H17. 7.13 大阪地方裁判所 平成15年(ワ)第9907号 損害賠償請求事件

判示事項の要旨:
 原告会社の従業員(事業本部運営本部長)であり,その後取締役となった被告が,上司の指示に基づき,会社の経営上何ら必要がないにもかかわらず会社の取引先に対して無償の資金援助をし,その結果会社に対して約1億8600万円の損害を与えたことについて,これが雇用契約上の誠実義務や取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するとした上,会社に対する退職金債権はないとして相殺の抗弁を排斥し,会社が求めた損害賠償請求を認容した事例


              主       文  
1 被告は,原告に対し,3291万5533円及びこれに対する平成15年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
  主文同旨
第2 事案の概要
 本件は,原告がフランチャイズシステムによりドーナツ等の販売店舗(ミスタードーナツ)を展開する事業(以下「ミスタードーナツ事業」という。)における販売促進用の景品(以下「プレミアム」という。)の発注に関して,原告がその発注先に対してプレミアム1個当たり3円(合計1億8577万8803円)を上乗せした代金を支払ったところ,被告は,原告の従業員であった当時,ミスタードーナツ事業を統括・管理する地位にあり,雇用契約上,無用の支出により原告が損害を被らないように経費支払を適正に行うべき善管注意義務を負っていたのにこれを怠り,また,原告の取締役に就任してからも,取締役として同様の善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条ノ3)を負っていたのにこれを怠り,上記の代金支払の名目で上乗せ分を無償で資金援助し,これにより原告が上乗せ分相当額合計1億8577万8803円の損害を被ったと主張して,原告が被告に対し,被告が取締役に就任する前までの時期については主位的に民法415条,予備的に同法709条に基づき,被告が取締役に就任して以降の時期については商法266条1項5号に基づき,上記の損害額から当時の他の取締役らによる弁済額合計1億5286万3270円を差し引いた3291万5533円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 被告は,上記の代金支払が無償の資金援助であったことを否認し,また,被告には過失がない等と主張するとともに,被告の原告に対する従業員としての退職金債権による相殺の抗弁を主張して,原告の請求を争っている。
1 当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実
(1) 当事者等
ア 原告は,昭和38年2月4日に設立された株式会社であり,化学ぞうきんのレンタル事業等を主な業務としていたが,昭和45年ころ,食料品販売事業に参入した。
  原告においては,フードサービス事業本部が食料品販売事業を担当し,同事業本部の下にあるミスタードーナツ事業本部(後にミスタードーナツフランチャイズ事業本部に変更)が,ミスタードーナツの加盟店の募集,加盟店契約,加盟店の指導教育,加盟店で販売促進用キャンペーンの際に使用するプレミアムの発注,宣伝広告などを行っていた。(甲11号証)
 イ 被告は,昭和59年12月16日に従業員として原告に入社し,平成11年4月1日からミスタードーナツ事業本部運営本部長となり,平成12年4月から平成13年12月までミスタードーナツフランチャイズ事業本部本部長,平成12年6月から平成13年12月まではミスタードーナツ事業担当取締役にも就任した。被告は,平成15年7月15日に原告を退社した。(争いのない事実,乙ア3号証)
 ウ 株式会社スパイス(以下「スパイス」という。)は,昭和57年4月24日に設立された,マーケティング活動及び販売促進に関する広告代理業務並びに印刷物の企画制作等を目的とする資本金1000万円の会社であり,スパイスの仕事の9割以上は原告から受注したものであり,そのうち6,7割は,ミスタードーナツ事業に関するデザインの仕事であった。スパイスは,平成14年10月15日に解散し,平成15年3月31日に清算結了した。(甲9号証,乙ア2号証の1)
(2) スパイスへの援助の指示
平成11年3月ころ,原告の代表取締役社長であったAは,スパイスに対する援助をするため,ミスタードーナツにおけるプレミアムグッズキャンペーンに関連して,スパイスをプレミアムの企画制作先である三和紙器株式会社(以下「三和紙器」という。)及び株式会社山根商店(以下「山根商店」という。)の下請先とし,スパイスに対して原告から景品1個当たり3円を支払うことにより,合計2億円程度を支出することを決定し(以下,この決定を「本件決定」という。),被告にその旨を指示した。(甲16号証,乙ア3号証)
(3) 原告からスパイスへの支払
  原告は,別表記載のとおり,平成11年7月2日から平成13年4月5日までの間,三和紙器,山根商店及び株式会社電通関西支社(以下「電通」という。)に対し,通常の代金にプレミアム1個当たり3円を上乗せした金額(これが,別表記載の「企画制作代金支払額」であり,上乗せ分が同表記載の「左記金額のうち損害額」である。)を支払うことにより,スパイスに対して上記上乗せ分合計1億8577万8803円を支払った(以下「本件支払」という。)。(甲12ないし14号証,乙ア7号証の1,8号証)
(4) 本件支払にかかる被告の決裁
 ア プレミアムの発注等についての決裁は,発注業者の選定後,決裁権者であるミスタードーナツ事業本部運営本部長,ミスタードーナツ事業本部本部長,フードサービス事業本部担当専務取締役,ダスキン本社経理部などに,プレミアムの名称,発注先,数量及び単価,支払代金予定額等が明記された稟議書が電子メールにより送信された後,各決裁権者がその都度承認決裁を行うという方法により行われていた。(甲17)
 イ 被告は,ミスタードーナツ事業本部運営本部長あるいはミスタードーナツフランチャイズ事業本部本部長として,本件支払を決裁した。(甲17号証,乙ア3号証)
(5) 従業員の退職金に関する原告の規定等
ア 原告の給与規程(甲30号証)は,要旨次のとおり定めている。
(ア) 原告の従業員が満2年以上勤務して,原告の都合又はこれに準ずると認められた理由(以下「会社都合」という。)で退職するときは,退職時の基本給に勤続年数を乗じた金額を退職金として支給し(38条),自己都合で退職するときは,この計算により算出された金額に勤続年数に応じた一定の係数(勤続年数が18年以上19年未満の場合には0.87)を乗じた金額を支給する(40条)。
(イ) 従業員が勤続2年に満たないとき,あるいは解雇等不都合な行為による退職の場合は,退職金を支払わないことがある(40条)。
イ 原告の賞罰規程(甲31号証)も,懲戒解雇の場合,違反行為の内容により,退職金を支給しないこともある旨規定している(11条)。
ウ 被告の勤続年数は18年8か月,退職時の基本給は月額65万円であり,退職金が支給される場合,退職が会社都合であれば1213万5500円,自己都合であれば1055万7885円となる。(争いがない。)
エ 被告は,原告を退職したことによる退職金の支給を受けていない。(争いがない。)
(6) 懲戒処分に関する原告の規定
ア 原告の就業規則(甲29号証)は,要旨次のとおり定めている。
(ア) 従業員が次の各号の一に該当する場合には,その情状に応じ,懲戒処分とすることがあるとし,名誉毀損,信用失墜,業務妨害等の行為を行い,あるいは業務上の機密事項を社外に漏らして,原告あるいは原告関係者に不利益をもたらしたとき(3号),原告の秩序,風紀を著しく乱す行為があったとき(5号),刑事事件により逮捕され,あるいは起訴されたとき(8号),その他前各号に準ずる不都合な行為をしたとき(10号)などを掲げている(44条)。
(イ) 懲戒処分は,その情状により,①厳重注意,②減給,③出勤停止,④降格,⑤諭旨退職,⑥懲戒解雇のいずれかを行う(45条)。
(ウ) 懲戒処分の手続等については賞罰規程に準ずる(45条-2第2項)。
イ 原告の賞罰規程(甲31号証)は,要旨次のとおり定めている。
  社長の諮問機関である賞罰委員会(4条1項)は,賞罰規程の別表である「懲戒の基準」(以下「本件懲戒基準」という。)を基準として審議し,賞罰委員会の委員長は賞罰委員会の調査・審議結果及び意見を社長に答申し,懲戒解雇の場合には,社長確認後,取締役会で決定する(6条)。また,本件懲戒基準は,懲戒解雇に該当する行為として,第9号で,素行不良により,又は,不正不義の行為及び刑罰法規に触れる行為をし,原告及び従業員としての体面を汚したことを掲げている。
(7) 相殺の意思表示
  被告は,原告に対し,平成16年4月13日の本件弁論準備手続期日において,従業員としての退職金債権をもって,原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。(記録上明らかである。)
(8) A及び本件支払当時原告のフードサービス事業本部担当専務取締役Bは,原告の本訴請求に係る損害賠償債務について,原告に対し,それぞれ1億1586万3270円及び3700万円を支払った。(争いがない。)
2 争点
  本件における争点は,被告の損害賠償義務の有無及び被告の従業員としての退職金債権の有無である。
(1) 被告の損害賠償義務の有無について
  (原告の主張)
    被告は,次のとおり,損害賠償義務を負っている。
ア 被告の注意義務
  被告は,取締役就任以前の本部長であった時期は,管理職者たる従業員として,自己が担当するミスタードーナツ事業について,無用の支出をせず,原告のために経費支払を適正に行うべき善良なる管理者の注意義務を負っていた。
  また,被告は,取締役就任後は,ミスタードーナツ事業を統括・管理する取締役として,事業の遂行に当たっては,無用の支出をせず,原告のために経費支払を適正に行うべき善良なる管理者としての注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条3項)並びにかかる義務違反が行われないように相互に監視・監督すべき義務を負っていた。
なお,被告がミスタードーナツ事業部門の要職にあったことにかんがみると,本件支払が当時代表取締役であったA及び専務取締役であったBの指示に基づくものであったとしても,不当な指示,決定に対しては,監査役あるいは取締役に報告・協議するなどして,Aらの独断専行を防止すべき義務を負っていた。
イ 義務違反行為
  本件支払は,Aとスパイスの代表者であるCとの間の個人的な関係,Aの個人的な利益のために行われたものであり,原告にとって何らの経済的合理性のない無償のものであるにもかかわらず,本件決定について監査役等に報告・協議せず,本件決定に従って本件支払をしたことは,被告の義務違反に当たる。
  なお,被告は,Bに対して一度反対の意思を表明したことで注意義務を果たしたと主張するが,BはAの決定及び指示を実行するよう指示した者であるから,Bに反対の意思を表明しても実効性は薄く,これをもって注意義務を尽くしたとはいえない。
ウ 違法性阻却・責任阻却について
  被告は,Aは原告において絶大な権限を有していたので,その指示に反することができなかった旨主張する。
  しかし,前記のとおり,被告は,監査役あるいは取締役に報告・協議する等して,Aの独断専行を阻止すべき義務を負っていたのであり,損害賠償責任は免れない。
エ 損害
  原告は,被告の前記義務違反により,別表のとおり,1億8577万8803円の損害を被った。
  (被告の主張)
    被告は,次のとおり,損害賠償義務は負っていない。
ア 義務違反がないこと。
(ア) 無償援助ではないこと。
  全社的,客観的な意味合いにおいて,また,AやBといった当時の経営トップの判断として,スパイスへの資金の提供が,経済的な意味以外を含めて,将来的に原告にとって一定の利益やリターンを生むであろうと判断することは十分あり得るところであるから,本件におけるスパイスへの資金の提供の趣旨,意図等をスパイスに対する無償の資金援助であると評価することはできない。
(イ) 注意義務違反ではないこと。
  本件決定がされた当時,Aは代表取締役,Bは専務取締役であり,しかもAは原告において絶対的な地位・権限を有していたのに対して,被告は一従業員にすぎなかったところ,被告は,Bからの指示に対してこれをいったん拒否したことにより,従業員としての注意義務を尽くしている。また,Aを交えて同人から直接強い指示を受けた時点では,被告は,原告の会社としての組織体制の下で業務命令がされたと取らざるを得ず,これに反することはできず,いわば,AやBらの行為の道具として利用されたにすぎないから,被告に注意義務違反や過失はない。
  また,被告が平成12年6月に取締役に就任した時点では,既にスパイスとの取引の件は原告で決定済みの事項であって,平成12年6月以降の個別取引は事後的な行為にすぎない。
イ 違法性阻却・責任阻却
  被告は,一従業員であった本件決定当時,Aらの指示を強く拒否すれば,自分自身が解雇や極めて不利な雇用条件の変更を受ける現実的危険性があったのであり,また,A及びBの意向で平取締役になったにすぎない被告が,両名により既に決定された事項をその時点で変更したり中止したりすることはできるはずがないのであり,被告には違法性阻却ないし責任阻却が認められるべきである。
  なお,AやBが原告内部で強固な支配権限を有していた点については,むしろ原告の内部統制の制度に過失があったのであり,その責任を一介の従業員や平取締役にすぎなかった被告に求めるのは筋違いである。
ウ 損害
  争う。
(2) 被告の従業員としての退職金債権の有無について
  (原告の主張)
 被告は,次のとおり,原告に対する従業員としての退職金債権を有していない。
   ア 被告の懲戒免職
(ア) 懲戒事由の存在
  本件で問題となっている被告の行為は,A及びBらとの共謀による特別背任であり,刑罰法規に触れる行為であるから,本件懲戒基準の懲戒解雇となる行為のうち第9号に該当する。
(イ) 懲戒手続
  平成15年7月7日に開催された賞罰委員会において被告は解雇相当と判断され,これを受けて同月10日に開催された取締役会で,懲戒解雇と決議された。
   イ 退職金不支給
(ア) 退職金不支給事由の存在
 原告の給与規程第40条の規定のように,懲戒解雇による場合等一定の事由により退職する場合には退職金は支給されるものではなく,原告においては,懲戒解雇か普通解雇かを問わず,従業員が解雇された場合には,退職金は支給されるものではない。
  また,被告の懲戒事由は,特別背任に該当する行為により原告に1億8000万円を超える経済的損害を与えたことであり,その行為は,被告の原告における勤続の功を抹消してしまうに十分な,著しく信義に反する行為である。
(イ) 退職金不支給決議
  前記ア(イ)のとおり,平成15年7月10日に開催された取締役会で懲戒解雇が決議されたが,取締役会における懲戒解雇の提案は退職金の不支給の提案をも含むものであり,退職金不支給も決議されている。
ウ 平等原則違反について
  A,Bに対して退職慰労金あるいは退職金が支給されたのは,本件で問題となった特別背任行為があったことが判明する以前に原告を退職していたことによるものであって,平等原則に反するとの被告の主張には理由がない。
  (被告の主張)
 被告は,次のとおり,原告に対する従業員としての退職金債権を有している。
ア 懲戒不相当
(ア) 懲戒事由の不存在(懲戒権の濫用)
  被告の行為は,単なる道具にすぎないという被告の関与の度合い,Aの指示を断れば解雇等の重大な処分を受けることが必至であるという当時の地位・状況等からみると,違法性及び責任においては刑罰法規に触れる行為ではない。
      また,被告は刑事処分を受けておらず,被告の地位や置かれた状況,A及びBの指示の状況等からみて,被告につき懲戒解雇相当といえるような事由があったとは認められない。
したがって,原告の行った懲戒解雇は,懲戒権の濫用であって認められない。
(イ) 懲戒手続の不履行
  被告の退職に関しては賞罰委員会は開催されておらず,被告は同委員会に出席して意見を述べる機会を一度も与えられていないのであり,懲戒解雇には重大な手続違反があるから無効である。
イ 退職金不支給不相当
(ア) 退職金不支給事由の不存在
  原告の給与規程や就業規則によると,懲戒解雇となった場合でも,退職金を支払わないことがあるとされているにすぎず,必ず不支給になるものではない。給与の後払い及び全在職期間中の功労報償的性格を持つ退職金につき,その全額不支給を適法とするには,解雇とは別次元からの考察が必要であり,厳格な合理性が必要と解されるところ,過去の被告の経歴,原告における貢献,単なる道具にすぎないという本件における被告の関与の度合い,Aの指示を断れば解雇等の重大な処分を受けることが必至であるという当時の地位・状況,監視監督・チェック体制の欠陥という原告の経営体制上の重大な問題点,被告が最終的に刑事責任を問われていないこと等からみると,本件では(仮に被告の懲戒解雇が認められるとしても)退職金を不支給とすることは許されない。
(イ) 退職金不支給決議の不存在
  取締役会の議事録をみても,懲戒解雇の決議をした記録はあるが退職金不支給の決議はされていない。給与の後払い的性格も有する退職金の趣旨からみても,これを不払いとするには明確な不支給の取締役会の決議と合理的な理由が要求されるのは当然であり,不支給とする明確な取締役会決議がない以上,退職金は規程どおり支給されるべきである。
   ウ 平等原則違反
     A及びBは,本件訴訟で被告とされるなど被告と同様の立場に立ちながら,原告から高額の退職慰労金あるいは退職金を支給されており,原告がその退職金等の返還も求めていないにもかかわらず,被告のみ退職金の支払が認められないのは平等原則に反する。
   エ 退職金の額
     被告の退職事由は,懲戒解雇となっているものの,前記ア(ア)のとおりこれは懲戒権の濫用であり,実質的には原告からの要請による会社都合退職であるから,被告に支払うべき原告の従業員としての退職金は1213万5500円であり,仮に退職事由が会社都合でないとしても,退職金は1055万7885円である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告の損害賠償義務)について
(1) 事実関係
  前記第2の1の事実に,証拠(甲11ないし14号証,16ないし18号証,20号証,乙ア2号証の1,2,3号証,4号証,5号証の1,2,7号証の1,8号証,11号証の2,14号証,20号証の3)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 原告のミスタードーナツ事業
 原告は,昭和38年2月4日に設立され,主に化学ぞうきんのレンタル事業(現在の名称は「愛の店」事業)等を展開してきたところ,昭和45年ころ,ミスタードーナツ・オブ・アメリカ社との事業提携により食品販売事業に参入した。これを受けて,原告に,同事業を担当するフードサービス事業本部及びその中核であるミスタードーナツ事業本部(平成12年4月にミスタードーナツフランチャイズ事業本部に名称が変更された。)が設けられ,ミスタードーナツ事業本部は,ドーナツの販売店(ミスタードーナツ加盟店)の募集,加盟店契約の締結,加盟店の指導教育,加盟店において販売促進用キャンペーンの際に用いるプレミアムの企画立案及び発注,宣伝広告等を担当していた。(甲11号証)
イ ミスタードーナツ事業における被告らの地位等
(ア) Aは,昭和38年ころ,原告(当時の商号は株式会社サニクリーン)の従業員としてその業務に従事し,昭和61年に専務取締役,平成3年に取締役副社長,平成6年6月には代表取締役社長に就任した。Aは,原告の化学ぞうきんのレンタル事業の拡大や,その後に展開されたミスタードーナツ事業を中核とする食品販売事業の発展に大きく寄与したことから,原告の経営方針や人事について社内で最も大きな影響力を有していた。(甲11号証,乙ア2号証の2)
(イ) 被告は,昭和59年12月16日に原告に雇用されたところ,平成11年4月1日にミスタードーナツ事業本部運営本部長に就任し(なお,被告は,同年2月末から既にミスタードーナツ事業本部において運営本部長としての仕事に従事していた。),平成12年4月1日にはミスタードーナツフランチャイズ事業本部本部長に就任し,同年6月28日には取締役を兼任することとなった。この間,被告は,ミスタードーナツ事業本部運営本部長としてミスタードーナツ事業全体の運営,売上げ,販売促進等を束ねる立場にあり,また,ミスタードーナツフランチャイズ事業本部本部長としてミスタードーナツ事業全体の責任者という立場に立って同事業を統括してきたのであって,プレミアムの企画や発注等についてもその決裁権者であった。(乙ア3号証)
ウ プレミアムの発注・制作過程等
(ア) 原告は,ミスタードーナツ事業において,毎年,1年間で10回から11回程度,ミスタードーナツの店舗での商品の販売促進のための企画として,顧客が300円を支払うごとに1枚もらえるスクラッチカードに表示された点数を10点分集めると,カードと引換えに景品(プレミアム)がもらえるというキャンペーンを実施し,各1回のキャンペーンごとに,キャラクター等のデザインを用いたプレミアムの制作を企画し,これを約300万個制作していたところ,別表記載の取引が始まった平成11年6月度の企画よりも前の時点においては,プレミアムの制作を,それが食器等の陶器類の場合は山根商店に,それ以外の場合には三和紙器又は紀伊産業株式会社(以下「紀伊産業」といい,山根商店及び三和紙器と併せて「制作会社」という。)に発注していた。その発注,制作過程等は次のとおりである。(甲11号証,乙ア2号証の1,7号証の1,8号証)
a  まず,制作会社は,プレミアムの方向性及び大まかなデザイン案を考案して原告に提案し,原告がその案の中からプレミアムとして制作する商品を決定する。
その後,電通による消費者アンケート等を元に,原告,電通及び制作会社がプレミアムの形状及び色調等を決定し,原告,電通及び同社の下請であったスパイスが最終的なプレミアムの表面に施すデザイン(以下「表面デザイン」という。)を決定する。
以上を経てプレミアムの形状・表面デザインが決定された後,原告は,制作会社等にプレミアムの制作を発注する。その発注のルート(三和紙器関係及び山根商店関係)は次のとおりである。
(a) 三和紙器に制作を発注する場合には,原告から三和紙器に直接発注するいわゆる直売ルート以外に,プレミアムのデザインに用いるキャラクターの使用等につき協力を得る等のため,原告が電通に発注するルートがあり,この場合,電通が三和紙器に発注するときと,電通が株式会社ソニー・クリエイティブプロダクツ(以下「SCP」という。)に発注し,同社が三和紙器に発注するときとがあった。
 三和紙器は,上記のいずれの場合においても,プレミアムの制作を株式会社サンパック(以下「サンパック」という。)に下請に出していたが,三和紙器とサンパックはその代表取締役が同一人(D)であって,三和紙器が受注額を決める際には,三和紙器とサンパックで一体として判断し,発注ルートに三和紙器が介在するために受注額が上がるということにはなっていなかった。
(b) 山根商店に発注する場合には,原告が山根商店にプレミアムの制作を直接発注していた。
b  スパイスは,電通の下請会社として,表面デザイン案の考案を行っていたが,山根商店及びサンパックから,プレミアムの商品提案や制作について発注を受けたことはなかった。
c サンパックは,プレミアムに関するデザインについて,自社のデザイナーを使用しており,また,デザインを外部に依頼する場合も,1件ごとに,デザイナーを拘束する時間に対する対価及びデザイン画の枚数に応じた対価の見積りをすることとしていた。
  また,山根商店は,プレミアムに関するデザインについて,自社のデザイナーを使用していたが,同人が退職後はデザイン会社に外注していた。ただし,山根商店の提案が採用された後に形状を決定する作業とスパイスの表面デザインの考案作業とは重なっていたため,山根商店が外注したデザイン会社とスパイスが共同して行うこともあった。また,山根商店は,従前,デザイン会社に対しては,プレミアム1個当たりの代金を決めるのではなく,毎月,提案書等の提出を受けて,当月の仕事量に対する対価を決定するという方法で代金を支払っていた。
(イ) プレミアムの発注等の決裁方法
  原告におけるプレミアムの発注等についての決裁は,各企画ごとに,発注業者の選定後,決裁権者であるミスタードーナツ事業本部運営本部長,ミスタードーナツ事業本部本部長,フードサービス事業本部担当専務取締役,ダスキン本社経理部などに,プレミアムの名称,発注先,数量及び単価,支払代金予定額等が明記された稟議書が電子メールにより送信された後,各決裁権者がその都度承認決裁をするという方法により行われていた。(甲17号証)
エ Cの支援要請及びAとの面談
(ア) スパイスは,その売上げの約9割が原告関連の仕事であり,上記の仕事のほか,愛の店事業関係の仕事を原告から直接受注していたところ,売上高の減少により,平成10年3月期,平成11年3月期と連続して経常損失及び当期損失を計上し,平成10年3月期現在の長期借入金残高は9943万5000円,平成11年3月期現在の長期借入金残高は金融機関からの融資が受けられなくなったことから6398万8497円と減少した。また,スパイスの代表取締役であるCが設立し,原告以外から販売促進の宣伝広告の企画等を受注していた株式会社ジップも,経営状態が悪く,スパイスから業務面での援助を受けてようやく損失の計上を回避できているという状態であった。(甲18号証)
(イ) スパイスの代表取締役であるCは,このままではスパイスは半年もたたずに倒産してしまうと考え,平成10年の年末ころ,旧知の間柄であったAにあてて,スパイスの経営が悪化していること,運転資金が1億7000万から8000万円又は2億円必要であること,相談したいことがあることを記載した手紙を出した。(乙ア2号証の1,5号証の1,11号証の2)
(ウ) Cは,平成11年1月26日ころ,Aと面談し,スパイスの救済を要請し,プレミアムの制作に参加することを依頼した。
  Aは,Cの要請を受けてスパイスを援助することとし,ミスタードーナツ事業本部本部長であったE及びBにあてて,従前紀伊産業に発注していたものをすべてスパイスに発注し,サンパックとの共同制作にすること,山根商店に発注していたものもスパイスに発注してスパイスと山根商店との共同制作とすること,原告が発注するトレーマットの印刷についてもスパイスの関与を認めることを指示したメモを作成し,Cに交付した。(乙ア2号証の1,20号証の3)
オ Aの指示及び本件決定等
(ア) Aは,平成11年3月下旬ころ,Bに対し,Cから受け取った手紙を示した上で,スパイスに対して2億円を援助するよう指示した(乙ア2号証の2)。
(イ) Bは,平成11年3月下旬ころ,同年4月からミスタードーナツ事業本部運営本部長に就任することが予定されていた被告に対し,Aからの指示があったとして,スパイスに対して2億円を援助するよう要請した。
  これに対し,被告は,その2億円が資金援助か売上げかをBに確認し,Bから資金援助であるとの回答を得たが,正当な取引では無理である上,直接的なメリットがないことから,いったん断った。しかし,Bから,Aの指示である旨念を押されたことから,あいまいな返事をして答えを保留した。(乙ア3号証)
(ウ) 被告,A,B,Cは,平成11年3月末か4月初め(前記(イ)のやりとりの数日ないし1週間後)ころ,大阪府吹田市a町所在のミスタードーナツフードビジネスカレッジ4階リフレッシュコーナーに集まった。
  Aは,被告からミスタードーナツのキャンペーンの回数が年11回程度で,1回当たりのプレミアムの発注数が平均約300万個であることを聞いた後,スパイスがサンパック及び山根商店の下請となり,プレミアム1個当たり3円を受け取る旨の本件決定をした。
  被告は,その3円は原告が負担するのかどうか確認したところ,Aは,原告が負担する旨を答えた。
  なお,この場で,スパイスがサンパック及び山根商店の下請として実際に仕事をするという話はされなかった。
  被告は,原告がプレミアム1個当たり3円を負担することは,原告にとってメリットがすぐになく,利益が減るため,納得できるものではなかったが,Aの指示であり,Bも反対しておらず,受けよという意味と理解したこと,原告や被告自身が世話になっていたことから,反対しなかった。(乙ア2号証の1,3号証,5号証の1,2,11号証の2)
(エ) 被告は,平成11年4月初めころ,本件決定を受けて,三和紙器及びサンパックの社長であるD並びに山根商店の専務取締役Fに対し,それぞれ,プレミアムの開発業務についてスパイスを下請とし,プレミアム1個当たり3円を同社に支払い,その額は原告が負担するので,そのまま上乗せして請求するように指示した。(乙ア3号証,4号証,7号証の1)
カ 本件支払及び被告の決裁
  その後,サンパック(三和紙器)及び山根商店は,別表記載のとおり,各企画に係るプレミアムの制作について,それぞれ,1個当たり3円を上乗せした額でこれを受注し,原告がこれを支払った上で,サンパック及び山根商店からスパイスに対し上乗せ分相当額が企画制作代金名目で支払われた。発注額を折衝する原告の担当者は,上記の上乗せについては被告らから知らされていなかったが,いずれも予算上可能な範囲で各発注額を決定し,被告は,原告が支払うべき発注額のうち上記上乗せ相当額については原告がスパイスに対して資金を援助するものであることを知りながら,これらの企画及び発注を決裁した(甲12ないし14号証,16号証,乙ア3号証,7号証の1,8号証)。
キ スパイスの関与
(ア) スパイスが従事すべき業務について,スパイスとサンパック及び山根商店との間で打合せ等は一切されていなかったところ,Cから本件決定の内容を聞いたスパイスの従業員Gは,業務に従事せずに支払を受けることに税務上の不安を感じたことなどから,サンパック及び山根商店に対して協力を申し出た。(甲20号証,乙ア14号証)
(イ) スパイスのデザイナーであるHは,山根商店を発注先とする4回の企画のうち,「あれこれ入れてポットポット」(別表番号16及び17)並びに「誰でも収納名人」(同番号35及び36)について,山根商店の打合せに参加し,形状デザイン又は提案デザインに関与し,同人の作成したデザインは,電通によるアンケート調査の対象とされたが,プレミアムとして採用されるには至らなかった。また,Hは,三和紙器を発注先とする企画についても,サンパックの商品提案についての打合せに参加し,試作品を提案するなどしたが,同人のデザインはサンパックの試作品のデザインに部分的に採用されたにとどまり,また,同人がデザインに不慣れなこともあって,その業務は次第に限定,減少していった。(乙ア7号証の1,8号証)
ク 被告は,平成13年2月に部署を異動するに当たり,担当者が替わる際には資金援助を白紙に戻したい,同月で援助金の支払開始から2期目のキャンペーンが終了し,新しい期は資金援助がない方が良いと考えたことから,その時点で資金援助の総額が2億円に達していなかったが,後任者と相談の上,A及びBと相談することなく,本件決定に基づく資金援助を打ち切ることとした。(乙ア3号証)
(2) 被告の損害賠償義務の有無について
ア 本件支払が経済的合理性のない無償援助であること
(ア) 前記(1)エないしキで認定のとおり,本件支払は,プレミアム1個当たり3円を上乗せした額によるものであって,Cの要請を受けたAの指示により,B及び被告がD及びFに働きかけて,上記の上乗せをした額を請求させ,当該上乗せ相当額がスパイスに支払われたということ,原告にとってもサンパック(三和紙器)及び山根商店にとってもスパイスを下請として利用する必要性がなかったこと,本件決定時においてもスパイスがどのような業務を行うかについての具体的な話がされておらず,かえって,スパイスの業務内容及び業務量とは無関係にスパイスへの支援額及びプレミアム1個当たりのスパイスへの支出額が決まったこと,スパイスのHがサンパック及び山根商店のプレミアムの提案デザイン画の作成等に一部関与したのは,業務に従事せずに支払を受けることに税務上の不安を感じたスパイスの従業員Gの申出によるものであって,その内容もプレミアム1個当たり3円に相当するものとは到底いい難いことからすると,本件支払は,スパイスがサンパック及び山根商店の下請として実際に仕事をするか否かあるいは仕事の成果にかかわらず,スパイスの救済のために一定期間に一定金額を支出するものと推認され,原告にとって経済的な合理性のないスパイスへの無償援助であると認めるのが相当である。
  これに対し,被告は,将来的に原告にとって経済的な意味以外を含めた一定の利益やリターンを生むであろうと判断することは十分あり得ると主張し,無償援助であることを争うが,前記認定のとおり,本件の資金援助は,Cと個人的な交流があったAが,Cの要請に基づいて指示をしたことによるものであって,本件決定に至る過程においてそのような利益が話題に上った事実は認められないし,そもそも,原告の経営上スパイスに対する援助が必要,有益であったことをうかがわせるような事情も全くないのであり,被告の主張は,何ら具体性のないものといわざるを得ない。
イ 被告の注意義務違反について
(ア) 前記(1)オ,カで認定のとおり,被告は,本件決定当時,ミスタードーナツ事業本部運営本部長の仕事に従事していたにもかかわらず,原告のスパイスに対する無償の資金援助でありしかもその援助が原告の経営上何ら必要がないことを知りながら,本件決定を踏まえて,Aの指示に基づき,D及びFに対し,プレミアムの制作について1個当たり3円を上乗せして請求するよう要請し,しかも,その後の企画発注の決裁の段階でもこれを決裁し,これにより原告に損害を被らせたというのであって,約2億円という資金援助の額の大きさを考えれば,このような被告の行為は,原告に対して負うべき雇用契約上の誠実義務に著しく違反するものであって,債務不履行による損害賠償責任を免れず,また,取締役に就任した以降については,取締役として原告に対して負うべき受任者としての善管注意義務及び忠実義務にも違反するものであると解される。
(イ) 被告は,①本件決定がされた当時,Aは代表取締役,Bは専務取締役であり,しかもAは原告において絶対的な地位・権限を有していたのに対して,被告は一従業員にすぎなかったところ,Bからの指示に対してこれをいったん拒否したことにより,従業員としての注意義務は尽くしている,また,②Aを交えて同人から直接強い指示を受けた時点では,被告は,原告の会社としての組織体制の下で業務命令がされたと取らざるを得ず,これに反することはできないから,いわば,AやBらの行為の道具として利用されたにすぎないから,被告に注意義務違反や過失はないなどと主張する。
  しかし,被告は,ミスタードーナツ事業において運営本部長という要職にあり,本件決定の場に同席しながらこれに異議を述べなかった上,自ら本件支払を決裁しているのであり,その背信性は著しいものであって,Bに対して一度拒否する態度を示したからといって,これにより雇用契約上の義務を履行したことにはならない。
  また,被告は,平成12年6月に取締役に就任した時点では,既にスパイスとの取引の件は原告で決定済みの事項であって,同月以降の個別取引は事後的な行為にすぎないとも主張する。
  しかし,被告は,取締役就任後は,取締役として原告にとって損害を生じさせる本件支払を止めるべき注意義務があるというべきであり,それにもかかわらず本件支払に該当する個々の支払について決裁をしているのであるから,それ以前に本件決定がされているからといって,当然に責任を免れるものではない。
ウ 違法性阻却・責任阻却事由について
  被告は,一従業員であった本件決定当時,Aらの指示を強く拒否すれば,自分自身が解雇や極めて不利な雇用条件の変更を受ける現実的危険性があったのであり,また,A及びBの意向で平取締役になったにすぎない被告が,両名により既に決定された事項をその時点で変更したり中止したりすることはできるはずがないのであり,被告には違法性阻却ないし責任阻却が認められるべきであると主張する。
  しかし,仮に被告がA及びBの意向で取締役になったとしても,それによって取締役として本来果たすべき役割が変わるわけではなく,両名による決定を変更ないし中止できないとはいえないのであって,違法性阻却も責任阻却も認められない。
  また,被告は,AやBが原告内部で強固な支配権限を有していた点については,むしろ原告の内部統制の制度に過失があったのであり,その責任を一介の従業員や平取締役にすぎなかった被告に求めるのは筋違いであるとも主張する。
  しかし,AやBが有する実質的な権限の強さをもって被告が自己の注意義務や責任を免れる理由となるものではなく,それは,A,B及び被告の間の内部において,会社に対する損害賠償責任の負担の割合が変わりうる事情にすぎないというべきである。
エ 損害
  原告は,本件支払によって,本来支払う必要のなかった1億8577万8803円相当の損害を被った。
  なお,前記損害の元本に対し,Aは1億1586万3270円,Bは3700万円をそれぞれ弁済した。
オ 結論
  以上のとおりであるから,被告は,原告に対し,民法415条及び商法266条1項5号に基づき,前記エの損害額からA及びBによる弁済額を差し引いた3291万5533円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払義務がある。
2 争点2(被告の従業員としての退職金債権の有無)について
 (1) 事実関係
 前記第2の1の事実及び当事者間に争いがない事実に,証拠(甲33号証,34号証,35号証の1,2)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 被告に対する懲戒処分等
(ア) 被告は,昭和59年12月16日に従業員として原告に入社した。
(イ) 被告は,平成15年7月7日に開催された賞罰委員会において,弁明の機会を与えられた上で,諭旨退職処分相当と判断された。(甲34号証,35号証の1,2)
 また,これを受けて同月10日開催された取締役会では,被告の行為が本件懲戒基準のうち懲戒解雇の事由である「素行不良により,又は不正不義の行為および刑罰法規に触れる行為をし,会社および働きさんとしての体面を汚したとき」に充分該当する行為であり,情状を考える余地はないとの理由から,全員一致により懲戒解雇と決議された。同決議に基づき,被告は,同月15日,懲戒解雇された。(甲33号証)
 被告に対しては,役員としての退職慰労金はもちろん,従業員としての退職金も支払われなかった。
イ A及びBの退任等
 Aは,平成13年6月までに取締役を辞任した。また,Bは,平成13年6月に取締役を任期満了によって退任し,その後原告の顧問に就任した。(争いがない。)
 A及びBに対しては,退職慰労金が支給された。(弁論の全趣旨)
(2)ア 懲戒事由の該当性について
  前記1(1)オ,カで認定したとおり,被告は,本件決定がスパイスを救済するために原告に損害を与えるものであることを認識しながらこれに異議を述べなかったばかりか,本件決定に従って本件支払を決裁しているところ,この行為は,特別背任の共犯に該当して刑罰法規に触れ,本件懲戒基準の懲戒解雇となる行為のうち第9号所定の行為に該当する。
  これに対し,被告は,本件支払に係る被告の関与の度合い,当時の地位・状況等からみると,被告の行為は違法性及び責任においては刑罰法規に触れる行為ではなく,また,懲戒解雇相当といえるような事由があったとは認められないから,懲戒権の濫用であると主張する。
  しかし,被告の行為は刑罰法規に触れるといわざるを得ない上,被告は,本件支払当時,ミスタードーナツ事業本部運営本部長あるいはミスタードーナツフランチャイズ事業本部本部長という要職にあり,本件支払に当たり重要な役割を果たしていることからすると,懲戒権の濫用とはいえない。
イ 懲戒処分の手続について前記第2の1(6)で認定したとおり,原告においては,懲罰委員会が懲戒事由を調査審議し,委員長がその結果及び意見を社長に答申することとされていたところ,前記(1)ア(イ)で認定したとおり,原告は,平成15年7月7日に賞罰委員会を開催し,被告の弁明を聴取したことが認められる。
 これに対し,被告は,賞罰委員会は開催されておらず,被告は同委員会に出席して意見を述べる機会を一度も与えられていないのであり,懲戒解雇には重大な手続違反があるから無効である旨主張し,原告が賞罰委員会の録音テープ及びその反訳書として提出した甲35号証の1及び2について,録音テープの発言が被告自身の発言であることを認めながら,被告が本件について原告内部の人間と話したのは,平成14年秋ないし冬ころに原告のI社長と話した1回のみであり,録音テープはその際のものであって,賞罰委員会での審議を録音したものではないと主張する。
 しかし,上記の録音テープ(甲35号証の1)には,A及びBが起訴されたこと並びに被告が検察官に取調べを受けた状況に係る被告の発言が記録されているが,A及びBが起訴されたのは平成15年6月24日であり(甲1号証),被告が検察官に最初に取調べを受けたのは同年6月ころと認められるところ(乙ア3号証),これは,当該テープが平成14年の会話を録音したものであるとの被告の主張に整合しないし,その他,当該テープが平成15年7月7日の賞罰委員会の審議を録音したものであることを覆すに足りる事実は全くうかがえない。
ウ 退職金不支給事由の該当性について
 前記第2の1(5)で認定したとおり,原告の給与規程等において,懲戒解雇の場合には,退職金が支給されないことがあるとされているところ,前記アのとおり,被告の行為は,懲戒解雇事由に該当することが認められる上,前記1(2)イで認定したとおり,被告は,本件決定当時,ミスタードーナツ事業本部運営本部長であり,本件支払において決裁するなど不可欠の役割を果たしていること,被告の行為が原告に直接損害を与える特別背任罪の共犯に当たり,被害額も1億8577万8803円と多額であることに照らすと,原告に対する重大な背信行為というべきであるから,被告に退職金を支給しないことが相当といえる。
エ 退職金不支給の手続について
  被告の懲戒解雇を決定した原告の取締役会の議事録(甲33号証)には,被告に対する退職金不支給の決議が明示的にされたとの記載はない。
  しかし,前記(1)ア(イ)で認定したとおり,上記の取締役会は,諭旨退職処分相当との賞罰委員会の意見に対し,情状を考える余地はないとしてあえて懲戒解雇とすることを決議していること,被告の地位や本件の問題の大きさからして,退職金が支給されていないのは,単に手続上失念しているというよりも支給しない意思決定が黙示にされているとみるのが自然であることからすると,当該懲戒解雇の決議には,被告に退職金を支給しないとの黙示の決定が含まれていると解するのが相当である。
オ 平等原則違反について
  被告は,A及びBは本件訴訟で被告とされるなど被告と同様の立場に立ちながら,原告から高額の退職慰労金あるいは退職金を支給されており,原告がその退職金等の返還も求めていないにもかかわらず,被告のみ退職金の支払が認められないのは平等原則に反すると主張する。
  しかし,本件支払が原告内部で問題となった時期は不明であるが,前記(1)ア(イ)で認定したとおり,被告を懲戒解雇とする取締役会決議があったのは平成15年7月10日であるのに対し,Aが取締役を辞任し,Bが取締役を退任したのは平成13年6月ころであることから考えて,両名に対する退職金慰労金の支給がされたのはその後間もなくであると推認されるから,退職金を支給するか否かを判断した際に基礎となった事実が異なっていると考えられるのであり,被告が主張する事由をもって直ちに平等原則に反するということはできない。
カ  結論
  以上のとおりであるから,被告の抗弁は失当である。
3 結論
  以上によれば,原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用につき民訴法61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第4民事部


裁判長裁判官   揖 斐   潔


裁判官 氏 本 厚 司


    裁判官 谷 口 哲 也

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2005年07月22日 17:39
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。