hanrei @Wiki H17. 8. 3 大阪地方裁判所 平成14年(わ)第7035,7819号 殺人,現住建造物等放火被告事件



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判示事項の要旨:
犯人と被告人との結びつきを証明すべき直接証拠が存しない殺人,現住建造物等放火の事件につき,多数の間接事実の積み重ねにより有罪認定をした上,無期懲役を言い渡した事例



主  文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中360日をその刑に算入する。
理  由
(犯行に至る経緯等)
 被告人は,昭和56年11月,Aと婚姻するとともに,同女の長男Bと養子縁組をし,3人で暮らしていたが,Bは高等学校2年生ころに学校を中退して就職し,被告人らと別居するようになった。その後,被告人とAは2人で生活をしていたが,一方,Bは,平成12年3月にCと婚姻し,両名の間には同年6月,長男Dが出生し,被告人夫婦とB夫婦とは,しばしば行き来をするなどして付き合っていた。平成13年7月ころ,被告人とAは,Bが複数の女性と付き合い,それらの女性から多額の金員の提供を受けていることを知って,Bを叱責したものの事態は好転せず,同年9月末には被告人は,大阪府富田林市所在のマンションM106号室の自宅に,C及びDを連れ帰るという行動に出た。しかし,この同居は問題を生じて同年10月24日ころ,Cは,Aの協力のもとに,被告人に無断でDを連れて被告人方を出て,Bのもとに戻り,同人と一緒に生活するようになったところ,平成14年2月ころになると,B夫婦は,Bの債権者からの厳しい支払催促を逃れて大阪府内のホテル等を転々とするようになったが,同人らはその所在を被告人に隠していた。こうした中で,Bらは,同月5日ころ以降,大阪市平野区内にある有限会社Oに新しい住居を紹介してもらいたい旨依頼していたところ,同会社においては最終的に同市平野区内のマンションN306号室を見付け,家主の承諾も得て,その旨B側に連絡したことから,同月19日,CがDを連れて契約書を受け取りに同会社店舗を訪れたのであるが,その際,Bらを探していた被告人と偶然出会うということがあり,被告人はBらが同会社を通じて転居先を探していることを知ったけれども,その後も,B及びCは被告人と連絡をとることを嫌がり,同年3月中旬ころ以降は連絡を絶った状態になっていた。この間,被告人は,Bの債務の一部につき保証人となっていたこともあって,被告人自身,しばしば債権者からの支払催促を受けており,同年3月には,その返済資金を得るためにX組合に対して金員の借入れを申込み,その手続を進めるなどしていた。このような中で,当日仕事が非番であった被告人は,同年4月14日午後2時過ぎころから,BないしB方を探すために,ホンダストリーム(白色)に乗って,大阪市平野区方面へ向かった。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成14年4月14日午後3時ころから同日午後9時40分ころまでの間に,大阪市平野区ab丁目c番d号所在マンションN306号室のB方において,C(当時28歳)に対し,殺意をもって,同所にあったナイロン製紐でその頸部を絞め付けるなどし,よって,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫により窒息死させて殺害した
第2 第1記載の日時場所において,B及びC夫婦の長男であるD(当時1歳)に対し,殺意をもって,同所浴室の浴槽内の水中にその身体を溺没させるなどし,よって,そのころ,同所において,同児を溺死させて殺害した
第3 第1記載のマンションN(鉄筋コンクリート造陸屋根4階建店舗兼共同住宅,延床面積合計約1872.58平方メートル,S所有)に放火しようと考え,同日午後9時40分ころ,同マンション3階306号室(床面積約43平方メートル)B方6畳間において,同所にあった衣類,新聞紙等に何らかの方法で点火して火を放ち,その火を同室の壁面及び天井等に燃え移らせ,よって,Bらが現に住居として使用する同マンションのうち上記306号室の壁面及び天井等を焼損し(焼損部分の床面積約42平方メートル),もって,同マンションを焼損した
ものである。
(争点に対する判断)
第1 当事者双方の主張
 判示各事実につき,検察官は,その指摘する多くの間接事実を総合すれば被告人の犯人性は優に認定できる旨主張する。これに対して,弁護人は,本件事件当日及びそれ以前を含めて,被告人は事件現場であるマンションNの敷地内にも立ち入ったことはない,被告人は犯人ではなく無罪である旨主張し,被告人も,当公判廷において,これに沿う供述をするので,以下,この点につき検討する。
第2 本件における当裁判所の判断手法
 本件においては,被告人の犯人性に関する直接証拠が存しないため,関係証拠から認められる前提事実(第3)を踏まえ,被告人の犯人性に関する間接事実を一つ一つ吟味した上で(第4以下),それらを総合考慮して被告人の犯人性について検討する(第12)ことになる。また,本件における関係者供述については,その多くについて信用性が争われ,信用性判断に慎重な検討が必要であると考えられるので,可能な限り客観的な証拠から動かし難い事実を確定した上で,それを踏まえて個々の供述の信用性判断を行うこととする。
 なお,証拠を引用する場合には,検察官請求証拠については甲・乙・物の表記と算用数字により,弁護人請求証拠については弁の表記と算用数字により,括弧内に示すこととする。
第3 前提事実
1 死体発見の状況等
関係証拠(証人E1,同E2,同E3の各公判証言,甲5,183〔58頁以降を除く。〕等)によれば,C及びDの死体が発見されるまでの経緯等に関して,以下の各事実が認められる。
(1) 平成14年4月14日(以下,特に断らない限り,日付はすべて平成14年である。)午後9時45分ころ,大阪市平野区ab丁目c番d号所在のマンションN306号室内で火災が発生し,大阪市消防局平野消防署の署員らが現場へ出動した。同署署員であったE1は,同日午後9時58分ころにマンションNに到着し,建物西側の階段を上って306号室前に到達したが,同室の扉は施錠されていたため,扉のポスト部分をエンジンカッターで切断した上,開口部から手を入れて解錠し,同室内に入った。E1は,四つんばいの姿勢で,台所部分を一周した後,台所部分と6畳間の間付近に置かれていたソファーを乗り越えて南進し,6畳間に入ったが,再び台所に戻るためにソファーを乗り越えた。台所部分に戻ったE1が,周囲の状況を確認しようと周りを見渡したところ,ソファーの南側にうつぶせになって倒れているCを発見した。Cの頭部は東側を向いており,足のひざから下は,ソファーの南側に置かれていた座卓の下に入っている状態であった。また,Cの上半身は布団又はタオル様のもので覆われ,首にはリード付き胴輪が巻かれていた〔甲37,194〕。Cは,上半身は着衣を身に付けた状態であったが,下半身は下着姿であった。Cは,サルベージシートに包まれて,病院搬送されることになった。
(2) そのころ,平野消防署の署員らと同様に,大阪市消防局警防部司令課南方面隊の隊員であるE2らもマンションNに到着し,306号室に向かった。E2は,同室に入る際,Cを室外に運び出そうとしていた平野消防署の署員らとすれ違った。E2は,同方面隊の隊員と共に,逃げ遅れた人がいないかを確認するためにふろ場に入ったところ,水が張られた浴槽の中でうつぶせになって浮かんでいるDを発見した。
(3) マンションN306号室内で発見されたCとDは,それぞれ病院に搬送されたが,いずれも既に死亡していることが確認された。
2 本件現場の状況等
証人E1の公判証言及び甲5号証等の関係証拠によれば,本件の現場であるマンションN及び同306号室の状況等については,以下の各事実が認められる。
(1) マンションNは,大阪市平野区ab丁目c番d号に位置する4階建の店舗兼共同住宅であり,4戸の店舗部分と35戸の住宅部分に分割されていた〔甲5の見取図第3号,写真122〕。マンションNの北東角には,らせん階段が設けられており,西側には,折り返し階段が設けられていた〔甲5の写真160〕。
(2) マンションN306号室は,同マンションの3階部分にあり,台所部分,6畳間,4.5畳間,浴室,便所によって構成されていた。306号室の北側には,室外の通路と台所部分をつなぐ出入口があり,台所部分の西側には,浴室及び便所があった。そして,台所部分の南側は,6畳間(東側)と4.5畳間(西側)が東西に並んだ状態となっており,それらの2つの部屋が南側のベランダに面していた。〔甲5の見取図第4,第5号〕
(3) 火災発生時刻ころにおける室内の状況については,警察官の実況見分(途中で検証に切替え)が開始される前に,消防署員らが,Cを室外に搬送する際にソファーを移動させたり〔E1の第5回公判証言,甲5の写真357〕,延焼防止のために家具を室外に移動させるなどしたほか,被害者の身元確認に役立つ書類を捜索するなどしたため,確定し難い部分もある(消防署員らが放水した際に室内の状況が変化した可能性も認められる)。
しかしながら,実況見分及び検証の結果を記載した甲5号証に証人E1,同E2及び同E4らの各公判証言を総合すれば,火災発生時刻ころの室内の状況は,以下のとおりであったと認められる。
ア 306号室の玄関付近には靴箱が置かれており,同靴箱最上段に置かれたひょうたん型小物入れには,6本の鍵が入っていたが,いずれも同室玄関の鍵ではなかった。
イ 台所部分には,テーブル,いす,冷蔵庫,電子レンジやテレビ等が置かれていたところ,冷蔵庫の上部扉及び電子レンジの扉は開放状態となっていた。台所部分にあった3段ラック上段に置かれていた炊飯器についても,同様に蓋が開放状態となっており,同炊飯器内には生米が在中していた。
ウ 台所部分と6畳間の間付近には,座面を南側に向けた状態でソファーが置かれており,その南側には座卓が置かれていた。6畳間には,ソファー,座卓以外にも,洋だんす,整理だんす,籐製ラック等が置かれていたが,整理だんすの引き出しが一部引き出されていた。整理だんすの下から3段目の大引き出し内から,焼損した緑色のひも片が発見され,同ひも片については,後に,Cの首に巻かれていたリード付き胴輪と同種のものと判明した〔甲5の写真940,甲39〕。Cの首に巻かれていたリード付き胴輪は,リードひもが途中で焼損して切断されており,整理だんす内で発見されたひも片は,前記リード付き胴輪の一部であったと考えられる。
エ 4.5畳間には,衣装ケース,段ボール箱,布団,書類等が山積みにされていた。
オ 浴室の浴槽内には水が張られており,またトイレ内では,Cらの飼い犬2匹が死んでいた。
3 C及びDの死体の状況,死因等
C及びDの死体の状況,死因等については,同人らの死体解剖を担当した証人F1の公判証言及び同人作成の鑑定書〔甲21,23〕等の関係証拠により,以下のとおり認められる。
(1) Cの死体の状況,死因等
Cの死体に見られた主な損傷は次のとおりである。まず,Cの頸部には,索条物(リード付き胴輪)が絡まり,それに一致する索溝群が見られた。そして,皮下内景においては,同索溝部分に両側性胸鎖乳突筋筋膜下・筋腹内出血,輪状軟骨骨折・出血,頸部リンパ節うっ血・出血が見られたが,これらの損傷は,索条物の強い圧迫作用により生じたものと考えられる(一般には絞痕の所見に該当する。)。また,Cの前頸部には,いくつかの皮下軟組織内出血が認められたが,これについては,人の手のような,作用面柔軟で硬固な鈍体のやや強い圧迫作用により生じたものと考えられる(一般には扼痕の所見に該当する。)。さらに,同女の死体には,頭部及び背部等に内出血が見られた。
前記のとおり,Cの頸部には二種類の損傷が認められるところ,索溝から上部の頸部及び顔面に強くうっ血が見られることに照らせば,Cの死因は索条物による頸部圧迫に基づく窒息であり,扼痕の生成が絞痕のそれに先行した可能性が高い〔F1の第8回公判証言〕。
(2) Dの死体の状況,死因等
Dの死体に見られた主な損傷は次のとおりである。Dの前頸部皮下内景における甲状腺右葉後面には軽度の被膜下出血が見られるが,同損傷は,人の手のような,作用面柔軟な鈍体のやや強い圧迫作用により生じたものと考えられ,扼痕の可能性がある。また,Dの右後頭上部には,2×2.5センチ大の筋肉内出血及び後頭骨縦骨折,小脳右半球の直径2.5センチのくも膜下出血及び僅微な脳挫傷が見られるが,これは,硬固な鈍体のやや強い打撲作用により生じたものと考えられる。損傷が骨折を伴うものであったことからすれば,同損傷により,Dは意識を失った可能性が高い〔F1の第8回公判証言〕。さらに,Dの左右の頭頂後部及び左後頭上部には,帽状腱膜下出血が見られた。
そして,Dの死因については,同児の肺の肉眼所見として,膨隆・浮腫状,辺縁部気腫状,小葉性多発出血斑といった所見が見られたこと,気管支内に角化扁平上皮片がみられたことなどに照らせば,溺死であると考えられる。
後頭部の損傷と死亡との先後関係については,後頭部の損傷について生活反応がみられることに照らせば,後頭部の損傷が先行したと考えられる〔F1の第8回公判証言〕。
(3) 自殺,他殺の別について
まず,Dについては,前記の死体の損傷状況に,同児が満2歳にもならない幼児であり,一人で浴槽に入ることは考えにくいことなどを併せ考慮すれば,何者かに後頭部を殴打された上,浴槽で溺死させられたものであると認められる。
次に,Cについても,索溝が頸部を水平に一周していること,皮内溢血点が比較的顕著に見られたこと,頸部に見られる二種類の損傷のうち,扼痕の生成が絞痕のそれに先行した可能性が高いことなど,死体の状況そのものからも他殺の可能性が高いといえるのであるが,さらに,現場の状況に同女が自殺したことを窺わせる状況は存せず,むしろその状況は,同女の下半身が下着姿であったこと,何者かが306号室内を物色したかのような形跡が残されていたことなど,他殺を窺わせるものであったことなどを併せ考慮すれば,同女は何者かに頸部を圧迫されて窒息死させられたものと認められる。
4 C及びDの死亡推定時刻
(1) 証人G1の証言について
証人G1は,「平成14年4月14日午後3時ないし午後3時半ころ,マンションN306号室のベランダにいる女性を見た。」旨証言し,同証言が,生前のCに関する最後の目撃証言となることから,まず,同人の証言の信用性について検討する。
G1は,Cや被告人と利害関係のない第三者であって,殊更に虚偽の供述をすることは考えられない。また,G1は,マンションN306号室のベランダにいた女性を目撃した状況を,自らの行動と関連させて具体的かつ詳細に供述しており,その内容に格別不自然な点は見当たらない上,G1はマンションNの敷地内からベランダにいる女性を目撃したものであり,同人と女性との間の距離はそれほど離れていなかったと考えられること,マンションNは4階建のマンションであり,南側にベランダがある構造の部屋は各階に6戸ずつしかなかったこと,G1は警察官と一緒に現場に赴いて,当該女性を見た際の状況を再現し,女性がいたのが306号室のベランダであることを確認していることなどの事情に照らせば,G1が他の部屋のベランダにいた人物を306号室のベランダにいたと誤認していることも考えられない。
以上によれば,G1の公判証言には高い信用性を肯定することができ,同証言によって,4月14日午後3時ないし午後3時半ころに,CがマンションN306号室のベランダにいたこと,すなわち同女がそのころには生存していたことが認められる。
(2) 証人F2の証言について
被害者らの死亡推定時刻については,医師である証人F2が,医師F1作成の鑑定書〔甲21,23〕をはじめとする本件に関する記録を検討し,捜査官から事件に関する事情を聴取した上,以下のとおり証言している。
ア 証人F2の証言内容
一般に,死後2日くらいまでの死体の死亡推定時刻は,死後硬直,死斑及び体温降下の三つの早期死体現象を総合的に勘案して推定する。
まず,Cの死亡推定時刻であるが,死後硬直については,代行検視時の観察結果〔甲196〕によれば,その時点において,全身に強い硬直が見られたということなので,その時点(なお,代行検視の実施時間は,4月15日午前1時45分ないし同日午前4時15分である。)までに死亡から12時間ないし24時間が経過していたものと考えられる。次に,死斑についてみると,うつぶせで発見されたにもかかわらず,前胸部等に死斑が強く出ていないところを見ると,死体が発見され,あおむけにされて搬送された時点(なお,4月14日午後10時ころである。)においては,まだ死斑が移動する時間帯である死後10時間以内であったと考えられる。また,大腿部前面の少し赤くなっている部分が死斑であると仮定すれば,うつぶせの状態の時にできた死斑が残っているということになるが,一般に死後5時間ないし10時間くらいまでの間に体位を移動させると死斑の一部はそのまま残って,一部が移動するとされているので,発見・搬送時から5時間以上10時間以内さかのぼった時点で死亡したものと考えられる。そのように考えれば,背面に死斑らしきものがあったことも説明できると思う。そして,直腸温度については,4月15日午前2時8分に32.7度であったということ,外気温が約20度であったことからすると,火災のことを考慮に入れなければ,測定時の4,5時間前に死亡したものと考えられる。ただ,本件については,火災現場で死亡しているために,熱で直腸温度が上昇した可能性もあるので,測定時刻までに少なくとも4,5時間経過したことは間違いないが,それ以上の判断は難しい。以上を総合すれば,Cの死亡時刻は,4月14日午後5時ないし6時ころであると推定できる。
次に,Dについては,まず,代行検視時において(なお,代行検視の実施時間は,4月15日午前4時17分ないし同日午前4時46分である。),背面に紫赤色,中程度の死斑の発現が認められ,前胸部については特に死斑が認められなかったと考えられることからすれば,うつぶせで発見されてあおむけに体位が移動させられた時点(なお,4月14日午後10時ころである。)において,死斑が移動する時間帯(死後5時間以内)であったということができる。また,死斑は,指圧で容易に退色したということであるが,そのような状態であるのは,死後約10時間くらいまでなので,死亡時刻から代行検視時まで10時間以上は経過していないということができる。死後硬直は,全身に強く出ているが,水中にいる場合,硬直の出現が遅くなることを加味して考えれば,午後4時,5時ころに死亡したのではないかと考えられる。直腸温度は,4月15日午前4時45分で22度であったことからすれば,15度下がっていることになるが,空気中で6度(1時間に1度ずつ),水中で9度(1時間に2度ずつ)下がったと考えられるので,午後5時,6時ころに死亡したものと推定される。以上を総合すれば,Dについては,4月14日午後4時ないし6時ころに死亡したものと推定される。
ただし,死体の状況からの死亡時刻の推定には限界があり,本件では,実際の死亡時刻が推定時刻と2時間程度ずれている可能性も否定できない。Cについては,火災の熱による影響がはっきりしない部分があるので,Dの死亡推定時刻の方がCのそれに比較して確実度は高い〔F2の第9回公判証言〕。
イ F2証言の信用性
そこで,F2証言の信用性を検討するに,同人が豊富な死体解剖及びそれに伴う死亡時刻の推定の経験を有する法医学の専門家であること,本件とは何ら利害関係を持たない第三者であることに照らせば,その証言は,基本的に信用できるというべきである。
とりわけ,Dの死亡推定時刻に関する証言については,それを推定するにあたって考慮した前提条件について不確実要素が特に見当たらないこと,その証言内容が同人の専門家としての知見に基づいた合理的なものであることなどを併せ考慮すれば,高い信用性を肯定できるというべきであり,F2証言によって,Dは,4月14日午後4時ないし午後6時ころに死亡した可能性が高いものと認められる。
他方,Cの死亡推定時刻に関するF2証言については,証人自身も自認するように,火災が死体現象に与えた影響がはっきりとしないこと,F2は,前記のとおり,直腸温度に照らせば,測定時刻までに少なくとも死亡から4,5時間経過したことは間違いないが,それ以上の判断は難しいとしながらも,他方で「直腸温度から火災発生時の4,5時間前に死亡と推定できる。」などとも証言しているところ,その判断根拠が明確でないなど,証言の中に一部合理性を肯定し難い点があること,三つの死体現象から推測される死亡推定時刻を総合しても,直ちに4月14日午後5時ないし6時ころという結論に至るわけではなく,その推論の過程に不分明な点が残ることなどに照らせば,F2証言によって,直ちにCの死亡推定時刻を午後5時ないし午後6時ころと推測することは困難である。
しかしながら,前記のとおり,Dについては午後4時ころないし午後6時ころに死亡した可能性が高いものと認められるところ,同じ室内で母子が殺害されていたという犯行現場の状況に照らせば,Cは,Dと相前後して殺害されたものと推測されるので(また,Cが生存している状態でDを殺害することは困難であると考えられるので,Cの殺害後にDが殺害された可能性が高いことも認められる。),Cの死亡推定時刻については,ややあいまいな点があるにしても,Dと同様に午後4時ないし午後6時ころに死亡した可能性が高いということができる。
以上によれば,F2証言等により,C及びDが死亡した時刻は,4月14日午後4時ないし午後6時ころである可能性が高いと認められる。
5 本件火災の出火場所,出火原因
本件火災の出火場所については,部屋の焼損状況からみて,6畳間南東側籐製たんす付近であると考えられるが,同室内から発見された衣服類から油分が検出されていること〔甲28,48〕,出火前に,本件火災現場でC及びDが何者かに殺害されていたことなどの関係証拠から認められる各事実に照らせば,本件火災の出火原因は,放火であると認められる。
そして,C及びDがマンションN306号室内で殺害された後に,同所に放火されたことからすれば,何者かがC及びDを殺害した上,マンションN306号室に放火したと認められるので,第4以下において,それが被告人であったのか否かについて検討する。
6 C,D及びBの身上経歴
ここで,本件関係者の身上経歴についてみておくと,Cは,昭和49年3月21日,大阪府堺市においてH及びIの長女として出生したものであるが,平成12年3月4日,Bと婚姻し,同年6月29日,CとBとの間に長男としてDが生まれた。Bは,昭和49年3月8日,AとJとの間の長男として出生したが,AがJと離婚し,同56年11月7日,被告人と婚姻したために,同月13日,被告人の養子となり,それ以降,被告人夫婦の一人息子として育てられた。なお,Bが,平成13年10月30日,被告人との離縁の届出をしていたため,本件事件発生時においては,被告人とBとの間の養親,養子関係は解消されていた。
第4 被告人のマンションNへの立入りの有無
1 本件犯行現場に遺留されたたばこが鑑定に付されるに至った経過について
関係証拠(証人E5及び同E6の各公判証言等)によれば,マンションNの西側階段1階から2階に至る踊り場の灰皿内に遺留されていたたばこ(ラークスーパーライト)の吸い殻が採取され,鑑定に付された経過に関しては,以下の各事実が認められる。
(1) 前記のとおり,4月14日午後9時45分ころ,マンションNで火災が発生し,平野警察署の警察官であったE4らは,同日午後10時25分ころに現場に到着し,同日午後10時30分ころより実況見分を開始した。その後,検証許可状の発付を得たため,翌15日午後1時20分ころ,実況見分を検証に切り替え,同月20日まで検証を行った〔甲4,5〕。E4は,鎮火直後に,マンションN内に警察官を配置して現場保存を行い,同月15日午前零時30分ころ,大阪府警察本部刑事部鑑識課に所属するE5が,マンションNに到着した際にも,西側にある出入口に警察官が立番し,同マンション内には警察官及び消防署員以外は出入りできない状態となっていた。
(2) 現場(マンションN306号室)周辺の鑑識活動を担当したE5は,他の鑑識担当の警察官らと共に,同所で写真撮影,資料採取にあたった。E5らは,資料採取場所のうち15か所に「ア」ないし「ソ」の符号を付し,「サ」に相当する西側階段1階から2階への踊り場の灰皿内から,たばこの吸い殻72本,名刺,レシート,菓子袋等を採取した(同灰皿内から採取された資料の状況については,甲5の写真1402)。E5らは,「サ」から採取したたばこの吸い殻を,フィルターの色別に2つのチャック式のビニール袋に入れた上,「サ」で採取された他の資料(これらについても,2,3袋に分けて,チャック式のビニール袋に入れられた。)と一緒に,「サ」という標示を入れたビニール袋に収めた。
(3) E5らは,同日午前5時30分ころに鑑識活動を終了した後,「ア」ないし「ソ」の採取場所から採取した資料については,大阪府警察本部に持ち帰り(それ以外の場所で採取した資料は,数が多かったため,平野警察署に一時預けられた。),機動鑑識班の倉庫に入れた。同倉庫の鍵は,機動鑑識班が管理しており,同班に所属している者でなければ,倉庫に立ち入ることはできなかった。E5らは,採取した資料を精査した上,資料名,数量,採取場所等を記載した採取資料引継書を作成し,その際に,「サ」で採取したたばこの吸い殻をさらに銘柄別に分別し,それらをチャック式の袋に収納した〔E5の第21回公判証言・16丁〕。「サ」で採取されたたばこの吸い殻の銘柄及びその本数は,採取資料引継書(採取引継書補充用紙)に記載された。精査,分別が終わった後,資料は,採取場所ごとにまとめられて,再び機動鑑識班の倉庫に戻された。
(4) 同年5月14日,大阪府警察本部の機動鑑識班宿直室において,同班所属の警察官らが,平野警察署の鑑識係であるE6に採取した資料を引き継いだ。引継ぎの方法は,採取資料引継書と資料一点一点を照合して数量等を確認した上,受領側であるE6が,採取資料引継書の余白に,「受」と記載し,引継ぎが終了した段階で受領書に署名押印し,受渡側に交付するというものであった。
(5) 資料を持ち帰ったE6は,平野警察署内に設置されていた捜査本部(剣道場兼講堂)内に長机を3段ほど積み上げて棚を作り,同所に段ボール箱に入れた資料を保管した。段ボール箱内の資料は,捜査本部に属する者だけが見ることができたが,同人らについても,捜査一課の班長の許可を得るなどした上で資料を見ることになっていた。
(6) 同年6月3日に,「サ」から採取されたたばこのうち1本(ラークスーパーライト)が吸い口部の唾液付着の有無,血液型等を確認するために鑑定に付されることとなり〔甲252〕,警察官であるE7が,チャック付きビニール袋入りの同たばこ1本を鑑定嘱託書と共に,大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所の所員であるE8に交付し,同人が,たばこの吸い口の一部を切り取り,前記の事項について鑑定を実施した。E8は,たばこに唾液成分及び扁平上皮細胞の付着を確認したが,血液型は検査の結果,判明には至らなかった。
(7) 同年7月4日,同たばこにつき,DNA鑑定の鑑定嘱託がなされたことから,E8は,たばこの吸い口の一部をチューブに入れ,そのふたを閉めた状態で,前記研究所の所員であるE9に交付し〔E9の第23回公判証言・17丁,E8の第23回公判証言・31丁〕,E9がDNA鑑定を実施した。なお,たばこの残部については,捜査官に返却され,平野警察署内で保管された後,大阪地方検察庁に証拠物として送致された。
2 DNA鑑定について
(1) DNA鑑定の結果(甲106)について
E9が,前記の経過によって引き継がれたたばこ(マンションN西側階段1階から2階に至る踊り場の灰皿内から採取されたもの)の吸い殻に付着した唾液(正確には,唾液中に存在した細胞。以下,「資料2」という。)及び被告人の血液(以下,「資料1」という。)のDNA鑑定(MCT118型,HLADQα型,TH01型,PM検査)を行ったところ,4種類全ての検査において,資料1と資料2のDNA型が一致した。
(2) 本件DNA鑑定の証拠能力及びその信用性について
DNA鑑定は,人の遺伝子であるDNAの塩基配列が一人一人異なっていることに着目して,個人識別をしようとするものであり,その科学的原理は理論的正確性を有していると認められる。したがって,同鑑定が,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われたことが認められれば,その証拠能力及びその信用性を肯定することができることになる。
そこで,まず,本件のDNA鑑定を実施したE9の鑑定者としての適格性についてみるに,同人は,大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所の所員として,平成8年9月以降,年間15ないし20件程度のDNA鑑定を実施してきたものであり,その技術を習得した適格者であるということができる〔E9の第23回公判証言・1丁〕。そして,E9証言によれば,同人は,本件DNA鑑定を通常業務の一環として,当時,科学捜査研究所において行われていた一般的な方法を用いて行っていることが認められるところ,それは科学的に信頼される方法であると評価することができ,したがって,本件DNA鑑定の証拠能力及びその信用性を肯定することができる。
なお,弁護人は,①鑑定資料の特定がなされていない,②2つの資料が混合した可能性がある,③鑑定内容を検証することができないなどとして,本件DNA鑑定の証拠能力及びその信用性を争うので,以下,これらの点について検討する。
まず,①の点については,資料2について,鑑定の対象となった紙片の写真が添付されていないことは弁護人指摘のとおりであるが,資料の特定に写真が不可欠であるとはいえず,甲106号証の記載(「煙草の吸殻(鑑定書平成14年法医第668号記載の資料)の吸口部の一部 1点」),甲252号証(鑑定書,平成14年法医第668号)の記載にE8証言及びE9証言を併せ考慮すれば,資料の特定に欠けるところはないというべきであって,弁護人の主張は採用できない。
次に,②の点については,弁護人は,資料2にはDNAが存在していなかったにもかかわらず,資料1のDNAが鑑定の過程で資料2に混入し,その結果,資料1及び資料2から同じ型のDNAが検出された可能性がある旨主張する。しかしながら,そもそも弁護人の主張は,一般的な可能性を述べるにすぎないものである上,前記のとおり,資料2については,DNA検査に先行して,E8によって唾液付着及び扁平上皮細胞の存在が確認されており,資料2にDNAが存在していたものと認められるのである。
さらに,E9は,2つの資料の混合を防ぐために,各資料のDNA抽出,精製の時間をずらして別個に行う,チューブの色を資料ごとに変える,チューブに入った資料を扱う際,2本以上のチューブのふたが同時に開いていることがないようにする,ピペットの先に装着するチップは使い捨ての物を使用し,使用後は廃棄用の瓶に廃棄する,ピペットについては吸う必要がある容量を定め,それ以上吸わないようにセットするなどの方法を取っていたことが認められる〔E9の第23回,第26回公判証言〕。確かに,弁護人主張のように,ネガティブコントロールを置けばより適切であったとはいい得るとしても,上記のとおりE9は十分の注意をもって鑑定を実施しているのであるから,ネガティブコントロールを置かなかったことをもって鑑定結果に信用性がないとするのは相当でない。以上によれば,弁護人が主張するような過程によって2つの資料から抽出されたDNAの型が一致したとは考えられず,弁護人の主張を採用することはできない。
そして,③の点については,E9が鑑定に使用した紙片及び同人が2つの資料から抽出したDNAは残存していないが,一部を鑑定用に切り取った後のたばこの吸い殻は捜査機関において保管されているのであるから,鑑定内容の検証は可能であるというべきであって,弁護人の主張は採用できない。
以上の次第であり,本件において実施されたDNA鑑定の結果を記載した鑑定書〔甲106〕については証拠能力が認められると共に,その信用性を肯定することができる。
3 マンションNで発見されたたばこと被告人の結び付き
そして,たばこの吸い口部分及び被告人の血液から検出されたDNA型の出現頻度は,科学警察研究所報告第48巻第4号及び同第50巻第1号掲載のデータに基づく計算によれば,1000万人におよそ2人という極めて低いものであること,ラークスーパーライトは,被告人が好んで吸っていたたばこの銘柄であること(この点は関係証拠により明らかであり,被告人も自認するところである。)に徴すれば,DNA鑑定に付されたラークスーパーライトの吸い殻は,被告人のものであると認定することができる。
さらに,前記のとおり,たばこの吸い殻の採取及び引継ぎの経過に問題はなく,ラークスーパーライトはマンションN西側階段踊り場の灰皿内で発見されたものであると認められること,本件火災発生後,ほどなく警察官による現場保存が行われたことに照らせば,犯人以外の者が被告人を犯人に仕立て上げる目的等で,被告人のたばこを灰皿内に遺留するようなことはあり得ないといってよいところ,犯人が前記のような目的で被告人のたばこを遺留したことは考え難いこと(被告人の吸い殻を入手できる人間が犯人であったことが窺われない上,そのような方法により,被告人を犯人に仕立て上げようというのは,通常考えにくい迂遠な方法である。),それ以外に,被告人の吸い殻を同人以外の第三者が,マンションNの灰皿に投棄したことは想定し難いことに照らせば,被告人が,マンションNに立ち入り,その際に西側階段踊り場の灰皿内にラークスーパーライトの吸い殻1本を投棄したことを認定することができる。
なお,弁護人は,被告人が,C夫婦に対し,自らが使用していた携帯灰皿を2個渡したことがある旨供述している〔乙12,被告人の第51回公判供述・139丁〕ことに依拠して,それらの携帯灰皿の中に入っていた被告人の吸い殻を,Cが,マンションNの灰皿に捨てた可能性がある旨主張する。しかしながら,そもそも,それらの携帯灰皿の中に被告人の吸い殻が入っていたか否か不分明である上(被告人は,入っていた旨供述するが,そのような事実について具体的な記憶があるとは考えにくく,信用することはできない。),携帯灰皿内の吸い殻は,自宅のごみ箱に捨てるのが一般的であると考えられること,C夫婦が携帯灰皿を受け取った時期は判然としないが,Cらと被告人との交際状況に照らせば,少なくともそれは同女らがマンションNに転居する前であると認められるところ,仮に,Cが同携帯灰皿を日常的に使用していたのであれば,マンションNに転居するまでの間に灰皿内の吸い殻を投棄した可能性が高いことなどの事情に照らせば,Cが,マンションNの西側階段1階から2階に至る踊り場の灰皿内に被告人の吸い殻を捨てたとは考え難く,弁護人の主張を採用することはできない。
第5 被告人が本件犯行当日,マンションNに立ち入ったか否か
前記第4の3で認定したとおり,被告人は,マンションNに立ち入ったことがあることが認められるが,さらに,その立入りの時期が問題となるので,以下,検討を加える。
1 本件犯行当日,被告人が当時使用していた車と同種・同色の車がマンションN付近で目撃されていること
(1) 被告人が,4月14日当時,使用していた車について
関係証拠によれば,被告人が,4月14日に使用していた車に関しては,以下の各事実が認められる。
ア 被告人は,4月11日ころ,自家用車であったトヨタのグランビアをPに修理に出したため,代車として同店からホンダのホンダストリームを借りた〔証人G2の第17回公判証言・3丁〕。平成14年4月時点で,ホンダストリームには,iS,iL,L,LのSパッケージ,Gの5種類のタイプがあった〔物17〕が,被告人が借りたホンダストリームは,Lタイプの二輪駆動のものであった。
イ 被告人が借りたホンダストリームはプレミアムホワイトパールという白色のもので,フロントグリルはフィンタイプという形状のものであり,「H」のエンブレムが付されていた。また,タイヤには手裏剣の形をしたホイールキャップがついており,アンテナは車体の右前角部についていた。そして,方向指示器のレンズの色は無色であり,テールランプはUの字を逆さにした鳥居型であった。後部座席より後ろの部分のガラスにはスモークがかかっていて,車内が見えない状態となっていた。リアガラスの右下部分には,「Stream」のエンブレムが,リアガラスの中央下部分には「H」のエンブレムがそれぞれ付されていた。
(2) マンションNとQ商店の位置関係
Q商店の所在地は,大阪市平野区ab丁目c番e号であり,本件の事件現場であるマンションNの北方約100メートルの地点に位置している〔甲92〕。
(3) 証人G3,同G4,同G5及び同G6の各公判証言について
証人G3,同G4,同G5及び同G6は,それぞれ,4月14日,Q商店の北側空き地に白色のホンダストリームが止まっていた旨証言する(G3については同日午後3時40分ころに〔G3の第18回公判証言・2丁〕,G4については同日午後4時30分ころに〔G4の第18回公判証言・2丁〕,G5及びG6については同日午後8時ころに〔G5の第19回公判証言・3丁,G6の第19回公判証言・3丁〕それぞれ目撃したという。)。
そこで,同人らの各証言の信用性について検討するに,その信用性を高める方向に働く重要な事実の一つとして,同人らが,それぞれ時間帯は異なるものの,同じ場所に,同じ態様で,同種・同色の車が止まっていた旨証言し,同人らの各証言が,相互にその信用性を強く補強し合っていることを指摘することができる。また,同人らは,それぞれ,ホンダストリームを目撃した日時,その際の状況,ホンダストリームであることが分かった理由等を4月14日の各人の行動と絡めて具体的かつ詳細に供述しており,その内容に不自然,不合理な点は見当たらない。そして,同人らは,いずれも,本件事件関係者とは無関係な第三者であって,殊更に記憶に反する事実を証言することは考え難い上,基本的に捜査段階から一貫した供述をしていると評価することができ,以上によれば,同人らの各証言には高い信用性が認められる。
そして,同人らの各証言により,4月14日午後3時40分ころ,同日午後4時30分ころ,同日午後8時ころの3つの時点において,Q商店横に白色のホンダストリームが駐車していたことが認められる。さらに,同人らの各証言を総合すれば,それは,Lタイプのものであったことも認められる。
なお,弁護人は,①証人G3は,ホンダストリームの特徴について詳細に供述しているが,特段の事情もないのに,路上に駐車している車を詳細に観察したというのは不自然である,②証人G3は,午後9時ころにホンダストリームが駐車していたかどうかは覚えていない旨証言するところ,同人が,駐車されていたホンダストリームに気が付かないことは考え難く,そもそも初めからQ商店横に駐車していなかったか,仮に駐車していたとしても午後9時前に既に移動していた(従って,被告人が,同所に駐車した上で,C及びDを殺害し,午後9時40分ころにマンションNに放火するのは不可能であって,同車の存在は被告人の犯人性に結び付くものではない。)と考えられる,③証人G4が,同人にとって日常的な出来事にすぎないことを詳細に記憶し,更にその記憶を事件から相当期間経過するまで保持していたとは考え難い,④証人G4は,警察官から,「Q商店横にホンダストリームが駐車していたのを見ていないか。」などという誘導を受け,それに応える形でホンダストリームを見たことを供述するようになったのものである,⑤証人G5及び同G6は,自動車でQ商店前を通過する際にホンダストリームを観察しつつ,同車についての会話を交わした旨供述するが,わずかの距離を走行する間にホンダストリームを詳細に観察した上で同人らが証言するような会話を交わすことは不可能である,⑥証人G5及び同G6が,路上駐車の状況という日常的な出来事を,記憶していたのは不自然であるなどと主張して,各証人の証言の信用性を争うので,以下,これらの点について検討する。まず,①,③,⑥の点については,確かに,弁護人が主張するように,同人らはQ商店横に駐車していたというホンダストリームの特徴を極めて詳細に観察したことを内容とする証言をしているところ,それが同人らにとって日常的な出来事にすぎないことに照らせば,とりわけ視認条件が悪かった証人G5及び同G6については,やや不自然な感がすることは否めない。しかしながら,前記のとおり,各証人は意識的にホンダストリームを観察するに至った理由をそれぞれの行動と関連させながら具体的に述べており,それらは十分得心できるものである上,仮に,目撃後に捜査官から得た情報によって,ホンダストリームの細部に関して多少の記憶の変容がみられたとしても,同人らが白いホンダストリームを目撃したこと,そして,その大まかな特徴が同人らの証言するようなものであったことという証言の核心部分についてまで影響を及ぼすものとまではいえず,弁護人の主張を採用することはできない。また,②の点については,G3は,当初は,同僚と同じ車であることや,知人が自己の親戚宅であるQ商店に来ているのではないかと考えたことなどからホンダストリームに興味を持ったものの,それ以外にはホンダストリームに関心を抱く特段の理由はなく,午後9時ころには,ホンダストリームに対する興味を失っていたとも考えられる上,日没により視界が悪くなっていたこと,同ホンダストリームは,G3が自己の自動車を移動させる際に特に支障となるような位置に駐車していたわけではないことなどに徴すれば,午後9時ころにQ商店横に駐車されていたホンダストリームにG3が気付かなかったことも十分考え得るところであるから,上記主張を採用することはできない。そして,④の点については,証人G4についてのみならず,ホンダストリームに関する聞き込み捜査全般がやや誘導的なものであった可能性を否定できないところ,一般に目撃対象物を詳細に特定した上で聞き込みを行うことは,聞き込み対象者に予断と偏見を与え,見ていないものを見たと思い込ませる危険を含んでいることは,弁護人指摘のとおりである。しかしながら,本件においては,前記のとおり,4人もの証人が(うち3人は互いに無関係な者である。),それぞれに,Q商店横に駐車してあるホンダストリームの特徴のうち,異なった部分をとらえ,かつ,自分の経験と関連させてホンダストリームを見たことを詳細に証言しており,警察官の誘導により見ていないものを見たと誤信しているとは到底考えられず,弁護人の主張を採用することはできない。さらに,⑤の点については,証人G5及び同G6は,Q商店前を高速度で通行したというものではなく,ホンダストリームが同人らの話題に上り,その際に,G5が同車を確認するために自車のスピードを落として同車の外観を観察したものである上(そして,そのスピードについては,G5が一応証言するものの,同人が実際に走行する際にスピードを意識していたとは考えられないから,係る証言は同人の推測の域を出ないものである。),G5及びG6が交わした会話というのは,ホンダストリームの目撃を契機として交わされ,その後,Q商店前を通過してからもしばらく続いていたとも考えられることから,同人らが供述するような行動が不可能であったとまではいえず,弁護人の主張を採用することはできない。
以上のとおり,弁護人が指摘する各事情は,各証言の信用性を動揺させるものではないというべきである。
(4) 被告人がB方を探すことが困難であったかどうか
  ここで,被告人が,当時B方を探すことが困難であったかどうかについてみておくと,まず,被告人供述によっても,Bの引っ越し先に関してはfgのダイエーの近くであることを聞いていたというのであり,また,B達はいつも高層マンションに住んでいることから,転居しても高級マンションではないにしても,中古の高層マンションに住むのではないかと思っていたというのである〔乙3〕。また,関係証拠によれば,被告人は2月19日に大阪市平野区にある有限会社Oの店舗において,契約書を受け取るために姿を現したCと偶然出会い,B夫婦が同会社を通じて転居先を探していることを知っていた(ただし,この時にBらがマンションNを借りる予定であることを被告人が知った証拠はない。)ところ,この規模の不動産業者が紹介し得る物件の所在範囲は自ずから限定される場合が多いこと,有限会社Oの店舗とマンションNとは車で5分程度の距離関係にあること〔G7の第24回公判証言・24丁〕,マンションNの西側出入口から入ってすぐの柱には,有限会社Oによる入居者募集の広告が貼付されており,道路からも視認し得る状態にあったこと〔甲5の写真14,15〕などが認められるのであり,以上の諸点を併せ考えると,被告人においてマンションNを探し出すことはさほど困難ではなかったとも考えられるところである。
(5) 検討
前記のとおり,白色のホンダストリームが同じ場所で,同じ態様で駐車しているのが三つの異なる時間帯で目撃されたこと(午後3時40分ころ,午後4時30分ころ,午後8時ころ)からすれば,同ホンダストリームは,少なくとも4月14日午後3時40分ころないし同日午後8時ころまでの長時間にわたり,Q商店横に駐車していたものと認められる。
そして,このホンダストリームは被告人が当日,使用していた車と同種・同色のものであること,当該ホンダストリームについては,警察官による聞き込みが行われたが,その所有者は結局判明しなかったこと,マンションNとQ商店の位置関係,被告人においてマンションNを探し出すことはさほど困難ではなかったとも考えられることなどの事情を併せ考慮すれば,前記のホンダストリームが同日午後3時40分ころないし同日午後8時ころまでの間,同所に駐車されていた事実は,被告人が同時間帯,すなわち被害者らが殺害されたと考えられる時刻ころにマンションNに赴いていた事実を推認させる(ひいては,被告人の犯人性を推認させる)一つの事情であるというべきである。
さらに,見落とすことができないのは,被告人自身,捜査段階において,事件当日,Q商店付近にホンダストリームを駐車したことを自ら明確に捜査官に告げ,その供述を維持していたところ,被告人は,当公判廷において,それは勘違いであったなどと述べるに至ったのであるが,警察官と共に同所に臨場して確認した上でその供述を維持していたことに照らせば勘違いなどであったと考える余地はない。そして,被告人が,捜査段階において,勘違いなどといった事情もないのに,自発的にQ商店付近にホンダストリームを駐車したことについて言及していたことは,前記の推認をさらに強めるものである。
2 本件犯行当日,被告人とよく似た人物がマンションN付近で目撃されたこと
(1) マンションNとRの位置関係
Rの所在地は,大阪市平野区ab丁目h番i号であり,本件の現場であるマンションNの北北東約80メートルに位置している〔甲259〕。
(2) 証人G8の証言について
証人G8は,「平成14年4月14日,夫,夫の友人,子どもと一緒にRに行き,午後3時過ぎないし午後3時半ころまでの間に,夫とその友人を残してRを出た。その際,乳母車を押していたので,進行方向にいた男性にのいてもらおうと思って,『すいません。』と言いながら,その男性を見上げたが,その男性が被告人によく似ていた。男性の目が鋭かったように感じたので,後で,夫に,『邪魔やったから,すみませんと言って通ったけど,がっと見られた感じがした。』という話をした。」旨証言する。
そこで,同女の証言の信用性を検討するに,まず,同女は,本件とは無関係の第三者であって,殊更に虚偽の供述をすることは考え難い。また,同女の証言内容に特に不自然,不合理な点は見当たらない上,同女の証言は,「妻から,『子供をベビーカーに乗せて前を通るときに,知らないおっちゃんににらまれた。』という話を聞いた。」とする証人G9の証言〔同証人尋問調書4,5丁〕によって,その一部が裏付けられている。
そして,同女は,約90センチメートルという至近距離で男性と顔を見合わせたこと〔G8尋問調書20丁〕,同女が,その日のうちに,男性と会った際の状況を夫に報告していることからも見て取れるように,その出来事は同女にとって印象に残るものであったと考えられること,同女は,夫に対して聞き込みに来た警察官が持参した写真面割台帳(複数の写真が貼付されているもの)を見た際に,自分が4月14日にRで目撃した男性と似た男性の写真があると警察官に自ら申告したものであって〔G8尋問調書27丁,G9尋問調書9,10丁〕,警察官による誘導や暗示があったことは窺われないことなどに照らせば,知覚,記憶の条件にも問題はない。
さらに,同女は,警察官に初めて写真面割台帳を示された際に,特に迷うことなく被告人の写真を4月14日に見掛けた男性の写真であると申告した後,複数の写真が貼付された台帳による写真面割りを再度行い〔G8尋問調書29丁〕,平野警察署において被告人の姿を直接確認した上,大阪府警察本部においてマジックミラー越しに被告人の姿を確認するなどしたが,いずれの際も,「4月14日に見た人だと思う。」旨の供述を維持し,当公判廷においても,被告人が写っているビデオ〔物34〕を再生して示された際,「見掛けた人によく似ています。」と証言しているのであって,その証言は一貫したものであると評価することができる。
以上によれば,証人G8の証言は信用できるというべきであり,同女の証言から,4月14日午後3時過ぎないし午後3時半ころ,Rに被告人とよく似た人物がいたことが認められる。
なお,弁護人は,①証人G8が,Rで男性を見たのは,ほんの一瞬の間であり,その回数もわずか1回である上,同女は男性を正面から見たものではないなど,客観的な観察条件に問題がある,②証人G8が,観察した出来事は日常的なものであり,同女の印象に残るようなものではあり得ないなどとして,同女の証言は信用できない旨主張する。しかしながら,①の点については,確かに,弁護人が指摘するような条件の下での観察ではあったが,前記のとおり,至近距離であったことや,男性を見上げてその顔を目撃したものであることなどからすれば,被告人と同一人物であったか否かまで認識できたかどうかは措くとしても,少なくとも被告人と似た人物であるか否かという限度での認識を抱くことは十分可能であったと考えられるから,弁護人の主張を採用することはできない。また,②の点については,前記のとおり,男性を見たことは同女にとって印象に残ることであったと考えられるから,弁護人の主張は当たらない。
(3) 検討
被告人とよく似た人物が,本件事件当日に,Rで目撃されたことは,その人物が被告人であった可能性があること,前記のとおり,RがマンションNに近接した場所にあったことに照らせば,被告人が本件事件当日に,マンションNに立ち入ったことを推認させる一つの間接事実であると考えられる。ただし,あくまでも,被告人と「よく似た人物」であったと認められるに止まること,マンションNの敷地内ではなく,その付近で目撃されたものであることからすれば,過度に重視すべき事情ではないとしても,被告人が本件犯行当日にマンションNに赴いたことを一応推認させる事実である。
3 まとめ
第4で検討したとおり,被告人はマンションNの敷地内に立ち入ったことがあると認められることに加えて,上記の各事実,すなわち,①被告人が,本件事件当日に使用していたものと同種で同色のホンダストリームが,マンションNから約100メートルという付近の場所に,当日午後3時40分ころないし午後8時ころという長時間にわたって駐車されていたこと(しかも,被告人は,捜査段階において,駐車態