hanrei @Wiki H17. 7.20 広島地方裁判所福山支部 平成14年(ワ)第83号 解雇無効確認及び賃金支払請求訴訟



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判示事項の要旨:
 本件は,被告大学講師であった原告が,スポーツ推薦学生の成績原簿関係書類のコピーを記者会見により公表した行為により,就業規則所定の解雇事由に該当するとして普通解雇されたケースで,原告には解雇事由は存在せず,被告がした普通解雇は無効であるとして,原告の被告大学講師の地位の確認と,被告に対し本判決確定までに支払期日が経過した賃金等の原告への支払が命じられた事案である。


判決
主文
1 原告が,被告の設置するD大学E学部講師の地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,157万円及びこれに対する平成14年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員並びに同年3月25日から本判決確定に至るまで毎月25日限り31万4000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の訴えを却下する。
4 訴訟費用は,被告の負担とする。
5 本判決は,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成13年10月から毎月25日限り金31万4000円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
   本件は,被告が設置するD大学(以下「被告大学」という。)において講師を務めていた原告が,スポーツ推薦学生の成績原簿関係書類のコピーを記者会見を行って外部に公表した行為(以下「本件公表行為」という。)が,「D大学及びF大学教職員の人事及び勤務等に関する規程(就業規則)」(以下「就業規則」という。)所定の解雇事由である「勤務成績不良」ないしは「職務の適格性を欠く」場合に該当するとして普通解雇されたこと(以下「本件解雇」という。)について,上記行為は解雇事由に該当せず,本件解雇は無効であると主張して,被告に対し,その地位の確認と賃金の支払(各支払月の翌日以降支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を求めた事案である。
第3 争点
   本件の主たる争点は,原告の本件公表行為が,被告の就業規則7条1項1号にいう「勤務成績が良くない場合」及び同項4号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するか否かである。そして,その中で,「スポーツ推薦入学者の成績評価について」という申し合わせ(以下「本件申し合わせ」という。)及びそれに基づくスポーツ推薦学生についての成績原簿変更指示書(以下「本件変更指示書」ともいう。)が同規則15条にいう「業務上機密とされた事項」に該当するかが争われている。
第4 原告の主張
 1 就業規則15条(「業務上機密とされた事項」)の非該当性
(1) 本件申し合わせの違法性
 ア 担当教員の成績評価権限の侵害
成績評価は,担当教員の専属的権限であり,学部教授会及び全学教授会の承認は,担当教員の最終的採点を前提に,進級単位未取得者を未取得のままで進級させるか否かの進級判定原案についての承認であって,成績評価とは一切関係がない。
被告は,本件申し合わせ第1項により,担当教員から経済学部長に対し,成績評価の権限が授権された旨主張する。しかし,成績評価の専属的権限を有する担当教員が他の者に対して評価を授権することは不可能であり,仮に授権が可能であったとしても,本件変更指示書の中には,一般教育部の教員が担当した科目が含まれており,経済学部教授会の申し合わせでは足りず,一般教育部教授会の申し合わせは必要不可欠である。
また,本来,成績原簿の変更指示書は,成績評価を行う担当教員が,成績記入済採点表を教務課へ提出した日以後において,成績点数変更または追加がある場合に担当教員が理由を記載した上で署名・押印して提出し,学部長らの承認を得て教務課に指示文書として出されるものであるが,経済学部では,スポーツ推薦入学者に関し,前記担当教員の作成部分のないまま経済学部長名で成績原簿変更指示書が出されている。
このように,G経済学部長は,本件変更指示書の科目について,成績評価をする権限が全くないのに,恣意的に担当教員の評価とは異なった虚偽の内容を教務課の職員に指示して作成させたものであるから,本件変更指示書は就業規則15条に定める「業務上機密とされた事項」に該当しない。
 イ 学校教育法施行規則違反
進級・卒業の認定は,まさに単位認定のことであり,「学習の評価及び課程修了の認定」のことであるから,被告大学は,学校教育法施行規則4条1項4号の定めのとおり,「学則」をもって明らかにすべきであるが,被告大学の学則にはその定めがない。その上,被告大学の経済学部教授会は,平成8年2月29日付けで,「彼等(スポーツ推薦入学者)の履修科目の成績評価及び進級・卒業に際して特別措置をすることができる」とする本件申し合わせをしているが,これは,「秘匿すべき事項であることからプリントは配布せず,口頭で読み上げ,議事録に記載されなかった」という被告主張からも明らかなとおり,上記規則に反する違法な申し合わせである。
 ウ 大学設置基準違反
単位制度は,「授業の方法に応じ,当該授業による教育効果,授業時間外に必要な学修等を考慮して(大学設置基準21条2項本文)」設けられ,「大学は1の授業科目を履修した学生に対しては試験の上単位を与えるものとする(同27条本文)」ものであり,正しく当該授業による教育効果を判断する試験を行い,授業時間外に必要な学修等を考慮して授与されるものであるから,試験の結果は単位認定の必要不可欠な条件である。被告は,「進級・卒業判定は大学の教育理念に照らして総合判断されるべきものである」と主張するが,この主張は上記基準で単位制度を定めた趣旨及び単位授与を定めた規定に反する。
エ 法形式論上の違法
  本件申し合わせは,全学教授会で合意された「成績評価に関する申し合わせ事項」に違反する内容であり,特則とするなら全学教授会で決定されるべきであるのにこれがなされておらず,経済学部教授会や経済学部長には全学教授会での決定を変更する権限はない。また,本件申し合わせ文書は,経済学部教授会でも報告事項にとどまり,経済学部教授会において協議事項として,審議され承認されたものではない。すなわち,教授会で審議された事項ではなく,効力を有するものではない。仮に協議事項として審議され承認されたとしても全学教授会での合意に反する内容であるから効力を有しない。
 オ 内容の違法
本件変更指示書は,実質的にみても内容が違法である。点数が「60点未満のものを60点に変更する」とは「合格」させることを意味し,科目読み替えは,進級に必要な科目につき履修しておらず,試験を受けてもいないのに60点をつけて,進級に必要な科目を合格とし単位を与えているのである。
(2) まとめ
「秘密」文書には,合法だが公表するのが不適当な事項と違法な事項でその違法性故に公表することを保持者が制約する文書とがあり得る。本件の文書は後者であり,違法な文書であるから「業務上機密とされた事項」にはあたらない。
このように,本件変更指示書は,違法かつ内容虚偽の文書であり,学校教育法施行規則,大学設置基準に明白に違反する本件申し合わせ文書に基づいて作成されたものであり,「裏口進級・卒業」を裏付ける法的保護に値しない文書であって,機密書類にあたらないから,それを公表したことが機密を漏洩したことにはならない。
2 本件公表行為の相当性
(1) 教員の責務
講義内容・方針や採点基準の設定などが各教員の裁量に任されている以上,その成績評価の一部または全部を,確たる理由もなく,当該科目の教員に無断で変更することは,各教員が講義内容・方針に沿って設けた一定の評価基準を完全に無視することになり,成績処理に関して著しい不公正を生み出す要因となる。
教員自らがその成績評価の公正さを保証する責務を負うのは当然である。同時に,公正な成績評価が何らかの外的要因によって蹂躙されていることが明らかになったとき,その要因を追及し,成績評価の公正さを取り戻すために積極的に行動することも,教員としての当然の責務である。
(2) 記者会見という方法もやむを得ない学内事情
被告大学においては,大学の根幹に関わる問題においても,教授会がその役割を果たしておらず,教授会等の学内の組織,手続を通じての是正が全く期待できず,また,被告は,B教職員労働組合(以下「組合」という。)との団体交渉に不当な条件を付けて応じようとせず,団体交渉を通じての問題解決も困難な状況にあるなど,学内での活動のみでは問題解決できないという被告大学の学内事情があり,記者会見という方法もやむを得ないものであった。
(3) 公表による影響
 ア 学生の人権
原告は,学生個々人の人権侵害が生じないように,本件変更指示書中,「学生番号・氏名」を墨塗りして学生の特定が不可能な状況にし,そのコピーを公表したもので,本件公表行為によって学生個々人の人権は何ら侵害していない。
むしろ,体育学部系でない経済学部の学生に対し,成績評価において授業科目以外のスポーツ実践を理由に点数の嵩上げをすることは,当該学生の教育を受ける権利を侵害する以外の何ものでもない。とりわけ当該学生が裏口卒業によって経済学士として社会において活動することになると,経済学士の立場と現実の知的能力とのギャップで困難に陥ることは明らかであり,これほどの人権侵害はない。
 イ 被告大学の信用毀損
不適切な成績変更を是正することは,被告大学に対する信用を高めることはあっても,被告大学の信用を毀損することはない。不適切な成績変更が温存されることこそ,被告大学の信用をおとしめる。また,被告が毀損されると主張する信用は,被告大学が学校教育法,大学設置基準,学則等に違反して裏口進級・卒業をさせ,当該学生の人権を侵害して得られた信用であって,保護するに値しない信用である。
ウ まとめ
   よって,原告の本件公表行為は,個々の学生の人権を侵害せず,また被告大学の信用を毀損したことにもならない。
 3 就業規則7条1項1号(「勤務成績が良くない場合」)の非該当性
本件公表行為は,被告大学の夏期休暇中の平成13年8月19日,組合執行委員会での決定を得て,同月21日午前10時,福山市役所内の市政記者クラブにおいて,原告が組合の執行委員長として行った記者会見であって,原告の「勤務成績」に関する行為ではない。
被告大学の就業規則7条1項1号の「勤務成績が良くない場合」とは,遅刻,欠勤を繰り返したり,講義の内容や学生への対応が劣悪である場合などを想定しており,原告の行った記者会見がこれに該当しないことは明白である。
 4 就業規則7条1項4号(「その職に必要な適格性を欠く場合」)の非該当性
最高裁は,教師としての不適格性に関して,「『その職に必要な適格性を欠く場合』とは,当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質,能力,性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり,または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解される。」「降任の場合は単に下位の職に降るにとどまるのに対し,免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になる点において大きな差異があることを考えれば,免職の場合における適格性の有無の判断については,特に厳密,慎重であることが要求される」などと,「適格性を欠く場合の要件」及び「適格性の有無の判断基準」について判示しているが(最判昭48年9月14日),これは同じく教員であることにおいて,私立大学の教職員の「適格性の欠如」の判断基準としても妥当するものである。
原告は,本件公表行為において,本件変更指示書に記載された,既に成績評価がなされて作成された成績原簿の成績評価の変更の実態を明らかにしたものである。大学当局による不適切な成績変更を是正し,公正な成績評価を確保するように努力することは,教員にとって必要な適格性を備えていると評価されることはあっても,必要な適格性を欠くと評価することはできない。原告の行為が教員にとって必要な適格性を欠くと評価することは,不正を見逃し,助長することが教員にとって必要な適格性であるとすることに他ならない。原告が記者会見を行ったことが,就業規則7条1項4号の「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当しないこともまた明白である。
なお,原告は,組合の委員長に選任された平成13年8月3日,本件変更指示書コピーを保管していた前書記長Hから事務引継として受領し,同月21日の組合の執行委員会の決定を受けて委員長として公表したものである。Hは,平成12年度のスポーツ推薦学生の成績評価の検討作業中,過去の事例を調べるため,I学科長の許可はある旨教務課に申し出たところ,J教務課課長補佐から本件変更指示書を手渡されたもので,「不法な手段」や「学部長の許可を得ている旨の虚偽の申出」によって,不正に入手したものではない。
 5 まとめ
したがって,原告の行為は,被告大学の就業規則15条,7条1項1号並びに同項4号に該当せず,本件解雇は,就業規則7条1項1号及び4号の要件を具備しない解雇であり,解雇事由を欠くもので,違法・無効な解雇である。
第5 被告の主張
 1 本件申し合わせの概要
(1) 成績評価及び成績変更権限の所在
私立大学における成績の評価は,最終的には大学の裁量により決定し得るものであり,被告大学においては,学部教授会が決定する定めとなっている。そして,特にスポーツ推薦入学者の成績変更に関しては,経済学部教授会の合意の下に本件申し合わせに基づき成績変更の原案作成が経済学部長に一任されている。成績評価は担当教員の専属的権限であり,他の者に評価を授権することは不可能である旨の原告の主張は失当である。
また,成績変更にあたり,1件を除き,当該授業科目を担当した教員の同意を得ているが,諸般の事情により教員の同意が得られなかったとしても,それをもって直ちに違法となるものではない。本件申し合わせにおいて,「経済学部長は,特別措置対象者の履修科目の成績評価について,当該授業科目の担当者と協議することができる(4項)」とされているにすぎないもので,学部内部の成績処理上の問題にすぎない。
(2) 諸規定等との関係
  学生の進級及び卒業判定について学校教育法施行規則67条は,「学生の入学,退学,転学,留学,休学及び卒業は教授会の議を経て,学長がこれを定める」旨定めており,学生の進級については明文の規定はないが,上記同様,教授会の議を経て学長が定めるものと解されている。被告大学は,学則9条(各学部に,学部の重要な事項について審議するため,教授会を置く。教授会に関する規程は別に定める。)に基づく学部教授会細則3条において,教授会の審議事項として,「学部の学生の入学及び卒業の認定に関する事項」を挙げ,教授会の議を経て学長がこれを定めている。なお,学部の教授会とは別に全学教授会がおかれ,学生の入学,進級,卒業について審議が行われている。
また,大学設置基準は27条において,原則として大学は一の授業科目を履修した学生に対しては,試験の上単位を与えるものとする旨定めているが,進級あるいは卒業判定については大学の教育理念に照らして総合的に判断されるべきものであるところ,経済学部におけるスポーツ推薦入学者の成績評価に関する本件申し合わせに基づく格別の措置は,採点のやり直しというべきもので,成績評価が確定しない段階での事前調整であり,成績評価,単位認定以前の問題であり,もとより,大学設置基準,学則,科目履修細則,経済学部規則等に抵触するものではない。
なお,全学教務委員会において申し合わせとして合意された「成績評価に関する申し合わせ事項」が存するが,本件申し合わせは経済学部におけるその特則であって,このような特則を定めることが法形式論からみても違法とされる筋合いにはなく,原告の主張は失当である。
  学校教育法施行規則4条は,単位制度を取らない小学校,中学校などにも適用されるものであり,また大学においても,「授業の方法に応じ当該授業による教育効果,授業時間外に必要な学修等を考慮して」単位数を計算する(大学設置基準21条2項)もののほか,「卒業論文,卒業研究,卒業制作等の授業科目については,これらの学修の成果を評価して単位を授与することが適切と認められる場合には,これらに必要な学修等を考慮して単位数を定めることができる(同条3項)」としており,単位制度は必ずしも「授業の方法に応じ,当該授業による教育効果,授業時間外に必要な学修等を考慮して」設けられたものということはできない。すなわち,大学設置基準21条2項本文は単位数を計算する場合の一つの定めに過ぎないものであり,大学においても履修にあたっては単位制度だけが全てではない(同32条2項ただし書き参照)。
(3) 本件申し合わせの趣旨
単位認定は,単なる試験結果のみによって行われるものではなく,例えば,平素の学習態度が真面目であるかどうかといったことも考慮の対象になるのであって,そこに総合判断の余地が生じる。本件スポーツ推薦学生の成績評価についても,本件申し合わせにおいてルールを定めた上で,第一次評価が合格点に達していない者に最終評価で合格点を与える場合と同じく,試験問題への解答の点数だけで単位取得の可否を決めるのではなく,平素の学習態度,スポーツ活動への積極的参加の姿勢,とりわけ公式の試合においてスポーツクラブへの貢献度が高いことを重視して,総合的に判断して可否を決めているものであるから,大学,学部において許される教育的裁量の範囲内のものであって,何ら違法ではない。
2 解雇事由たる事実
 (1) 違法な手段で資料を入手して公表
当時経済学部教務委員で元組合書記長であったH講師は,I学科長が成績原簿変更指示書を見ることの許可を与えたことなどないにもかかわらず,J教務課課長補佐に対し,G学部長の許可を得ている旨虚偽の申出をしたものである。もし仮にH講師が述べるとおり,I学科長の氏名を使ったものであったとしても,それは相手方を意図的にまどわしたものであり,また,当時全く話に出ていなかったにもかかわらず,「I先生と過去の成績を見ようということになったので」と言ったとすれば,虚偽の目的を示して書類を詐取したことになる。原告は,H講師が上記経緯で本件変更指示書を入手し,無断コピーしたものであることを熟知しながら,組合委員長として公表したものである。
 (2) 機密文書を公表
ア 本件成績評価に関する特別措置は,スポーツ推薦学生の名誉信用にも係わることであり,オープンにすべき事柄ではないため,教授会で本件申し合わせを了承するにあたり,これを秘匿すべき事項として処理されたものであるが,原告は,本件変更指示書が公表を許されない内部資料であり,秘密文書であることを承知の上で,あえてその公表に及んだものである。
イ 本件公表行為によって,スポーツ推薦学生の名誉信用が毀損され人権が著しく侵害されたことはもとより,被告大学の名誉信用を著しく毀損したことは明らかである。原告は,該当学生の氏名は墨塗りしてあり,個人の人権を何等侵害していないと主張するが,傷つけられる対象は墨塗りされた者だけに限られるのではなく,公表されれば,スポーツ推薦入学にかかるこれまでの全ての学生が特別措置の対象の可能性ありと見られることとなり,そのことによって,全くこの措置に関係ない多数のスポーツ推薦学生がその心情を傷つけられたのであるから,原告の主張は理由がない。
原告は,E学部K学科に所属しており,経済学部において協議決定された本件申し合わせに基づいて行われた本件変更指示書の作成の趣旨等について全く不案内であった。それにもかかわらず,原告は,マスコミにその内容について発表したものであり,極めて軽卒な行為であり,不適切きわまるものである。
 (3) 虚偽の事実を公表
  ア 「不合格を嵩上げ」
経済学部においてはスポーツ推薦入学者の成績評価について,平成8年3月1日に開催された教授会の決定に基づき格別の措置が認められ,これによれば経済学部長は,特別措置対象者の履修科目の成績評価について,当該教科の担当教員と協議することができることとされているところから,経済学部長は,同学部の学科長,教務委員(教員)と協議の上,これらの教員が分担して,それぞれの教科の担当者と協議して評価点を調整し,学部長等の決裁を経て事務局である大学教務課に成績原簿変更指示書を送っているものである。この学部長の指示は,成績評価確定ないし単位認定以前の事前調整を意味するもので,進級判定会議前の評価点調整であって,不合格者を合格とするものではなく,もとより進級判定は学部教授会で承認可決されている。
  イ 「受験していない者に合格点」
成績原簿変更指示書に記載されている「変更・追加前点数」とは,該当科目担当教員が前期末・後期末の試験の結果に基づき,両試験の平均点もしくは前期末または後期末試験の結果のいずれかを重視して採点し,また,前期末・後期末試験のいずれかを放棄した者もしくは受験していない者については,そのいずれかを採用するなどして,一次的評価をした結果であって,これを担当教員と協議し,最終評価を「変更・追加後点数」として記入するものである。そしてこのことは,前期末あるいは後期末のいずれか一方のみ試験が行われる場合についても同様である。したがって,前期末あるいは後期末試験のいずれも放棄ないし受験していない者に対し,評価を行ったことは一切なく,原告が主張する受験していない者に合格点を与えたとの事実はない。
(4) 本件公表目的の不当性
ア 経済学部教授会における質疑
平成12年3月21日開催の経済学部教授会において,一部教授より「スポーツ推薦学生について,何か進級判定で不正があるのではないか」との質問があり,学部長から「そのようなことはあり得ない。すべて,学部の了解を得た取り決めに従ってやっている。」との答弁があり,それ以上の質疑はなく,3年生以下の進級判定について審議の結果,全学教授会に提出する原案が承認された。このように,質疑は1回あっただけで,それ以外に疑義が提出されたことはなく,またそれから約1年半経過後に突然記者会見を行ったもので,学内で話し合ってもらちがあかず,やむを得ず記者会見を行わざるを得なかったとの原告の主張はあたらない。
イ 組合交渉における要求事項
  本件スポーツ推薦学生の成績原簿変更指示書に関わる問題は,組合の団体交渉要求書の要求事項には何ら触れられておらず,また,予備折衝の場でも何ら言及されることもなく,記者会見に至るまでの間,組合のホームページによるメッセージ等の主張の中にも全く触れられたことのなかった事項であった。経済学部当局に対して公式にも非公式にも組合からの事前の問題提起は全くなく,突如として一方的にマスコミに発表したものである。
  また,組合は,平成13年8月10日付け「団体交渉に入る期日について」と題する文書において,「団体交渉は9月17日から始まる後期第1週にその第1回交渉の場を持つことを要求」していたにもかかわらず,8月21日に至り,突如として本件変更指示書の問題を記者会見において公表するに至ったのである。被告には組合との団体交渉に不当な条件をつけて応じようとしなかった等と非難される事実は一切ない。しかも,上記8月10日付け文書では,組合は賃金が当面の交渉の主眼であることを示し,本件変更指示書の問題など提案する意図等持っていなかったものである。
ウ 記者発表決定に至る組合内の事情
  組合のL前委員長は,同年7月15日にセクシャルハラスメント問題を起こし,同月27日に組合委員長を辞任,同年8月3日,原告が委員長に就任し新執行部体制ができたが,同月17日,被告大学において,その上司にあたる経済学部長が前記問題についてL前委員長の事情聴取を行うなどしており,前委員長は組合のホームページで弁明に追われていた。こうした中で,同月19日に開催された組合の執行委員会において,上記トラブルの公表と並んで本件変更指示書の公表が1回限りの討議の結果,緊急に決定されたものである。
  かかる経緯に照らせば,本件変更指示書の記者発表は,L前委員長のトラブルに対する大学からの責任追及を免れるための手段として,重要な機密書類を不法に利用してなされたものであることは明らかであり,本件新聞発表の正当性は全くなく,本件記者会見がやむを得ないものであった旨の原告の主張は根拠がない。
3 解雇事由(就業規則7条1項1号「勤務成績が良くない場合」及び同項4号「その職に必要な適格性を欠く場合」)の該当性
労働者は労働契約を締結することにより,労務提供義務を負うほか誠実義務を負うことはいうまでもない。したがって,これに反する虚偽の喧伝をしたり,不法に得た大学の機密を不法に漏洩することなどは誠実義務に反するばかりか就業規則15条に定める機密保持義務にも反し,懲戒事由にも該当するものであり,他面,勤務態度や勤務成績が不良であるともいえるもので,大学教員として著しく適格性を欠如するものということができる。
原告は,前記のとおり,本件変更指示書が秘密文書であることを承知の上で,あえて記者会見においてその公表に及んだものであり,就業規則15条に定める守秘義務に違背する。さらに,原告は,本件変更指示書が,前記H講師において虚偽の申出をした上,無断コピーしたものであることを熟知しながら,組合委員長として公表したもので,同7条1項1号「勤務成績が良くない場合」に該当する他,同文書の内容をことさら真実に反し,①不合格である者を合格点まで嵩上げするとか,②当該教科を受験していない者に合格点を与える等と虚偽の事実を公表し,もって被告大学並びにスポーツ推薦学生の名誉信用を毀損したもので,教育者として許されない行為であり,教員として適格性を欠くことは多言を要しないところであるから,同7条1項4号の「その職に必要な適格性を欠く場合」にも該当する。
したがって,原告の免職は相当である。
第6 当裁判所の判断
1 前提となる事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者
ア 被告は,被告大学及びF大学を設置する学校法人である(甲1)。
イ 原告は,平成7年4月に被告大学のM部助手に就任し,平成11年4月からM部講師,平成12年4月からE学部K学科講師として,被告大学に勤務していた(甲11)。
(2) 被告大学における単位取得に関する定め
 ア 被告大学には,単位取得に関し,学則及び授業科目履修細則(平成4年4月1日改正施行)の定めがあり,同細則の概要は以下のとおりである(甲4)。
「 8条 次の各号の一に該当する者は,原則として,試験を受けることができない。
  2号 当該授業科目について,履修登録をしていない者
 11条 不合格の試験科目に対する再試験は,行わない。ただし,やむを得ない事情により教授会において特に必要と認めた場合はこの限りでない。この場合は別に定める内規による。」
イ 被告大学には,「成績評価に関する申し合せ事項」(昭和52年12月14日制定,平成10年4月1日改正)があり,その概要は以下のとおりである(甲5)。
 「2(1) 一般的な講義形式の授業科目については,各期末に定期試験を行い,その定期試験の結果に基づき,それ以外の時期に行う試験,レポートその他を考慮して,成績評価を行う。原則として,定期試験をレポートその他によって代えることはできない。
 (4) 授業時数の1/3を越える欠席者については,定期試験の受験を許可しない。従って,成績評価の対象としない。
   (5) 定期試験の欠席者については,成績評価の対象としない。通年の授業科目においては,前期試験の欠席者については,たとえ後期試験を受験しても,成績評価の対象としない。ただし,(6)の追試験受験者を除く。
   (6) 定期試験の欠席者のうち,個人の自由意志で如何ともしがたい事情による欠席者の場合には,教務委員長の許可を得て追試験を受験させ,成績評価をすることができる。
     なお,授業担当者は定期試験欠席者に対し,規則外の追試験やレポートによる成績評価をすることはできない。
   (8) (前略)その他必要な場合には学部教授会に諮り成績評価を行う。
  3(1) 前項の諸方法による成績評価は,さらにこれを総合して,毎期末に評価を与える。
   (2) 評価は,100点満点法によって行い,60点以上を合格,59点以下を不合格とする。
 (4) 出席日数の不足,試験時の欠席によって,成績評価の対象とならない場合には,「受験放棄」とする。
  4(2) 2期以上にわたる授業科目にあっては,各期の評価を総合して,授業完了時に評価を与えるものとする。」
ウ その他,被告大学経済学部には,平成8年3月1日開催の同学部教授会において報告された,同年2月29日付けの本件申し合わせがあり,その内容は以下のとおりである(乙6添付文書)。
 「1 経済学部長は,経済学部に所属するスポーツ推薦入学者の置かれている特別の事情を考慮して,彼等の履修科目の成績評価および進級・卒業に際して特別措置をすることができるものとする。
2 スポーツ推薦入学者の所属するクラブの顧問は,定期試験終了日までに特別措置候補者のリストを経済学部長に提出すること。
3 経済学部長は,下記の要件を総合的に考慮し,クラブ顧問と協議のうえ,クラブ顧問から提出されたリストの中から特別措置対象者を選考する。
  4 経済学部長は,特別措置対象者の履修科目の成績評価について,当該授業科目の担当者と協議することができる。
  5 特別措置対象者の要件
  (クラブ活動)
   ① スポーツ推薦入学者で,指定されたクラブに所属していること
   ② クラブ活動に積極的に参加し,練習には特別の事情がある場合を除いて常に参加していること
   ③ 公式の試合において優秀な成績を出すなど,被告大学やクラブへの貢献度が高いこと
  (学業)
   ④ 学習態度が真面目であり,履修科目の授業日数の3分の2以上の出席をしていること
   ⑤ 定期試験を受けていること
   ⑥ 履修科目の定期試験の成績が,30点程度はあること
   ⑦ 3科目程度の特別措置によって進級が可能なこと
  (注)上記要件のうち特に③を重視し,⑥⑦については対象者の事情を十分に考慮して適用する。」
(3) 被告大学における成績評価の方法及び手順
  被告大学における成績評価の方法及び手順は,以下のとおりである。
  ① 教員が試験を実施し,採点し,評点をOCRシートに記入する。
  ② 教務課においてOCRシートをもとに事務処理する。
  ③ 事務処理を終えた成績表が教務委員に交付される。
  ④ 学科会議で成績を協議する。
  ⑤ 各学部での進級判定のための学部教授会を開催する。
  ⑥ 全学教授会で進級判定を行う。
  ⑦ 保護者に成績を郵送する。
(4) 本件解雇に至る経緯等
ア 原告は,平成13年8月21日,福山市市政記者クラブで行われた記者会見において,組合委員長として,氏名,学生番号をすべて墨塗りして学生が特定されないようにしたスポーツ推薦学生についての成績原簿変更指示書のコピーを示し,被告大学経済学部では,担当教官に知らされることなく,①不合格である者を合格点まで嵩上げする,②当該教科を受験していない者に合格点を与える,③ある教科を別の教科に読み替える,という内容の指示が学部長名でなされていることを公表した(甲8)。
イ 原告は,同月23日,記者会見に臨んだ組合の意見を表明するため,組合の文書を掲示するよう被告に要請したが,同月28日,被告はこれを拒否した。
ウ 原告は,同日,本件記者会見に関し,被告に対して,「学生へのお詫び」と題する文書を提出した(乙25)。
エ 同月29日,被告の適正化調査委員会が開催され,原告らも出席したが,同委員会は,原告らについて,懲戒免職処分が適当であるとの判断を下した。
オ N・E学部長らは,原告に対し,同月30日,同月31日及び同年9月3日の3度にわたり,依願退職を勧告した。
カ 被告は,同日,原告に対し,その行為が就業規則15条(機密保持義務)に違反し,7条1項1号(勤務成績が良くない場合)並びに同項4号(その職に必要な適格性を欠く場合)に該当するとして,同条1項1号及び同項4号によりその職を免ずる旨の辞令書を交付し,本件解雇の意思表示を行った。
  その免職理由は,「原告は,被告大学の機密書類であるスポーツ推薦学生の成績原簿関係書類のコピーを,一部教員らと共謀の上一方的な判断により,特段の理由もなく新聞記者会見を行って外部に公表し,成績関係の機密を漏洩した。このことは,当該学生の人権を著しく侵害すると共に,被告大学の信用を毀損したものである。」というものである(甲2,3)。
キ 被告は,原告が前記辞令書の受領を拒否したため,原告方に郵送し,原告は,同月6日,これを受領した。
ク 原告は,本件解雇当時,被告から毎月月額31万4000円の給与を受けていた(甲6)。
2 前記前提となる事実に加えて,証拠(甲4,5,7ないし12,14ないし26,乙1ないし29《枝番のあるものはその全部。以下も原則として同じ。》,証人G,同J,同H,同I,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下のとおりの事実が認められる。
 (1) 被告大学における成績評価及び進級卒業判定の手続
ア 被告大学における成績評価の手続は,各教員が採点をして採点表に記入したものを教務課へ提出し,教務課で学生毎に全教科について一覧表にした成績表を作成し,これが成績原簿となる。
なお,担当教員が採点を間違えた場合,成績原簿変更指示書に担当教員が署名押印し,学部長,学科長,全学組織である教務委員会の学部選出教員である教務委員が各押印の上,教務課に提出することにより変更される。
イ 進級卒業判定の手続は,教務課において成績原簿に基づき,進級卒業要件を満たさない欠格者名簿が作成され,全学教務委員会においてこの名簿と各学生の成績表が教務委員に配布され,同委員会で定められた留年率に配慮しつつ,各学部の教務委員において,学科長,学部長とともに進級卒業の緩和措置の原案を作成して調整会議を行い,進級卒業判定の原案を作成し,その後,学科会議,学部教授会の承認を経て,全学教授会での単位の認定により確定し,これが学籍簿に記載されると書き換えることはできない。
 (2) スポーツ推薦学生についての本件申し合わせの制定経緯
ア スポーツ推薦学生の成績評価について,従前,被告大学では,スポーツ推薦学生の所属するクラブの監督,顧問,当該学生が,担当教員に対して合格点(60点)を与えて貰いたい旨を依頼し,担当教員においてこれに応じる場合には,署名押印の上,前記の成績原簿変更指示書を教務課に提出するという方法がとられていたが,担当教員から,誤りではないにもかかわらず誤記訂正という形をとることへの不満と煩わしさから,対策を講じてもらいたい旨の意見が出ていた。
イ そこで,平成7年秋ころ,被告大学経済学部の学部活性化委員会の中で,スポーツ推薦学生の入試のあり方や成績評価方法の改善点について検討された。当時の経済学部長Gは,スポーツ推薦学生の成績評価に関して前記のような意見があったことを考慮し,同学生の成績評価の変更を学部長権限で行うことができるようにすることが必要だと考えた。
ウ そして,平成8年3月1日に開催された経済学部教授会において,G学部長は,要旨,前記第6の1(2)ウのとおりの「スポーツ推薦入学者の成績評価について」と題する文書を報告事項として提案し,本件申し合わせが了承された。G学部長は,本件申し合わせは秘匿すべき事項であると考えたため,上記文書は配布せず,口頭で読み上げて,教授会構成員35名中33名の出席者に周知されたが,議事録には記載されなかった。
エ 本件申し合わせは,決定後,教授会の構成員の変更に伴って改めて教授会において周知するということはなかった。
 (3) 本件申し合わせ後の特別措置実施状況
ア 本件申し合わせ後のスポーツ推薦入学者に対する成績評価の特別措置の実施状況は,以下のとおりである。
 (ア) クラブ顧問は,定期試験終了日までに特別措置候補者のリストを経済学部長に提出する。
 (イ) 特別措置候補者の内,単位の足りない教科があるが3分の2以上は出席しているといった者が特別措置対象者として選び出される。
 (ウ) 学部長は,経済学部の学科長,教務委員と協議し,60点以上の評価を得られるように事前調整を行い,特別措置対象教科及びその採点調整について原案を定める。その後,原則として,関係教員が分担して,該当する教科の担当教員と連絡をとり,協議,了承を得た上で,評価点を調整し,教務課に変更を指示する。
   この際,学部長は,一般教育科目について,M部長に対し,経済学部においては本件申し合わせにより,スポーツ推薦学生の成績評価の変更は学部長権限で行うことができるようになったので,M部所属教員の了解を得てもらいたい旨を依頼し,その後,平成11年3月23日に開かれたM部臨時教授会において,M部長が本件申し合わせについて同文書を配布した上,協力を依頼した。
   この点,当時M部に所属していた原告は,同教授会において本件申し合わせ文書が議題とされたり,配布された記憶はない旨述べ,議事録として提出されている乙26号証は,署名押印もなく改ざんされた疑いがあるなどと主張する。たしかに,上記議事録には,配布の上,協力方依頼された旨記載されているところ,議事録にも記載せず,配布もしないという経済学部での極秘扱いとに差があるが,M部では,構成員に配布されるものと同じものを議事録とするため署名押印もないとのことであるから(乙29),その性格上,配布後に改ざんすることは考えがたく,議事録のとおり,了承されたものと認められる。
 (エ) そして,学部長は,本件申し合わせに基づく前記変更指示に従い,教務課職員によって,個別の該当教科にかかる「成績原簿変更指示書(スポーツ推薦学生用)」(以下,特に断らない限り「スポーツ推薦学生用」を指す。)の「学生番号」「氏名」「変更・追加前点数」「変更・追加後点数」欄に,手書きで点数等が記入されたものを教務課より受け取り,成績原簿変更を認める旨の署名押印をして(担当教員の署名押印は不要),教務課に渡す。教務課の事務処理に基づき訂正入力及び確認を行った職員が押印の上,全学の教務委員長,学生委員長,教務課長が各押印する。そして,これをふまえて,学生の進級判定を教授会に諮り,単位認定が決定される。
なお,この成績原簿変更指示書は,通常,教務課の金庫内に保管され,経済学部長の許可があれば閲覧することができる。
イ 平成12年3月21日に開催された経済学部教授会の席上,O教授から,この件に関し,スポーツ推薦学生の進級判定で不正があるのではないかとの質疑があったが,G学部長は,事情を説明して了承を得,それ以上の質疑はなかった。
  この点,原告は,変更にかかる教科について担当教員の了承を得ていないと主張するが,前記のとおり,M部教授会において本件申し合わせについて協力依頼がされていること及びスポーツ推薦学生の成績評価の特別扱いに批判的な立場であった証人Hも,成績を変更する場合には担当教員に連絡しており,H自身も成績変更の了承を求められたことがある旨を証言していることに照らしても,原則として,担当教員の了承を得るという基本方針に従って調整が進められていたものと認められる。もっとも,本件変更指示書は重要な書類であり,事務職員の確認印もあるにもかかわらず,空欄も多く,ルーズな取り扱いがなされていた面も窺える上,事前調整会議から教授会まで期間的余裕はないことに照らせば,担当教員の了承を得ないまま変更したのはごく例外的なケースであるとの被告の主張をそのまま信用することはできず,担当教員との協議承諾のないまま学部長によって成績評価の変更がされた場合も一定数あったものと認められる。
(4) 平成12年度のスポーツ推薦学生の成績評価の事前調整作業及び本件変更指示書の入手経緯
ア 平成13年3月14日,平成12年度の進級緩和措置の原案を作成するため,国際経済学科と経済学科の各研究室において,I国際経済学科長,同学科の教務委員P講師,同Q講師,経済学科の教務委員H講師のメンバーで作業を行い,その中で,スポーツ推薦学生の成績評価の事前調整が検討された。
イ 国際経済学科のメンバーは,進級欠格事由のあるスポーツ推薦学生の成績表を基に,欠格科目の点数や出席状況を示した一覧表を作成していたところ,作業方法が分からずにいたH講師が,I学科長に相談するため研究室を訪れ,その一覧表を見て,経済学科の分も同じ表に加えてほしいと希望し,両学科を併せた29名の一覧表(経済学科20名,国際経済学科9名)が作成された。これらの者には3科目を越えて成績調整しなければ進級できない者も少なくなかったが,そのほとんどが成績調整によって進級することができた。
ウ H講師とI学科長間でスポーツ推薦学生の成績評価の調整を検討するうち,過去の成績原簿変更指示書に話が及び,H講師からI学科長に対し,過去の変更指示書を見てみたいと申し出たところ,「それは多分見せてくれるだろう。」との返答がされた。
エ これを受けて,H講師は,教務課を訪ね,J教務課課長補佐に対し,「今年度のスポーツ推薦の参考にしたいので,過去の成績原簿変更指示書を見せてほしい。」との趣旨の申し出をしたところ,Jから学部長の許可を得ているかと尋ねられ,「学科長の許可は得ている。」と答えたが,Jから上記変更指示書の貸し出しを受けることができた。
オ H講師は,G学部長,I学科長とともにこれを検討するものと考え,独断で前記変更指示書のコピーを2部作成したが,結局,それを用いて検討されることはなく,H講師は,当日の夕方教務課に原本を返還し,コピーはそのまま保管していた。
カ 翌15日,G学部長,I学科長,教務委員のP講師の出席の下,前日作成した一覧表に基づき,スポーツ推薦学生の進級要件緩和措置に関する調整会議が開かれた。なお,経済学科長は出張のため欠席であったが,H講師は出席を拒否した。そして,調整会議の結果を受けて,国際経済学科についてはPが,経済学科についてはG学部長が中心となって,手分けをして担当教員に変更の了承を求めた。
キ 平成11年度の本件変更指示書中には,①変更・追加前点数欄が空白のもの,②同欄が「0」点となっているものが,平成10年度の本件指示書中には,③同欄が「放棄」となっているものがある。
なお,H講師が本件変更指示書を借り出すに至った経緯について,関係者の供述は食い違っているが,I学科長の学部内での立場に照らし,本件作業の際,H講師が証言するとおりのやりとりがI学科長との間であったとはにわかに信じがたい。もっとも,翌日の調整会議への出席拒否という同講師の姿勢から,同講師が本件作業時に既に成績原簿変更指示書に対して問題意識を抱いていたことが推察され,同講師は,学科長の前記認定のとおりの発言で許可を得たとの認識の下,本件変更指示書を借り出し,複写行為に及んだものと推認される。その際,同講師が学部長と学科長のいずれの許可を得たと申し出たのかについては,同講師には学部長の許可が必要であるとの認識がなく,J課長補佐は当時本件作業中であることを知っており,同講師の申し出た内容で,学部長の許可もあるものと察した可能性も否定できないことに照らせば,同講師が敢えて学部長の許可があると虚偽の申し出をしたとまでは認定できない。
 (5) 本件公表行為に至る経緯
ア 被告大学の組合は,平成13年4月27日に発足し,L国際経済学科講師が委員長に,H講師が書記長に就任した。原告は,組合設立準備をする中で,H講師から同人が入手後保管していた本件変更指示書を見せられて初めてその存在を知り,同講師の話から,被告大学においては教員が関与することなく作成されたスポーツ推薦学生を特別扱いする書面に基づき,同学生の成績判定について担当教員の判断を無視する形で不公正な処理が行われているとの認識を持った。しかし,原告は,同講師の話を裏付ける客観的資料を収集し,あるいは,先輩同僚教員に事実確認のための調査を行うということはしていない。
イ 原告は,本件成績原簿変更指示は,教員の知らないところで規則や制限もなく成績を変更する不正であるが,被告大学内部での自浄的解決は無理であろうと考えていた。
  もっとも,後述の本件記者会見の2日前である同年8月19日に開催された執行委員会まで,組合の執行委員会の場で本件成績変更問題が議題とされたことは一度もなかった。
ウ 組合は,同年5月21日,被告に対し,最初の団体交渉要求書を提出するとともにその内容をホームページ上で公開したが,被告は,6月15日,団体交渉状況をインターネット等で学外に流布しないこと,本交渉の前に議題,人数等についての予備折衝を行うことなどの条件を満たさない限り,団体交渉に応じない旨組合に文書で通知した。組合は,同年7月10日,再度,団体交渉要求書を提出するとともにホームページ上で公開し,同月24日,被告との間で予備折衝が開催されたが,被告は,インターネットによる情報公開をやめない限り,団体交渉には応じない旨重ねて文書で通知した。そして,同年8月10日,組合は,9月17日からの後期第1週を団体交渉期日として文書で提案した。
なお,組合設立後,団体交渉の要求事項に本件成績変更問題が挙げられたことは一度もなかった。
エ 同年8月3日,L前委員長の辞任に伴い,原告が組合委員長に選任された。その後,当時,懲戒問題まで取りざたされていた,L前委員長が同年7月15日未明ころに広島市内の飲食店街で深夜に発生させた個人的トラブルに関し,同年8月17日,被告による事情聴取が行われた。これを受けて,組合は,翌18日,被告大学当局に対し,抗議の文書を送付し,翌19日の執行委員会において,L前委員長の問題と本件成績変更問題がいずれも初めて議題に上がり,原告において,同月21日にこれらについて記者会見を行うことを提案し,原告の判断に一任する旨決議された。そして,原告は,記者会見列席者として,L前委員長,H講師ほか2名に依頼し,了承された。
なお,原告は,経済学部教授会において本件申し合わせがなされていること及びその文書の存在を知らなかった。H講師は,平成13年3月にI学科長とスポーツ推薦学生の成績調整をする過程で本件申し合わせと同趣旨が記載されている書面を見せられたことがあるが,その内容につき同人は教授会に提出されて合意されたものではなく,大学側において作成したものであると考えていた。
オ そのような中,翌20日午後10時ころ,L前委員長とH講師から相次いでI学科長宅に電話があったが,その要旨は,河野前委員長が前記トラブルのため懲罰委員会において解雇されるおそれがあるので,これに対抗するためにスポーツ推薦学生の成績を変更したことを発表するが了解してほしい,というものであった。I学科長はこれに対し,了承できない旨返答した。
カ 翌21日,原告は組合委員長として,H講師,L講師ほか2名出席のもと,福山市市政記者クラブにおいて記者会見を行い,氏名,学生番号を全て墨塗りした状態のスポーツ推薦学生についての本件変更指示書のコピーを示して,以下の要旨の記者会見声明を読み上げて公表した。
  「被告大学の不正行為について発表する。1つは,恒常的にスポーツ推薦学生の成績を大量に改ざんしていること,もう1つは,組合前委員長を懲戒解雇するために不当に弾圧していることである。
  成績改ざん行為については,被告大学では,大学上層部の指示により,不合格である者を合格点まで嵩上げし,当該教科を受験していない者に合格点を与えるなどといった改ざん行為が担当教員も学生も知らないところで行われている。
組合前委員長に対する不当な取扱いについては,現在,同人にセクハラ行為の冤罪が着せられ,被告大学はこれを利用して懲戒解雇にする画策をしており,同人の弁明記録を改ざんするなどの行為をしている。
本日午後,被告大学は,懲罰委員会を開催して処分の手続に入るそうである。今日,2つの件について公表したが,これは被告大学の体質を示す氷山の一角である。」
キ 原告らが記者発表をした後,スポーツ推薦学生の保護者らから大学に対して,原告らの行動についての抗議が寄せられた。これにつき,原告は,同月28日,労働組合委員長名で大学に対し「学生へのお詫び」と題する書面を提出したが,その中で,記者発表がスポーツ推薦学生に対して動揺を与えたことについて遺憾の意を表すとともに,学生の利益保護のために組合においてできることがあれば協力する旨を述べている。
  以上の事実を前提に,以下,本件争点について検討する。
3 本件公表行為の相当性
  本件公表行為は,被告大学の教員で組合委員長の地位にある原告が,被告大学経済学部におけるスポーツ推薦学生に対する成績変更問題について,記者会見を開いて外部に公表した内部告発的行為であるところ,その相当性については,公表した事実の内容,公表の方法,公表に至る経緯及び公表の目的などの諸要素を総合考慮して判断すべきである。
  そこで,以下,各要素について検討する中で,本件申し合わせ及びそれに基づく本件変更指示書の問題点を併せて検討する。
 (1) 公表事実の内容
  ア 成績評価権限の所在
    学校教育法施行規則67条は大学について「学生の入学,退学,転学,留学,休学及び卒業は,教授会の議を経て,学長がこれを定める。」と規定し,大学設置基準27条本文は「大学は,一の授業科目を履修した学生に対しては,試験の上単位を与えるものとする。」と定めている。これらの定めからすると,学生の成績評価について最終的権限と責任を有するのは大学であるというべきである。しかし,大学設置基準27条が学生に単位を与える前提として試験を行うことを予定していることや教員がその研究内容を学生に教授する権利と義務の内容中には,その理解度を成績として評価することも当然含むというべきことからすると,大学が学生の成績評価を行うに当たってはその教育を直接担当している教員の判断を十分に尊重しなければならないというべきである。
  イ 本件申し合わせの相当性
   (ア) スポーツ推薦学生の成績評価につき特例を設けることの是非
     スポーツ推薦で入学した学生がその分野で活躍することは,大学の名誉や評価の向上に貢献するだけでなく,当該学生の人格形成の点でも意義のあることである。しかし,大学スポーツの水準からすると,その面で好結果を実現し,かつ,教科の試験において一般学生と同様の成果を求めることは難きを強いるものというべきである。したがって,学生の本分である勉学への意欲が認められること,すなわち,授業の出席状況や授業態度が良好であることなど一定の要件を満たすことを条件に,成績評価において一般学生と異なる配慮をすることも必要性,合理性を肯定することができる。
   (イ) 本件申し合わせの当否
     前記認定事実によれば,本件申し合わせは,経済学部長による特別措置を認めるものであるが,スポーツクラブ活動において活躍したことに加え,学業面における学習態度,出席状況,取得した点数及び特別措置を要する教科数の制限等の要件を定めている。その判断基準は,点数や特別措置を実施する教科数よりもスポーツの成績や貢献度を重視するというもので,学部長に与えられた裁量の幅は広いが,前記学業面における基準があること及び特別措置を実施するに当たっては,学部長が担当教員と協議することを要求していることを勘案すると不合理な内容であるとまでいうことはできない。なお,この点に関する本件申し合わせの文章は「経済学部長は(中略)担当者と協議することができる。」となっている。しかし,学部長が学生の成績評価について担当者と協議できることは当然であり,それだけのことであれば敢えて申し合わせをする必要はないこと,本件申し合わせの運用に当たっては学部長が担当者の了承を得るのが原則的取扱いとされていたことからすると,本件申し合わせ