何らの被害弁償をしていない。  最後に,判示第4の犯行(嘱託殺人)については,精神的に追い詰められていたことは認められるが,短絡的で,生命軽視の態度は許容できず,実際に,妻のKが死亡しているという結果の重大性は明らかであって,これについても相応の刑責は免れない。  以上によれば,被告人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。  他方,被告人は,Aの役職を辞職しただけでなく,本件が大きく報道されたりして,その信用を著しく失墜させており,その点では既に一定の社会的制裁を受けていると評し得ること,社会福祉に貢献した面もあったこと,嘱託殺人については,前記のとおり妻において積極的に死を望んだと認められること,被告人には前科前歴がないことなど,被告人に酌むべき事情もある。  そこで,以上の事情を総合考慮し,被告人を主文の刑に処するのを相当と認める。 (求刑 懲役10年)   平成17年6月3日     静岡地方裁判所刑事第1部                     裁判長裁判官      竹  花  俊  德 裁判官     多  田  尚  史     裁判官植村幹男は転補のため署名押印することができない。          裁判長裁判官      竹  花  俊  德

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