H17. 6.23 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第1746号 損害賠償請求事件

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判示事項の要旨: 新免疫療法と称する癌治療法を行った医師に説明義務違反があるとして,癌患者の死亡との間の因果関係を肯定のうえ,損害賠償請求が認められた事例 H17.6.23東京地方裁判所 平成16年(ワ)第1746号損害賠償請求事件 主文 1 被告Aは,原告Bに対し1618万6634円,原告C,原告D及び原告Eに対し各1079万1089円並びにこれらに対する平成16年2月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 2 被告A及び被告株式会社Fは,各自,原告Bに対し45万1639円,原告C,原告D及び原告Eに対し各30万1093円並びにこれらに対する平成14年8月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 3 原告らの被告Aに対するその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,これを20分し,その2を原告らの負担とし,その17を被告Aの負担とし,その余は被告株式会社Fの負担とする。 5 この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告Aは,原告Bに対し1757万3973円,原告C,原告D及び原告Eに対し各1171万5982円並びにこれらに対する平成16年2月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 2 主文第2項同旨 第2 事案の概要 本件は,乳癌に罹患した訴訟承継前原告亡G(外国人登録原票上の氏名はG,以下「亡G」という。)が,被告HクリニックことA(以下「被告A」という。)から,癌治療として行っていた新免疫療法と称する治療を受け,被告株式会社F(以下「被告F」という。)から,健康食品を購入したところ,死亡するに至ったことから,被告Aに対しては,新免疫療法には被告Aが発表していたような治療効果はなく,また亡Gには外科手術の手術適応があったことなどを説明しなかった説明義務違反があると主張し,被告Fに対しては,新免疫療法の一環として販売されている健康食品に,癌治療の効果はなかったことなどを告知しなかったと主張し,亡Gの相続人である原告らが,被告A及び被告Fに対し,不法行為(共同不法行為)又は債務不履行に基づき,損害賠償を請求する事案である。 1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告ら 亡Gは,昭和29年3月26日生まれの韓国籍の女性であり,訴訟係属中の平成16年2月18日に死亡した。 原告B(以下「原告B」という。)は亡Gの配偶者(夫)であり,原告C,原告D及び原告Eは亡Gの子であり,他に亡Gの相続人はいない。原告らは,大韓民国民法に従って亡Gを相続し(法例26条),原告Bは9分の3,他の原告らはそれぞれ9分の2ずつ亡Gを相続した。 イ 被告ら (ア) 被告Aは,免疫学等を専門とする医師であり,平成7年にI大学医学部第一外科兼同大学保健学部助教授に就任し,平成9年9月にHクリニック(以下「被告クリニック」という。)を開設して同クリニックの院長となった。平成10年4月には被告クリニックの院長を辞め,同年5月にJ大学腫瘍免疫等研究所教授に就任した。平成16年8月に同研究所を退職し,同年10月から現在まで,Kクリニックの院長をしている。被告Aは,被告クリニック等において,癌治療として「新免疫療法」を行ってきた(乙A6,被告A本人)。 (イ) 被告Fは,医薬品の研究,開発及び製造,卸,販売等を目的とする株式会社であり,被告Aの妻で薬剤師のLが代表取締役を務め,健康食品等の販売を行っている。被告Fは,現在は被告クリニックと同一建物の同一フロア(2階)に所在し,被告クリニックと隣接している。 (2) 亡Gの診療経過 亡Gは,平成9年に乳癌の疑いがあることがわかり,同年夏ころにI大学病院において被告Aを受診し(初診日については争いがある。),以後,平成14年8月まで,同病院,被告クリニック,M病院において,被告Aの新免疫療法を受けるなどし,他の医療機関も受診したが,平成16年2月18日に死亡した。 被告Aによる平成9年8月13日から平成10年3月11日までの診療経過(M病院関係)は別紙診療経過一覧表1,平成10年3月28日から平成14年12月14日までの診療経過(被告クリニック関係)は別紙診療経過一覧表2各記載のとおりであり,N病院及びO病院における診療経過は別紙診療経過一覧表(N病院及びO病院関係)記載のとおりであり,P病院における診療経過は別紙診療経過一覧表(P病院関係)記載のとおりである(当事者の主張の相違する部分を除き,当事者間に争いがない。)。 また,亡Gの腫瘍マーカー(TPA,BCA225,BFP,CA15-3)の推移,エコー(超音波診断)所見,投薬及び通院の経過は,概ね,別紙参考資料のとおりである(前記各診療経過一覧表,甲A3,A4,A6,A8,A9,乙A1,A2,A5,A14)。 2 争点 (1) 被告Aが,亡Gに対し,乳癌について手術の適応があること及び新免疫療法の奏効率が低いことを説明せず,治療効果のない新免疫療法を勧めて手術を受ける機会を失わせたのか否か。 (原告らの主張) ア 乳癌について 亡Gが初めて被告Aの診察を受けた平成9年7月7日又は同年8月13日当時,亡Gは乳癌に罹患しており,その乳癌はステージⅠないしⅡであった。ステージⅠないしⅡの乳癌は外科的切除手術の適応性が高く,その段階で外科手術を受けた場合には乳癌が完治する可能性が高かった(統計上約80パーセント治癒する可能性があるとされている。)。 そして,亡Gに手術を実施する場合の手技としては,非定型的乳房切断術以外にも輸血を必要としない手術方法もあった。 イ 新免疫療法について 被告Aは,多数の著作,インターネットホームページ,講演会,患者説明会や患者に手渡す「新免疫療法のご案内」と題するリーフレット等において,癌の治療として被告Aが行っている新免疫療法について,他の癌治療方法に比べ,驚異的な奏効率(化学療法などの癌の治療方法に対する評価に用いられる指標)を示しており,さらに副作用や身体への侵襲もないとし,極めて優れた治療方法であるとしてその有効性を謳っている。そして,被告Aが示す奏効率は,患者及び一般の読者等からみると,当然,被告Aのいう奏効率も他の治療方法について用いられる奏効率と同一であり,新免疫療法が他の治療方法より明らかに有効であると信じさせるものである。亡Gも被告Aの著書等をみてそのように信じたものである。 しかし,世界的共通基準(WTO等が承認する奏効率の判定方法)や日本癌治療学会が一般に使用している奏効率は,CT,超音波,レントゲン等の画像診断を用いて判定を行うこととされており,腫瘍マーカーはあくまで例外的な補助手段とされているにもかかわらず,被告Aは,画像診断による判定は行わず,補助手段である腫瘍マーカーだけで,しかも自身に都合のいい腫瘍マーカーだけを採用してその判定をただ1人で行っており,被告Aが示す奏効率判定の結果を他の治療方法の奏効率判定における結果と対比することはできないものである。また,被告Aの奏効率判定は,本来は奏効率の判定など不可能な治療開始時点や手術により癌を切除した症例等についてもなされているなど,ずさんな判定であり,奏効率の水増しもされており,医学的根拠に乏しい。 このように,被告Aの行っている新免疫療法は,その治療効果が承認されておらず,奏効率を評価し直せば,治療効果のないものであることは明らかである。 ウ 被告Aの説明義務違反について (ア) 被告Aの説明義務 被告Aが実施していた新免疫療法や亡Gの乳癌の状態が前記ア及びイのようなものであったことからすると,被告Aは,亡Gに対し,同人の乳癌については手術適応が高く,手術の必要があったこと,手術を実施する場合の手技として非定型的乳房切断術以外にも輸血を必要としない手術方法があることを説明すべきであり,また,自らが提示している新免疫療法の奏効率が,実は一般的に使われている奏効率とは異なるものであり,治療効果が乏しいことを説明すべきであった。 (イ) 被告Aの説明について しかし,被告Aは,亡Gに対し,外科手術の適応が高く,手術を受けた場合には乳癌が完治する可能性が高いこと(完治する可能性が約80パーセントあること)や輸血を必要としない手術方法があること等を説明せず,手術は必要ないと説明し,初診時以降,再三にわたり,「治ります。」「手術は必要ありません。」等と話して新免疫療法を勧め,新免疫療法が治療効果に乏しいことや他の治療方法があること,他の治療方法と併用することの効果については全く説明しなかった。 したがって,被告Aには説明義務違反(過失,債務不履行)がある。 (ウ) 結果との因果関係について 亡Gは,被告Aから,外科手術の適応が高く,その必要性が高いことや,パティ式以外に輸血を必要としない手術方法があることの説明を受け,さらに新免疫療法の真実の奏効率や治療効果についての説明を受けていれば,新免疫療法を受けることはなく,外科手術によって癌の転移及び増悪を避けることができ,死亡することはなかった。 (被告らの主張) ア 新免疫療法について  新免疫療法は,非特異的免疫療法で,β1-3Dグルカン構造を持つある種のキノコ菌糸体成分及び酵母成分,α1-3Dグルカン構造を持つ特殊なオリゴ糖の内服により,インターロイキン12やインターフェロンγの産生を促し,細胞性免疫を賦活化して,癌を殺傷する作用がある細胞障害性T細胞,ナチュラルキラー細胞(NK細胞),NKT細胞を活性化させ,ヒトが元来持っている癌に対する免疫力を高めると同時に,サメ軟骨の内服により,癌の新生血管(癌が自らを栄養できるようにするために作る異常血管)の増殖を抑制することにより,癌を小さくする又は大きくなるのを遅くすることを狙った癌の治療法である。 新免疫療法では,細胞障害性T細胞,ナチュラルキラー細胞(NK細胞),NKT細胞が活性化されるまでに2,3か月かかるため,治療開始後3か月を目途に検査を行い,患者との相性を判定する。 手術,抗癌剤及び放射線が癌の3大治療法であるが,新免疫療法は,これらで対処できない末期癌についても効果が期待できる治療方法である。 イ 被告クリニックにおける新免疫療法の説明について (ア) 被告クリニックは,新免疫療法によって癌の治療を行うことだけを目的に設立した診療所であり,また,新免疫療法については保険対象外で患者の負担が重いことから,当然,患者に対して新免疫療法の説明を行い,納得を得ている。被告Aは,著書,ホームページ,患者説明会で一般的な説明を行っているが,個別の患者に対し,資料を示し,詳細に説明を行っている。 (イ) 亡Gに対する説明 被告Aは,亡Gに対し,平成9年7月7日及びその後のI大学病院での診察において,乳頭直下のC領域に腫瘍が認められ,乳癌が疑われること説明し,手術が必要なことを説明した。そして,手術後は抗癌剤ではなく新免疫療法にて経過観察すること,手術をする際にはU大学病院での細胞診の結果が必要であり,そのコピーを持ってきてほしいことを説明し,納得を得た。また,新免疫療法についても,本来自分が持っている免疫力を増強して治療するものであること,免疫力が亢進しているかどうかはインターフェロンγやインターロイキン12の産生能力で測定できること(特に後者が重要なこと),免疫力が高ければ有効性が高いが,インターロイキン12が産生されなければ効果が低いこと,しかし,初めは低くても健康食品等によりβ1-3Dグルカン構を投与しているうちに免疫力が亢進する場合もあること,免疫能力の向上効果が出現するのに2,3か月かかることを説明した。 このように,亡Gは,被告Aの説明を受け,手術の必要性や新免疫療法について十分理解できており,説明義務違反はない。 なお,被告Aは,亡Gについて,炎症性乳癌であるとの診断をしておらず,その旨の説明もしていない。初診時はステージⅡの状態であり,その段階では外科的切除の適応が高く,完治の可能性は高い割合であったことは認める。 ウ 因果関係について (ア) 被告クリニックにおいては,毎月通院し,受診を受けることを原則とし,医薬品・健康食品の処方も1か月であるところ,亡Gが被告クリニックを受診したのは,平成10年3月28日から平成14年12月14日までの約4年8か月であり,この間受診したのはわずか21回であって,9か月以上受診しなかった期間が2回,3か月以上来院しなかった期間が5回ある。このため,被告Aは,亡Gに対して新免疫療法による治療を行うことができなかった。 このように,亡Gが来院して治療を受けない以上は,説明の有無と死亡との間に因果関係はないし,新免疫療法として一連の治療といえる程度に治療を行っていないのであるから,新免疫療法と死亡との間に因果関係はない。このことは,別紙参考資料のとおり,腫瘍マーカーの推移をみると,長期にわたって被告Aのもとに通院していない期間に大きく悪化し,他方,通院している期間は,2度にわたって腫瘤が縮小し,腫瘍マーカーも低下しているように,新免疫療法が患者に有効であったことが明らかである。Q医師(以下「Q医師」という。)が主治医を務めるようになってから,腫瘍マーカーが上昇するとともに,次々と転移を起こし,悪化している。 (イ) また,被告Aは,亡Gに対し,外科的手術を強く勧めたが,亡Gがエホバの証人の信者であることから,輸血できないという事情があり,また,免疫療法にこだわっていたことから,結局,手術を拒否したのである。 (ウ) さらに,亡Gは,主治医に知らせることなく同時に複数の医療機関に通院して治療を受けており,医師の指示を鵜呑みにせず,自ら医療機関を評価し利用している。 (エ) そして,亡Gは,R外科において,平成11年2月5日又は同年4月8日に,標準治療が根治手術であり,術後の治療法として抗癌剤又は放射線療法であることの説明を受けたものと思われ,仮に被告Aに説明義務違反があったとしても,手術の必要性を十分認識できたのであるから,手術を受ける機会を失ったこととの間には相当因果関係はない。 (2) 被告Fは,亡Gに対し,自ら販売する健康食品等が,医薬品ではなく癌の治療効果を持つものでないことを告知すべきところ,これを怠り,新免疫療法の効果について亡Gが誤信しているのに乗じて高額の健康食品等の販売を行ったのか否か。 (原告らの主張) ア 被告Fについて 被告Fは,被告Aが60パーセントを出資する株式会社であり,被告クリニックの薬剤師で同クリニックの経営に主体的に関与している被告Aの妻Lが代表者を務めており,他の役員も被告Aの親族又は被告クリニックの職員が務めており,実質的な経営主体は被告Aである。 そして,被告Fは,被告Aが癌治療に効果があると提唱している健康食品を販売しており,被告クリニックで診察を受けた患者が,被告クリニックで医薬品の処方を受け,隣接する被告Fで被告Aが指示した健康食品を購入することになっている。そして,被告Fは一般の通行人が気づく場所にはなく,被告クリニックで診察を受けていない者が被告Fで健康食品を購入することはない。したがって,もっぱら被告Aの新免疫療法を受けている患者に被告Aが指示する健康食品を販売するためだけに存在しているといえ,被告Fで健康食品を購入する者は,被告Aの著作・講演・ホームページを見聞し,被告Aの診察を受けて,新免疫療法に驚異的な癌治療の奏効率があると信じ,その治療の一環として,健康食品にも驚異的な癌治療の効果があると信じて健康食品の購入に訪れるのである。被告Fはこのような実態については十分認識していた。 イ 被告Fの責任について しかし,前記のように,被告Aの新免疫療法は医学的根拠に乏しく,治療効果がないものであり,また,被告Fで販売している健康食品は,医薬品ではなく単なる食品にすぎず,医学的には癌に対する治療効果があるとは認められていない。 したがって,被告Fとしては,その販売する健康食品は医薬品ではなく,癌治療の驚異的な効果はないことを告知するべきである。にもかかわらず,被告Fは健康食品の購入者に対してそのような説明を行っていない。 よって,被告Fには,不法行為(共同不法行為)又は売買契約上の債務不履行があるというべきである。 (被告らの主張) ア 原告らの主張は争う。被告Aは亡Gに対し,新免疫療法について十分説明しているのであり,亡Gに誤信はない。被告Fは,薬剤師ではないし,薬局でもないから,それを前提とした医薬品及び健康食品の効能と副作用等について患者に助言すべき義務は発生しない。 イ 被告Fは,被告Aの妻で薬剤師のLが代表者を務めていることは事実であるが,被告Fは被告クリニックと実質上一体であるとはいえない。 被告F以外でも新免疫療法で必要な健康食品は販売・処方されており,被告クリニックの患者でも被告F以外で健康食品を購入する者もおり,被告クリニックへの通院が必要なくなった元患者や患者の知人が購入することもある。 (3) 損害及び損害額 (原告らの主張) ア 被告Aが賠償すべき損害 (ア) 逸失利益 亡Gは死亡当時49歳であり,高校卒業の学歴を有する主婦であった。 そこで,賃金センサス高卒平均年収351万0100円を基礎収入とし,30パーセントの生活費を控除し,就労可能年数は67歳までの18年であるから中間利息をライプニッツ係数11.6895を用いて控除して計算すると,亡Gの逸失利益は,次のとおり,2872万1919円(1円未満切り捨て。以下同じ。)となる。 351万0100円×(1-0.3)×11.6895=2872万1919円 (イ) 慰謝料 亡Gは,効果のない治療法を有効なものと信じて受け,実質は未治療のまま癌が進行したのとほぼ同じ状態で死亡に至ったものであり,身体的にも苦痛を感じながら闘病生活を送っており,その精神的苦痛は計り知れない。  亡Gの精神的苦痛に対する慰謝料は,2400万円を下らない。 イ 被告らが連帯して賠償すべき損害-医療費,薬品・健康食品購入費等 亡Gが被告A及び被告Fに支払った医療費,薬品・健康食品購入費等は,確認できる範囲で135万4919円であり,この損害については,被告Aのみならず,被告Fも不法行為(共同不法行為)又は債務不履行に基づき被告Aと連帯して賠償責任を負う。 ウ 相続 前記ア(ア)及び(イ)の損害額の合計は5272万1919円であり,被告Aに対する同額の損害賠償請求権並びに被告A及び被告Fに対する135万4919円の損害賠償請求権を,原告Bは9分の3,他の原告らは各9分の2ずつ相続した。 エ まとめ よって,原告らは,被告Aに対し,不法行為(共同不法行為)又は債務不履行に基づき,原告Bについては1757万3973円,原告C,原告D及び原告Eについては各1171万5982円並びにこれらに対する不法行為の日より後であり弁済期後の日である平成16年2月19日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告A及び被告Fに対し,不法行為(共同不法行為)又は債務不履行に基づき,連帯して,原告Bについては45万1639円,原告C,原告D及び原告Eについては各30万1093円並びにこれらに対する不法行為の日より後であり弁済期後の日である平成14年8月31日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告らの主張) 原告らの主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(被告Aが,亡Gに対し,乳癌について手術の適応があること及び新免疫療法の奏効率が低いことを説明せず,治療効果のない新免疫療法を勧めて手術を受ける機会を失わせたのか否か)について (1) 被告Aが行っていた新免疫療法について ア 新免疫療法の概要 被告Aは,新免疫療法の内容,メカニズムについて,以下のとおり説明している(甲B1,B2(枝番を含む。以下,枝番のある書証について,特に枝番を表示しないときは,全ての枝番を含む。),B7,B12,B13,B20,B24,B25,B34,B37,乙A6,B2からB4まで,被告A本人)。 新免疫療法は,人間が本来持ち合わせている免疫機能を高め,かつ,癌の増勢に伴い形成される新生血管の形成阻害を行うことにより,抗腫瘍効果を期待する治療法である。具体的には,免疫機能を高める目的でβ1-3Dグルカンを基本構造とする担子菌糸体や酵母由来の食品,医薬品を,新生血管の形成を阻害する目的でサメ軟骨加工品を摂取するというものである。 β1-3Dグルカンは,インターフェロンγやインターロイキン12の産生を促し,Ⅰ型ヘルパーT細胞系を賦活化し,実際に癌細胞を殺傷する作用がある細胞障害性T細胞(CTL),ナチュラルキラー細胞(NK細胞),NKT細胞を活性化し,細胞障害活性を向上させる。また,ベターシャークMCというサメ軟骨は,癌細胞から産生され,癌細胞が増殖する原因となる新生血管造成因子(サイトカイン)を阻害するという作用がある。これら2つの作用により,癌が小さくなり,または大きくなるのが遅くなる。 癌の進行状況によって,摂取する薬品・食品(健康食品)を調整し,抗癌剤との併用投与も行うことがある。 イ 実際の診療(乙A6,証人S,被告A本人) 被告クリニックにおける新免疫療法の診療としては,被告クリニックにおいて,診察,腫瘍マーカーの測定等の検査がされるほか,医薬品としてSPG(ソニフィラン),OK-432(ピシバニール),PSK(クレスチン),ビタミンD3(活性型ビタミンD),ウルソデオキシコール酸等が処方され,被告Fにおいて,健康食品であるILX,ILY,ベターシャークMC・LO,OG1・3A(ニゲロオリゴ糖),SIA,イミュトール,総合ビタミン等が処方される。 なお,被告AがI大学病院において新免疫療法を実施していたときには,健康食品は,I大学病院付近の薬局に依頼して販売してもらっていた。 ウ 被告Aの書籍,ホームページ,講演等の内容 (ア) 「新免疫療法(NITC)のご案内」と題するパンフレット(甲B1) 新免疫療法の特徴として,分子標的薬(ハーセプチン,イレッサ,グリベック等)を組み合わせることにより,患者によっては劇的な治療効果が得られていること,癌の種類に関係なくどんな癌にも対応できるため,難治性の骨転移にも有効性が多く見られ,患者の免疫パラメーターを測定することによって免疫細胞の攻撃性を特異的に高めることができることが記載されている。そして,新免疫療法のメリットとして,抗癌剤と異なり副作用がほとんどないこと,QOL(生活の質)が高まること,抗癌剤や放射線治療の副作用も軽減することができることなどが記載されている。 また,これまでの実績として,驚異的な治療効果と題し,これまでに新免疫療法を受けた患者数が1万名以上に上り,うち,2002年(平成14年)8月末現在で,効果判定に必要な血液検査を受けた患者3763名の治療効果として,CR(著効。4週間以上癌が消失している状態)とPR(有効。癌が半分以下に縮小し4週間以上保てた場合)を合わせた奏効率が36.3パーセントで,これにLong term NC(長期不変。6か月以上癌の大きさが変化しない状態)を合わせると53.8パーセントとなると記載され,癌の種類ごとに効果判定をまとめた表が添付されている。そして,これらの奏効率は,画期的な奏効率で,患者の大部分が末期癌や進行癌であることを考慮すると,この治療効果は驚異的な数値であると学会でも評価されるようになったと記載されている。治療効果の判定方法については,CR(著効)を4週間以上癌が消失している状態,PR(有効)を癌が半分以下に縮小し4週間以上保てた状態,Long term NC(長期不変)を6か月以上癌の大きさが変化しない状態であるとそれぞれ定義づけ,効果判定を原則的には画像と腫瘍マーカーで行うが,画像がない場合には腫瘍マーカーのみで判定したとし,治療法は原則免疫療法が中心だが,一部他の治療法も併用していると記載されている。 料金については,初診料又は再診料,1か月分の医薬品,血液検査料,食品(いわゆる健康食品)1か月分を含み,初診時が18万円から34万円くらい,再診時は9万円から30万円くらいで,1か月平均で約17万円であったことが記載されている。 (イ) 「免疫療法の最前線 ガン細胞が消えた」と題する書籍(1997年(平成9年)2月発行。甲B2の2) 本書籍の外帯には,「TV,雑誌が注目!」との記載に続き,1995年(平成7年)から1996年(平成8年)にフジTV「スーパータイム」「ニュース・ジャパン」,週刊新潮,女性自身,東京スポーツ,フライデーにおいて,被告Aの新免疫療法が取り上げられたことが記載されている。 本文中には,新免疫療法の治療効果は腫瘍マーカー値の低下で確認できるとし,1996年(平成8年)8月14日現在で,58例の集計結果で,CR(完全消失)26パーセント,CR~PR(極めて高率の消失例)8.6パーセント,PR(半分以上減少)44.4パーセント,NR(50パーセント未満の減少,25パーセント未満の増大)21パーセントであり,79パーセントの人に新免疫療法が効いていると記載し,CR,PR,NR等の指標については,日本癌治療学会の効果判定基準を説明し,これに準じて話を進めるとしている。そして,新免疫療法は,まだまだ発展途上だが,これだけで癌が完全治る時代もそう遠くないことは確かであるとし,抗癌剤や放射線治療との併用についても言及している。 (ウ) 「新免疫療法でガンを治す」と題する書籍(1999年(平成11年)12月発行。甲B6) 新免疫療法の効果として,1999年(平成11年)8月現在,患者総数は8000名を超えているが,1998年(平成10年)6月までの集計で,3か月以上通院し,2回以上の免疫能力を測定しえた1317例(大部分が進行・末期癌)中,CR(4週間以上腫瘍が消失している状態)が18.4パーセント,PR(腫瘍の50パーセント以上が消えた期間が4週間保てた状態)が27.5パーセントで奏効率が45.9パーセントであり,GCP(医薬品の臨床試験の実施に関する基準)の有効率をはるかに超えており,副作用がないことなどが記載されている。 (エ) 「新免疫療法(仮称)(Novel Immunotherapy for Cancer; NITC)における血管新生阻害剤の役割」と題する論文(Biotherapy Vol.14。平成12年9月(乙B2)) 新免疫療法において,平成9年9月から治療し,3か月以上投薬が可能で検査が複数回可能であった1317例中,CRが18パーセント,PRが27パーセント,NCが35.8パーセントであり,また,新免疫療法施行の29例の中で,CR6例,PR9例,LNC(6か月以上NC)7例において治療前の12例に比較して血管新生促進因子の有意の低下が認められたことなどから,新免疫療法施行例において血管新生阻害剤ベターシャークが重要な役割を演じていると考えられると記載されている。 (オ) 「さらに進化した新免疫療法 ガン細胞が消えた2」と題する書籍(2001年(平成13年)2月発行。甲B7) 本書籍の外帯には,「各マスコミも注目の新療法!」との記載に続き,2000年(平成12年)にサンデー毎日,週刊現代,週刊ポスト,日刊ゲンダイで取り上げられたこと等が記載されている。 本文中には,2153例中,奏効率(CR+PR)31.0パーセント,奏効率(CR+PR+LNC)52.7パーセントであったことを示す表が記載され,平均治療期間としてCR17.5か月,PR11.8か月,LNC14.7か月,SNC(短期不変)3.1か月,PD(進行)11.7か月となっている。また,世界的に用いられている癌治療の評価方法には,腫瘍が消失して4週間以上持続すればその後進行し死亡してもCRと判定されるなど,問題が多いと指摘している。 (カ) 「NTK細胞活性化におけるT細胞受容体とNK受容体の役割の相違」と題する論文(雑誌「臨床免疫」37号(平成14年1月)甲B20) NKT細胞が自己免疫疾患のみならず,抗腫瘍免疫の面でも重要な役割を担う細胞であることが分かりつつあるとして,NKT細胞の性質について論じている。 (キ) 「オーダーメイド治療があなたを救う 新免疫療法でがん消滅!」と題する書籍(平成15年2月発行。甲B2の1) 従来の癌治療は,手術,抗癌剤投与,放射線照射が3本柱であるが,期待した効果は得られず,患者やその家族に辛い思いをさせたことがあったが,新免疫療法では治療において患者に苦しみを与えず,QOLも高められる治療法であり,新免疫療法を癌に対する「現代の福音」であると記載されている。 そして,1996年(平成8年)9月から2002年(平成14年)8月31日までの3763例の集計結果であるとして,新免疫療法の部位別の奏効率(CR(腫瘍が消えて4週間以上),PR(腫瘍が半分以下になって4週間以上),LNC(腫瘍の大きさが変化せず6か月以上)の合計)として,肺癌45パーセント,婦人科系癌62パーセント,消化器系癌47パーセント,頭頚部系癌54パーセント,泌尿器系癌68パーセント,皮膚癌64パーセント,血液系癌62パーセント,骨・軟部腫瘍51パーセント,その他の癌71パーセントという数値を挙げている。そして,厚生労働省の抗癌剤判定基準が奏効率20パーセント以上,一般的な抗癌剤では奏効率は良くて30パーセントが限界と言われていることから,被告Aの場合にはLNCを含めているものの,50パーセントを超えるこれらの奏効率が,掛け値なしに医者をして信じられないほどの高率であると記載されている。 (ク) 「新免疫療法(NITC)の治療成績とイレッサ併用の効果と成績」と題する論文(「呼吸」22巻12号別刷。平成15年10月。乙B4) 新免疫療法における肺癌の奏効率について,評価は腫瘍マーカーと画像とで施行したが,画像が得られない場合は腫瘍マーカーのみで行ったという前置きがあり,肺腺癌では410例中CRとPRの奏効例が30.7パーセント,LNC(6か月以上NCの状態を維持)を含めた奏効例が43.7パーセントで,扁平上皮癌では86例中CRとPRの奏効例が40.7パーセント,LNCを含めた奏効例が50パーセント,小細胞肺癌では48例中CRとPRの奏効例が43.8パーセント,LNCを含めた奏効例が50パーセント,大細胞肺癌では14例中CRとPRの奏効例が42.9パーセントであったとした上で,分子標的治療剤イレッサとの併用投与でさらに効果があがる可能性があると記載されている。 (ケ) 「新免疫療法(NITC)のがんを攻撃するしくみ」と題するホームページ(甲B12,B13,B24,B25,B37,被告A本人) a 新免疫療法の概要等のほか,治療効果の判定基準について,当初,CR=腫瘍が消滅して4週間以上,PR=腫瘍が半分以下のまま4週間以上,Long termNC=腫瘍の大きさが変化せず6か月以上,Short term NC=腫瘍の大きさが変化せず6か月未満,PD=腫瘍の大きくなる状態と定義した上で,奏効率(CR+PR+LNC)が53.8パーセント,奏効率(CR+PR)が36.3パーセントであると公表している(甲B12)。 b その後,治療効果の判定基準について,従来の判定基準を変更し,腫瘍体積and/or腫瘍マーカーによる総合判定として,PD=腫瘍径and/or腫瘍マーカーが25パーセント以上増加,NC=腫瘍径and/or腫瘍マーカーが25パーセント未満の増減,LNC=NCの状態が6か月以上継続,MR=腫瘍体積and/or腫瘍マーカーが25パーセントから49パーセント減少,PR=腫瘍体積and/or腫瘍マーカーが50パーセント以上減少,CR=腫瘍の消失and/or腫瘍マーカーの正常化,と定義した上で,2002年(平成14年)8月31日現在の3763症例での治療成績として,MR+PR+CRが36.3パーセント,有効率(MR+PR+CR+LNC)53.8パーセント等の数値を公表している(甲B13)。 c 平成16年10月8日及び同月19日の時点では,判定方法として,他の施設の有効率や奏効率と単純に比較することはできず,癌治療学会の効果判定基準とは異なり,腫瘍マーカーを用いた効果判定となっていることを明記した上で,経過観察期間中に対象となる腫瘍マーカーが増加傾向を示す場合で効果判定期間の検査結果が傾向から回帰される12週目の値より低いとき,又は,その腫瘍マーカーが平衡状態又は減少傾向を示す場合で効果判定期間の検査結果がそのまま減少傾向にあるか正常値にあるときをRとし,その期間が1年以上の場合をLLS,半年以上1年未満の場合をLS,半年未満の場合をSS,経過観察期間中に対象となる腫瘍マーカーが増加傾向を示す場合で効果判定期間の検査結果がそのまま増加傾向にあるとき,又はその腫瘍マーカーが平衡状態又は減少傾向を示す場合で効果判定期間の検査結果が傾向から回帰される12週目の値より高いときをNR,経過観察期間中の傾向によらず,NRの状態が平衡している場合でその期間が半年未満のときをSNRS,半年以上のときをLNRSと定義し,2004年(平成16年)4月15日現在で,2021例中,R+LLS+LS+LNRSの合計が42.0パーセントであることなどが公表されている(甲B24,B25,B37)。 (コ) 「末期患者でも,希望が持てるガン治療-進化を続ける『新免疫療法』の軌跡 あきらめるな!進行ガン・末期ガンでも闘える」と題する書籍(2004年(平成16年)8月発行。甲B34) 前記(ケ)cの定義を用い,有効率46.1パーセントとした上で,各種癌に新免疫療法又は新免疫療法とイレッサを組み合わせた治療で効果があったことが記載されている。 エ 被告Aの掲載データの蓄積方法,基礎データ,評価方法(甲B15,B31,証人S,被告A本人,弁論の全趣旨) (ア) 被告Aから指示を受けた担当者(平成12年2月から平成15年2月まではS(以下「S」という。)が担当)が,患者の血液検査の結果を3,4か月分まとめて癌の発生臓器別に分け,さらに患者ごとの腫瘍マーカーと免疫力を測定したデータだけを整理する。それをプリントアウトしたもの(甲B15添付表1)を被告Aが見て,奏効率の判定を「有効性」欄に手書きで記入し,それを担当者がそのまま機械的にデータ入力する。 担当者は,一定の時期に,入力した奏効率が一覧できる表(甲B15添付表2)に,全体としてみた評価として,被告Aの指示により,有効性(奏効率)の判定の中で最もよい判定を「判定用有効性」欄に記入していた。 (イ) 被告Aは,平成10年当時人手が足りなかったので,腫瘍マーカーのみで判定を実施しており(Sは,この作業を担当していた際に被告Aが画像検査の結果を見たことはないとしている。),判定の際に画像検査の結果を使用せず,ほとんど腫瘍マーカーのみで判定していた。 そして,被告Aは,その著書には,前記方法によって整理・評価し,Sが作成を担当したデータ(甲A1)をその著書,論文等(甲B1,B7,B12,B13,B20,乙B2)に使用した。 (2) 癌の治療方法とその効果の判断方法について ア 癌の一般的な治療方法と新免疫療法の位置付け(甲B10,証人T) 一般的な癌の治療方法としては,外科的手術,抗癌剤投与,放射線療法があり,それに次ぐ治療法として,免疫力を活性化させて癌細胞を消滅させる免疫療法が挙げられることがある。 もっとも,癌の免疫療法は,長期間研究されてきており,自己又は他人のリンパ球を移入する方法,ワクチン療法,特定の部位を攻撃するたんぱくを移入する方法,非特異的に免疫を活性化する方法があるが,効果が期待できる癌の種類がごくわずかに限られ,奏効率も高々数パーセントと低く,実用的なものはほとんどない状況である。 被告Aが実施している新免疫療法は,免疫療法のうちの非特異的に免疫を活性化する方法に分類されると考えられる。 イ 癌の治療効果の判断方法 癌の治療効果の判断方法としては,以下のような基準がある(甲B4,B8,B36,乙B7,証人Q,同T,被告A本人,弁論の全趣旨)。 (ア) WHO癌治療結果報告基準(WHO Handbook for reporting results of cancer treatment。甲B4) 癌の効果の決定方法として,以下のとおり定義されている。 まず,2方向又は1方向の径が測定可能かどうかで区別し,測定可能な病変については,①すべての知られている病変が消失していることが,4週間以上の期間の2点で観察されていることを完全奏効(著効,CR),②すべての測定された腫瘍病変の大きさが50パーセント以上縮小し,その縮小が4週間以上の間隔の2点で観察されていること,そして新病変の出現やいかなる病変の増強も認められないことを部分的奏効(有効,PR),③すべての腫瘍の大きさが50パーセントの縮小を示したとはいえず,同時にいずれかの病変で25パーセント以上の腫瘍増大があるとも認められない場合を不変(NC),④1つ以上のいずれかの測定可能病変の大きさが25パーセント以上増大したか,あるいは新病変が出現した場合を増悪(病変の進行,PD)という。 測定不能病変については,①すべての知られている病変が少なくとも4週間の間完全に消失した場合を完全奏効(著効,CR),②推定50パーセント以上の腫瘍の縮小が4週間以上続いた場合を部分的奏効(有効,PR),③4週間以上有意な変化がない場合(腫瘍の縮小が推定50パーセント以内に止まり,あるいは推定25パーセント以上の腫瘍増大がなく,疾病が安定している場合)を不変(NC),④それまで認知されなかった新病変の出現あるいは存在した病変の推定25パーセント以上の増大を増悪(病変の進行,PD)という。 効果の持続時間(有効期間)も治療効果の項目として挙げられており,完全奏効(著効,CR)の期間は完全奏効が最初に記録された日時から疾病の増悪(病変の進行,PD)が最初に記録された日までとされ,部分的奏効(有効,PR)に達した患者においては全有効期間(治療開始日時から再び病変が増悪(病変の進行,PD)を示した日時までの期間)のみを記録することとされている。 CR,PR,NC,PDといった他覚的効果は,臨床的にあるいは放射線診断学的に,あるいは生化学的あるいは外科材料による病理学的病期分類(Staging)によって決めることができる。 (イ) 1986年に作成されたWHO癌治療結果報告基準は癌の効果判定基準として広く採用され,日本癌治療学会も同基準を参考にして判定基準(日本癌治療学会固形がん化学療法効果判定基準)を作成し,平成15年5月にはWHO癌治療結果報告基準を改訂した国際的基準であるRECISTガイドライン(固形がんの治療効果判定のための新ガイドライン)を採用した。 (ウ) 具体的な判定方法 いずれの基準でも,効果判定において,一般的には,ある治療を行った結果,腫瘍の面積が2分の1以下に縮小した状態が4週間以上続いた人の割合を奏効率といい,有効性評価対象例数のうち,CR及びPRと判定された症例の割合をいうとされている。 そして,奏効率の判定は,WHO癌治療結果報告基準が測定可能性及び腫瘍の大きさの変化に着目した基準であったことからもわかるように,画像診断(単純エックス線検査,超音波検査,CT検査,MRI検査等)により判断することが原則であり,画像診断での判断が難しい場合(測定不能の場合)には腫瘍マーカーで代用することもできる。もっとも,画像診断で判定する場合でも,腫瘍マーカーを測定していた場合には,CRの判定には全ての腫瘍マーカーが正常化していなければならないとされている。 また,腫瘍マーカーはあくまで補助的な判定手段であり,単独では有効な判定とはなりにくい。 (3) 被告Aの新免疫療法の効果判定方法等について ア 被告Aが実施していた効果判定方法について 前記のように,被告Aは,著書等において新免疫療法の治療効果の発表に当たっては,評価指標として,LNCという独自の評価を取り入れているものの,CR,PR,NC,PDといった指標や,奏効率によって治療効果を表示し,WHO癌治療結果報告基準,日本癌治療学会固形がん化学療法効果判定基準,RECISTガイドラインで定義されている指標をほぼ同義で使用しており,それらの基準に準じることを明示している。そして,それらの基準で判定された他の抗癌剤等の治療効果と比較して,新免疫療法が驚異的な治療効果を有する旨を記載しており,それを支持する医師も存在する。(甲B1,B2,B6,B7,B12,B13,B24,B25,B34,B37,乙B13,B7からB24まで) しかし,WHO癌治療結果報告基準,日本癌治療学会固形がん化学療法効果判定基準,RECISTガイドラインにおいては,治療効果の判定は画像診断で実施することが原則とされているにもかかわらず,被告Aは,判定の際に画像検査の結果を使用せず,ほとんど腫瘍マーカーのみで判定しており,その結果を前記のような形で公表している。 被告Aが上記のような記載をしていることは,医学的に不正確であり,他の治療方法と治療効果を比較できず,その治療効果については科学的根拠に乏しいものとみざるを得ないにもかかわらず,医学的知識に乏しい一般の者が目にした場合には,癌治療の専門家の著作とされていることもあり,他の治療方法に比べて驚異的な治療効果があり,癌が治癒すると考える者も多数いるものと考えられる。 イ 被告Aが基礎にしていたデータについて(甲B15,乙B6,証人Q,同S,被告A本人) 被告Aは,著書やホームページ等(甲B1,B7,B12,B20)への治療効果の掲載に当たっては,Sがまとめたデータを基礎にしているが,その一部(被告AがCRと判断した247症例)が甲A1号証である。 甲A1号証の奏効率の判定は,前記のように,画像検査の結果を使用せず,ほとんど腫瘍マーカーのみで判定したものである。 そして,被告Aが測定していた腫瘍マーカーは相当種類に上るが,癌の治療効果は腫瘍マーカー単独では有効な判定ができないものであり,仮に腫瘍マーカーで治療効果を判定するとしても,甲A1号証のデータ中には,まだ治療をしていない段階のもの(治療期間が0)であるにもかかわらず,NC(不変)との判定がなされていたり,腫瘍マーカーが異常値を示しているにもかかわらずCRと判定されていたりしている。 また,甲A1号証には,治療開始前に外科手術によって癌が摘出・切除された症例についてもCRと判定されていたり,乳癌の根治手術によって肉眼的に確認できる癌細胞はすべて摘出された後に再発予防のために新免疫療法を始めた患者について,再発が確認されたにもかかわらず,CRと判定されていたり,CRという判定にもかかわらず2か月半から3か月後に死亡した例が含まれている。 さらに,既に被告Aが奏効率の評価をした症例について,Sが手違いで再度プリントアウトして被告Aに渡したところ,被告Aが判定した奏効率が,前回判定した奏効率と異なることも相当あった。 治療効果の判定をするには,ある治療方法の開始前と開始後を比較するべきであると考えられるところ,被告Aは治療開始当初よりも腫瘍マーカーの値が増加し癌が大きくなっていても,以前の一定の時点よりも縮小した場合には効果があるという判定をしており,誤解を与える治療効果の判定方法となっている。 ウ 亡Gの場合(甲A6,A7)も,乳癌の状況が悪化し,左乳房の癌が皮膚表面に侵食露出し,腐敗して出血を伴う状況(カリフラワー状)になっている状態のときにPRという評価をしており,肉眼的所見と効果判定が符合しない。 エ 日本癌治療学会の対応 (ア) 被告Aが所属する日本癌治療学会は,平成16年2月10日付け質問状(甲B21の2)に対し,同年8月1日付けで,被告Aがホームページ上で公表している新免疫療法の治療成績は,日本癌治療学会の現在のガイドライン及び過去の判定基準に準拠せずに評価した症例があり,科学的に不十分な評価がなされた可能性があること,そして,現在のガイドライン及び過去の判定基準に準拠せずに評価され算出された奏効率を,臨床の場において患者に対し新免疫療法を実施するための主要な根拠にしているとすれば,科学性が不十分かつ未確立であり,将来的に確立される見込みの不明な治療法を実施していると考えざるを得ず,新免疫療法を受けたがん患者がその科学性に関し,十分に理解し,同意した上に治療を受けていたか疑問が残ると言わざるを得ないこと,被告Aが実施している新免疫療法に高い評価を与えた事実はないこと,今後,被告A本人等から事情を聞き,同被告に対する対応等を検討すること等を記載した回答書を送付した(甲B21の1)。 (イ) そして,日本癌治療学会は,平成16年11月15日付けで,同年9月2日に被告Aから新免疫療法の効果判定方法等に関して事情を聴取し,事実関係の把握を行ったところ,新免疫療法の効果判定基準は日本癌治療学会の推奨する判定基準を用いていなかったにもかかわらず,不適切な説明により,その判定方法を採用していたかのような誤解を生じたこと,新免疫療法の効果判定基準は,通常日本癌治療学会の推奨する判定基準ではなく腫瘍マーカーを中心とした独自の評価基準であったこと,ホームページ上において,驚異的な効果であると学会でも評価されるようになったとの記載をしていた事実があり,本学会における発表の事実をいわゆる新免疫療法の宣伝に利用していると受け取らざるを得ず不適切であることが確認されたとした。 そして,被告Aから平成16年9月29日付けで同学会総務委員会委員長宛に,書籍やインターネットで画像診断によらずCRやPRという表現を用いていたことは遺憾であり反省していること,インターネットで癌治療学会における講演等が評価されたと記載されていたことは不適切であったと考えたため削除したこと,現在では日本癌治療学会の基準やRECISTガイドラインの判定基準と異なることを明記していること,等の内容が記載された文書が送付され,科学的に不適切な評価方法や表現法等が原因となって騒動を起こしたことを深く反省しているものと考えられたことも考慮して,同学会は,被告Aに対し,厳重注意の処分をとった。(甲B35,B36) オ 被告Aの対応 被告Aは,平成15年7月24日に成立したQ医師との間の地位保全仮処分申立事件の和解において,新免疫療法の治療効果について評価可能なデータの見直しをすることを約束し(甲B3),その後,前記エ(イ)のように,平成16年9月2日に日本癌治療学会からの事情聴取に応じ,新免疫療法の効果判定方法について,書籍やインターネットで画像診断によらずCRやPRという表現を用いていたことは遺憾であり反省していること等を記載した文書を日本癌治療学会に送付した。 カ 訂正後のホームページ上の治療効果(甲B13)について 被告Aは,近時になって,新免疫療法の治療効果についてデータを見直し,ホームページ上の治療効果を訂正したようであり,治療効果の判定基準について,従来の判定基準を変更し,腫瘍体積and/or腫瘍マーカーによる総合判定として,PD=腫瘍径and/or腫瘍マーカーが25パーセント以上増加,NC=腫瘍径and/or腫瘍マーカーが25パーセント未満の増減,LNC=NCの状態が6か月以上継続,MR=腫瘍体積and/or腫瘍マーカーが25パーセントから49パーセント減少,PR=腫瘍体積and/or腫瘍マーカーが50パーセント以上減少,CR=腫瘍の消失and/or腫瘍マーカーの正常化,と定義し,MRという判定を導入したようである(甲B13,乙A6,被告A本人)が,同ホームページで公表されているMR+PR+CRの合計は36.3パーセントとなっており,従前のホームページ等(甲B1,B12)で用いられていたCRとPRの合計数値である奏効率と一致し,的確な治療効果の再検討がなされたとみることはできないものである。 キ 以上からすると,被告Aが使用して公表している新免疫療法の治療効果の判定方法は,一般的に使用されているWHO癌治療結果報告基準,日本癌治療学会固形がん化学療法効果判定基準,RECISTガイドラインで定義されている指標をほぼ同義で使用し,それらの基準に準じている旨の記載をしており,それらの基準で判定された他の抗癌剤等の治療効果と比較して,新免疫療法が驚異的な治療効果を有する旨を公表しているものの,現実には,それらの一般的に用いられている効果判定の基準とは異なる効果判定方法を用いるものであり,その治療効果については他の治療方法と単純には比較できず,一般的に用いられる評価指標・方法で治療効果を判断すると,被告Aが公表している奏効率とは大きく異なる可能性があること(サメ軟骨などの健康食品が癌に効果があるとの文献等は見当たらないとされている(甲B23)。)は明らかである。 (4) 新免疫療法の評価及びそれを前提とした説明義務 ア 癌の治療方法としては,手術,抗癌剤,放射線が一般的であるが,それ以外にも多様な治療方法が存在するところであり(甲B8,B10,証人T),一般的な手術,抗癌剤投与,放射線療法といった治療方法以外にも,有効な治療方法の研究・検証・開発・普及が期待されるところである。 もっとも,一般的でない治療方法を試みる場合には,それを受けようとする患者に対しては,一般的な治療方法である手術,抗癌剤投与,放射線療法の内容やその適応,副作用等を含めた危険性,治療効果・予後等について説明を受けて理解をしていることが前提であり,担当医師としては,それらについて説明をした上で,試みようとする一般的でない治療方法についての内容や危険性,治療効果・予後について,当該患者がいずれの治療方法についても,十分理解して自ら選択できるよう,正確な情報を提供する義務があるというべきである。なぜなら,手術,抗癌剤投与,放射線療法以外の一般的でない治療方法を実施する場合には,患者としては,特にその治療効果・予後,副作用等について大きな関心を有することが通常であるにもかかわらず,その効果等についての客観的・科学的な根拠・資料が不足していることが多く,危険性についても予測がつかない場合があるから,患者に対し,できるだけ正確な情報提供をし,その理解を得ることが重要となるからである。 イ したがって,新免疫療法を実施する場合にも,新免疫療法が被告Aが独自に始めた治療方法であり,一般的に確立され普及している癌の治療方法とは到底いえない以上,まず,患者に対し,一般的な治療方法である手術,抗癌剤投与,放射線療法の内容やその適応,副作用等を含めた危険性,治療効果・予後等について十分説明をする必要があり,その上で,新免疫療法の内容や危険性,治療効果・予後について正確な情報を提供する義務があるというべきである。 そして,新免疫療法の治療効果・予後については,前記のように,被告AがWHO癌治療結果報告基準,日本癌治療学会固形がん化学療法効果判定基準,RECISTガイドラインの基準に従った効果判定を実施していなかったにもかかわらず,その著書やホームページ等で,PR,NC,PDといった指標や,奏効率によって治療効果を表示し,WHO癌治療結果報告基準,日本癌治療学会固形がん化学療法効果判定基準,RECISTガイドラインで定義されている指標をほぼ同義で使用しており,それらの基準に準じることを明示した上で,他の抗癌剤等の治療効果と比較して,新免疫療法が驚異的な治療効果を有する旨を明示しており,しかも被告Aはその著書やホームページ等の多くを医学的知識に乏しい一般向けに公表していることからすると,被告Aの著書やホームページ等をみて被告Aを受診する患者の多くは新免疫療法が他の抗癌剤等の治療方法に比べて驚異的な治療効果を有し,副作用もほとんどないと考えているものと認められる。 この点,癌の治療効果については多様な評価指標・方法があり(甲B8),多様な評価指標・方法によって多角的に検討されることが望ましいが,一般的に用いられている評価指標・方法によらずに治療方法の評価を行って公表する場合には,一般的な評価指標・方法によって評価された他の治療方法の治療効果と単純には比較できないのであるから,どのような評価指標・方法を用いたのかを明確にし,一般的に用いられる評価指標・方法及びそれらの評価指標・方法を用いて判定した他の治療方法の治療効果と誤解・混同が生じないように配慮する必要がある。具体的には,新免疫療法の治療効果・予後を説明するに当たっては,既に治療効果について誤解をしていると考えら

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